日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)サハラ・セレクタブルⅣ〔45〕

 憎しみは何も生まないとは云うが、人は自尊心を痛めつけられたり実害を被ったり、何よ
り大切なものを失った時、容易に絶望からそちらへと流れ得る。
 そもそも溝(ドブ)に顔を押し付けられ、起き上がることすらしない人生など、はたして
生きていると言えるのだろうか?
(畜生……ッ!!)
 即ち、事件は終わってなどいなかったのだ。表面上、中央署を巡る一連の騒動は沈静化に
向かっていたものの、こと玄武台関係者(かれら)は密かに憎悪を再燃させていた。めいめ
いが街の中に潜んでいたのである。
(あいつが……。あいつが、ゲロっちまえさえしなければ……!!)
 事の始まり、瀬古兄弟が絡む内情を告発(リーク)した“裏切り者”の名は、七波由香。
野球部の元マネージャー見習いだ。
 確かに彼女は、結果的に中央署解放の立役者となったが、彼らにとっては敵視の対象でし
かなかった。加えて守護騎士(ヴァンガード)の実在──巷がいわゆる正義の味方と賞賛す
る向きに包まれても、彼らにとっては事を大きくした“疫病神”に過ぎない。
(……いや。どのみち瀬古勇の暴走は、止まらなかったのか?)
 或いは一周回って、はたと冷静に考える。
 尤もそれは、同じく結果論だ。当時から季節が移ったことで、ようやく過去の惨状を振り
返られるようになったというだけである。事実彼らの意識の内の占めるのは、尚も罪悪感で
はなく、各々の悔しさや保身──巻き戻る気配のない事態への苛立ちだった。
 故に水面下では七海や勇、こと“抵抗する相手”ではない彼女へと、その鬱憤は捌け口を
求め続けていた。

「引き金をひけ。そうすれば、お前の願いは叶う」
 そしてそんな彼らに目を付け、接近する影があった。他でもない“蝕卓(ファミリー)”
である。人間態のプライド、グリードとグラトニー、或いはスロースがそれぞれ改造リアナ
イザを投げ渡し、街の片隅に潜んでいた彼らへと魔手を伸ばす。
『──』
 行き交う人並みや物陰の奥。
 ただ当の彼らも、この出会いに欲望よりも困惑する向きの方が多かった。年頃の少年達や
学生と思しき少し年上の少女。唖然と、戸惑うように見上げた表情が、全く違った場所にて
重なる。
 改造リアナイザ。
 それは先の中央署の一件以来、アウターこと電脳生命体に繋がる代物として、知る人ぞ知
る禁制の品となっていた。「でも……」仮に望みが叶うとしても、そのような危険物に手を
出して良いものなのだろうか?
「……何を迷う事がある?」
 しかし対するプライド──白鳥は、淡々と彼らを見下ろしたまま言う。静かに眉間に皺を
寄せてから促す。
「力が欲しいんじゃないのか? 今を変えたいんだろう?」
 所変わって同じく、グリード及びグラトニーが言う。尻込みする目の前の関係者に、その
欲望を焚き付けんとするかのように。
「何? 今更“善人面”しようっていうの?」
 とりわけスロースは、そのゴスロリ服姿の少女という見た目からは想像出来ないほど、面
と向かって冷たい眼差しと毒を向けていた。そもそも苛めの末、瀬古優を死なせた“前科”
があるではないかと、暗に詰って刺激しようとしている。
「……手間を掛けさせるな。早く握れ」
 だが元より、プライド達はそんな彼らの心情を一々汲んでやる心算などなかった。必要な
どなかった。無駄な面倒が増えるだけだ。
 プライドはそう、迷うままの彼らを転げ堕とすように、改造リアナイザを半ば無理矢理押
し付けて──。


 Episode-45.Revenger/地獄塚四番地

 睦月達が、チェイス・アウターを倒してから十数日後。
 まだ事件の傷跡も癒え切らぬ内に、学園(コクガク)は仮復旧を経て再開されていた。未
だ生徒・職員らの動揺も大きく、収まっていないであろうにも拘らず強行されたその背景に
は、新学期早々授業などの各種スケジュールをこれ以上崩したくない上層部の意向があるの
では? と噂された。
「──別の、誰かの視線?」
 そんな中で、睦月や皆人、國子などいつものメンバーは、休み時間に机を囲んでヒソヒソ
と話し込んでいた。小さく眉根を寄せる親友に、睦月及びデバイス内のパンドラが相談をし
ようとしている。
「うん……。この前の教室が壊された事件の時、ミサイル型が撃ち込まれる直前、誰かに見
られていたような気がするんだ」
『マスターの話では、感じた先は廊下側だったそうです。でも……』
「実際に、あいつが飛んで来たのは、窓側……」
「正反対じゃない」
「うん。だからもしかして、あの時僕達を狙っていた敵は、他にも居たんじゃないかって思
ったんだ。でも結局、それらしい姿は見てないし……」
 仁の呟きと、宙の疑問符が重なる。事実こうして相談を持ち掛けた睦月自身も、まだ半信
半疑といった様子で、慎重に言葉を選んでいるようだった。
「あり得ない、って話ではないよね。この前、三条君も話してたし……」
「ああ。同じくそいつも刺客であるならば、だがな」
 うーむ……。海沙や皆人、仲間達は誰からともなく難しい表情(かお)をして押し黙って
しまった。先の襲撃も玄武台(ブダイ)──七波への復讐だった。もし蝕卓(ファミリー)
が、元関係者らを巻き込んだ策略を講じているのであれば、流石に睦月の話を気のせいだと
片付ける訳にはいかない。
「……七波ちゃんには悪ぃが、連中がこの程度で終わるとは思えないもんな。中央署を追い
出されて、奴らも頭に来てるだろうし……」
『自業自得ですけどね。そもそも悪いのは奴らじゃないですか』
 ぷくーっと画面の中でむくれっ面になるパンドラ。仁もそんな心算はなかったが、これで
敵の攻勢が止む保証は無い。自分達を含め、その正体を白日の下に晒した七波や筧を、奴ら
は命潰えるまで狙い続けるだろう。
「刺客は他にも放たれていた。だがそうなると、何故あの時、協力して攻撃を仕掛けなかっ
たのかという疑問が残るが……」
 少し目を瞑って、ぶつぶつと思案。次の瞬間、皆人は開いた横目で教室の窓際──仮に修
復して埋められた違和感のある壁材を一瞥すると、自身のデバイスを開いて何やらメッセー
ジを打ち始めた。司令室(コンソール)の香月や萬波達だろう。
「念の為、今日の放課後にでも博士達にパンドラの記録(ログ)を解析して貰おう。尤も睦
月に言われるまで気付かなかったとなると、よほど微細な反応だった可能性もあるが……」
「うん……」
 実際、現状で出来ることと言えばそれぐらいしかない。肝心の敵の姿を捉えられていない
以上、予防的に待ち構えるのが関の山だ。
 睦月や他の仲間達は、そうして皆人の遣った視線と同じく仮修復の壁を眺めると、次いで
今は空となった七波の席を見遣る。事前に対策チームから、授業再開後も暫くは欠席すると
の報告が上がっていた。無理もないだろう。少なからぬ周りのクラスメート達も、このがら
んとした空席を時折視界に入れては、睨んでいる。
 あれもこれも、全部お前のせいだ──。暗にそう、実害を伴ったが故の嫌悪を含んで。
「……あの子には、悪いことしちゃったわね」
「う、うん」
「違うぞ。彼女は被害者だ。俺達が認識を誤ってどうする」
「あっ。そう……だよね。ごめん……」
 しょんぼりと、海沙と宙が思わず暗い表情(かお)をする。だがそんな二人に、皆人は努
めて折れぬよう言い聞かせた。流石に酷だと、仁はそれとなく間を取るように苦笑(わら)
ってみせてはいたが。
「だがまあ、実際背負い込んじまってるだろうしなあ。暫く休むってのも、それでだろ?」
「ああ、それもあるが……。今日は見舞いに行っている筈だ。命に別状はないが、母親が用
心の為に入院しているからな」
「えっ? ああ……そういえば」
「ご心配なく。彼女達は冴島隊長が、二手に分かれて見張ってくれています」

 時を前後して、飛鳥崎北市民病院。
 睦月達にそう噂されていたのと同じ日、七波は上階の一角にある病室を訪れていた。白く
不気味なほど小綺麗に整えられた、カーテン囲い付きのベッドに縋り、母・沙也香と気まず
い沈黙の中を過ごす。……襲撃された際のショックからか、彼女は酷く憔悴した眼のまま、
じっと仰向けになって天井を見つめている。
「……」
 加えて室内にはもう一人、やや線の細いスーツ姿の男性が立っていた。妻子を襲った事件
の報を聞き、出先から飛んで来た父・誠明(まさあき)だ。
 黒フレームの眼鏡を、軽く指先で持ち上げ直し、彼は暫くの間たっぷりと言葉を失ったよ
うに立ち尽くしていた。自宅が例の電脳生命体とやらに襲われたという話もそうだが、娘が
追い詰められた末のように打ち明けたその経緯が、にわかには信じられないような内容だっ
たからである。
 中央署の一件で、何故かネット上に広まった娘の肉声。
 そもそも玄武台高校(ブダイ)の事件を証言した告発者というのは、他でもないこの子だ
ったのだ。そしてその勇気が、意を決して伝えたその情報が故に、由良刑事は命を奪われた
のだと。あの事件も先の騒動も、全て件の化け物達が裏で手を引いていたから。その事実が
明るみになってしまったことで、娘も同じく命を狙われるようになってしまったのだと。
「……とんでもない事を、してくれたな」
 しかし彼の態度は、寧ろ必死に彼女の“父親”たらんとするものだった。自責と後悔の念
に苛まれているであろうことは容易に想像できるこの娘に、彼はそっと近寄って同じく屈む
と、静かに抱き締めてやった。身体の震えが伝わる。喉の奥につっかえている泣き声がやけ
に耳に届いた。……辛かったな。掛けるべき言葉が上手く形にならず、だけども何とか示し
てやらなければという意識だけが、彼を衝き動かしていた。
「どうして、すぐに相談してくれなかったんだ」
「……そうよ。どうしてこんなこと、私達にも黙って……」
 だが夫と妻との間で、この時根本的な違いが浮き彫りとなった。今更たらればを問うても
詮無いとは解っていても、誠明は口にせずにはいられなかったのだ。一人で背負わず、もっ
と早くに話してくれていれば、様々な結末は変わったかもしれないと思って。
 なのに、一方の沙也香はと言えば、そんな夫の言葉を切欠にはたと“スイッチ”が入って
しまったらしい。こちらをギロリと睨んで、まさに問い詰めるが如く語気を荒げ始める。
「あんたのせいよ! あんたのせいよ! そんな面倒に首を突っ込むから、私は……!!」
「おい、止めないか! 由香だってずっと苦しんできたんだぞ!? それが親の掛ける言葉
か!? 俺だって、政府が会見を開くまでは信じられなかった……!」
 必死に娘を庇おうとする父親と、途端にヒステリックに娘を責め立てる母親。
 おそらくは自らが怪我──実害という名のとばっちりを受けたことで、義務云々以前に感
情の堤防が決壊してしまったのだろう。二人は当の七波をそっちのけで、激しい口論を繰り
広げ始めていた。
「あなたはあの日も仕事で家を空けていたから……! あなたも自分がこんな目に遭えば、
嫌でも分かる筈よッ!」
「家も滅茶苦茶だし、きっとご近所でも騒ぎになってるし……。これから一体、どうやって
暮らしていけばいいのよッ!?」
「だからっ! そんな言い方ないだろう!? もしかしたらこの子だって、もっと以前に死
んでいたかもしれないんだぞ!?」
「……」
 いや、口論と呼ぶには些か醜さが過ぎるか。
 誠明は何とか感情的になった妻を落ち着かせようとしていたが、自身も含めて大きくなる
声色と言葉を抑え切れない。相手が自己中心的に喚こうとすればするほど、却って自分だけ
はこの子の味方に……と意固地になっていたのかもしれない。
 もっと以前に。つまりは筧と由良のことだろう。事実あの二人が、文字通りその身命を賭
して匿ってくれていなければ、自分は“蝕卓(ファミリー)”によって消されていた筈だ。
なまじ父の言わんとすることが分かってしまい、それ故に失った筧達との記憶を思い出して
しまうからこそ、七波はぎゅっと強く唇を結んでいた。耐えて耐えて、涙が溢れそうになる
のを必死に堪えた。
 ──確かに、ご近所さんも気が気ではないのだろうが……。
 ──君の言葉は、刑事さん達への侮辱だぞ? それと、守護騎士(ヴァンガード)も。
 実在していたのは驚きだったが。それでも尚、誠明は説得し続けている。
 気付けばどうやら、彼は妻のヒステリーに真正面から立ち向かうよりも、自身も内心同意
する部分では譲歩することにしたらしい。埒が明かないと、叱るより宥めようと舵を切った
ようだ。
 ただ……当の七波にとっては些末な事だった。目の前で二人が、自分の所為で今まで見た
事もないほどに喧嘩をしている。それだけで酷く苦しかった。自責の念がどんどん重く大き
く膨れ上がってゆくようで、悔やんでも悔やんでも足りなかった。……いっそ、このまま消
えてしまいたかった。

『悪意に屈してはいけません。それこそ、奴らの思う壺ではありませんか?』
『だって貴女は、正しいことをしたのだから』

 陰山さん。貴女はあの時、言ってくれたけど……。
 でも、自分が貫く「正しさ」を呑み込むほどの「悪意」が在って、何よりその「正しさ」
の所為で周りに迷惑が掛かるというのなら、私は……。
(ああ……あああああッ!!)
 再び激しく、頭を抱え出した七波の胸中。
 後悔は容易に彼女を押し潰し、また一つ重りをその回答(こたえ)の中に落とし込む。
『──』
 加えて彼女と両親、一家の精神が窮まるその最中でさえ。
 カツンと靴音を鳴らして、病院前へと、新たな二つの影が姿を現す。


「ンな訳あるかーッ!!」
 同じく市内某所。仮の拠点としているとあるビルの一室で、彼はカッと声を荒立てた。拳
を叩き付けたデスク越し、正面に立つ部下数人が一瞬身を強張らせる。
「し、しかし……」
「シカシも案山子もない! お前ら、一体何の為に俺達が派遣されたと思ってる!?」
 男の名は筑紫久彌。三巨頭の一人にして、現公安内務大臣・梅津の部下である。先の騒動
にて事実上自浄能力を失った飛鳥崎当局に代わり、政府から派遣された捜査チームの指揮官
を務めていた。
 尤も、彼らチームがこの街に滞在しているという事自体、今は公にされていない。あくま
でも内々に、中央署を巡る一連の事件──越境種(アウター)こと電脳生命体達を根っこか
ら摘発し、一日でも早く飛鳥崎全域の秩序を回復させる事が目的だ。
 ……にも拘らず、先日非公式ながらH&D社への立ち入り捜査を敢行した所、それらしい
証拠は“何も出なかった”というのだ。そんな筈はない。中央署の一件、その後集めた様々
な情報からしても、あの先端企業が何かしら噛んでいるのは間違いないのだ。
「そ、それは、勿論……」
「怪物達を生み出す苗床が、あの会社の製品だから、ですよね?」
「ああ、そうだ。俺はあまりその辺には明るくないが……。リアナイザ、だったか」
 H&D社。
 米国に本拠地を置く、世界に名だたるIT大手の一つであり、秘密主義の社風を持つ企業
としても有名だ。“旧時代”から“新時代”へ。弱肉強食・群雄割拠な歴史の変わり目に急
成長を果たした企業の一つとして、安易に自社の技術を開帳することは、自殺行為に等しか
ったのかもしれないが。
 越境種(アウター)こと電脳生命体達を生み出しているのは、違法改造が施された専用の
装置・リアナイザだ。そしてH&D社は、その大元を製造・販売している。肝心の犯人が外
部の人間だとしても、組織として何も把握していないとは考え難い。先ずもって怪しまれる
べきであることぐらいは解っている筈だ。
 なのに……部下達は何一つ見つけられなかったという。流石にこれは想定外だった。
 筑紫は渋面を浮かべる。実に拙い。母国との外交案件になりかねないとの声を、折角梅津
さんや政府上層部が押し切ってくれたというのに、これでは面目が立たない。
 証拠を隠されたのか? 予めこちらの動きが読まれていた?
 しかし何も成果を挙げられなければ、当局を通り越して、こちらの信用にも関わる。
「……諦めるな。もう一度調べ直せ。そもそも連中が迎えに出て来たというのも妙だし、何
も行儀よく正面から掛かることはないんだ。他にも……やりようはある」
『はっ!』
『直ちに!』
 そうして一しきり込み上げた激情を呑み込み、筑紫は改めて部下達に再捜査を命じた。こ
のスーツ姿の強面達は、弾かれたように敬礼し、次々と部屋を後にしてゆく。
「……。ふう」
 それにしても、不可解な案件の塊だ。自身のデスク椅子に深く座り直しながら、筑紫はぼ
んやりと一人混乱する頭の中を捌き始めた。短く刈り上げたこめかみを、ひじ掛けに乗せた
片手でポリポリと掻く。
 大体もってデータの化け物というだけで眉唾物だったのだが、中央署の一件やら長井さん
の会見で、自分も正式にその存在を認めざるを得なくなった。
 確かにあんな“本来いない”筈の化け物達に対抗するには、同様にこれまで無かった力を
持つ協力者が要る。その意味では、例の有志連合とやらを是が非でも引き入れたい所ではあ
るのだが……彼らは一体何処の誰なのか?
 そもそも、政府がそこまで「事実」として公言し、共闘まで呼び掛けた──入れ込むのは
何故なのだろう? 怪しさというよりは、純粋に知りたいとする興味がある。
 人伝ではあるが、大元の話の出所は梅津さんだという。だがあの人は、三巨頭の中で唯一
今も現役を貫いている豪傑──生ける伝説だ。誰彼なしに進言が聞き入れられるとは到底思
えない。今回のように、通常ならば荒唐無稽な内容である分、尚更だ。となると、情報自体
の出元は限られている筈。
 自分と同じ、梅津派の誰かか? 或いは三巨頭の、残り二人か?
 竹市総理は……流石にトップ過ぎる。役職的に、梅津さんを経由する必然性もない。
 となると、残るは後一人。“鬼”の小松──。
「失礼します!」
 ちょうどそんな時だった。部屋をノックして、部下の一人が筑紫の下を訊ねて来た。半ば
無理矢理思索は中断され、彼は向き直ってこの報告を受けることにする。
「報告しまス。例の、違法改造の流通ルートに関してですガ──」
 但し、放たれたこの部下の言葉が、若干たどたどしかった事に、この時筑紫は注意が回っ
ておらず……。

 再び、飛鳥崎北市民病院。正面駐車場兼広場にて。
 日中、再開された学園に縛られる睦月達に代わり、冴島は部下達を率いて入院・見舞いに
来ている筈の七波母子(おやこ)を監視していた。壁や看板、植木に停まっている車など周
囲の物陰に溶け込み、めいめいに上階の病室を見上げている。
 部下の隊士達は、予め二班に分けた。A班は冴島と共に彼女らを、もう一方のB班には引
き続き、筧の動向を見守らせてある。
(……流石に、直接は見えないか。事前に関係者(むこう)と交渉できていればよかったん
だけど……)
 先の襲撃には間に合わなかったが、今度こそ守らなければ。
 学園の教室と自宅、双方を襲ったアウターは倒されたそうだが、他に彼女を狙う者がいな
いとも限らない。その点は皆人君も指摘していた所だ。司令室(コンソール)も、ニ十四時
間態勢で市内の異変をモニタリングしている。
(彼女も、辛いだろうな……)
 他人事と言われれば否定は出来ないが、それでも冴島は内心胸が痛んだ。なまじ自分達の
力が及ばなかったせいで、ここまで彼女を巻き込んでしまった。玄武台(ブダイ)の事件も
中央署の一件も、彼女の勇気ある告発がなければひっくり返らなかったとはいえ、その代償
を背負わせるには若過ぎる……。
(──うん?)
 そんな最中の事だった。七波の胸中を思って静かに顔を顰めていたその時、冴島はふと視
界の向こうに自分達以外の人影を認めた。敷地の一角、半ば植木に隠れたベンチにちょこん
と、見知らぬ二人組が座っている。
 少女と、成人男性だ。一見すると親子という訳でもなさそうだが、隣同士に腰を下ろして
いることから、少なくとも親しい間柄であることは判る。少女は睦月達と同じ年頃か、少し
上といった所か。ミドルショートの毛先がぴょこんと跳ね、赤い細めのフレームの眼鏡を掛
けている。男性の方は倍ほどの年齢だろうか? 背丈や体格はあるが、どうも全体的になよ
っとした印象を受ける。
「隊長……?」
 故に冴島は、一人ゆっくりと歩き出していた。周囲の隊士達が、その動きに一人また一人
と気付き、何事かと視線を巡らしてくる。怪しい……。だが構わず、冴島はこの見知らぬ二
人組の傍へと近付いて行った。
「ちょっと……いいかな?」
「? な、何ですか?」
「えっと……? 勧誘か何かならお断りしますよ?」
 先ずは軽く。努めて紳士的な声色と所作で一礼し、切り出す冴島。
 それでも対する少女と男性は、妙に動揺しているようにも見えた。後方で点々とこちらを
見ている隊士達に気付いたのか、それとも自分の顔に見覚えでもあるのか。
「いえ、そういう訳ではありませんよ。ただじっと座って、何をしているのかなあ? と」
「な……何もしてませんよ??」
「そうですよ。貴方達こそ、一体何なんですか? そんな大人数で……」
 だがどうやら、最初の違和感は勘違いではなかったらしい。何とか平静を装おうとしてい
るが、少女の目には明らかに動揺があった。一方で男性の方も、やや不自然なほどに警戒感
を示している。威圧するな、ということだろうか。
「ええ。すみません。ただ珍しいなと思いましてね」
 質問に質問で返すか。
 冴島は内心、応じるように怪訝の念を強くした。表面上努めて苦笑(わら)いながらも、
次の瞬間核心を突く一言を放り込む。
「──“人間ではない連れ”と、一緒にいる女の子など」
 刹那二人の表情が蒼褪めるのを、彼は確かに見ていた。同時に、懐から調律リアナイザと
自身のコンシェル──ジークフリートが収まるデバイスを取り出し、暗に示す。
 彼女達が怪しいと踏んだのも、他でもないこの相棒が、先ほどから異変を知らせてくれて
いたからだ。元はどちらも同じコンシェル──男が越境種(アウター)であると、感知した
その直後から。
「それに、君達はさっきから見上げていただろう? 僕達と同じ、七波沙也香(かのじょ)
の病室を」
 対策チームの一員でもないのに、何故そこに彼女(ひと)が居ると知っている?
 冴島は更にそう状況証拠を突き付け、且つ既に動き出していた。もしかしてこの二人は、
蝕卓(やつら)からの新しい刺客ではないのか? 何よりこちらを見た瞬間の動揺──間違
いなく自分達のことを知っている。
 逃げ──! そして少女の手を取り、慌てて逃げ出そうとしたこの男を、冴島は素早く調
律リアイナイザにデバイスを装填。召喚したジークフリートで組み伏せた。「アイ!」半ば
彼に庇われ、軽く突き飛ばされた少女は叫んでいたが、あくまで彼を見捨てて逃げる心算は
ないらしい。数拍の隙を突き、隊士達もめいめいに調律リアナイザを構え、急ぎこの二人を
取り囲む。
「は、離してっ!!」
「だったら、大人しくすることだ」
「なら、どうして逃げようとしたんだ? やっぱりお前達も、奴らの……」
 男に加えて、少女も。最初はじたばたと抵抗していたが、冴島達がすぐさま危害を加える
心算はないと判ってくるにつれ、少しずつ大人しくなっていった。本人達は知らないだろう
が、牧野黒斗やミラージュの例がある。少なくとも独断で処理すべき段階ではない。
「──もしもし。冴島です。アウターと、その召喚主らしき少女を確保しました。引き取り
の人員をお願いします。ええ……はい。市民病院の前です」
 部下達とジークフリートに二人を押さえて貰いながら、冴島は早速司令室(コンソール)
に連絡を繋いだ。皆人達はまだ学園だろうが、すぐに向こうにも伝わるだろう。
「うう……。流石に、前に出過ぎたか」
「? それはどういう……?」
「ともかく、答えて貰おうか。君達は一体──」
 だがちょうど、その時だったのである。冴島と隊士達がこの二人に改めて問い質そうとし
た直後、頭上を激しい爆音が襲った。ハッと殆ど反射的に顔を上げ、病院の方を見遣る。大
きく見開いた目に、濛々と立ち込めた土埃と壁の穴──七波家の病室が破壊されている。
 何かが……“撃ち込まれた”?
 ただそれだけが、文字通り衝撃となって、冴島達の脳裏を揺さぶる。


 三度目の襲撃。敵はやはり、他にもいたのだ。
 建物の一角を撃ち抜かれた病院から、パラパラと土埃が上がっている。そんなにわかに起
きた異常事態を、ずっと遠くから見つめている人影があった。
「うーん。当たったか?」
「直撃はしてないだろうねえ。でもまあ……これで視界は広がった」
 それぞれ大きく離れたビルの屋上同士に立つ、二人の少年である。一人は如何にも気の強
そうな少年で、一人は彼よりも背丈のある、線目でマイペースな口調の少年だった。
 二人はお互いにデバイスで連絡を取り合い、話をしている。
 加えて彼らの傍らには、それぞれアウターと思しき怪人が一体ずつ控えていた。
 見た目は、どちらも野球のユニフォームを髣髴とさせるデザインと、色合いの人型。但し
違う点があるとすれば、気の強そうな少年が操る方が、右腕がジャッキ状の機構を備えて強
化されていること。線目でマイペースそうな少年が操る方が、部分的に棘が付いた分厚い棍
棒──大型バットを握っていること。
 双眼鏡の倍率をガリガリと調節し、線目の少年が改めて標的の様子を確認していた。自身
がぶち抜いた壁、病室の中で、七波親子が腰を抜かして未だそこに居るのを見定める。
「うん?」
「どうした?」
「いや……下の方に誰か集まってるな。先客みたいだ」
「何っ!? もう嗅ぎ付けて来やがったのか?」
「どうだろう……? あっちはあっちで、別のトラブルの最中みたいだけど……」
 線目の少年からそう報告を受けて、気の強そうな少年が思わず顔を顰めた。ただ当の相棒
はさほどこれを深刻視──性格もあって深く考えてはおらず、すぐに彼へ次弾の用意を促し
てきた。ならばさっさと、当初の目的を果たしてしまえばいいだけだ。
「よしっ! じゃあもう一発いくぞ、秀紀!」
「ああ……。今度はもう少し、低めで頼む」
 投手(ピッチャー)がアシストし、打者(バッター)が撃つ。
 まさしく二人の役割分担は、野球のバッテリーのようだった。気の強い少年が自身のアウ
ターを操り、何処からともなく出現させた白球を、人間離れした豪速球で投げ寄越す。そし
てこれを、もう一人の線目の──秀紀と呼ばれた少年が、自身のアウターのスイングで巧み
に捉えて打ち返し、遥か遠く七波らのいる病室まで叩き込むのだ。
「きゃあ!?」
「ま、また……!」
「七波さん、逃げてください! 奥さんも部屋の外に!」
「ええ! とにかく此処に居ちゃ拙い……。由香、沙也香、掴まれ!」
「嫌ああああーッ!! どうして? どうしてこんな目に遭わなきゃいけないのよォ!?」
 当然ながら、彼女らはパニックに陥っていた。まるで弾丸のように室内へ吸い込まれてく
る何かに、娘は逃げ惑う。父は咄嗟にそんな娘と、ベッドの上の妻を庇って引っ張り出す。
初弾の騒ぎを受けて駆けつけて来た看護師達も、半分以上おっかなびっくりになりながら、
三人を何とか病室の外──奥の廊下側へと誘導しようとする。
「しまった……。なら彼女らは、刺客ではないのか……?」
 階下、外の駐車場兼広場にいた冴島達も、この事態に慌てて辺りを見渡していた。何処か
ら撃たれた? ここからでは遮蔽物が多くて特定出来ない。そもそもこの少女と男は、新た
な刺客ではなかったのか?
 面々の混乱に乗じて、彼女らが逃げ出そうとする。司令室(コンソール)から通信を繋い
で貰った皆人も『すぐに睦月達を向かわせます!』と、急ぎ面々へと指示を飛ばした。
「とにかく、周囲の避難を!」
「狙いは七波君……本当の刺客で間違いないな。至急、攻撃位置の特定を! それまでは何
とか僕達で守る!」
 飛べ、ジークフリート! 隊士達に叫ぶように指示すると、同時冴島は風の流動化を纏っ
た自身のコンシェルと共に中空へと舞い上がった。ちょうど病室を背後に、彼女らを庇うよ
うな位置関係だ。「隊長、さっきの二人が……!」部下の一人が叫ぶが、今は捨て置くしか
なかった。構っている余裕が無かったし、何より刺客ではないらしいと判った以上。
(っ! 来た……!)
 防衛の態勢を取って、はたしてすぐに次弾は飛んで来た。速い。咄嗟に風を広げ、カバー
する範囲を大きくしたが、それでも相手の攻撃はこれさえ真正面からぶち抜いて突っ切ろう
とし、ジークフリートと同期する冴島の片腕を激しく引き込む。
 ギリギリの所で、弾はあさっての方向──病院の壁を抉りながら逸れて行った。七波の病
室は直撃こそ免れたが、これでは自分でも防ぎ切れない……。空中で威力を殺された相手の
攻撃、その正体を瞳に移して、冴島は思わず目を丸くする。
 あれは……野球のボール?
「隊長!」
「次が来ます!」
 だがぼんやりとしてはいられない。眼下で叫ぶ部下達の声に、冴島はハッと我に返って身
構えた。またあの弾──いや、球が飛んで来る。尋常ではない威力と速度。間違いなくアウ
ターの仕業だろう。以前のように、射出位置は特定する事が出来るのだろうか?
「ぐうっ……!?」
 加えて今度は、ただの球ではなかったのだ。こちらの間合いに突入する寸前で無数の棘が
生え、攻撃力を底上げしてジークフリートの流動化を突き破ろうとしてくる。更には次弾、
密度を濃くしてこれを受け返した直後、今度は触れた瞬間に爆発する球が飛んで来たのだっ
た。爆風で風の防御網ごと吹き飛ばされそうになる。『隊長ッ!?』隊士らの悲鳴を五感の
端で聞きながら、冴島は奥歯を噛み締めて必死に耐える。

「家の次は病院か……。七海ちゃん、もうマジで逃げ場なんて無くなるんじゃねえか?」
 一方その頃、司令室(コンソール)から連絡を受けた睦月達は、実質授業を抜け出すよう
に学園を後にしていた。皆人は指揮を執る為、最寄りの隠し道から別行動に入った。デュー
クと同期した、仁の鉄白馬形態(チャリオットモード)の背に睦月らは乗り込み、現場であ
る北市民病院へと急行する。
「でしょうね……。その前に、先ずは助け出さないと」
「海沙。敵の位置は分かる? 隊士さん達の話じゃあ、今度も撃ってくる系のアウターみた
いだけど……」
 睦月は既に守護騎士(ヴァンガード)姿、オルカ・コンシェルの換装。海沙や宙、國子も
それぞれ自身のコンシェルと同期し、病室を狙う敵の射撃ポイントを探っていた。ビブリオ
の索敵能力をフル稼働させながらも、海沙の声色は険しい。
「前もそうだったけど、街の中には他にもアウター達の反応がちらほらあるんだよ。今七波
さんを狙ってる奴かどうかは、じっくり観てみないと……。何かしら攻撃とか、能力を使っ
ていれば、その瞬間目立った反応が出ると思うんだけど……」
「じれってねえな。かと言って、片っ端から退治して回る暇はねえし……」
『ならば、目的を細分化する。睦月、天ヶ洲、青野、大江。お前達は攻撃しているアウター
を特定しろ。國子はそっちに遣った人員と、真っ直ぐ病院へ向かえ。冴島隊長達と合流し、
七波一家や院内の人々の避難誘導を。少なくとも標的が移動すれば、それ以上物理的な損害
は出ない筈だ』
『了解!!』
 司令室(コンソール)に着いたのだろう。すると皆人から、直接通信が入った。
 まるで彼女を囮にするかのような言い草ではあったが……現状それが一番効率的か。同時
に応答して頷き合って、仁のチャリオットデュークは一旦止まってから國子隊を降ろす。念
の為ステルス状態になってビルの合間を跳んで行った彼女らを見送り、睦月達は再び敵の居
所探しに専念する。
 当の現場、飛鳥崎北市民病院の方向から、濃い桃色の煙が漂っているのが見えた。火が出
た訳ではなさそうだ。黒煙ではない。あれは……煙幕か?
「今度の相手は、芸達者らしいな」
「コントロールもね。何処からか知らないけど、あんな病室一つを撃ち抜くなんて普通じゃ
無理だもの」
 皮肉っぽい悪態をつく仁。
 言いつつ、自身が同期するMr.カノンはしっかり狙撃銃を構えている宙。
 病室の位置と、そこから逆算して攻撃可能な射線を探る睦月達。移動距離をなるべく少な
く絞り、扇状にぐるっと旋回。索敵範囲内に、敵は必ずいる筈だと考えて。
「……いた! 南東に七・ニキロ!」
 そうして海沙は、はたして見つけたのだった。ビブリオの感知圏内に、ようやく現在進行
形で攻撃行動を取っている個体を確認する。
「あれ? でも変だよ? 同じような反応が……二つある」
 彼女の戸惑いに、睦月達も『えっ?』と声を重ねていた。その間もチャリオットは示され
た地点へ向かって疾走し──やがて当のアウター達を視界に捉える。
『……!?』
 確かにどちらも、似通ったような姿形を持つアウター達だった。
 おそらくモチーフとしては、野球のユニフォーム。ヘルメットとお揃いの色合いを装った
この二体は、同じくこちらの接近に気が付いたようだ。強いて言うなら片方は右腕がジャッ
キで強化され、もう一方は分厚い棘付きバットのような棍棒を握っている。それぞれの傍ら
に、改造リアナイザを手にした少年達が立っている──十中八九、召喚主だろう。
「? 何だ、あいつら……?」
「まさか……守護騎士(ヴァンガード)か!? でも、ネットで見たのとは随分色合いが違
う気がするが……」
 マイペースな線目の少年と、彼より体格は劣るが気の強そうな少年だった。二人は睦月達
の姿をやや遅れて認めると、急いで迎撃態勢に入った。彼らの二体のアウター達も、標的を
一旦こちらに向け直して、投球・打球のフォームを取り始める。
「上の三人?」
「いや、先ずはデカブツだ。ぶつかって来るまでに叩き落す!」
 するとどうだろう。この二組は、ピッチャーとバッターよろしく一方が投げた豪速球を、
もう一方が流すように棍棒を振り抜いたのだ。球の威力を最大限に活かした一発。やり取り
通り、睦月達を乗せるチャリオットデュークの正面へと飛んでゆく。
「やる気か。上等……!」
「今度はミサイルじゃなくて、野球かあ」
『撃ち落としますよ、マスター!』
「ああ!」
 パンドラに促されるがままに、腰のEXリアナイザを銃撃モードに変える睦月。
 真っ直ぐに飛んで来る相手の球を、そのまま相殺してやろうと狙ったが──。
「……ッ!?」
「何ぃ!?」
 直前で“曲がった”のだ。明らかに不自然な形で、大きく半円を描くように迂回して。
 睦月の銃撃は、はたしてあらぬ所へと着弾していった。少年達と、彼らを抱えた二体のア
ウターも、これを見届けた次の瞬間にはビルの屋上から跳び、それぞれの立ち位置を変え始
める。チャリオット自身も横っ腹に直撃を食らい、大きく体勢を崩した。背中に乗っていた
睦月達も、その揺れに激しく翻弄される。
「な、何あれ……?」
『きゅ、急にぐわ~んって……』
「大江君! 大丈夫!?」
「お、俺は平気です。デカブツになってる分、耐久力は……」
 でも──。何とか体勢を立て直し、ビルの一つに四肢を着けるチャリオットこと仁。実際
ダメージ自体は横っ腹が焦げる程度だったが、相手の球速と変幻自在さは侮れないレベルだ
と思い知った。身構える間にも、彼らは次の一発を放ってくる。
 まさにトリッキー。抜群のコンビネーションから撃ち出される白球は、戦い慣れていた筈
の睦月らを予想外に苦しめた。
 捉えたと思ったら二段階式に加速し、寸前で棘が生えて一層の凶器になる。或いはかわし
たと思った直後に逆回転(ユーターン)し、背後からの攻撃。球自体が爆発を起こして破裂
し、睦月達を吹き飛ばしたりもした。
「ぜえ……ぜえ……」
「も、もう! 何なのよ!?」
「むー君、私達は大丈夫だから、召喚主達を! このままじゃあ、むー君が……!」
 仁も完全に守勢に回り、海沙と宙──ビブリオとカノンに攻撃が当たらないよう逃げ回る
ので精一杯だった。それは睦月も同様で、反撃するよりもつい、二人にダメージが行かない
よう庇うばかりであった。
「……大丈、夫。これで少なくとも、七波さんは狙われない……」
 目的こそ違うが、最初からオルカ・コンシェルの換装にしておいて正解だった。その所為
で攻防力が物足りなくなってはいるものの、もしこの感知特化の状態でなければ既にやられ
ていただろう。対する少年達の方も、存外に粘る睦月らを見て、警戒の度合いを一層濃くし
ている。
『……厄介な相手だな。二人で一組か。様々な変化球を織り交ぜた、遠から中距離攻撃型』
『はい。でもこの前、チェイスほど射程は長くないみたいです。パワーでゴリ押すというよ
りは、技巧型の個体達でしょうね』
 通信の向こうで、皆人がじっと口元に手を当てて呟いていた。司令室(コンソール)内で
は既に職員達が、このコンビのアウター達を解析し、攻略の糸口を探そうとしている。
「ふん。当然だ。伊達に“四番”を張ってはいなかったからな」
 そして我が事のように、線目の少年を一瞥して不敵に笑う、気の強そうな少年。
 尤もそんな相方の自慢げに、当の本人は変わらずのマイペースだった。自身のアウターと
共に、じっと棘付き棍棒(バット)を、睦月達の背後向こう側へ──いわゆるホームラン宣
言のポーズで以って掲げている。
(くそっ! 一体、どっちを叩けばいい……??)
 睦月は正直、焦っていた。増援が来るにしても、それまで持ち堪えられるかどうか。何に
せよ片方を潰さないことには、防戦一方でキリが無い。皆を守れない。
(なら……打者側(バッター)を!)
 だがはたして、その前のめりが結果彼を苦しめる事となった。皆人の指示を待つ前に、睦
月は見当をつけて飛び出す。相手の攻撃、肝心の飛距離や弾道を作っているのは棍棒持ちの
方だ。そちらを叩けば、奴らの能力は大部分が潰せる……。
『ふえっ?』
「む、むー君?」「睦月!?」
「大江君! 二人をお願い!」
「えっ? お、おい! 佐原!」
『待て、睦月! 早まるな!』
 仲間達を後方に置いたまま、一人地面を蹴って飛び上がった守護騎士(ヴァンガード)姿
の睦月。狙うはバッター型、ないし線目の少年。仁や海沙、宙がその突然の行動に対応が遅
れる。司令室(コンソール)の皆人達も慌てていた。
「──そりゃあ、お前……。悪手だろうよ」
『!?』
 しかしもう一方の側、ピッチャー型と気の強そうな少年は、この次の一手をすぐに理解し
ていたのだった。跳び上がった睦月を見上げている線目の少年と棍棒持ちのアウター。その
相棒の正面、彼を挟み撃ちにするような位置取りで、自身らは大きく背後に回って次弾を投
げる体勢に入ったのだった。
 秀紀ぃ! 叫びながら、彼のアウターがジャッキで強化された右腕から白球を射出する。
この線目の少年も、同時我に返って自身のアウターに棍棒を構えさせ、さながら強打者よろ
しく睦月の脇をすり抜けて来たこれを撃ち返す。
 タイミングはバッチリ。そして何より──放たれた球は、衝撃によって幾つにも分身する
形態を採っていた。睦月やパンドラ、現場と司令室(コンソール)の仲間達が驚愕する。こ
と空中にいた睦月は、これを咄嗟にはかわせない。
「ガッ──?!」
 近距離で撃ち出された散弾の攻撃を、次々ともろに受けて。
 守護騎士(むつき)は上下左右を、激しく反転させながら弾け飛ぶ。

 時を前後して、飛鳥崎市郊外沿岸部。
 その港湾区内にある倉庫の一つに、神父風の男──人間態のラースが訪れていた。日は既
に沈んでしまっており、辺りを照らすのは遠くにぽつぽつと漂う街灯のみである。
「──よう。遅かったじゃねえか」
「遠路遥々呼び寄せておいて、待たされるとはのう……。ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ! 随分
と偉くなったモンじゃ」
「私(わたくし)達も忙しいのよ? 手短に済ませてくださる?」
 夜の静かな暗がりの中、ゆっくりと扉を開けると、そこには思い思いに身を潜める複数の
人影があった。倉庫内の荷物や柱に乗り、背を預けて寄り掛かり。外と同様、差す陽も失っ
た現在ではその顔をはっきりと確認することは出来ない。
 五人、六人──いや、主だった面子以外にも配下らしき者達がじっと蹲っている。皆一様
に言葉を発することはなかったが、同時にこの入って来たラースの姿を認めると、じっと何
かを訴えるように眼差し達だけは向けられていた。
「勿論、その心算ですよ。あくまで私は彼の代理で来たので。これから全員、アジトに来て
貰います」
 尤も当のラース本人は、終始慇懃無礼といった態度を崩さなかった。自分が使いっ走りに
されている事実も然る事ながら、以前とは違って目の前の彼らは自分が召集した者達ではな
いからだ。
 差し詰め──もう一つの七席。
 呼び寄せたのは他でもない、我らが“蝕卓(ファミリー)”の長・シンだ。
 今回彼らに声を掛けた理由も背景も、ラースは重々承知こそしていたが、自身の「不服」
という感情はまた別だ。尤もそんなことをうっかり口に出してしまえば、プライドには鼻で
笑われるのだろうが。
「そうかよ。聞いたぜ? この街の警察に潜らせていた連中、守護騎士(ヴァンガード)達
に追い出されたんだって?」
 すると思い出したように、面子の一人が哂う。ラースはピクリと、静かに眉間に皺を寄せ
ていた。先の中央署における失態──プライドの敗北を、彼らが知らない筈はない。
「かの“傲慢”の名を戴いた七席が、ああもボロを出しちまうとはなあ……。窮鼠猫を噛む
って奴かねえ? 刺客も既に一人やられてるそうだし、何なら俺が代わりに──」
「冗談は程々にしなさい」
「ここで、頭数を減らさせる気ですか」
 だが次の瞬間、他でもないラースが、このお喋りな渡来者をピシャリと黙らせた。
 本人は入って来てから一歩も動いていなかったが、倉庫内に濃密な殺気が振動する。集ま
っていた他の面子は口を出すこともないまま、じっとこの二人の睨み合いを暫くの間傍観し
ていた。
「……分かった分かった。そんなマジになるなって。場合によっちゃあ、他の奴らに勘付か
れるぞ?」
「誰の所為だと思っているんですか……。まぁいいでしょう。とにかく状況は、そう悠長に
していられるものでもありません。速やかにシンと会い、指示を仰いでください」
 正直腹立たしさは消えていなかったが、他でもなく彼らが召集された理由は其処に在るの
だから。今、私闘を演じるようなメリットは何処にも無い。
 リョーカイ。置きっ放しになったコンテナの上で、この面子の一人は言った。ひらひらと
掌を揺らしてから、軽業さながらに飛び降りてくる。事態を観ていた他の面々や部下達も、
一人また一人と暗がりから歩を進めて出て来た。
「? そう言えばあやつの──リチャード達の姿が見えんが?」
 加えて老人らしき声の面子が、そう改めて辺りを見渡しながら訊ねた。踵を返したラース
の歩みが、数拍の間だけピタリと止まった。
「ああ……。彼らには一足先に動いて貰っていますよ。何分、この国の政府が嗅ぎ回り始め
たものでね」
 努めて表には出すまいとする、静かで赤黒い怒気。
 肩越しに彼らへと振り返ることさえせず、ラースはそう、ただ淡々と答えたのだった。

スポンサーサイト



  1. 2019/07/23(火) 18:00:00|
  2. サハラ・セレクタブル
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<(雑記)違って当たり前、諍って当たり前 | ホーム | (企画)週刊三題「ブックマン」>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://higurasisouann.blog27.fc2.com/tb.php/1134-b2703a65
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

訪問者累計

最新記事

最新発言

検索窓

月別履歴

10 | 2019/11 | 12
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

分類/索引

【案内板】 (2)
【小説:短編】 (20)
本の蟲 (1)
硝子野不動産店 (1)
夏の日の幻影 (1)
四番線の彼女 (1)
夢視の宿 (1)
線を曳く町 (1)
炬燵の神様 (1)
三者三盗噺 (1)
色眼鏡 (1)
奴らは攻城戦師 (1)
詰め替える (1)
同じ籠の狢 (1)
二十年後の遺言 (1)
轍の先 (1)
水に流せば (1)
真夜中の御二柱 (1)
いつか見た夢 (1)
神様達の初詣 (1)
白い花束 (1)
丸の代償 (1)
【小説:長編】 (192)
Amethyst League (6)
アンティーク・ノート (3)
ユウキのヒカリ (5)
NIGHT GUNNERS (5)
レディ・ルーン-Bonds of RU'MEL- (6)
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- (110)
死に損いのデッドレス (5)
Dear SORCERY (4)
サハラ・セレクタブル (48)
【企画処】 (469)
週刊三題 (459)
その他参加物 (10)
【資料庫】 (2)
【落書帳】 (2)
【詩歌帳】 (8)
【雑記帳】 (400)
【読書棚】 (32)
【遊戯倉】 (25)
path. (4)
decide: (3)
ユー録FW(凍結中) (17)

記事録

交友関係

このブログをリンクに追加する

(RSSリンク)

(QRコード)

QR

Tweets by long_month