日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「差惨華(さざんか)」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:天国、犠牲、恩返し】


 泣きたいのはこっちだってのに、見上げた黒一面からは次々と雫が降り続けている。
 暫く憎々しげに睨んでいたが、詮無いので諦めた。決してもろに目に入ってきてビックリ
したからとか、そういう訳ではない。ないのだ。
(……やっぱり早過ぎるよ。先生)
 その晩俺は、かつての恩師だった人の自宅を訪ねていた。同じく周りには、黒いスーツ姿
だったり喪服を着た男女がわらわらと。久しぶりに目の当たりにした玄関先には、ぼんやり
と暗がりの中で灯る『中嶋家』と書かれた提灯が下がっていた。
 一人静かに、くしゃりと髪を片掌で握り潰し、俺はそんな他の弔問客達を何処か遠巻きか
ら眺めていた。自身の分はいの一番に済ませてあるので、本来ならもう一度別れの挨拶でも
したら帰ってしまっても構わないのだろうが……。
「トシさん、七十五だったっけ?」
「ああ。確か今年でそれぐらいだった筈だ。喜寿まで二・三年って言ってたし」
「早いな。早い過ぎるよ。あの人はまだまだ、皆に必要とされる人だったのに……」
「──」
 多分先生の、生前の知り合い達だろう。軒先でそう、何人かが固まってヒソヒソ話をして
いるのが聞こえた。本人達はあくまで遠慮がちに、先生の死を悼んでいる心算でいるのだろ
うが、俺には寧ろ“惜しんでいる”物言いのように思えた。半分彼らから背を向けたまま、
俺は一人密かに舌打ちを漏らす。
(本当、何も解っちゃいねえ。先生は、俺達のせいで死んだようなモンなんだぞ……?)

 俺と先生の出会いは、かれこれ二十年以上も昔の話になる。
 当時俺は、何処にでもいる普通の高校生だった。いや、普通と呼ぶには語弊があるのか。
全国的な基準みたいなものは知らないが、あの頃の俺はいわゆる不良──グレていた。授業
もろくに出ずに、日がな他人と交わらないまま屋上で煙草を吹かせていた。
「お? やっぱりここに居たか~。次の授業、もう始まってるぞ?」
 先生はそんな頃、俺に親身になって接してくれた、数少ない大人の一人だった。
「……何しに来たんだよ。そっちこそ、授業に行ってろよ」
 なのに俺は、最初そんな先生の厚意をまるで理解していなくって。いつものサボり場所に
顔を見せてくる──邪魔しに現れたと認めるや否や、そうやって邪険に追い払おうとばかり
していて。
「生憎、この時間は空いてるんだわ。流石に俺までフケちまったら、お前ら生徒達にも示し
がつかんだろう?」
 がはは。言いながら、実にナチュラルにこちらに近付いて来て、隣に座り出す先生。つい
でに俺の咥えていた煙草を、ぺいっと引き抜いて足元でぐりぐり消火。顰めっ面になるこっ
ちを、妙に人懐っこく且つ豪快に面白がっては「よっこいしょ」と腰を下ろすのだ。
「……なら、次の授業の準備くらいしとけばいいだろ。俺みたいなのと絡んでたら、それこ
そ威厳もクソもねぇだろうが」
「ほほう? 随分と心配してくれるじゃねえか。大丈夫だ。俺が同じ内容を何年やって来て
ると思ってる? 授業用のノートくらい、今じゃあボロボロになるくらい使い込んでらあ」
「っ──」
 邪魔だと言っている。なのにこのガタいの良いオッサンは、尚も当時グレていた俺と話す
ことを諦めなかった。時々撒く為に場所を変えても、すぐに見つけて来て同じように隣に座
ってくる。一緒になって、校舎から見上げる四季の空をぼんやりと眺めてきた。
「なあ……ハム。お前は本当はいい奴なんだ。俺を含めて他人を気遣えるし、地頭だって持
ってる。頑張りゃあ出来るんだ。そんな意地になること、ねぇんだぞ?」
「……」
 俺の本名は公人(きみひと)。だから通称「ハム」。
 別に俺は太っちゃあいないんだが……。寧ろ細マッチョの二歩手前くらいなんだが……。
 それでも結局強く否定し、撤回もさせられなかったのは、何処かでこの人を受け入れてい
たからだったんだろうと今は思う。あの頃も今も、相変わらず素直になれずに損ばかりして
いるが、俺はあの人に救われた。突然未来を絶たれたような気がして、全てに対して投げ遣
りになっていた自分を、根気強く待ち続けてくれた人だから。
「余計なお世話だ。他人のあれこれを、勝手に探りやがって」
「……探りもするさ。うちの野球部のエースが、急に全部放り出して閉じ籠もっちまえば。
辛かったろうよ。親父さんとお袋さんが離婚して、大好きな野球を続けられなくなった。何
かにつけ金がかかるからなあ。負担を掛けたくなかったんだろ? ならちゃんと、お袋さん
に直接そう言えばいい。まだ難しいっていうんなら、俺が代わりに伝えてやる」
「……」
 子供心ながらに、自分の“我が儘”とは解っていたんだ。
 好きだけど止めざるを得なかった。それだけでストレスだったのに、当のお袋はそんな窮
状をおくびにも出さない。逆に何故辞めてしまったんだと、そんな子じゃなかったと説得す
る心算で、その実俺を責めていた。そうして気が付けば……俺は誰も信じられなくなってい
た。要するに、それだけだったのだ。
 お節介が。悪態を吐(つ)こうとして、でも現実は喉のギリギリでつっかえる。実際に出
たのはあからさまな舌打ちで、先生に対しても一瞥の睨み付けさえままならない。
「まぁ最後は、お前自身がどうにかしなきゃいけない問題ではあるんだろうがな……」
 すると先生は言った。一旦大きく深呼吸をして、真面目な面持ちになって。
 その後の俺の人生を良くも悪くも変える、とある一言を。
「これだけは言っとく。そうやってずるずるとワルをやっている間も、授業料って形で金は
払われてるんだぜ? お袋さんはその点で、何ら変わっちゃいねえ。お前はお前自身の言い
分で、自分の母親を困らせているだけだ。……別にワルが駄目だとは言わねえ。俺も若い頃
は色々馬鹿やってきたからなあ。その時の経験が後になって活きるってこともある」
「──金をせびりながらワルを気取るってのは、ぶっちゃけ格好悪い(ダサい)ぞ?」

 言い返す為の言葉は色々考えられたのだろう。だが少なくとも、俺については妙にその価
値観はストンと落ちた。嗚呼、どれだけ言い返しても、自分の反論は“屁理屈”の域を出な
いんだなと思った。
 その時から俺は──いや、本当はもっと前から──白旗を上げたんだ。たとえ一時は格好
悪くても、もう一度やり直す。他人の力を自分の実力と思い込み、自惚れたままでいるより
は、ずっと好い筈だと考えたから。
 結局野球には戻れなかったものの、俺は不良から一転して授業に出るようになった。先生
も自分の時間を割いてまで、理解の遅れていた俺に補習を施してくれた。まぁ後で段々と、
そこに参加する生徒は、一人また一人と増えていったけれど。お陰で俺は、ちゃんと高校を
卒業することが出来た。将来の為にも──お袋を楽させてやりたいと進学を決めた俺に、先
生は色々と手伝ってくれた。俺達の受験番号が、合格発表の中に載っていた時、子供みたい
に一緒になって喜んでくれたっけ。
 数年後俺は、とあるスポーツ用品のメーカーに就職した。選手としては中途半端に終わっ
てしまったけれど、何だかんだで野球を捨て切れなかったらしい。元実際にプレーする側と
して、俺は社内でもそこそこ重宝された。母校の後輩達にも時折商品を卸し、その元気溌剌
と駆け回る姿を正直眩しく見ていたものだ。

 ……先生が病に倒れたとの報せを受けたのは、ちょうど社会人として軌道に乗り始めてか
ら数年。ようやく真っ当な大人になれたのかな? と、自身が安堵し始めていた矢先。
 先生とは大学の卒業時や同窓会、あとプライベートでも何度か会っていたが、その時から
も年々衰えてゆくさまは確認していた。年齢のよる所も大きいのだろう。
 薄くなった頭はすっかり白髪に占拠され、ガタいの良かった身体もあの頃に比べれば随分
と小さくなった。時の流れとは残酷なのだなと、そう会う度に内心不安を覚えていたのは事
実ではあったが……。
「早いな。早い過ぎるよ。あの人はまだまだ、皆に必要とされる人だったのに……」
「──」
 終ぞ本人から直接打ち明けられることはなかったが、俺が卒業し、社会に巣立って行った
後も、先生はその世話焼きな性格から様々な他人の相談に乗っていたらしい。教職現役時代
には“困った”教え子達へのそれは言わずもがな、退職後も地域の人々や旧知の人間に頼ら
れ、幾つも役職やら肩書きを兼任していたそうだ。本人は「こんな年寄りになっても頼って
くれる」と笑っていたそうだが、実際その信頼と実績を利用されただけというパターンも、
しばしば在ったらしい。
(本当、何も解っちゃいねえ。先生は、俺達のせいで死んだようなモンなんだぞ……?)
 自分も含めて。俺は、通夜に顔を見せた先生の知人達のそんなヒソヒソ声を前に、内心怒
りが込み上げてきて仕方がなかった。申し訳なくて──自責の念が暴れたがった。
 結局俺達は、先生という人間に、それぞれの面倒を押し付けてきただけじゃないのか? 
それを必要以上に美談として、記憶の中で都合良く書き換えて、益々あの人を摩耗させる悪
循環に放り込んできたのではないか?
 俺自身、あの頃に受けた恩を、未だ全然返せていなかったというのに……。
「あっ、後藤君。良かった。まだ居たのね」
 ちょうど、そんな時だった。家の裏手からこちらに向けて、一人の女性がぱたぱたと手を
振って声を掛けてくる。先生の奥さんだ。今日はお子さん達も帰って来ているとはいえ、こ
れで独りになってしまった。元々線の細い女性(ひと)ではあったが、以前よりもやつれて
しまったように見える。夫に先立たれたショックをおくびにも出さず、尚も穏やかに優しそ
うな笑みを向けてくれるさまが、却ってこちらには辛い。
「お父さんと最後のご飯、一緒に食べましょう? 後藤君ならいいって、お父さんも昔言っ
ていたし」
「……はい」
 先生が生前、そこまで自分の事を信頼してくれていたと知って、また少し泣きそうになっ
た。でも涙を見せてしまえば、他ならぬ奥さんの感情を揺さぶってしまうだろうと、ぐっと
眼を見開いて堪え、俺は軽く目元を拭いながら小さく頷いた。
 通夜振る舞いは基本親族だけでやるものと思っていたが……こんな元不良の教え子でも迎
えてくれるらしい。事前の準備を少し手伝ったこともあるのかもしれないが、お子さん達は
了解済みなのだろうか? ぐるぐると思考・遠慮が先ず立ったが、当の奥さんに促されてい
る以上無下にも出来ず、歩き出す。
「ささ。こっちこっち」
 玄関先ではぞろぞろと、他の弔問客達が粗供養品を片手に帰ってゆくのが見える。俺は何
となく申し訳なく思いつつも、一方で内心誇らしくも感じて、奥さんの手招きに引っ張られ
るように裏口へと回っていった。

 気が付けば、雨脚は少し弱まったようだ。
 だけども俺は尚、泣く訳にはいかなかった。感情を押し殺して、今この場面(とき)が
過ぎ去るのを待つしかなかった。相変わらず頭上の空は、周りの夜闇と合わさって、どんよ
りと真っ黒なまま黙りこくっている。
                                      (了)

スポンサーサイト



  1. 2019/08/18(日) 00:00:00|
  2. 週刊三題
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<(企画)週刊三題「メメ・ター」 | ホーム | (雑記)良貨と悪貨と風物詩>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://higurasisouann.blog27.fc2.com/tb.php/1143-557cc755
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

訪問者累計

最新記事

最新発言

検索窓

月別履歴

08 | 2019/09 | 10
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -

分類/索引

【案内板】 (2)
【小説:短編】 (20)
本の蟲 (1)
硝子野不動産店 (1)
夏の日の幻影 (1)
四番線の彼女 (1)
夢視の宿 (1)
線を曳く町 (1)
炬燵の神様 (1)
三者三盗噺 (1)
色眼鏡 (1)
奴らは攻城戦師 (1)
詰め替える (1)
同じ籠の狢 (1)
二十年後の遺言 (1)
轍の先 (1)
水に流せば (1)
真夜中の御二柱 (1)
いつか見た夢 (1)
神様達の初詣 (1)
白い花束 (1)
丸の代償 (1)
【小説:長編】 (188)
Amethyst League (6)
アンティーク・ノート (3)
ユウキのヒカリ (5)
NIGHT GUNNERS (5)
レディ・ルーン-Bonds of RU'MEL- (6)
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- (108)
死に損いのデッドレス (5)
Dear SORCERY (4)
サハラ・セレクタブル (46)
【企画処】 (459)
週刊三題 (449)
その他参加物 (10)
【資料庫】 (2)
【落書帳】 (2)
【詩歌帳】 (8)
【雑記帳】 (396)
【読書棚】 (32)
【遊戯倉】 (25)
path. (4)
decide: (3)
ユー録FW(凍結中) (17)

記事録

交友関係

このブログをリンクに追加する

(RSSリンク)

(QRコード)

QR

Tweets by long_month