日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)ユキ巡る君と僕

【注】先日、ネット上にて他の物書きさん達と書いたリレー小説を編集したものです。
参加者は「芯おじーちゃん」さん、「ジェフティ」さん、「沖田コウ」さん、「柿原 凛」さん、そして
自分(長岡壱月)です。 本文は追記部分に格納しています。
尚、それぞれが担当した部分の始まりにS、J、O、K、Nと表記するものとします。 
……宜しければどうぞ↓


S:なんとなく屋外へ出ると、落ち葉を舞い散らしながら風が吹いていた。
 眠気なんてものは一気に吹っ飛んだ。……寒い。
 寒さに耐えられなかった僕は、思わず身震いしてポケットに手を突っ込んだ。
J:大して暖かくはないが、ある程度はましになったと思う。
 季節は秋だ。それは周りの落ち葉からもわかるだろう。もうすぐ冬が来るんだ。
O:少し歩いて立ち止る。
 そういえば、あの出来事もちょうどこんな時期だったかもしれない。
 冬に差し掛かる直前の秋。
 僕の運命はあの出来事のせいで180度変化した。


K:そう。それは去年のちょうど今頃だっただろう。僕はある人物と運命的に出会った。
 目と目があった瞬間に、それこそ体中に電流が流れたような感覚。
 肩と肩がすれ違う瞬間のほのかな柔らかい香り。
 コツコツと鳴る足音でさえ旋律を奏でているようにも思えた。
N:世の中に美人と呼ばれる女性(ひと)は枚挙すれば結構いるものだ。
 でもそれは所詮、僕のような何の変哲もない一市民には縁のない話で。
 だから僕はずっとそういう「煌びやかさ」を纏う異性からは距離を置いていた。
 いや、きっと歯牙にもかけられぬと扱われるのが怖くて。
 小さな僕なりの男としての自尊心。
 でも……彼女は、そんなタイプとはまるで違う。
 今時珍しい質素純朴を絵に描いたような女性(ひと)だったのだ。
S:坂を降りる僕とは反対に、坂を上っていく彼女を見つめた。
 学校指定の紺色のセーラー服。コツコツと音を奏でるローファー。
 肩で切りそろえられた黒髪。質素だと感じたが、何故か大人しそうだとは思わなかった。
 僕の視線に気づいたのか、こちらに背中を向けていた彼女が振り返る。
 僕は慌てて落し物を拾ったふりをした。
 背徳感が残り、自分はストーカーか、と突っ込みたくなった。
J:彼女は所謂優等生だった。僕とは正反対の人間。でも、友達は少なかった。
 人付き合いが苦手なんじゃないかと僕は勝手に推測しているがそれは定かではない。
 休み時間、彼女が一人、窓辺で本を読む姿。
 それに衝撃を受けて以来、僕は彼女が気になっていた。
 無論、自分のような平々凡々な男が簡単に相手にされるなんて思ってなかったし、かとい
ってなにか行動を起こそうとも思わなかった。
 それでも、僕の頭は彼女の事で埋め尽くされていたのだ。

O:授業中でも、休憩中でも、いつだって彼女の事ばかり。
 好きな本を読んでいても、気が付けば彼女の姿が頭に浮かんでいた。
 一人で自嘲する。こんなの僕らしくない。凡人は凡人らしく身の丈に合ったことをすれば
いいんだ。それで済むはずだ。傷つきたくないから、自分を卑下して身を護る。
 そう、それで済むはずだったんだ。
K:しかし現実とはなかなか想像通りに事が運ばないものだ。
 どうしたって消えない彼女の姿、表情、仕草が、目を瞑らなくともスライドショーのよう
に脳内再生される。彼女とのちょっとした会話はいつまでも耳の中に残り、忘れようとして
も忘れられない。
 それは秋風が雪へと変わる頃にはより一層強くなっていた。

N:そして……転機が来たのはちょうどそんな折だった。
 もうすっかり彼女のことを考えながら一日の授業が終わり、皆が帰宅の路に就いてゆく。
 僕も、そんな中に混じって静かに今日も平凡な(でも人知れず悩みだけは多い)時間の中
へと沈んで翌日を迎えようと思っていた。
 なのに、彼女はそこにいた。
 わざわざ雑念を捨てようと、公園の自販機でジュースでも買ってリフレッシュしようとし
たのに。
「……ぁ」
「? あぁ、君か」
 まるで、空からチラチラと舞い降り地面に溶けて散ってゆく雪を従えるように、
「……ふっ、ちょうどいいわ。暇なら手伝ってくれない? 少し厄介な事になっていてね」
 彼女は刹那、その意思で周りの冷気と粉雪を操るように振り返って、僕にそう言ってきた
のだ。
S:「あ、暇ならでいいわ! あたし強制してないから!」
 雪女。その単語が頭に浮かんできたが、同時に彼女の喋り方にも驚いていた。
 質素で文学少女さながらな彼女に対するイメージと、現実は違っていたようだ。
 今時の女子高生には珍しく、語尾に「わ」を付ける喋り方。
 しかしそれはどこか投げやりで、テレビの中で見るような喋り方とはまた違ったものだった。
「……返事くらいはしてほしいのだけどね? 無視してそこに突っ立ったまま見られると……」
J:彼女の手には大きめの段ボール箱。中に何が入っているかはわからない。
 これをどうするのだろうか。職員室かどこかに置くのが妥当だが、不思議とそうは思わな
かった。
 僕は一息ついて「わかった」と返答する。
 彼女は黙って振り向いて「じゃあこれ」と足で床に置いてあった箱をさした。
 運べということなのだろう。
O:足で物を指す仕草にも驚かされた。思いもしなかった仕草。
 別に、嫌だとかいう訳ではないけれど、僕の中で彼女のイメージを修正することにした。
 箱は彼女の持っている箱より一回り小さい。僕はその場にしゃがみ、箱を持とうとする。
「あ、重たいから気を付けて」
 彼女の言葉に、僕は用心して箱を持ち上げた。重い。予想以上に重たい。
「これ、中には何が……?」
 僕の問いに、彼女は首を横に振った。
「知らない方がいいわ」
K:知らないほうがいいと言ったって。しかし僕はそれを言葉にすることはなかった。
 下手に口に出して気分を害されてしまってはいけない。
 だがその代わりに面白い話をしようとするが、何も思いつかない。
 僕は仕方なく弱々しい筋肉で力いっぱいそれを持ち上げた。
 彼女はそれを見ると軽くため息をついた。肩までの黒髪が風に揺れる。
 その細い線のような体つきを、ただただ付いて行くことにした。

N:そうして進んでいった先は、何故かどんどん獣道になっていく。
 どうやら林を経由して山道を行き始めているらしい。
 僕は正直勘弁してくれよと思いながらも、何とかスタスタと先をゆく彼女とはぐれないよ
うに足を動かし続けた。
「……さて、と」
 そして暫くの後、辿り着いたのは小高い丘の上だった。
 学校を、先程彼女と出くわした公園も、そして街全体を見渡せる位置。
 彼女は少しだけ自分と近くなかった空を仰ぎ、徐々に強まる雪に心なしか目を細めてから
僕に件の段ボール箱を下ろしてと言われる。
 よく分からない。だけど開放される。
 そう二つの感情が混じって箱が荒い芝の上に落ち着く。
「ありがと。もういいわ」
 すると彼女はそれだけを言うと、それらの中身をゴソゴソと出しながら何やら作業を始めた。
 ちょっとあんまりだ。ムッとした僕はこっそりとその様子を覗いてみる。
 どうやら、それは細々とした機材のようだ。
 最初は学校から借りた機材か何かかと思っていたが、僕の知識ではこれらが何の為のもの
かサッパリだった。
 そうしている間にも彼女は着々と機材を組み立て、大きなパラボラアンテナやタンクを付
けた装置に仕上げると、ふぅと一息をつく。
「……。まだ居たんだ? もういいよ、帰っても」
「そう言われても。せ、せめて何をしてるのかくらい教えて貰わないと気になって仕方ない
じゃないか」
 彼女は明らかに目を細めて僕を凝視していた。
 警戒か。それとも僕と言う人間を品定めしているのか。
「……まぁ、いいわ。絶対私の邪魔をしないっていうのなら」
 だが彼女は、何とか僕の懇願──好奇心を聞き入れてくれてらしい。
 大きく息を一つ。彼女はそれまでから打って変わって、真面目に、そしてクレイジーに答
えて……。
「これはね……。ざっくり説明すると天候を操作する装置。そしてこれからこの街を襲う大雪から
皆を救う為の、私の発明品の一つよ」


S:この世界ではじめて君に意識されたのは、高一の秋だった。
 君がだんだんあたしを気にかけるようになったのは気づいていた。
 何度自分から君に話しかけようとしたことか。
 けれどあたしには、街と君を救う使命がある。まだ君と関わってはいけない。
 季節が変わって冬になった。この日はなんとなく段ボールを持つのに疲れて、公園で休憩
しようとしただけだったのに。
「……ぁ」
「? あぁ、君か」
 誰もいないと思っていた公園に君がいて驚いてしまった。
 ふと、君に「コマ」と優しく、甘く呼ばれた記憶を思い出す。
 君か、などと言ってしまったが、今のあたしと君は初対面同士のはずなのに。あたしのばか。
 もういいや、と吹っ切れたあと、この世界の君は今ここで巻き込むことにした。道具の入った
段ボールを持たせ、帰れと言い、興味を持った君を、巻き込む。
 それでいいのか、と自分を叱咤して、君の目を見つめた。凝視した。
 また彼の、冷たくなった体を見るのだろう。
「これはね……。ざっくり説明すると天候を操作する装置。そしてこれからこの街を襲う大雪
から皆を救う為の、私の発明品の一つよ」
 君と出会ってから十三回目の物語は、今、幕を開ける。


O:「この街を襲う大雪?」
 彼女は軽く頷いた。
「そんなこと、天気予報では言っていなかったけど……」
 僕は彼女の言葉に驚きつつも、言葉を返した。
「でも、そうなるのよ」
 きっぱりと言い放つ彼女。目つきは僕を睨むかのように鋭いものだったが、どこか寂しさ
を帯びていた。なぜか罪悪感のような物が僕を襲う。
 天候を操作する装置、この街を襲う大雪、皆を救う……。
 どれも突飛な話で、普通ならば信じられない。
 でも、たった一言しか言わなかったはずなのに、彼女の言葉には説得力があった。
K:それは表情からも見て取れた。自信に満ちた目をしている。
 軽く口頭を上げて、僕の目を突き刺すように見つめる彼女。
 僕はそんな彼女を上手く見ることが出来ず、たまに目線をずらしたりしてなんとかしのいだ。
 彼女はダンボールの中から、新聞紙に包まれた何かを大切そうに取り出し、そっと冷たい
地の上に置いた。
 そんなに大きくはないがなぜか存在感を感じるその物体。一体これから何が始まろうとし
ているのだろうか。
 僕の首筋に、季節はずれの汗が流れていた。
N:「……僕は、何をすればいい?」
 堪らず僕は彼女に訊ねていた。
 もし本当にこの街を大雪が襲うと彼女が予見しているというのなら、きっとこの物体はそ
の災害を止める為のキーアイテムなのだと思ったからだ。
 首を突っ込んでしまった手前、もう退けない。退くつもりもない。
「これから装置に動力をセットするわ。そして空の雲を弾き壊すの。操作は私がするから、
君は計測器──このメーターが振り切れないように見張っていて欲しいの」
「も、もし振り切れたら?」
「……出力したエネルギーが暴発するわ」
「暴ッ!? そんな危ないものを使うつもりなのか?」
「……それだけ、人一人が物事を変えるのは難しいのよ。もう何度──った……」
「え?」
 言って、彼女はついと僕から目を背けた。
 何か最後に呟いたような気がしたが、先程よりも強まってきた風がその音声を掻き消して
しまっていて。
「始めるわ」
 だがそんな僕の怪訝も余所に、彼女は新聞紙から取り出した紺色のグラデーションをした
大きな結晶を装置にセットすると、迫り出してきた種々のレバーを力強く引く。
「あいつらが牙を向く前に……止める」
 唸りを上げて、装置が目覚めて。
 アンテナ部分から急速に溢れ出す光の渦と、それに対抗するように曇天が蠢く。
 僕は冷たい強風に吹かれ始めた彼女の後ろ姿を見遣ってから、計測器に視線を落とした。
O:計測器の数値が急速に上がる。
「ちょ、もうかなり上がっているけど……!」
「大丈夫。一定の値で安定するから」
 僕の悲鳴に近い声に、彼女が冷静に返した。
 彼女が言った通り計測器の針は、真ん中くらいで安定した。僕はほっと胸をなでおろす。
彼女は黙ったまま、装置の操作に集中していて、冷静そのものといった表情だった。
 これぐらいの事で悲鳴を上げかけた自分が恥ずかしくなる。
 装置が一際大きな音を立て始めた。
 炸裂音に似たような轟音が耳を劈く。
 僕は耳を塞いで、空を見上げた。空に浮かぶ巨大な雲が四散する。
「やった……!」
 僕は耳を塞いだまま言って、彼女の方に向いた。
 だが、彼女は眉間に皺を寄せたまま、雲を睨んでいた。
「いいえ、まだよ……」
K:まだ? もう既に大きくなっている雲を見上げながら、僕の鼓動はまた速くなりだした。
 徐々に徐々に雲が大きくなっていく。むしろスピードが上がっている。
 装置は安定しているというのに、いったいどういうことなのだろうか。
 彼女は表情を変えず、やはりそのまま見上げている。もう逃げ出したくなってきた。
 暴発の二文字が、脳裏を横切る。
N:「……まだ、あるわ」
「えっ? 雲が?」
「違う。まだ結晶はストックがあるの。早く装置に挿して」
「だ、だけどそんな事したらもっと暴走の危険が」
「いいから! このままじゃ……君もッ!」
 それでも、彼女は叫んでいた。
 冷静な筈だったその表情(かお)がいつの間にか今にも泣き出しそうな必死さになっていて。
「わ、分かった」
 僕は弾かれるように先の段ボール箱へ走った。
 中を見てみれば確かに機材を保護していたとみられるエアパッキン(所謂プチプチ)の中
に新聞紙で包まれている結晶とやらが収められているのが見える。それも、何個も。
 一つ? 二つ? いや、こうなったらありったけだ!
 僕は段ボール箱ごとそれらを抱えて彼女の下に駆け戻った。
「早く!」
「わ、分かってるって」
 そして新聞紙の包みを解き、その内の一つを彼女に手渡そうとする。
「──ッ!?」
 僕の身体全体に猛烈な衝撃が走り、目の前が真っ白になったのは、ちょうどその時だった。


 意識の全てに駆け巡ったのは、脳裏に焼き付くようなイメージ。
 走馬灯というべきなのか。いや……だとしてもこれは“僕の記憶”ではなかった。
 最初に脳裏に映り込んで来たのは、近付いて来る僕だったから。
 つまりこれは誰か他の人間の視点ということになる。
『や、やあ……』
 何故か照れくさそうにしてその相手にぎこちなく笑いかける僕。
 学校指定のウィンドブレイカーを着込んでいる、周りの風景が学校にほど近い見覚えのあ
る場所──先刻彼女と遭った公園だったことからどうやら待ち合わせらしい。
『もう。遅いよ、有馬君』
 思わずドキリとした。僕も、映像の向こうの僕も。
 何故ならその声の主は間違いなく彼女で。
『ご、ごめん。ジュース奢るから許してよ、ね?』
『しょうがないなぁ……。うん、奢られてやろう』
 それに、このやり取りはあまりにおかしい。
 彼女──瀬戸さんと僕はこんなに仲良くなんてない。いつも話しかけてみても素っ気無く
てその度に自分の部屋で悶々としていた日々、その記憶が間違っている筈もなくて。
『はいはい。奢らせていただきます、コマ──いや瑚真理(こまり)様?』
 だけど、そこで言葉を交わす(向こう側の)僕らは親しげで。まるで……恋人みたいで。
 その後もフッとテレビのチャンネルを切り替えるように僕に見せられるのは、僕の記憶に
ない僕と、彼女……瀬戸さんとの日々のやり取り。間違いなく恋人同士のそれだった。
 どういう事だ? まさか願望が現実に──いや、そもそも今はそんな場合じゃないのに。
 だけど、そんな映像(ビジョン)が何度か続いた先で、僕はようやく知ったんだ。
 結論から言おう。
 “ずっと前から僕らは出逢っていた”のだ。

 その記憶──いや瀬戸さんの、コマの記憶がそもそもの始まりだった。
 僕らはいつものように二人して下校していた。
 冬が迫る曇天の下の街を、他愛もない談笑に華を咲かせて歩く。
 でも、幸せというものはそう長くは続かないという誰かがうそぶくように、悲劇は突然に
やってくる。
『……あれ? 何か、雪が』
 それまでも少しばかりパラついていた雪がふと気付くと強くなっていたのだ。
 だけど、それは何気なく空を見上げているとおかしくて。
 明らかに何者かの“悪意”を示すような急激に強まる寒波。それらは街の人々の逃避すら
許さず、辺りはあっという間に猛吹雪の地獄絵図へと変えていた。
『あ……有馬、君』
『くそっ、大丈夫かコマ!』
 それは街中を歩いてた僕らも同じで。
 気付けば僕らは全身も埋めてしまうほどの積雪の中に閉じ込められる格好となっていた。
 僕らは互いに愛しい人の名を呼ぶ。やがて雪を掻き分け、僕はようやく彼女をその中から
救い出す。白い蟻地獄と化した中から這い出て、ようやく比較的積雪の浅い建物の傍に移動
することができる。
『一体、何なの? この雪……』
『分からない。でもこれは普通じゃ──』
 そして……その時はやって来た。
 僕がそう言いかけた次の瞬間、バキバキッと轟音を立てて頭上の看板が落ちてきたのだ。
 この猛烈な積雪に耐えられなかったのだろう。壁と結びついていた支柱はその根本から折
れて──真下の僕を直撃する。
『…………。有馬、君?』
 轟音が辺りに響いても、瀬戸さんは暫く何が起きたのか分からないでいた。
 ただ目の前、僕がいた筈の空間に朽ち落ちた看板が陣取り、その下敷きになった者の血で
白を加速度的に赤に染めていく光景が、そんな彼女を呆然から悲鳴へとシフトさせる。
『有馬君ッ! 有馬君ッ!』
 駆け寄る瀬戸さん。
 だけど、間違いなく僕は即死だった。自分の死を視るというのも変な話だけど。
 でも……彼女の記憶を見ている僕はそんな事をすぐに言えなくなっていた。
 泣いている。嗚咽を漏らして、泣いている。僕の名を声が枯れそうになるほど呼び続けて。

 そんな彼女の嘆きが、一体どれだけ続いた頃だっただろうか。
 いつしかあれほど猛烈な寒波を呼んでいた曇天が少しずつ消え、晴れていった。
 ようやく街の人達が目の前で起きた天変地異にどうしていいのか分からず戸惑っている。
『……?』
 ちょうどそんな最中だった。
 ふと、瀬戸さんの近くに、空から何かが落ちてきた。ぼふっと積雪の中に沈みかける。
 彼女は泣き腫らした顔のまま、よろよろとそちらへと歩いていった。
 手を取り続け、僕の血で汚れたのもお構いなしに袖で涙を拭く。
『……石?』
 そして雪の中から取り上げたのは、幾つかの石──いや何かの結晶だった。
 彼女の掌の上で静かに輝いているその色は、蒼。このまま天に召されてたくなるような陰
鬱なまでの蒼色。
『──願イハ、何ダ?』
『!?』
 そうしていると、彼女の脳裏に直接突如としてそんな声が響いてきた。
 思わず辺りを見渡してみる。しかし、周りには誰も姿が無い。むしろ積雪で他人の姿が覆
い隠されてしまっている。
『……まさか、この石が?』
 だとすれば。信じられないが。
 改めてじっと石を、不安げに見つめてみる。
『願イヲ、叶ル──』
 今度は確かに聞こえた。間違いなくこの石から聞こえてくる。
 だけど、その無機質な声色はだんだん弱々しくなり始めていた。
 濃い空の蒼が、まるで力を失いつつあるかのように透明色へと変わろうとする。
『……』 
 彼女はゆっくりと僕の圧死体を、血みどろの光景を見遣った。
 何でも叶うの? 願い事なら……何でも? 彼女の心の声が僕にも届いてくる。
『だったら──!』
 すると決意したようにギュッと石を握り締め、彼女は叫んだ。
『お願い! 有馬君を助けて! 駄目だっていうのなら……もう一度やり直させて!』
 泣き叫び懇願する彼女の姿に、僕に向かってまた複数のビジョンが重なり始める。
 ──学業こそ優秀の部類でも、何となく押しが弱く周りに溶け込めなくて。
 気付けば勉強で寂しさを紛らわせていて。
 だけど、そうして「優等生」になる毎にどんどん皆は自分から距離を置いていき出して。
 独りだった。すっかり科学が唯一の友達だった。
 だけど、ある日変わることができた。
 こんな自分に、好きだと言ってくれた人がいた。有馬翔平君。同じクラスの男の子。
 嬉しかった。こんな私でも、必要だと言ってくれる人がいて。
 だから望んで受け入れた。恋人になれた。毎日が楽しく変わって。幸せで。
『お願い……ッ! もう一度、有馬君と一緒にいたい!』
 そして彼女がもう一度叫んだその時だった。
 それまで透明になる一方だった石らが、フッと別の色に染まり始めたのである。
 紺色。グラデーションの掛かった紺色に染まり直る石。彼女が握っていた欠片だけでなく
その変化は周りに落ちていた石──結晶も同じ変化を遂げていく。
『ソノ願イ、叶エル──』
 長い沈黙の後、目を見開いた彼女に、やがて石はそう語り──。


 そこで、意識が呼び戻された。
 今度は……現実。目の前は吹雪と化した風で、彼女は瀬戸さんは装置を操作してアンテナ
から寒波を呼び続ける曇天に熱線を放射し続けている。
「次!」「あ、うん!」
 急かされるように言われ、僕はもう一度結晶を──あの光景と同じ紺色の結晶を手渡す。
 つまり、先程の脳裏に浮かんだ光景は……彼女の記憶?
 だとすると、彼女が何故この異常寒波と戦おうとしているのか、その動機は……。
「見えた!」
 すると彼女の声が一層強く、真剣なものに変わる。
 弾かれて空を見上げると、再び曇天が熱線によって薙ぎ払われていた所だった。
 そしてその中心にあるのは……陰鬱な蒼の光を放つ結晶達で。
「やっと、漕ぎ付けた……。次を!」
「ま、待って。そんなに何度も使っちゃったら」
「今しかないんだ! もうこれ以上、繰り返せるものか!」
 僕はその叫びで混乱と怪訝を、あり得ない筈の確信に変えた。
 もう彼女は隠すことすら忘れている。それほど執着した“仇敵”を視界に捉えたのだ。
 “やり直したいと同じ時間を繰り返してきた”その先に見えた、終止符の可能性。
「……分かった!」
 僕も、戦う。
 大きく頷いて、僕は次々と残りの──おそらくは繰り返した時間の中で、あの日のように
災いを撒き散らしたあと落ちてきたものを回収し、願いを込め続けた──結晶を彼女に手渡
していった。彼女は次々とそれらを装置にセットする。
 放たれる熱線が先ず一発、上空の結晶へと届く。しかしそれだけでは吹雪を起こそうとす
る願いの石──これも推測だが、誰かが“こんな山間の田舎など消えてしまえ”など呪いの
ように込めた願いなのかもしれない──はその働きを止めない。
 だから挿入し続けた。結晶を装置にセットしていく度に、熱線は巨大で強力になってゆき、
『──ッ!?』
 遂に……その破壊を成し遂げて。
 熱線が辺りに溢れて僕も彼女も吹き飛んだ。装置も轟音と共に壊れていった。
「……つぅ。は、はぁ、やったのか? 僕らは……」
 強かに地面に打ちつけて痛んだ身体を起こして、暫くして僕は辺りを見渡した。
 まだ周囲は熱線の余波らしい煙が燻っている。そんな中で、僕は彼女を探す。
「居た! やったよ、あの寒波……を……」
 だけど。今度はまた別の結末。
 半ば興奮していた僕の高揚を一気に青ざめさせるように。
「……嘘、だろ?」
 しんと静まりかえる中で僕は手を伸ばす。
「なぁ、起きてくれよ。起きてよ……。瀬戸さん……瀬戸さん!」
 崩壊した装置の下敷きになって血みどろになって、息絶えていた彼女に。


 ──季節は秋から冬へ向かおうとしている。
 中庭の木々も落ち葉の量が増えてきた。風もじきに木枯らしと化すのだろう。
 僕は、一人寒い風の吹く中を縮こまりながら外の渡り廊下を渡っていた。
 向かう先は、本校舎から離れた通称・部活棟。この学校の各種部活の部室が立ち並ぶ専用
の校舎といった所か。
 放課後、夕刻の風は冷たい。
 僕は両手をポケットにつっこんだまま足早に目的の部屋へと向かう。
「……」
 その先のルームプレートに書かれていたのは、科学部の文字。
 設備自体はその性質故に整ってこそいるが、昨今の理科離れや先輩達の卒業などが重なっ
ていった結果、今ではたった一人の部員を残すのみとなっている。
「? はい……。どちら様ですか?」
「有馬だよ。同じクラスの。入っていいかな?」
 軽くドアをノックして、中からの少女の声を聞く。
 突然の訪問に少々躊躇っていたようだったが、僕が名前を出すとやがてそろりと内側から
ドアが開く。
「……何、かな?」
 そこに立っていたのは、制服の上から白衣を引っ掛けていた瀬戸さん。いや──。
「大事な話があるんだ。きっと君も知ってる筈だと思うから。だよね……コマ?」
「ッ!?」
 彼女は、目を丸くして驚いていた。
 そりゃあそうだろう。向こうは時間を繰り返しているのは自分だけだと思っている。
 でもね、コマ。僕もあの時、君の願いの記憶を見た後、結晶をこっそりポケットに押し込
んでいたんだ。
 そして僕も願ったんだよ。──“君を必ず迎えに戻る”って。
「……どうして。その呼び方」
 おもしろほど彼女は戸惑っていた。ぐらりと身体が揺れたのが分かった。そして後ろに見
えた作りかけの機械は……あの時の装置の製作途上の姿だろうか。
「どうしてって。忘れたの? 好きなように呼んで欲しいって君が言ったからじゃないか。
瀬戸瑚真理。コマリ……コマ……コマちゃん」
 ね? 僕はその手に握っていた紺色の結晶をサッと見せると、できうる限りの笑顔で微笑
んでみせた。
 驚きで、感激で。彼女はやっと事態を悟ってくれたらしく潤んだ目を見開いている。
 一年前。
 君と一緒に戦ったあの日から“戻ってきた”僕が辿り着いた先は、あの日よりもずっと前
になっていると気付いて、最初は長いなと思った。
 だけど、今ではむしろ良かったと思っている。
 だってあの時よりもずっと早くこうして君の傍にいることができるだろうから。
「有馬、君……」
「そっちは何回目になるんだろう……? でも、僕はちゃんとこれまでのコマの歩み、見せ
て貰ったから。もういいんだよ。独りで、抱え込まなくても」
 うん。コマはボロボロと涙を零し出して頷いていた。
 僕はそっとそんな彼女に近寄っていく。抱き締めてあげようと思った。
 恋人だった。いや多分また恋人になれるこの女性(ひと)を。
 ──今度こそ、一緒に。離れないように。
                                      (了)

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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

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