日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「災能有る風景」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:玩具、十字架、業務用】


「はい。じゃあ、口をあーんしてくれるかな?」
 その日も久野は、訪れた患者達を診ていた。取り出したペンライトと舌圧子で、母親に連
れられた男の子の喉奥を照らしてみる。
 案の定、炎症が起きていた。本人達が話した通りだ。但し程度はまだ軽い。この子が早め
に訴え、その声を母親が聞き入れて連れて来てくれたお陰だ。大人ならばともかく、子供は
症状を自覚・言語化する──周りに伝えることさえ覚束ない場合もある。
 病院のキャパシティ云々はあっても、小児科を担当するいち医師としては、一人でも多く
の命を救いたかった。たとえ現実は寧ろ真逆で、力及ばず取り零してばかりだと思い知らさ
れていても。
「風邪ですねえ。でもまだ罹り始めですから、今の内にしっかり治してしまいましょう」
 お薬、出しておきますね? 久野はそう努めて微笑(わら)ってみせながら、テーブルに
広げたカルテに走り書きを残す。「ありがとうございました」「……ました」ぺこりと下げ
た母子(ふたり)のお辞儀が、直後視界の端に映る。

 そうして、この日の当番が終わって移動していた最中だった。
 病棟と病棟を繋ぐ連絡路。片手にその延びてゆく先が見える位置、T字を通り過ぎようと
した時、久野は彼女らの姿を認めてしまったのだった。
(……あれは)
 先ず耳に届いてきたのは、聞き覚えのある女性達の声。少なくとも内一方は、ヒステリッ
クに罵声を相手に浴びせており、対する年配看護師──柳ら病院スタッフ数名を困らせてい
るようだ。
「だから、さっきからずっと言ってるじゃない! 嫌いなら嫌いって、はっきり言ったらど
うなの!?」
「い、いえ……。そんな事は……」
「嘘つき! だから信用ならないのよ。あんたは……!」
 確か叫んでいる方の入院患者は、半田と言ったか。
 パジャマ姿の入院着に、表情をやや前髪で隠すボサボサ頭。今から半年ほど前、うちに転
院してきた女性だ。どうやら若い頃から精神疾患を抱えているらしく、時折ああやって激し
い気性を露わにすることがある。
 そんな彼女よりも、倍近くの歳月を生きているのがこの柳主任だ。周囲曰く、決して派手
で目立つような人間ではないものの、その仕事は一貫して真面目で丁寧なものだと聞き及ん
でいる。
「あ、久野先生!」
 だから正直な話、もう“これ以上”彼女らのトラブルに関わるべきではなかったのだ。
 思い直し、久野はそっと場を立ち去ろうとしたのだが……運悪く当の半田本人に気付かれ
てしまった。彼女はニコッと嬉しそうだったが、柳主任に同行していた他の看護師達が、途
端に眉根を寄せてこちらを見たのが分かる。
「……やあ」
 参ったなあ。
 ぶんぶんと盛大に手招きしてくる、或いは睨んでくる彼女達を無視する訳にもいかず、彼
は結局一人、スリッパを引っ掛けたまま合流しに向かうしかない。

 ***

「──だからあの看護婦さん、絶対私のこと嫌ってるんですよ。なのに顔を合わせる度に違
うんだ、仕事なんだって、嘘ばっかり……!」
 そもそもの原因は、以前期せずして院内で知り合った彼女から、悩みの相談を受けてしま
ったことに始まる。
 元々他人の感情に敏感な彼女は、その鋭過ぎる感覚で度々周囲から浮いていたようだ。始
末の悪いことに、当の本人はそれが自分の所為だとの認識に乏しいようだった。良くも悪く
も潔癖で、他人が日常的につくその場凌ぎの嘘・偽りを許さない──最初彼女を担当してい
た、柳主任に対してもそれは同様に発揮されていた。
「嫌ってる、ねえ。でもそれって、実際に確かめた訳じゃないんでしょ? 推測で決めてし
まうのは……ちょっと早過ぎるんじゃないかな?」
 正直、自分の専門は心療内科ではない。成り行きとはいえ、久野はどう対応したものかと
迷っていた。院内の休憩スペースで一緒に飲み物を口にしながら、そう手探りで彼女をやん
わりと落ち着かせようと試みる。
「……何ですか。まさか先生も、あの人の味方をしようっていう訳じゃないでしょうね?」
「? ううん……? いや、別に敵も味方も……」
 だからこそ、彼女がいざ神経に障った時に遣ってくる眼光に、久野は思わず苦笑いで誤魔
化そうとしてしまって。
 若いなあ。久野はただ単純に、そう思う。
 おそらく初対面な相手に、ここまで突っ込んだ話をしてくるのは、自分が柳主任よりも若
い異性だからなのだろう。有り体に言うと──舐められている。
 確かに医師としての技量も、医療関係者としての年数も、自分の遥か上を行く彼女には敵
わない。その意味では個人的に、主任のことは頼れる先輩だとさえ捉えている。医師と看護
師、主に受け持つ科の違いは大きくても、人生の先覚者として先ず相手を立てることはどの
業界においても変わらない筈だ。
「ふうん……?」
 なのに、この子はどうもその辺りを解っていない。学んでいないような気がする。
 あまり歳は違わないと思うんだけどなあ……。久野は内心で嘆息をつきつつ、少なくとも
此処で旗色を見せてしまうのは拙かろうと思った。

「──半田さんが、私の事を? そうですか……。先生は部署が違いますし、ご存じないか
と思いますが、彼女は今までもあちこちでトラブルを起こしては回っているんですよ」
 少なくとも、一方の意見だけを聞いただけでは分からない。そこで出しゃばった真似だと
の自覚はありつつも、久野は柳主任を訪ねて時間を割いて貰った。半田の名前を出すと、彼
女も彼女ですぐに何かあったと悟ったらしい。
「トラブル……?」
「ええ。彼女はとても気難しくて、他の病院でも度々患者さんや職員とトラブルになってい
たそうなんです。対人関係、という奴でしょうか。そういった事を繰り返して、先日うちに
回って来られたばかりで……」
 曰く、対人能力に難のある彼女は、事ある毎に周囲の人間に噛み付き、入院先を転々とし
てきたのだという。逆に言えばそんなトラブル気質──極端な信頼、距離感とヒステリック
さが他でもない根本の原因なのだが、中々当の本人がそこを“妥協”してくれた試しは無い
のだそうだ。結果巻き込まれた他人びとが直接・間接的にクレームを出し、当人を宥めすか
して何とか場から引き離す──居場所を映すという対応を繰り返してきたとのこと。
「それは……大変でしたね。でも何故主任が、そんなに?」
「何故、なんでしょう? 正直私もよく分からないんです。私は看護師として、彼女を何と
かしてあげたいと思っているのですが、どうも本人はそれが気に入らないようで……」
「……」
 苦笑する柳主任は、そう心底困っているようだった。愚痴っても、何かが実際に好転する
訳でもない。まるで自分の中でそう背負い込んでいるように、久野には感じられた。
「どうなんでしょうね。それぞれのお話を聞いた限りだと、彼女は貴女に“仕事だから”接
されているというのが気に入らない感じですけど」
「えっ──?」
 だから、差し出がましいとは重々に承知しながらも、進言してみる。何度か口の中でもご
もごと言葉を咀嚼しながらも、久野は喉元で形になり始めているそれを吐き出してみた。
「……あくまで、自分の想像ですよ? 多分彼女にとっては、そういう“義務”やら何やら
で自分に付き合ってくる人間が気に食わないんでしょう。捻くれてますけど、それが彼女に
とっては、自分が下に見られていると受け取られているのかも……。本人と話してて感じた
ことなんですが、良くも悪くも自尊心(プライド)が高かったですから。主任の話だと、も
う何年もそんな感じで周りと揉めては追い出されてを繰り返しているようですし、その責任
を他人に押っ被せて、本人も引くに引けなくなってるんじゃないですかねえ……? 良くも
悪くも自尊心(プライド)が高いものですから。多分、半分以上は自覚さえ出来ていないと
思いますよ? 残り半分は……したくない、のかな」
 頭の中から、自分の引き出しを開けて持ってくるように呟く久野。
 すると柳主任は、暫く目を瞬いた後で、ほおっとため息をついていた。ハッと我に返って
ばつが悪そうにする彼に、彼女は努めて弱い微笑(えみ)を湛えて言う。
「す、すみません! しゃしゃり出た上に、生意気を……!」
「いえいえ……。よくご存知なんですね? 久野先生は」
「……まあその辺は。こっちも“子供の扱い”という意味では、プロっていうか、普段から
似た場面にはよく出くわしてますし……」

 ***

「聞いてよ、先生~! またこの人、嘘ついて私を騙そうと──」
 結局あの後も、二人の溝は埋まらなかったらしい。というよりは、お互いの善意を相手が
悪意と捉え続けた所為なのだろう。主任の使命感が半田には薄っぺらく見え、彼女の罵倒に
も主任は“仕事だから”耐えねばと、根気強く接する。それがまた一層、当人にとっては自
分が軽くあしらわれているのだと曲解させ……。
「一体、何があったんです?」
「え、ええ。事情があって個室に移って貰おうとしたんですが、半田さんがそれを拒否なさ
っていて……」
「拒否も何も、私が邪魔だから隔離しようってんでしょう? 私には分かってるんだから!
そうだっていうなら正直に言えばいいじゃない! それをあーだこーだ、自分達だけは綺麗
なままでいようってするから……!」
「……」
 なるほど。事情は大体呑み込めた。ただ彼女の言う通り、今の四人部屋から個室に移す理
由は、他ならぬ当人なのだろう。
 ちらりと中を覗くと、他の入院患者達が、こちらを睨むように見つめていた。
 尤もその視線、敵愾心なその矛先にいるのは彼女だ。久野がやって来たその動き自体に対
しては、寧ろ歓迎──早く何とかしてくれと目が訴えかけている。
「半田さん? 頼みますから言う通りにしてください」
「周りの患者さん達にもご迷惑になりますし……どうか、早く」
 しかし事件は、そんな最中に起きた。さあ。久野が顔を出したことで焦ったのか、柳主任
に従っていた他の看護師達が、とうとう実力行使に出始めたのだ。
「ちょ……何すんのよ!?」
 当然、無理を強いられたと半田は怒り狂う。ヒステリックな声色と抵抗は先ほどよりも激
しくなり、彼女らに半分部屋の外へ引っ張り出された所でこれを振り解くと、ビターンと突
如として床に仰向けになったのだった。
「あったまきた……!」
「通れるモンなら、通ってみなさいよ! 私を跨いで、さあ!」
 こいつは、やばい事になったな……。半分この一部始終を傍から見ていた久野は、思わず
顔を顰めて立ち尽くしていた。半田の連行が中途半端な所で振り解かれたため、互いの位置
は廊下側から順に、久野と一部の看護師達、半田と柳主任及び残りの看護師達という状態に
なってしまった。
 要するに柳主任らは、自ら仰向けに寝そべって立ち(寝)はだかる彼女を足元に越えなけ
れば、部屋から出ることが出来なくなってしまったのだった。
「半田さん……」
「どうしたのよ? ほら、出て行きなさいよ! 個室に移すんでしょう? 私が邪魔だから
って余所に! いっつもそう。いつもあんた達は、私を疫病神みたいに──!」
 幼稚だなと、悠長に眺めている余裕など実際の所、久野達にはなかった。ただ騒然となり
出す周囲と室内の入院患者達と、他ならぬ興奮し切った半田自身と。キンキンと、過去現在
の恨み辛みが綯い交ぜになったような彼女の叫び声が、一同を進退窮まらせていた。
「おい!」
「一体どうしたんだ!?」
 その後、異変に気付いた他の医師や警備員らが駆け付け、泣き喚く彼女を力ずくで引き剥
がしたのだが、当然久野達にもその誹りは免れる筈もなく……。

「全く、面倒な事を起こしてくれたね」
 外来病棟の屋上で、後日久野は上司に当たる立花医師からそう、やんわりネチネチと小言
を吐かれていた。尤も当人はそこまで彼に辛く当たるような心算はなく、ただ単に事件当時
何があったのかを詳しく聞きたかっただけのようだが。
「……すみません」
 はたして半田は、別の病院に移されることになった。流石にあんな騒ぎを起こされては仕
方なかったのだろう。久野は只々言葉少なく、頭を下げる。
 ただそれ以上に痛手だったのは、当事者のもう一方──柳主任が退職してしまったことだ
った。表向きは騒ぎを招いてしまった責任を取ってとのことだったが、どうも看護師達の話
を聞くに、彼女は今回の一件ですっかり心が折れてしまったのだそうだ。事実彼女の転職先
などの話を、自分は未だ聞いたことがない。
 一体、どうすれば良かったのだろう? もっと早い段階で、担当を柳主任以外に変えてし
まえば良かったのか? そもそもそんな“問題児”を、自分達は受け入れるべきではなかっ
たのか?
 だがそうやって彼女を、患者をたらい回しにしてゆけば……更に傷付き頑なになるのは当
の本人だ。自分達ではなくとも、いずれ何処かに仮のベッドを用意しなければならない時、
其処に従事する者達に更なる“貧乏くじ”を引かせることにもなる。……そもそも通常のコ
ミュニティで零れ落ちるような人間だからこそ、助けなければいけないのではないか? そ
の原因が病であるのなら、それが自分達の仕事ではないのか?
「ま、いいけどねえ。警察沙汰にならなかっただけ、まだマシだったと考えようか」
「……」
 眼下の正面ロータリーを見下ろしながら、立花はゆったりのんびり、手摺りに寄り掛かっ
て煙草を吸っていた。医者としての年季も実力も遥か上ながら、どうもこの人はそれらを暗
に誇示することをしない。場合によっては、必要性すら感じていないように見えるのだ。
「でも参ったねえ。柳君は、スタッフとしては有能だったのに。勤続年数もそれなりにあっ
たし、色々勝手も知っていたしさ?」
「……ええ」
 少なからず自分も噛んだ後ろめたさがある所為か、久野もまた表情は浮かない。
 結局救おうとすればするほど、その分零れてゆくものの方が嵩んでしまう──どうしても
矛盾に突き当ってしまうものなのか。
                                      (了)

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  1. 2019/07/15(月) 00:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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