日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「善意」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:濡れる、裏切り、花】


 世の中、誠意の通用しない相手というのは案外存在するものだ。即ち下手(したて)に出
ればつけ上がり、被害者意識だけは人一倍な手合いである。
「──あっ、先輩じゃないですか~。そちらも営業で?」
 その日新条は、外回りの帰り道に見知った顔と出会った。同じ会社、同じ部署に所属する
まだ年若い新人である。
「田辺か。商談に出ていた。お前こそ、契約の一つでも取ってきたんだろうな?」
 努めて表情(かお)には出さないが、内心一緒にするなと新条は思った。尤も、こちらが
普段から不愛想なものだから、当の後輩はすっかり慣れてしまって気にする様子もない。
「あはは……。いやまぁ、そこは少しずつ口説き落としてゆくということで……」
 こちらとは正反対の、人懐っこい苦笑い。
 田辺は頼んでもいないのに、気付けば新条の横に並んで歩き始めていた。夏も収まりかけ
ているここ数日のコンクリートジャングルは、以前よりも大分過ごし易くなった。スーツの
方も、そろそろ上に一枚持ち歩いておかないといけないかもしれない。
 ……やれやれ。
 新条は彼にジト目を寄越しながらも、かと言って追い払うこともしない。会社に戻るのな
らどうせ同じ方角だし、何より往来の目がある中で、無駄な小競り合いを起こしてもデメリ
ットしかない。
「それで、先輩の方は上手くいきました? 最近で商談っていうと……」
「例の共同開発の件だ。実務者レベルでの詰めだな。尤も正式に契約する前に、お互い上層
部からゴーサインが出ないと如何にもならんが」
「へえ。もうそこまで進んでるんですねえ。流石は先輩だあ」
「……別に私が先陣を切っている訳じゃない。こんなのが交渉の真正面に居ても、心証が悪
くなるだけだろう?」
「うーん……?」
 にも拘らず、少し自虐的でもって謙遜しても、この後輩は何故か不服そうだった。小首を
傾げると、あくまで淡々としている新条に向かって問う。
「でも俺から見れば、先輩は“頼れる副官”って感じですけどねえ」
「それは褒めているのか……。確かに私の領分は裏方だがな。今回の件も、データの精査と
資料を作り任されていた」
「でしょう? 普段あんまり自己主張しなくても、見てる人は見てるんですって。結構いる
モンなんですよ? 先輩みたいな、こう……ハードボイルドが好みな女って」
「? 何故そこで異性の話が出てくる?」
「まあまあ。聞いてくださいよ~。さっき“口説く”って言葉で思い出したんですがね? 
この前いいなあって感じの子と会ったんですけど、どうもその子、ガッツリ年上が好みっぽ
くてですねえ……」
 元々軟派な性質のある田辺だったが、どうやら会話の途中で何かしらの記憶にスイッチが
入ってしまったらしい。こちらが訝しみ、止めようとする間もなく、次の瞬間とめどなく話
し始める。
 あちこちに脱線してばかりだが、大よそは自身のナンパ自慢というか、特定の恋人が出来
ないことへの嘆きのようだった。暫く耳にだけは話を入れておいて、新条はまだ往来の活発
な昼下がりの表通りを歩いてゆく。
「なもんで、俺もいい加減彼女が欲しいんですよねえ……。先輩はどうです? 先輩ぐらい
ワイルドな男なら、さぞかし若い頃からモテてたでしょう?」
「……そうでもないがな。交際自体、数えるぐらいしかない。どれも長続きはしなかったよ
うに思うが」
「えっ? そうなんですか? 意外だなあ」
「意外も何も、私が独り身なのは知っているだろうが。結局、そうやっている内に結婚とは
縁遠くなってしまった。ずっと忙殺されてきたというのも大きいが」
 それと……。流石に延々と長話に付き合わされた腹いせとばかりに、新条は続けた。恋人
が欲しい、嫁さんが欲しいと嘆く割には、この若いのは根本的な所を解っていない。
「言い方に気を付けろ。お前はそうやって、意図せず相手を軽く見ているような言動を取り
がちだ。私はともかく、本当に“口説きたい”が相手にそう伝わってしまえば、嫌われてし
まうのも無理からぬことじゃないか?」
「……むう」
「或いはお前と似たような、一緒にいてけらけらと笑っていられるようなパートナーに的を
絞るとか、な」
 思わずぐうの音も出ないといった感じの田辺だったが、新条はあまり気に留めなかった。
言い出してきたのは向こうだし、少し灸を据えてやらねばと思った。移動中とはいえ、仕事
中にプライベート丸出しな話を──というよりは、相談されたその悩みに“最適”な答えを
導き出してやろうと考えたが故の言葉だった。
「一緒の、似たような……」
 ぶつぶつと。この後輩は気持ち俯いて目を細め、手を口元に遣ったまま呟いている。

「──お前はいいよなあ。仕事が恋人、みたいな生き方を地で行けるんだから」
 別の日の夜。新条は同期入社の丹後と、行きつけのバーで呑んでいた。猥雑なビル群の地
下でこっそりと営業している、静かな雰囲気が心地良い店だ。
 グラスを二杯・三杯と空けた所で、少しずつ出来上がってきた丹波が言った。カランと中
の氷が小気味良く鳴る風情もそこそこに、その語り口は段々と愚痴じみてくる。
「こっちは大変だよ。嫁さんと子供、下のチビどもはわんぱく盛りで、家に帰って来てもお
ちおち休めやしねえ……。かといって適当にあしらってると、今度は嫁さんが不機嫌になる
しさあ」
「もう何年かの辛抱だろう? 奥さんもよく頑張ってくれてるんだ。疲れているのはお互い
様だ。……尤も、独り身の私が偉そうに言えた口ではないのだろうが」
「ああ、そうだよそうだよ~。お前も嫁さんや子供が出来りゃあ、嫌ってほどに分かる。可
愛いのは可愛いんだがなあ。ただ、俺も四六時中サービス精神旺盛じゃないっつーか……」
「そこまで気にする事じゃないだろう。完璧な人間なんていないんだ。私とは違い、ちゃん
と妻子を儲けて養っているんだ。そこは誇っていいことだと思うぞ」
「はー。お前そりゃあ、持ってない者の余裕って奴さ」
「……そうだろうか?」
「そうだよ。お前みたいな独り身とは違って、こっちは人数分で稼ぎを割ってるんだぜ? 
寧ろ取り分っつーか、個人の余裕はカツカツさ。結婚前より確実に、遊べる金とか減ってる
しなあ」
 本当、墓場だぜ。
 酒の勢いに任せてというのもあるが、この同僚の長々とした嘆きに、新条はただ耳を傾け
てやるしかなかった。ちびちびと、自身もグラスの酒を口にしながら、やたら結婚を後悔す
るような彼の言い分に眉を顰めている。
「……はあ。仕事が、しんどい」
「そうだな……。転職も、選択肢としてあり得るかもしれない。私はともかく、君の所帯が
必要とする分を考えると、今の会社のままでは厳しいか。もっと大きな会社に移ることが出
来れば、或いは」
「……」
 ぶつぶつ。隣の彼にも、誰に向けて言う訳でもなく、新条はグラスを片手に呟いていた。
程よく薄暗い店内の照明と背景のジャズミュージックが、深そうで深くない思考をいい具合
に援けてくれている。
「お前は、本当に真面目だよなあ」
「? 真面目な話をしているからだろう?」
「そりゃそうだが……。はは。まぁいいよ、飲もう飲もう!」
 シケた話は無しだ、無し!
 若干怪訝に見つめ返す新条を余所に、丹波は一転彼の背中を叩きながら、再びグラスを呷
り出す。

「──新条さんって、元奥さんとか恋人さんっていらっしゃらないんですよね?」
 そして更には、オフィスの給湯室でそんな質問をされる。
 喉が渇いて茶でも飲もうと思った新条は、ちょうど居合わせた女性社員・花町からフッと
訊ねられた。湯呑みの中に茶葉の袋とお湯を入れ、温くなったそれを片手にしたまま、彼女
の方をじとりと見遣る。
「ええ。……言っておきますが、私はバツイチではありません」
「そ、そうですよね!? 失礼しました! あは、あはははは……」
 いや、絶対そんな想定を踏まえての言葉選びだったろう? と内心ツッコミながら、新条
は小さくため息をついた。
 前々から気付いていたことではあったが、やはり自分は見た目以上に年を食って見られて
いるのか? 確かに顔も体格も厳つい自覚はあるが、記憶が正しければ、彼女とだって歳は
一回りも離れていなかった筈だが……。
「生憎、こんな形(なり)をしているものでね。そういうものとは無縁なのです」
「へ、へえ……?」
 なのに、対する彼女は、まだこちらをちらちらと見ている。同じように茶を淹れるでもな
く、ただ何となく緊張した様子で若干頬を赤らめ、視線を泳がせている。
「で、でも新条さんワイルドだし、モテると思いますけど……」
「田辺と同じことを言いますね。私のような中年よりも、後々計画の利く若い世代同士がく
っ付いた方がいいでしょうに」
「く、くっ付──!?」
「世辞は結構。退いてくれますか。そこに立っていたら戻れない」
 は……はぃぃ! だが新条は、あまり彼女と長話をしようとも思っていなかった。茶も淹
れたことだしと、ちょうど出入口を塞ぐ格好になっている花町に呼び掛ける。赤らめていた
顔を更に──別の意味で真っ赤にし、彼女が飛び退いた。どうも。新条はそのまま、見向き
もせずに、自身のデスクに戻ろうとする。
「お、お世辞じゃあ……ないですよ?」
「……」
 正直、少し鬱陶しかった。というのも、前々から彼女の自分に対する態度には、気付いて
いない訳ではなかったからだ。有り体に言うと──好意という奴か。まぁ歳も近いと言えば
近いし、そういえば彼女も独り身だったような気がする。
「そういう話は、あまり職場でやらない方がいい。昔はそういう役割も担っていたのかもし
れませんが、今は周りがあれこれ五月蠅いですから。これは私の個人的な感覚ですがね……
なまじ顔見知りというのは、元々のしがらみが大きい。フラットに相手を見ようとする際の
妨げになる。合コンとかお見合いパーティーとか。ちゃんとした出会いの場なら、外の方に
たくさんあるのではないですか?」
 お先に失礼。言って、新条は改めてその場を立ち去って行った。
 外にって……。俯き加減になったまま、一人取り残されて歯噛みし始める彼女を、彼は振
り向いてやることもせず。

「──聞いたぞ? 新条君。困るなあ」
 だからこそ、最初その言葉を投げ掛けられた時には、きっと何かの間違いだと思った。
 ある時オフィス内で新条は、ふと上司に手招きされた。頼まれていた書類を作り終え、彼
のデスクまで持って来た際、あからさまに周りを気にするような素振りでこちらにヒソヒソ
声を向けてきたのだった。
「? 何がですか?」
「何がって……。知らんのか。ここの所君の評判、随分と落ちてるぞ? あちこちであいつ
は酷い奴だ。何でもかんでも歯に衣を着せなさ過ぎる、とな」
 頼むよ。ほら、現場の士気ってものがあるだろう──? 一応言い辛い内容であることは
認識しているのか、このひょろっと面長の課長は言った。遠回しではあるが、非はさもこち
らに在るとでも断言するかのように。
「……」
 思わず眉根を深く寄せ、次の瞬間新条はちらっと横目にオフィスの向こう側──部屋の奥
でひそひそと、こちらを見遣って何やら話し込んでいる女性社員らの一団を見た。花町だ。
彼女を含む中堅前後の女性陣が、あからさまにこちらの視線に気付いて目を逸らしている。
或いは気付かないふりをし、集まっていた密度を解こうとする。
 更に視界の端には、自身のデスクでこれを眺めていた田辺がいた。ちょうど外回りから戻
って来ていたらしい丹波も、すぐに場に流れ始めた空気を察して、こちらに視線を向けよう
としたようだ。
 ──濡れ衣だ。ようやく頭が理解した第一声、新条はそう皆に叫びそうになった。
 違う。私はただ、ああいうなし崩し的な関係は宜しくないと意見したまでだ。そもそも明
確に伝えられてもいないのに、逆恨みもいい所じゃないか。彼女がそんな人物だとは思わな
かった。
 いや……そもそも自分は、相手を“知ろう”とさえしていなかったのではないか?
 新条はもう遅いと何処かで気付きながらも、これまで自らが取ってきた言動を振り返る。
 即ち彼女は、或いは彼らは、ただ“愚痴を聞いて欲しかった”だけだった。“共感して欲
しかった”のではないか? なのにこちらは「相談」されたとばかり思い込み、そのニーズ
を履き違えて“忠告(アドバイス)”ばかりを返していたのではないか? 相手の取りよう
次第では、それらを上から目線で“押し付けられた”と、内心不服に思われていた可能性は
十分にある……。
「私自身、君の仕事ぶりは評価してるんだ。和を乱すような真似は、控えてくれよ?」
「……はい」
 不服なのはこっちだ。
 しかし新条は、拗らせた所でメリットは薄く、何より身から出た錆だと言い聞かせ──拳
をぎゅっと握りしめながら、密かに只々項垂れるしかない。
                                      (了)

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  1. 2019/06/17(月) 00:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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