日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「想烈」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:死神、冬、穏やか】


 おむむろに空を仰ぎ、吐いた息は白くなる。だがそれ以上に、自分達の中から色々な何か
が奪われてゆくような気がした。
「ふう~……。寒いねえ。もっと別の日にした方が良かったかなあ?」
 塗り延ばしたような曇天の下、永司は恋人と二人連れ立って歩いていた。季節は十一月も
半ば。当然と言えば当然だが、いざ触れ始めた外気が時折肌を刺す。
「……」
 そう傍らで無邪気に微笑(わら)う彼女に、永司は言葉なく顰めっ面を浮かべていた。深
く眉間に皺を寄せて、ちらりとその横顔を覗く。
「~♪」
 ニット帽の裾から伸びている、栗色の髪。口元まで引っ張られたマフラーと厚手の上下。
 恋人の名は、真咲という。
 同じく寒くない訳ではなかろうに、彼女は終始ニコニコとしていた。「おっとっと……」
時折過ぎる風に頭を押さえつつ、それでも上機嫌なのは変わらない。
「……そうだな。どうせならもっと、晴れた日にするべきだった」
 待つべきだった──とは、口が裂けても言えなかった。おそらく当の彼女は、一見して大
して気にしていないといった素振りをみせるのだろうけど。
 小森真咲は病に侵されている。癌だ。まだ若いために進行が早く、異変に気付いた時には
もう手遅れとなっていた。
 医師に告げられた余命は……もって一年。あと一年で、最愛の女性(ひと)がこの世から
去ってしまう。そして今も尚、その可能性は高いまま払拭出来ていない。
「仕方ないよ~。それがお天気だもの」
 なのに彼女は、自分と会う時には努めて明るく振る舞おうとする。それが永司にとっては
心苦しかった。もしかしなくとも、自分の所為で彼女の死期を早めてしまっている可能性さ
えある。
「仕方ない、か……」
 永司は自嘲(わら)う。まるで病に侵されているのが彼女ではなく、自分かのようだ。
 しかし現実はそうではない。それだけ妄想したって、せめてそうでさえあればと妄想した
所で、事実はひっくり返りはしない。
 彼女がニット帽を被っているのだって、抗癌剤で髪が抜け落ちてしまっているからだ。単
に寒いからじゃない。今覗いている毛先は元の色に合わせたウィッグのため、今日のような
強めの風では容易に吹き飛んでしまう。
「む~……」
 そうしていると、真咲はふと一歩前に出てこちらの正面に回り込んできた。小さく唇をヘ
の字に歪め、怪訝に足を止めた永司の表情(かお)を、文字通り解そうと試みる。左右の頬
を掴んで伸ばし、物理的に解すようにして言う。
「永司君、顔暗い~。もっと笑ってよ、ね?」
「……だからって、ほっぺをぐにぐにするのはどうかと思うんだ」
「細かいことは気にしない。……私も、永司君には笑ってて欲しいんだもの」
 ハッと突っ込むのを止めて、永司は思わず静かに目を見開いていた。やはり自分は馬鹿だ
なと思いつつ、一方でそんなことを言ってくれる彼女が可愛いなあとも思考が過ぎる。どっ
ちみち馬鹿には違いなかった。突っ立ったまま、暫く彼は頬をされるがままにする。
 普段からぽわぽわと、何処となくマイペースな性格こそしているが、彼女だって何も考え
ていない訳ではないのだ。病に侵され、余命幾許もないのは他でもない自分自身。恋人やご
両親、身近な人との一時も残す回数は限られている。だからこそ、そんな思い出の中で彼・
彼女に哀しい顔をして欲しくない──自分の所為で笑顔を奪いたくない。
 だが……はっきり言って無理だ。その気持ちは分かる。その思いは痛いほど想像出来る。
しかし目の前の恋人が、季節をもう一巡りする頃には二度と会えない──その現実を知って
しまった今、どうしても繕い切れる気がしなかった。いずれ最期に向かう、彼女の思い出を
損なう態度だとは解っている。自分個人の感情だと理解はしていても、そこはどうにも譲れ
なかった。哀しいと思う気持ちと、哀しまないでくれという願い。どうして神様は、自分達
にどちらか一方を選ばせようとするのだろう?
(……俺は、あんたを恨むよ)
 頬から手を離して、ニシシっと笑う真咲。永司はフッと苦笑いを浮かべて応じながらも、
その内心は激しく“怒り”の矛先を探し回っていた。彼女の分まで、この世界を恨んでも恨
んでも足りなかった。
 どうして彼女が? まだ未来も沢山あって、もしかしたら自分の伴侶になっていたかもし
れない女性(ひと)が。
 他にもいただろうに。他にもっと、蝕まれて然るべき人間がいるだろうに。
 尤もそんなことを口走れば、心優しい彼女はぷりぷりと怒るだろう。『そんな風までして
助かりたくない!』なんてぐらい、平気で言いそうだ。だからこそ素敵なのだが──惚気は
一旦脇に置いておく。少なくとも出来ることなら、代わってやりたいとは常々思っていた。
 実を言うなら今日も、半ばこちらの都合で彼女を連れ出したようなものだ。仕事の合間を
縫って彼女の病室を訪れ、一時を過ごしてまた別れる。それがもう残り数えるほどしか出来
なくなるのだと分かっていながら。
 居合わせた看護師と、すっかり顔見知りになった主治医に許可を取り、こうして彼女にせ
がまれて近くをぐるり散歩しに出掛けている。お互いにもっと晴れた、いい天気の日が良か
ったなあとはごちたが……それも時間を選り好みしてはいられない。彼女が一緒に行こうと
言ってきたのも、思い出の為だ。ずっと同じ部屋の中で鬱々としているよりは、少しでも気
晴らしついでに身体を動かした方が良い。それだけの価値があると、恋人(じぶん)を見積
もってくれている嬉しさも手伝って。
「うーん。この辺りの風景も、大分寂しくなってきたなあ。先月か先々月くらいまでは、ま
だ赤や黄色で綺麗だったのに」
「……」
 病院裏手の中庭、幾つかの入院棟の間を埋めるように広がっている自然のスペース。
 それも冬の足音迫る今となっては、その多くが店仕舞いだった。秋口には紅葉で色鮮やか
に染まっていた庭の植木達も、気が付けば一様に葉を落としてみすぼらしくなっている。
 まるで同じだな──思考の端にそんな言葉が過ぎって、永司はハッと、必死になってこれ
を振り払う。大きく頭を振り、現実のものにしてなるものかと独り抗う。
「? 永司君……?」
 そのようなことを考えてしまったのは、きっと目の前の彼女と中庭の移ろいを重ねていた
からなのだろう。防寒というよりは、本来弱っている筈の身体を守る為──頭のニット帽か
らつま先まで、厚手の上下に身を包んだ真咲が小首を傾げて振り返っている。ふわりと栗色
の髪が揺れていた。それがウィッグで、本物の彼女のそれでないとは知っていても。
 永司は思う。もし代わってやれるのならと言ったが、はたして実際にそうなったら自分は
耐えられるだろうか? 立場は逆なれど、愛する人と引き裂かれることには変わらない。そ
の現実がいざ“当事者”として突き付けられたら……彼女のように振る舞えるだろうか?
 答えは否だ。想像しただけで、地獄だ。少なくとも死と離別で狂い泣く気がする。彼女と
は勿論、実家の両親や姉弟、交流のある同僚・友人達一人一人とのそれを想定してゆく度に
心が壊れてゆく自信がある。
「……何でもないよ」
 強いな。素直に永司は思った。なのにこうも明るく振る舞っていられる彼女は、尋常な精
神力じゃあない。勿論、余命宣告されてからの時間経過、ある種の慣れもあるのだろう。或
いは自分が見舞いに訪れていない時、他の誰かが傍にいない時、独り現実に押し潰されて泣
いているのかもしれない──。
 酌量もなく肌を刺す外気、捌けてくれる気配もない曇天の下。
 庭先でうろうろ、うろうろと歩き回る真咲の姿を、永司は気持ち遠目から眺めていた。彼
女から呼び掛けられればすぐに応じるが、ずっとピッタリくっ付いて動き回るというのも如
何なのだろう? 思い出が深まる分だけ辛い。そんなこちら側の我が儘も、多分に含まれて
いたのかもしれないが。
(真咲……)
 心の中で、愛する人の名を叫ぶ。ギュッと唇を、拳を噛み締めて握り、この理不尽にやは
りどうしようもなく怒りが込み上げてくる。
 何故彼女が? 何故よりにもよって、彼女が死ななきゃならないんだ? 一体あの子が、
俺達が何をしたっていうんだ? あんたの気紛れ一つで、どうして命が奪われなくっちゃな
らない?
 永司は幻視して(みて)いた。彼女のすぐ背後を、ピタリと寄り添って付きまとう影が在
るのを。
 骸骨の身体と、纏う闇色のローブ。
 何より彼女の首元を囲うように常時突き付けられた、鋭く大きく湾曲した鎌の刃先──。
(真咲に……近寄るんじゃねえ。俺はお前なんか、呼んでねえ)
 深く深く眉間に皺を。睨み付けるように、実際“仇”を見据えるように向ける眼を。
 だが他ならぬ彼のそれを、再び近寄ってきた彼女自身が食い止めた。
「もうっ。またそんな怖い顔して~。ほらほら、笑顔笑顔。に~っと、に~っと」
 気付いた時には、彼女の眼差しと顔が至近距離にあった。むんずと左右の頬を摘ままれ、
再び物理的にその顰めっ面を解される。ぐにぐにと、文字通りお世辞にも柔らかくない頬肉
が彼女の指先で伸ばされる。
「……痛゛(いだ)い」
「永司君がそんな表情(かお)するからだよ~。ほら、スマイルスマイル。折角可愛い恋人
と一緒なのに、何がそんなに不満なのかなあ……?」
 自分で言ってりゃ世話無いな──口にしたらまたあれこれ突っ込まれるし、口実を与えて
しまうので、永司は半分呆れたような表情(かお)をして誤魔化していた。考える余力を回
すのが遅れた、面倒臭かったというのもあるのだろう。一しきり頬を弄ったかと思うと、彼
女は再び彼の傍らに戻って腕を組んでいた。これも半ば条件反射のようなものだ。接した恋
人の体温と感触に、気付けばこちらからも組み返して身を寄せ合っている。
『……』
 晴れぬ寒空。枯れる季節。
 いつか離れてしまうと分かっていながら、永司はこの愛する人をそっと抱き寄せていた。
小さく幸せな声が聞こえる。冷たい外気を感じながらも、二人は立ち続けていた。

 今わざわざ、この場で振り返ったりはしない。でもあんたは未だ、真咲の背後(うしろ)
に居るんだろう?
 離すもんか。最期の最期、最期のその瞬間(とき)まで。
 俺は絶対──あんたを許さない。
                                      (了)

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  1. 2019/10/06(日) 00:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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