日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)サハラ・セレクタブルⅣ〔47〕

 公の状況が新たに変化し始めたのは、他ならぬ渦中の関係者が一つ、H&D社がその日動
きを見せたからだった。同グループのトップ、リチャード・ビクターCEOが突如として、
飛鳥崎市内で記者会見を開いたからである。
「ようこそ皆サマ。本日は遠い所へ足を運んでいただキ、ありがとうございマス」
 キラキラと、文字通り輝くような平素の微笑(えみ)も、流石に今回ばかりは幾許かの影
が差しているようだ。外人訛りのこなれた日本語で、先ずはそう開口一番繕いを覗かせる。
『──』
 それでも会場に駆け付けたマスコミ各社は、総じて緊張と驚きに包まれていた。広々とし
た室内、指定されたホテルのイベントホールの方々から、構えたカメラのフラッシュが焚か
れていてる。
 渦中のH&D社が、事件後ようやく声明を出したという点は勿論ながら、まさか彼がこの
飛鳥崎までやって来ていたとは。
 事前にそのような情報は無かった。完全にお忍びである。尤も自社製品への信頼が大きく
損なわれかねない中、CEO自ら火消し──本国を飛び出して駆け付けるべき案件であると
考えたなら、そこまで不自然という訳ではないのかもしれないが。
 曰く先の中央署の一件、いわゆる電脳生命体に自社の製品であるリアナイザが関わってい
るとの情報を受け、彼らは内部調査を進めていたのだという。今回来日し、このような会見
の場を開いたのは、他でもないその結果を伝える為だ。
「結果から申しましテ……報道されている内容は、事実デス」
『!?』
 ざわっ。強くひっきりなしになるカメラのフラッシュは勿論、リチャードの端的な発言を
受けて、集まった記者達は目に見えて衝撃を受けていた。大きく目を見開き、神妙な面持ち
を貼り付けて語り出す彼の一挙手一投足に、細心の注意を払っている。
「調査の結果、我々の商品であるリアナイザを違法に改造シ、件の怪人達の苗床とシテ巷に
ばら撒いている者達がいると判明しましタ。皆サマもご存知の通り、彼らはこの街の中枢に
さえ忍び込み、暗躍してきた者達デス。残念ですガ……事態は既に我々のみでは対処し切れ
ないほど大きくなっていマス。それでも我々にハ、未だ出来ることがありマス」
 加えて同グループの総責任者として、当面正規リアナイザの出荷を自粛し、既に市中に出
回っている分の回収を進めるとも彼は表明したのだった。かねてより水面下で進行していた
対応ではありながら、今後も飛鳥崎当局と協力して事態の収拾に当たり、損なわれた信頼を
取り戻す決意だ……とも。
「皆サマも、どうかご協力をお願いしマス」
「この度ハ、誠に申し訳ございませんでしタ」
 そうして深々と、同席していた他の幹部らと共に頭を下げ始めるリチャード。流石は世界
中に事業を展開するグループのトップか。欧米(ほんごく)以外の文化圏における、求めら
れる対応のスタイルについても、豊富な知識と理解があるらしい。ここぞとばかりに記者達
が、この絶好の“画”を収めに掛かる。
(……まさか、あのビクターCEOが直々に出張って来るとは)
(こいつは特大のネタだ。暫くはどの局も、この話題一色になりそうだな……)
 一見すると、H&D社の迅速な対応であるように見えた。自社へのダメージを最小限に抑
えたいという思惑なのだろう。
 トップダウンによる大鉈──ただその一方で、自粛によって切り捨てられる人々、リアナ
イザの製造・販売に関わってきた者達が、報道によって埋もれる可能性も出てくる。
(それに……)
 “画”はまだ続いている。実際の所、時間にすればほんの十数秒ほどだ。ただそんな大き
なうねりの中で、記者達の何人かは思った。
 即ち彼らの対応は事実上、既に流通している分も含めて、リアナイザという商品それ自体
を“禁制の品”にするようなものではないか──。


 Episode-47.Stigma/悪性への疾走

 刺客騒ぎは一旦落ち着いたのだろうか? 願わくばそうであると信じたい。こんな平和が
一日でも長く続いていて欲しい。
 チェイス及び、ストライク二個体を撃破した後の学園(コクガク)。睦月達は本来の学生
生活に戻り、暑さ残る日中のクラス教室で授業を受けていた。
 黒板を叩くようなチョークの音と、時折ピンと張り詰めるように響く、女性教師の声。
 睦月はぼ~っと、そんな日常の中である筈の光景を視界に、意識は尚も非日常の中に浸さ
れ続けている。
「……」
 事件は一先ず区切りがついたが、当の七波さん(かのじょ)はクラスに馴染めず、結局保
健室登校となってしまった。まだ学園に来ているだけマシとは言えるのかもしれないが、心
情としてはやはり、後ろめたさの方がずっと勝る。
 周囲や他のクラスメート達からは、依然として腫物扱いされたままだった。
 自分達のように全ての事情を知っている訳ではないし、無理もないとは思うが……それで
もこうした隔離が常態化し、彼女自身がクラスから“消える”状況が続けば、その存在は本
当に忘れられていってしまうだろう。一体何の為に、彼女は玄武台(ブダイ)から逃れてき
たというのか?
 尤も現状、保健室登校なり何なりで余所に隔離しておかなければ、学園の日常もままなら
ないというのもまた事実だ。全の為に一を殺す──思って、睦月は改めて自分達の外道っぷ
りを自覚せざるを得ない。

『心配は要らない。彼女のケアに関しては、学園内の協力者が担ってくれている。お前達は
当面、彼女の“警護”に専念してくれればいい』

 事後処理が大よそ済んだ後、親友(みなと)はそう話していた。対策チームの工作員があ
ちこちに潜んでいるのは今に始まった事ではないが、本当に掌の上で関係者らが転がされて
いるんだなと内心思ったものだ。
 日常のサポートも、その人物が担ってくれている。自分達は皆人の言う通り、先の中央署
の一件で得た公的な勝利の勢いを借りて、一日でも早く“蝕卓(ファミリー)”を倒す手立
てを見出さなければならない。それが彼女にとっても、今まで関わり巻き込まれた人達にと
っても、真の安息となる筈だ。
 先日H&D社も、妙な動きを見せ始めた。政府との“共闘”も早々にせず済むならば、そ
れに越した事はない。元々は自分達が内々に、決着をつけたかった戦いもである……。

「──」
 そんな親友(とも)の様子を、皆人はちらっと横目に映しながら見ていた。自分の席から
やや後方斜めに捉えたクラス内では、彼や海沙、宙、國子に仁といった仲間達が思い思いに
授業を受けている様子が見える。真面目に正面の黒板を見つめてノートを取っている者もい
れば、暑さと根気不足を理由にぐったりと机に突っ伏し、或いは机の陰で手持無沙汰にデバ
イスを弄っている者もいる。
 良くも悪くもいつもの風景。そして当の皆人自身は、ちょうど後者の部類だった。
 机と広げたノート、身体の陰に隠したデバイスの画面に、とあるメッセージがポップして
きたのを、彼はフッと視線だけで確認する。

 間仕切りで囲われたスペースの中に机を置いて、一人黙々と課題をこなす。
 幾度にも渡る自身への刺客騒ぎの後、七波はじっと保健室で過ごす日々を送っていた。当
然通常の授業には出られず、代わりに養護教諭の光村は何処からともなく自分用の問題集を
用意してくれ、分からない部分があれば丁寧に教えてくれる。一人静かに、家庭教師に見て
貰っているようなものだ。尤も当の本人は、あくまでこちらとは一定の距離を保ち、クール
な立ち振る舞いを続けていたが。
(……難しいなあ。公立と国立じゃあ、こんなにも違うものなのかな……?)
 とはいえ、肝心の課題の中身はハイレベルだと感じる。七波は一人じっと眉根を寄せたり
唇を結んだり、人知れず苦戦続きだった。元々いた玄武台高校(ブダイ)はスポーツで名を
挙げていた学校。対してこの学園(コクガク)は、飛鳥崎が直に運営する一貫校。こと勉学
の領域においては遥かに格上の存在ではある。
(うーん……。なるべく此処にいる間は、考えないようにしてたけど……)
 切れかけた集中力を潔く放り出し、七波は一旦小休止を挟むことにした。ただでさえ意識
的に“隅”に縮こまった過ごし方をしているため、身も心も硬くなりがちだ。ぐぐっとパイ
プ椅子の背に体重を預けて、大きく全身を解すように伸びをする。
 ──結局自分は、一度ならず二度までも、学園の人達に迷惑を掛けてしまった。校舎が壊
されたこともそうだし、精神的にも巻き込んで、ここ暫くは心休まる日が無かったと言って
しまっていい。
 有り体に言えば……自責の念。
 だからこそ、今もクラスの皆に合わせる顔がなく、ずるずるとこうして保健室登校という
形に落ち着いてしまっている。

『あんたが死んで、哀しむ人は──本当にいないのかい?』

 一時は自暴自棄になっていたものの、自分は光村先生に救われた。筧さんや由良さん、お
父さんやお母さんが悲しむとの言葉と想像力に、何とか持ち直すことが出来た。
 尤も当の母は未だ別の病院に入院中だし、実害を被ったことでヒステリックになった影響
は今も消えていない。父の見舞いの頻度だってあれから明らかに減ってきているが……あく
までそれは自分達家族の問題。
 尚もぐらぐらと、意識の片隅でこちらを見ている懸案の一つを掻き消す為に、彼女は別の
記憶を密かにぶつけていた。他ならぬ、筧から後日届いたメッセージである。

『学校と家と、襲われたってニュースは聞いた』
『大変だったな。いざって時に、傍に居てやれなくてすまなかった』

 電話番号からショートメールへ。文面個々は淡泊で短かったが、不器用ながらも根っこは
とても優しい彼なりの配慮を読み取ることが出来る。
 睦月達対策チームと接触したことを伝えると、彼も自分を尾けていた冴島の一隊がそちら
に向かったらしいと話してくれた。こちら側からの情報で、ようやく合点がいったようだ。
蝕卓(やつら)はやはり自分達を狙っている──彼ら対策チームの傘に入っているのが現状
安牌であろうとも。
『俺もぼちぼち、そっちに戻るよ』
 そして彼はどうやら、次の元被害者巡りに進んでいるようだった。
 七波も、彼の指摘には同意さぜるを得なかったし、まだまだ不安は燻っている。それでも
彼ら対策チームとの繋がりを維持していれば、いつか勇を止められるかもしれないとも考え
ていたのだ。
「──七波さん、ちょっと休憩が長過ぎないかしら? 課題はまだまだ残っているわよ?」
「はひぃ!?」
 ちょうど……そんな時だった。ふと間仕切りを軽く開けて光村が顔を出し、傍から見れば
ぼんやりと座ったままの七波に注意を促す。
 ビクンと、七波は反射的に顔を上げて飛び起きていた。それでも実際に浮かべたのはばつ
の悪そうな苦笑いで、学園(コクガク)に来た頃より明らかに心を開いた印象を受ける。
「す、すみません……」
 つまり彼女は、個人的に光村に懐き始めていた。保健室の主であるという以上に、彼女が
自分のことを“特別扱い”しない──決してニコニコと笑顔が素敵な訳ではないが、クール
でさばさばとしたこの姉御肌の先生が、本当は優しい人なのだと解り始めていたからだ。
 要するに色々な意味で似ている。
 自分のせいで部下を失い、それでも尚、自分を守ってくれる筧と同じなのだと。
「……?」
 だが次の瞬間である。今度はふと、七波が握っていたデバイスから着信音が流れた。周囲
に迷惑を掛けないよう音量は下げてあるが、それでもカバーの中から漏れる明滅で分かる。
 少し目を細めた光村に断り、七波は一旦席を外して廊下に出た。カバーを開いて画面を確
認し、されどそこに表示された名前に思わず小首を傾げる。
 七波沙也香(おかあさん)。
 おかしいな。今はまだ病院の中で、自由には使えない筈なのに……。
『──七波由香だな?』
 しかし、そんな彼女の疑問も、直後には文字通り消し飛んでいた。電話の向こうから届い
たのは、聞き慣れた母の声ではなく、別の人物だったのである。
 七波は思わず目を丸くして硬直していた。悲鳴を上げる為の呼吸すらままならない。
『どうした? 返事をしろ。まさか警察を呼ぶ……なんて馬鹿はしないよな?』
 勇だった。
 同じ元玄武台(ブダイ)生であり、苛めの末に亡くなった弟の無念を晴らすため復讐鬼と
化した、今や蝕卓(ファミリー)の関係者が一人・瀬古勇その人だったのだから。


 時を前後して、司令室(コンソール)。
 冴島及び彼が連れて来ていたB班の隊士達は、改めて筧への監視・警護の任に戻ることと
なった。留守を任せていたA班との合流。既に隊士達は一足先に向かわせてある。
「では……宜しくお願いします」
「ええ」
「任せておけ。そちらも、気を付けてな」
 司令室(コンソール)の職員達や、萬波に香月、研究部門の面々がそう挨拶をする冴島を
見送っていた。丁寧に頭を下げ、部下達を追って一人この秘密基地を後にする彼の背中を、
皆はすっかり消えてしまうまで眺める。
「……ふう」
 一方そんな面々の中にあって、香月はこの見送りに際しても尚、自身のデスクに陣取って
作業を続けていた。
 絶賛製作中──盛大に散らかしていると言ってしまっていい。顔だけは彼の出立を見送り
ながら、その手元には作りかけのリアナイザらしき金属塊、PC画面上に映し出された設計
図らしきデータが幾つも広げられている。
「お疲れさん。一旦休憩しないか? そうしたら私も手伝おう。コーヒーでいいかな?」
「……はい。ありがとうございます」
 ただ元第七研究所(ラボ)所長、彼女の上司であった萬波は、その一心不乱な没頭ぶりを
見落としてはいなかった。大きく息をついた瞬間を逃さず、デスクの傍まで近付き、何とか
彼女に一度手を止めて貰おうと考えた。
「すまないな。結局技術的なあれこれは、君にばかり負担させてしまっている」
「いえ……大丈夫です。所長達がサポートしてくださるからこそ、私も自分の得意分野のみ
に集中出来るんですから」
 謝罪と即座の謙遜。この麗しきワーカーホリックには、寧ろ直接的な言葉で伝えた方が良
いと経験的に萬波は理解していたが、はたして当の本人にはどれほど伝わったことか。
 ……いや。伝わっても、そっくりそのまま受け取ることをしないのだ。事実こうして、こ
ちらが無理を押さぬよう諭しても、彼女は苦笑(わら)いながら受け流すばかりだった。
 香月は相変わらず、ガチャガチャと机上に広げた部品達の組み立てや調整を行っている。
スペースの奥隅に置かれたシンクの前で、萬波は静かに哀しい笑みを浮かべていた。
「敵は、こちらの都合で待ってはくれませんから。それに一連の守護騎士(ヴァンガード)
システムは、私が考案したものです。責任を負うのは当然のことです」
 背を向けたまま、暫くコーヒーメイカーで皆の分を淹れ、集まってきた部下らに渡す。
 言葉の通り、司令室(コンソール)内は一時まったりと小休止に入ったが……肝心の香月
はカップを横に置いたっきり、中々作業を止めようとしない。
「会長達や司令を批判する心算はありませんが、由香ちゃんを学園(コクガク)に保護した
判断こそ間違っていなかったものの、彼女自身にとっては“失敗”だったんじゃないかと思
ってしまうんです。元々の経緯から仕方ない部分があるとはいえ、辛い目にばかり遭わせて
しまっていますから。あの子と、同じ年頃の女の子を……」
『……』
 二度三度と、萬波らは静かに目を細めている。その心中を察し──加えて自分達のそれが
まだまだ足りなかったのだと悟り、恥じ入るようにギュッと唇を結んでいた。
 あの子。言わずもがな、睦月だ。確かに七波と彼は同学年だし、今回の保護策では司令官
たる皆人らの目が行き届くよう、わざわざ同じクラスになる根回しさえしてある。
 自らの息子と、守護騎士(ヴァンガード)としての苦悩や戦いの日々をつい重ねてしまう
のだろう。無理もないと思った。萬波らは安易な慰みの言葉も向けられず、只々じっと作業
を続ける彼女の背中を見守る。カップから昇る湯気が、静かに場の空間へと霧散していた。
「だから万全を期す為にも、出来る事はなるべく早く整えておきたいんです。それが、由香
ちゃんや睦月を──チームの皆を助けることにもなる筈ですから」
 嗚呼、やっぱり親子なんだな……。萬波はそう強く、内心で悔いるばかりだった。
 冴島君がいれば、また気の利いた言葉の一つでも掛けられるのだろうが……寧ろ彼が此処
を発ったからこそ、彼女はこんなことを口にしたのだろう。その意味で特別な存在である点
に違いはないのだが、如何せん強情過ぎるきらいがある。
「……それで所長。政府との共闘の件は、一体どうなっています?」
「うん? ああ、その話か……。基本方針はこの前の全体会合の通りだよ。手の内を明かし
てしまうには、まだまだリスキーな部分がクリア出来ていない」
 その間にも、話題はちらっと別の方面へと移動していて。
 香月がようやく作業の手を緩め、置かれていたコーヒーに口を付け始めた。その様子を視
界に捉えて内心安堵しながら、萬波は答える。先程とはまた別種の苦笑。流石にそちら方面
のあれこれは、科学者ではなく政治家の領分である。
 先の中央署の一件を契機とした、自分達アウター対策チームと中央政府の共闘。プライド
以下“蝕卓(ファミリー)”に侵食された同中枢を討ち払う為、公権力の援護射撃を必要と
した所まではよかったが……結局その後の折り合いが中々付いていなかったのである。
 最終的な決定権はあくまで上層部ないし、司令官たる皆人に在る。
 萬波は勿論、香月や他の面々も多かれ少なかれ把握はしていた所だ。身バレをしたくない
云々というのは分かる。政府内部にも、奴らの手先が侵食していないという保証など、易々
と得られはしないだろう。
 なのに皆継会長に続く、対策チーム加盟の各社首脳達は……今も恐れている。一旦共闘を
してしまえば、自分達の存在が明るみになりかねないと思っているのだろう。加えて中央署
の一件で政府へのパイプを使った事に、当初から批判的な者達も少なからずいたのだと、他
ならぬ皆人が肩を竦めて教えてくれた。
「ですよね……。なので交渉の際、一旦は向こうからの申し出を撥ねましたが……本当に良
かったんだろうかと」
「最善とは言えないだろうな。返答を引き延ばし過ぎ、政府とギクシャクしてしまうという
のも、長い目で見れば好くない。蝕卓(ファミリー)への警戒を強める為にも、数が多いに
越した事はないのだから」
 ええ……。香月はそう、改めて萬波からの言葉を反芻するように呟いていた。視線を気持
ち床へと落とし、殊更に難しい表情(かお)をする。
 技術的なあれこれとは言ったが、こと政府とのパイプ役に関しては、彼女もまたその一翼
を担っているのだ。詳しいことは未だ聞かされていないが、こればかりは過去の経歴から培
った伝手を頼らせて貰うしかない……。
「萬波主任、佐原博士! 大変です!」
 ちょうどそんな最中の事だった。制御卓に着いていた職員の一人が、不意に通信用のヘッ
ドセットを外しながら、酷く慌てた様子でこちらに振り向いて叫ぶ。
「……?」
「何だ、どうした?」
 そして弾かれるように顔を上げた香月や萬波、周りの職員達が、もたらされたその報告を
耳にするや否や、大きく目を見開き──。

 事の発端は、日中皆人が司令室(コンソール)から受けた報告に遡る。先日から街の北部
を中心に、奇妙な殺人事件が幾つも発生しているというのだ。
 共通しているのは、被害者が全員“惨い死に方”をしているという点。
 焼死や凍死、斬死に圧死──燃やされるというのはまだ分からないでもないが、夏もよう
やく盛りを過ぎただけのこの時期に凍え死ぬというのは不自然だし、遺体が切り刻まれた際
の凶器も見つかっていない。押し潰されたようなケースも、周囲の地形からして大よそ普通
ではあり得なかった。
『もしかして……アウター?』
『ああ、かもしれない。だから確かめる為にも、一度現場を見て来てはくれないか?』
 学園(コクガク)での休み時間。睦月達を集めた皆人は、そう一同に命じた。
 仁や國子、海沙と宙及び各分隊。先のチェイスやストライクらの一件を踏まえ、皆人自身
は司令室(コンソール)にて指揮を執ることとなった。筧と七波の警護の為にも、あまり兵
力を割く訳にはいかないという事情もある。

「──うーん。これといって、手掛かりになりそうなモンはねえなあ……」
 現場となったのは飛鳥崎の北部、西部とやや重なる境目付近の古いビル街だ。人気の波が
中心部に持っていかれつつあり、路地の多い入り組んだ地形をしている。灰色の地面や壁が
四方八方に立ち塞がって黙しているさまは、何となく不気味だ。事件があったと前情報で聞
いるからというのもあるのだろうが。
 皆人や司令室(コンソール)の職員達曰く、被害者達の共通点など詳しい情報は目下調査
中だという。一行は睦月と仁隊、國子と海沙・宙隊の二手に分かれ、先ずは人海戦術を採る
ことにした。皆人達が情報を集めてくるまでの間、少しでも現場に何か糸口になりそうな痕
跡が残っていないか調べようとしたのだ。
「そうだねえ。事件自体は少し前らしいから、粗方は警察が持って行っちゃったのかも」
『可能性は高そうですが……。今の彼らとなると……』
「言ってやるなよ。全員が全員、蝕卓(やつら)の手先だった訳じゃねえんだしさ?」
 國子隊サイドと分かれ、睦月と仁、及び彼の部下たる隊士──旧電脳研の仲間達が辺りの
路地を隅から隅まで検めて回る。ただでさえ変わり映えのしない作業に、睦月もパンドラも
正直それほど収穫はないだろうと思っていた。仁が思い返すように、今や針のむしろ状態な
中央署の関係者達をそれとなく庇う。
 コンクリ敷きの壁や地面は経年劣化が進み、汚れや痛みが激しいが、それが事件によるも
のなのか否かまでは判然としなかった。睦月の言う通り、既に当局が粗方処理した後なのか
もしれない。首を突っ込むのが遅かったか。
 晩夏になりつつあるとはいえ、辺りは妙に薄ら寒い。元々の人気のなさに加え、先の中央
署の一件で当局の内部がガタガタ──その本来力が激減しているからこそ、こんな事件が起
きてしまったのだろうか? 抑止出来ずに、起きてしまったのだろうか?
「おや……?」
 ちょうどそんな時だった。ふと道向かいから、一人の見慣れた人物が歩いて来る。
 冴島である。緩いスーツ姿にいつもの穏やかな微笑、それでも身に纏う雰囲気はこれから
戦地に向かうような、油断して掛かれない一種の気迫なるものを感じる。
「あれ? 冴島さん……?」
「何でこんな所に?」
「筧刑事──いや、元刑事の所へ戻る途中なんだよ。その前に、萬波所長や香月さんに挨拶
をしておこうと思ってね……」
 やあ。その姿を認め、振り向いてくる睦月や仁達に、冴島は努めてニッコリと優しい笑み
を浮かべてみせていた。一旦こちらに近付いて来て、少々立ち話を。どうやら彼は出発前に
司令室(コンソール)に寄っていたらしい。部下達(みな)は先に行かせてあるため、今頃
は筧を警護している別班と合流している筈だとも。
「例の殺人事件の調査だね? 僕も軽く話は聞いてる。任せちゃって……いいのかな?」
「ええ。こっちは未だ確認段階ですし、筧刑事のことも心配ですし」
「行ってやってください。こっちはまあ……何とかなりますよ」
 そうか。じゃあ、くれぐれも気を付けて。
 睦月達の、軽く励ましも含んだ背中を押す言葉に、冴島はフッと小さく苦笑していた。筧
もそうだが、七波を狙う刺客達についても気になっているのだろう。少なくとも今回の犯人
が新たなそれとは確定していない以上、無理に引き留める理由もない。努めて一帯の現場検
証は引き受け、このリアナイザ隊隊長を送り出すことにする。
「──筧? 筧……兵悟?」
 しかしである。睦月達はこの時、その一部始終を目撃して(みて)いた第三者の存在に気
付いていなかったのだ。遠巻きの物陰から、じっとこちらを覗いていた一人の女性である。
路地への曲がり角、壁の端をギリッと鷲掴み、そうじわじわと彼(か)の名前を呟きながら
憎悪の眼差しを強くする。
「まさか、あいつら……」
 その直後だった。彼女はにわかに物陰からこちらに向かって飛び出し、この物音に気付い
て振り返った睦月らと対峙する。……誰? 思わずぱちくりと目を瞬き、されど向けられる
眼光から、少なくとも友好的な人物ではないらしいとの判断を脳が下す。
「……っ」
 スラリとした、可愛いよりも格好いい感じの女性だった。睦月や仁達に比べれば、一回り
近くは年上──背格好からして大学生ぐらいだろうか。何故か激しい敵意の目でもって、横
道に入る路地数ブロック分向こうからこちらを睨んでいる。
『なっ……?!』
 加えて彼女の横から現れたのは、灰紫の大きな鍔広帽と、ボロボロのローブを纏った怪人
だった。睦月や仁以下隊士達、期せずして居合わせた冴島も驚愕の様子で目を見開く。形容
するならば、まさに“魔法使い”のようないでたちである。
 背丈は彼女よりも低く、全体的に縮こまっている感じだった。両手足や顔といった生身の
部分は、茶黒く焼け焦げたようにその全貌を窺えない闇と同化している。
「な、何だ? まさか……アウター!?」
『は……はい! この反応、間違いありません!』
「おいおい、いきなり出て来なすったか!」
「どうやら迷っている暇はなさそうだ。構えろ、来るぞ!」
 ヴォオアアァァァーッ!! 醜く淀んだ顔、赤く不気味に光る相貌を見開きながら、この
鍔広帽の怪人(アウター)は咆哮した。
 背後に立つこの女性の憎悪に共鳴するように、咄嗟にそれぞれのリアナイザを取り出す睦
月達に向かって、直後大きく跳躍しながら襲い掛かる。


 かくして睦月と仁隊、冴島は、半ばなし崩し的にこの強襲してきたアウターと戦う羽目に
なった。灰色の地面を蹴り、中空へと飛んだこの個体は、両掌から生み出した火球をこちら
に向けて撃ち放ってくる。
「あっば……?!」「危ねえっ!?」
「チッ。固まってたら一網打尽にされるぞ! 散れ、散れぇぇーッ!!」
 すんでの所でこれをかわし、大きく左右に転がる睦月達。
 皆を庇うように、先ず仁と冴島が前に出ていた。叫びに弾かれて互いに距離を取りだす隊
士達と、或いは急いで司令室(コンソール)の皆人らへ連絡を入れる隊士。そんな面々に向
かって、突如としてこの鍔広帽のアウターをけしかけてきた女性は問う。
「許さない、許さない、許さない……! お前達も、あいつの仲間か!?」
「は? 一体何の話──」
「名乗ってくれないと分からないな。君は一体、誰を憎んでいるというんだい?」
 最初、仁は素っ頓狂に眉根を寄せていたが、冴島はそれを遮るように問い返していた。
 事情はよく分からない。だが彼女から湧き出ている憎悪の感情は並々ならぬものだ。そし
て何故か自分達を、その恨んでいる標的の同類として認識している。
「五月蠅い……五月蠅い、五月蠅い、五月蠅い!! 死ね、死ね! ぐちゃぐちゃになって
死ねぇぇぇ!!」
 だがこちらの鎌かけを警戒したのか、それとも激情が先走っていたのか、彼女から事の真
相を聞き出すことは叶わなかった。鍔広帽のアウターが、次弾の火球を練り上げている。
「司令、司令! 聞こえますか!?」
「こちら大江隊! アウターです! また新しいアウターが出ました!」
「多分今回の犯人です! 至急応援を!」
「……滅茶苦茶だな」
「どうやら、力ずくで大人しくさせるしかないようだ」
 仕方なく仁と冴島は、それぞれの調律リアナイザからグレートデュークとジークリフリー
トを召喚。引き金をひいて放たれるこの火球達を盾や剣撃で防いだ。残る隊士達や睦月も、
続けて自身のコンシェルを召喚。守護騎士(ヴァンガード)に変身する。
「変身!」
『OPERATE THE PANDORA』
 デュークとジークフリートを先頭に、先ずは反撃の態勢を。
 だが睦月が白亜のパワードスーツに身を包み、通信の向こうで皆人達が大急ぎで各所へ指
示を飛ばし始める中、この鍔広帽のアウターは更なる攻撃を仕掛けてきたのだ。
「ウウウ……!」
 右手に冷気、左手に電光。
 今度は両掌から別々に、先程とは違うエネルギー波を練り上げ、放ってきたのだった。距
離を詰めようとしていたジークフリートの足元を、冷気の奔流でもって凍らせ、大きく盾を
構えていたデュークをその防御ごと電撃で撃ち抜く。
「ぐっ!?」
「しまっ──!」
 すかさずその隙を突き、更に火球の二連。冴島と仁の操る二体は、あっという間に体勢を
崩されて大きく吹き飛ばされた。これを半ば同期し、操っていた当人達にも、そのダメージ
は少なからず跳ね返る。
「大江君、冴島さん!!」
「氷と雷!?」
「炎だけじゃねえのかよ!?」
『多彩な攻撃手段……。志郎のジークフリートと、似た能力の持ち主のようですね』
 苦痛の表情を浮かべて、一旦後ろへ大きくふらつく冴島と仁。ちょうど彼らと交代するよ
うに、守護騎士(ヴァンガード)姿の睦月は前に出た。思わぬ攻撃パターンにしてやられた
二人を庇いながら、飛んでくる火球の群れに銃撃モードを発動。一心不乱にこれを撃ち落と
しに掛かる。
『奴の風貌からして、差し詰め“魔女(ウィッチ)”のアウターといった所か。睦月、気を
付けろ。おそらくチェイスやストライク達のように、何かしらに特化した能力という訳では
ないのだろう。他にもまだ、奥の手を隠しているかもしれん』
 分かってるよ──! 耳の中、インカムから聞こえてくる皆人の言葉に、睦月は実際乱暴
気味に応じていた。冷静な立ち回り云々というよりも、今目の前に飛んでくる火球や氷柱、
電撃などを撃ち落さねばという意識にリソースの大部分を割かれていたからだ。
 他の隊士達、その召喚したコンシェルらも援護してくれてはいるが、その全てが対中・遠
距離に対応する手段を持っている訳ではない。一方で相手──鍔広帽ことウィッチは、身軽
な体格を活かして駆け回りながら、大量の各種エネルギー弾をばら撒いてくる。
 ……その手数に苦しめられるというのは勿論の事ながら、こちらはどうしても守勢に回ら
ざるを得なかった。自分を除き、場の仲間達は皆生身なのだ。たとえ一発でもまともに受け
てしまえば、大怪我は免れないだろう。常人があんなものを食らえば、四肢の一本や二本、
軽く吹き飛ばされる。
(くそっ! 弾数が……間に合わない!)
 睦月は焦っていた。状況はどんどんこちらの一方的な防戦に傾きつつある。一度ウィッチ
本体に攻撃が当たりさえすれば、この雨霰も止むだろうに……。しかし攻撃の連射性能も多
彩さも、どうやら敵に大きく分がある。連射(ペッカー)から拡散羽根(ピーコック)へ、
銃撃モードで応じながらサポートコンシェルの付与を切り替えるが、それでも相手の弾幕に
は対応し切れない。
「ちっくしょぉぉぉーッ!!」
「撃て撃て!! 弾幕を薄めるな!!」
「なんつーデタラメな能力だよ……。こっちは十人からはいるっていうに、相手はたったの
一人だぞ……?」
 最初は手痛い反撃を受けた、仁や冴島もこれに加わってはいた。それでも弾幕と共に距離
を詰めさせないウィッチに守勢に回らされ、自身や仲間達の防護に専念せざるを得ない。飛
び交う火球や電撃に、一人また一人と撃ち落され、或いは生身にその余波を受けて大きく後
退ってゆく。
「だったら……!!」
『ELEMENTS』
『COMPOSE THE IRON』
 埒が明かないと、睦月は思い切って別の手段を取った。アイアン・コンシェルの能力を利
用し、自分達の前に巨大な金属製の防御壁を生成したのである。
 ウゥ……? しかし対するウィッチは、これを難なく突破してみせた。驚き迷ったように
見えたのは一瞬だけで、今度は両掌から三対六連の風刃を放ってこれを切り裂き、睦月達を
防御壁ごと吹き飛ばしたのである。
「ぐぅッ!?」
「畜生、金属の壁までぶち抜くなんて……。一体、どうすりゃあいいんだよ……??」
 そうして土埃が一通り捌けた後に在ったのは、あちこちに転がる大小ボロボロの睦月達。
寸前で各々のコンシェルらが盾となってくれたのもあり、本人達へのダメージは辛うじて即
死を免れたようだ。よろよろと、睦月や冴島、仁以下隊士達は、いよいよ為す術がなくなり
つつも立ち上がっていた。ウィッチもゆっくりとこちらへ近付き、軽く両掌開きながら、次
弾の練り上げを始めている。
 正直もう、かなり息が上がっていた。だが此処で退く訳にはいかない。
 彼女とこのアウターは、十中八九、例の惨殺事件の犯人だ。このまま見逃してしまえば、
また新たな犠牲者が出る可能性が高い……。
『むー君、聞こえる!?』
『佐原さん、大江さん、無事ですか?』
『話は聞いたよ! 私達も今そっちに向かってるから──』
「っ……。駄目だ! 今こっちに来ちゃいけない!」
 更に通信越しに、司令室(コンソール)からウィッチ出現の報を受けた海沙や宙、國子隊
の面々から連絡が入る。
 しかし当の睦月は反射的にこれを遮っていた。戦力が増えるには増えるだろうが、彼女達
もまた生身の自分を連れて来ている。本人らが安全な場所に居てくれない以上、庇うべき相
手は増える。正直、これ以上守り切れる気がしない。
『だ、だったら……。召喚主です! マスター、アウターではなく人間の方を……!』
 そうか! 故にEXリアナイザ内のパンドラがそう助言してくれた通り、睦月はギュッと
残る力を振り絞って顔を上げた。召喚主──先程の女性はまだ向こうの物陰近くにいる。憎
悪の眼でこちらを睨んでいる。
 ならば、このまま彼女の持っている改造リアナイザを狙って──。
「……えっ?」
 だが無かったのだ。一瞬見間違いかと思ったが、ゴシゴシと目を擦って凝らし直しても間
違いない。彼女は全くの“手ぶら”だった。左右どちらの手にも、リアナイザらしい物は握
っていない。何より荷物をしまう鞄の類さえも所持してはいなかったのだ。
『あ、あれ?』
「リアナイザを、持っていない……?」
 睦月やパンドラ、冴島や仁隊、或いは司令室(コンソール)の画面越しに戦いの一部始終
を見ていた皆人達も思わず目を丸くしていた。作戦変更と向けた銃口も、そのまま戸惑って
引き金さえひけなかった。
 彼女の手に、改造リアナイザが無い。
 召喚主が他の人物という可能性もあるが、それならばわざわざ戦う手段を持たない彼女が
出張ってくる必要は無い筈だ。何よりあそこまで、こちらに憎悪の眼差しを向けてくる人間
が全くの無関係だとは考え辛い。
 ……と、なると。
 この魔女型(ウィッチ)のアウターは、既に実体化している……?

『七波由香だな?』
『まさか警察を呼ぶ……なんて馬鹿はしないよな?』
 掛かってきた番号は確かに母親のものだったのに、実際に聞こえてきた声の主は丸っきり
違っていた。文字通り全身から血の気が引いて、七波は酷く蒼褪める。自分が今置かれてし
まった状況を、否応なく理解させられたからだ。
「ど、どうして……? お母さんは? お母さんは無事なの!?」
『いつ質問して良いと言った? 何なら今ここで、この女を始末してもいいんだぞ?』
 保健室を出た廊下の先で、七波は思わず必死になって叫ぶ。母の状態を何か確かめようと
いう言葉が先立った。
 しかし対する電話の主・勇は、あくまで冷淡に振る舞っていた。こちらからの問い掛けす
らピシャリと撥ね退け、文字通り七波を脅す。苦渋に顔を顰め、黙らされた彼女の息遣いを
確認してから、彼は静かに凄みを利かせつつ用件を告げる。
『お前の母親は預かった。返して欲しければ、北大場の廃ビルへ筧兵悟と二人だけで来い。
守護騎士(ヴァンガード)や警察、周りの人間に少しでも話したら母親の命は無いと思え。
筧兵悟なら、詳しい場所を知っている筈だ』
 それは紛れもなく、誘拐と脅迫。
 大きく大きく目を見開き、ぐらぐらと瞳を揺るがして、七波は数拍押し黙った。手元が全
身が、酷く震え出しているのが解る。
『半日待ってやる。筧兵悟に連絡をつけて、連れて来い。もし間に合わなかった時は……分
かってるな?』
「……っ。まっ、待ってください! 分かりました! 行きます! すぐ行きますから!」
 かくして七波は、弾かれるようにしてその場から飛び出した。
 勇は特にその応答に言葉を返すでもなくさっさと通話を切ってしまい、彼女はまるで心臓
に刃を突き付けられたかの如く、激しい焦燥感と動悸の下に学園(コクガク)の敷地から抜
け出してゆく。

(──これで良し。後は、素直にあいつが筧が連れて来るかどうかだが……)
 一方その頃、北大場のとある廃ビル。用件を告げるだけ告げて、さっさと通話を切った勇
は、七波沙也香から取り上げたデバイスを片手に振り返った。放棄されてすっかり荒れ果て
たフロアの一角に、本来の持ち主たる彼女が手足を鎖で縛られて転がされている。
「ん~! ん~ッ?!」
 こちらを見上げ、尚もジタバタと足掻こうとするその口には、大きめのガムテープが貼り
付けられていた。勇は一瞬眉間に皺を寄せたが、それほど苛立ちを表明するでもなく、次の
瞬間には彼女の前に屈んでこれを取り払う。ぷはっ……!! ようやく十分な呼吸を確保し
た彼女が、ヒステリックな表情を浮かべて睨んできた。自分が放り込まれた状況を未だに把
握出来ておらず、それらを含めた鬱憤を丸々、彼へ向けてぶつけ始める。
「は、離しなさいよ! な、何なの? 一体何なのよ!? この前もそう! 私が一体、何
をしたって──ぎゃあッ!!」
 混乱と恐怖と、ヒステリーと。
 途端に捲し立て始めた沙也香に、勇は流石にイラっと来てこれを蹴り飛ばした。顔面に彼
の足をもろに受け、彼女はもぞもぞと抗う。片頬は打撲で赤く腫れ、それでも激昂の感情は
尚も火を点し続けて消えそうにない。……随分と元気な病人だな。勇は内心そう思ったが、
表情に出ているのはあくまで不愛想な白眼視のみである。
「私を……由香を呼んでどうする気? あんたはやっぱり、あの子や筧刑事を殺そうとして
いるの!?」
 当たり前と言えば当たり前だが、どうやら彼女も、こちらの正体にはとうに気付いている
ようだ。煩いな──勇は改めてこの面倒臭い人質を黙らせようと、七波由香の母親だからと
蹴り飛ばそうとしたが、一瞬妙な違和感を覚えた。
 やっぱり。
 もしかするとこの女は、自分の娘が全ての“原因”だと考えているのかもしれない。
「黙れ」
 しかし結局、彼は再び彼女に蹴りを放っていた。浮かんだ疑問はほんの数拍で、されど今
更彼女ら家族の関係性について知ろうとも思わない。流石に二度三度と容赦なく暴力を振る
われたからか、七波沙也香は心が折れ始めていた。ぶるぶると、埃や血汚れ塗れになった顔
で震え始め、荒くなった息のままその場にへたり込んでいる。
「……答えはイエスだ。というより、お前達に近付く理由がそれ以外にあると思うか?」
 ゆっくりと、勇は再び彼女の下へと歩み寄った。
 そうして彼は語り出す。これまでの経緯、中央署の一件で他ならぬ由香(かのじょ)が、
自分達を敗走させた一因を作り出したこと。故に蝕卓(そしき)はこれを始末すべく自分を
宛がったが、結局自分はあの少女を殺し損ねたこと。
「……寸前で優の、弟の姿が視えた。まるであいつを庇うように、俺の前に現れたんだ」
「? ???」
 対する七波沙也香の頭には、盛大に疑問符が浮かんでいた。当然だろう。何故とは確かに
こちらから訊いたが、そんな曖昧で主観的なことを語られても、どう受け答えしていいもの
か分からない。勇自身も、殆ど自嘲のように呟くのみだった。
 理由? 錯覚? 判ったものじゃない。そもそも事の始まりは、玄武台(ブダイ)の一件
をあいつがリークしたから──弟の無念を聞いてくれたから。
「でも……。もう遅いんだよ」
 優は死んだ。自分にはもう、戻る場所なんてない。一般人にはなれない。これまでもこれ
からも、蝕卓(ファミリー)に属するしかない。
「……俺はまだ甘かった。七波由香にとって、俺はもっと“敵”にならなきゃいけなかった
んだ」
 母・沙也香の疑問符がどんどん膨らんでゆく。それにも構わず、勇はそっと、懐から黒い
リアナイザを取り出した。
 一体何の為の代物なのだろう? 何をする気なのだろう? おそらく最初はそう怪訝が勝
っていたに違いない。
『BUSTER MODE』
 しかし彼がその銃底をノックし、鈍い電子音声が響いた次の瞬間、彼女はようやくこれが
意図する所を知った。「ひいっ!?」すぐ目の前、ジャキリと向けられた銃口を前に、絞り
出されたような悲鳴が飛び出る。
「まっ!? 待っ──」
 殆ど反射的な、本能的なレベルでの命乞い。
 されど当の勇は、全く聞く耳を持たなかった。寧ろそんな声を掻き消すかのように、直後
至近距離から数度の銃声が響き渡る。

(……?)
 ふと何か胸騒ぎのようなものを感じて、筧は来た道を振り返った。しかし目の前に広がっ
ているのは、相も変らぬ飛鳥崎の風景。遠巻きにはやけに整えられた、無数の高層ビル群と
コンクリートジャングル。
 彼は都市部に戻って来ていた。元被害者を巡る旅は、なるべく街の外側から内側へと切り
込んでゆくようにルート取りをしている。順番通りに……というと随分恣意的ではあるが、
実際問題ある程度予め絞っておかなければキリがない。それこそ怪人(アウター)達が引き
起こした事件は、大きなものから小さなものまで、把握している分だけでも相当数に上る。
(気のせいか……)
 まだ冴島は戻って来ていない。どうやら七波君の件は一旦落ち着いたようだが、自分が事
後的に飛んで行って良いものだろうか? 正直まだ、面と向かって話せそうにない。結局の
所それは自分自身の“逃げ”だと解ってはいたものの、お互いナイーブな状態のままではた
して、これからのことを冷静に話し合えるだろうか?
 ならばメッセージを……そう思ったが、デバイスが表示する時刻を見て思い留まる。
 ちょうど今は昼過ぎだ。学園(コクガク)はそろそろ午後の授業が始まっているだろう。
邪魔になる干渉は止した方がいい。
『──』
 結局この時筧は、七波に連絡を取ることもなく飛鳥崎の街中へと進んで行った。先日から
彼を密かに尾行して監視・警護している冴島隊B班の面々は、相変わらずこの重要人物の保
護という任務の為にコソコソと物陰から物陰に移動し、息を潜めながら“いざという時”に
備えている。

『お前の母親は預かった。返して欲しければ、北大場の廃ビルへ筧兵悟と二人だけで来い』
『周りの人間に少しでも話したら、母親の命は無いと思え』
 た、大変だ! どど、どうしよう……!? 勇からの脅迫電話を受け、七波は完全に孤立
していた。心理的な圧迫と、元々学園(こちら)に来てからの疎外感。ただでさえもう二度
に渡って襲撃という“実害”の原因となっている以上、周りの人々を頼る訳にはいかなかっ
たのだ。どちらにせよ、誰かにこの事を話せば、母の命が危ない。
(でも……!)
 答えなら一つだけ出ていた。筧さんには知らせない。佐原君達対策チームにも、光村先生
にも。バレたらお母さんが殺されるというのもあるけれど、彼女(せんせい)だけは巻き込
みたくなかった。確かに実害を被った事で、お母さんはすっかりヒステリックに──自分に
辛く当たるようになってしまったけれど、きっと元の……元のお母さんに戻ってくれる。
(急がなきゃ!)
 とにかく、誰かに見咎められる前に指定の場所へ。
 話からして、きっと自分と筧さんを確実に殺す為の、瀬古先輩の作戦なのだろう。
 ……でも行かなくては。それが彼の、蝕卓(ファミリー)による強硬策だとしても、行か
ない訳にはいかないのだから。

『拙い……。逃げろ、逃げるんだ!』
 通信越しから聞こえる司令室(コンソール)の皆人の声。
 しかし睦月達は、受けたダメージも相まってすぐには動き出せなかった。その場で荒く息
をつき、ゆっくりとこちらに向かって来るウィッチを、只々睨み返すしかない。
「ヴォオ……」
 両掌に再三の炎を。しかしその火力はこれまでよりも明らかに強く、大きい。間違いなく
自分達に止めを刺すべく、新たな技を繰り出そうとしている。
(くそっ、まただ! また僕は、敵の力を見誤って……)
 周りでは仲間達がボロボロになって倒れている。片膝をつき、或いは自分と同じように少
なからず項垂れ、何やら思案顔──冴島とそのコンシェル・ジークフリートも、満身創痍の
様相を見せていた。辺りに散乱した瓦礫の山が、パチパチと未だあちこちで燃えている。
 彼らに似た、多彩な攻撃能力。様子からしておそらくは“狂化”されたタイプの個体だ。
 なのにその召喚主は……改造リアナイザを持っていなかった。眼光鋭く、現在進行形で憎
悪の眼差しを向けている彼女が、その主ではない? だったら何故? アウター達は本来の
目的である実体化を果たせば基本、彼女らを始末してしまう筈なのに。
(どうなってるんだ……?)
 疑問は尽きない。戸惑いと痛みばかりが優先する。淡雪や黒斗、二見とミラージュといっ
た例もあるが、皆人がこれまでも口酸っぱく言ってきたように、あれは非常に珍しいケース
なのだろう。少なくとも目の前の二人に、平穏無事な心優しい姿は見出せない。取っ捕まえ
て問い質し、確認しないと断言は出来ないが……何人もの人間を殺したアウターを見逃す訳
にはいかない。
「殺せ! 奴らを殺せ! 私達の恨みを、思い知らせてやる!」
「フゥゥゥーッ!!」
 灰紫の大きな唾広帽子と、ボロボロのローブを揺らして。
 強烈な憤怒と共に叫ぶ彼女を背に、この魔女(ウィッチ)のアウターは睦月達へと迫る。

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  1. 2019/09/24(火) 18:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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