日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅷ〔108〕

 世界樹(ユグドラシィル)内部に浮かぶ要塞・摂理宮。その深部たる中枢域にて。
 奥半分に大穴が空いたフロアの真ん中で、ユヴァンは幾つもの魔導的なホログラム板を操
っていた。ポゥン、ポゥンと。大穴のすぐ手前、大量の魔流(ストリーム)が渦巻く霊海の
気流。眼下にそんな世界の“摂理”を視ながら、彼はじっと自らが為すべき役割に集中を続
けている。
「──そうか。ジーク・レノヴィンはようやく“死んだ”か」
 そうして背を向けたまま、彼はハザンやシゼル、ティラウドにオディウスといった盟友達
から、事の子細について報告を受けていた。先頭に立つのはハザン。彼ら“結社”の表向き
の指導者として辣腕を振るう老魔導師である。
 曰く冥界(アビス)にて、かの兄弟の片割れが“煉獄”に収監されたとのこと。
 途中で色々とすったもんだはあったようだが、これで最大の邪魔者はいなくなる……。
「でもまだ、安心は出来ないな。あの男はしぶとい。それにクラン・ブルートバードの仲間
達が冥界(あちら)に攻め入ったとなれば、また一悶着起きるのは確実だろう」
 ええ……。ハザンは恭しく、シゼルはその補佐的に傍らで。オディウスは斜に構えたよう
に腕を組んで立っているし、ティラウドは沈黙を守ったまま、中空に浮かぶホログラム板達
をじっと見つめている。
「アララギ殿には、確実に消して貰わないと」
「はい。当人も既にその為に動いておられるようです」
「しっかし、あの世まで追っかけて来るとは……。ティラウド、やっぱあん時、ごり押して
でも始末した方が良かったんじゃねえか?」
「……かも、しれないな」
 ユヴァン殿。すると次の瞬間、ハザンが口を挟み始めた。
 まだ何か報告すべきことがあるとみえる。ユヴァンも、ようやくこちらへと肩越しに振り
向き、その眼差しで続きを促す。他の面々が横目を遣って気持ち眉を顰める中、彼はおもむ
ろにもう一人の片割れについて語り始めた。
「その事なのですが……。確かにジーク・レノヴィンは“煉獄”へ放り込めたものの、それ
とは別のトラブルが起こりまして」
「……弟の方、ですか?」
「ええ。面々に同行していたアルス・レノヴィンが、どうやら“虚穴(うろあな)”の中で
暴走した魔流(ストリーム)に呑まれ、はぐれたようなのです。おそらくは聖浄器──兄に
代わり守っていた六華でしょう。加えて彼の流された先というのが、神界(アスガルド)で
ありまして。現在、ルキ殿が動いてくれてはおりますが……」
『──』
 ユヴァンを始めとした他の盟友達は、それぞれに言葉を失って驚愕した。素直に目を大き
く見開いた者もいれば、すぐにその出来事(トラブル)が意味する所を導き出そうとする者
もいる。
 こと盟主たるユヴァンは、後者の側に拠って立ったらしい。
「……もしかしたら、彼らもまた“撰ばれ”つつあるのかもしれないな」
「っ?! 何ですと!?」
「おいおい。それって色々拙いんじゃねえのか?」
「アルス・レノヴィンが神界(アスガルド)に流れ着いたのも、偶然ではない……と?」
「可能性は十分にあります。そもそもあそこは、通常の航行では立ち入れない場所。偶然に
しては出来過ぎている。だから彼個人というよりも、もう“片方の者達”の意思が介在して
いるとしか……」
 そう最後まで言いかけて、ユヴァンは再び熟考モードに入った。口元に手を当て、じっと
何かを懸命に頭の中で計算しているかのように。
 驚き、動揺しているハザンやオディウス、シゼル。そんな中でティラウドだけは、彼と同
じようにそっと口元に拳を当て、薄く目を瞑り始めている。
「オディウス、ティラウド殿」
 そしてユヴァンは盟友の内、武に長けた二人を指名して言った。嫌な予感はなるべく潰し
ておかなければならない。こと自分達と──“摂理”に深い繋がりを持ちうる相手ならば。
「念の為、用意出来る分の兵を連れて神都(パルティノー)へ向かってください。ルキ殿と
合流し、あの二人が本当にそうなってしまう前に始末を」
「お、おう! 任せとけ」
「……了解した」
 重鎧を鳴らし、羽織胴着を翻して。
 ユヴァンとハザン、シゼルが見送る中、二人は直後踵を返すと出撃(ばをあとに)して行
ったのだった。


 Tale-108.絶望への抑止力(前編)

 煉獄第三層・青柱の間。
 旧知の死者(ジーク)を庇ったことで裏切り者とされたマーロウは、他の囚人達と共に、
天井・足元から迫る無数の鋼杭によってその身をプレスされ続けていた。「ぐぅっ……!」
「ぎゃはッ!?」彼の耳には、自らを含めた面々の悲鳴や苦痛が響き渡っている。
(……?)
 だが異変は、彼自身も収監されてから一体どれくらいの時間が経ったのか、それすら分か
らなくなり始めるほど意識が曖昧としてゆく中で起きた。不意に耳に届く、全身で感じる周
囲の悲鳴の中に、明らかに刑によるそれではないものが交じり始めたからであった。
(何だ? これ以上、俺達に何が……)
 手放しそうになっていた意識を何とか取り返し、その方向へと視線を向けるマーロウ。他
の周りの囚人達も、やや遅れてこれに気付き、一人また一人と頭に疑問符を浮かべだす。
 そう言えば少し前にも、突き上げるような下揺れがあった。
 獄内で何かトラブルでもあったのだろうか? 苦悶ではない、何か別の騒ぎがこちらへと
近付いて来る……。
『ウオオオォォォォーッ!!』
 ちょうどその時だった。暗がりの向こう、フロアの中央監視塔の中から、昇降機の扉を開
いて武装した囚人達の一団がなだれ込んで来たのだ。
 マーロウは思わず驚きで目を見開く。彼らの勢いに押されるがままなのか、開いた傍から
獄吏の死神達が吹っ飛ばされてくる。「だ、駄目だ! 止まらない!」「隊長達を呼べ!」
状況は明らかに前者の優勢で推移しているとみえる。
「どっせいやああーッ!!」
 何より、その先頭で剣を振るっていたのは──他でもないジークであって。
「じ、ジーク?!」
 彼とアズサ一派の物資、かねてより温めていた策によって、はたしてその共闘は煉獄全体
を巻き込む大脱走劇へと姿を変えつつあった。人工魄を再び確保・装着し、万全に近い状態
で戦えれば、その成功も可能性を帯びてくる。欲を言えば六華も取り戻したかったが。
 死神達はそんなジークらの進撃を必死に止めようとするが、彼は勿論、元々腕っぷしに自
身のある囚人らも多い──故に凶悪だと判断され、深層へと収監されていた者達だ。別の昇
降機から増援の死神らが来るも、ジーク達はこれを千切っては投げを繰り返す。
「マーロウさん、何処ですかー!? 俺です、ジークです! 助けに来ました!」
 とはいえ、数の不利はじわじわと彼ら脱獄軍団に及んでくる。決死の戦いの中、ジークは
この鋼杭だらけのフロア、第三層内にいる筈の恩人(マーロウ)の姿を探していた。その間
も四方八方から襲ってくる死神らを、オーラを滾らせた二刀でばっさばさと斬り捨てる。
(ジーク……。お前は一体、何てことを……)
 正直な話をすれば、マーロウはその姿を見た瞬間、無事だったんだなと安堵さえした。
 だが一方で、こんな真似をすれば益々大変なことになる。正と負の感情が入り乱れる。
「いた!」
 尤も、当の本人がそんな内心を読み取っている筈もない。
 ややあってジークは目的であるマーロウの姿を見つけると、彼とその周囲の囚人達に迫っ
てくる邪魔な鋼杭に向けて、二刀を《爆》のオーラで一まとめにした大剣を放った。輝く紅
色の斬撃が轟音を響かせて飛び、直後再三彼らを押し潰そうとするそれを破壊。無理矢理に
停止させる。
「マーロウさん! 無事ですか!?」
「あ、ああ……」
 脱獄囚らを引き連れたジークが駆け寄って来る。マーロウは殆ど呆気に取られて力なく、
苦笑いような返事を向けてやることしか出来なかった。どうやらボロボロに汚れたその見た
目以上に、自分は精神が参っていたらしい。
 凄ぇな……兄(あん)ちゃん。あの柱を圧し折りやがったぞ……。
 後ろからついて来る、未だ動く他の鋼杭を迂回しながらやって来る脱獄囚達が、視界の向
こうで少なからず驚いている。やはりというか、彼らにとってもジークという戦力は想定の
枠外だったらしい。ぼうっと座り込んでいるその間にも、この同郷の青年はこちらのすぐ目
の前に膝をつき、呼び掛けてきた。
 助けに……。マーロウは静かにフッと、自嘲するように笑った。
「随分と無茶をするじゃないか。でも駄目だ。見えるだろう? 俺達囚人の首には、封印用
の錠がしてあって──」
「それなら大丈夫です。外しました。こいつらが前々から、合鍵を作ってたんですよ」
 えっ? なのに言いかけたマーロウに対し、ジークは予め織り込み済みだと言わんばかり
に笑い返した。ニッと、ここまで戦ってきて汚れた囚人服姿のまま、背後から追い付いてく
る仲間の脱獄囚達──その一団に守られてこちらに近付いて来る、アズサへと目で合図を送
っていた。
「貴方がマーロウ隊長ね? 話は聞いたわ。鍵を開けるから、錠に刻んである製造番号を教
えて頂戴」
 どうやら彼女が、彼に脱獄の手引きをしたリーダー格らしい。む? しかしこの顔、何処
かで見覚えがあるような……?
 されどそう、マーロウが自身の記憶を引っ張り出している間にも、状況は動いていた。取
り巻きの脱獄囚らがずずいと近寄って来て番号を確認した後、その首の封印錠に対応した合
鍵を束の中から引っ張り出す。
「──おいおい。こりゃあどういう体たらくだあ? 囚人を好き勝手させて、お前ら何の為
の獄吏だよ?」
 だがちょうど、そんな時だったのだ。粗方追っ手を振り払ってマーロウらに辿り着いたと
思いきや、ジーク達が来た道の昇降機から、新たな死神達の部隊が姿を現したのだ。
 額に頑丈そうな角──元鬼族(オーグ)と思しき男が、辺りでぐったりと倒れている部下
達にそう叱咤した。ガンッと、得物である長刀の石突を床につけ、見渡しながらざっと状況
を確認している。
「ふ……フーゴ隊長!」
「よ、良かった……。援けが来た……」
 どうやら、これまでの相手とは格が違うらしい。
 ジークは既に振り返って身構えながら、一方で肩越しにマーロウの封印錠解除の進み具合
も把握していた。アズサが鍵を手に首輪を握っているが、枷から解放される手段があると判
るや「俺も!」「俺も!」と、周りの囚人達が殺到していたのだ。
「いたぞ、あいつだ!」
「隊長。奴ら、自分達の封印錠を……!」
「ああ、見えてる。道理で元気してやがる訳だ」
 捕らえろッ!! そうして直後、この隊長格・フーゴの一声を合図に、配下の死神達が動
き出した。刀や槍を抜き、そうはさせじと迫って来る。チッ……と、ジークはほぼ同時に舌
打ちをして、一人その場から駆け出した。
「アズサ、お前らはマーロウさんを頼む! こいつらは、俺達が止める!」
「分かってるわよ! 私に……指示しないで」
 警護に回っていた囚人仲間らと連携し、再びこの西棟死神衆らと交戦する。精鋭を揃えて
はいるのだろうが、雑兵に構っている余裕はなさそうだ。ジーク自身は真っ直ぐに、長刀を
構えるフーゴの下へと斬り掛かってゆく。
「オラァ!!」「ぬんっ──!!」
 剣先で接続(コネクト)を発動しながらの、加速をつけた一撃。
 されど対するフーゴは、真正面からこれをしっかり踏ん張って受け止めていた。こちらの
手を瞬時に読み、自身の膂力で対抗する──彼も同じくパワー型の戦士であるらしい。
「やはり肉体強化か……。だがそんな一辺倒な技では、煉獄(ここ)からは出れねえぞ!」
 長刀にやや押し返され、それでも食らい付いて数度の打ち合い。ジークとフーゴは、互い
に激しく火花を散らした。オーラを纏わせた二刀と長刀が、相手の隙を突こうと試行錯誤し
ながら、刹那の攻防の末に鍔迫り合う。
「っぅ……!」
「最初から全力を出し過ぎたな。だが生憎俺は、後からエンジンが掛かってくるタイプなん
だよ!!」
 そして再びの、フーゴ側からの弾き。
 ぐるんと風車のように長刀を“回す”彼の動きに、ジークはようやく相手の能力に気付き
始めた。咄嗟に見氣を強めて彼のオーラの巡りを確認し……内心驚愕する。
 強化型《振》の色装。攻撃を振るう度に破壊力が蓄積される、フーゴの能力だ。尤もその
反面、使用者のキャパシティを超えた力は一気に反動として跳ね返ってくるのだが……当の
本人がわざわざ口を滑らせる義理もない。
 そうとも知らず、ジークは三度・四度・五度、繰り返される彼の回転付きの攻撃を防ぎ続
けるしかなかった。一気に距離を詰めてしまったのも手伝い、ギリギリでかわすには状況が
目まぐるしく変わり過ぎていた。
 故にややあって、ジークは遂にフーゴに力負けし、一方の剣を弾き飛ばされてしまったの
である。
「しまっ──!」
 だがそんなピンチに、背後から救いの手が差し伸べられた。他ならぬマーロウだ。二人が
一対一で刃を打ち合っている間に、彼はアズサらによって封印錠から解放されたのだった。
 瞬時の判断で自身の《荷》の黒小太刀を投げ、フーゴの握る長刀に命中。その振り上げた
格好における自重でもって、彼を仰向けにひっくり返す。
『隊長!?』
「あがっ……! な、何だあ!? 急に、俺の長刀が、重く……!!」
 息を荒げながら、駆け付けて来たマーロウ達に振り向いたジーク。ニッと、自由になった
マーロウは《荷》の白小太刀を片手に、こちらへと手を差し伸べてくる。苦笑いよりも嬉し
さが勝って、ジークは躊躇などすることなくその手を取った。
「全く、無茶をする……」
「だが助かったよ。ありがとう」
 さあ……。やろうか!
 そしてジークとマーロウ、一緒にやって来た脱獄囚の戦士達。
 半壊した鋼杭だらけのフロア、第三層内。続々と駆け付けて来る西棟の死神達に囲まれつ
つも、一行は改めて共闘を開始する。


(……ジリ貧ね)
 突入前から思ってはいたことだが、やはり無茶が過ぎただろうか? 静かに込み上げてく
る不安に、自身の気丈が蝕まれてゆく心地がする。
 イセルナ以下ジーク救出班は、グノーシュ及びジヴォルフ達の操る戦車(チャリオット)
に乗って、魂魄楼の西側を目指していた。
 大まかな地図上では、このまま真っ直ぐ行くと“煉獄”が見えてくる筈。
 だが電光石火の如き速さで進んでいるというのに、それらしい影は未だ見えない。この外
壁自体の総延長がかなりあるのか、それとも冥界(アビス)という土地柄も相まって、視界
がそもそも利き難いのか。
 道中クロムも呟いていたが、どうやらジークへの処置が早まっているらしい。それは即ち
楼内に潜む敵──死神総長アララギの根回しがあったという証拠にもなる筈だが、傘下の関
係者達の多くは知らないようだ。そんな状況で、こちらがどれだけ彼の正体を訴えたとして
も、正直信じて貰えるかは疑わしい。
 心の奥底には、じわじわと焦りが在った。
 ヒムロら討伐隊、及びヒサメらルフグラン号襲撃組が派遣された事を考えると、自分達が
“虚穴”からこちらへ侵入してきたことは──その経路からして仕方ないのだが──結果的
に楼内のジークを追い詰めただけではなかったか?
 ただ逆に、一つ光明があるとすれば……そうした魂魄楼側の取った行動、状況証拠の積み
重ねであるとも言える。もしアララギないし死神衆上層部が、ジークを含む自分達の素性を
よく知っており、尚且つ独断と恣意的でもって一個の魂を“処分”しようとしたことが明ら
かになれば、同じ組織内の良識ある者達に働きかけるチャンスは残っている訳だ。尤もそれ
も、今は直接戦闘が生じてしまったがために潰えつつあるが。
(急いでジークを捜し出さないと……。あの子を失えば、私達がここまでやって来た意味も
全て無に還ってしまう)
 イセルナは静かに眉間に皺を寄せていた。傍ら、その肩には相棒である持ち霊・ブルート
が乗ってじっとこちらを見守っていたが、正直見つめ返している余裕はない。ただでさえ数
の力では圧倒的に不利であるし、何より不確定な要素が多過ぎる。
 “煉獄”に辿り着いた後の侵入・脱出経路は? 彼の厳密な居場所は? 加えて足止めに
留まってくれたクロム達も心配だ。当初の目的を果たせなければ意味が無いとはいえ、楼内
の人々との関係修復も課題である。その辺りは“結社”の元関係者たるクロムが、アララギ
の正体を彼らに示す中で進めてゆくしかないとはいえ……。
「見えてきたぞ! 多分あれだ!」
「なっ、何あれぇ!?」「ふわあ~……」
「お、おっきい……」
「いいえ、内部はもっと広い筈よ。死者の魂を浄化する施設──他に同様の場所が無いとす
れば、収容可能な人数も規模も、膨大なものになる筈……」
 そんな最中であった。ジヴォルフ達の戦車(チャリオット)を操るグノーシュが、そう視
界の向こう、漂う靄の中に突如として現れた目的地を指して叫ぶ。ステラやマルタ、レナに
リュカといった他の仲間達も、それぞれにその巨大さに度肝を抜かれている。
 形容するならば、外壁上の通路と繋げられた黒い円塔だった。イセルナ達が見上げても全
容が視認出来ないほど高くそびえ、加えて本体の大部分は地中に埋まっているらしい。それ
だけ巨大な建造物ということだ。
「あれが……“煉獄”?」
「他にそれっぽい所はねえだろ。分かり易くて結構。上から順に当たっていくか、その辺に
いる死神をふん掴まえて吐かせりゃいい」
 比せば、まるで自分達が小さな点であるかのように錯覚するその落差に唖然しつつ、され
ど向かいの席に座るダンやクレアがやる気十分に嗤っていた。パキパキと拳を鳴らし、或い
は早々に属性針(ピン)を取り出して臨戦態勢を取り始めている。
「……なるべく、手荒な真似は避ける方向でね?」
 やれやれと、対照的に冷静なシフォンが嘆息をついている。外壁通路の端はまだしっかり
とは見えていないが、ジヴォルフ達の速度があればじきに着くだろう。
「待て。誰かいる」
 しかし、次の瞬間だった。それまでイセルナの肩に留まって大人しくていたブルートが、
ふと険しい表情で少し前のめりになったのだ。
 イセルナ以下、面々が一斉に別種の緊張に包まれた。サフレやステラに至っては即座に待
機状態の一繋ぎの槍(パイルドランス)を解放し、或いは秘葬典(ムスペル)を懐から取り
出そうとさえしている。
 こっちは超スピードで駆け抜けてるんだぞ? 道のど真ん中で、轢き殺される気か?
「──あらあら? 本当に生身の人間。是非とも、サンプルに欲しいわねえ……」
 はたして、立ち塞がっていたのは死神達の一団だった。いや──眼鏡をかけた、ボサボサ
髪のオネエ率いる一団だった。
 さも語尾にハートが付いていそうな、一見ふざけたような口調。
 だが、その死神装束の上から引っ掛けられた白羽織の背には「一」の文字。総長の番号。
その四方を囲む文様は、下側だけが黒く塗り潰されている。
「さあ……お仕事開始よ。足止めさえしちゃえば、後は好きにして良いみたいだし」
『了解です。局長』
 少女型のキンシーと、配下の死神達を率いた風変わりな人物。
 彼(彼女?)こそ南棟一番隊隊長、技局長こと“形司(かたし)”のヒロシゲである。

「拙いな……」
 一方その頃。イセルナ達と分かれ、足止め役に回っていたクロム達とヒムロら三隊長は追
い詰められていた。襲撃──突入の現場から離れていないこともあり、楼内からの増援は一
向に止む気配がない。
『おおおッ!!』
 加えて彼らの背後、向こう側からは、また別な死神達の一団が迫って来ている。どうも妙
なハイテンションに呑まれてしまっているようだが、さりとて好転材料とは言い難い。
「クロム殿。やはりここは、ヒサメ達(ひとじち)でも何でも使った方が……」
 盾を用心深く構えつつも、アスレイが言った。ただ自身にも良心の呵責はあるようで、進
言するその表情自体は苦渋の色そのものであったが。
「止めておけ。先ほどアマギも言うたろうが。後々首を絞められるのは、儂らの方じゃぞ」
「だけどもまあ……そろそろ防衛線(ライン)を下げてもいいんじゃないかねえ? あの速
さですっ飛んで行ったなら、今頃“煉獄”とやらには着いてるだろ」
「……」
 せめてイセルナ達が、目的地に辿り着いたことさえ判れば動き易いのだが……。
 ガラドルフとテンシン、同じ新規組の隊長格二人からそう言われ、アスレイもぐうの音が
出ずに押し黙る。封印錠で縛ったヒサメ達を引っ張り出してはあるものの、やはりこのまま
死神衆(むこうがわ)に返すのが筋だろう。
 クロムは両腕を硬質化と《鋼》の能力で包み、一網打尽の態勢を取っていた。テンシンの
言う通り、これ以上防衛線を維持するのは難しいだろう。
 ヒムロやシズル、アマギも苦渋の表情を浮かべ、得物を構えていた。元より先刻の時点で
自分達も裏切り者だ。最早無事に戻れるとは到底思えない……。
「どぉっ……せぇぇぇーいッ!!」
「なっ!?」「ぎゃばっ!?」
「お、お前ら、何で俺達を──?!」
 しかしである。クロム達が衝突すると覚悟した次の瞬間、あろうことか後方の死神達の一
団が、前方で攻め立てんとするこの増援部隊に襲い掛かったのだった。
 ちょうど、挟撃される形。
 思いもよらぬ奇襲をもろに受けて、増援側の死神達は酷く狼狽していた。衣装や武器は自
分達と同じ死神衆のそれなのに、明らかにその敵意は侵入者らではなくこちら側に向けられ
ている。
「うるせえ! この思考停止野郎が!」
「隊長達の無念、思い知れぇぇぇーッ!!」
『……? ???』
 クロム達は誰からともなくお互いに顔を見合わせ、頭に盛大な疑問符を浮かべていた。
 どういうことだ? 一体、何が起きている?
 衝突するすんでの所で出鼻を挫かれ、思わずガクッと前のめりに倒れそうになる。理由は
分からないが、どうやら仲間割れを始めたようだ。
 寧ろ後から来た面々の、一方的な裏切りのようにも見えるが……今は関係ない。気にして
いる暇はない。期せずしてこの増援を挟み撃ち出来る状況に持ち込めたのだ。これを今利用
しないで手はない。
「よく分からんが……でかした!」
「一気に押し返すぞ! 取り囲んで、確実に無力化しろ!」
 はたしてクロムら足止め組を襲っていた死神達は、他ならぬ同胞らの裏切りに遭い、なし
崩し的に敗れ去った。乱れた統率に加え、何よりその大半は、副隊長はおろか番席すら与え
られていない末端の兵達である。ヒムロら正真正銘の隊長格に、半ば数の利を投げ捨てた彼
らが敵う筈もなかった。
 ぐぬう……。暫くの密な乱戦が続いた後、クロムらはようやく窮地を脱した。粗方の増援
を捌き、何とかイセルナ達の足止め役という役割を果たせたのである。
「──さぁて」
「君達は一体、どういう心算なんだ? どう見たって、僕達は侵入者の側だろうに……」
 一先ずの息をつくのも惜しんで、一行はこの思わぬ援軍となった死神達を見遣った。じろ
っと警戒は未だ解かずに、されど視線だけで説明を求めるように。戦いの爪痕が残ったまま
の外壁上通路にて立ち塞がる。
「……あんた達なんだろう? ブルートバードってのは」
「さっき、金属の船が飛んでゆくのが見えた。俺達と違って、あんたらは現世の人間だ。そ
うだろう?」
「俺達は東棟十六番隊の死神──だった者さ。隊自体はもう、在って無いようなモンだが」
「マーロウ隊長から話は聞いてる。あんたら、ジーク・レノヴィンの仲間なんだろう?」
 しかし返ってきたその回答は、クロム達が予想もしていなかった内容だったのだ。
 数拍緊張した面持ちからの、ニカッと寧ろ清々しいまでの笑み。元同僚達との戦いで少な
からずボロボロになった装束と隊章を見せつつ、彼らは鼻の下をごしごし擦りながら答えて
くれた。確認するように問いを返し、加えて「アマギ隊長達も一緒ってことは、やっぱ俺達
は間違ってなかったんだ」と、気付けば勝手に勇気付けられてさえいる。
「……マーロウ? もしかして、デビット・マーロウか?」
 彼らから出たその名前に、クロムは静かに眉間に皺を寄せる。組織を裏切り、同クランに
身を寄せるようになってから暫く、ジークから聞かされた彼やリュカと同郷の人物だ。
 確かその時の話では、彼らが幼い頃に魔獣化寸前まで陥り、自ら懇願して介錯されたと聞
いているが……。
「俺達は、そのマーロウ隊長の下で死神をやってた者だ。だけど隊長や副隊長達は、死んで
こっちに来たそいつを逃がそうとして、本部に見つかって、本人もろとも煉獄にぶち込まれ
ちまった」
「以前から、その“心残りな故郷のガキ”については事情を聞いてたからな。というより、
隊長は事ある毎に俺達に話して聞かせてくれてたんだ。すっごく、嬉しそうによ……」
『……』
 クロム達はそこでようやく、何故彼らがいきなり加勢してくれたのか? その理由を知る
事になった。縁のある者達だったのだ。ジークとマーロウ、短い時間ながらも同じ故郷で暮
らした相手のことを、心から慕っていたが故に。
「なるほどな……刑が早まったというのはその為か。しかしそれでも、お前達が同じ裏切り
者の轍を踏むことには変わりないのだぞ?」
「分かってらあ。つーか、今更だよ」
「そもそも俺達は、隊長を信頼してたんであって、顔もよく知らないお偉いさん方の言いな
りになる気なんざねえのさ」
「隊長や副隊長、三席や皆がぶち込まれたのもそうだが……あいつらの態度が、俺達はどう
しても気に食わねえ」
『……??』
 曰く、ジーク脱出行に直接手を貸した仲間達は、一人残らず“煉獄”へと収監されてしま
ったのだという。
 尤もそれだけならまだ理屈は通る。しかし同じ隊でもその場に居合わせていなかった──
此処に集まった元十六番隊所属の残党達は、以来上層部によって、飼い殺しに近い立場に置
かれてきたらしい。
 隊は実質の解散処分。なのに新しい所属先が決まるでもなく、他隊の死神達からは関わり
合いになることさえ避けられ、静かに退役するよう圧力が押し寄せる日々……。
「何より、隊長達を売った連中が、その後他でもないヤマダ達に殺されたんだ! 用済みだ
と言わんばかりに、口封じされたんだよ。なのに上は、この件に関しては処罰どころか、俺
達に何の説明もない!」
「始めっから、連中は俺達全員を潰すつもりだったんだよ!」
「……ヤマダ隊長か。北棟の隊長格、七番隊隊長だ。アララギ総長に近い一人だな」
 くわっと思い出すように、怒りをぶちまける元十六番隊の隊士達。眉間に深く皺を寄せる
クロム以下ブルートバード側に、こそりとアマギがそう補足を付け加えてくれる。
「だから俺達は、もう今の死神衆が信用ならない。どうせ握り潰されるってんなら、最期に
ド派手に足掻いてやろうってな」
「ジーク・レノヴィンを助けたいんだろう? なら隊長達も頼む。階層は違うが、全員同じ
獄内に収監されている筈だ」
「俺達は、あんたらに協力するよ」
「案内するぜ? 一緒に“煉獄”へ行こう!」
 正直、驚きの連続ではあったが……これも結果オーライという奴か。クロム達は互いに顔
を見合わせ、誰からともなく彼らに頷いた。ヒムロらは安堵し、捕らわれのヒサメらは怒り
の表情に満ちている。
「……有り難い。戦力は少しでも多い方が好いからな。となると、先ずはイセルナ達との合
流を急いだ方がいいか」
「そ、その前に聞いてくれ! 君達に伝えたいことがある!」
「アララギ総長は、実は──」
 だがちょうど、その時だったのだ。直後、この残党達の遥か後方から、不意に金色の光が
立ち昇るのが見えた。
 攻撃の気配……! アスレイは逸早くこれを感じ取り、自身の《耐》の盾をかざして皆の
前に飛び出すも、放たれたその膨大な火力に防御・吸収が追い付かなかった。瞬く間に吸収
限界を超え、盾自身も砕けて、場に膝をついて崩れ落ちる。「げほっ! ごほっ……!?」
「な、何だあ!?」仲間達も突然の事に混乱し、或いは彼の負ったダメージを目の当たりに
し、動揺を隠せない。
「おい、アスレイ! アスレイ! しっかりしろ!」
「迂闊だった。未だ此処は、敵陣の真っ只中だというのに……」
「──やれやれ。よりにもよって、お前達も裏切る心算か? 滅茶苦茶だな。この魂魄楼の
秩序を、何だと思っている?」
 はたして、カツカツンと、一人歩いて来たのは初老の死神だった。右手に剣をぶら下げ、
先ほどと同じ金色のオーラを余韻として纏う。油断の出来ない存在感だった。どうやらこち
らを狙った一発は、彼が斬撃と共に飛ばして来たものらしい。
「!? ま、まさか」
「あ……貴方は……!」
 これまでになく警戒感を露わにするクロムや団員達、アスレイに肩を貸すテンシンやガラ
ドルフ。一方でヒムロら隊長格や、十六番隊残党の死神達は、刃を向けてきたその姿を認め
て戦慄する。
 死神装束の上から引っ掛けた、白い羽織の背には「一」の文字。その四方を囲む文様は、
右側だけが黒く塗り潰されている。
 魂の回収を担当する死神達の指揮官にして、東棟一番隊隊長。機動長こと“金剣”のオシ
ヒト、その人である──。

 時をやや前後、並行して聖都クロスティア。クリシェンヌ教団本部内某所。
 先日、突如として世界を駆け巡った飛ばし記事──自分達信仰の道に生きる者にとって死
活問題となりうる告発に対し、教団の長・教皇エイテルは自ら記者会見の場を設けて訴え掛
けていた。集まったマスコミ各社も、ある意味歴史的な出来事になると“神妙”な緊張感に
包まれつつ、写姿器や映像機を向けている。
「──結論から申しますと、確かに冥界(アビス)は実在します。地底層よりも更に下、こ
の世界の最奥にて、魂の循環を司っているのです」
 混乱を招き、誠に申し訳ありませんでした──。
 彼女及び会見に同席した教団幹部達は、次の瞬間すっくと立ちあがると、レンズの向こう
側に居るであろう世界中の人々にそう深々と頭を下げた。集まった当の記者達も、彼女らが
あっさりと件の疑惑を認め、陳謝したことに驚きを隠せない。
「え、エイテル教皇!」
「では、例の内容は事実なのですね!?」
「……はい。大よそにおいては」
 確認するように飛んでくる彼らの声と、動揺の気色。
 出元が雑誌のゴシップ記事とはいえ、騒ぎを引っ張り過ぎても拗れるだけだと、エイテル
らは判断していた。人々の、信仰というものに対する心証・ダメージを、可能な限り最小限
に留めたいとする教団側の思惑であった。
 続けて、あくまで冷静に務め、エイテルは語る。
 人々の“常識”としての世界群、この顕界(ミドガルド)を含めた九つの世界。それらは
何も荒唐無稽な御伽噺ではなく、冥界(アビス)もまた、天上の神域と同様に連なる一つで
あるのだと。
 肉体的な死を迎えた魂が、魔流(ストリーム)に還ってゆく為の場所。
 但し天上のそれと同様、我々の持ち得る通常の手段では、辿り着く事は困難を極める。仮
に飛行艇で突入を試みようとしても、殊更分厚い霊海によって阻まれるからだ。
「これは私の推測ですが……先人の宗教家達は、死後がそのような世界だと知っても尚、こ
れをそのまま真っ直ぐに伝えても“救い”が無いと考えたのではないでしょうか? あくま
で命が、魂が循環するだけのシステムならば、いわゆる“天国”と呼ぶには無味乾燥とし過
ぎるからです」
 たとえ“嘘”をついてでも、現世の人々、目の前にある心を救うにはどうすれば良いか?
 曰く、だからこそ本当の意味で先人達は“神”に近付こうとしてきたし、そうした求道の
中で救われる生き方・思想を形成。今日まで伝承されてきたのではないか? と。
 ……ただ現実は、皆が皆そこまで割り切れる訳ではない。映像器や端末越しに会見を観て
いる人々の一部には、尚も義憤(いかり)で沸々と煮え滾っている者達が少なくなかった。
深く信じ、己の人生を捧げてきたからこそ、敬虔な信徒であればあるほどその反発は容易に
は収まらない。
「そんな一人が──他ならぬ我らが開祖、クリシェンヌなのです」
 しかし画面の向こう、会見の場に立つエイテルは、そう予め整理していたように言葉を綴
っていた。思いを新たにするよう、人々に訴え掛けていた。
「信徒の皆様も、ご存知のことでしょう。彼女はただ一心に縋るでもなく、かといって一切
を捨てて己の力のみで生きよと仰ったのでもなく、生に苦しむ一人一人に寄り添い続けた御
方であることを。それらは今も尚、教団に伝わる数々の逸話として残っております」
 会見場の記者達が、各地の中継を見つめる人々が、そっと息を呑んだ。彼女の話・訴えが
広きから狭きへ、自分達の奉ずる“聖女”の教えに集束し始めたのを理解したからだ。
「……何故なら彼女は、ヒトの可能性を信じていたからです。ヒトという存在を、誰よりも
諦めなかったからです。己の苦しみに閉じ籠もるでもなく、安楽に溺れるでもなく、白か黒
かの極端な易きに流されず、その狭間であるこの瞬間──目の前の命を生き抜くことの美し
さと尊さを捨てなかったからです。自分達の在る“意味”は、予め用意されているのではな
く、善く生きる中で各々が見出すものだとかの開祖は言い残されました。我々教団が受け継
ぐ教えとは即ち、それら一生に渡る営みをお援けするものなのです」
『……』
 人々は、誰一人として激情の声を上げることをしなかった。すんなりと受け容れたか否か
はそれぞれの問題だとしても、教皇エイテル──“聖女”クリシェンヌが後世に託した想い
を、敬虔な信徒であればあるほど無視出来よう筈がなかった。
「我々をお創りになった神々も、時には苦しみ、悲しみ怒り、それでも幸福とは何か? 自
らの意味とは何か? そんな問いに答えを出されて今に至られました。遥か高天におわす存
在になられたのです」
 それは即ち、信じたものに裏切られたという、義憤(いかり)に駆られる人々への諭しで
あり、牽制でもあった。手段と目的の掛け違い。強く唇を結んで押し黙る。裏切られたも何
も、求める“答え”は自分達の中に在るのだから……。
「世の混乱を避けんが為に、これまで黙っていた事に関しましては、改めて謝らせていただ
きたく思います。誠に申し訳ございません」
「ただ……それでもどうか、怒りや憎しみに支配されないでください。それはかの開祖や先
人達が、その生を賭してでも、後世に託した願いでもあるのですから──」


 不気味な静寂と、異変。
 ハロルド以下アルス救出班は、彼(及びエトナ)が捕らわれていると思われる巨大な人工
塔群──神都(パルティノー)内部への侵入を試みようとしていた。一見がら空きな出入口
の一つを、用心の為にやや離れた物陰から、一旦様子を窺うようにして息を潜める。
「……やはり妙だ。これが此処の“平常”だとは、どうしても思えない」
 しかしいざ現場に辿り着いた後も、一行の抱く違和感は拭い去らなかった。寧ろその印象
は強まり、困惑の色合いを濃くさえしている。
「てっきり、こっちの存在に気付いて厳戒態勢──ってな具合に構えてたからな」
「一体、中デ何ガ起キテイルノデショウカ……?」
 遠巻きから確認出来ていた天使(エンゼル)達の残骸は、塔の間近に迫るにつれてどんど
ん増えていた。
 加えてトーガ風の衣装を着た面々──構成員たる筈の神格種(ヘヴンズ)らも同様に方々
で倒れ込んでおり、これら一連の異変を現在進行形で起こしている犯人は、他でもない別種
の天使(エンゼル)達。金色を基調とした前者とは違い、銀色に塗り直されている彼らと、
これを率いるもう一つの神格種(ヘヴンズ)の集団だったのだ。
 リカルドやオズ、ミアにリンファ、途中で合流して来たシンシアら他の仲間達も、目の前
で繰り広げられている状況に困惑している。
 天使(エンゼル)達が天使(エンゼル)達を倒し、神が神を拘束しては、塔群の内部へと
連行してゆく。
 その様子はまさに──。
「クーデター、なのかなあ?」
「状況的にそうとしか表現出来ないけどね。でも彼らは神格種(ヘヴンズ)──神だ。他で
も彼らが“秩序”と正反対の真似なんてするだろうか?」
「……あり得ない、なんてことは無いさ」
 フィデロやルイス、アルスの学友コンビのぼやき。
 そんな二人の言葉に、ハロルドは塔の出入口を見つめたまま呟いた。自分達この世界の住
人はどうしても、彼ら“神”に対して全知全能だという前提をもって見てしまうが、実際の
所そうとは限らないのだ。リュノーの暗号文などで既に知っている通り、彼らも元を辿れば
只のヒト。この世界の創造に関わったいち集団に過ぎない。
 とはいえ、皮肉っぽく返す当のハロルドさえ、未だこの状況の全てを把握出来ている訳で
はなかった。肝心のアルスとエトナは何処にいるのだろう? この事態とは無関係なのだろ
うか? 偶々こちらの世界に迷い込み、連れ去られただけなのか?
「やはり先ほどの魔流(ストリーム)の異常が、何かしらの切欠になったのは間違いなさそ
うだ。人為的なトラブルか、或いはこのクーデターを起こした者達の作戦なのか……」
「ああ……さっき言ってた“創生”の件か」
「私には、それらしいものは視えなかったが……。お前達が言うのならそうなのだろう」
 仲間達も、他に立てられる仮説がある訳でもない。事実目の前で起きているこの現状を無
理に否定する必要さえ、こちらは持ち合わせていない。
「だとすれば妙なのだがな。もし私の仮説が正しければ、彼らは自ら生き残る方策を捨てた
ということになる……」
 現状の把握と、次に自分達がどう動くべきか?
 物陰に潜んでその狭間に揺れ、一行が迷っていた、その時だった。
 ちょうど監視していた出入口の前に、突如として転移して来たのである。羽織胴着を引っ
掛けた竜族(ドラグネス)と、何時ぞやワーテル島に現れた、重鎧を纏う武人──ティラウ
ドとオディウス率いる“結社”の軍勢だったのである。
 ──こ、これはこれは!
 ──ようこそ、遠くまでご足労を……。
 そして姿を見せた二人に、クーデター側の神格種(ヘヴンズ)達が、慌てて頭を下げなが
ら出迎えに走ってゆく。ハロルド達は思わず、衝撃のままに絶句していた。
 つまり彼らクーデター派は、かねてより“結社”と繋がっていたのだ。一体どれだけ以前
からの関係かまでは分からないが、状況的に寧ろ、この蜂起を連中が主導した可能性は極め
て高い。
「……おいおい、マジかよ」
「神々の領域にまで、奴らが侵食していたとでも言うんですの?」
「あり得ない話じゃないな。それこそ結社(やつら)は、何千年もこの世界で暗躍してきた
んだろう?」
 キースやシンシア、ルイスなども、黒衣のオートマタ兵達を目の当たりにして戸惑う。次
から次へと新たな展開が押し寄せる余り、感情の側が肉体の動きを重くしているらしい。
「だが、このまま奴らを放っておく訳にもいかないだろう」
「ああ。こっちも色々ややこしい時なのに、出くわしたくはなかったがな……」
「しかし相手は最高幹部が二人だ。現状の戦力で直接やり合うのは拙い」
 どうする? 良くも悪くも浮き立つ仲間達に、ハロルドは眼鏡の奥を光に隠しながら先ず
は窘めていた。言葉通り、今は全体の戦力が大きく二つに分かれている。加えて本来は、巻
き込む心算はなかったシンシア達までもが一緒にいる。
 何より……彼ら最高幹部、ユヴァンや使徒ジーヴァ・ヴァハロを含めた面々に、こちらは
一度敗れているのだ。竜王峰での決戦でジークを失ったように、迂闊に挑み掛かっても、あ
の時の二の舞になりかねない……。
「気にすんな。こっちの事情だ」
「計画自体は進んでいるようだな。奴に用がある。案内してくれ」
 一方で当のオディウスとティラウドは、やたら腰の低くなったこの神格種(ヘヴンズ)達
の出迎えに対し、淡泊に応じていた。「はっ! 直ちに!」ささっと人工塔内部へと促して
くる彼らに続きながら、それでも次の瞬間二人は不意に──物陰に隠れていたこちらを確か
に見遣りながら、立ち止まったのだった。
「まあ……それよりも」
「先ずはそこに隠れているネズミどもを、始末しておかなければな」

 ──嗚呼、まただ。
 目の前でまた、人が傷付けられようとしている。失われようとしている。なのに僕は今回
も守ることが出来なかった。これは間違いなく後悔なのだろう。無力感が……酷く目の前の
セカイをゆっくりにして、色褪せさせてゆく真っ最中なのだと思う。
 誓った筈なのに。兄さんと共に、もう二度とあんな悲劇を繰り返さないように、強くなろ
うって約束したの筈なのに。助ける為の力をつけようって決めたのに。
 でも現実は……ずっとずっと、僕を目標から遠ざける。努力して努力して、少しは近付け
たかな? と思っても、まるで見計らったかのようにそっぽを向かれるばかり。てんで守れ
なかった。今まで何度そうして繰り返してきたんだろう? そもそも僕自身は学生として、
事件があっても蚊帳の外に居ることが多かったし……。
 ──そんな歳月の果てに、遂に兄さんが死んでしまった。使徒達の中でも最強と呼ばれて
いた魔人(メア)の剣士・ジーヴァとの戦いに敗れて、命を落とした。……僕は何も出来な
かった。肝心な時に傍に居てあげられなくて、その事を知ったのは全てが一通り過ぎ去った
後だった。なのに……。
 僕は僕で、またトラブルに巻き込まれている。皆とはぐれて、神様はそれだけじゃあ足り
ないとでもいうのか、その先でもまた人が死んでゆく。なのにそんな状況を目の前にして、
僕は何も出来ない。
 どうして僕は、こんなに無力なんだろう? 希望なんて、何処にも──。
 いいや、違う。絶望するなんて僕の“我が儘”じゃないか。何もかもに対して責任がある
んだと思い込み、振る舞う。実力が足りていないのは事実だけど、随分と傲慢じゃないか。
行く先々で事件を起こし、人々を傷付けているのは他でもない“結社”であって、僕じゃな
いのだから。まぁ結果的に、被害を被った本人達からすれば、仮にどちらであっても同じよ
うなものなんだろうけど……。
 自分一人の力には、限界がある。
 だからこそ僕達には仲間がいて、力を合わせてきたのに、僕達はずっと全部を背負い込も
う背負い込もうとしてきた。それは他でもない、皆への“背信”ではなかったのか? 皆が
向けてくれたその想いに、無償の愛に、僕らはあまりにも無頓着過ぎた……。
 ……。
 これは僕達、兄弟の過去(トラウマ)が大きいのかもしれないけれど。
 他の人達、世界の全てを背負い込もうとし、実際にそれをやり遂げてしまった人を、世界
は『英雄』と呼ぶのかもしれない。誰かがやらなくっちゃいけないことを、皆が次々に手付
かずにし続けてきた結果、その全てを一手に担うことになった者……。
 “賢者”リュノーが遺したメッセージや“結社”の使徒達を率いていた事実からも、僕の
仮説はおそらく間違ってはいない。かつて帝国を倒した英雄は、周囲の都合によって戦死と
いう美談に葬られた。そして彼は、その後“閉界(エンドロォル)”の存在を知る。
 ──あんまりじゃないか。
 誰も彼も、役割を引き受けた果てがこんなだなんて。
 でも……だからこそ止めなくっちゃいけない。この悲劇を連鎖を断ち切らなければ、世界
が滅ぶより前に……。
 だけどその為には、僕にはまだまだ力が要る。今の僕達じゃあ届かない。色んなことを、
知らなくっちゃいけない。
 必要なんだ。知りたいんだ。
 誰か、力を──力を、貸してくれる?

『っ……?!』
 刹那、目の前で起こったのは眩い光。突如として弾け飛んだ魂(ストリーム)達が、再び
集束し始めた。今度はかの兄弟の片割れ、アルス・レノヴィンの下へ。
 ルキの光線(レーザー)が放たれたのは、それとほぼ同時のことだった。一度は最高神た
るゼクセムすら撃ち抜いたその技は、彼の周囲を包んだ膨大な魔力(マナ)のオーロラに阻
まれ、掻き消える。
 光線(レーザー)を撃った当人の、ルキや配下のクーデター派の面々が驚愕していた。
 何より突然の事態に酷く困惑していたのは、彼に庇われていたゼクセムと、彼の持ち霊で
あるエトナ自身。
「な、何だ? 何が起きた!?」
「これは……局所的な魔流(ストリーム)?」
「さっき、我々が解放した魂達か」
「……お主」
「ふえっ、ふえっ!? どういうこと? アルスが何か輝いてるし、私も何だか……どんど
ん力が漲ってくる……??」
 いつの間にか、当のアルスはカッと目を見開き、呆然とするルキ一派を睨みながら立って
いた。彼の周りには白く温かい光が溢れ、先刻までこの地下空間に閉じ込められていた無数
の魂達が、丸く巨大な防御壁を作るように飛び回っている。
 まるで彼という存在に従い──守護するように。
(……まさか)
 普段のアルスとは明らかに違う、黄金の意志を宿す瞳。
 “結社”最高幹部が一人、破神ことルキは顔面を引き攣らせていた。最悪だ。心の中で、
そう既視感を確信に変えている。

 嗚呼、何てこった。
 この力、この巨大な“何か”を引き連れた変貌の正体を、俺は知っている……。


 かくして、人が知るか知らないかも拘らず、歯車というもの達は回転を速めてゆく。
 過去を無かったことにするなど叶わないのだ。とうに起こり続けた変化を止めようとする
ことは、即ちそれ自体も変化であるのだから。

「獄長ー! 起きてくださーい!」
「大変なんですよー! もう自分達だけじゃあ、どうにもならないんですってばー!」
 所変わって、煉獄中央監視塔内。その中枢たる深部。
 広々とした暗がりの部屋の中で、一人の大男が豪快に眠りこけていた。明かりが乏しい所
為で判然とはしないが、巨人族(トロル)の系譜だろう。彼の足元で、部下らしき死神達が
数人大声を出し、必死にこれ起こそうとしている。
「っていうか、酒臭っ!?」
「まーた寝落ちしちゃったのかあ……」
「全く、どれだけ飲んだんだよ。さっきの揺れですら起きてないって、一体……」
 こちらの呼びかけにもまるで反応せず、地鳴りのようないびきを掻いて眠っている大男。
 報告に訪れた死神達は、本人が寝入っているのを良い事に悪態をつきながら、さりとて今
に始まった事ではないらしく慣れっこに対応している。
「煉獄長。起きてください。緊急事態です」
 すると部下らがそう呑気に突っ込みを入れている中、一行のリーダー格らしき女性の死神
が、直後凛とした声色で繰り返した。
「…………うぅん? ああ、何だ。お前か、サヤ」
 もそりと、次の瞬間大男がようやく目を覚ました。その巨体と酔いの残りも合わさり、緩
慢な動きで上半身を起こしながら、のんびりと大きな欠伸をして刈り上げ気味の頭髪を掻い
ている。サヤと呼ばれたこの死神──西棟隊長格の一人が、変わらず四角四面な立ち振る舞
いでもって応える。
「緊急事態です。第四層にて集団脱獄が発生しました。首謀者はジーク・レノヴィンと、前
トナン皇国女皇アズサ・スメラギ。両者は封印錠の合鍵を用意し、道中他の囚人達を解放し
て配下に加えつつ、地上に向けて進軍中です」
「そ、それと! 第六層から第五層にかけて天井に大穴が空き、魔獣化した囚人達が逃げ出
しています! おそらくは先ほどの大揺れによるものと思われますが、集団脱獄への対応で
手が回っておらず、各隊も次々に倒されておりまして……」
 彼女の淡々とした報告と、立て続けにあたふたと語る部下の死神達。
 大男は暫く彼女らの話に耳を傾けていたが、眉間には静かに深い皺が寄っていた。最初寝
惚け眼だったその表情が、次第に彼なりの真面目な“仕事モード”に変わってゆく。
「ジーク・レノヴィン……? ああ、少し前に裁定された例のガキか。資料はざっと読みは
したが、まーだ只じゃあ転ばない心算か。それに加えて大穴だあ? 何でまたこんな時に?
煉獄(ここ)は半分結界みたいな場所だぞ? 並の力じゃ、壊せやしない筈なんだが……」
 ごそごそ、ずぞぞっと大男は動く。
 僅かな明かりに不機嫌面──少なからずは寝起きのそれも含みつつ、彼は責任者としての
務めはしっかり果たすようだった。面々の中心、部下達のやや後ろに控えるサヤに向かって
更に二・三質問をする。
「それで? ジーク・レノヴィンは今何処だ? 他の奴らはどうしてる?」
「現在は配下の囚人達と共に、第三層に向かっています。おそらくは、先日同じく収監され
た、東棟のマーロウ隊長らを救出する為でしょう。フーゴ隊長が追撃を開始しています」
「ふむ……」
 ごしごしと短い顎鬚を擦りながら、大男は小さな怪訝を示す。
 それは妙だ。連中が上に登っている──出口に向かって逃げているのなら、真逆の階層が
破損したというのは不自然だ。別個のトラブルか? 本当に偶然か? 少なくともこのまま
では、五・六層の魔獣達が外に出てしまう……。
「アララギはどうした? こんな時にこそ、あいつが動けば大抵の事は収まるだろ」
「はい。伝えには行かせたのですが、中々連絡が取れないのです」
「どうも外は外で、レノヴィンの仲間達が攻めて来てるっぽいんですよ」
 マジかよ……。大男は流石に一瞬目を丸くして、しかしそこまで露骨に喚き散らすような
ことはしなかった。元々普段からダウナーだという以上に、総長(やつ)が手こずる程の異
常事態が起きている。その事実に対し、他の雑念が吹き飛びそうだったというのが近い。
「……しゃーねえな。俺も出るしかねえか。俺は先ず、魔獣達の方を片付けてくる。そした
ら合流すっから、お前らはフーゴ達の加勢に向かえ。アララギにももう一遍連絡取って、入
口を固めておいてくれと伝えろ」
『はっ!!』
 よっこらせ……。言って大男は立ち上がる。のしっと室内・足元が震えるような音がし、
サヤ以下報告に訪れた死神達は、一斉に敬礼をして駆け出した。
 急いで踵を返し、彼の指示を受けて暗がりの向こうへと消えてゆく面々。
 一方で当の大男は、壁に引っ掛けてあった黒い死神装束と白い羽織、背に「一」の隊番と
左側だけが黒く塗り潰された文様のそれを着込むと、自らも事態の収拾に向け動き出した。
暗く広々とした空間を、手狭に感じさせるほどの全身が露わになる。
「さぁて……。行くか」
 彼こそが“煉獄”の死神達を束ねる大親分にして、西棟一番隊隊長。煉獄長こと“百獣”
のドモン、その人である。

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  1. 2019/09/10(火) 18:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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