日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅷ〔107〕

 時はちょうど、グノアの処刑が中継され、世間の眼差しがそちらへと釘付けにされていた
タイミングと重なる。
「ま、待ってくださいよ~! 先輩~!」
 とある雑誌社に勤める、女性記者と男性撮影技師(カメラマン)のコンビだった。二人は
世間の注目が件の処刑に向かっている中、密かにトナン皇国へとやって来ていたのだった。
「遅い! ネタは待ってくれないわよ?」
 後を追ってくる後輩に、先輩記者である彼女は振り返る。今回の目的は、行方知れずとな
ったジーク皇子及び、クラン・ブルートバードの消息だ。
 古界(パンゲア)・ディノグラード家の葬儀に加え、弟皇子アルスも失意の休学。以降そ
の動静はなく、学院側も秘して沈黙を保っている。今はそっとしておいてあげてくれという
ことなのだろう。
 だが……そこではいそうですか、と引き下がる訳にはいかない。人々が強く知りたいと望
む時、何者かが風化させようとしている時こそ、自分達ジャーナリストの出番なのだから。
「だからって、俺達がすっぱ抜けるネタですかねえ? 例の処刑の方が、絶対に“撮れ高”
はいいッスよ?」
 一方でこの後輩は、今回の取材(えんせい)にあまり期待していないようだった。首から
下げた写姿器を片手に、普段見慣れぬトナンの和圏建築を時折見回している。
「横並びの記事なんか書いても、変わり映えしないでしょうが。うちみたいな小さな所は、
どうしても大手の報道に埋もれてしまう──独自報道を怠れば、じわじわと沈んでしまうん
だから」
 それでも彼女は、自らが勝ち取った情報に拘っていた。組織としての大きさに劣る分、追
従するだけの記事だけでは、どうしても大手の側に分がある。彼女は意気込んでいた。尤も
実際に記事を手に取る人々は、そのような事情など構いはしないのだが。
「さあ、聞き込みを始めるわよ!」
「はいはい……」
 故に二人は、というよりも主に彼女がぐいぐいと彼を引っ張り、両皇子の祖国・トナンの
地での取材を開始した。自分達が戴くジーク・アルス兄弟の事となれば、領民らも十や二十
思う所はある筈だと踏んだのだが──。

『あんたらも、ジーク様が死んだって言いたいのかい?』
『ブン屋はいつだってそうだ。他人に不幸があると、すぐに飛んで来る……』
『一番哀しんでるのは両陛下だ。俺達が何を言おうと、お二人の痛みに敵いやせんよ』

 滞在から数日、そんなある種の希望的観測は容易に砕かれた。話を聞いて回った限り、大
半の領民が思ったほど不満をぶちまけてはくれなかったのだ。或いは余所者に対して、不敬
を誰かに知られては拙いと暗黙の了解でもあったのか。
 少なくとも、国内情勢は少しずつ明らかになってきた。傷心のシノ女皇は体調不良を起こ
して倒れ、現在は夫・コーダス皇が代理として政務を回しているらしい。
 だが一方で、当のジーク皇子は過去あちこちの世界を旅して来ているため、敗北後も何処
かで身を潜めているのではないか? という憶測も多く聞かれた。二年前のフォーザリア鉱
山での一件から、突如として大都(バベルロート)に現れて、かの“結社”を撃退した先例
を指すのだろう。希望的観測なのか、まだ信じたくないだけなのか『まだ死んだと確定した
訳じゃない』──そう零す領民も、少なからずいたからだ。
「ですが、ディノグラード公の葬儀は行われたのに、こちらはそんな話さえ出ていないんで
しょう?」
「実はもう、治療中だとか? 同家が匿っているとか?」
「それとも……。表に出せないほど粉微塵になっているか……?」
「な、何てことを!」
「他国人だからといって、皇子らを侮辱するのは許さんぞ!」

「──はあ」
 結果、収穫はあまり無し。寧ろこちらが記者だと判ると、多くの領民達は不信の眼差しを
向けてさえきた。先代アズサ皇の治世を知りながら、放置していた事などを今も根に持って
いるのだろう。彼らはまだジーク皇子らの復活を信じているようだった。信じたいようだっ
た。心情としては、無理もないが。
「どうするんですかあ。肝心の皇子達の消息、分からずじまいですよ? まぁここの写真を
切り貼りすれば、繋ぎの記事一つくらいは出来そうですけど……」
「そんなのじゃ駄目よ! 何も獲って来れなかったって白状しているようなものじゃない。
正直、ここまで頑なだとは思わなかったわ」
「……そうッスね」
 参ったな。二人はそう、一しきり取材を終えて街の一角に座り込んでいた。滑らかな石の
ベンチが、ひんやりと尻から背中へと温度を伝える。暫くの間、お互いに掛けるべき言葉を
見つけられずに黙っていた。
 本を正せば、確かに自分達ジャーナリストの取捨選択、被害感情が故の非協力的な態度な
のだろうが……それは別に、直接自分達の仕業という訳でもない。
「こんにちは」
 しかし、ちょうどそんな時だった。
 ニッコリと、妙に紳士的に微笑む男性──トナン領民と思しき装束を着た、見知らぬ人物
が一人、こちらに向かって近付いて来たのは。


 Tale-107.知れ渡ること、義憤(いか)ること

「ルキ……。一体、どういう心算だ?」
 先刻までの絶対的優位を覆されたことに対して、最高神(ゼクセム)は不快感を隠すこと
もせずに、そう反旗を翻した面々を睨み返していた。
 トーガ風の衣装と上衣、神格種(ヘヴンズ)達。ないしその尖兵たる天使(エンゼル)。
 軍勢を率いるのは、淡い金髪の青年神・ルキだった。部下達にゼクセムらを包囲させ、向
けられた多数の電子銃の銃口を後押しに、彼は静かにこれを見下ろしている。左右に控える
別の側近達は、何故かアルスが取り上げられた筈の六華を抱えていた。
「叛逆だと言った筈ですが? 長い時を生き過ぎて、地頭まで落ちましたか」
 それでもゼクセムは、あくまで恐れを知らない。銃口を向けられている身の危険より、王
たる自身がそんな目に遭わされようとしていることへの怒りが勝っていたようだ。
 ちらりとルキは、一度アルスとエトナを見遣ったように見えた。半ば成り行きで巻き込ま
れたとはいえ、本来部外者である二人が交じっているのが珍しかったのか。
「……以前から、俺達は再びの創世には反対だった。そこの少年の言う通り、この世界は俺
達を延命させる為に創られた。元々はもっと違う理由だったが……。所長(チーフ)。あん
たらはこの世界の者達を見捨てるのか? こちらの世界もガタが来たから、用意した“次”
の世界に乗り換えるってのは──“逃げ”だろう?」
「黙れ! 何を今更……。お前達も、承知の上で共に避難して来た身ではないか」
 ギリッと、たっぷり歯を噛み締めてから、ゼクセムは叫ぶ。ルキ一派に制圧された他の部
下達も、ようやく自分達が謀反を喰らったという現実に理解が及んできたようだ。計画の肝
心要の部分を邪魔され、破壊された。こいつらは正気じゃない……。
「確かに、元々この世界はあくまで“箱庭”だった。我々の誇る、科学の究極へと至る道と
なる筈だった。だがそれも、かの“閉界(エンドロォル)”によって台無しになり、避難先
とせざるを得なかった……。ようやくだったのだぞ? ようやくここまで文明が発展し、十
二分な魂(エネルギー)を得るに至ったのだ。それをッ!!」
『……』
 先ほど、本人の口から暴露されていたとはいえ、アルスはエトナと共に酷く幻滅した表情
を浮かべていた。彼ないし神格種(ヘヴンズ)──自分達が神と呼んできた者達の本性と、
リュノーの暗号文に残されていた内容。こうして実際に彼らと相対した時点で、もう解って
しまってはいたものの……。
「──」
「? アルス?」
 それでも。
 次の瞬間、アルスはゆっくりと立ち上がっていた。ゼクセムとルキら、双方がふいっと視
線を遣ってくるのも構わないまま、彼は一人大きく両手を広げて立ち塞がる。ゼクセムを庇
うようにして、ルキ一派の前に割り込む。座り込んでいたままの相棒(エトナ)が、頭に疑
問符を浮かべて戸惑っている。
「……何の心算だ? そいつらはさっきまで、君達を殺そうとしていたんだぞ?」
「それとこれとは話が別です。目の前で誰かが傷付けられようとしているのに、放ってなん
ておけない」
 ルキの問いにそう真っ直ぐ──いや、少し据わった目付きを返すアルス。
 すぐ後ろで、エトナが静かに目を丸くしていた。混乱する部下の神格種(ヘヴンズ)達。
軍勢の銃口が改めて、二人にも向けられようとする。
「それに……。僕達は貴方達にとって、創造物に過ぎないかもしれないけど、貴方達もまた
同じく“人間”なんだ」
『──』
 目を見開く場の神々。狙うルキ達と、庇われた側のゼクセム達。
 ただ決定的に違うのは、直後前者がアルスを明確に“敵”と認識したことだ。後者が戸惑
いの中、期せずして彼が自分達に味方し始めたらしいという事実と、ゼクセムが一旦大きく
見開いた目を、スッと密かに細めたという小さな変化だった。
 思わぬ援軍。棚ぼたな“馬鹿”の出現。
「大丈夫だ。私はこの世界のおける最高神。誰も、私を傷付ける事など──」
 しかしそんなゼクセムの言葉は、文字通り物理的に遮られたのである。
 言い切る前に彼の身体を、目にも止まらぬ一条の光──光線(レーザー)が貫いた。庇い
立てをしていた自身のすぐ横っ腹を通ったそれを、アルスやエトナが驚愕の表情で振り返っ
ていた。部下の神々も悲鳴に近しい反応を吐き出し、当のゼクセムも激痛に悶えながら、穴
の空いた壁硝子を背景に蹲り出す。
 ジュウジュウッと、大量の光子(ち)が身体から零れ出ていた。
「そ、そんな! ゼクセム様が!」
「どういう事だ!? ルキ、お前は一体……??」
「……俺達神格種(ヘヴンズ)は、元々の肉体を捨て、核たる魂と精神のみでこちら側に定
着した存在だ。代わりに信仰──数多のヒトから供出されたエネルギーを器とし、現出を維
持している。例えるなら鎧のようなものだ」
「だ、だが、先程の魔流(ストリーム)の乱れで、魔導だって届かない筈!」
「さっきのはお前の色装だろう? なのに、ゼクセム様の防御を貫ける訳が──」
「単純な理屈さ。要はその信仰(ぼうぎょ)を上回ればいい」
 荒く息をついて、蹲ったままこちらを睨み上げているゼクセム。突然の攻撃に対応一つ出
来なかった部下達が、矢継ぎ早に問い詰めようとしていた。
 対するルキは、これもまるで織り込みだと言わんばかりに続ける。光線(レーザー)を放
った煙の残る指先を、一同に向けたまま答える。
「今の俺達は、あんたらの信仰を上回っているんだよ。まぁ今の今まで気付かなかったから
こそ、こうやって計画は実行に移せた訳だが」
 そうして懐から取り出したのは、一体の神像だった。なまじ信仰によって存在を保ってい
るからか、じっとこれを睨むように観察していたゼクセム達が、ハッと何か思い当たる節を
見つけたらしい。
「それは、“楽園(エデン)の眼”が信奉している……」
「そう。そしてこの意匠(デザイン)には、神としての俺の象徴が混ざっている。この像へ
祈るということは、即ち俺に信仰の力を捧げているということだ」
 な──何だって?!
 ゼクセム達、そしてアルスとエトナもまた、彼の告げたこの真実に酷く驚いたのだった。
 神々らはともかく、結社(れんちゅう)がそんな信仰を持っていたとは……。つまり彼は
間接的に、力を集めていたということだ。反逆の為の力を蓄えていたということになる。
「“結社”の、神像……」
「じゃあ、もしかしなくてもあんたは……!」
「ああ、そうさ。全てはこの日の為の仕込みだ。仮に“大盟約(コード)”を消滅させられ
たとしても、こいつらが根こそぎ世界中の魔流(ストリーム)を分捕っちまえば、救済も何
もないからな」
 アルスの呟きと、エトナの誰何。ようやく全てが繋がった。
 地底武闘会(マスコリーダ)の一件、レダリウス神による天使(エンゼル)襲撃の黒幕は
彼だったのだ。“結社”と繋がっている神はルキ。寧ろレダリウス神は元部下、体よく利用
されただけの可能性が高い。
「き、貴様ァァァーッ!!」
 腹部に空けられた穴から、大量のエネルギーが漏れ出してゆく。ようやく、辛うじて膝立
ちほどまでに体勢を持ち直したゼクセムは、謀られた自身と相手の全てに剥き出しの怒りを
ぶつけていた。されど、半ば不意を突かれて力を失う一方の最高神は、この反逆の神々を押
さえ込むことすら出来ない。
 再び訪れた絶体絶命のピンチ。そのリーダー格たる淡い金髪の青年神は、ゼクセムやアル
ス達に向かって、もう一度指先に眩い光線(レーザー)のエネルギーを溜めながら言う。
「改めて名乗っておこう。俺は遊戯と寓意の神もとい、結社“楽園(エデン)の眼”創立者
が一人──“破神”のルキだ」

(あの揺れは、一体何だったのか……)
 シンシアとカルヴィン、ゲド・キースのお付きコンビにルイスやフィデロといった、アル
スの学友らと合流を果たして。
 ハロルド以下アルス救出班は、深刻な面持ちのまま神界(アスガルド)の丘陵を駆け抜け
ていた。やがて地形は変わり、位置は下へ下へと降りてゆく。
 目指すは遠巻きに見えている、不自然なほど整った人工塔群。おそらくは天上の神々──
神格種(ヘヴンズ)に絡む施設だろう。アルスとエトナが連れ去られた、或いは他人の居る
場所を目指したとすれば、自分達と同じようにあそこへ向かった筈だ。
 しかし……彼らを捜そうとする緊迫感を、また別種のそれで塗り替えてしまう出来事が、
先刻起こった。自分やシンシア、精霊の一人であるカルヴィンにルイス、フィデロ。魔導師
及びそれに近しい面々にしか、直接視認は出来なかったようだが。
 辺り一面──いや、この世界という広さそのものを単位に起こったような、突然の精霊達
の悲鳴。膨大な量の魔流(ストリーム)が、そんな彼らの痛みと共に激しく弾けた。
「……ここに来てから、妙だとは思っていたんだ」
 先頭を行きながら、そうハロルドはごちる。ミアやリンファ、リカルドといった仲間達が
無駄のない動きで並走し、ちらっとこちらを見遣っている。
「あの塔、おそらく地下へと、魔流(ストリーム)が集束しているように視えた。最初視た
時は、そういう働きの為の施設なのかと思っていたが……」
 バチンと、反動のように魔流(ストリーム)が弾け飛んださまから、少なくともあれは人
為的に起こされたものだと理解した。即ち魂達が集められていた。地上や地底層でも遍在し
てこそいるが、到底自然の現象とは言えまい。
 更に神格種(ヘヴンズ)は、創世の民。
 そしてその正体は、リュノーの暗号文が暴くに“外”の世界の人間達で……。
「まさかとは思うが、彼らはまた“創世”を行おうとしているのではないだろうか?」
 故にハロルドが行き着いた仮説に、仲間達がめいめいに目を見開く。特に件の暗号を直接
解読していた、シンシアら学友側の反応は早い。こちらに見せる表情は一様に険しく、深く
眉間に皺を寄せている。
「……彼らがまた、避難する為に新しい世界を創ろうとしてると?」
「元々この世界も、彼らが避難先として用意したものだ。彼ら自身が一度経験し、それでも
尚、こちら側においても“閉界(エンドロォル)”発生の危機が現実にあると判った以上、
何も対策をしていないとは考え難い。現在進行形で備えていると考えるのが自然だ」
「そんな……」
 あくまで淡々とハロルドは語る。未だ仮説の域だとは断ったが、経緯に鑑みるに可能性は
高い。リカルドが「神なのに、俺達を見捨てるのかよ」と舌打ちしたが、ハロルドはだから
こそだと返した。所詮は彼らもヒトなんだ──買い被り過ぎなんだと、神官の家系に生まれ
た者としては本来あるまじき物言いであろう、冷めた眼差しを眼鏡の奥に秘めて。
「先程の魔流(ストリーム)……間違いなく何かしらのトラブルが起きた筈だ。単純に彼ら
の計画が上手くいかなかったのか、或いはアルス君とエトナが抵抗した副作用か……」
 どちらにせよ、確かめてみる必要がある。もし神格種(ヘヴンズ)達に二人が捕らわれて
いるという推測が当たっていれば、良い傾向と悪い傾向が差し引きゼロといった所か。
 先程から、道中のあちこちで機能を停止した天使(エンゼル)達が転がっている。自分達
にも襲い掛かるほど普段から巡回し、侵入者を排除していたらしい動きを踏まえれば、二人
も同じように遭遇した可能性は高いだろう。こと二人は、直接戦闘に向いた能力とは言えな
いのだから。
 加えて神格種(ヘヴンズ)達にとってみれば、彼は“不都合な真実”を知る、数少ない人
間でもある。
「──お? 案外出入口の守りは手薄っぽいな。それとも、何か人力に頼らない手段でも使
ってるのか」
 そうしていると、やがて目指すべき人工塔群がすぐ近くまで迫って来た。その全景が見上
げても捉え切れぬほどになる分、足元の詳しい様子がここからでも確認できる。
 キースが密偵らしく目を利かせ、各塔に空いている正面ゲートを観ていた。出入口はおろ
か、周辺にさえそれらしい見張りの姿はない。或いは近付くにつれてどんどん増えている、
微動だにせず辺りに転がっている天使(エンゼル)達が、本来その役割を担っていたものと
思われる。
「ふむ? 中々良い好機(とき)に来たようだな」
「ドウデショウカ。コノヨウナ異変、彼ラモ気付イテイナイトハ思エマセンガ……」
「そうだな。ここまで静かだと、却って不気味だ」
「……気を付けて進もう。二人を、救出するぞ」
 予想に反して、随分すんなりと侵入出来そうな相手側(てき)の拠点。
 ハロルド以下救出班の面々は、アルスとエトナの姿を求めて突入を開始する。

 魂魄楼の南西、煉獄第四層・金輪の間。
 前代未聞の大脱走劇は、その一角から始まった。ジークと前トナン女皇アズサを中心とす
る一団は、密かに溜め込んでいた武器や物資を総動員。獄内全体を貫く中央監視塔への突入
を開始したのである。

『決起って……。戦力も何も、この錠が外せなきゃ満足に戦えねえだろ』
『問題ないわ。というか、人の話は最後まで聞きなさいな』
 戦いが始まる少し前、ジークは思わず眉根を寄せていた。
 まだ皆の下に戻れる可能性が残っているとは解ったが、まさかこいつが手を貸してくれる
とは思わなかった。再会出来るとは予想だにしていなかった。
 ……いや、本人にとっては良いカモが落ちて来たというぐらいの認識なのだろう。あの時
は敵同士として戦ったが、今は利害が一致している。精々こちらも利用し返してやろう。何
より、皇国内乱(あのたたかい)はもう終わった事だ。
『確かに、私達の首に嵌められたこの封印錠は、錬氣や魔導を使えなくする──オーラって
奴を閉じ込める。まぁ私には関係ないのだけどね……。でも外す手段は、既に用意済みよ』
 言ってアズサは、取り巻きの者達に合図し、ずいっとジークの前に近付かせた。
 か、顔が近い……! そのむさ苦しさに思わず顔を顰めようとしたが、彼らが至近距離ま
で詰め寄った理由は、他でもない自身に嵌められていた封印錠だった。首輪型のそれを前か
ら横から覗き込み、表面にとある番号の羅列を確認すると、すぐさま振り向いてアズサに知
らせる。
『あんたは知らないだろうけど、この封印錠はある程度使い回されてるのよ。量産された物
と言った方が正確なんでしょうけどね。煉獄内の囚人の数は、それこそ膨大よ。その一人一
人に、全く別の首輪をこしらえるコストは高過ぎると思わない?』
『あっ……』
『伊達に前から、此処に放り込まれていないのよ。これまで調査を続けてきて、大方の製造
番号と対応する鍵の形は把握しているわ。後はそれに合わせた合鍵を……用意するだけ』
 チリンと、彼女が懐から取り出した輪っかには、幾つもの加工された針金がぶら下げられ
ていた。物資の乏しい獄内でも、大昔に設けられた施設の残骸などが在る。そこから使えそ
うな材料をこっそり持ち出し、形に合った合鍵を作り出していたのだ。
 告げられた番号を確認してから、アズサはジークの首に嵌っていた封印錠を解除する。重
苦しいガコンッという音と共に、力を押さえ込んでいたそれは砂地の上に落ちた。他の取り
巻きの囚人達も、これを合図に互いの枷を外し始める。
『鍵と一緒に通してある、金属片(プレート)と同じ番号の錠を探しなさい。そうすれば私
達の作った合鍵で、その人間は解放できるわ。私達を助けてくれる、駒として……ね』

「──押せ押せっ! ぶち破れーッ!!」
「武器を奪え! 少しでもこっちの戦力を増やせ!」
「いや、それよりも先ず人工魄だ! 死神達が予備を持ってる筈だ。ぶっ倒すついでに回収
してゆけ!」
 かくして時は、現在に戻る。期せずして獄内を襲った震動と、獄吏たる西棟死神隊の混乱
を突き、一行は監視塔を強襲していた。平時張られていた筈の結界も、先の異変でかなり弱
くなっている。頭数で叩けば押し切れはしただろうが……好機が重なったと言えよう。
「な……何で囚人達が!?」
「く、首輪が! 封印錠が取れてるぞ!」
「どうなってるんだ!? 鍵は、五席から上が管理してる筈じゃあ……??」
 加えて北・東棟と比べて、彼らは実戦経験に劣っている。普段相手にしているのが力を削
がれた囚人達で、仮に抵抗されても優位が揺るぐことは皆無だからだ。
 騒ぎの勢いに乗り、怒涛の正面突破を図ってくるジーク達に、下っ端の彼らは初手から負
けていたのである。こと生前から戦い慣れていたこちら側の面子に、ある意味平和ボケして
いた死神達は次から次へと倒されていった。組み伏せられ、得物や懐にしまっていた小さな
スリーブ箱──人工魄の予備を奪い取られる。
「……おいおい。マジかよ」
「死神達をぶちのめしてるぞ。首輪、どうやって外したんだ?」
 更に戦いの様子は、同四層内の他の囚人達にも気付かれる事となった。遠巻きながらもあ
ちこちの物陰からこの一部始終を眺め、且つジークらが塔内を少しずつ制圧しているさまに
驚愕や戸惑いの表情(かお)を浮かべている。
「同志達よ、聞きなさい! 私達はこれから、この煉獄を脱出する! 封印錠を解除する為
の合鍵は、ここにたくさん用意してある! 自由になりたければ……私達に続きなさい! 
武器を取り、自らの意志と力で勝ち取りなさい! 死神達から仮の肉体・人工魄を手に入れ
れば、もう魂が蒸発する危険に怯え暮らすこともない!」
 監視塔内の窓から、加えてアズサがそう彼らに向かって朗々とスピーチをし始めた。流石
は元一国の王。実際の所は扇動なのだが、人々を焚き付ける術は心得ているようだ。
「自由に……なれる?」
「で、でも。外に出られたって……」
「おおーッ!! 俺はやるぜ!! こんな所に居たって、どうせ乾涸びて死ぬだけだ!」
「もう死んでるんだけどな……。まぁいいや。その誘い、乗ってやらあ!」
 ざわついていた眼下の声が、やがてドスの利いた大合唱に変わっていた。フッと不敵に笑
うアズサが、踵を翻しながら彼らに向かって鍵束の一つを放り投げた。直後彼らは我先にと
これへ殺到し、次々と封印錠から解放される。獣のように上った血の気に任せながら、一人
また一人と、塔内へ加勢に駆け付けて来る。
「相変わらずえぐい事考えるなあ……。まあ今は、心強い味方ってことでいいのか」
 並行してジークも、彼女の取り巻き達と共に死神らを倒し、手に入れた人工魄を早速使っ
て大きく膨らませた。十六番隊の隊舎でマーロウに渡された時と同じく、小さな鈍色の飴玉
のような人工魄は、大きく破裂して黒く被覆。魂と精神だけの存在だった一行に、仮の肉体
をもたらす。
「……よしっ! これで身体も万全、刀も二本……。たっぷりと礼をしてやるぜ!」
 どりゃああああーッ!! そしてようやく全力を出せる状態に戻ったジークは、他の仲間
達よりも頭一つ以上抜きん出た勢いで、更なる攻勢を死神達に仕掛ける。「ひいっ!?」相
手はとりあえず武器を構えて固まり、必死に隊伍を組もうとしていた。しかし水を得た魚と
なったジークの、豪快な剣捌きと錬氣を前に、彼らは押し留める術さえ持てない。次々と、
その人並み外れたパワーに押され、千切っては投げ千切っては投げされて吹き飛んでゆく。
「くぅっ!! 調子に……乗るなァ!!」
「五月蠅(うっせ)え! 邪魔だ! どけぇッ!!」
 そんな無双状態を止めるべく、場の班長らしき壮年の死神が太刀を振るってくるが、これ
もジークは揃えた二刀の腹で受け流し、同時に相手の懐に潜り込んだ。なっ──!? 驚く
隙もそこそこに、次の瞬間には両脇から振り戻した剣閃が、彼を逆袈裟に斬り捨てる。
「ぐばっ……!!」
「ジーク。遊んでばかりいないで、昇降機を探しなさい。外へ向かうわ。まかり間違っても
下に行っては駄目よ?」
 人工魄の黒い飛沫と共に、白目を剥いた壮年死神が倒れる。
 戦いを続けるジークと自身の取り巻き達に、戻って来たアズサは次の行動をせっついた。
階下からは既に、加勢に訪れた他の囚人らが集まり始めている。敵本隊も騒ぎを聞き付けて
いる頃だろう。これ以上の長居は無用である。
「下? そういや他にもまだ在ったんだっけ……。だが上なら構わねえ。確かマーロウさん
達は、二層と三層に入れられてる筈だ」
「まさか助けに行く心算? 此処は敵地よ? 脱出したいなら、一気に地上の出口まで向か
うべきよ。死神達も、私達を捕らえ直す準備を始めている筈だわ。時間は……そう多くは残
されていないのよ?」
「……なら俺は、ここで降りる。あの人達は俺の恩人なんだ。生きてた頃も、俺がこっちに
来てからも」
 当初アズサ達は、中央監視塔への突入を果たした後、一挙に地上を目指そうとしていた。
しかしそんな彼女らの言い分に、対するジークは頑として異を唱える。たとえ自分が此処か
ら脱出が叶わなくなっても、マーロウ達を見捨てて逃げる事など出来ないと。
 数拍不意に、二人の睨み合いが続いた。あくまで体よく利用されているだけだと、気付い
ていない訳でもなかろうに、ジークの意志は硬かった。ギロッと鬼気迫る形相で、されど自
分という戦力が抜ける事で被るアズサ側の損害を、まるで見通しているかのように彼は言い
放って聞かなかった。
 沈黙と火花。やがて結局折れたのは──他でもないアズサだった。
「……仕方ないわね。でも足手まといになるようなら、容赦なく切り捨てて行くわよ?」
「ああ。分かってるよ」
 塔内を探し回って見つけた昇降機へと向かいつつ、アズサがそう半ば嘆息気味に言う。
 ちらっと殆ど見返す事もせずに、ジークは壁横の操作ボタンを押していた。……その心配
はない。仮にも、死神衆のいち隊長を任されていた人だ。場合によっては或いは、自分より
もよっぽど強いだろうし、力になってくれるだろう。
「ぐ……、あっ……!」
 開いた昇降機の中へと次々に乗り込んでゆく、ジーク・アズサ連合と加勢の囚人達。
 彼らに倒された班長格の死神は、息も絶え絶えに床に転がったまま、この後ろ姿を目に焼
き付けようとしていた。同じくボロボロにやられた部下達が「は、班長……」「動くと傷に
障ります……」と押し留めようとしていたが、当の彼はこの時全く別のことを考えていたの
だった。
(凄腕の二刀流……。後ろ髪を括った、女傑族(アマゾネス)の青年……)
 頭の中にある引き出しを探るように、最近の記憶を片っ端から引っ張り出す班長。そこで
ようやく、彼は気付いたのだった。思い出したのだった。
 嗚呼、そうだ。あれは確か、レノヴィン兄弟の片割れの……。
「班長?」
「わ、私の事はいい。それよりも早く、本部に連絡を。二層と三層に兵を送れ。私の記憶が
正しければ、奴は例の東棟と同じ──」


『ジーク皇子は二度死ぬ』
『ブルートバード、前代未聞の“蘇生”作戦』
 元使徒グノアの処刑から程なくして。人々の賛否両論の興奮が冷めやらぬ中、現世──特
に地上・顕界(ミドガルド)において、更なる衝撃が駆け巡っていた。ある雑誌社による、
突然のスクープだった。記事曰く、ジーク・レノヴィン達は現在、冥界(アビス)に居ると
いうのだ。
 先日“結社”が犯行声明を出したように、かの皇子は本当に竜王峰における戦いで命を落
としており、生き残った仲間達がその魂を取り戻す為に同界へ突入している──本人の遺体
はおそらく秘匿・保存されている筈なのだと。
 信じられない……。最初記事を目の当たりにした人々の反応は、大よそそんな驚愕や戸惑
いの類だった。死者の蘇生。それは世界の“常識”からして盛大な掟破り(ルールいはん)
ではあったが、記事が綴る内容からは、理屈の上でそれが成り立つ事も示されている。
 ──昔から冥界(アビス)という概念は在ったが、まさか本当に存在していたのか?
 ──本当に飛ぼうと思えば、そんな“死者の世界”に、踏み込む事が出来るのか?
 人々は各地で戸惑い、問いを投げ掛け合う。にわかには信じられなかったが、彼らが先の
戦い以降消息を絶ち、尚且つ事情を知っている筈の統務院やディノグラード家が一様に口を
噤んでいる状況からも、辻褄は合う。
 疑問は少しずつ確信へ。
 嗚呼、そうだ。彼らは何時だって、自分達の予想斜め上からやって来た……。
『……何でだよ』
 だが、そうして最初の波紋が収まり始めるや否や、人々の間には更なる動揺が音を立てて
蠢き始める。クラン・ブルートバード──特務軍のそれが現実だと知り、めいめいの中で咀
嚼してゆく中で、それはある意味当然の流れではあった。

『何でレノヴィン(あいつ)だけが、生き返っていいんだ?』

 衝撃と義憤(いかり)。これまで“結社”との戦いに巻き込まれ、大切な誰かを失ってき
た世界中の人々は、はたしてその「一抜け」に強く憤りを覚えたのだ。有り体に言えば、激
しい嫉妬である。自分達だって、取り戻したい。もう一度会いたいのに……。
『というか、宗教の連中はこの事を知ってたのか? 人の生き死には専門分野だろうが』
『私も長いこと教会に通っているが……神父様からそのような話は聞いた事がない』
『……知ってたのか? 知ってて、ずっと黙ってやがったのか!?』
 故にその批判の矛先はやがて、各種の教団ないし特務軍を預かる統務院各国へと向かい始
めた。事実一部の、敬虔な信徒だった者達はデモ隊と化し、連日自分達の属する宗派の拠点
や国の出先機関へと押し掛け出す。
 拙いな……。水面下で、王や議員達は焦りを募らせていた。こと今回の一件に深く関わっ
てきたハウゼンやファルケン、ロゼにウォルターといった四盟主の眉間には皺が絶えない。
いずれ暴かれるであろうと想定していたとはいえ、あまりにもタイミングが悪過ぎる。先日
のグノア処刑を持ち掛けた──人々の不満にぶつけたファルケンは、特に苦虫を噛み潰した
ように、玉座で重苦しい思案を続けている。
 どうにも出来過ぎている。これも、結社(やつら)の差し金か……?

「──全く。とんだ火の粉を被らされたものです」
 聖都クロスティア。かの“聖女”を始祖とする、クリシェンヌ教団本部。
 教皇エイテルの座す謁見の間にて、枢機卿達や史の騎士団団長リザ、副官のミュゼら文武
両責任者が集まっていた。リザの若干芝居がかったポーズに、出席した枢機卿達が一様に面
白くないといった顔をする。彼女はあくまで神官騎士であり、究極その武だけでも生きてゆ
けるという認識──やっかみが在ったからだ。
「まるで他人事のように……。これは我々教団としても、拙い事態なのだぞ?」
「聖女(レナ)様の一件で、教団の求心力は低下したままだというのに……」
 寧ろあのような直接対決があったにも拘らず、文官側たる彼らの頭の中はそう変わっては
いないようだった。向けられた口撃も何処吹く風でリザは聞き流し、ミュゼに至っては、彼
らを無言のまま冷たい眼差しで眺めている。
「止しなさい。今私達が、身内同士でいがみ合っている場合ですか」
 されど部屋の中央、玉座に着くエイテルはそう両面々を窘めた。リザ以下神官騎士、枢機
卿達も、それぞれ低頭しながら跪く。
 組織の長として、事態が決して自分達にも良い影響を及ぼさないとは勿論解っていたのだ
が……一方で無理に隠匿する行為が、信者達にどのような心証を与えるか? かの一件で、
自分達は高い授業料を払いながらも学んだではないか。
「急ぎ会見の準備を。私が直接、人々に語り掛けることとします」
 はっ! た、直ちに!
 そして彼女からの命令に驚くよりも早く、彼らは動き始めた。
 弾かれるようにして起き上がり、部屋の隅に控えていためいめいの部下にそう踵を返して
指示を飛ばす枢機卿達。教団内はにわかに騒がしくなり出した。
 必要なのは、早期収束(せいい)──。
 そんな中、当のこの若き女教皇は、スッと密かに目を細める。

「っ……キリがねぇな。流石に真正面から突っ込むのは無理があったか」
「全てを相手にする必要はない。とにかく、ジークの居所さえ判れば……」
 時を前後して、魂魄楼東側外壁。ちょうど右下(かど)に当たる部分。
 ルフグラン号ごと突撃を試みた、イセルナ以下ジーク救出班及びヒムロら三隊長は、同楼
の防御結界を破壊することで侵入を果たしていた。現場に居合わせ、混乱する他の死神達と
なし崩し的に交戦状態になりながらも、一行はそれぞれの目的の為に二手に分かれて進もう
とする。
 されど、予想以上に敵の守りは堅かった──如何せん数が多過ぎた。元より地の利も数の
力も劣っており、後々の事を考えると不可逆的なまでに対立してしまうことは避けたかった
がために、こちらが積極的になり切れないでいた節がある。《炎》や《雷》のオーラ、精霊
融合した冷気の剣圧など、色装こそ出し惜しみはしなかったが、物理的な人の壁を突き破る
には未だ足りない。じわじわと密に囲まれ、焦るダンにブルートが呟く。
「事前にそれも、視て来れば良かったですね」
「過ぎた事を言っても仕方ないよ。とにかく道を作らなきゃ!」
 使い魔・騎士団(シュヴァリエル)達で防御を固め、襲ってくる死神達を、次々に這い出
る影の槍が吹き飛ばす。
 リュカがそう、懐の天瞳珠(ゼクスフィア)に手を当てながらごちていた。その傍ら、左
右でステラの冥魔導が炸裂する。サフレとマルタが、槍と歌声を奏でている。
「ヒムロ隊長、アマギ隊長、シズル隊長!」
「何故ですっ!? 何故裏切ったんですっ!?」
「それは……こちらの求める答え次第だ。アララギ総長は、今何処にいる?」
「確かめなければいけないことがあるんです」
「もしかしたら私達は、彼に裏切られてきたのかもしれないんだ」
 一方でヒムロら三隊長、つい先日までイセルナ達を捕らえるべき討伐部隊として派遣され
ていた面々が、かつての同僚達と激しく鍔迫り合いを繰り広げていた。一応、団員達の一部
がそのフォローに入ってはいたものの、流石が全員が隊長格。末端の兵達相手ならば後れを
取ることはなさそうだった。
 二手に分かれて各々の目的を果たす──戦力的には間違いなく、自らを追い込むことにな
る筈なのに、彼らは怯みさえしなかった。或いは知らされた事実と可能性に、焦燥のような
使命感を燃え上がらせていたのかもしれない。
「な、何を……?」
「まっ、まさか。奴らを“煉獄”に放り込んだ腹いせに……?」
 だがそんな彼らの必死さが、結果的に状況を少なからず動かしたのだった。
 かつての仲間、しかもその全員が隊長格という裏切者達の言葉に、何人かの死神が思わず
口を滑らす。ヒムロが、アマギが、シズルが、或いはイセルナ達がちらっと彼らの方を見遣
り、驚きや神妙に表情を硬くする。
「ぎゃっ!?」
 ちょうどそんな時だった。このうっかり口を滑らせた死神の眉間に、直後何かが飛んで来
てクリーンヒット。そのまま仰け反って昏倒させてしまう。
 小さな硬質の塊だった。ハッと面々が視線を向けたその先には、ルフグラン号から降りて
来たらしいクロムの姿。彼が指弾を放って援護してくれたようだ。
「……拙いな。やはり裁定が早められていたか」
「クロムさん!」
「お、おい……。お前、出て来て大丈夫なのか?」
「病み上がりですのに……」
「問題ない。それより先程の言葉」
「煉獄、ですか……。ええ。魂魄楼の西、裁定を受けた魂達が瞬間される、浄化プロセス用
の施設です」
 魔人(メア)とはいえ、未だ本調子と呼ぶには不安があるというのに……。
 にも拘らず当のクロムは、構わず皆の混戦の中に加わった。「確かに聞いたな?」そう確
認しつつ、ヒムロらにそのジークが収監されたという現在の居場所について訊ね返す。
「イセルナ、ダン! お前達は“煉獄”へ向かえ! この者達は私が預かる!」
「……!? いいのか? だってそいつらは、真逆に……」
「奴の正体を炙り出すことは、お前達にとっても援けになる筈だ。こちらにも少し、戦力を
分けてくれるか?」
 時間を経るごとに、次から次へと沸いてくる死神達を捻じ伏せて、ダンは得物を握りなが
ら叫んでいた。纏う《炎》のオーラが揺らぐ。シフォンの《虹》の幻影達が駆け抜ける。数
拍迷いこそあったが、一行はイセルナの方を見遣った。団長たる彼女もコクリと頷き、その
要請に応えることにする。
「行け! 長居させてしまえば、今度こそジークがジークではなくなる!」
「分かったわ、後はお願い! アスレイ君、テンシンさん、ガラドルフさん、クロムさんに
付いて行ってあげて!」
「りょーかい!」「うむ。任された!」
「構いませんが……。それでは船の守りはどうするのです?」
「一旦此処から離脱して貰うわ! 落とされたら本末転倒だもの。ジークを取り返したら、
また拾いに来て!」
『うっ……。イ、イセルナさんが、そう言うなら……』
 剣戟や怒号飛び交う戦いの最前線で、イセルナはそう中空に乗り付けていたルフグラン号
内の留守組達に指示を飛ばした。通信越しにレジーナが、傍らで「大丈夫」と励ましてくれ
るエリウッドと共に操縦桿を握り直す。開いた機体側面のタラップから、アスレイら残りの
三隊長と団員達が飛び降りて来た。同時にぐんと、ルフグラン号は高度を上げて旋回し、外
壁上の死神達からの追撃・飛び道具を受けつつも、これを巨体の耐久力を頼りに弾き返しな
がら飛び去ってゆく。
「……西か。ちょうどこっちの城壁を真っ直ぐ行けばいいな」
 ジヴォルフ! そして彼女らが離脱したのを確認すると、グノーシュが次に取るべき行動
に向けて動き出した。自身に懐く狼型の持ち霊──雷獣の群れを呼び出すと、ザッと片腕を
振るう合図一つで変形。戦車(チャリオット)のように繋いで準備を整えたのである。
「な、何だ!?」
「電気を纏う……狼……??」
「しっかり掴まってろ! 振り落されるなよ?」
 はたして次の瞬間、阿吽の呼吸で乗り込んで来たイセルナやダン、仲間達を肩越しに確認
したその直後、彼の操る戦車(チャリオット)は文字通り迸る雷光と共に超加速。“煉獄”
の在る魂魄楼の西側へと駆け抜けて行ったのだった。あまりに一瞬の出来事で、防衛線を張
っていた死神達も、仲間らがごっそり巻き込まれて吹き飛ばされたことにさえすぐには気付
けない。「……えっ?」「くそっ、やられた!!」「追え、追えー!!」「ふ、負傷者の救
護を!」数拍遅れて弾かれたように、崩された隊伍の中を面々は駆け回る。
「……あんな技を」
「彼らの心配をしている暇は無いぞ。ヒムロ、我々も早くここを抜けなければ」
 一方で現場に残されたヒムロら三隊長は、増える元同僚(てきぐん)の数に突破口を見出
せずにいた。ルフグラン号という巨体での突撃、防御結界の破損。本部がこの異変に気付か
ない訳がなかった。
 時間が経てば経つほど、増援は次々に到着する。
 元使徒クロムとアスレイやテンシン、ガラドルフらブルートバード側の幹部・隊長格が加
勢してくれたとはいえど、この数の不利自体は覆せないだろう。彼らとは違って、目的がそ
の本丸に限りなく近いものである以上。
 長居は無用だった。こちらも早く、アララギ総長の居所を見つけなければ……。
「彼女達を使いますか? 劇的に安全が保障される、という訳ではないでしょうけど」
 迫って来る大人数を前に、シズルがぐいっと封印錠で捕らわれたままのヒサメ・ニシオ・
サヘイらの首根っこを掴まえて差し出してきた。アスレイ達が降りて来た時、人質なり返却
なりが出来るだろうと、一緒に引っ張って来たのだ。
「……あまり使いたくはないな。我々の今この時の突破には役立っても、後々に対立が響く
可能性が高い」
 しかしアマギは淡々と冷静に、そう小さく首を横に振った。見下ろした視界の中にぐった
りと、力が抜けて睨み返すことさえままならぬヒサメらの表情(かお)が映っている。裏切
り裏切られた彼女達の瞳に、今のこの状況は一体どのように視えているのだろう?
「ならば私達が活路を開こう。一時でも、通り抜ける“道”さえ出来ればいいのだから」
 言ってクロムが、両腕に硬質化と《鋼》の能力を集中させ始めた。パキパキと巌のような
棘付き装甲が彼を包み始め、迫る死神達を一網打尽にすべく狙いを定める。
「おぉ……。おおおおおおおおッ!!」
 だがちょうど、次の瞬間だったのである。この死神達の更に背後、城壁上通路の向こう側
から、新たに別の死神達の一団が押し掛けて来るのが見えたのだった。
 まさか、また増援……? しかしどうにも様子が妙だ。クロム達が一瞬動きを止める。彼
らは皆死神衆の装束姿で、めいめいに武器を掲げて気合いの叫び声を上げている。
 なのに何というか……“ヤケクソ”のように見えたのだ。こちら側への明確な敵意ではな
く、後先をあまり考えずに突撃しに来ただけのような。
「どらっしゃーい、おらぁぁぁーッ!!」
「俺達の本気、見せてやるぜぇぇぇーッ!!」
 隊士達だった。
 今や大罪人となったマーロウが隊長を務めていた、元東棟十六番隊の残党達だった。


 楼内に再び──激震が走った。尤も今度は比喩などではなく、より足元から物理的に。
 北棟の一角、閻魔衆の詰め所区画。ヒミコ以下閻魔達は、弾かれるようにして顔を上げて
いた。「また……?」加えて戸惑い、外部と連絡を取ろうとした矢先、更なる報告が警備に
当たっていた死神達からもたらされる。
「申し上げます! 先程、東側外壁にて大型船が衝突。防御結界の一部が消失しました!」
「例の侵入者です!」
「侵入者……? 一体何故……?」
 彼らからの言葉に、ヒミコ達は大いに困惑した。今し方の揺れは、魔流(ストリーム)の
乱れが原因のように感じたのだが。
 それに、先日の騒ぎの元となったジーク・レノヴィンとデビット・マーロウ、副官のクチ
ナシ姉弟や隊士達は、他でもない自分達が裁定を経て“煉獄”に送った。これ以上、問題が
起こる筈などないのに……。
 報告に駆け付けた死神達は続ける。何でも件のジーク・レノヴィンの仲間達が、あろう事
かこの魂魄楼を襲撃。居合わせた巡回中の死神達と交戦しているのだという。
 ……しかし、そうした上がってくる情報も錯綜している。前代未聞の襲撃騒ぎということ
もあり、死神衆全体でも分断が起こっているようだ。現場と上層部の連携が滞っている。混
線している。何より衝撃的だったのは、彼ら側に付いた“裏切者”が出たらしいとの情報。
(どういう事? 例の侵入者達は、先日の討伐部隊が処理して来る筈だったのでは? アラ
ラギは一体何をやっているの……?)
 暫くの間、ヒミコは彼らからの報告をじっと聞いているように見えた。じっと言葉を失く
して黙り込んでいるように見えた。
 すると彼女は、ややあって突然立ち上がった。部下の閻魔達がビクッと、少し怯えて身を
固くしながらも視線を向けてくるのを見遣りながら、唇を強く結んだ後に言う。
「……私達も動きましょう。すぐに情報収集と、混乱している現場への指示系統確保を。時
が経てば経つほど、こちら側にも犠牲が出るでしょう。それだけは、何としても防がなけれ
ばなりません」
『は、はいっ!!』
 平時以上に毅然とした彼女の態度・指示に、居合わせた部下達は走り出した。わたわたと
些か足元がもたつきながらも、現在の状況把握と事態の打開に動こうとする。
(このままじっとしていては……いられませんからね)
 ヒミコは深く眉間に皺を寄せていた。
 今まさに、魂魄楼の“秩序”が脅かされている──。
「そこまでです」
 だが彼女らの奔走は、そこまでだった。次の瞬間カチャリと、いつの間にかその喉元に刃
が突き付けられていたのである。
 キリシマやヒバリ、ヤマダ達だった。一見紳士然とした彼の細剣と背後を取られたヒミコ
を始め、他の部下達も彼らに捕らわれてしまった。……この危機を知らせに来てくれた、警
備の死神(どうほう)達さえも、瞬く間に倒してしまった上で。
「っ!? い、いつの間に……」
「そこまでです、と申し上げた筈ですが。困りますねえ……。貴女は貴女の担うべき役割だ
けに専念しておられれば良かったのに」
「余計な真似を、しないでくれませんかねえ?」
 元々ヒミコは小柄な方だ。キリシマが一見、筋骨隆々という訳ではない──その実無駄の
ない鍛え方をしているとはいえ、大の男の腕力には敵わない。
 ガッシリと、微動だに出来ないほどに背後から羽交い締めされ、その上で青く帯電する細
剣の切っ先を向けられている。……逃げられない。主に似て、ケタケタと下品に笑う《肥》
の鎖鉄球(モーニングスター)と共に、ヤマダが正面に回って挑発的なジト目を寄越した。
(……まただわ。またこの三人、アララギの側近……)
 ぼうっと意識が遠くなり始める。流石のヒミコも、ようやく理解が及んできた。
 他でもない。もしかしなくとも、一連の黒幕とは──。
「閻魔長。どうか“ご自愛”ください」
 そして調子に乗るヤマダをそれとなく諭すように、同じくヒバリがこちらを見下ろしたま
まで言った。冷徹と頑な──ある種の信仰を宿したような、近くに居るようで全く手の届か
ない場所に在ると感じさせる辛い眼差しだった。

 一方その頃。もう一人の総長アララギは、煉獄の奥深くに居た。
 第六層・黒界(こっかい)の間。一切の暗闇に覆われた最深部であり、最早“正常”に戻
る見込みもない元囚人の魔獣達が蠢いている。獄内を所管する西棟の死神達でさえ、よほど
の用が無ければ近付きたがらない場所だ。
「あ、アララギ総長?!」
「どうしてこちらに……??」
 不幸にも、この日当直で渋々警備を担っていた死神達が、一人音もなく現れた彼の姿を見
て驚いていた。背後には中央監視塔から収監エリアへ出る為の多重の門、獄吏と囚人達とを
分ける安全の境界線がある。
「い、今何でも、上の方が大変な事になっていまして──」
「知っている」
 まさか、外に出る気ではないだろうな? この門番役の死神数名は、一向に歩を緩めるこ
となく近付いて来るアララギを何とか止めようとした。わたわたと両手を忙しなく動かして
壁を作り、別の話題を振って時間を稼ごうとしたが……直後彼が現出させた大鎌を目の当た
りにして酷く蒼褪め、動けなくなってしまう。
「邪魔だ」
 彼らの数テンポ遅れた恐怖、命乞いの言葉など紡がせる暇など与えず、次の瞬間には霞む
ような速さでその首が一斉に飛んでいた。綺麗なほどに真っ直ぐな切り口から頭と胴が静か
に“消滅”してゆき、そのままアララギは何事もなかったかのように外へと続く多重門を潜
って行く。
『──ァァ、アアアアアアアアッ……!!』
 辺りは視界もろくに確保出来ぬような闇だった。ただその全容も知れない空間に、無数の
魔獣達の禍々しい殺気が充満していることだけは分かる。
 されどアララギは、そんな常人なら即死に繋がる状況下にも拘らず、再びその漆黒の大鎌
を振り被った。闇色に溶けるその刃は同じく凶兆。深く腰を落として下段に構えたその気配
は、周囲の魔獣達さえも思わず威圧されるほどに濃密だった。
「──ぬんッ!!」
 はたして一閃。
 先程の片手間とは比べ物にならない程の、肉眼で捉えることさえ困難な一振りが、一切の
闇に覆われたこの階層の天井を文字通りごっそりぶち抜いていた。飛ばされた剣圧が通った
部分だけ、くり抜かれたように丸く空いた大穴──即ち一つ上の第五層へと続く道だ。同じ
く深層に分類されているとはいえ、あちらは未だ少し明かりがある。永い間暗闇に沈んでい
た元囚人の魔獣達の目が、縋るように一斉に向かう。
「行け」
 そしてただ一言、アララギはこの魔獣達に命じた。最初は自分達が何を言われたのか理解
出来なかったらしい異形の元囚人達も、程なくして本能が命じるままに脱出──地上を目指
して大行進を始める。そんなさまを暫く無言のまま見送ってから、アララギはまた一人監視
塔の中へと戻って行った。
「……」
 この煉獄に収監されたジーク・レノヴィンを、より確実に“消す”為の策略。
 自身が長らく担ってきた計画の最終段階が、ようやく実行に移されようとしている。
「……随分と待たされた」
「だがこれで、やっと終わる……」
 淡々とダウナーに、他に要員(ひと)らしい要員(ひと)が居なくなった最下層にて。
 身の丈以上の巨大な大鎌を、肩に担いで壁に背を預けたまま、この死神総長──“結社”
最高幹部が一人“死長”アララギは、そうたっぷりと長い息を吐きながら呟いたのだった。

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  1. 2019/08/13(火) 18:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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