日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅱ〔15〕

 魔流(ストリーム)の束の曲線が幾重にも流れ、その果ても天上も深淵も底を知らぬ静謐
の空間が広がっている。
 その中に散在するガラス質の足場にとんっと着地をし、継ぎ接ぎだらけのパペットを抱え
た一人の少女──“使徒”エクリレーヌは一仕事を終えて帰還を果たしていた。
「む~……」
 しかしそのあどけない子供の表情(かお)は不機嫌のそれだった。
 同胞フェイアンからの指示でサンフェルノに「お友達」を向かわせたのに、あの人達は彼
らを嬲り殺して言う事を聞かなかった。
 ……魔だからと忌み嫌う、攻撃することに熱を上げて憚らない、忌々しいヒトの眼そのも
のだった。
「おやおや。ご機嫌斜めのようですねェ」
 すると、見慣れた仲間の一人が姿を現した。
 “使徒”ルギス。教主から「博士」の二つ名を与えられているマッドサイエンティストで
ある。先日からのオートマタ兵の生産も追いついてきたのか、周りには黒衣に全身を包んだ
この結社“楽園(エデン)の眼”の雑兵達がじっと彼の傍らに控えている。
「そうだよぉ。魔獣達(みんな)が、皆が……いっぱい、苛められて……」
 しかしルギスが問うたその声に、エクリレーヌはアウルベルツでの敗退を改めて思い出し
てしまったようだった。
 魔人(メア)の自分が負けた──のではなく、魔獣(とも)らを殺された悔しさだった。
 ぐすんと見た目こそ年相応の幼女の涙。その様子を見て、白衣と淡い金髪の使徒はそっと
彼女に屈み込むと、そのふわふわした頭を髪を撫でて慰め始める。
「報告は既に受けているのですヨ。貴女には辛い思いをさせてしまっタ。未だにヒトは自分
達の領分を知らぬ者が多過ぎるのデス。嘆き悲しむ気持ちは私も痛い程に分かるのですヨ」
「うん……」
 袖で涙を拭い、エクリレーヌは小さく頷く。
 ちょうどそんな時だった。ストリームの群れの中に、コウッと巨大な淡い紫の光を湛える
光球──結社の頂点“教主”が二人の前に姿を見せたのだ。
 その出現に気付き二人は傍らに控えていた黒衣の兵らは一斉に彼に向き直ると、低頭の体
勢を取る。
『……こちらにも報告は届いている。フェイアンが仕掛けた揺さ振りの一手とはいえ、どう
やら我々の予想以上にかのレノヴィン兄弟は厄介な相手やもしれぬ』
「そのようですねェ。まだまだ発展途上のようですが、兄の方は護皇六華の力を活用し始め
ておるようですからなァ」
「うん。剣の方のお兄ちゃん、皆をいっぱい殺してた……」
 教主の言葉は、踏み込んだ警戒感にも聞こえた。
 ルギスも六華の力を理由にその意見に同意し、エクリレーヌも唇を尖らせて呟いている。
 暫く、教主は黙っていた。
 普段から直属の配下である自分達“使徒”にすら彼はその生身の姿を見せたことはない。
 それは結社という組織の性質からなのかもしれないが、時折こうして次の指示を待つまで
しんと淡紫の光球が浮遊しているのを気配で捉えているのは、些か不気味で、尚且つそれ故
に神秘的でもある。
「……」
 だが、少なくともこの方は魔人(わたしたち)の居場所を、この力を正当に認めて下さっ
ている方だ。ルギスは常々そう思っていた。
 そしてそれは他の“使徒”らも少なからず抱いている思いの筈だった。
 ヒトのセカイの常識では、魔人や魔獣は忌むべき「悪」とされて久しい。
 しかし──それは果たして真実なのだろうか?
 その疑問を科学的に証明した七十三号論文はあまりにも有名だろう。しかしそんな真実を
明 らかにしようとした声すら、多くのヒトは拒絶した。真実よりも都合の良い虚実に浸る事
を選んだのだ。
 あの時は、本当に悔しかった。
 一介の学識者として、真理が衆愚に敗北するなど決して赦せないことだった。
 そして今はどうだ? 実際に人々は開拓への邁進というセカイの破壊に勤しんでいる。
 止めなければ。奴らを正しい方向に導かねば。その為に……私はこの不死の身となっても
尚、多方面からのアプローチで研究を続けているのだから。
「教主様。バトちゃんとフェイちゃんはもう皇国(トナン)に行ったの……?」
 そんなぐるぐるとしたルギスの追想は、はたと顔を上げて教主へ訊ねるエクリレーヌの声
によって中断させられた。
 眼鏡のブリッジを押さえ、ルギスは心なし乱れた撫で付けの髪を整え直す。
『うむ。フェイアンは既に現地の使徒らと合流すべく発った。バトナスには先刻、補給した
手勢と共にレノヴィン一行の追討へと向かわせた』
「……飛行艇という逃げ場のない移動手段を採るほど馬鹿ではないだろうからねェ。おそら
くは導きの塔を利用する筈サァ。そこを狙い、六華を回収できれば上々……だけど、なまじ
数が多いから実際は気休めだろうがネェ」
『だろうな。しかし、こちらとしてもおめおめと渡らせるつもりはない』
 教主が言って、ルギスは改めて言葉なく低頭し直していた。
 ゆらゆらと揺れている淡い紫の光。
 静謐な世界の中で、数拍の後、教主は二人に告げた。
『では使徒エクリレーヌ。朋友の喪失に悲しむ所を承知で命じる。皇国(トナン)へ向かい
現地の使徒らと作戦遂行の連携を取れ。バトナスもじきに合流する手筈だ。使徒ルギス。お
前は先の指示通り、オートマタ兵の生産と自身の研究に注力するがよい。……お前のその頭
脳には期待している』
「うん……。分かったの」
「はは、勿体無いお言葉デ。これはますます精進せねばなりますまいなァ」
 最大限の敬礼。そして二人は立ち上がるとそっと踵を返した。
 エクリレーヌはパペットを抱えたまま赤紫の魔法陣と共に一瞬にして空間転移をし、一路
皇国(トナン)へ向かう。
 ルギスはひひっと肩を震わせて、狂気じみながら笑い拝承すると、指で弾いて発生させた
青白い奔流共に姿を消す。
 静謐な空間が、より本来のヒトの俗世からかけ離れた世界に戻っていた。
 ストリームの束が複雑に絡まり、流れている。
 それらが奏でる静かな光、その陰に紛れるようにして黒衣の兵士らが音もなく姿を消す。
「……。ヒトの子らよ」
 配下達が一通り去っていったその“理の領域”の中で、教主はつうっと光球の中の紫を移
動させると、
「お前達は一体、どれだけセカイを蹂躙すれば気が済むというのだ……?」
 何処となく天を仰ぐような印象のまま、誰にともなく呟いていた。


 Tale-15.セカイを巡る樹

 暫くの沈黙と睨み合いの後、祭壇の彫像らの陰から、それまでジーク達を見下ろしていた
ローブを目深に被った術者風の一団はそっと姿を顕わにした。
 守り人の民・衛門族(ガディア)。
 まだこれら導きの塔が「神竜王朝」の設けた祭礼施設として機能していた古の時代、歴代
の竜王に仕えその維持管理を任されていたという者達──おおよそ、一般の人々が辛うじて
持っている知識をなぞればこのような概略となるだろう。
(でも、神竜王朝って随分と前に滅んじまった筈だが……)
 ジークは内心眉根を寄せつつ、湧いてくる怪訝に少々戸惑っていた。
 帝国時代には飛行艇が発明され、今日はその航路が世界中に整備されている。
 故にもう自分達のような物好きな旅人や学者の類でもない限り、ここへ訪れる者というの
は皆無と言ってしまっていい。
 なのに……これじゃあ。
 こいつらはまるで、ずっと此処に居続けているみたいじゃないか──。
「如何なる用件を以って参じた? ヒトの子らよ」
 すると、ガディアの長老格らしき術者が突然そうジーク達に質問を投げ掛けてきた。
 ジーク達は思わず身構えた体勢を揺るがせ、その達観した──いやもっと“別の何か”を
見ているかのような彼らの瞳の奥を覗き込もうとする。
「こ、ここは導きの塔だろう? 空間転移の装置がある筈だ。使わせてくれ」
 どうにも見下されているような格好(位置関係もあるのだろうが)。
 しかしその威圧感に負けていてはこの先やっていける筈もない。ジークは一度ごくりと唾
を飲んだ後、答えた。
 しんとその声だけが薄暗い塔の中で反響して、消える。
 するとホウッと、黙して見下ろしてくれるガディアらの周りを精霊達が顕れふよふよと回
り始めた。
 まるでジーク達という存在そのものを値踏みするように。
 ガディアの長は暫く一向をじっと見つめた後、彼らを代表して再び質問を投げてくる。
「何故、飛行艇を使わない?」
「汝らも分かっておるのだろう? 転移機構としてのこれら塔は既に時代的な役目を終えて
しまっている」
「そ、そりゃあそうだけどさ。でも……」
「まぁ色々事情があってな。できるだけ周りに迷惑が掛からないように目的地に行きたいん
だよ。まさか、壊れて使えないってこたぁねぇよな? それだけ大人数で今も御守りをして
るってことはさ」
 だが、ジーク達もいきなり威圧感のまま押される訳にもいかない。
 ジークが眉根を寄せる傍で、今度はダンが睨み返すように訊き返していた。
 大昔から塔を切り盛りしてきたのは知っているが、そこまで横柄な相手に丁寧に対応して
やれる程、冒険者(おれたち)は出来た輩じゃねぇぞ……?
 言葉の中に、そんな意思表示を含ませるように。
「……路(オゥス)への接続は常に万全を期している。抜かりはない」
「だが、それは何も汝らヒトの子らを運ぶ為ではないのだ。……今はもう、な」
「故に相応の理由がなければ、こちらとしても安易に利用を認める訳にはいかぬ」
 それでもガディア達は眉根一つ動かす事はなかった。
 ただ淡々と、少しだけジーク達の頭に疑問符を浮かべさせる言葉を紡ぐと、再び壇上から
の見定める眼差しを送ってくる。
 即ち事情を話せ、と。
「……どうする、ジーク?」
 リンファが、仲間達がジークに判断を求めてきた。
 確かにそう安易に語っていい理由ではない。しかしこのまま睨み合っていても時間の無駄
になるだけだろう。
「まぁ……仕方ねぇだろう。話してもいいんじゃないか? 何もこいつらは別に“結社”の
手先とかでもねぇみたいだし」
 だからこそ、ジークはそう判断した。
 早々に立ち止まっていては埒が明かないのだ。まだ自分達は皇国(トナン)の地に足を踏
み入れてさえいないのだから。
 皆が、各々に君がそう言うならと頷いてくれた。
 ジークはそんな仲間達の反応を確認すると、改めて壇上の彼らに向き直り、語る。
「──ならば、その三振りを此処に置いてゆくがよい」
 しかし……結果から言って、ジークの正直さは彼らには届かなかったらしい。
「聖浄器(それら)はヒトが己ら本位が故に創り出した“歪みを拡げる”代物だ」
「我々が然るべき施術で以って、摂理の中に還そう」
 護皇六華、トナン皇国、結社“楽園の眼”。
 自分達に降り掛かっている現状と、これから採るべき道筋の為に転移装置をという要請。
 しかしガディア達は心なしか先程よりも険悪の面持ちを濃くすると、そうジーク達の意思
を拒む返答を寄越してくる。
「何、だと……?」
「そうはいかないな。六華は祖国の宝、私達は奪われた三本を取り戻す為にここにいる」
「……まさかてめぇらも“結社”の仲間ってオチじゃねぇだろうな? もしそうなら……」
 勿論、ジーク達がその要求を呑める筈もなかった。
 彼らの威圧的な排他的な眼差しを、怪訝から確信に変えて躊躇なく眉根を寄せる。
 静かに目を細めるリンファと睨む眼のまま戦斧を取り出すダンの二人を先頭に、ジーク達
は想定していた──既に“結社”の手が導きの塔に及んでいるかもしれない事態に備え、次
の瞬間には一斉に前衛後衛に並び直し、臨戦態勢に入っていた。
「……やれやれ。与せぬと言えばすぐに“敵”扱いとは」
「変わらないものですね、ヒトというものは」
 そしてその様子をガディア達はあからさまな落胆と侮蔑の気色で見下ろす。
 同じ装束。しかしその年格好はよく見てみれば違っていて。
「仕方ない……か」
 面々が静かに長老らしき中央のガディアに目を遣ると、彼はふぅと大きなため息をつき、
杖でカツンと一度石造りの床を叩くと叫ぶ。
「者ども、この無法者らを追い払え!」
 次の瞬間だった。ぐわんと中空の広い範囲がその声に応じるように震えた。
 そこから現れたのは、ガスのような雲のような気体を全身に纏って宙を漂う色白の者達。
「!? こいつらは」
「気人族(エアロ・レイス)か……。気を付けろ! 奴らは」
 その出現にジークが二刀を抜き放って構え、リンファが叫びかけたその刹那、彼らは一斉
に風の渦を背後に噴射しながら突っ込んで来る。
 言葉を中断され、先手の強襲を受けるジーク達。
 その隊伍の隙間を気人らは猛スピードで駆け抜けては、握り締めた風でできた短剣で以っ
て攻撃しようとしてくる。
「こん、のッ!」
 四方八方から向かってくる気人らの攻撃を太刀で防御しながら、ジークは堪りかねて半ば
反射的に一閃を払った。狙いは間違いなかった筈だ。
 しかし、その一撃はまるで霧散するように消え去る彼らの前に意味を成さなくなり、
「摂理を乱す者らに!」
「裁きを!」
「ッ!?」
 直後、左右背後──別方向の死角から急に再び姿を著した彼らの反撃を受けてしまう。
「気を付けろジーク! そいつらは空気の亜人だ、自在に大気(かぜ)と同化できる!」
「風とって……。本当何でもアリだな、亜人ってのは……」
 辛うじてジークはその連撃を振り向きざまに防ぎ、反撃に転じようとしたが、再び彼らに
霧散されてかわされてしまっていた。
 そんな彼に、サフレが警戒の言葉を叫ぶ。
「ま、そうだが……よッ! 何かしらの環境に特化してるからな、亜人種(おれたち)は」
「……だけどこれは、相性が悪い」
 しかしそんな彼やダン・ミア父娘、リンファもまた、思うようにこの守り人の眷属らに攻
撃が通じず苦戦している様子が確認できた。
 ダンの戦斧も、ミアの徒手拳闘も、インパクト寸前で霧散されれば暖簾に腕押しである。
「奴らに物理攻撃は効果が薄い。一旦リュカさん達を中心に隊伍を組み直すぞ!」
 そんな中で、リンファは長太刀が気人らをすり抜けていくのを一瞥してから、そう皆に指
示を飛ばしてくる。
「皆、無事か?」
「ええ……。何とかね」
 ジークら前衛五人は、既に障壁で自分達を防護していたリュカら四人を庇うようにぐるり
と陣形を取り直した。その間も気人らは次々と飛び掛かってきては障壁に弾かれ、ジーク達
の迎撃を受けかけては霧散していく。
「これじゃあキリがねぇ。リュカ姉、レナ、ステラ。一発魔導でぶっ飛ばせないのか?」
「う、うん」
「それなんですが……」
 ぐるぐると気人らが周りと飛び交いながら取り囲んでいる。
 武器が通じないのなら魔導攻撃に頼るしかない。ジークはそう判断したのだが、
「私達もさっきから援護しようとしているのだけど……どうにも精霊の声が“遠い”のよ」
 当のリュカら魔導を扱う三人の表情は何故か冴えなかった。
「……? 何だよ、遠いって?」
「その、普段通り呼び掛けても中々応えが返って来ないんです」
「うん。まるで……精霊達があいつらの味方をしてる、みたいな」
 そして戸惑いの中で返ってきたその言葉に、ジークは思わず眉根を寄せる。
 自身、魔導に関しては門外漢だが、それでも精霊が魔導師の呼び掛けに応えないという事
が普通でないことくらいは分かる。まだ修行途中の見習いならまだしも、リュカは現役の専
門家であるし、レナやステラもその実力は過去の実戦の場で何度も目にしている。
 なのに、何故……?
「当然だろう。精霊とは世界樹(ユグドラシィル)より生まれ出でる存在。枝葉とはいえ、
お前達はその間近の場を荒そうとしているのだからな」
 そうしていると、そんなジーク達の困惑を静かに嘲笑うように、ガディアの長が呟いた。
 守り人の民と、彼らを守護するように取り巻き飛び回るその眷属達。
 得物を構えたまま、ジーク達はそんな彼らを──導きの塔の祭壇を見上げ、睨み付ける。
「ゴチャゴチャと。喧嘩を吹っかけてきたのはそっちだろうが」
 はんと言い捨てて、ジークはその場で跳ぶと、しつこく飛び掛かって来る気人らを身を捻
りながら一閃した。しかしやはり彼らは攻撃がヒットするその瞬間に霧散し、本来魔獣すら
斬り伏せる彼の一撃は空を描くだけになる。
「……皆、下がってろ」
 するとジークはストンと着地してから仲間達の数歩前へと出た。
 中空では気人らがあくまで抗う彼を哂おうとし──そしてすぐに青ざめる。
「撃ち掃え、蒼桜ッ!」
 左手に握った六華・蒼桜を開放し、即座に蓄積されたエネルギーが飛ぶ斬撃となってその
横薙ぎの一閃から放出された。
 流石に聖浄器の威力をいなすのを畏れたのだろうか、軌道上の気人らは血相を変えて早々
に霧散すると道を空け、蒼い斬撃はガディアらへと直撃した──かのように見えた。
「……くっ!」
 静寂の塔内をつんざく爆音と土埃。
 しかし肝心のガディアらは無傷だった。
 彼ら総出で張られたらしい巨大で分厚い障壁。しかしそんな防御一辺倒の対応ですら、蒼
桜の威力は殺しきれなかった。障壁の、斬撃が直撃した部分には深い裂傷が刻まれており、
この総出の防御が間一髪だったことを窺わせる。
「こいつ、祭壇を……!?」
「この、痴れ者がッ!」
 だがガディアらはそのギリギリの防御と消耗以上に、自分達の依ってすがる祭壇──信仰
の象徴を危うく破壊されかかった事に憤っているようだった。
 スゥっと静かに彼らが張っていた障壁が消えてゆく。
 パラパラと塔内を飾る石の装飾が欠け崩れる音がする。
「貴様、何処まで摂理に歯向かう気だ!」
「断じて許さん!」「エアロ達よ、下がっていろ!」
 そして今度は、ガディアらが攻撃を仕掛けてきた。
 それも、先程リュカ達が唱えても反応が無かった筈の魔導の詠唱を以って。
「チッ! てめぇらはオッケーってなんてずるいだろーが……!」
 一斉に彼らの足元、かざした杖先に展開される魔法陣。
 その一斉放射を撃ち落すべく、ジークはもう一度蒼桜に力を込めようとする。
「征天使(ジャスティス)!」 
 だがそれよりも早く、行動を起こしたのはレナだった。
 ジークが蒼桜を放つよりも前、ガディアらからの第二波の魔導が飛ぶその瞬間。
 レナは魔導具から呼び出した鎧天使の使い魔の盾で以って、その一斉放射をことごとく掻
き消していた。
「レ、レナ……?」
「……あ、はは。良かったです。どうやら魔導具の発動は何とかできるみたいですね」
「みたいだけど……。そっか、あいつらは古式詠唱なんだ。だから大盟約(コード)が効い
てない此処でも魔導が使える……」
 蒼桜に溜め込んだ力を一旦収め、ジークが少々驚いた様子で肩越しにレナに振り向く。
 そんな彼に、彼女は魔導具の指輪を嵌めた方の手をかざしたまま苦笑いを漏らしている。
ステラもまたそんな友の傍らでホッと胸を撫で下ろしつつも、一方で相手の力の構成を分析
し始めている。
「おいおい、二人とも無茶すんな。空気と門番の両方から狙われてるじゃねぇかよ」
「え。あ、そりゃあそうッスけど……」
「言っても仕方ないさ。少なくとも壇上の彼らに辿り着かねばこの状況は変わらないんだ」
 再び気人らが蠢き出し、ガディアらが三度目の詠唱に入ろうとする。
 ダンの諫め、そしてリンファの現状把握に皆は頷いていた。
 先程の反応からして、ガディアらは言葉通り自分達を「追い払おう」としていたのだ。
 それはひとえに、この塔を護ろうとする守り人の民としての頑なな意思でもあって……。
「……副団長、リンさん。リュカ姉達を頼みます」
「あん?」「構わないが、何を──」
 ジークは顔をしかめたまま、視線を再び壇上のガディアらに向けた。
 後衛の皆を頼れる年長者二人に任せ、
「レナ、そいつで俺を奴らの所まで飛ばしてくれ!」
 そう続けざまに後方のレナにそんな指示を飛ばす。
「え? で、でも……」
「大丈夫だって。早く!」
 そんな事をしたらジークさんが魔導攻撃を一手に。
 レナは大方そんな戸惑いを抱いたのだろう。しかし当のジークは不器用にその心配を掃う
ようにぎこちなく笑ってみせ、ちょいちょいと腰に差したの脇差を指差してみせる。
「……分かったわ。レナちゃん、お願い」
「えっ。わ、分かりました……」
 するとその仕草にリュカは何かに気付いたらしい。
 まだ戸惑うレナに、彼女は「大丈夫だから。ね?」とジークからの要請に応えるようにそ
の背中を押してくれる。
「サフレ、マルタ! 空気野郎どもを押さえててくれ!」
「分かった!」「は、はいですっ!」
 レナの操作によって征天使の掌の上に乗ってぐんと飛び上がっていくジーク。
 その最中に叫んだ次の言葉で、サフレとマルタも動き出す。
「弾けし灼火(スパイラルフレア)!」
「……~♪」
 降り注ぐ無数の炎弾を放つ魔導具と、相手の精神を乱す狂想曲(カプリチオ)。
 妨害に出ようとする気人らを足止めしてくれるサフレとマルタの援護を受けて、征天使に
乗ったジークはガディアらの目前、中空へと一挙に躍り出る。 
「馬鹿め!」
「集中砲火を受けるつもりか?」
 だからこそガディアらは完全に“取った”と思った。
 次々に完成し、展開される呪文そして魔法陣。炎や雷、光といった多彩な攻撃魔導が一斉
にジークに迫ってゆく。
「──な訳ねぇだろーが」
 しかし、ジークはほくそ笑んでいた。
 征天使の掌から大きく跳躍し、同時に蒼桜を片手でヒュンと鞘に収める。
「拒み消せ、白菊(しらぎく)ッ!」
 そしてその代わりに腰から取り出したのは一本の脇差──ジークの手元に残った三本の六
華の内の最後の一本だった。
 文様を刻んだだけのシンプルな作りのフォルム。
 その抜き放った刃先が、ジークの呼び掛けに、発動に応じて白い輝きを放つ。
「……何ッ!?」
 宣言の通り、掻き消えていた。
 確かに一斉に放たれたガディア達の魔導攻撃。だがその全てがこの白く光る刀身とそれを
中心とする力場に触れた瞬間、まるで氷細工を砕くように一瞬で霧散したのである。
 ガディアらは一様に驚愕の表情で中空を──自分達の魔導を打ち破って重力のままに飛び
降りてくるジークを迎えるしかなかった。
 反魔導(アンチスペル)。魔導無効化能力。魔導師殺しの短剣。
 そしてようやくこの護皇六華が一つ、白菊が持つ特性に彼らが気付いた時には、
「──チェックメイトだ」
 ジークが突き付けた太刀・紅梅が彼らの長の首元を捉えていたのである。
「……長!」
「くそっ、貴様ぁ!」
「止せ。こいつは殺すぞ、迷いなく私を」
 配下のガディアらがすぐに長老を助けようとする。
 だが当の長老本人はピシャリと、潔くそれを制止していた。
「流石にここまですればさっきまでの石頭も解れたみてぇだな」
「……全く。変わらぬな。何かにつけて武力で解決しようというのは……」
 長老が押さえられたことで、交戦はようやく決着をみた。
 ダン達に対応しようとしていた、ジークに追いつこうとしていた気人らもこの状況を見て
自分達の負けを否応なく知らされる形になる。
 リュカはそっと障壁を解除し、ダンやリンファ、サフレが得物の構えを緩め、レナら少女
三人組はホッと胸を撫で下ろす。
「……中立だの何だののたまうのはてめぇらの勝手だ。でもな、守らなきゃ戦わなきゃいけ
ねぇ時に何もしないで目を背けるような輩に、俺達は負ける訳にはいかねぇんだよ」
 そう遠回しな批難の言葉を呟くジークと、それを冷めたような眼で見下ろす長老が暫しの
間、お互いを睨み合う。
 この青年は何をそんなに急いてるのだろう。
 この老人は何故にそう諦めているのだろう。
 仲間達、ガディアや気人らが見守る中、やがてその沈黙を解いたのは長老の方だった。
「……仕方あるまい。確か、皇国(トナン)に行きたいと申したな?」
「ああ」
 少々ざわついた同胞らを視線で宥め、ガディアの長老はそっと太刀を除けたジークに問い
掛ける。短く頷くジーク。その首肯を確認してから、彼はおもむろにサッと杖で祭壇の一角
の文字をなぞってみせた。
 するとどうだろう。突如としてそれまでレリーフが刻まれているだけだった祭壇真下の壁
が、その所作に反応するかのように左右にスライドして開いたのである。
 ジークが、仲間達が思わず目を丸くしてその新たに出現した経路を見遣る中で、
「中に入るがよい。この塔の“門”へ案内(あない)しよう」
 長老は、相変わらず淡白なままそう一同に告げた。

 光の溢れるその先にあったのは、まるで別世界だった。
 石造りの無機質な祭礼場とは毛色を異にした、緑に覆われた空間。一見すると植物園か何
かのようにも思える。
 だが、実際はそうではないようだった。
 目を凝らしてみると、その生い茂る緑の中に点々と石造りの家屋が佇み、同胞と思われる
ガディアや気人らが思い思いに緩やかな時を過ごしているのが垣間見えたからだ。
「“門”の利用者だ。そう敵意を向けてやるな」
 暫し唖然と辺りを見渡すジーク達に、そんな彼らからの怪訝と決して歓迎のそれではない
眼差しが向けられる。
 そんな同胞らを、ふと追いつき現れた先刻の長老が配下らを連れて諭すと、彼らは渋々と
いった様子で家屋や緑の奥へと引っ込んでいく。
「……では、ついて参れ」
 長老らがそう肩越しに一瞥を寄越して投げてくる言葉にようやく我に返って、ジーク達は
彼らが歩き始めるその後をついて行った。
 踏みしめて進む足元の感触。緑の下から確かに伝わる硬い地面。
 どうやら元々はここも石造りだったらしい。そこから徐々に草木が茂り、今の姿となった
のだろう。導きの塔という施設そのもの、そしてガディアらの辿ってきた歳月の長さを間接
的にだが感じ取れるような気がする。
「にしても、導きの塔にこんな場所があるなんてな……」
「ええ。でも妙じゃないッスか? いくら暗かったっつっても、外から見た限りじゃこんな
広い感じじゃなかったように思うんスけど」
「……十中八九、空間結界ね。さっきまで私達のいた祭礼場が“表”の領域だとすれば、こ
こはガディア達の詰める“裏”の領域といった所かしら。塔自体が魔流(ストリーム)と間
近で繋がっている訳だから、結界の維持にこれほど好都合な環境はないもの」
 ゆっくりと歩みつつ、感嘆の声を漏らすジークらに、リュカが魔導師(せんもんか)の眼
でそう述べていた。
 レナやステラも同意見とばかりにコクコクと頷いている。正面を見遣れば長老も肩越しに
彼女を見ている事を考えても、あながち間違っていないのだろう。
「なるほど~。ガディアさん達の秘密の庭、ですね」
「庭というよりは、隠れ里と言う方がしっくりくる気もするが」
 少しメルヘンチックに従者(マルタ)が微笑むのを、サフレが苦笑と共に見遣る。
「うーん? だとしたらおかしくねぇか? 使おうとしてる俺達が言うのもなんだけどさ、
導きの塔(ここ)は飛行艇のお蔭で正直もう出番はなくなってる訳だろ? なのに何で今も
こいつらは居座ってんだよ?」
『…………』
 だが、そんな中でジークが何気なく口走ったその疑問は、それまで辛うじて臨戦から離れ
ていた場の雰囲気を引き寄せてしまう結果になってしまったのである。
「貴様……! もう一度我らと争いたいのか!」
「何も知らぬ民衆が知った口を……!」
「止せ。集落を巻き込むことは私が許さぬぞ」
 振り返った年若いガディアらを中心に、再び理由の知れぬ敵意の眼がジークへと向けられ
る。しかしその張り詰めようとした空気は、他ならぬ長老によって制止されていた。
 長にそう諫められては殴りかかることもできないと言わんばかりに。
 若いガディアらは悔しさで表情(かお)を歪めつつも、申し訳ありませんと頭を下げると
再び当初の隊列に戻っていく。
「……す、すまん。俺、何か悪いことでも言ったのか?」
「そうだな。だがお前達今の時代のヒトの子らは、知らぬ方が当たり前であろう」
 仲間達の「おい。下手に刺激するなよ……」という眼差しに、ジークも流石にバツが悪そ
うになってそう半分疑問系の謝意を口にしていた。
 しかし、対する長老の口調は淡々としたものだった。
 既に配下らと共に正面を、ジーク達に背を向けており、表情が見えなかったこともあった
のかもしれない。
「……導きの塔は、単なる祭礼施設ではない」
 そして暫し黙して歩いた後、長老は背を向けたままそう口を開き始めた。
「そもそも、導きの塔が何故こうも各地に建立されたか、それは知っているな?」
「ええ。神竜王朝の頃、まだ大陸間を渡る術を持たなかった人々の為にと作らせた、空間転
移用の施設。それがそもそもの理由よね」
「そうだ。だがな、竜の末裔よ。それだけではないのだ」
「……」
 代表してリュカが──竜族(ドラグネス)の彼女が応えると、長老は少しだけ険しい表情
を緩めてこちらを見遣ったような気がした。
 竜の末裔。
 しかし、何故かそのリュカ自身はその言葉に何か引っ掛かりを覚えているかの如く、静か
に苦々しい表情をみせている。
「……世界は、マナで満ちている。だが我々を潤すこれらはただ漂っているだけではない。
無数のストリームとして集まり、流れを形成し、世界に秩序を成す」
 長老はそんな彼女の様子を数拍見遣った後、再び背を背けた。
「そしてそれら全てを集束するストリームこそが“世界樹(ユグドラシィル)”であり、そ
の四方東西南北を囲むように青(アキュ)、赤(イグ)、緑(テラ)、黄(エギル)の四大
ストリームが共に天地を貫く。謂わば、これら巨大なストリーム群は世界そのものを固定し
ている絶対の要──霊的な楔であると言える」
 ジーク達は「何故今更そんな事を?」と思いつつも静かに頷いていた。
 魔導師でなくとも、この世界に生きる者であれば教練場なりで幼い頃から繰り返し聞かさ
れてた世界の形。それを何故この守り人の民は改めて語っているのか。
「……だが、これらストリームも今や“世界の絶対軸”ではなくなりつつある」
 しかし、そんな疑問はすぐに消し飛んでいた。
 あくまで淡々と。
 しかし長老の語るその話は、ジーク達この世界に生きる者にとっては決して聞き過ごせる
ものではない。万一、それが本当の話なのだとしたら……。
「ど、どういう事ですか!?」
「聞いたことねぇんだが、そんな話……」
 気付けばジーク達は、その背中に矢継ぎ早に戸惑いがこもった疑問を投げ掛けていた。
「……それは、マナ濫用の影響を言っているのかしら」
 すると、戸惑いを多く含む怪訝の中、リュカはぽつりと訊ねる。
 ジークが、仲間達がそんな彼女の神妙な面持ちに注目する。
「そうだ。貴女は現役の魔導師か? ならば、今の世界が抱える“歪み”を知らぬ訳ではな
かろう」
「……ええ」
 ジークやダンは眉根を寄せて両者を見比べていた。
 ゆっくりと踏み締めていた歩みはいつの間にか止んでしまい、一同は目の前の、そして周
囲の物陰からこちらを窺っているガディアや気人らの視線に晒されている。
 肩越しにリュカへ向けられていた長老の視線がそっと外され、ジーク達全員を捉えた。
 杖先の装飾部品がガチャリと揺れ、彼は静かに言葉を続ける。
「マナは、我々に必須ではあるが必ずしも万能ではない。消費されれば劣化し、その状態が
過度となれば瘴気と成って魔獣や魔人(メア)を生み出し、消費する者──ヒトを含めた生
命の絶対数を間引き始める。同時に彼らは自ら瘴気を抱え、自然の自浄能力を下支えする」
 冒険者として魔獣を屠ることを生業としていると言ってもいいジーク達には、耳の痛い言
葉であり、偽り切れない世界の姿だった。
 七十三号論文。サフレがぽつりと口にする、かつて発表された、非人間本位の学説。
 魔獣や瘴気の存在する理由の論理的証明であり、同時に彼らを忌むべき悪としてしてきた
人々の“信仰”を深く抉るその学説──今となっては再三に渡り検証し証明された事実。
 それでも、ジーク達はやはり素直に受け止める気には中々なれなかった。
 何よりも……魔人(メア)となり苦しんできた仲間(ステラ)がいる。
 ジークが、レナがミアが、仲間達が誰からともなく彼女をちらりと見遣り、その当人の銀
髪と共に控えめに揺れる苦笑を目に映す。
「本来ならその自浄能力があれば世界を壊すほどの毒にはならない。しかし、現実はそうで
はない。……理由ははっきりしているだろう? 魔導というヒトの技術が日々マナを大量に
消費させ、加えて徒な開拓を続ける事で、世界という器を内と外から破壊している。それが
帝国の頃より連綿と続く今という時代なのだ」
 再びゆっくりと歩き出すガディア達と、その後に従うジーク達。
 そして次に彼らから向けられた眼は、明らかにジーク達を──今日のヒトを静かに責める
それだった。
「マナの濫用、世界の破壊……それらによって世界の絶対軸であった筈のストリームすらも
乱されている。歪められている。他ならぬ、領分を弁えぬヒトの営みによってな」
 ジーク達はすぐに反論する言葉を持たなかった。
 ヒトの幸福を求める営みが、世界を壊しているという論説は何もこれが初めてではない。
 しかし彼らがそれを語っているという目の前の事実は、巷に溢れる終末論の類とは間違い
なく一線を画している筈だった。
 それはきっと空想だけではない、ストリームの間近に居続けている彼らの実測であって。
 だからこそ、各々に戸惑ったり面白くないと眉を顰めたりはしても、面と向かってそれを
真正面から否定する訳にはいかなかった。
 逆説を採れば、その言質こそが、彼らの語る言葉を認めてしまうようなものなのだから。
「だ、だけど……っ!」
「勿論、我々とてこうした状況を見過ごしてきた訳ではない。何よりこの歪みが生じている
のは一朝一夕の間の問題ではない。魔導が開放され八千年余、機功技術が世界の開拓を推し
進め始めて千五百年余、ヒトの営みの中で生じてきたストリームの歪みを我々は調整し直し
続けてきた」
 辛うじてジークが頭(かぶり)を振ろうとする。
 それでも、長老はガディア達は、聞き入れるのでもなく、ただ淡々と自分達が長い長い時
の中で重ねてきた「調律」を語って聞かせてくる。 
「元より導きの塔における空間転移の構築自体が、ストリームという世界の絶対軸を前提と
している。ストリームの流れを見定め、人々の求めに応じてそこに目的地までの橋渡しを設
ける。それが我々の基本的な施術──竜王より託されたものなのだから」
 言わずもがな、それが今も尚、彼らが導きの塔に残っている理由だった。
 誰よりも世界を巡るマナを流れを、魔流(ストリーム)を知り、風を読んできた彼ら守り
人にとって、導きの塔は何者にも代えられぬ存在意義そのもので。
 故に歴代竜王(つかえたあるじ)らがいなくなっても、彼らの王朝が滅んでしまっても変
わる事なく、長い長い時の中をじっと世界の静かな悲鳴と共に生きてきた。
「しかし……これらも所詮は対症療法だ。ヒトの営みを何処かで根本的に変えなければ、今
すぐにとは言わずとも、そう遠くない将来、この世界は根本から崩れ去ってゆくだろう」
 一行は言葉が出なかった。
 魔導を知る者、知らぬ者、その多寡に限らず徐々に迫っているという崩壊の未来。
「……ヒトの子らよ」
 だからこそ。
「我々は問いたい。一体、汝らは何処に向かいたいのだ? 少なくとも滅びの未来ではない
のだろう……?」
 長老がそう問い掛けながら静かに向けてきた、哀しい嘆きの中に救いを求めるかのような
その瞳に、ジーク達はこれだという言葉を返すことができなくて。
 再び皆の足は止まっていた。
 さわさわと、石の上に苔生した緑が静かに囁いていた。
「……汝らの求めるものは、やはり諍いなのだろう」
 そして、その見つめ合いがどれだけ続いてからだっただろうか。
「願わくばその希求が、世界にとって良き変化となることを、我々は所望する」
 最後にそんな殆ど形だけの、多分の諦観を含んだ言の葉をジーク達に託して。
 ガディアらが行く先に示したのは、巨大な──複雑なルーンでびっしりと埋められた石床
の魔法陣を中央に祀った、一基の古びた祭壇だった。


 兄達が旅立った翌日であっても、セカイは変わらず朝を届けてくれる。
 瞼の裏に陽の光がそっと差し、アルスは沈んだ意識の海から引き揚げられていた。
「……ふぁ」
 眠気のまとわり付く身体を起こし、しょぼしょぼする目を何度か擦る。
 カーテン越しにセカイが伝える何度目とも知らない朝の訪れ。
 自分たち兄弟の出生の秘密が明らかになっても、皆の住む街に魔獣の大群が襲い掛かって
来ても、そして兄がまた遠くに旅立ってしまっても……セカイはそう簡単には変わってくれ
ない。ただ自然の営みが繰り返される。
「エトナ~。朝だよ、起きて~?」
「うぅん……? ふぁ~い……」
 仕方がない。何て事はない。ただ僕もやるべきことを成すだけで。
 アルスは寝惚けて浮かんでいるままの相棒を軽く揺さ振って起こしてやると梯子を降り、
いそいそと身支度を始める。
「──おはようございま~す」
 鞄を肩に引っ掛け、酒場(食堂)へ。
 そこでは今日もまたいつものように団員の皆が、そして間仕切りの向こうにちらほらと酒
場の客達が席に着き思い思いの時間を過ごしていた。一見すると平時とそう変わらぬ朝の風
景が広がっている。
「おはようアルス君。はい、今日の朝ご飯」
「あ、はい。ありがとうございます」
 そしてカウンターの傍を通ると、ハロルドが微笑と共にトレイに載せて用意してくれてい
た朝食を差し出してくれる。
 更に見てみれば、そのトレイの片隅には弁当包みが一つ。
「あれ? これは……」
「見ての通りだよ。ミアちゃんもレナと一緒に皇国(トナン)に行ってしまったからね。少
なくともその間くらいは私が代わりに用意させて貰うよ。彼女のものとは味付けが違ってし
まっているかもしれないが」
「いいえ。そんな事は。有り難く頂きますね」
 トレイを両手でしっかりと支えて持ち上げつつ、アルスはそう微笑みを返す。
 しかし、内心では改めて兄達の旅立ちを再確認せざるを得ず、抑え難く疼くかのような寂
しさを覚えていた。
 兄さんは、リュカ先生は、ミアさんは……皆は、今頃どうしているのだろう?
 できる限り平穏無事で帰って来てくれれば嬉しいのだけど、きっとそうもいかない。
「はぁ~……」「ぬふぅ……」
 そしてそんな心配や寂寥感といったものは、遠かれ近かれ、仲間達(みんな)も同じ思い
であるらしかった。
 さて、何処に座ろうか?
 そうアルスが辺りを見渡していると、ふと数名の団員らがぐてっとテーブルに突っ伏して
いる席があるのを見つけたのである。
「……どうかしたんですか?」
「ん? ああ……アルスか」
「はー、おはようさん」
「は、はい。おはようございます……」
 何だか放っておけず、アルスは彼らの席に近付いて声を掛けていた。
 そして空いている席に腰掛けると、団員らはむくりと顔を起こして挨拶を。しかしその声
色はどうにも覇気が、元気がないように思えて。
「元気、ないですね」
「ああ……」
「当ったり前じゃんよ~。俺達の天使(レナちゃんとミアちゃん)が昨夜から遠くに行っち
まったんだからよぉ」
「て、天使……?」
 寂寥感という程のことでもなかったのか。だが彼らは皆、特段ふざけている訳でもなさそ
うで。アルスはもしゃりとサラダで包んだパンを咀嚼し飲み込んでから、傍らでジト目を向
けていたエトナと顔を見合わせる。
「だってさ~、可愛いじゃん? レナちゃんもミアちゃんも」
「この業界って野郎率が高いからさー。だからあの子達がいてくれるだけでもう」
「ああ。心の清涼剤なわけ。最近はステラちゃんも顔を出してくれてるし、サフレが面子に
加わってからはマルタちゃんっていうニューカマーもいるしさ。だけど……」
「なるほど。四人ともジーク達について行ったもんね~」
 ──そうなんだよぉ!
 エトナがフッとジト目で哂いながら付け足すように呟くと、この団員らは殆ど脊髄反射的
にそうむさ苦しい叫びやら嗚咽(?)を漏らし始めた。
 確かに……少なくとも、このクランにおける女性比率はそう多くない。
 自分は冒険者(ぎょうかいじん)という訳ではないので、業界全体の男女比などは流石に
把握してはいないが、華があるのは精神的にも支えになるのかもしれない。
 アルスはそんな彼らを苦笑で見遣りながらぼ~っと思考を巡らせつつ、ちみちみと目の前
の朝食を片付けてゆく。
「でもそんな事を言ったら、このクランのリーダーも──イセルナさんも女性ですよ?」
 そして、そんな観点でアルスは何の気無しにそう言ったのだが。
「ばっ、馬鹿! いくらなんでも団長は例外だっての!」
「そーだよ。そりゃああの人も美人の部類だけど、あの人にそんな眼を遣ったら──」
「へぇ……? 私が、何?」
『うひゃぁっ!?』
 何故か一斉に彼らは怯えるようにアルスに詰め寄ってそう言いかけ、次の瞬間にはまるで
始めから聞き耳を立てていたが如く、イセルナがその背後にサッと姿を見せてくる。
「だ、団長ぅ!?」
「あぅぁ。いえ、これはですね……」
 団員らはあたふたと動揺していた。
 対するイセルナは至極ニコニコとしている──ように見えたが、醸し出す気配は何となく
怖いようにも思える。
「美人と言われるのは光栄だけど、時と場合を考えましょうね? レナちゃん達を愛でる事
自体に文句は言わないわ。でも、今はクランもジーク達も大変な局面よ。浮付いた気持ちで
臨んで貰っては困るわ」
「……はい」「す、すみません……」
 そう窘める彼女の言葉は真剣だった。そして何よりも仲間──クランという家族に対する
愛情に溢れている。そうアルスには思えた。
 しゅんと頭を垂れる彼らには悪いと思ったが、アルスは内心嬉しかった。
 良かった。この居場所(クラン)で。ちゃんと兄さんや皆の事を想ってくれる人達がここ
にはいるんだと思えて。
「アルス君」
 そうしてもきゅもきゅと朝食を採りながら彼女達のやり取りを眺めていると、ふとイセル
ナがこちらに視線と話題を向けてきた。既に気付いていたことだが、先程から静かにその傍
らには身支度を整え終わったシフォンの姿もあった。
「今日から学院の授業も再開するけれど、これからはシフォンが貴方の護衛に付くわ。でき
る限り勉強の邪魔にならないようにするつもりだけど、自分でも頭に留めておいて?」
「はい……。宜しくお願いしますっ」
「ふふ。そんなに畏まらなくてもいいさ。友の弟を護る、それだけだからね。……宜しく」
 イセルナとシフォンの各々に、アルスは席に着いたままながらぺこりと頭を下げていた。
 事前に兄が彼に自分をよろしく頼むと言っていたのは覚えているが、やはりこうして実際
に護衛を付けて貰うとなると、緊張する。
 兄としての心配と、一国の皇子という血筋故と。
 多分兄自身の中では前者が大半を占めているのだろうが、アルスは改めて気を引き締めざ
るを得ない心地になっていた。
「──それじゃあ、行ってきます」
 そして朝食を平らげ、シフォンと共にホームを後にし学院へ。
 酒場から皆の「行ってらっしゃい」の送り出す声が合唱になって返ってくる。
 鞄を揺らして微笑みを一つ。
 僕らは……独りじゃない。皆がいる。だから、兄さんもきっと無事に……。
 兄の親友、大切な仲間の一人である妖精族(エルフ)の護衛を伴い、アルスは小走りに朝
の街へと駆け出してゆく。
「……」
 そんな皆やアルスの後ろ姿をその肩に顕現した相棒(ブルート)と共に見送りながらも、
はたと顕れた下級精霊らの声で静かに眉根を寄せた、イセルナの変化に気付くことなく。

 学院に着いたアルスが最初に向かったのは、中央講義棟のエントランスホールだった。
 直接被害があった訳ではないらしいが、先日の“結社”襲撃を受け、今日まで学院が臨時
休校になっていたためだ。
 アルス達は入口すぐに詰める職員の前を一礼して通り過ぎると、端末がずらりと並ぶ間仕
切りで仕切られたスペースへと移動する。
「えっと、補講情報は……」
 端末の一つの前に座って操作し、画面上にずらりと並んだ講義の情報を確認する。
 臨時休校とはいえ、講義の予定は必ず何処かに振り替わっている。故に先ずは自分の受講
しているそれらの振替先の日時を把握しておかなければならない。
 それは他の学生達も重々分かっているようで、周りの端末にも少なからぬ学生らがじっと
画面と睨めっこし、メモを取り直している様子が垣間見れる。
「こういうのを見ると、改めてあの一件があったんだなぁって思うね……」
「……そうだね。でも良かったよ、これが犠牲者リストなどではなくて」
「ぇっ?」
 エトナがしみじみとする横で、そうシフォンが何気にさらりと薄ら寒い台詞を呟いたり。
 そんな背後の二人のやり取りに思わず苦笑しながら、アルスは自分の取っている講義の振
替え日時をメモし直していく。
「お、いたいた。ア~ルス~!」
 ちょうどそうして大方のメモを取り直した頃だった。
「……? あ。フィデロ君、ルイス君」
 少し離れた場所から届いてくる、聞き慣れた声。
 アルス達が振り向いてみると、端末スペースの入口で学友達──ルイスとフィデロが歩い
て来ているのが見えた。
 久しぶり。そうフィデロはこちらに向かって手を振っているが、少々声が大きい。
 周りの学生らが眉根を寄せたり、意識を切り替えて再び端末に向き合う様を見遣り、そん
な相方をルイスはぐいとちょっと無理やりに頭を下げさせて黙らせ、アルス達一同にやけに
清々しい笑顔を向けてくる。
 アルスは残りのメモを控え終えると、エトナとシフォンを伴い、二人の下へと駆け寄って
行った。
 襲撃の一件以来の顔合わせ。アルスは内心ほっこり嬉しくなる。
 端末スペースに居座っては迷惑になる(既にフィデロがやらかした後だが)ので、面々は
そのまま正面口を挟んで向かい側のロビーに移動する事にした。
「久っしぶり。ゴタゴタしてたが、何とか学院(こっち)も再始動だな」
「そうだね。大事にならなくてよかったよ……」
「同感。だけど誰かさんのお蔭で僕らの街は守られた訳だし。……ね?」
 フィデロがついと出してきた拳をこつんと打ち合い、再会の挨拶と代えて。
 アルスは暫し学友二人と談笑をした。
 エトナは勿論、シフォンも既に面識があるので、二人には軽く紹介と護衛に付いてくれて
いるんだというざっくりとした説明だけを済ませておく。
「あ、はは。もしかして……知ってる、の?」
「勿論。君が学院長達と一緒に魔獣の群れと戦ったことはもう大抵の学院生は知っているん
じゃないかな?」
「それと、お兄さんの説教文句もな。何で街全体に配信されるようになってたかは知らねぇ
け ど、スカッとしたぜ。流石だよな~、領主相手にあそこまで堂々と言い切れるなんてさ」
「あはは……」
 だからか、自然と話題は先日の襲撃騒ぎに移る。
 少しからかい気味に、及びグッと心底楽しそうに語る二人の話からして、既に街の人々に
は大分自分達兄弟のことは知れ渡ってしまっているらしかった。
「シフォンさんが護衛、というのはそういう事なんだろう? 相手は“結社”だ。いつまた
君自身に報復が向けられるか分からない」
「……うん」
 アルスは思わず苦笑してごまかそうとしたが、同時にルイスがすっと目を細めてそう確認
するように訊ねてくる。
 ちらりと傍らで涼しげに立っているシフォンを一瞥して、アルスは苦笑の色を濃くしなが
らも弱々しく頷いていた。
 何だか嬉しそうなフィデロ君はともかく、ルイス君の洞察力には気を付けておかないと。
「そうだわなぁ。しっかし護衛かあ……。なんかアルスも貴族みたいになってるよなー」
「えっ!? あ……うん。そう、なのかな……?」
「……」
 勿論、二人が悪い人ではない事は入学以来の付き合いの中で確信している。
 だからこそ、できうる限り自分達の事情に巻き込みたくなかった。
 この学び舎で出来た、大切な──友達だから。
「見つけましたわ。アルス・レノヴィン」
「……?」『げっ』
 そしてアルスの下にまた新たに人が集まってくる。
 またも聞き慣れた、負けん気の強い少女の声。現れたシンシア・エイルフィードとそのお
付き役の二人組。
 アルスは頭に疑問符を浮かべて振り向いた後、知った顔だと微笑んで会釈をした。
 エトナとフィデロは未だに演習場(アリーナ)での模擬戦の件があるのか警戒気味で。
 そんな何かとお騒がせな主に付き従うゲドとキースは、シフォンと互いに挨拶を交わす。
「な、何だよ? 休校明け早々」
「まさか……。またアルスに喧嘩を吹っ掛けようって気じゃないでしょうね?」
「……。何をいきなり喧嘩腰ですの? 決着は、ついたではありませんの」
「うむっ、然り!」
「まぁ仕方ないッスよお嬢。今まで散々難癖つけてアピーるぐぉぁ!?」
 フィデロとエトナがむむっと身構えるのを見て、今日のシンシアは何処か嘆息気味であし
らっていた。
 従者二人組もそんな彼らの反応にそれとなく一定の理解を示してくれた──のだが、少々
饒舌過ぎたが故に、キースはシンシアに靴の踵で思いっきり足を踏まれてその科白を強制的
に中断させられる。
「……今日は仕切り直しなのですわ。それと、謝罪も」
「しゃ、ざい?」
 すると突然、シンシアは控えめにだが、確かにアルスに頭を下げてきたのである。
 アルスが、エトナが、従者二人を除くその場の面々が目を見開いていた。
 一体何故? あれだけプライドの高い筈の彼女がどうして。
 ぱちくりと目を瞬かせているアルス達にそっと顔を上げ、ややって彼女は呟き始める。
「先日の襲撃騒ぎ、私も聞き及んでいます。貴方が身を挺して街を守ろうと奮闘した事も、
あの野蛮剣士──いえ、貴方のお兄様も領主の怠慢へ叱責をぶつけたことも」
「……う。すみませ」
「だから謝っているのは私の方だと言ってるでしょう? ……私も、私なりに思う所はあり
ましてよ。あの日は、私はゲドやキース、屋敷の者達を避難させるので手一杯で加勢に向か
うこともできなかった。いえ……しなかった。貴族だという奢りが私達を逃げに走らせたの
ですわ」
 つい謝りかけるアルス。
 しかしそれを押し止めたシンシアの声色は、面持ちはいつになく真剣だった。
「なのに、周りの貴族(どうぞく)連中はもう痛みを忘れたかのようにケロッとしている。
忘れようとしている。貴方達冒険者がいなければ、間違いなく被害はこんなものじゃ済まな
かったというのに」
「シンシアさん……」
 細めた真っ直ぐな眼で語る、身分の胡坐をかいてきた奢り。冒険者という者達への偏見。
それらが彼女自身の中で氷解していった、そのプロセスの告白。
「有爵位者を代表して、礼を申し上げますわ。ありがとう。それと、今まで貴方達を小汚く
扱ってきてごめんなさい。貴方のお兄様にも、外見ばかりで邪険に扱ってすまなかったと伝
えて欲しいのですわ。先日、人を遣って確認させた貰ったのですけど、今はどうやら遠出を
しているみたいですし……」
 思わずアルスは内心慌ててシフォンやエトナと顔を見合わせていた。
 どうやら皇国(トナン)へ旅立った事まではバレてはいないらしいが、ヒヤッとする。
「……。わざわざありがとうございます。兄さんが帰ったら伝えておきますね。……でも、
被害を抑えられたのは冒険者の皆さんの力だけじゃないですよ。最終的に領主さまが軍を動
かしてくれて、あの大群を囲い攻めてくれたお蔭で、何とか追い払えたんです。僕らがやっ
た事は、正直足止めだった筈ですから」
 だからこそ、アルスは繕うように、そして次の瞬間には本心からそう答えていた。
 シンシアがぼうっとそんな彼の微笑を──照れ隠しの笑みを見つめていた。
 程なくしてほうっと、彼女の頬が赤く染まり出す。
 それでもアルス当人は気付かず、からかい気味に肘で小突いてくるフィデロや微笑み掛け
てくれるルイス、満面の笑顔で「いい子だなぁ~アルスは」と髪を撫で回してくるエトナと
そんな皆を静かに見守り、真っ赤になった主の左右でニコニコヘラヘラとしている従者二人
組とちらと視線を交換し合うシフォンらといった面々に囲まれ、弄られている。
(守れて……よかった)
 ちょっと揉みくちゃにされながらも、アルスは何だかほこほこと心の芯が温かくなる思い
を感じていた。
 この感触の為に、という訳ではないけれど。
 やはり僕は少しでも誰かの、皆のことを守れるようになりたい。だから僕は──。
「……?」
 そして、そんな最中だった。
 ふわりとアルス達の方へ一体の精霊が姿を顕し、こちらへ近付いて来るのが見えた。
 それまでの弄り合いはここで一旦止めにして。
 皆から一歩二歩と踏み出し、アルスはまるで導かれたようにその精霊の下に歩いていく。
 するとふわふわと漂い輝きながら、精霊は人語ならざる精霊の言の葉を伝えてくる。
「アルス~何だ? 誰からの伝言だよ~?」
 少しの間、その言葉に耳を傾けていたアルスが彼の者と別れて戻ってくるのを待って、皆
を代表するようにフィデロが問うた。
 ふわりと、ややあって顕現を解いてセカイへと戻っていくこの精霊を背後にして。
「ブレア先生からだよ。今日のゼミは第三演習場(アリーナ)でやるぞ~だって」
 アルスは、そう優しい微笑みと共に仲間達に答えた。


「──何なんだ、こりゃあ……?」
 セカイの楔の内部へと足を踏み入れ、ややあってジークの口から最初に出たのは、そんな
驚嘆めいた呟きだった。
 導きの塔の最奥に設けられた大型の魔法陣に乗っかり、ガディアらに転送された先。
 そこに広がっていたのは、刻一刻と色彩を変え続けながら交わり奔る無数の光の柱を内包
した、天地の底さえ窺い知れぬ静謐の空間だった。
 最初にジーク達が着地したのは、大きな円形をした透明なガラス質の足場。
 そこから点々と、飛び石のように、詰め気味に同じく四角いブロック状のガラス質の足場
が延びているのが確認できる。
 その終点にあるのは、無数に口を開いている外への光、出口らしき長方形な穴の一つで。
「……あれの上を渡っていけという事か」
「そうらしいな。……行くか」
 どうやら、ガディアらが言っていた“目的地までの橋渡し”という表現はあながち間違い
ではなかったらしい。
 早速、ジーク達はトントンとそのガラス質な足場の上を渡り始めた。
 左右上下、一行の視界の至る所で色彩を変える光の束──高濃度のストリームが静かに蠢
いては果ての見えぬ空間の先へと続いている。
「本当、果てが見えないですね。落ちちゃったらどうなるんでしょう……?」
「そうねぇ。擬似的な接触になっているとは思うのだけど、今私達のいるここは間違いなく
世界樹(ユグドラシィル)の内部だから……。もし“下”に落ちていったら、辿り着く先は
地底界や冥界(アビス)になるでしょうね。途中で“上”向きのストリームに巻き込まれて
乗れたとしても、天上界の何処かになるでしょうし。或いはもっと上、霊界(エデン)かも
しれない。どちらにしても、そうなれば地上界(こっち)にはそう簡単には戻って来れない
と思っておいた方がいいわね」
「はぅっ。き、気を付けます……」
「……文字通りの、あの世行き」
「ミア……。それ全然笑えないから。背筋凍るだけから」
 そんな中で、用心深く足場を確かめて渡っていたレナが深淵をちらりと覗き込んで呟いた
一言に、リュカが教師よろしく講釈を返す。
 落ちたら、そう中々──二度とは戻って来れない。
 それだけ自分達の生きているセカイは広大無辺で。
 彼女の返答を聞いて、思わずレナは涙目になりかけていた。ポツリと目を細めながら呟く
ミアに、ステラが引き攣った表情(かお)でおずおずとツッコミを入れている。
「……」
 そうして何となく不安になる中を、仲間達が時折そんなやり取りで誤魔化している中にあ
って、ジークはただ一人じっと足元へと目を遣り、足場を渡りながら押し黙っていた。
『魔導というヒトの技術が日々マナを大量に消費させ、加えて徒な開拓を続ける事で、世界
という器を内と外から破壊している』
 思い起こし、何度も頭の中で反芻していたのは、塔の中でガディアの長が話していたあの
嘆きを多分に込めた話。
 にわかには信じ難かったが、あの表情が、彼らの積み重ねてきた歴史が、嘘偽りや演技だ
とは流石に思えなかった。一笑に付すことなどできなかった。
 学はないが、冒険者の端くれとして──以前件の七十三号論文とやらをアルスが講釈して
くれて──魔獣が何故存在するのか、そのロジカルな理由の知識自体はある。
 それでもジークは、皆と共に戦い続けてきた。
 現実には、魔獣がヒトを襲いその命を脅かしている。そんな彼らを守りたかった。
 もうあの日のような悪夢を誰かに見て欲しくなかったから。……いや、自分自身がその場
面に出くわすのが怖くて。だけど、もう一度やり直したいとも何処かで願っていて。だから
ずっと戦ってきた。学の代わりに剣を振るってきた。
 しかし、彼らのあの話を“正しい”と仮定したならば、そんな今までの自分の取って来た
道は実に狭い視点であったと認めてしまうことにはならないか?
 ガディアらが自認しているストリームの再調整のように、自分達のやっている事は結局の
所、対症療法──もっと穿って見れば、偽善的な自作自演(マッチポンプ)ではないかと。
『我々は問いたい。一体、汝らは何処に向かいたいのだ? 少なくとも滅びの未来ではない
のだろう……?』
 転移用の魔法陣のすぐ前で見せた、彼らのあの憂いの眼。諦観と嘆きの表情(かお)。
 自分達は結局何も言い返せなかった。
 もしあの場で感情を剥き出しに反論を繰り広げていれば、それはきっと自分達ヒトの自分
本位さを暴露しているのと同じであるような気がして。
(……くそっ、何だってんだよ。これじゃあまるで、俺達が悪者みたいじゃねぇか……)
 ジークは結局、もやもやした思考が纏まらず、人知れず小さく舌打ちをしていた。
 上着のポケットに突っ込んだ両手。腰に下げた半分だけなままの六華が歩みに合わせて揺
れている。
 どいつもこいつも、惑わせやがって……。
 眉根を寄せて、雑念を振り払おうと頭を振る。
 俺には……やるべき事があるだろうがよ。
 時折やり取りを交わして足場を渡っている仲間達に交じり、その歩みに合わせついて行き
ながら、ジークは何とかして乱された平常心を取り戻そうとする。
 異変は、そんな最中に起こった。
『──ッ!?』
 ガクンと足場全体が大きく揺れて、ジーク達は思わず目を見開き背後を振り返った。
 するとどうだろう。遠くの最初の足場から順に……いや、徐々にそれが散発的に、それま
で自分達が渡っていたガラス質の足場らが脆く崩れ出そうとしていたのである。
「な、何だ?」
「ままま、まさか、時間切れとかですか!?」
「流石にそれはねぇだろーよ。大方“結社”の奴らが邪魔をしに来たって所だろうな」
 驚く仲間達、マルタの動揺にダンが顔をしかめながらもそうツッコミよろしく推測の言葉
を挟む。唇を真一文字に結んでリンファに視線を寄越されたリュカが、コクと首肯を見せた
のを確認する限り、どうやら間違ってはいない──何らかの邪魔立てで施術の維持を崩され
たとみるのが妥当なのだろう。
「急げ! 今巻き込まれたらまっ逆さまだぞ!」
 ダンが叫び、ジーク達は弾かれるように駆け出した。
 大きく揺れて、ボロボロと崩壊してゆく足場の上を大急ぎで飛び移って足場が示している
出口へと急ぐ。
「……ふぇっ!?」
 しかし崩壊のスピードは無遠慮に加速を続けていた。
 駆け抜けてゆくその最中、レナの片足が足場の崩壊に巻き込まれてしまったのである。
「ッ!? レナっ!」
 そのすぐ前にいたジークは、咄嗟に振り返りざまに彼女へ手を伸ばしていた。
 一度は確かにはしっと掴んだ彼女の細腕。しかし、次の瞬間にはジークもまた足元の崩壊
に巻き込まれて落下を始める。
「くっ……! 一繋ぎの槍(パイルドランス)!」
 次いでそんな二人にサフレが反応した。
 急いで槍の魔導を展開すると、その伸縮自在の特性を活かして二人を投げ縄の要領で絡め
取ろうとする。
 レナの手を取り、抱き寄せようとしたジークの腰に巻きつくサフレの槍。
「マスター!」
 だがそれだけの重量を支える力を、もう足場達は残していなかった。
 今度はサフレと、その崩壊から主らを助けようとしたマルタまでもが巻き込まれ、ぐらり
と加速度的に重力──ストリームの引力によって重なる悲鳴と共に“落ちて”いく。
「ジーク!」「レナっ!?」
「馬鹿野郎、戻るな! お前らも落ちる気か!」
 リンファやミア、ステラらは思わずぐんぐんと遠く小さくなっていく四人の姿を追おうと
していた。
 しかし同じ轍を踏ませる訳にはいかない。
 ダンは今にも飛び出しそうな彼女達の襟を掴んで引き戻しながら叫び、リュカは動揺で救
助の為の魔導詠唱すら遅れを取ってしまっている状態になっていた。
 足場はその間にも次から次へと崩壊していく。
 このまま留まっていては間違いなく自分達も深淵に落ちてしまう。皇国(トナン)にすら
辿り着けずに見知らぬセカイの片隅に流れてしまう。
 或いは──濃過ぎるストリームの中で解かされ“原初に還って”しまう。
「……ッ、走れっ!」
 強く後ろ髪を引かれる思いに苛まれながらも、ダンは残る四人に叫んでいた。
 このまま皆落ちてしまえば、結社(やつら)の思惑通りになってしまう。何の為に俺達は
ここにやって来たのか、その意味すら奪われてしまう。
 それに、レナが一緒なら──。
「ジーク……。そんな……」
「落ち着いてくれ、先生さん。とにかく皆、足場が無くなり切る前に早く出口へ!」
 辛うじて宙に留まっている足場を、ダンが主導して、或いは仲間達をひょいと掴んで担い
で飛び移り渡っていく。
 そして当初足場達が示していた出口の光の中へと、五人は消えてゆく。

 それでも崩壊に巻き込まれたジーク達の姿はもうそこからは確認することはできず。
 ただガラス細工のように脆く崩れて消え去っていく、足場達の残骸が残るだけで──。


 カチリと乳白色の腕輪を左の手首に嵌めてから顔を上げる。
 足を運んだ第三演習場(アリーナ)は、アルスの予想していた通りの貸切状態だった。
 他にこの場にいる人といえば、観客席の一角でぽつんと見守ってくれているシフォンと、
監視要員らしい職員が二人ほどで。
「よ~し、準備はいいな?」
 後は正面に向き合って同じく腕輪を嵌めたブレアだけだった。
 はいと短く頷いたアルスは、腰に手を当てて気安そうなブレアとは対照的に少々緊張気味
に見えた。
 無理もないのかもしれない。学院での師から直接実践──人を魔から救い出す為の魔導の
ノウハウを、ずっと求めてきた魔道の形をこれから教わろうというのだから。
 そんな相棒のちょっと真面目過ぎる眼差しと後ろ姿を、エトナは苦言こそ口にしなかった
が心配そうに見遣りつつ傍らに浮かんでいた。
「……そんなに硬くなるなって。実習つったって、本物の実戦とはまた違うんだぜ?」
「それは、そうですが……」
 それはブレアもとうに気付いていたらしく、目の前の教え子にフッと苦笑を漏らしながら
言う。しかしアルスがまだ生真面目なままである事から、彼は少し前説を割いて解すことに
したらしい。
「本当は近場の忌避地(ダンジョン)で実際の魔獣とやり合うのが一番の実践になろうって
ものなんだがな……。学院が許してくれなかったんだよなぁ、これが」
「そ、それは仕方ないですよ。時期が時期ですから」
 無理もない事だ。何せつい数日前に、その魔獣の群れがこの街を襲ったのだから。
 まだこうしてアリーナの使用許可を出してくれただけでも感謝しなければ。
「だからといって、僕の為だけに此処を使うというのも申し訳ない気もしますけど……」
「なぁに、気にするな。名実共に学年主席だろ? それくらいどーんと受けとけって」
 そこでようやく、アルスはぎこちないながらも苦笑を見せていた。
(さてっと……。これで少しは硬さも抜けてくれればいいんだが……)
 過度の緊張は、足枷にしかならない。だからこそ訓練の内からそんな調子では困る。
 するとブレアは、それまで気安かった表情を引き締め直すと、事前の講釈に入り出した。
「それじゃあ早速実習に入るぞ? 先ずはお前にとっての、対魔獣用の魔導はどうすれば最
善手となるのかをざっと説明しておく」
「……はいっ」
「対魔獣用に魔導を修めるということにフォーカスを当てるのであれば、どういう戦闘スタ
イルを採るつもりなのかでお前の注ぐべき方向性は決まってくる。あくまで自力で魔獣を倒
すのであれば、攻撃に特化した魔導を多く学んでモノにする『火力』となるし、逆に協力者
との共闘を前提にするのならば、補助に特化した魔導──具体的には魔獣の力やら瘴気その
ものを削ぎ落とす『技巧』を磨き上げる必要がある訳だ」
 言いながら、ブレアははたとその場に屈んだ。
 その背後には、石畳の地面が広がっており、その周囲をきめ細かい砂の地面が詰められて
いる。彼はそっと遅れて屈んでくるアルスを一瞥すると、
「それに……何よりも、この選択はお前自身の“先天属性”からもよく勘案して決めないと
いけない事でもある」
 ささっと指先で、その砂地にとある図表を描き始めた。
 それらは真ん中で線引きされた楕円形で構成されていた。
 真ん中に横向きで二個、その左右に縦向きで一個ずつ。前者の線引き部分を目印にして、
後者の下部と接近させるように半個分ズラす形で横向きにまた二個ずつ。更にそれら六個を
挟むように今度は線引きのない楕円形を左右に一つずつ。
 その図の大枠を描き終えると、ブレアは左右・上下の順でその区切られた楕円らの中に計
十四の文字を書き足していく。
 「焔」と「銕」及び「聖」と「意」の横並び二つの楕円。
 「鳴」と「天」及び「墳」と「魄」の縦並び二つの楕円。
 「虚」と「冥」及び「蒼」と「流」の半ズラしの横並び二つの楕円と、それらの左右を挟
んで書かれる「界」と「刻」の文字達。
 それは──魔導における十四種類の属性、その相関関係を示すものに他ならなかった。
「門属図、ですか。でもこれが何を……」
「まぁ、話は最後まで聞けって」
 しかしアルスにとっても、多くの魔導師にとってもこのイメージ図は入門書の頃からこれ
でもかと叩き込まれている内容の一つであって。
 今更、何故これを……?
 アルスがそんな意図で頭に疑問符を浮かべて訊ねてくるのを、ブレアはやんわりと制しな
がらこう続ける。
「……結論から言うぞ。アルス、お前は魔獣と戦う魔導師としては他の連中よりも劣る」
「ッ!?」「えぇっ!?」
 その言葉に、アルスがそしてエトナも驚愕の様子を隠さずにはいられなかった。
「ななな、何でよ! 今までだってアルスはずっと一生懸命……!」
「あ~……そう血相を変えるなって。何も不可能だって言ってねぇだろうが。人の話は最後
まで聞けっつってんだろ?」
 衝撃と悔しさ。思わず哀しみに近いそれに顔をしかめる相棒に、エトナはずいっと相棒の
師であることも半ば忘れかけてブレアに食って掛かろうとする。
 それでもブレアは大して動じた様子はない。
 少々鬱陶しげにむくれ面になるエトナをむんずと除けると、明らかに瞳の奥を揺らして動
揺しているアルスの肩をポンと叩いて告げた。
「いいか、アルス? 魔獣という存在に最も効果的である系統は“聖”魔導だ。攻撃の面で
も防御の面でも、何より瘴気を純粋に“解毒”できる力はこの系統をおいて右に出るものは
存在しない。これは学問的な事実だ」
「……聖、魔導」
「聖職者の類がこの系等の魔導を好んで修める理由はここにある。まぁ大方の奴は治癒回復
に特化した術式が多いからって動機なんだけどな。……さて、お前の先天属性は何だ?」
「魄、です」
「そうだ。じゃあ、ここでさっきの門属図に戻る。見ての通り聖属性は“光門”で、魄属性
は“地門”に分類される。畑がそもそも違ってるんだ。特にお前はエトナっていう樹木の持
ち霊とも契約しているから、自身の先天属性の力により傾いている状態にある」
 自身のことを言われて、流石に気の強いエトナも黙り込んでしまったらしい。
 再びブレアに指し示された図に目を落としながら、アルスはじっと黙している。
「……だからさ。俺はお前にはその持ち味を存分に活かして貰いたいって思ってるんだ」
 すると、次の瞬間、ブレアはそう言ってニカッと微笑んでみせたのである。
 顔を上げて、暫く目を瞬いていたアルス。
 しかしそこは頭の良さの彼だった。ややあって彼は目の前の恩師の言わんとしている事を
理解したようで、それまで暗くなっていた表情がパアッと明るくなったのだ。
「え? 何なに? どゆこと?」
「あ、うん……。えっとね」
「だ~か~ら。最後まで話を聞けっての」
 アルスとブレアの互いを見遣って眉根を寄せて、そして相棒の表情を受けて何処か嬉しそ
うにながら。エトナは今度はずいっと二人に説明を求めて迫ってくる。
「要は相性と選択の問題なんだよ。確かに理屈の上じゃ、聖魔導が一番瘴気に有効だ。だが
それは聖魔導を扱う術者全てにとってイコールであるという訳じゃあない。アルスのように
先天属性が聖属性に遠い程、同じ術式を使ってもその効果はどうしても差が出ちまうんだ」
「なるほど。じゃあアルスがもし聖魔導を使ったらどのくらいになるの?」
「そうだな……。一般論で見立てたとしても、大体七十パーセントといった所だろう」
「あれ? 意外に高いじゃん。だったら別に……」
「言っただろ? 同じ術式を使っても個人によって差が出るってな」
 エトナが示すそんな反応。
 しかしブレアは予め彼女のそんな言葉を予想していたかのように、すぐさまその発言を途
中で遮っていた。地面に描いた属性の相関図。その楕円同士に、ブレアは一本二本と線を引
いてゆきながら語る。
「さっきも言ったが、光門と地門は別の系統の魔導だ。ここでエトナ、問題だ。もしアルス
が聖属性の術者と聖魔導を撃ち合えば、どうなる?」
「え? えぇっと……。アルスも私も魄属性だし。もしかして、撃ち負け……ちゃう?」
「その通り。つまりそういう事なんだよ。仮にどれだけ魄属性のアルスが聖魔導に拘っても
根本的に聖属性の術者に七十パーセントの力で挑む構図になるんだ。勿論、努力次第でこの
差を埋めることは不可能じゃない。だがその差が埋まるまで、相手は悠長に待ってくれはし
ないだろう? こっちが苦労して親和属性でも準親和属性でもない魔導を鍛えて百パーセン
トにしても、その頃には相手は百パーセント超の力になっている。……正直不毛な努力だ」
「た、確かに……」
 見かけによらない(と言えば失礼なのだが)ブレアのそんな論理的説明に、思わずエトナ
は心なし仰け反りつつも、頷きざるを得なかった。
 ──いそいそと短所を埋めるよりも、持っている長所をとことん伸ばす方が有意義だ。
 ブレアの言わんとしていることは概ねそんな内容だった。
 決して、自分に道が閉ざされた訳ではない。そんな恩師と相棒のやり取りを見、聞きなが
らアルスは内心大きく安堵して胸を撫で下ろしていた。
「さて、ではここからがアルス、お前にとっての本題になる。確かにお前が聖魔導を扱おう
とすれば百パーセントのポテンシャルの術者に劣る結果を招く。何よりこのパフォーマンス
の差は間違いなく実践の場で響いてくる筈だ。相手が情けなんぞ掛ける訳のない魔獣なら、
それだけでお前らが討ち死にするリスクを高める羽目になる」
「……はい」
「じゃあ、どうすれば……?」
「視点を変えるんだよ。そもそも“解毒”っていう攻撃的な方法じゃなく“中和”っていう
補助的な方法でお前達の魔導の主力を組み立てるんだ」
 再びブレアが地面の図を指差して語り出す。
 その「魄」属性には親和属性同士である、一つの楕円の中に収まった「墳」が隣り合って
いて、そして……「魄」から延ばされた線は「意」と「流」に繋がっている。
「俺がお前らの先天属性と、これまでの学習レベルを見ながら考え抜いた最善手がこれだ。
アルス、お前は意魔導を磨け。全般じゃなくていい。聖属性とは離れていても、意属性とな
ら魄属性は準親和関係だ。一般論なら九十パーセント前後のパフォーマンスが期待できる。
それに意魔導は攻撃力こそ劣るが、その操作性の高さは他の系統に比べて抜きん出ている。
技巧で以って魔獣と対抗する予定のお前に、これほど好都合な性質はない」
 了解しました。
 そう言いたげにアルスは顔を上げてブレアを真っ直ぐ見つめ、頷いた。
 その後も暫しブレアは具体的な説明を続けた。
 ──瘴気“中和”の基本は「瘴気と閉じ込める」こと、そして「ストリームを遮断」して
ゆくことで瘴気自体を一時的に濃縮し、その後一気に汚れていないマナを注ぎ込んでその瘴
気の「毒素を薄めて無害化」することにある。
 その為に必要な要素は大きく三つ。
 一つは瘴気を閉じ込める結界。二つはストリームを迅速かつ精確に遮断する技巧。そして
三つ目は中和を完了するまでの魔導的な集中力と持続力だと。
 だからこそ、ブレアはアルスに操作性の高い意魔導を勧めたのである。
「よし……。じゃあこれで能書きは終いだ。試しにいっぺんやってみてくれ。流石に魔獣は
用意できないから、今回は俺の使い魔をターゲット代わりに実践するぞ」
「は、はい!」
「よーし、ばっちこーい!」
 立ち上がり足で砂地の図を消しながら、ブレアは二人に言った。
 いざ、実践。アルスも傍らに浮かぶエトナもすっかり気合が入っている。
(おいおい、また硬く……いや、これはイイ感じの高揚感だな)
 そんな教え子の姿が何だか滑稽に、いや愛しく思えて、ブレアは思わずフッと口元に孤を
描いていた。
 しかしそれもほんの束の間、すぐにその表情を真剣なそれに変えると、
「……出番だぜ。煌(オーエン)」
 マナを込めた指先で中空に文字を書き連ねると、サッとその下部に線を引いて召喚の術式
を実行する。
「オ、オォォォォ──ッ!!」
 そしてその中空の紅い文字の下線を境目にし空間を突き破って現れたのは、全身を眩しい
までの赤と炎熱で纏った巨大な一つ目入道風の使い魔だった。
 顕れて、開口一番の絶叫。
 流石にそのあり過ぎる迫力に、アルスもエトナも見上げたまま暫し固まっている。
「お~い、ぼさっとしてるな~? 始めろ~?」
「あ。は……はいっ」
 だがややあってブレアがそう声を掛けると、二人は我に返っていた。
 再度、ギロリと見下ろしてくるこの使い魔・オーエンを見遣って深く深呼吸を一つ。
 アルスは教わった通りに、学んできたもの全てを一斉に脳裏で再生させながら呪文の詠唱
へと移行する。
「意(こころ)を渡るる橙霊よ。汝、我が意思を彼の者へと渡し給え。我はその指先より伝
う糸を良き結びへと成すことを望む者……」
 背後のエトナとシンクロするように振り上げ、下ろされた片腕。
 するとオーエンを囲むように、二重三重の結界がその巨体を覆っていった。
 大きな一つ目が怪訝の眼で空を仰いでいる。その間にもアルスの足元には橙色の魔法陣が
展開され、次いで詠唱も完成をみる。
「盟約の下、我に示せ──群成す意糸(ファル・ウィンヴル)!」
 呪文が紡ぎ終ったその瞬間、アルスの両手五指から無数の淡い茜色の糸がするすると伸び
始めた。オーエンが、ブレアがその様を怪訝と様子見の眼で見つめている。
(結界の維持と同時に……)
 しゅるしゅると、まるでアルスの意思に応えるかのように。
 五指から伸びるマナの糸達は彼のその手捌きに合わせ、やがて編み物のように集まり合っ
て形を成していく。
(ターゲットに流れるストリームを……断つ)
 それは、一言で例えるなら無数の大きな手術刃(メス)や鉗子だった。
 それらをマナの糸で手繰り寄せ、中空に浮かせて操りながら、アルスはじぃっと目を凝ら
すと、オーエンとそこに流れてゆく多数のストリームの存在をしっかりと視認する。
 ぐわんと、マナの糸で編まれたメスと鉗子らが動いた。
 アルスは眉根を寄せ、必死に集中しながら、オーエンに向かって流れているストリームの
一本を鉗子で掴み、メスで切り離そうとする。
 だがまだアルス自身が操作に慣れていないこと、編み上げた道具らがまだ精緻な作りに届
いていなかったこともあり、その作業にアルスは大いに苦戦を強いられた。
 それでも、背後でエトナが結界の維持に援護を加えてくれている。
 投げ出す訳にも、そのつもりもなかった。
「……よしっ! これで一本」
 だが、そうしてようやく一本目のストリーム──マナの流れの束を切断する事に成功し、
アルスの表情に一抹の喜びが漏れた、次の瞬間だった。
「オォ……。オォォォォゥッ!!」
「ッ!?」
 それまで結界に押さえ付けられていたオーエンが、ぐぐっとその身体を捩って突破を図り
始めたのである。
 一本目を切断できて安堵した隙を衝かれた部分もあったのかもしれない。
 猛火を纏った拳を一発、二発、三発と。
 続けざまに突き出されたその打撃に、アルスとエトナが張っていた重ね掛けの結界は程な
くして限界を迎えた。
 衝撃に耐えかねてガラスが割れるようにバラバラになる結界、ボロボロに砕かれる糸達。
 そしてそのダメージは術者である二人にも勿論、反動として逆流してくる。
 件の腕輪型魔導具が瞬時に展開した障壁のおかげで直接的なダメージこそ免れたものの、
二人は弾き飛ばされるように大きく後ろに転倒してしまっていた。はらはらと、アルスが先
程まで操っていたマナの糸らも術者の維持を失い、消滅してゆく。
「よし──。そこまでだ!」
 やがて、そんな一部始終を見守っていたブレアがうんと小さく頷くと、声を張り上げた。
 エトナに支えられ、少なからず息を荒げて起き上がろうとしているアルス。そっと隣に立
った主(ブレア)によって送還されて姿を消す使い魔・オーエン。
「お疲れ。よくやったな、アルス」
「……いいえ。僕は失敗しました。一本切っただけで油断して……」
 ブレアはそう努めて朗らかに微笑むと彼に手を差し伸べたのだが、当のアルス本人に笑顔
はなかった。指摘されるよりもずっと早く、自らの失敗を既に振り返り、分析さえし始めて
いる。いや……悔しがっていた。
「何言ってんのさ。始めはそんなもんだよ。むしろこっちが驚いてるんだぜ? 前もって必
要な座学を詰めてたとはいえ、初っ端からストリームを切り離す所までやっちまうとは正直
思ってなかったんだから」
 ぽむと。ブレアは不安げに顔を上げたこの教え子の頭を荒っぽく、だが優しく撫でた。
 ぐずる子供を宥めるように、しかし呟かれた言葉は彼自身の偽りなき本音で。
「……気持ちは分かるが、そう焦るな。今までだってこういう努力をコツコツと積み重ねて
ここまで来たんじゃねぇのか? 大丈夫。今まで通り、その努力を重ねていけばいいんだ。
そもそも俺が言わずとも、お前は入試でも今までの試験やレポートでも成績を残してる。今
できなくたって焦ることはねぇんだ」
「……うん、そうだね。アルスなら大丈夫だよ。私も一緒に頑張るから!」
「先生……エトナ……」
 暫く浮かない顔をしていたアルスだったが、二人に励まされてその顔色は徐々に元の穏や
かなそれに戻り始めていた。
「基本部分は合格点だ。後は練習あるのみだろう。俺も、身体が空いてりゃあいつでも相手
になってやるからよ」
「……はい。ありがとうございますっ」
 確かにまだ今は未熟だけれど、それでも昔に比べれば確実に目標への道は拓かれている。
 大丈夫。頑張ろう。もっと……もっと。
 恩師と相棒に励まされて、アルスは穏やかな微笑みと共に優しい声色を返す。

「……」
 一方で、そんなアルス達をシフォンは観客席からずっと見守っていた。
 いや、何処か観察していたと言ってしまった方が正直なのかもしれない。
 とはいえ他意はない。ただ、友の弟という優秀な魔導師の卵がどんな想いでこの街に来た
のか、この学院へ入学したのか、興味があったからだ。
(魔獣から人々を救う為の魔導……か)
 まだ出会って間もない頃、彼が兄について、自分達兄弟について語った幼い日の記憶、そ
の際に垣間見たあの優しくも哀しい表情(かお)。
 なるほどと思った。同じ辛苦の記憶(トラウマ)を背負っているのだから、ある意味当然
の運命の巡り合わせだと言えるのかもしれない。
 でも……だからこそ、危ういと思った。
 同じなのだ。彼も友(ジーク)も、自分自身も。
 仲間の為に自分を擲ってもよい覚悟。いや、かつて力が足りなかった故の、ある意味脅迫
観念的な補償行為。
 似ている。だからこそ僕らは分かり合え、友に仲間になれて──。
(……全く、放っておけないな。ジーク。君も、君の弟も)
 だからこそ、護らなければと思った。護りたいと強く思った。
 アリーナのグラウンド内ではどうやら実習を終えているようだった。
 アルスがこちらに向けて手を振ってくれている。
 終わりました~。戻りましょうか? そんな合図でもあるのだろう。
(きっと護るよ、ジーク。僕もあの子を、失いたくない……)
 そんな友の弟に、護りたい仲間に静かに手を振り返しながら、シフォンは確かに思った。

「──ジャ、征天使(ジャスティス)!」
 ストリームの引力で落ちていくジーク達を食い止めたのは、途中でハッと我に返ったよう
に発動を叫んだレナの声とその呼び掛けに応えて現出した鎧天使の使い魔だった。
 ぼすんと落下を続けていた四人を受け止める、大きな掌。
 それが征天使(ジャスティス)に自分達が助けられたことだと理解するのに、ジーク達は
少々の時間を要した。
「……た、助かったぁ」
「みたいだな……。サンキュー、レナ」
「い、いえ。むしろ私の所為でジークさん達を巻き込んでしまって……ご、ごめんなさい」
 自身の魔導具から呼び出した巨大な天使の掌の上で、レナは涙目になりながら何度も頭を
下げていた。綺麗な長い金髪と鳥翼人(ウィング・レイス)の翼がさわさわっと揺れる。
「謝っても仕方ないさ。それ君自身がこうして助けてくれたんだ、もうお相子だろう?」
 流石に親しい少女の涙には、ジークも戸惑っていて。
 代わりにそう応えて天上を見上げたのはサフレだった。
 謝り合いや批難はもうなしだ。それよりも……。
 暗黙の内にそう頷き、ジーク達も同じく天上を仰いだ。相変わらず上下左右と果てが見え
ない静謐な空間に、刻一刻と色彩を変えるストリームが黙々と無数に交差している。
「……すっかり足場が見えなくなっちゃいましたね」
「まぁ結構な距離を落ちたしなぁ。レナ、とりあえず上ってみよう。リュカ姉達がこっちに
来てる様子もないし、多分俺達は──こっちにはレナと征天使(こいつ)がいるから大丈夫
だと踏んで自分達だけでも先に進んだんだろう」
「ああ。そう考えるのが妥当だろうな」
「は、はい。分かりました。じゃあ落ちちゃわないように注意してて下さいね?」
 目配せとかざす手のレナの合図で、鎧天使はゆっくりと上昇を始めた。
 しかし、周りの風景は相変わらずで。
 ジーク達は暫しすっかりガラス質の足場も消え失せた中空なる空間を見渡し、何とか仲間
達が向かった──皇国(トナン)への出口を見出そうとする。
 それでも目印にもなっていた足場がない今、その“正解”を見つけ出すのは最早不可能と
言わざるを得なかった。
「……駄目だ。出口が多過ぎてどれが正解なのか分かりやしねえ」
「はいです。こうして見上げてみると、本当数え切れないくらい出口があるんですね」
「ど、どうしましょう……?」
「ガディア達にもう一度足場を張って貰えれば確実なんだろうが……そもそも僕らは後戻り
すらできないしな」
 不安そうに胸元を掻き抱くレナに、キョロキョロと辺りを見渡し主(サフレ)にひたっと
寄り添っているマルタ。
 そう呟くサフレに、ジークは暫し細めた眼を遣ると、やがて決断をする。
「よし……。試しに出てみるか」
「えっ」「出るって、何処にだ?」
「適当に選ぶさ。何処かには繋がってるんだろ? 少なくともこのまま此処で漂ってるまま
じゃあ、レナもこのデカブツも疲れるだろうしさ」
「……行き当たりばったり過ぎると思うが仕方ない、か」
 おうよ。ジークはなるべく皆を不安がらせないように、というよりはあまり難しく考える
のが苦手なので、できるだけどんどん行動に移していく事で事態を変えようと試みた。
 なのでジーク自身は何の気なしに語ったその言葉が「ジークさん。私の事心配して……」
と、レナの頬をほうっと赤らめ、感激させていたことには気付く由もなく。
「それじゃあ……。レナ、あそこに飛んでみてくれ」
「ッ! あ、はい……分かりました」
 そしてざっと無数の出口を見渡した後、ジークはついとその一つを指差して言った。
 現在鎧天使の掌の上にいる辺りを先程渡っていた位置だと仮定しての選択だったのだが、
勿論そこに確証の類はない。ただの勘だった。
 それでもジークの言う通りここに留まり続ける訳にもいかない。
 四人は征天使(ジャスティス)の掌の上に乗ったまま、その出口へと加速する。
『──……』
 外界の光の溢れる出口を通り過ぎる瞬間、四人は目をひそめて。
 鎧天使を従えた彼らは一歩を踏み出した。
 ゆっくりと目を開けると、そこには澄んだ青空と鮮やかな山々の緑の稜線。
 ふわりとした空中浮遊の後、征天使(ジャスティス)はその場に着地した。
 そっと掌を地面に降ろしてくれ、ジーク達はようやく大地を踏み、少なからず安堵する。
「ここは……?」
「ふむ。これは多分、何処かの遺跡だろうか。それも……見た所相応の山奥らしい」
 それでも一体自分達が何処に出たのかは、全員が気になっていた。
 先ず居場所の把握を。そうジーク達が辺りを見渡す中で、サフレが背後の壁をそっと擦り
ながら、見上げてから、ポツリと推測を述べた。
 四人が共に見上げてみると、確かに今自分達が立っているのは、何かしらの遺跡の中であ
るらしかった。
 見渡せば、切り拓かれた崖が並ぶ山間部。
 そしてジーク達の立つ場所、その背後には大きな石窟寺院が建っている。
「もしかして、この石像さんから出てきたんでしょうか?」
「状況から考えてそうだろうな。でも、このデカブツに扉らしい所なんて何処にも……」
「覚えていないのか? 僕達は導きの塔でも転移用の魔法陣という“扉ではない扉”から進
入したんだ。その出口も同じく見た目が扉ではなくてもおかしくはないさ」
「……それもそうか。だとすりゃ、本格的にコイツは一方通行なんだな。まぁ元から後戻り
するつもりもなかったし、できなかったけどよ」
 サフレがジーク達に振り返って語る言葉。
 伊達にクランに来るまではマルタと二人旅を続けていただけの事はあるな。そうジークは
思った。北方から出た試しのないジークにとっては、中々頼もしい案内役でもあろう。
「さてと……。それじゃあとりあえず降りようか。先ずは人里を見つけてここが何処なのか
を確かめねぇと。リュカ姉達と合流するにしてもそれができてなきゃ始まらねえ」
 そしてくると踵を返して、ジークは改めて皆に言った。
 頷くサフレら三人。一先ず無事に出れたことは安堵だが、そういつまでもぼんやりとして
はいられない。
 早く仲間達と合流しなければ……。
 寺院の奥に上下階への階段があるのを見つけ、ジーク達は歩き出そうとする。
 ちょうど、そんな時だった。
『──ッ!?』
 突如響いた、爆音。
 何事かと振り向いたジーク達の目に映ったのは、何者かの攻撃を受け、盾から障壁を発生
させて一同を守ってくれていた征天使(ジャスティス)の姿だった。
「だ……大丈夫、征天使(ジャスティス)!?」
「まぁ大丈夫だろ。しっかり防御してるしケロッとしてるし。にしても……何だ?」
「……。あっ! 皆さん、あれを見て下さい!」
 少なからず戸惑うジーク達。
 そうしていると、マルタが被造人(オートマタ)が故の視力で以ってその理由を皆に指差
して叫ぶ。
 言われてよくよく目を凝らしてみると、確かにそこにはいた。
 一言でいうと、軍勢。高みから見ているだけとはいえ、せいぜい一個中隊程度の規模であ
ろうか。その一部が、陣自体は更に向こう──ジーク達のいる石窟寺院とは反対側の山の別
の敵陣を向いているにも拘わらず、どうやらこちらにも攻撃を放ってきたらしい。
「……命中したか?」
「はい。ですが、どうやら障壁を張られたようで……」
「兵数確認しました。四人のようです」
「四人? たったそれだけか?」
 その攻撃──砲撃を向けた当の軍服姿の軍勢は、初手の一発が防がれたことを確認してい
る最中だった。砲兵が次弾の準備をしている少し傍で、隊長とみられる男が部下らから次々
に報告を受けている。
「ふぅむ? いくらなんでも背後からの奇襲要因としては少な過ぎるが……」
「では、先方との交戦に集中を?」
「……いや。いくら少人数とはいえ、あの鎧の使い魔一体がいる。今攻撃されたら挟み撃ち
に遭う。迎撃体勢は崩すな。次はもっと狙いを絞って撃て」
「はっ!」
 そして少々の思案の後、彼らが引き続き征天使(ジャスティス)に狙いを向けようとし、
「こん、のぉぉぉぉ──!」
『……ッ!?』
 今度はその隙を縫って、鎧の天使に乗ったジーク達が攻め返しに舞い降りて来ていた。
 驚き、絞り切れなかった狙いのままの砲撃をあっさりと障壁を生み出す盾で防ぎ、地面擦
れ擦れの低空飛行でこの軍勢の真上を通り過ぎる。
 その風圧と遅れてやってくる衝撃波によろめく面々。
 だがその隙を逃さず、鎧を纏った巨大な天使は軍勢の正面に向き立ち、ジークの叫び声を
届けてくる。
「バカヤロー! いきなりぶっ放す奴があるかっ! やっちまえ、レナッ!」
「あ、あわわっ」「……やれやれ。どうなっても知らないぞ」
 おろおろしているマルタの横でサフレはそうぼやくも、自身はしっかり既に槍を片手にし
て応戦できる体勢を整えていたりもして。
「ご……ごめんなさーい!」
 次の瞬間、レナが謝りながらも征天使(ジャスティス)を操り、その腰に下げた剣を抜き
放たせるとそのまま横薙ぎに地面を抉るように一閃。
 当然ながら、その巨体の思いの外俊敏な反撃に、軍勢らは隊伍総崩れとなっていた。
 剣圧と砕かれた地面に巻き込まれ、吹き飛ばされ、面々はゴロゴロと地を転がる。口々に
悲鳴が重なる。
「ぬぅ……ッ! て、撤退! 総員撤退ーッ!」
 それでも流石に状況の不利はすぐに悟ったらしく、隊長格の兵がそう叫ぶと軍勢はそのま
ま地べたを這いつくばるように逃げ出していった。
 念の為、彼らが十分遠くの姿になるまで剣を収めずに様子を見、ようやくジーク達は一息
をつく。
 サフレが槍を、レナがこの使い魔を。
 そして魔導具も収めて四人がストンと地面に降り立つと、ちょうどそれまで先の軍勢らと
交戦していたらしいもう一方の勢力の面々が恐る恐るとこちらに近付いて来るのが見えた。
「……。どうやら私達の戦いに巻き込んでしまったようだな。すまなかった。しかし礼を言
わせてくれ。君達のおかげで難を逃れられた、ありがとう」
 その外見は、正直言って先程の軍勢とはある意味真逆であると言えた。
 彼らは軍服などは一切身につけていなかった。纏っているのは必要になりそうな軽防具ぐ
らい。人数はそこそこにいるようだったが、それでも装備等々で見劣りしている印象は否め
なかった。
 するとその内の、リーダー格とみえる女傑族(アマゾネス)──というよりも、この場に
いる彼らのほぼ全員がその特徴である黒髪黒瞳をしている──の中年男性がややあって一歩
進み出るとそうジーク達に礼を述べてくる。
「礼なんざ要らねぇよ。こっちは単に謂れもないのにやられたもんだから反撃したまでだ」
 片眉を少しばかり上げ、ジークはそう口調は素っ気無い感じで応えていた。
 実際にやられたからやり返した、直情的な行動だったのは流石に自覚している最中で。
 レナも自身の傍らでバツが悪そうに苦笑いを漏らして佇んでいる。
(それにしても、こいつらは何者だ? ただの野盗……って訳でもなさそうだが)
 それよりもジークが気になったのはこの目の前の彼らの正体だった。
 ついつい先の軍勢を追い払ってしまったが、もしかして相手を間違えたのではないか? 
 今更ながらに内心で、ジークは嫌な感じがして静かに眉根を寄せる。
「そうか。ああそうだ……。先ずは自己紹介をしておかないとな」
 だが、そんな勘というものは割合当たってしまうもので。
 このリーダー格の男は、ジークが一目見て同族であると知ってか少し表情を緩めると、
「私の名はサジ・キサラギ。元トナン皇国親衛隊の隊長を任されていた者だ。……今はこの
場の皆と共に反皇活動(レジスタンス)などをやっている」
 そう、ジーク達の驚きに変わる表情に微笑みを遣りつつ、名乗ったのだった。

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  1. 2012/01/13(金) 18:00:00|
  2. ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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