日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)サハラ・セレクタブルⅣ〔46〕

 集積都市が一つ、飛鳥崎の郊外。
 先端インフラの檻(ゆりかご)から距離を置く──取り残されたとある集落の入り口で、
筧はふいっと肩越しに振り返った。警戒心で寄った深い眉間の皺は、今やその標準装備と化
して久しい。
(……何だ?)
 かつてスーツの上にコートを引っ掛けていた刑事の姿は、もう見られない。
 彼はハンチング帽を目深に被り、袖なしベストにズボンといった、変装用の服装に身を包
んでいた。言わずもがな、自らの正体を隠す為である。普段はかけもしない伊達眼鏡もその
一環だ。
 中央署の一件以来、自分を尾けていた冴島達に動きがあったのだ。彼が部下の半分を連れ
て、何処かへと去って行った──遠巻きに潜んでいた気配が、明らかに減ったのを感じ取っ
たのだった。
(まあ、目障りな連中が減ってくれるのはいいが……)
 されど、内心のそんな憎まれ口とは裏腹に、実際に貼り付けていた表情は渋いままだ。
 何の理由もなく、対策チーム(やつら)があの男を下げる事はしないだろう。となると、
それ相応のトラブルが起きたと考えるのが自然だ。……嫌な予感しかしない。街の方に──
七波君(かのじょ)の身に、何かあっただろうのか?
「……」
 しかし筧は、そのまま街の方へ引き返す事はしなかった。
 先日当の本人に、今後の心積もりを留守電に残したばかりだし、何より未だ面と向かって
話せる気がしなかった。心の整理がついていなかった。
 それでも……失意のまま閉じ籠もってしまえば、この視界はどんどん暗く狭くなる。だか
らこそ多少無理矢理にでも、己を“外”に向けていた方がまだ建設的だろうと考えたのだ。

 越境種(アウター)もとい、改造リアナイザの被害者を巡る旅。
 筧が独り足を運んでいたのは、かつて飛鳥崎を震撼させたテロリスト・井道の住んでいた
集落だった。由良と生前、一度聞き込みに訪れた地区でもある。
 司令室(コンソール)の資料によると、爆弾魔(ボマー)のアウターの召喚主。
 彼は急病に倒れた妻を、すぐに搬送に来てくれなかった集積都市に対し、強い恨みを抱い
ていたらしい。
 ……つまりは復讐だった。あの事件は大上段なテロリズムなどではなく、井道個人の復讐
劇と表現するのが正確であった。救命措置が遅れた結果、息を引き取った妻。井道はその無
念を、やがて集積都市の医療だけではなく、街そのものへの敵愾心として膨らませていった
のだろう。
 その為に、違法なリアナイザを?
 最初に資料を読んだ時は、正直そんな風に思ったが、今なら解る気がする。事実かねてよ
り飛鳥崎の水面下では、こうしたアウター達の力に取り憑かれた人間達が、多くの事件を引
き起こしてきたのだから。
 自身も井道以前──対策チーム(れんちゅう)による一度目の記憶操作を受ける前に、期
せずしてその一端に触れようとしていたらしい。
 尤も、これらが明るみに出た切欠が、井道の一件である点に変わりはないのだが。
(……あんまりじゃねえか。恨み辛みに付け入られた挙句、散々利用されてポイなんざ)
 独り筧は集落の一角にある、かつての井道の自宅前に立っていた。事件以降、主のいなく
なった古い一軒家は、どうやら売りに出されてしまったようだ。
 街に子供達がいるとの話も聞いているから、その内の誰かが厄介払いよろしく処分しよう
としたのだろう。ただ事の経緯もあってか、買い手がついている様子はなく、でかでかと地
面に打ち込まれた『売り物件』の看板の後ろで順調に廃屋化が進んでいる。
「……」
 暫くの間、筧はじっと、この見捨てられた空き家を眺めていた。
 あんまりじゃないか。
 言っておいて、思い直す。そもそも自分だって当時は、井道(かれ)が恨んでいた飛鳥崎
当局側の人間だったというのに。
「──誰だい、あんた? この辺りじゃ見かけない顔だな?」
 ちょうどそんな時である。その場に縫い付けられたように、旧井道家を前にしてこれを見
上げ続けていた筧の背後から、ふと少なからず険のある声がした。眉間もろとも皺くちゃの
顔をした、集落の住民らしき老人だった。
 ……拙い。気配に振り向いた筧は、内心焦っていた。
 こちらの正体がバレてしまったのではないか? 何せ自分は以前、由良と共にこの集落で
聞き込みを行っている……。
「え、ええ。市内から来ましたから」
「やっぱりか。てーことは、記者さんか何かかい?」
 ええ、まあ……。だがどうやら、その心配はなさそうだった。この近付いて来た老人は、
変装した筧の姿をざっと眺めると、勝手に勘違いしてくれる。筧は下手に自己紹介する訳に
もいかず、はぐらかすように応じておいた。
 もし自分が元刑事だと知られれば、間違いなく恨み節をぶつけられるだろう。「今更調べ
に? もう遅いよ……」老人は何処か遠い場所を見るような目をすると、おもむろに嘆息を
ついて話し始めた。
「この家に住んでた人のことは、もう知ってるんだろうが……。井道さんといってね。心臓
に病気のあった奥さんと二人で住んでたんだが、その奥さんを亡くしてからというもの、す
っかりおかしくなっちまった。かれこれ半年──いや、八ヶ月前くらいに行方知れずになっ
てそのままだったんだ。で、街で死体になって見つかった」
「……」
「二人とも、飛鳥崎に殺されたようなモンだよ。儂ら郊外の人間は、医者にもすぐに掛かれ
ない。本人にはもう訊けやしないが、井道さんも恨んでたんだろうよ。……街の方じゃあ、
デンノーセイメータイって化け物がうろついてるんだってな? 出元が街の連中らしいし、
もしかしたらとは思うが……。あんたらも精々、痛い目に遭えばいいのさ」
 声色はあくまで淡々とした冷たいものだったが、老人が時折向けてくる一瞥は、間違いな
く筧こと街側の人間への憎しみだった。
 井道ももしかしたら、その化け物によって命を落としたのかもしれない。それでも彼らが
同様にその牙を剥けられるなら、多少は留飲も下がろうものだと言わんばかりに。
「……」
 筧は老人を直視する事が出来なかった。郊外民、集積都市の恩恵を受けられない者達の、
街に対する憎しみは、かくも依然として燻り続けている現実。
 確かにアウター達は、蝕卓(ファミリー)──街の者達が生み出した“罪”だ。
 怪しいのは、リアナイザの製造・販売元たるH&D社だが……はたして人が取り締まる事
が出来るのだろうか? 相手はその内部まで、自分達当局に侵入を果たせるほどの組織力を
も兼ね備えている。今だって、どんな悪だくみを進めているか分かったモンじゃない。
 老人の恨み節は、“新時代”に乗らなかった各々の自業自得と行ってしまえばそれまでな
のかもしれない。だがそうバッサリと、全てを切り捨ててしまうのはあんまり過ぎる……。
(……法を犯してでも、叶えたい“願い”……)
 井道を始めとした、これまでの様々な召喚主達の背景を念頭に、筧はそんなフレーズを脳
内で復唱する。
 悪イコール蝕卓(ファミリー)。その点は間違いない。
 だが筧は改めて、この一連の問題の根深さを思い知ることになったのだった。


 Episode-46.Revenger/地獄塚三叉路

「ガッ──?!」
 そりゃあ、お前。悪手だろうよ。
 勝負を焦った睦月の攻勢は、結果として自らを更に追い詰めることとなった。
 こちらの脇を通り抜けるように、先ず潰そうと飛び掛かっていたバッター型のアウターに
向かって投げられたボール。
 すると相手はこれを眼前で打ち返し、散弾状に分裂させると、守護騎士(ヴァンガード)
姿の睦月を返り討ちにしたのだった。加えて後方にいた仁や海沙、宙──チャリオット形態
のデューク達も、少なからず巻き込まれながら。
「きゃっ!?」
「ぐお!? や、やべえ……!」
 近距離でもろに浴び、錐揉みになって吹き飛んだ睦月は勿論ながら、仁達もこの流れ弾を
受け、足場にしていたチャリオットごとぐらりと倒されようとしていた。
 四肢を着けていたビルの屋上から滑り落ち、真っ逆さまに地面へと向かう面々。
 先行して落下──ダウンしてしまったらしい睦月を目の当たりにして混乱する彼女達を頭
上に捉えながらも、巨体の姿と同期していた仁は、咄嗟に手を伸ばす事が出来なかった。
 このままでは、全員がアスファルトに叩き付けられちまう……。
 そんな時、司令室(コンソール)の皆人が、通信越しに大声で呼び掛けてきたのだった。
『大江、天ヶ洲、青野! 同期を解除しろ! 避難は済んだ! 一時退却する!』
 指示に従ったのは、殆ど反射的だった。この二人組のアウターと戦っていた目的、時間稼
ぎは果たせたようだ。國子隊が上手くやってくれたらしい。仁と海沙、宙は自らが落下のダ
メージを同期で受けないよう、一旦この場を離脱することにした。コンシェルごと姿がその
場から消え、デジタルの粒子が霧散する。
 一方で睦月は──ビルの合間に在った資材の山に突っ込み、埋もれていた。全く痛くない
訳ではないが、運よくクッションになってくれたらしい。
「痛つつ……」
『睦月、無事か? お前の方は頑丈だから何とでもなると思ったが……』
「何とか、ね……。海沙達は? さっきのアウターと召喚主は……」
『青野達には同期を解除させた。じきにこっちへ戻ってくる筈だ。それよりお前も急いで離
脱しろ。七波家は國子達が無事避難させ終えた。後はこちらに任せろ』
「う、うん……。分かった……」
 負けっ放し、自身の失策という認識があったのだろう。それでも睦月は、肝心の七波達が
無事だと聞かされ、すぐに私情を切り分ける。あの二人が追いかけて来る前に、姿を消さな
ければ。
「──っ」
『ARMS』
『DAZZLE THE CHAMELEON』
 そうして急ぎカメンレオン・コンシェルに換装し直し、迷彩化能力を発動。睦月の姿は、
直後肉眼では全く確認出来なくなった。
「……あれ? いないぞ?」
「おかしいなあ。間違いなく撃ち落した筈なんだけど……。逃げたかな?」
 ややあって、ビルの屋上から覗き込んできた二人の、頭に浮かべた疑問符の隙を突いて。
 睦月達は、一先ずの敗走を余儀なくされたのである──。

「痛づづ……あだっ!」
 時は現在に戻り、司令室(コンソール)。
 飛鳥崎地下の秘密基地に戻った睦月達は、一旦態勢を整え直すべく集まっていた。頬や胴
体、二の腕など。身体のあちこちに絆創膏や包帯でテーピングされた睦月が、消毒液を染み
込ませたガーゼにビクンと反応する。「ご、ごめん……。強かった?」手当をしてくれてい
る海沙も、そんな少なからず負傷をした幼馴染の姿に不憫を感じているようだった。
「だ、大丈夫……。これも全部、僕が突っ走ったせいだし……」
「うーん、そりゃあそうだがよお……。あんま根詰めても、身体に毒だぜ?」
「そうそう。大体、あたし達を守ろうとしてたから前に出たんでしょ? どっちにしたって
あそこから逃げる隙は作らなきゃいけなかったじゃん?」
 戦いの最中からダウン、帰還しての治療を経て。
 頭に上っていた血もすっかり引いたからなのだろう。睦月は何処となく物寂しい背中でそ
う語りながら、皆を危険な目に遭わせた自身の判断を詫びた。それでも仁や海沙、宙達は確
かに巻き添えを食らったものの、一概に彼を責め立てる気も起きない。
「判断ミスというならば俺も同じだ。敵のコンビネーションを甘くみていた」
 慰め合い──言ってしまえば手厳しいそれに、皆人もそこはかとなく加わる。
 元より、アウター達との戦いは常に危険と隣り合わせだ。仁や海沙、宙他隊士達は最悪、
自身のコンシェルとの同期を切ってしまえば被害は最小限に抑えられる。海沙のように他人
の手当てをしてあげられるくらいダメージが軽く済んでいるのもそのためだ。
 だが……睦月は違う。守護騎士(ヴァンガード)というチームの主力にして最終兵器を身
に纏い、扱っている性質上、他の面々のように都合良く空間を越えて消えたり現れたりとい
った芸当は出来ないのだ。ダズルなどがあるとはいえ、基本戦いの度に退路は確保しておか
なければならない。
「敵が複数というのは、可能性としては挙げられていましたけどね」
「そう、ですね。むー君の言ってた、他にも見られていたっていう気配もありますし……」
「モチーフっていうか、見た目はそれほど強そうじゃなかったんだけどなあ。あたしと海沙
を差し置いて、息ピッタリな攻撃して来ちゃってさあ……」
 國子曰く、睦月達が時間を稼いでくれていた間に、七波沙也香は病院の職員らと共に避難
させたという。今頃は向こうと接触した対策チームの工作員が、彼女の転院を含めた善後策
に動いてくれている筈だ。
 しかしながら、現状は決して良くなったとは言えない。寧ろ長引けば長引くほど、また彼
女ら一家が狙われる可能性は高まる。こちらがジリ貧の防戦一方になってゆくであろうこと
は目に見えている。
 むう……。宙もまた別の意味で、静かに対抗意識を燃やしていた。他でもない先刻戦った
投手(ピッチャー)と打者(バッター)のアウター、その召喚主の二人組にである。
「その点に関しては、お前達が休んでいる間に調べはつけておいた。予想通りと言えば、予
想通りではあったがな」
 すると皆人が、サッと職員達に合図をして、正面のディスプレイ群にとあるデータを大き
く映し出してくれた。気の強そうな少年と、彼より背が高く、線目でマイペースな少年の姿
だった。例の召喚主コンビの二人である。
「内田秀紀、遠野大祐。共に元玄武台高校三年──野球部員だ。実際在学中も、内田が四番
で遠野がエースピッチャー。バッテリーを組んでいたようだ」
「玄武台(ブダイ)の……」
「チームメイトか。そりゃあコンビネーションも良い筈だ。しかし……」
「ああ。九分九厘、復讐の為に改造リアナイザに手を出したのだろう。恨み、動機としては
十分だ。睦月の言っていた話は、あながち間違いではなかったという訳さ」
 皆人ら曰く、先の片桐の一件を踏まえて、予め玄武台(ブダイ)関係者のリストを用意し
て絞り込んでおいたのだという。また同じように彼女を狙うアウターが現れた時には、より
早くその素性を明らかにする事が出来るように。
「また刺客、か……」
 睦月がぽつりと、そう誰にともなく呟く。心苦しいのは仲間達とて同じだ。
 皆人に國子、仁・海沙・宙、職員達や今回解析を担った萬波以下研究部門の面々も、総じ
て渋く険しい表情(かお)をして押し黙っている。こと実の息子が、また手負いで帰って来
た香月の心配は、本人が言葉にしないよりもずっと大きくて重いものであった筈だ。
「結局また、七波さんに被害を与えちゃったんだな。今度はお母さんの入院中に……」
『ご、ご自分を責めないでください! 私達は最善を尽くしている──筈です。た、確かに
ちょっと、敵の数がはっきりしなくて出遅れた感はありますけど……』
 自らの宿るデバイスを、きゅっと掌の中に収めたままの落胆。
 パンドラは、そんな主をおずおずと励まそうとしている。
「出遅れか……。海沙さんもさっき言ってた、睦月の視線云々だろ? その正体ってのはつ
まり、あいつらだったってことになるのか?」
「いや。どうやら違うようなんだ。ちょうどお前達が北市民病院に向かった少し前、別働の
冴島隊長達から妙な連絡があってな……。どうやらそこにも“別のアウター”がいたそうな
んだ。成人男性の人間態と、彼と行動を共にしていた少女の二人組だった」
「あ……??」
 七波を守り切れず、あまつさえ敗走した。
 だがそんな一時の感傷に浸る暇さえ、どうやら状況は与えてくれないらしい。仁が睦月を
慰めるパンドラの姿を横目に、そうかねてからの謎を結び付けようとしていた。しかし他な
らぬ司令官の皆人が、そんな彼の疑問を一旦止める。
「百瀬恵──俺達と同じ学園(コクガク)の二年生。新聞部の部長だ。冴島隊長達の証言と
コンシェルらの記録(ログ)から、身元だけは同じく調べておいた。当の本人達には逃げら
れてしまったんだがな」
 再度、職員達に合図を送り、皆人がディスプレイ群を切り替えさせて一同に見せる。日中
の自分達と同じ制服に身を包み、ちょこんとミドルショートの毛先が跳ねた、赤い細めのフ
レームの眼鏡をかける一個上の先輩だ。年格好に比べて若干子供っぽいというか、好奇心に
満ちている印象を受ける。所属している部活も無関係ではなさそうだ。
「えっ? じゃあ玄武台(ブダイ)の二人以外にも、アウターがいたってこと? それも僕
らと同じ校舎に?」
「ああ。状況証拠というか、未だ俺の推測の域を出ないが……。おそらくお前が感じたとい
う別方面からの視線は、彼女“達”のものだろう。内田と遠野ではないという確たる証拠が
ある訳ではないが、片桐が同じ七波を狙っていた時に近くにいたとすれば、何かしら反応し
ていてもおかしくない筈だからな。共闘関係にあったとすれば、片桐とチェイスがやられて
いる間、何ら干渉してこなかったのはおかしい。逆に全く個別に動いていたのだとしても、
やはり傍観に徹していたとするには無理がある」
「あまり言いたくないけど……獲物を取られてるんだもんね」
「う、うん? となると、結局どっちな訳? 例の二人じゃなくて、その百瀬先輩の連れて
たアウターが睦月を観てたんだとすれば、目的は一体何だったのよ?」
『敵なのかどうか、という事ですよね。組んでいなくても拙いというか面倒ですけど、もし
組んでいたら、もっと拙くなりますから……』
 海沙や宙、或いはパンドラ。特にその折、元玄武台(ブダイ)生の二人と戦っていた面子
はそれぞれに、頭に疑問符を浮かべて混乱しているようだった。AIよろしく論点こそパン
ドラが挙げてはくれたが、皆人ら職員側から知らされた新しい情報に、すぐには整理がつか
ない。
「それも含めて全部、冴島隊長達が改めて追ってくれている所だ。ただ報告が上がってくる
前に一つ、皆にも話しておきたいことがある」
 言って三度、皆人は室内正面のディスプレイ群を切り替えさせた。新たに表示されたのは
ひょろっと背が高く、しかし何処となく頼りない感じの中年男性。目を瞬く睦月らに、皆人
や香月・萬波達が神妙な面持ちを浮かべている。
「百瀬恵と行動を共にしていた、アウターと思しき人物だ。冴島隊長のジークフリートが反
応していたというから、間違いはないだろう。彼らの証言を元に、この者の素性も調べ終わ
っている。百瀬耕士郎──飛鳥崎市内の雑誌社に所属する記者だ。彼女の伯父に当たる」
「伯父さんかあ……」
「? でもよお、三条。アウターが人に化けるのは、何も今に始まった事じゃないだろ?」
「そうだよ。それにもし、百瀬先輩がこいつの召喚主だとしたら、何で本人じゃないの?」
 最初はへえ……といった、何の気ない反応。
 だが数拍して、睦月らは次第に事のおかしさに気付き始めた。というよりも、今回の七波
襲撃とは未だ直接関係していないと思しきアウターに対して、わざわざ皆人が時間を割いて
言及しようとしている。その点において少なからず怪訝を覚えたからであった。
「偽装元は、必ずしも召喚主自身とは限らないがな……。それはそれとして、妙なんだよ。
彼女達が、何の意図もなく俺達の周りを探っているとは思えない」
『……??』
 はたしてそれは、深慮過ぎる彼の思い違いなのか。それとも何か、玄武台(ブダイ)の二
人とは別の、新たな脅威が迫っている兆しだとでもいうのか。
「──百瀬耕士郎は、二年前に死んでいる」

 時は、暫く前に遡る。
 それはちょうど、香月が司令室(コンソール)を抜け出して一人電話を掛けていた頃。地
下迷路の灰色の壁に背を預け、かつて愛した人と改めて連絡を取っていた時の事である。
『君達有志連合(チーム)自体のことを、もう少し教えてはくれないか?』
 電話の相手は、小松健臣。三巨頭“鬼”の小松の息子にして、現政権の文化教育大臣を務
める若手の政治家である。
 学生時代、共に切磋琢磨した頃は戻らず、今はそれぞれ別の組織に属している。それが先
の中央署の一件を切欠に、にわかに接近し始めた。
 元より対策チームないし三条会長からの頼みとはいえ、内心嬉しくなかった訳ではない。
 それでも……彼女はまだ何処か、私情を含めて踏み込めずにいたのだ。
『電脳生命体──越境種(アウター)の件は、俺達としても何とか手を打ちたい所なんだ。
その為の対抗手段を持っている君達と協力関係を結べることは、長い目で見ても好ましい。
さっきも言ったけれど、ちょうどこっちも梅津さんを中心に、そっちの当局の立て直しに動
いてる。内側と外側、両方が同時進行で回ってくれれば、何かと都合がいいんだけど……』
 そんなこちら側の迷いを、当の健臣自身もそれとなく感じ取ってくれてはいたようだ。間
が空いているとはいえ、伊達に長い付き合いではない。自分達の息子が、その戦いの中心に
立たされているのならば、尚更に。
『梅津さんは知っているだろう? あの人が選んだチームだ。信頼できる。だから──』
「……」
 きゅっと唇を結び、香月はたっぷりと数拍押し黙った。
 彼が“説得”しようと試みていることは解っている。その為に自分も相手も、互いの組織
から連絡役(パイプ)として渡されているのだから。
「……ごめんなさい」
 今後共闘、政府という公的な後ろ盾が必要になってくるのは、先の中央署の一件からして
も明らかだ。街の人々の為にも、何より息子の為にも、こんな戦いは一日でも早く終結させ
てしまいたいとさえ思っている。
 ただ、それとこれとは話が別だ。対策チームの上層部には、未だ政府との共闘──トップ
シークレットの共有に対して慎重な者が少なくない。表立って口にしないが、三条会長やそ
の息子、皆人司令も未だ残る“可能性”について警戒を続けている。
「貴方のことは信じているわ。でも……」
「政府(そちら)にも敵が潜んでいないという保証は、未だないんだもの」
 申し訳ない。
 私情も合わせて酷く気色を落とし、香月は言う。飛鳥崎当局には、グリードやプライド達
という前例がある。上位組織だから大丈夫──同じような危険が隠れていないという理屈は
通らないのだ。もし政府内に“蝕卓(ファミリー)”の息が掛かった者が潜んでいれば、そ
んな状態での共闘は即ち共倒れ──互いに組織が壊滅しかねないリスクを伴う。元より対策
チームは、アウター討伐を密かに終わらせたかった。出来る事なら、ここまで自分達や敵の
存在を世間に知られたくはなかったのだ。
「ごめんなさい……。もう少し、時間をくれないかしら?」
 だからこそ、香月は努めてそうした上層部の意向を受けた上で、尚も時間稼ぎが出来ない
ものかと試みていた。健臣に返した言葉は、半ば自らの本心でもある。
「……分かった」
 電話の向こうで、彼は暫く黙っていた。
 やがて返ってきたのは、そんな苦渋と言ってもいいであろう首肯であった。互いに気まず
くて、それ以上話は続かず、程なくして通話自体も彼からの一言で打ち切られてしまう。

「──どうだった?」
 他に誰もいない応接室のドアからひょこっと、梅津の厳つい顔が覗き込んでくる。
 デバイスをしまいながら、健臣は小さくふるふると首を横に振った。そっかあ……。入っ
て来ながら、彼も落胆しているようだった。これで何度目になるか。わざわざこちらも、時
間と人払いを割いてコンタクトを取っているのに、どうも件の有志連合とやらは慎重に過ぎ
るきらいがある。
「彼女自身は迷っているという感じでしたね。どうも上層部の方が、未だこちらを信用し切
っていないようです。そちらにも越境種(アウター)が混じっていないか? と、そういっ
た旨の懸念があるようで……」
「参ったなあ……。ま、言い分は分からんでもないがよ。だからって政府内の隅から隅まで
身体検査をしろって? 無茶な宿題を出してきやがる」
「……すみません」
 いいって、いいって。梅津は盟友の子の手前、普段周囲に見せる厳しさとはまた別の兄貴
肌をみせていた。状況が遅々として進まぬことへの健臣の焦りに、なるべくどうってことは
ないと和ませようとしている。
「そもそも、こっちには例の化け物かどうかを調べる技術っつーか、手段がねえだろ。せめ
てその一部でも貸して貰えりゃあ、こっそり洗いもするがよ」
「そう、ですね。その方面からアプローチし直してみましょうか。只々個人的な繋がりだけ
に頼るのは、お互い立場もあって難しいでしょうし……」
 政府としては厄介事──公の矢面に立ち、火の粉を被り続けるのは割に合わないという意
見が多くを占め始めている。要するに盾代わりに使われているのではないか? いくら何で
も都合が良過ぎると、政権内でも不満を漏らすメンバーが少なくない。
 刈り上げの後ろ頭をガシガシと掻きながら、梅津は言った。健臣も現状香月からの返事が
貰えていない以上、交渉のパターンを変える必要があると考える。
 こと有志連合との共闘話を持って来たのは、表向き梅津からということになっている。同
じ三巨頭の系譜とはいえ、当人と親の七光りではどうしても差がつくからだ。
 そうして後ろ盾になって貰っている手前、梅津自身も健臣も、このまま彼らを引き込めな
い状況が続けば突き上げが強まるのは不可避であった。
「さーて、どうしたモンかねえ? 言われた通り、こっちに奴(やっこ)さんがいないかど
うか、探ってみるか?」
 此処は、梅津の議員事務所。どっかりと健臣の隣に腰を下ろし、梅津は高級そうな革張り
のソファに大きく背を預け、そうやや芝居がかった風に訊ねてきた。言葉通りこれからどう
したものかと困りながら、健臣自身にも決断を促す格好だ。
『──』
 そんな自分達のやり取りを、数フロア向こうの廊下からこっそり聞き耳を立てている、何
者かの存在には気付かず。


 冴島と数名の隊士達が足を運んだのは、街の一角にある坂途中の踊り場だった。
 近付くと、案外見晴らしが良い──此処からでも七波宅や、北市民病院らしき影を認める
ことができる。普段はコンクリートジャングルな飛鳥崎の街並みだが、場所によってはこう
して不意に開けた空間というものが存在しているらしい。
「やあ。こんにちは」
『──っ!?』
 だからこそ、あくまで冴島はそう紳士的に、この踊り場から眼下に向けてカメラを構えて
いる人物に声を掛けた。赤い細フレームの眼鏡をかけた少女・百瀬恵と、姿形自体はその伯
父とされる男性・耕士郎だ。
「な、何で……?」
 よほど驚いたのだろう。こちらの声に振り返った恵は大層目を見開き、顔を引き攣らせる
と、ザッと数歩その場で後退りをして身構えた。一方の耕士郎──何かしらのアウターと思
われる人間態は、咄嗟に彼女を庇うべく前に出ている。
「……百瀬恵さんと、伯父の耕士郎さんですね?」
 しかし一行を率いる冴島は、努めて柔らかな笑みを崩さない。
 元より今日は、彼女らと争う心算などなかったからだ。前回北市民病院で相対した時、二
人には別のアウター襲撃のどさくさに紛れて逃げられてしまった。いや……始めから逃げの
一手だったように思う。
「だ、だったらどうした?」
「いえ。それだとおかしいんですよねえ。何せ僕達の調べでは、貴方は二年も前に亡くなら
れている訳ですから」
 揺さ振りだとは相手も分かっているだろう。だがそれでも、しらっと冴島が突き付けてみ
せた一言に、二人の警戒心は頂点に達した。
「くっ──!!」
 デジタル記号の光に包まれて、直後耕士郎の姿を借りていたアウターが正体を現した。
 基本の造形は背のある人型だが、明らかに異形たる部分はその“眼”である。顔は勿論の
事、全身の至る所に眼球が存在しており、無数のそれがギロリと冴島達を威圧するように睨
み付けてきた。今にも襲い掛からんと、両脚のバネを溜めようとする。
「待ちなさい、コウシロー! 私達じゃ無理よ!」
 しかしそんな彼を止めたのは、意外にも当の恵であった。この眼球だらけのアウターと、
懐のリアナイザに手を掛けようとしていた冴島達の双方が思わず、驚きや一抹の怪訝を以っ
てこれに振り向く。
「前の初対面で、あんたの正体は見破られてたでしょ? 戦ったって、対策チームに敵う訳
ないじゃない」
「……! 何故それを……?」
 次に驚くのは、冴島達の番だった。どうやら相手に戦意は無いらしい。当の眼球だらけの
アウターもゆっくり構えを解き、再び人間態に戻る。冴島や隊士達も、取り出しかけていた
調律リアナイザを懐に戻した。
「答えるわよ。ここまで追われたなら。それより何でこの場所、分かったの?」
 臨戦態勢が立ち消え、そっと歩み寄る両者。
 冴島の問いに恵は同じく問いで返してきたが、すぐに「あ~……。やっぱいいや。想像が
ついた」と呟きつつ、片手で頭を抱えて唸り出す。少しだけ苦笑いを浮かべて、冴島は弁明
も兼ねて答えてあげた。
「他の部員達から訊いたんだよ。君がよく足を運んでいる、お気に入りの場所だって」
「やっぱりか~……。私達の名前を知ってるって事は、他の色々も調べてきたんだろうなあ
と思って」
「それが僕達の仕事だからね。じゃあ答えて貰おうか? どうして、僕達が対策チームだと
知っているんだい?」
 情報戦。どうやらこの場で危害を加えてくる様子がなさそうでも、冴島達はまだ油断する
訳にはいかなかった。少なくとも、自分達の正体──有志連合という、公的に使われている
表現ではない本来の自称を把握している時点で、安易に逃がす選択肢は消えている。
「……コウシローの能力よ。見ての通りこいつは、身体のあちこちに“眼”を持ってる。限
度というか制約はあるけど、このたくさんの“眼”を飛ばして、私達は遠く離れた場所の出
来事を“視る”ことが出来るのよ」
 観念したように、恵が話し始める。引き合いに出された耕士郎こと百目(アイズ)のアウ
ターは、実際にポゥン……と、掌に一つ二つと眼球を召喚。浮遊させてみせる。
「貴方達が怪しんでる通り、確かにコウシローは伯父さんじゃないわ。本物の伯父さんは、
二年前に死んでる。コウシローの姿はあくまで、私の中にある伯父さんの記憶なの。多分こ
の姿になったのは、私がこいつと結んだ契約──伯父さんを殺した犯人を探して欲しいって
所からなんだと思う」
『……』
 冴島達は、こと彼の左右背後に立っていた隊士らは、思わず互いに顔を見合わせる。
 伯父さんを殺した犯人。つまり百瀬耕士郎のオリジナルは、何者かに命を奪われた。加え
て姪である彼女は、その事実を知っている。
「……どうして、君の伯父さんは?」
「俗に言う不可解事件ってあるでしょう? 雑誌の記者をやってた伯父さんは、飛鳥崎にた
くさんあったそれを調べようとしてたみたいなの。要するに口封じね。本人も自分が狙われ
てたのは薄々気付いてたみたいで、こっそり私に取材ノートの一部を見せてくれてた。その
時は何がなんだか、分からなかったけど……」
 きゅっと、静かに唇を噛んだ恵。それはきっと、酷く無念だったことだろう。だからこそ
彼女曰く、改造リアナイザやアウターの存在を知った時、たとえ危険な代物だと分かってい
ても頼らざるを得なかったのだと。
「俺の能力は、視る力。街中に“眼”を飛ばして、耕士郎殿の最期を知る手掛かりを探して
きたんだよ」
「貴方達の存在を知ってるのも、その一環。伯父さんを殺した敵の正体が、コウシローみた
いな怪人を生み出している張本人・蝕卓(ファミリー)って組織だと知ったのも」
 故に、当初求めていた伯父の真相究明は程なくして頓挫してしまったのだそうだ。元より
口封じの為に彼は殺されたのだ。連中が後から嗅ぎ回られそうな証拠を、処分せずに見落と
している筈もない。
 ただ、アイズの探索特化の能力のお陰で、この街に起きているアウター絡みの出来事は大
よそ知ることが出来た。蝕卓(ファミリー)を追い詰める物証こそ手に入れられなかったも
のの、伯父の死、その根っこにある組織の暗躍自体は把握していたのだ。
「でもね……。私達はそこから先、戦うことを諦めちゃったのよ。ただの高校生な私は勿論
だけど、コウシローも“眼”の力に特化してるせいか、戦いはからっきしだし……。多分怖
かったんでしょうね。奴らに面と向かって歯向かったら、別人とはいえ、また伯父さんが殺
されちゃうかもって思っちゃって……」
『……』
「あんた達も、身に覚えがあるだろう? 奴らの恐ろしさを。あんたらと表立って動いた事
で、命を奪われた連中が大勢いる」
 そうして召喚主(めぐみ)の言葉を引き継いだ、人間態のアイズの眼差しは、じっと射る
ように冴島達を見つめていた。おそらくは額賀二見とミラージュ、由良・筧両刑事や七波の
ことを指しているのだろう。彼女らは“先例”を観て、同じ轍は踏むまいと考えたのだ。自
ら語るように、戦闘能力がそう高い訳ではない以上、奴らに目を付けられぬようこっそりと
暮らす方向へとシフトしてきたものと思われる。
「ただ、筧刑事の冤罪を晴らした貴方達には敬意を持ってるわ。過去あれだけ叩いて叩かれ
てを繰り返してるのに、それでもずっと戦い続けてるんだもの」
 それでも──自分達の正当性を訴え、ごり押して来ないのは、正直好感が持てるなと冴島
は感じた。何というか親近感が湧く。ある種のむず痒さというべきか。
 彼女達はこれまでの戦いを、ずっと陰ながらに観、応援してくれていたのだ。
 尤もおそらくその心理の裏には、知っていても何も出来なかった自分達との対比があった
のだろう。反動的に低くならざるを得ない自己評価が付きまとってきた筈だ。或いは濡れ衣
を着せられた筧に、自分達の境遇を重ねていたのか。
「……そうか。ありがとう」
「と、いうことは……」
「あの時逃げようとしたのは、俺達と関わる事で、蝕卓(ファミリー)にバレるのが拙いと
思ったから……?」
 コクリ。恵とアイズが、そう何ともばつが悪いといった様子で首肯する。冴島及び隊士達
は、流石に互いの顔を見合わせながら、盛大に嘆息をついた。いや、この場合は安堵と呼ぶ
べきなのだろうか。
 要するに取り越し苦労。彼女達は刺客ではなかったのである。
 仮に二人がまだ自分達を騙していて、本当は刺客であったとしても、それならとうに情報
は売られている筈だ。少なくともこちらの正体を知っている、その事実に関してはまた皆人
らと相談しなければならないだろうが。
「その……」
「ご、ごめんなさい!」
「あはは。い、いいよ。もう……」
「こっちの勘違いでしたーの方が、よっぽど平和さ。いけないな。ここの所、疑って騙して
ばかりだったから……」
 ぶんっと、盛大に頭を下げて謝ってくる恵とアイズ。
 しかし対する隊士達は苦笑いこそ浮かべても、それ以上二人を責めようとはしなかった。
責める気にはなれなかった。ゆるりと、張り巡らされていた緊張の糸が一旦緩んだような気
がした。
「やれやれ、だな……。とりあえず、最悪のパターンは回避されたみたいだが」
「睦月君達はどうなってるかねえ? この前の怪我、残ってないか心配だけど……」
 先日の北病院前における捕獲の試みは、結果的に“ハズレ”だった。部下の隊士らもその
辺りの思考は同じようで、一先ず胸を撫で下ろしている。例の元玄武台(ブダイ)生コンビ
のアウターにもう一体、計三体への同時対処という事態だけは回避されたとみえる。
「……」
 にも拘らず冴島は、そんな面々の中で尚も一人、神妙な様子で思案顔をしていた。隊士達
や恵、アイズらが一人また一人とこれに気付き、怪訝な眼差しを向けてくる。
 だがそう口元に手を当てて考え込んでいたのも数拍、彼は次の瞬間ハッと何かを思いつい
たように顔を上げると、恵とアイズに向かって訊ねたのだった。
「恵さん、耕士郎さん。ちょっと確認させて貰っていいですか? 貴方の“眼”の能力は、
遠くのものが視えるんでしたよね? それは具体的に、どれくらいの範囲まで?」
「? まぁその気になれば、街の東西南北一つぐらいは……。但し“眼”の精度や操作性と
いった部分は、飛ばした数と反比例しますが」
「い、一体何なんです? 何を急にそんな……?」
「そっ、そうですよ。何なんですか、隊長?」
「何か……いい案でも思い付かれたんですか?」
「ああ。ちょっと、ね……」
 面々が、矢継ぎ早に質問を浴びせかける。
 にも拘らず、冴島は寧ろニヤリと、ほくそ笑んでさえいて──。

 あの時、俺は文字通り叩き付けられた。登っていたとばかり思っていた高みから、翼を撃
ち抜かれて引き摺り下ろされたんだ。
「──」
 蝕卓(ファミリー)七席が一人、エンヴィーこと勇は、街の中心部から大きく外れた廃棄
区の一角で、独り鬱々とキャンプ生活を送っていた。片桐及びチェイスを巡る一件の最中、
またしても七波を始末し損ねて帰るに帰れなくなっていたのだった。
(畜生……)
 他に通りかかる人間は皆無だというのに、努めて言葉に出さないのは、ひとえに己の矜持
と美学が故である。一方で彼の内心は、激しい焦燥と憤り──妬みに焼かれ続けていた。
 すぐ目の前では、パチパチと小さな焚き火が燃えている。
 しかし勇が、今現在進行形で内に宿す感情の質量は、この火よりも遥かに大きい。
(どうして俺が、こんな目に……)
 七波由香の消去に失敗し続け、勇は自分が組織内でも孤立し始めているのを感じていた。
事実自分より先に学園(コクガク)を襲撃した個体や、更に別に個体達が彼女を狙い始めて
いるらしいとの情報は把握済みだ。デバイス越しに閲覧するネット上には、既に二度目・三
度目の襲撃と思しきニュース記事が幾つもアップされている。自分以外の刺客達が、こちら
の了解もなしに野に放たれているのだ。
(……プライドさんは、俺を見捨てようとしているのか……?)
 かつて行き場を失った自分を拾ってくれた、同じ七席の一人の姿を勇は思い出す。
 人間態としては、中央署警視・白鳥涼一郎。だが守護騎士(ヴァンガード)達や他ならぬ
筧兵悟、七波由香らの抵抗によって、彼の表向きの隠れ蓑は奪われてしまった。
 指先が、背筋が、じわりじわりと震える。
 勇が感じていたのは、恐怖だった。彼自身実際に症状が出るまで自覚──自ずから認めよ
うとはしなかったが、原因となるこれまでの経緯は否応なく理解している。プライドに見出
され、人の身から“蝕卓(ファミリー)”に加わった。七席の一人・エンヴィーとして暗躍
し、龍咆騎士(ヴァハムート)の装着者となって、憎き守護騎士(ヴァンガード)を打倒す
る専売特許を得た……筈だった。
 なのに今や、そうした特権は剥ぎ取られつつある。脇道で命じられた任務さえこなせず、
本来の戦いにすら戻れない日々。だがもう後戻り出来ない所までやってきた以上、彼や組織
に見捨てられれば、今度こそ行き場を失う。
「……っ」
 焦りばかりが募った。今度こそ、確実に七波由香(あのおんな)を仕留めなければ。
 いや、この状況を挽回するには、あいつだけでは足りない。もう一人の元凶、筧兵悟も同
じく亡き者にしなければ。今まで自分は甘かった。与えられた力が自分のものと思い込み、
本当の意味で使いこなす努力を怠っていたように思う。“人の心”が在ったように思う。
(今度こそ、殺す。手段を選んでいる場合じゃない──)
 静かに震える腕を鷲掴みにし、カッと鬼気迫った目を見開いて。
 勇は廃材椅子から、すっくと立ち上がる。

 北市民病院への襲撃から数日。
 事件のゴタゴタから解放された七波は、学園への復帰直後、またすぐ休むようになってし
まっていた。登校してもクラス教室に向かう事を恐れ、次第に保健室に籠って日中を過ごす
ようになってしまったのだった。
「──もう、辞めたい……」
 何より折につけて口に出るのは、そんな退学の意向。自身が玄武台(ブダイ)関係者から
狙われているという、事実に対する逃避行動。
「そ、そんな事言わないで? 私達がついてるから。ね?」
 ただ学園側も、対策チームもとい政府筋から転入を要請された経緯から、安易にこれを受
け取る訳にもいかなかった。確かに“厄介払い”としては正解の選択肢なのだろうが、それ
では先方の面子を潰すことになる。集積都市は広い自治権を認められているとはいえ、中央
政府を敵に回して存続できるほど独立独歩でもない。
 この日も保健室では、担任の豊川先生が、そう泣き腫らす七波を何とか宥めようと必死だ
った。自分も貰い泣きしそうなぐらいに哀しい表情(かお)をし、そのややヒステリックに
傾きつつある心情を慰めようとしている。
「だって……だって……! 私がいる所為で、皆に迷惑が掛かっているじゃないですか! 
この前はお父さんやお母さんが、入院しているのに狙われて……!」
 正直な所、ここまで寄り添ってくれる豊川先生の優しさは嬉しい。しかしだからこそ、自
分はそんな厚意に甘えてばかりではいられないと、七波は己を責める事を止めなかった。
 犯人達──古巣(ブダイ)の関係者が、自分の命を狙っていることは明らかだ。きっと彼
らは、自分が死ぬその時まで襲撃を続けるのだろう。復讐を止めないのだろう。たとえその
過程で、どれだけ周りの人間を巻き込んだとしても。
 玄武台(ブダイ)に居場所がなくなると踏んで、三条君とその後ろにいる対策チーム──
俗に言う有志連合の人達が転校の根回しをしてくれたことはありがたかったが……どのみち
化け物に狙われ、周りに迷惑が掛かるのなら……。
「いっそ、私が死んでしまえば……」
「な、何言ってるの?!」
 強気になど、なれる訳がない。七波がぽつりと漏らすと、案の定豊川先生はガシリとこち
らの両肩を掴みながら、必死の形相で繋ぎ止めようとした。ボロボロと涙が零れていた。
「──あんた。それ、本気で言ってる?」
 だがその一方で、この部屋の主、学園(コクガク)の擁護教諭・光村忍は酷く冷淡なよう
に吐き捨てた。良くも悪くも人情派な豊川先生とは違い、いわゆるクールビーティーを地で
いくような女傑である。
 キュッとキャスター付きの椅子を引いて回し、引っ掛けた白衣を翻しながらこちらをそう
ジト目で見遣る。室内には、カーテンレールで仕切られた幾つかのベッドと薬品棚、その几
帳面さを示すような付箋つきの各種ファイル群が整然と収まっている。
「自分が犠牲に……それって実質、自分さえ良ければ、楽になりたいっていう裏返しじゃな
いの? 玄武台(ブダイ)やこっちで疎ましがってる連中の我が身可愛さと、一体何が違う
っていうのかねえ」
 それに……。驚愕や義憤、それぞれの反応を言外に見せる二人に、光村は続ける。特に眼
差しを向けて語っているのは、他でもない七波の方だ。
「あんたが死んで、哀しむ人は──本当にいないのかい?」
「っ──?!」
 そんな彼女の言葉に、七波はハッと我に返っていた。頬を伝う涙は止まらなかったが、直
後脳裏に浮かんできたのは、自らにとって大切な人達の姿と記憶だった。
 自分のせいで巻き込まれ、ヒステリーを起こして関係が悪化してしまった母。そんな母か
ら必死に庇ってくれた父や、佐原君達。何より筧さんや由良さん。
 もしここで自ら命を断つような真似をすれば、本当に死んでしまった由良さんを含め、皆
のこれまでが全部無駄になってしまう……。
「……うっ、ぐぐっ……!!」
「ちょっと忍ちゃん! 何て事言うのよ!? もっと言い方ってものがあるでしょう!?」
 二進も三進もいかない。そんな、身動きが取れずに再び泣き崩れだす七波を、豊川先生は
はしっと受け止めて抱き締めていた。自身の胸の中で慰めながら、それでいて一方でキッと
光村を睨み付け、詰る。
「言い方も何も事実だろうに。本当、情に脆い所は昔っから変わらないねえ……」
 そんな彼女の──学生時代からの旧友でもある担任からの言葉に、光村はわざとらしく嘆
息をついてみせていた。
 正直、心情として解らない訳ではない。
 だが耐えられぬと投げ出した所で、奴らが止まってくれると本気で思っているのか?

「──ふん、ぴーちくぴーちく泣いてやがる。……許すかよ。てめぇ一人のせいで、俺達が
どれだけ冷や飯を食わされたか……」
 そして時を同じく、飛鳥崎市内のとあるビルの屋上。
 双眼鏡を覗き込みながら、気の強そうな元玄武台(ブダイ)生・遠野は、ギリッと結んだ
唇を噛み締めていた。狙うは学園(コクガク)の一階、保健室。どうやら先日の攻撃以降、
潜伏場所を微妙に移したようだ。
「見えてるか、内田? 保健室だ。今度はあそこに俺達の球をぶち込む」
『ん……。りょーかい』
 もう片方の手で連絡用のデバイスを取り出し、別地点に待機している相棒に声を掛ける。
双眼鏡を片に引っ掛けていた鞄にしまうと、今度は自身の改造リアナイザを取り出した。慣
れたように引き金をひき、呼び出したのは野球選手を思わせる怪人。右腕に投球強化の為の
ジャッキを備えた、差し詰め“投手(ストライク)”のアウターといった所か。
「いくぜ! お前の渾身の一発を叩き付けろ!」
 掌から呼び出した白球が、直後棘付きの凶器へと変わる。右手の改造リアナイザをぶんっ
と横薙ぎに振るい、遠野はストライクにこれを投げさせようとした。機械の如く正確にビシ
リと上げた投球フォームが、同じく召喚済みで待ち構える内田を経由すべく捉える。
「──あぎゃッ!?」
 しかし、その時である。ストライク(投)が棘付きボールを射出しようとした寸前、この
身体を側面から吹き飛ばす何かが飛んで来たのだった。目の前で自身が操るアウターが、屋
上のコンクリートを転がり、白煙を残す。
(ま、まさか……)
 操るべく没頭していた反動のダメージを受けつつも、遠野は痺れる右手を何とか握り直す
と、思わず慌てて辺りを見渡した。しかし何処へ視線を遣っても、周囲に広がるのは似たり
寄ったりのビル群のみである。少なくとも肉眼では、こちらを邪魔出来るような第三者は確
認出来ない。
「──ふふん♪」
 海沙と宙だった。発射直後でライフルに硝煙を昇らせるMr.カノンと、索敵モードを全
開にしたビブリオ・ノーリッジが、それぞれの傍らに召喚されていたのだった。
 遠野・内田と同様に、彼女ら幼馴染コンビもまた、学園(コクガク)を射程範囲に捉えて
いた。超ロングレンジからの狙撃と、そのアシスト態勢を整えて待ち構えていたのである。


「くそっ、何処だ!? 一体何処から撃ってきた……!?」
 決して歓迎などしない乱入者(てき)の存在に、遠野は思わず熱くなる。
 慌てて自らの立つビルの屋上から辺りを見渡すが、肉眼ではそれらしき姿を捉える事は出
来ない。右手に改造リナイザ、左手に連絡用のデバイス。もう一度双眼鏡を取り出そうとし
て、わたわたと手元が定まらない。
 まただ。また、前みたいにこっちを狙撃して(ねらって)くる奴がいる。
 少なくとも近くではない。加えて感知範囲内なら怪人(こいつ)が気付く筈。となると、
やはりあの時ライフルを構えていたコンシェルか。遠距離戦は、相手も得意中の得意といっ
た所なのだろう。
(しかし……)
 問題は奴らの位置だ。そもそも自分達の場所をどうやって把握した? 前回違ってこっち
は、未だ投げてすらいないのに……。
「“眼”だよ」
 攻撃を中断せざるを得ずに、辺りを見回している彼を遠巻きに、冴島がぽつりと言った。
勿論当人にその言葉が届いている筈もない。作戦は……既に始まっていたのだから。
 冴島や隊士達、街のあちこちには密かにアイズの放った“眼”が探索網を作っていたので
ある。ふよふよと、文字通り眼球だけが物陰に隠れつつ音もなく移動し、捉えた映像の全て
が怪人態を発揮して操作するアイズと、傍らに立つ恵の下に集まってくる。
『……』
 何かを語るでもなく、やがて目的を果たした二人はその場から立ち去って行った。恵は去
り際、神妙というよりも不安を多分に宿した瞳で、アイズ──耕士郎と共に街の雑踏の中へ
と消えてゆく。
「ふっふーん♪ 場所さえ判ればこっちのモンよ。あたしと海沙のコンビネーションを舐め
なさんな?」
「私のビブリオでも、一応探せなくはないけど……。百瀬先輩達ほど、範囲も精度も広い訳
じゃないから……」
 睦月たち対策チームの反撃。それは冴島が持ち帰った、恵とアイズの情報、そしてそんな
二人の力を借りるというものだった。彼は渋る彼女達を説き伏せ、また七波を狙うであろう
遠野と内田の動きを監視。いざ動き始めた際に、その正確な位置を報せて貰ったのである。
『顔が割れたんだ。尾けるなり何なり、どうとでもやりようはある』
 くそっ! 遠野は勿論、冴島隊や海沙、宙、司令室(コンソール)で作戦全体を指揮して
いる皆人の存在など知る由もない。双眼鏡の倍率を弄りながら、必死になってこの妨害勢力
の位置を特定しようとしている。
 のそそっと、ストライク(投)も吹き飛ばされたダメージを引き摺りながら、元の投球位
置に戻り終えていた。
「とにかく、もう一度投球を……。狙撃合戦か……上等だ。乗ってやろうじゃねえか」
「だがその前に、内田にも場所を変えるよう指示しないと──」
 しかし彼らの二投目は、もう訪れなかった。状況を踏まえた上で作戦を立て直し、改めて
相棒に連絡を取ろうとしたその直後、背後から彼の改造リアナイザ目掛けて太刀の突きが放
たれていたからである。
『──』
 國子だった。いや、厳密には彼女が同期したコンシェル・朧丸だ。そのステルス能力でも
って特定した彼の背後まで忍び寄り、隙を突いて召喚の要である改造リアナイザを貫いて破
壊したのだった。
「畜……生……」
 引き抜かれる刃と共に、砕け散る改造リアナイザ。
 同時にストライク(投)は、全身がデジタルの粒子に還り消滅していった。その召喚主で
ある遠野自身も、ガクッと意識が遠退き、仰け反るようにして場に倒れてゆく……。

「──遠野? どうした、遠野?」
 故に内田は一方で、突然連絡の絶えた相棒の異変に気付き始めていた。傍らには既に自身
のアウター・ストライク(打)が控えており、棘付きの大型バットを繰り返しスイングしな
がら、攻撃の合図を待っている。
「妙だな。急に声が聞こえなくなったぞ? それに、さっき銃声みたいなのが聞こえたよう
な気がしたし……まさか……」
 ただ気付いた時には、もう遅かったのである。
 マイペースな線目の表情が少しだけ真面目になり、相棒がいた筈のビルの方向を見遣る。
すると次の瞬間、背後からカツカツと、一人の少年が二人の立つ屋上へと姿を現して来たの
だった。
「? 君は……」
「内田秀紀さん、ですね? 年貢の納め時です。もうこれ以上、七波さんは狙わせない!」
 睦月だ。だからこそ内田は最初、彼がイコール守護騎士(ヴァンガード)であるとは認識
出来なかった。元よりそれも含めて、屋上にいる彼のアウターに勘付かれぬ為の、敢えて生
身による接近ではあったのだが。
「変身!」
『OPERATE THE PANDORA』
 取り出した白いリアナイザ──EXリアナイザに銃口を押し当て、頭上から放たれ落ちて
来た光球に包まれる睦月。内田がその目の前の光景に驚き、相手が誰だったのかを理解する
のとほぼ同時、睦月は再び白亜のパワードスーツに身を包む。
「な、何で……」
「僕達はもっと、野球がしたかっただけなのに……」
 改造リアナイザを失った遠野は、その後即座に國子隊や海沙、宙に拘束されていた。短い
ながらもどっぷりとその依存症に呑まれていた彼は、抵抗する力もなく目つきがぼんやりと
している。それでも七波に対する怒りは、根っこには在って消えなかったようだ。
「何でだよ……。あいつのせいで、俺達の人生は無茶苦茶になったんだぞ!?」
 学生としてだけではなく、おそらくは野球選手としてのそれも含めて。
 だが、彼と相対して見下ろす國子達の眼差しは、総じて冷たかった。
「……貴方がたの、自業自得です」
「大体その前に、瀬古君っていう人を一人、死なせてるでしょうが!」
 相方を失った内田、ないしストライク(打)の戦闘能力は、本来の半分以下に押さえ込ま
れたと言っていい。遠野が投げさせ、内田が打たせる。睦月達を苦しめた、変幻自在の投球
型砲撃はもう使えない。自然とその一対一の戦いは、大型棍棒と徒手拳闘のインファイトに
狭められる。
「それならもっと、他に進める道があった筈だ! あんたがやってる事は、他でもない殺人
なんだぞ!?」
「……僕だって、七波を恨んでない訳じゃない。それに遠野が、言い出した事だから……」
 五月蠅いッ!! 守護騎士(ヴァンガード)姿の睦月の拳が、ストライク(打)の顔面に
滑り込んだ。長大な重量武器を得物として振るう相手に、小回りの利く敵はそぐわない。懐
に一旦入られてしまえば、手数も命中も含めて一方的な展開になりがちだった。
(ぬううッ……!!)
 本当にこの人は、自分より二個上の先輩なのだろうか?
 マイペースというか何というか。野球の事(すきなこと)意外には、どうも自我が薄いと
いった印象を受ける……。
「振るっている力に自覚がないっていうのなら……今すぐここで、終わらせる!」
 負けじと大型棍棒を振り落してくる相手に、睦月は敢えて肉薄したままこれを受け止めて
いた。取った! そう言わんばかりにストライク(投)が、背丈の上から得物を押し込もう
とするが……睦月は直後ガシリとこれを掴む。敢えて攻撃手段を封じ、確実にこの片割れを
倒し切る為だ。
『ARMS』
『BRITTLE THE QUARTZ』
 ストライク(投)の大型棍棒を掴んだ左手は、既に武装を追加済みだったのだ。発動した
能力が瞬く間にその得物と彼の両腕を石化で包み、或いは表面から侵食して脆くする。
 驚愕するアウターと、後方でその一部始終を見守る内田が、声もなく目を見開いていた。
「海沙、宙! 今だ!」
 するとどうだろう。次の瞬間、遥か遠くの屋上でこれを視ていた幼馴染コンビが、睦月の
合図を受けて渾身の一発を撃ち放った。「いっけぇぇぇーッ!!」通常よりも更に大きい特
大狙撃弾。捻じり込むような回転を加えて、その射出は貫通力を増してゆく。
 ガッ──?! ストライク(打)の身体が、首筋から向かいの脇腹に向けて真っ直ぐに貫
かれていた。角度計算、風の抵抗バッチリ。射線を境にして抉り取られるように千切れたア
ウターの身体は、そのまま断末魔の声を上げさせて爆発四散する。
「……っ!」
「あぐっ──!?」
 ビルの屋上で、激しく弾ける爆風。
 パワードスーツに身を包んだままの睦月と、改造リアナイザが衝撃で破壊されながら押し
出される内田は、それぞれその場で踏ん張って耐えた。或いはやがて白目を剥き、意識を失
っていった。

 かくして七波を襲った新たな刺客達は、睦月らの手によって倒された。
 今度こそ、彼女の知らない所で決着をつける事が出来たのは良かったが……結局北市民病
院での襲撃以来、当人はクラスには戻って来ずに保健室登校へと変わってしまった。経緯か
らして無理もないが、そこだけは心残りである。
 加えて、睦月らが一先ず安堵するのも束の間、司令官たる皆人は釘を刺す事を忘れない。
 曰く『刺客がこれで全部だという保証はない』──ストライク達を倒したとはいえ、二度
あることは三度あるとも云う。彼は対策チームの面々に、引き続き警戒を怠らないようにと
指示を出した。遠野・内田の両名は、工作班が政府筋を介し、適切な事後処理を進めてくれ
ている。例の如く、改造リアナイザの後遺症による記憶障害はあろうが、彼らもまたきちん
と法の裁きを受けるべき人間達なのだから。

「──駄目よ。力を貸すのは、今回だけって約束じゃない」
 戦いから数日後の、坂途中の踊り場。
 睦月と冴島、仁や海沙・宙といった対策チームの面々は、この日恵及び人間態のアイズと
待ち合わせをしてとある打診を試みていた。彼女らの持つ“眼”の能力を、今後も借りて共
に戦ってはくれないかと。
「それに……。私達の事情だって、貴方達も解ってない訳じゃないでしょう?」
 しかしやはりというべきか、彼女からの返って来たのは明確な拒否だった。
 尤もな言い分だ。実際に当の本人達から告げられ、睦月らはそれ以上強くは出られない。
先日冴島に打ち明けたように、あまりこちらと接点を持ち過ぎれば、蝕卓(ファミリー)に
その存在を勘付かれかねない。粛清されかねないのだ。
 かつて他ならぬ睦月らが守り切れなかった、額賀二見とミラージュのように。
「で、でも……」
「あ~……。だけどまあ、別にこれで貴方達と敵対しようって訳でもないから。前に話した
でしょ? 貴方達のことは、ずっと視てたって。直接協力は出来ないけど、これからもこっ
そり応援はさせて貰うから」
 ただ肝心の別れは、そこまで徹底して手厳しいものではなかった。寧ろ他ならぬ恵自身が
それを望まず、何より自分達には出来ない戦い(こと)をしている睦月達に、ある種の憧れ
を抱いていたからだ。
 先輩……。睦月が少しじーんとして、小さく彼女の名を呼ぶ。冴島や同伴した他の仲間達
も、めいめいに微笑んだり、互いに顔を見合わせて苦笑したりと“悪くない”反応を示す。
「じゃ、そういうことだから」
「元気でな。一日でも早く、こんな戦いが終わってくれることを願うよ」
 にぱっと努めて笑ってみせる恵に、その傍らで物静かに武運を祈ってくれるアイズ。
 睦月らが見送る中、二人はそのまま仲良く連れ立ち、緩々と延びる坂道を後にしてゆく。

「──それでは、彼女のメンタルケアを宜しくお願いします」
 一方その頃。皆人と國子は、放課後の学園(コクガク)内にいた。時間帯もあって他に人
気も失せた保健室で、二人は同校擁護教諭・光村忍にそう丁寧に頭を下げている。
 皆人は大よその所を報告し終わっていた。チェイスとストライク、七波を襲った刺客たる
アウター達は先日倒したこと。混乱は次第に落ち着くだろうが、当の本人は暫くクラスに復
帰出来るような状態ではないこと。
「……」
 そう、彼女の正体は“仲間”だった。同じく対策チームの一員として、学園に詰める工作
員の一人だったのである。
 尤も、教員免許自体は紛れもなく本物だ。かねてから内々に対策チーム側からスカウトを
され、今回の七波の転入に際しても、種々のケアを担当すべく配置されたとさえ言える。
 夕暮れの保健室。彼女はデスクに右半身を向けて着いたまま、じっとこの司令官たる皆人
とその従者を見つめている。冷静沈着な才媛──ただ今この瞬間の眼差しは、単純にクール
と呼べるだけのそれとは言い難い。
「司令、一ついいかな?」
「何でしょう」
「あんたはこれからも……あの子を“囮”にする心算なのかい?」
 要らぬ問答は時間の無駄だ。そう光村は、若干睨み付けるように訊ねた。皆人の傍らに立
っていた國子が刹那、小さく眉間に皺を寄せる。だが当の皆人自身は、そんな少なからぬ非
難の眼差しに真正面から向き合っていた。
「不満ですか」
「正直な所を言えば、ね。あんた達は保護という名目であの子を引き込んだけど、実際はデ
コイ代わりにして刺客を誘き出してる。敵の数を減らしていってる。私の……考え過ぎかも
しれないけどね」
「否定はしません。でもどのみち、彼女に居場所はない。それに元を辿れば、彼女をそんな
立場に追い遣ってしまったのは、他ならぬ俺達です。その責任の一端を担う義務がある」
 お互い頭の回転は早い方なのだ。相手が何を考え、意図して言動を取っているのかは、現
実に起きた事態と合わせればある程度筋道が立てられる。
 じっと暫く、二人は互いを見つめ合っていた。何か新しい情報が、他にも出ないかと待ち
構えて様子を窺うように。
「……まあ、そういう事にしておくよ」
 はたして先の折れたのは、光村だった。ふう……と、大きく息を吐くと、それまで緊張さ
せていた自他を解すように自嘲(わら)った。皆人ないし國子は、相変わらず出入口付近に
立ったまま仏頂面を浮かべている。
「心配しなさんな。任務に関してはきっちりと果たす。そういう契約だろう?」

 束の間ではあれど、一日また一日と平穏が戻ってきた。学園(コクガク)周辺で起こった
一連の事件も、やがては人々の記憶から薄れてゆくことだろう。それは渦中の人物たる七波
自身が、クラス教室から姿を消したことも大きい。日常的に元凶が視界に入らなくなれば、
周りの者達が受ける感情の刺激も、同時に減ることになるのだから。
「──」
 だが一度回り出した、棘だらけの歯車達は、最早止まる事はない。
 事態はその間も動き出していたのだ。ゆっくりと静かに、多くの者達が与り知らない影の
部分で確実に。
 日没後のとある建物。そこは七海の母・沙也香が転院した病院だった。消灯時間もとうに
過ぎてすっかり寝静まった院内を、一人の少年が歩いている。カツ、カツ。ゆっくりと。当
直に詰めていた警備員らを片っ端から倒して床に突っ伏させ、或いは気を失ったその頭を鷲
掴みにしたまま、ずるずると無遠慮に引き摺り回す。
 勇だった。龍咆騎士(ヴァハムート)姿ではなく人間のままで、しかし片手に下げた黒い
リアナイザの拳鍔(ダスター)からは、ぽたぽたと静かに彼らの返り血が滴っている。
 姿勢はやや前のめりで、前髪に隠れた表情からは紅く灯るような眼。勇はそのまま、警備
員達を辺りに放置すると、沙也香が眠る病室へと忍び込んだ。
 先日から続くヒステリーから、疲れが溜まっていたのだろう。彼女はそんな来訪者が枕元
に近付いて来ることにも気付かず、眠りこけていた。小さく上下するベッドのシーツが、辛
うじて彼女が生きていることを示す証明になっている。
「……」
 数拍の間。じっと見下ろす狂気の眼。
 そして彼は次の瞬間、ザッとその手を彼女へと伸ばし──。
                                  -Episode END-

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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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