日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「喪糸」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:残骸、恐怖、運命】


 振り返ると、ぐしゃぐしゃに絡まっている何かが転がっていた。ぼんやりと薄暗く、視界
も限られている曲がりくねった道の上に、それは点々と残されているようだった。
(……糸?)
 僕はそっと眉を顰める。目を細めて、音もなく転がったままのそれを見極めようとした。
 何とも奇妙な、大きな糸玉と表現するのが適当だった。一本一本がすっかり古びて汚れ、
全体としても不快な気持ちが上ってくる。加えて糸自体もそう長い訳じゃなく、あちこちで
ぶつ切れになっているみたいだ。
『それは君だよ。いや──“僕達”さ』
 すると突然、何処からともなく声が聞こえていた。近い。
 いや、実際僕のすぐ横に立っていたんだ。ハッと我に返って、殆ど反射的に飛び退く。周
りの暗がりとか不気味さとか、そういった状況なんてお構いなしで警戒する僕に、この声の
主は何だか寂しそうな表情(かお)をした……ように見えた。
『そこまで身構えなくても』
「な、何なんだよ、お前は!? 一体いつから……」
『見て解らない? 僕は君さ。ずっと僕は君のことを観てきたんだよ』
 言われてみれば、確かに顔立ちやら背格好やらは僕にそっくりなように見える。ただ当の
本人は、どうも輪郭がぼんやりとしていて全容が掴め辛い。何となく弱々しい。
 そもそも僕は、こんな気障な言い回しなんてしない。しない、筈だけど……。
「気持ち悪いな……。ストーカーか? 此処は何処だよ? 一体、何をしたんだよ!?」
 僕に似た誰かは、またフッと寂しそうな表情(かお)をみせた。
 ああ、もう! 何なんだよ!? 段々と焦りが勝ってきて、怒りのままのついそう疑問や
ら何やらをぶつけてしまう。
 そんな事したって、どうにもならないのに──。
 頭の何処か、先程から感覚の端で“解って”いた自分を棚に上げて、此処が異常なんだと
証明しているようなものだっていうのに。
『此処は……過去だよ。君が歩んできた道、僕達の歩みそのものだ。普段は中々意識さえし
ない場所だけど、何かの切欠で君はこっちに気付いてしまったみたいなんだよね』
「はあ」
 抽象的なような、そうでもないような。
 道、というのは解る。その割には随分とぐねぐねしていて、どんよりと暗いけれど。
「じゃあそこに──あっちにも転がってる糸玉は何なのさ? まるでお前の言う道を塞ぐみ
たいに点々としてるじゃないか。何だか古臭いし……汚いし……」
 三度目。またもや寂しそうな表情(かお)。
 だけど気のせいだろうか? 今度はさっきよりも少しだけ、この誰かは微笑(わら)って
いるように見えた。僕の姿を真似して、だけどぼんやり輪郭が薄くって。手近な糸玉を見下
ろす僕と同じように、一旦視線を落とし、微動だにしないこれをじっと見ている。
『過去だよ。厳密には、君がこれまで結んできて、だけど途中で無くなってしまったもの。
意図的に失くしたものもあるし、望まないまま失くしてしまったものものある』
「……」
 よく分からない。だが少なくとも、この自分の偽物や小汚い糸玉達が、心地良くないもの
達ばかりだということは解った。そうやって半分理解を手放して、僕は小さな嘆息をつく。
「まぁいいや。こんなにぐちゃぐちゃになってるってことは、もう要らないってことなんだ
ろう? 向こうにもゴロゴロ転がってるし……集めて回るとか面倒だし」
『……そうか。いや、それならそれでいいんだ。まだ色々尖ったままなのは、あんまり変わ
っていなさそうだけど』
 あはは。今度は間違いなく、苦笑いだった。だから一方で僕はムッとする。何だか上から
目線というか、小馬鹿にされているんじゃないかと思った。
 いくら顔立ちや背格好が似ているからといって、偉そうに。
 お前に僕の、何が解る……。
『まあまあ。そう怖い顔をしないでくれよ。これでもホッとしてるんだ。経緯はどうあれ、
君は僕達を“過ぎ去ったもの”として割り切っている。そうやって僕達に反感を持っている
ってことは、それだけ君が成長したってことさ。これほど……嬉しいことはない』
「……」
 むすっとした僕の表情(かお)は変わらない。偉そうにと、やはり膨れっ面。
 足元に転がっている糸玉を見る。大きさや全体の凸凹具合は違うけれど、曲がりくねった
道の至る所で、それはじっと留まっている。なまじ辺りが薄暗いものだから、薄汚れた糸で
も白灰の発色は目を引くのだろう。
 じっと見つめる眼球の裏で、ザザ……ザザッと何かが視えた気がした。実際、正直どれそ
れが視えたという訳じゃないけれど、粗いノイズが掛かった古い写真のような。ずっと昔に
何処かで見たような──そこに居合わせたような記憶。

『それだけ君が成長したってことさ』
『これほど……嬉しいことはない』

 うん? 嗚呼、そういう事なのか。すんなり信じてしまうのは正直癪だが、こいつの言う
所が真実だとすれば、この既視感の正体も説明がつく。きっと僕は……この糸達を、かつて
とても大切に掻き抱いていた。その時は代わりになるものを中々見つけられていなかったけ
れど、握って離さないことだけが唯一だと信じていた。他に道はないんだと思っていた。
(……なのに随分と、捨ててはぐしゃぐしゃにして、捨ててはぐしゃぐしゃにしてきたモン
なんだなあ)
 ぼさついた前髪をくしゃっと掴み、僕は思う。
 今更、こんな訳の分からない空間(ところ)で感傷に浸っているほど暇じゃない筈なのだ
けど、我ながら自分が馬鹿だったんだなあと振り返っていた。まあ、今もそれほど利口にな
ったとは言えないのかもしれないけども。
 糸玉は動かない。こちらを見上げることもないし、近付いて追って来ることもしない。
 只々、そこに捨て置かれたままだ。先ほどから横に立っている、僕に似た誰か言ったよう
に、あれは全部他でもない僕自身が捨ててきたものだから。手放してきたものだから。時の
流れってものは残酷で、自分も相手も変わってゆかざるを得なくって、そうなるとずっと同
じという訳にはいかなくなる。一緒には居られなくなる。
「本当に……嬉しいのか? 僕を恨んでいるんじゃないのか?」
 ある程度は仕方のないことだ。そうすんなりと“諦める”癖が付いてしまったのは、一体
いつの頃からだったのだろう?
 半分本気で、半分分かり切っていたことを、僕は敢えてもう一人の僕に訊ねていた。実際
当の本人も困ったように、苦笑いの表情を濃くしている。
『仮にそうだとして……君は満足かい? ずっとずっと、僕達に足元を絡み取られて、身動
きの取れない旅をしたいのかい?』
 違うだろう──奴は言った。それは地獄なんだと。誰よりも、君自身がこれ以上もう何処
にも行けなくなってしまう。
『だから、いいんだ。全部“無かったこと”にされちゃうのは哀しいけど……そこから学び
取れたものがある。僕達はその搾り滓(かす)さ。もうこれ以上、君の足を引っ張りたくは
ないんだよ。君は前に進まなきゃならない。君には、その資格がある』
「……」
 はたしてそうだろうか? 僕の姿をした何か達はそう励ましてくれるが、本当にそこまで
して彼らを捨て置く大義名分が在るのかどうかは怪しい。
 搾り滓(かす)より上澄みを。だけど人間という集団同士でさえ、前者と後者に分類され
る現実が在る。成長して成長して、素晴らしいその先へ──全員が全員、そんな綺麗なモノ
になれるなんて誰も言ってはいないのに。自分の内側から外側へ。やっていることは後れて
いる誰かを踏み台にする、そんな繰り返しと大差ないんじゃないか……??
「僕は──そこまで出来た人間じゃない」
「僕より“上”の人間なんてのは──それこそ星の数ほどいる」
 別に自嘲のつもりではなかった。淡々と、それが事実だと思ったから。現実だから。
 だけど次の瞬間、視界の向こうで蠢き出す者達を視た。視界の狭い暗がりの右左を、黒く
ぼんやりとした輪郭の何か達が忙しなく行き交い始めるのを視た。ボロ、ボロと、彼らの身
体から大小様々な糸玉が零れ落ちる。或いは道の上へ僕が置いてきたらしいそれと、時折ぶ
つかってはゆらゆらと転がり直す。
「な、に……?」
『君以外の過去だよ。君が弱気になってしまったから、あっちとこっちの境目が曖昧になり
つつあるんだ。……駄目だよ。またこっち側に戻って来ちゃあ』
 でも……。言いかけて、しかしそれがもう一人の僕が危惧する事態なのだろうとはすぐに
予想がついた。先程までの表情から打って変わり、トットッと近付いて来ると、今度は直接
僕を道の先へと押し出そうとする。時間切れだと、伝えるように。
『まあ、無理もないけど。以前は僕達もそうやって、未来ってものに怯えてきた。まだこれ
までに培ってきたものの方が確実だし、実際に“在る”って判ってる。でも……それじゃあ
何時まで経っても君は進めないんだ。辛いだろうけど、色んなものを切り捨ててゆくしかな
いんだ』
 切り捨てる。その言葉に、肩越しの視界に映った糸玉達が、一層僕を引き留めてくるよう
に見えた。じっと黙ったまま道のあちこちに転がっているけれど、得体のしれない何か密な
ものを、その中に抱え込んでいるように思えてならなかった。
『さあ!』
 でももう一人の僕、過去の僕は、必死にこの場所から自分自身を逃がそうとしていた。肩
越しに向けたままのこちらの視線さえ、ぐいっと押し戻すように手を添えて、にわかにその
訴えは激しくなる。
『そりゃあ怖いよ。また今の僕達みたいに、気付けば色んなものと絡まって身動き出来なく
なりはしないなんて保証、何処にも無いから。結局進んだ先の僕も──君も、同じように此
処に居る皆と同じようになるかもしれない。切り離して切り離されて、何処にも進めなくな
った残骸になんてなりたくない……』
 でも! かつて僕だった彼は言う。それでも引き返すことは出来ないと。前に進めないか
らと、その道を“逆走”したって絶対にどん詰まりに突き当たる。その事実を手酷く思い知
らされて、かといって“前へ戻ろう”としても、もの凄く時間が掛かる……結局どんどん失
うことには変わりないんだと。
『だから、進んでくれ。それに僕達の足元は、こんなにもぐねぐねしているじゃないか。も
しかしたら君が思っている以上に、進める道は多いのかもしれないよ? 新しい糸や、以前
ほど絡まらず捨てずに済む糸が在るかもしれない。その為に布石であったなら……この場所
に居る僕達にだって、ちゃんと意味は付けられるんだもの』
「……」
 それは所詮、結果論じゃないか? たっぷり迷って僕は呟いてみたが、彼は只々ばつが悪
そうな苦笑いを零すだけだった。それは無粋ってモンだよ。信じたっていいだろう? 最初
はぼんやりとしか輪郭の見えなかった僕だったものが、中々どうして僕らしく視えてくる。
ズズ、ズズ……ッと、背後の糸玉達も気のせいか揺らいでいるように見えた。
『さあ! 君は先へ!』
 かくして次の瞬間、僕は文字通り背中を押されるようにして道の先へと浮かんだ。薄暗か
った視界が、急に僕を潜り抜けて晴れてゆくような気がする。糸玉達だけじゃなく、左右へ
と行き交っていた他の人影達も、間際こちらを一斉に見遣っていた。……怖い。その眼差し
の光、金や赤の色味が、その寸前まで僕に追い縋ろうとしたような気がして。
「──」
 視界が一面真っ白になった。もし他にも、進める道があるのなら……。
 だがそんな“もしも”も、きっと目覚めた頃には忘れてしまっているのだろう。
                                      (了)

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  1. 2019/09/08(日) 00:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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