日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅷ〔105〕

 死神総長アララギが現出させた、漆黒の大鎌。
 振り被られるその刃と殺気を前に、ジーク達は絶体絶命のピンチを迎えていた。直感、本
能が、大音量で警報を鳴らしている。
 捕らわれの身から仰ぐアララギの姿は、まさしく禍々しさの象徴としての死神(それ)だ
った。両手で得物を握り締め、冷たく鋭い眼光でこちらを見下ろしている。
 やばい。
 この鎌だけは、本当にやばい──。
「止めなさい!!」
 だが、ちょうどその時だったのだ。他に立ち入る者も望めないと思われた場に、これを止
めんとする人物が現れたのだ。
 黒法衣の部下達──数名の閻魔らを引き連れたヒミコである。扉を挟んだ背後の廊下側で
は、騒ぎに居合わせた楼内の官吏などがこちらを覗こうとしている。
「閻魔長……?」
「どうして、此処に……?」
 事態をイマイチ呑み込めなかったジークよりも早く、マーロウやヨウが動揺をみせて呟い
ていた。他の面々の反応からも、彼女もまた高位の存在らしいと判る。
 振り下ろされた大鎌の刃は、ジークの鼻先寸前で止まっていた。肩越しに視線を遣ったア
ララギないしキリシマ達は、同じくめいめいに硬直している。
「え、閻魔長。これは──」
「一体何をしているのです? 死神総長ともあろう貴方が、こんな所で」
「……例の侵入者の目的が、この魂だ。事実こやつは楼内からの脱出を試みていた」
 咄嗟に繕おうとする、キリシマやヒバリ。
 しかしそんな部下達のフォローを、対するアララギは暗に制しながら答えると、ヒミコら
閻魔衆による“介入”にじっと眉を顰めていた。尤も普段から仏頂面なため、一見すればそ
の微細な変化を見極められる者は限られてはいたが。
「この者達もだ。あろうことか、こやつの脱走に手を貸そうとしていた。当人共々、処分し
ようとしていただけのこと。楼内の治安維持は、死神衆(われわれ)の管轄の筈だ」
 ギョッとする閻魔達。だがあくまで、部下の不始末に得物を振るおうとするアララギに対
して、唯一ヒミコは毅然としていた。立場的に対等であることも背景に、彼女は厳しい面持
ちを崩さない。
「いいえ。私が申し上げているのは、貴方が“独断”で事を済ませようとしている、その点
に関してです。秩序を守ろうとするのであれば、楼民達にも一通りの経緯を知らせるべきで
はないのですか? もっとクリアなプロセスを踏むべきです」
 それに……。加えて彼女は、一旦静かに深呼吸をすると、キッと再び目を見開いた。体格
は他の面々に比べてずっと小柄なのに、その瞳にはこれらを圧倒する意志の強さがあった。
「生前どれだけの事を成した人物でも、魂は等しく取り扱われなければなりません。それが
此処魂魄楼──冥界(アビス)ひいてはこの世界の秩序(ルール)です」
 あくまでも毅然と、目の前で起ころうとしていた“内々”を咎める意図で。
 ヒバリやヤマダ、部下の死神達は、明らかに面白くないといった表情(かお)をしたよう
に見えた。後者に至っては密かに舌打ちすらしている。一方でアララギはといえば、じっと
彼女を肩越しに見つめたまま、反論すらせずに黙していた。
「……」
 いや、生来の寡黙さか。
 少なくともここで下手に食い下がっても、事態が拗れるのは避けられないと考えたのか。
「彼の──魂の移送は、既に済んでいるのです。後は私達の仕事です」
 かくしてジークの身柄は、アララギ以下死神衆から彼女ら閻魔衆へと引き継がれることに
なった。ヒバリ達は渋々といった様子だったが、相手の論理武装と当のアララギが抵抗を得
策としなかった以上、従う他ない。助かったのか……? ジーク達は一先ず安堵の息をつこ
うとしたが、ヒミコはその毅然とした態度をこちらにも向けてくる。
「マーロウ隊長、でしたか。貴方達もですよ。この一件、流石に不問とする訳にはいかない
でしょう」
「うっ……」
「ですよねー」
 内々に片付けないというだけで、基本彼女も“罪人”を処断するというスタンスに違いは
ないようだ。マーロウ達の表情が思わず曇る。ジークも、自分の為に巻き込んでしまった負
い目から何とか擁護しようとしたが、他でもないマーロウ本人からやんわりと止められる。
ポンと軽く肩を叩き、連行されてゆく間際、苦笑しながら小さく首を横に振っていた。

 追加で駆け付けて来た閻魔達とも併せ、二手に分けられて連行。この半ば物置状態の室内
から出て行くジーク達。
『──』
 その去り際、終始黙したまま肩越しにこちらを見つめていたアララギの眼が、異様なまで
に静かな殺気を孕んでいるように感じたのは……気のせいか。


 Tale-105.死に潜む敵の正体

 冥界(アビス)唯一無二の中心地・魂魄楼市中。
 人々は、先刻もたらされた脱走者の報せに驚き、動揺していた。門を閉鎖されたあちこち
で、不安そうに件の噂を口にし合っている。
「まあ、逃げ出そうとする魂(やつ)自体は、そう珍しい訳じゃないがなあ」
「そもそも逃げたって……何処へ行くっていうのよ? 私達は皆、もう死んでるのよ?」
 何でもその脱走者は、例の侵入者と関係があるらしい。更にその脱走に手を貸したのが、
死神衆のいち隊長格だというのだ。少なくともそれだけで前代未聞の事件である。
 尤も、当の本人らは既に死神衆によって確保。閻魔衆に引き渡されたらしい。楼外の侵入
者とやらも、先に派遣された討伐部隊によって対処されている筈だ。
「……これで、やっとマシになるのかなあ?」
 正直モヤモヤとはする。だがどのみち、一介の楼民が気を揉んだ所で何が出来るという訳
でもない。立て続けに“異変”は起きてしまったが、事態が収束しているのならそれに越し
た事はないのだから。もう少しの辛抱だ。門の閉鎖もいずれ解かれるだろう。
 増し始める安堵と残存する不安、複雑な表情を漏らしながら、人々はそう互いに言い聞か
せていた。内一人が、弱々しい苦笑(え)みをみせながら呟く。
「全く……。死んだ後も、こんな面倒な目に遭うなんて……」

 一方その頃、そんな彼らとは別に──より深刻にこの情報を受け取っていた者達がいた。
他ならぬマーロウが隊長を務めていた、東棟十六番隊の面々である。
 市中に流れた噂、自分達が与り知らぬ所で起きた突然の出来事に、彼らは大いに戸惑って
いた。気付けばハナとヨウ、副隊長たるクチナシ姉弟もいない。面々は尚も混乱続く隊舎の
一角に集まり、只々漫然と不安がっていた。
「ほ、本当に隊長達が……?」
「ああ。間違いない。他の隊にも情報は行ってるみたいだ。北棟と閻魔衆も、少し前から慌
ただしく動いてる」
「例の討伐隊……じゃあないよな?」
「それとは別だろ? 俺達には声も掛からなかったけど……」
 動揺を鎮めようにも、いざ顔を合わせてみれば、寧ろ互いにその揺らぎを増幅させてしま
っているような気がする。
 隊舎敷地内に残された隊士達は、困惑したまま事の真偽を確かめようとしていた。いっそ
ガセであってくれとさえ思った。しかし現実は、当のマーロウもクチナシ副隊長・三席も、
先刻から姿が見えない。
 全員が全員、ジークの保護を知らされていた訳ではなかったのだ。
 或いはその際、他の任務諸々で場にいなかった者達も少なくはない。
「……にわかには信じられないけどな」
「本当にそうだとしても、何で隊長達はそんなことを……?」
 残された隊士達には、まだ解かなければならない疑問が多過ぎる。
 何故隊長達は、死神の使命とはまるで正反対の真似をやらかしたのか? 少なくとも、本
部を敵に回すことになるのは明らかなのに。そもそも話にある脱走者は、どうやって彼らを
誑かしたのか……?
「それは、本人に直接訊けばいいことだろ? それよりも──」
 だが面々の話題・感情は、やがて別の方向へと傾いてゆくことになる。只々戸惑い、果て
の見えない話し合いに怒りが込み上げてきたのか、隊士の一人が言う。きゅっと唇を結び、
密かに拳を握り、視線を遣る仲間達に訴えかける。
「気に食わないのは北棟の連中だ。あいつら、土足で俺達の隊舎に乗り込んで来て、仲間を
殺していったんだぞ? 何でそっちに関しては、説明の一つもねぇんだよ」
『……』
 誰も明確に答えることは出来なかった。いや、答えなど持っていなかった。
 他でもない、留置所内とその近辺で事切れていた、隊の仲間達である。ヤマダとその部下
達が、彼ら裏切り者によって脱出を果たした時、始末されたのだが……勿論そのような事情
を知る筈もない。ただ現実として遺されていたのは、無残にも“食い千切られた”かのよう
に血塗れの肉塊となって転がっていた、その成れの果てだけである。
「報復、なんだろうな。隊長に付いたことに対する」
「だからって……! そんなの、あんまりじゃないか……」
 なまじ実物を見てしまったものだから、今もこうして脳裏に焼き付いている。隊長達の不
在、市中の状況が状況だけに、碌な弔いも出来ちゃいない。確かに本部からすれば、裏切り
者はこちらになるのだろうが……未だ何も知らず、聞かされてもいなかった疑義に対して、
即殺害とは理不尽に過ぎる。
「……これから一体、俺達はどうすりゃいいんだよ」
 やがて先とは別の隊士の一人が、そう酷く落胆するように呟いた。勿論、他の誰もそんな
嘆きと問いに、明確な答えを出せる者はいない。気の利いた慰みなど尚更だ。
 状況は極めて悪かった。事の真偽も定かではなく、かといって今後本部が自分達の面倒を
みてくれる訳でもなかろう。隊の消滅? 他隊への転属? どちらにしても、ほぼ確実に他
の隊士達からは、白い目で見られ続けるだろう。
『──』
 はたして一同は、誰からともなく互いの顔を見合わせ始めた。
 或いは。このままじっと待っていても、状況が好転する訳ではない……。

 時を前後して、古界(パンゲア)北方・竜王峰宝物殿。大結晶の霊前で。
 意を決するように執り行われたヨーハンの葬儀は、突如として現れた信徒クロードとベル
ナ、ジャギルの三人──“結社”の刺客達によって中断せざるを得なかった。尤もこの襲撃
事件を起こした当人達は、同じく現れた“七星”筆頭バークス率いるクラン『天網会』によ
って、文字通り一撃の下に叩き伏せられたのだが。
 全ては、事態の公表と葬儀の実行に踏み切ったセイオンの目論み通りだった。彼は同じく
“七星”の仲間であるバークスに、予め依頼──協力要請を出していたのだ。大結晶内に残
された絶晶剣(カレドボルフ)と絶晶楯(カレドマルフ)を、必ず“結社”は奪い返しに来
ると見越して。
 事実ジャギルら刺客達は現れ、倒された。
 未遂に終わったとはいえ、犯行は犯行。彼らは即刻その場で捕らえられ、当局が連行して
行った。相応しい裁きと罰が待っているだろう。自身が立てた作戦とはいえ、参列者達がご
っそりと避難し、疎らになってしまった人気は寂しかった。納棺も後日改めて行わなければ
ならない。これからやる事が、無事上手くいけばの話だが……。
「本当に……これで良かったのかの?」
 一族の祖であり、実の高祖父が眠る大結晶を見上げたままのセイオンに、そうふっとバー
クスが話し掛けてきた。会場のあちこちで復旧を進めている同家の者達を遠巻きに、この初
老の巨人族(トロル)は努めて声色を落としている。
 十中八九、今回の作戦についてだろう。セイオンは最初、ちらりと横目は遣れど、明確に
答えることはなかった。まだ感傷に浸っていたいか──故に代わりにバークスの方が、小さ
く嘆息をつきながら隣に立つ。
「同じ“七星”──お前さんからの頼みとはいえ、結果として参列者達を囮に使った、その
点は変わらんだろう? 儂はともかく、お前さんらが詰られるのは避けられんぞ。尤もあま
り、大公の弔いを先延ばしする訳にもいかなかったろうが……」
「……」
 予め打ち合わせはしてあった。だからその後自分達がどんなデメリットを背負い得るのか
も解っている。
 それでも、セイオンはいざ今この状況になっても尚、そこにあまり忌避感というものを覚
えられなかった。おそらくはヨーハンに対する罪悪感なのだろう。彼の背負った、背負って
きたものに比べれば、この程度償いにも足らぬ筈だと。
「他に思いつかなかったのです」
「早く手を打たなければ、大爺様に、静かに眠っていただくことさえ出来なかった」
 ……そうか。あくまで気丈に振る舞い、且つそれを崩すのを良しとしないセイオンの意思
を汲む形で、バークスは一旦彼への質問をしまい込んだ。ゆっくりと前に進み出て、眼前に
そそり立つ大結晶の表面をそっと撫でる。
「確かに、策を打った(なした)ことはもう覆らん。儂らは儂らで、受けた依頼を遂行する
のみよ」
 言って、彼は今度は大きく後ろに下がり始めた。ヨーハンもこれを横目にし、サッと大結
晶及び献花台の前から離れて間合いを取る。
 ヨーハンがその聖浄器と共に眠る、大結晶の表面には、ジャギルの《解》で中途半端に空
いた穴が残っていた。尤もそれだけでは、到底その厚みを貫通するだけの破壊にはなり得な
かったのだが。
 十分に距離を置いたバークスが、得物の矛を構えてオーラを込める。会場内に居た彼の部
下や作業員達も、遂に始まったかと言った様子でハッと顔を上げ、同じく安全圏──大結晶
から離れてゆく。固唾を呑んで、この一部始終を見守る。
「──」
 はたしてブゥン……と、その両の瞳には力が宿って。
 超覚型《境》の色装。ありとあらゆる物の“境い目”を視ることの出来る能力だ。大結晶
という巨大な封印の塊も然り。彼の代名詞ともなっている技“空断(からだち)”は、この
能力の特性を最大限に活かした、文字通り最強の一閃である。彼自身の界の先天属性と相ま
って、空間を掌握するこの技は、実際皇国(トナン)内乱の際にも大きな活躍をみせた。
(……視えた!)
 自身のオーラをたっぷり蓄えた瞳、その視覚には、やや水中で揺らぐかのように緑がかっ
た色彩が重なるものの、ややあってヨーハンの眠る大結晶──その複雑な“境い目”達がは
っきりと映っていた。幾重にも混ざり合った結晶の、その構造的に弱い曲線を狙い、渾身の
一閃がバークスによって放たれる。
『──っ!?』
 その直後だったのだ。振り抜いた矛の斬撃が、さも一旦空間ごと斜めに真っ二つにしたか
と思った次の瞬間、これまで誰かどうしようとも壊れなかった大結晶が音を立てて崩れ始め
たのだ。バラバラと激しい落下音と砕け散る欠片達の中から、あの戦いで力を使い果たして
乾涸びたヨーハンの遺体と、絶晶剣(ボルフ)・絶晶楯(マルフ)が転がり落ちる。
「……出た!!」
「急げ! 回収、回収ーッ!!」
 待ってましたと、いや血相を変えて走り出すディノグラード家の面々。或いは『天網会』
の冒険者達も、彼らを補助すべく駆けてゆく。灰色の空に、雪のように輝きながら結晶達が
舞い散っていた。矛を担ぎ直したバークスが、暫し驚愕してこれを見上げているセイオンの
下に戻って来る。
「上手く、いったようだの」
「……ええ。本当に有難うございます。これで、ようやく……」
 ものの見事に切り崩された大結晶の前で、人々がヨーハンの遺体と聖浄器を慎重に運び出
している。中にはセイオンと同様、感極まってその場で泣き崩れる者も出ていた。ゆらりと
彼らに同じく、思わずこの亡き高祖父に歩み寄ろうとしたが──彼は寸前でハッと自身の立
場に鑑み、足を止めた。すぐ傍でバークスが、そんな彼の行動に言葉なく密かな渋面を遣っ
ている。
「……なあに。偶々色装(のうりょく)同士の相性が良かっただけさ。絶晶剣(ボルフ)と
絶晶楯(マルフ)の結晶化能力が、もし“物理的”ではなく“魔導的”な要素に強く依拠し
たものであったのならば、儂の《境》でも破壊は出来なかったろう。少なくとも大公は、文
字通り己の命を賭して、あの聖浄器を結晶の中に覆ったのだろうがな」
「……」
 ポンと、彼が一歩改めて進み出て、そう自分の方を叩いてくる。
 ただ当のセイオンは、そんなバークスの気遣いに気付いてはいながらも、内心は全く別の
事を考えていた。
 命を賭して──確かに大爺様は“結社”に自らの相棒を渡さぬよう、捨て身の戦いに殉じ
られた。だがその選択は、はたしてどれだけのものを守れたのだろうか?
 結果論かもしれない。しかし、クラン・ブルートバードの助力であの戦いを切り抜けたと
はいえ、失ったものはあまりにも大き過ぎた。大爺様と……彼らにとっては、ジーク皇子と
いう精神的な支柱を。
 事実これらを“戦果”として、あの一件以降“結社”絡みのテロは各地で増加傾向にある
ようだ。今やこの天上層も例外ではない。尤も切欠自体はもう少し前──妖精族(エルフ)
の内乱が終息した後のことだが。それも又聞きによれば、狙われているのは必ずしも開拓派
ばかりではないともいう。
「……」
 いや、何よりも、自身にとって失ったものとイコールなのは大きな無力感だ。大爺様が自
ら死地に向かわれた、その経緯や直接の目論みを知っていたにも拘らず、自分はあの方を救
えなかった。結局その身に背負う様々な“過去”と“これから”を、最期の最期まで押し付
けていたのだ。
(大爺様……申し訳ございません。貴方の死を、利用して……)
 どれだけ詫びようとも、空は相変わらずの薄灰で。
 部下達に搬出されてゆく、変わり果てたヨーハンの亡骸とその聖浄器を見送りつつ、セイ
オンはそっと静かに天を仰ぐ。

『──また、レノヴィンか』
『地底に天上に……。本当、話題だけには事欠かない青年だよ』
 ディノグラード大公・ヨーハンの死が大々的に公表され、その葬儀が執り行われようとし
ていた頃。
 瞬く間に世界中に広まったこの情報を受けて、早速各地では統務院による対“結社”戦線
拡大への批判が再燃していた。リアルの街角でも、導信網(マギネット)上でも、有象無象
の人間達がこれみよがしに自説を吼えている。
『そらみろ。保守同盟(リストン)討伐なんかに現を抜かしているからだ』
『皇子の死んだ責任、一体誰が取るんだ? 元はと言えば、あいつらが引き込んだ駒じゃな
いか。監督責任って奴だろ?』
 更に拙いのは、天上層の人々からの、顕界(ちじょう)民への敵視増大であった。
 尤も……こうした自称・論者の多くは、真に哀しんでいる訳ではないのだろう。根っこは
ただ批判の口実が欲しいだけであり、現実問題ジーク達のような対“結社”の代行人がいな
ければ困るのだ。足元の平穏無事がなければ、そもそも大上段に嘯くような余裕すら持ては
しないのだから。
 故に各地の情報戦は、ことレノヴィン兄弟の祖国・トナン皇国の動向を注視していた。
 まだ断片的ではあったが、息子の死に沈むシノ女皇と、彼女に代わって政務を担い始めた
コーダス皇。弟皇子アルスも傷心が故の停学が報じられ、状況証拠はほぼ間違いなく揃って
いる筈だった。
 なのに──何故かジークの葬儀など、肝心な「次」の動きがまるで出て来る様子が無かっ
たのである。各国は勿論、皇国(トナン)国内の領民達もまた、次第に不安や疑問を募らせ
るようになっていった。
『フォ、フォーザリアの例もある。もしかしたら死は誤報で、未だ何処かで生きておられる
のかもしれない!』
『戦いが激しかったせいで、ご遺体も残らず捜し回っておられるとか……?』
『いやいや。自分達が憶測をあれこれ言い並べるよりも、先ずは陛下を労わって差し上げる
のが最優先だろ。皇子云々より前に、陛下にとっては実の息子なんだぞ? ただでさえ二年
前までは、降嫁してすっかり一般人だったんだからよ……』
 導通網(マギネット)を扱えるようになった領民・出身者達からも、そんな様々な意見が
飛んでくる。少なくとも政府として、彼らに正式な発表は未だ為されていなかった。
『一体、どうなってるんだ?』
『どいつもこいつもだんまりかよ……』
 早く真実を知りたいと望む、主に国外諸国からの圧力。及び国内領民らの心配。
 ただ一連の事件に対する温度差はあれど、彼ら市井の人々の疑問は共通していた。
 “クラン・ブルートバードは、何処に行った──?”

 表向き特務軍こと、ジーク達クラン・ブルートバードの面々が敗死したことで、統務院は
より一層対“結社”との戦い──ないしそのシンパ勢力への討伐作戦を担わなければならな
くなった。ただでさえ直接的な対決を彼らに任せてきた分、各種ダメージの増加は避けられ
ないというのに、その動き自体にも反戦争・反強権として反発の声は高まりつつある。
「──怯むなあ! 進めぇぇぇ!! 真の正義は我らにありぃぃぃ!!」
 面倒なことになった。呑気なものだ。
 当然その矢面に立たされた者達は、内心多かれ少なかれ思ったことだろう。事実情勢は混
沌の度合いを増してゆく。世論の有利を背に、各地のシンパ達が攻勢を強めていた。衝突自
体は依然散発的なものながら、人々を苛立たせ、秩序への不信を喚起させるには充分な環境
だったのだろう。
「正義正義って……そう五月蠅く叫ぶ奴ほど、真逆のことをやるんだよなあ」
 やれやれ。ヒュウガ率いる正義の剣(カリバー)の軍勢が、この一角と戦っていた。地の
利と精神論で特攻してくる敵軍を、彼の血の《雨》が急速に拡がって呑み込む。弟・グレン
の爆裂する大剣や、妹・ライナの文字通り手足のような鉄塊もこれに続く。
 はたして、後に残ったのは壊滅的な被害だった。地形も何もかもごっそりと削り取られて
吹き飛ばされて、敵軍の面々がボロボロになって事切れている。「お前達は……まだ……」
辛うじて即死だけは免れ、足元に食らい付こうとするリーダー格らしき一人を、ヒュウガは
物一つ言わずに斬り捨ててから踵を返して行く。
「──な、何だ!?」
「爆発だ! テロリストがいるぞ!」
 他方で正義の盾(イージス)、護衛軍たるダグラス達は、とある国で行われている王達の
会談に同行。その警護に当たっていた。会場からやや離れた、街の大通りを埋め尽くすデモ
隊の一角から、突如として炎と爆音が上がる。
 最早日常茶飯事──繰り返され過ぎて機械的に動き出した部下達が、複数に分かれて人ご
みの中を掻き分けてゆく。正面と左右、或いは大きく回り込んで。人々に紛れた犯人を逃さ
ぬよう、彼らが怯えるのも構わずに銃口を構えている。
『こちらウゲツ。会場付近に変化はありません』
「了解。引き続き警戒に当たってくれ。こちらが囮……という可能性もある」
『はいっ』
 自身の四方周囲に目を光らせながらも、ダグラスはそう通信越しに同じ『四陣』が一人、
ウゲツに指示を飛ばした。念の為に得物の槍を構え、いざとなれば人々を巻き込む訳にはい
かない部下達に代わり、自分が《地》の土棘を叩き込むことも考えていた。
(……以前よりも明らかに、奴らの攻撃範囲が広くなっている)
 だが実際の内心は、そんな遠巻きから見える現状よりも、もっともっと先を見ている。
 事実今回は、部下達の有能さに救われたようだ。動揺する人々の中、犯人らしき人物が見
つかった──自爆らしい。遺体よりも先ず、被害を受けた他の者達の救護に、面々は忙しな
く動き回っている。
 ある程度予想はしていたが、先の一件以来“結社”の動きがより激しく、活発になった。
ジーク皇子らを破った勢いに乗っていると多くの者は分析しているが……自分の印象は少し
違う。何というか、これまでの彼らの陰湿さに鑑みると妙なのだ。
 連邦朝(アトス)・王国(ヴァルドー)・都市連合(レスズ)・共和国(サムトリア)。
これら四大盟主を始めとした主要各国。
 しかし現在は、必ずしも“結社”との戦場になるのはそうした国々の領内とは限らなくな
ってきている。地底層や天上層への波及も然り。聖浄器を狙う奴らの食指は、よりマイナー
な国や地域のそれにまで動くようになった。度重なる皇子達の妨害を受け、連中もなりふり
構わなくなってきたということか?
 仮にそうだとしても……連中は段々と、自分達に与し得る側にまで牙を剥くようになって
きてはいないだろうか? 要するに当座の攻撃を成功させる為に、一方で巻き添えも厭わな
いという態度。
(一体、何の心算なんだ?)
 これではまるで、“敵”ばかりを増やすようなものではないか……。

「──陛下! 今度は東の大通りで、デモ隊が……!」
「こちらは南西部、ヴァスティヌ領でも暴徒達が!」
「反分子の活動が止まりません。やはり我々が、統務院内でも主たる兵力を供出している事
に不満が……」
「別に今始まった事じゃあねえだろ。早まった真似だけはするな、明らかに犯罪行為にまで
手を出した奴らだけをしょっ引いとけってな。こっちがボロを出せば、連中の思う壺だぞ」
 そして各地の政府批判は、ヴァルドーもまた例外ではなかった。寧ろヴァルドー、四盟主
最大の軍事国であるからこそ、特に激しかった。
 王都グランヴァール・玉座の間。
 連日各地から寄せられる反政府・結社シンパらによる反転攻勢の報告が、臣下達より上げ
られていた。彼らにもそれぞれの地元がある。正直気が気でなかったのも無理かならぬ話で
はあったが──当の国王・ファルケンは、この日も傲岸不遜な態度を崩すことはなかった。
逆に小さく嘆息さえついてみせ、彼らに幾つか当座の指示を出す。
「僭越ながら陛下。このような状況が続ければ、過激派ではない領民達も、いつ感化されて
しまうか分かりませぬ」
「ああ、だろうな。尤も何割かは仕込みなんだろうが……」
 はい? そしておずおずと進言してくる臣下達にも、そのスタンスは変わらなくて。
 ファルケンとて、今の状況が自分達に不利だということは重々承知していた。各地のデモ
隊や蜂起勢力の動向、世論の傾き具合を注視し、次に取るべき一手を探っていたのだ。
「ほら、風都(エギルフィア)の一件が昔あったろ。あん時みたいに、そもそも“結社”の
間諜(サクラ)が混じってる集団もあるだろう。下手に叩けばそれこそ、また新しい攻撃材
料の出来上がりって訳だ」
 それは……。臣下達が思わず口籠った。彼らとて、全くそういった謀略を想定に入れてい
ない訳ではない。だがそれらを“当たり前”として対応し過ぎるのも、領民達への信義則と
いったものと真っ向から対立しかねない……。
「信じたから信じてくれるって訳じゃあねえだろうに。ここ何年かは、特にな」
 それでも当のファルケンは、あくまで政府というものを──何より自身が今着いている玉
座という仕組みにさえも、基本信頼を置いてはいなかった。王という存在とは、領民達の無
数の願い、その拗れに拗れた欲望らへの人柱だと考えている。
 ……他の四盟主共々、クラン・ブルートバードの面々が冥界(アビス)に向かった旨は、
既に内々で報告を受けている。ジーク・レノヴィンの死、彼らの敗北を受けて、一見すると
“結社”は再び勢いを取り戻したようにも見えるが……はたしてそうなのだろうか? 各地
を転戦する正義の盾(イージス)・正義の剣(カリバー)からの情報でも、連中によるテロ
は以前よりも無差別性が増してきている。敵を殺れるのなら諸共、というポーズの心算か。
(奴らは、本当に……?)
 いや、違う。ファルケンはじっと口元に手首を当てたまま、暫く玉座の上で思案を重ねて
いた。もう片方で手すりをトントン。傍らのサイドテーブルには、封を切られた後の便箋が
放り出されている。保守同盟(リストン)討伐戦後、レノヴィンの弟の方、アルス皇子から
送られてきた例の解読結果だ。
 曰く、結社(やつら)は敢えて悪役を演じている? 少なくとも組織の長や、上層部の者
達にその意図がなければ、このような“全方位的”な戦いをする必要などない筈だと。
 正直彼の希望的観測というか、未だ仮説の域を出ないが……あれらリュノーの大書庫から
見つかった情報は、ハウゼン他主だった残りの王達にも伝えられた筈だ。流石にあの爺さん
達が揃いも揃って、今更情に絆されるような悪手は取らぬだろうが……強硬策を打てるタイ
ミングは、市井の感情的にもそろそろ厳しくなる。
 しかしその無差別性によって、先ず少なからぬとばっちりを受けるのは権力側だ。自分は
ともかく、この仕組み(システム)が毀損して不利益を被るのは、他ならぬ領民達なのだ。
何とも皮肉なものだなとは思うが。
「……いい加減、潮時か」
 そうしておもむろに身を起こした、次の瞬間だった。不意に思案顔から立ち上がった彼を
振り仰いで、臣下達は静かに目を見開く。
 嗚呼、お決めになられましたか──。彼らも彼らで、王の性質は否応なしに知っている。
畏れると同時、頼もしい瞬間だとも知っている。
 返事を待つように恭しく、片膝を突いたままの臣下達を、ファルケンは一度ざっと玉座の
最上段から見渡した。表情はあくまで基本のダウナーなそれだが、一同を眺める瞳には確か
な意志が宿っている。たっぷりと数拍の沈黙の後、彼は王として命じた。
「ガス抜きだ。グノアを動かせ」
「奴の処刑をぶつける」


 イセルナ以下ジーク救出班は、一旦転送リングでルフグラン号へと戻って来た。レジーナ
から同じく母船も、死神と思しき軍勢の襲撃を受けているとのSOSがあったからだ。
 ヒムロとシズル、アマギ。こちらが交戦して破った三隊長らも、既にレナの拘束系聖魔導
で捕らえ、連れて来てある。もしもの時は、彼らを人質もとい交渉材料として使う心積もり
もしていた。
「皆、ただいま」
「待たせたな。船が襲われたって聞いてたが……どうやら無事だったみてえだな」
 ただ状況は、戻って来るまでに好転したようだ。アスレイやテンシン、ガラドルフ率いる
留守組を中心として、ルフグラン号を守り切ってくれたらしい。レジーナやエリウッド、技
師組の面々も、一つ修羅場を潜り抜けて誇らしげだ。船内の広間で、双方は合流を果たす。
「……それにしても。驚いたな。まさか君達がいるとは」
「ええ。駆け付けたタイミングが良かったようで幸いですわ。事情は、お父様から聞き出し
ました。私達にも、協力させてください」
 加えてそこには、シンシアやルイス、フィデロにゲドとキースのお付きコンビ──アルス
の学友達までもが揃っていた。サフレなどが彼女らの姿に少し驚いていたようだが、なるほ
ど。そういう事か。「喋っちまったのか……。まぁ時間の問題だったな」ダンなども少々ば
つが悪そうに首筋を掻くが、戦力が増える分には正直心強い。
『……』
 ありがとう。そしてすまなかった。
 そうイセルナらが改めてシンシア達に詫びる中、場には事態の核心に迫る捕虜達がもう一
組座り込んでいた。他ならぬヒサメとニシオ、サヘイらルフグラン号襲撃の主犯格である。
 こちらはアスレイ達に敗れた後、後ろ手に封印錠を嵌められて、しっかりと無力化されて
いた。一応間に合わせで手当ても施されていたが、ボロボロになったその姿自体は嫌でも目
に映る。合流して来たイセルナ達を、彼女らは尚も敵愾心をもって睨んでいた。
「っ……。こんな、真似をして……ただで済むと、思うな……」
「わいらが戻って来ないと分かりゃあ、本部もきっと動き出す。舐めへん事や。今度こそ、
お前らは終いや」
「……ヒサメ隊長?」
「サヘイと……そっちで伸びているのは、ニシオか。何故お前達が此処に……?」
 だが奇妙な齟齬が、そこで起こり始めたのである。ヒサメ達ルフグラン号側の襲撃犯の姿
を認めたヒムロら三隊長が、さも驚くかのように眉根を寄せたからだ。
「……? 何だ? お前ら仲間じゃねえのか?」
「そう言えば、向こうでもそんな事言ってましたよねえ」
「装束からして、てっきり同じ死神だとばかり思っていたのだけど……」
 これに疑問符を重ねたのは、グノーシュやマルタ、リュカ──こちら側の仲間達だ。
 明らかに動揺するヒムロら三隊長を見遣り、次いでヒサメ達三人を。先刻までの状況から
しても、こちらが船を出たタイミングを狙って“足”を潰しに来たとばかり思っていた。
「面識はある。だが俺達は、別動隊がいるなど聞かされてはいなかった」
「私達は、東棟。ヒサメさん達は、北棟……」
『えっ?』
 ヒガシムネ? キタムネ? 知らない単語が出てきたが。
 いいや、それよりも。イセルナ達は思わず互いに顔を見合わせ、このヒムロやシズルの口
にした言葉に眉を顰めていた。同じく三人のリーダー格と思しきアマギも、じっと渋面を作
ったまま、ある程度顔見知りらしいヒサメ達──北棟の隊長格三人を見つめている。
『……』
 だが一方で、当の彼女達は対照的だった。努めて口を噤み、これ以上情報が漏れないよう
にし始めたようにみえる。一度はボロボロにやられても、組織への忠誠心という意味では尚
も折れてはいないらしい。
「……総長は一体、何を考えている……??」
 少なくとも、やはり何か訳ありのようだ。
 イセルナ達クラン・ブルートの面々は、ターゲットを切り替えるように、今度はヒムロ達
の側を見た。内心大きく振れる彼らの動揺は、ほぼ間違いなく、この突如として現れた疑問
を解く鍵になる筈だ。
「さてと……。じゃあこっちも、訊きたい事はたんまりとあるが……」
「貴方達は、私達のことを“侵入者”と呼んでいた。それは貴方達がその通り聞かされてい
たから? それとも私達が、クラン・ブルートバードだと知った上で襲ってきたの?」
「……ブルー?」『……』
「魂魄楼内部の詳細を教えて欲しい。地図か侵入経路、或いは内情でもいい」
「だ、誰が教えるものか!」『……』
 やや威圧するように、見下ろしながら双方の正面に立ち。
 ダンから言葉を引き継いだイセルナやシフォンが、そう幾つかこの隊長格達に質問を投げ
掛けた。一方は頭に疑問符や反発、一方は終始黙秘を続けていた。即ち前者がヒムロ達で、
後者がヒサメ達である。
 双方とも、明確にこちらの質問に答えることはしなかった。だがその反応や言外の態度な
どで、大よそ答えを弾き出すことは出来る。反応に温度差がある時点で、半ば彼らにとって
は“詰み”のようなものだ。
 イセルナ以下ブルートバードの面々は、そっと密かに互いの顔を見合わせる。
 判ったのは、どうやら向こう──死神ないし魂魄楼も、一枚岩ではないらしいという事。
 少なくともヒムロ達の反応を観るに、相手にはこちらの素性を知った上で、暗躍している
影がある。それは自分達にとって、かなり宜しくない事実だった。
 たださえ楼内への潜入を、先制攻撃で邪魔された上、そもそも相手がこちらの内情や目的
まで把握済みだとすれば……ジークの魔流(ストリーム)送りが恣意的に早められてしまう
可能性がある。かねてより時間との戦いでもある今回の救出作戦が、一層困難なものになっ
てしまう。
 ……ならばいっそ、バレてしまったのならこのまま彼らを利用し、少しでも遅れを取り戻
したかったのだが。
 故の尋問も、結局引き出せたのは、更なる不安要素でしかない……。
「ま、待てってば!」
「駄目だって! まだ暫く寝てなきゃあ……!」
『??』
 ちょうど、そんな時だったのである。イセルナ達がつい、暗雲立ち込める先行きに顔を顰
めていたその時、船内の奥から聞き覚えのある声と足音が複数響いて来た。医務要員を兼ね
る団員達と、彼らに先日から看病されていた筈のクロムである。
「クロムさん!」
「おい、大丈夫なのか? 怪我はいいのかよ?」
「……問題ない。傷自体は大方塞がっている。魔人(メア)だからな。それに、どうやらの
んびりと眠っている状況でもないようだしな」
 聞いたぞ? 曰く、先日からの一連のトラブル──アルスが“虚穴(うろあな)”通過時
に魔流(ストリーム)に引き摺り込まれたこと、ハロルド達が神界(アスガルド)へ救出に
向かったこと。船が襲撃に遭ったことも、団員達から訊き出したという。
 加えて先ほどからの一部始終も……聞こえていたと。
「そこの死神達」
「あ? 何だよ?」
「さっき言っていた総長とは、死神総長のことでいいんだな?」
「そう、ですが。何か」
「魔人(メア)のクロム……。まさか、お前は……?」
『……』
 ふいっと若干の踵と、視線を返し、クロムが次の瞬間ヒムロ達ないしヒサメ達に問い掛け
始める。一方は不機嫌含みの戸惑いを示し、もう一方は密かに警戒感を強めて、これをじっ
と睨み返していた。
「そうか。死神総長……死長(しちょう)……」
 ぶつぶつ。ヒムロ達はおろか、場に居合わせたイセルナ以下仲間達も、この謎多きクロム
の言動に怪訝な眼差しを隠せなかった。ステラとレナ、クレアにマルタといった少女達も、
互いに顔を見合わせて、頭に盛大な疑問符を浮かべている。
「……誰か、紙とペンを貸してくれないか? 私の予想が正しければ、もしかして……」
「? ああ……」
 頭に同じく、疑問符を。
 促され、団員の一人が近くの部屋に走り、頼まれた品を持って来た。クロムはこれを受け
取ると、テーブルの上に被さり立ち、何を思ったか一心不乱にペンを走らせ始める。
 何者かの似顔絵だった。意外とこの手の心得もあるらしい。
 一体何だろうと、仲間達もぱらぱらその周りに集まり出し、方々から覗き込む。それでも
彼は特段意に介する様子はなく、手早く自身の記憶からこの絵を完成させると、やや呆気に
取られていたヒムロら六人の死神達にこれを見せて問う。
「その総長とは……この男か?」
『──っ?!』
 ヒムロやアマギ、ないしはヒサメの目が驚愕で見開かれる。
 答えは聞かずとも分かっていた。それでも彼らはめいめいに、酷く動揺したようにその指
先を差し示そうとする。
「お、お前……。何で……?」
「アララギ、総長?」
「一体どういうことだ? どうしてお前が、彼の顔を知っている……?」
「お、おい。クロム」
「説明してくれよ。さっきからおめえ、一体何を──?」
『……』
 激しく戸惑っているヒムロ達。或いはアマギと、クロムが今まさに言わんとしている事に
想像がついて、イセルナやヒサメなど敵味方を問わない面々が努めて息を呑んでいる。
「間違いない。この男は“結社”最高幹部の一人だ。“教主”ハザンやユヴァン、シゼルに
ティラウド、オディウスらと同じ存在だ」
 答える当のクロムも、酷く複雑な表情をしている。自身の詰めの甘さを、もしかすると改
めて悔いていたのかもしれない。
「“死長(しちょう)”アララギ──それが奴の、本当の正体だ」

 所変わり、神界(アスガルド)。
 一度は巡回する天使(エンゼル)や神格種(ヘヴンズ)達に捕らわれたアルスとエトナだ
ったが、そんな二人を牢から解き放ったのは、他でもない彼らの長──“神王”ゼクセムで
あった。
 他の神々とは一線を画す、上位者たる装飾やモフの加わったトーガ風の衣装。
 相手は現世において、最高神と呼ばれる人物だ。外見も厳しそうな顔立ちをした白髪の老
人ということもあり、二人は最初かなり警戒していたのだが……。
「先ずは部下達の非礼を詫びたい。すまなかった。突然の事で驚いたろう?」
 牢から出して貰った後、その第一声はまさかの謝罪の弁だったのだ。
 い、いえ……。予想外の言葉に目を丸くし、瞬くアルス。傍らでふよふよと浮かぶエトナ
も相棒と同様、混乱を通り越して余計に怪訝の眼差しさえ向けている。
 何故かは分からないが、どうやら自分達に対しては友好的であるらしい。
 尤もそこには、何か思惑がある──少なからぬ怪しさも感じ取れてはいたのだが。

 そうして囚われていた牢屋・人工塔の一角から出たアルスとエトナは、最高神ゼクセム自
らの案内により、この巨大な建造物群こと“神都パルティノー”の内部を進んだ。
 やはりとは思っていたが、此処が彼ら神格種(ヘヴンズ)の本拠地のようだ。しかし彼が
都と呼ぶその内部は、お世辞にも都市と呼ぶには異質過ぎる。
 無数の塔が建ち並ぶ外見もそうだったが、とにかく内部も無機質且つ整然とされ過ぎた印
象が強い。継ぎ目も少なく、非常に高い天井と機能性重視に区分けされた各エリア。没個性
な内部の様子は、街というよりは何かしらの施設──広大な研究所(ラボ)のようだ。
 金属のようで陶器にも見える滑らかな壁面、先ほどからしんと静まり返った周辺。
 これが、いわゆる“神様”達の住処?
 正直、想像していたものとは随分と違う……。
「……何故、僕達を解放したのですか?」
 ただ肝心な疑問は、もっと別にある。
 どうにも不気味さが勝るパルティノー内を往きながら、アルスは前を歩くゼクセムにそう
警戒したまま問いかけた。たっぷりと数拍、背中でこちらの気配と声色を受け取って、この
神格種(ヘヴンズ)達の王は短く答える。
「何故、と訊くか。私の気紛れ……と言っても、納得はしてくれぬのだろうな」
「本来ヒトが、貴方がた神々の世界に足を踏み入れるのはあってはならないことの筈です。
僕達は不可抗力で此処に流れ着いてしまいましたが、事実他の神や天使(エンゼル)達は、
最初僕達を“侵入者”として攻撃してきました。至極真っ当な反応です」
「……」
「それに僕達は以前、貴方がたの同胞であるレダリウス神と、その天使(エンゼル)を殺害
しています。最高神である貴方が把握していない筈がない。……本来なら、敵と見做されて
いても不思議ではない筈なんです」
 敢えて真正面から自分達の不利になる情報も打ち明け、アルスはゼクセムらに問う。
 い、言っちゃっていいの……? 傍らのエトナは、半分聞いていなくて焦ったが、本人の
言う通り全く把握されていない筈はなかろう。問いかけが始まった時、一行はフッと進む足
を止めていた。暫く前を向いたまま、やがてゼクセムが肩越しに振り返って答える。
「……転生体とはいえ、アイリスの友を無下には出来んよ」
 あくまで穏やかに、こちらに好意的な老王として振る舞おうとするゼクセム。
 だが当のアルス自身は、じっと彼の返答を見つめるだけで破顔しはしなかった。
 アイリス──レナの前世、クリシェンヌの事か。確かに聖都(クロスティア)での混乱を
収めたのも、彼が神々の長として人々に“宣託”を下したからに他ならない。
 あの時随分と、彼女の肩を持つような言い方をしていたのは、正直自分も気にはなってい
たが……。
「レダリウスの件は……残念だった。私からも改めて謝らせてくれ」
 なのにゼクセムの側は、寧ろまたこちらに詫びてきたのだった。今度はアルスも警戒より
言葉ない驚きが勝り、彼が語り始めるその理由(かく)となる部分に耳を傾け始める。
「かつて、私達神に請うのではなく、果敢にも自ら勝ち取ろうとした逸材がいた──他なら
ぬアイリスだよ。志士十二聖と言ったか。事実彼女らは後世、現在に至るまで、ヒトの世の
発展に大きく寄与することとなった。そしてそれは、私達にとっても非常に都合が良かった
のだよ」
「……都合?」
「ああ。身も蓋もない言い方をするとね。文明が発達し、ヒトの数が増えるとは、即ち母数
が増えるということだ。私達を信仰の対象とし、祈ってくれることは、神格種(ヘヴンズ)
としての私達の存在が保証されてゆくことに等しい」
 なるほど。アルスは静かに目を瞬きながらも、ようやく彼の言わんとしていることを理解
し始めた。知っての通り、彼ら神格種(ヘヴンズ)は、他者からの信仰によってその存在を
維持している。自分達のような肉体を持たない代わりに、老いることも死ぬこともないが、
反面その性質を支える信仰を失えば脆く崩れ去る──消滅する。かつて自分達を襲った、レ
ダリウス神の末路がその良い例だ。
「だが一方で、我が同胞達の中には、既存の規格(ちつじょ)をぶち抜いて知らしめてしま
う者──変革者を快く思わない者達もいる。そもそもヒトが神を敬い、従うという価値観が
無ければ、信仰の力で己が存在を維持するという前提が成り立たなくなるからな……。君達
が地底武闘会(マスコリーダ)で襲われたのも、その一つだろう。すまなかった」
 いつの間にか身体もこちらに向き直り、そう改めて小さく頭を下げてくるゼクセム。背後
の取り巻き達が、総じて険しい眼をしているのも相まって、アルスとエトナは酷く恐縮する
他なかった。彼の言い分を信じるとすれば、レダリウス神の一件は完全にいち個人の暴走と
いうことになるが……。
「……私達の正体を、知ったのだろう?」
『っ!?』
 だからこそ、次の瞬間彼から向けられた確認のような言葉に、二人は思わず硬直した。ビ
クッと引き攣るように戦慄いた身体で、恐る恐るといった風に彼らを見つめる。
 最高神ゼクセムとその部下達は、二人の行く手に立ちはだかるように、じっとこちらを見
つめていた。
「……はい」
 “賢者”リュノーの手記の存在、暗号を解読したことを知られている? いや、そもそも
あれの出所はとある神格種(かみ)だ。彼らが勘付いていてもおかしくはない。
 アルスがおずおずと肯定すると、ゼクセムはゆっくり且つ力強く頷いた。どうやらあの手
記、隠されていた暗号の内容を認めるらしい。取り巻きの神々達は少なからず不満げなよう
だったが、当のゼクセムは一歩二歩こちらに進んで来て通り過ぎると、さもついこの間の出
来事かのように語り始める。
「……かつて私達は、元いた世界で、持てる全ての知識と技術を駆使してこの世界を創り上
げた。始めは只々、根源に至りたかっただけなのだがな……。それも結局は、あの不可避の
災いによって全てが無に還ってしまった。他ならぬ“閉界(エンドロォル)”だよ」
『……』
「そこで私達一部の人間は、命辛々こちら側へと逃れてきた。元あった肉体も失い、この身
はただ信仰という他者のエネルギー、魂の一部に依存する形でしか、維持・生存できなくな
った。君達ヒトがイメージする“神”と私達は、随分違うのだよ。そのような曖昧で超自然
的な存在というよりも、私達は“科学者”なのさ。事実向こうではそうだった」
 カガクシャ……。アルスがかつて、暗号の中に書かれていたそのフレーズを反芻する中、
ゼクセムは部下達を引き連れ再び踵を返し始めた。慌ててアルスもその後を追おうとする。
エトナも、そんな相棒の後をついて行こうとしたが──ふと一瞬立ち止まって、遠巻きの物
陰に目を遣った。しかしそこには誰の姿も見えない。皆が歩いてゆくのも手伝って、彼女は
この時あまり深く考えずに視線を戻した。
「見せたいものがある。ついて来なさい」
 案内されていた神都(パルティノー)内の雰囲気が、にわかにガラリと変わり始めた。
 相変わらず無機質で殺風景ばかり広がる内部を、ゼクセムらに従って進んでゆく。途中で
何度か厳重なゲートがあり、警戒に当たっていたと思しき天使(エンゼル)や部下達が思わ
ず彼の姿を見て動揺する。「よ、宜しいのですか……?」「構わん。通してくれ」流石は最
高神──彼ら神格種(ヘヴンズ)の最高責任者とでも言うべきか。半ば顔パス、取り出した
専用のカードキーで、一行はどんどん神都(パルティノー)の地下奥深くへと潜ってゆく。

「さて、着いたぞ。そこの窓から覗いてみるといい」
 はたしてアルス達が辿り着いたのは、彼ら神々がひた隠しにする“中枢”とも言うべき空
間であった。
 一見すると、辺り一面が例の如く無機質な壁で覆われた、かなり広めの空間。
 但し他の場所と大きく違っていたのは……その一方にだけ嵌め込まれた、非常に分厚く設
えられた壁硝子だった。ゼクセムに促され、アルスとエトナがこの硝子越しに向こう側を覗
き込む。
「──!?」
「こ、これは……」
 思わず息を呑んだ二人。ただその感慨は、感動より寧ろ限りなく恐怖に近いそれである。
壁硝子の向こうは、眼下に広がるとてつもなく巨大な“闇”だった。
 まるでぽっかりと、そこだけが空けられたかのような大穴。見れば見るほど、その一切を
呑み込んでしまいそうな暗闇は底が知れず、落ちたら最後、二度と戻っては来られないだろ
うと本能が必死の警告を鳴らしていた。ただ呑み込むだけではなく、少しの包摂すらも見出
せない、究極の闇……。
「“未定義空間”だよ」
「ミテイギ、クウカン……?」
「ざっくり言うと“無”さ。あそこには何も無い。世界が生まれる前の、一切の無。ここか
ら見えてはいても、あれはこの世界ではないし、他のどの世界でもない」
「……」
「頭の良い君ならそろそろ解った頃だろう。此処が何なのか? 私達が何をしようとしてい
るのかを」
 見たまえ。そしてゼクセムは、同じく壁硝子越しに指を差し、この巨大な闇──未定義空
間の頭上にぶら下げられたとあるものをアルス達に見せた。頭上を仰ぎ、絶句する。
 これまで何となく脳裏に過ぎり、断片的に想像していたもの。それらがここに来て、五感
全てで半ば強制的に理解させられる。
『──』
 それは、巨大な丸型試験管(フラスコ)だった。足元の、この巨大な未定義空間を狙い定
めるように厳重に固定され、中には大量の魔力(マナ)が蓄積・反応し続けている。膨大な
量のエネルギーだった。加えてこの本体へと供給するように、施設内のあちこちから延びて
いると思しき同様の配管から、それぞれ絶え間なく魔力(マナ)の濃霧が流れ込んでいる。
 そうして反応がある度に、本体のフラスコ内が激しく輝いていた。
 まるで人工の惑星(ほし)のように。煌々と、およそ人の手ではあり得ない何かが。
「あの靄は……魔流(ストリーム)? 何なんだ? 物凄い量のエネルギーが、此処に集ま
って来て……? 声も聞こえる。まさかあれは、魂の……? この世界の……?」
 アルスは次の瞬間、ハッとなって顔を上げた。背後傍らのエトナも、すっかりこの光景を
目の当たりにして怯えている。ゼクセム以下“神”達が相対して立っていた。ギリッと強く
強く唇を噛み締め、アルスは訊ねる。
「ゼクセム様。あれはもしかして──“創世”なのですか?」
「然様。理解が早くて嬉しいよ。その通りだ。私達は今、新しい世界を創っている」
 最初の頃、自分達に語り掛けていた、努めて友好的そうな老人という印象はすっかり消え
ていた。“神王”ゼクセム。かつて自らの世界を失った科学者達の長は、あくまで紳士的を
装って二人に呼び掛ける。
「賢き者、アルス・レノヴィン君。我々の側に……付かないか?」


 ジークとマーロウ、及びクチナシ姉弟達への裁定は、魂魄楼北棟の大法廷で執り行われる
こととなった。彼らの身柄を確保・引き継ぎしたのが、他ならぬ閻魔総長ヒミコであった点
に加え、何より一連の騒動の深刻さを踏まえての判断だと思われた。
 そんな前情報も手伝ってか、人々の注目も大きかったようだ。
 ヒミコを裁定長とする合計五人の上級閻魔達による裁定には、普段よりもかなり多くの傍
聴希望者が出た。本来傍聴が認められる枠や条件は、原則として親類縁者──何らかの事件
を起こした者ならば、加えてその当事者を始めとした僅かな人数に限られるが、今回は少し
多めの枠が設けられた。おそらくはアララギ達による“独断”とのバランスを取るべく、よ
り透明性を高めようとしたのだろう。
「それでは、判決を言い渡します」
 ざわついていた傍聴席を牽制するように、壇上のヒミコが凛と声を張った。正面奥、左右
の席に座る当選者や死神衆──先日までマーロウが隊長を務めていた十六番隊の面々や、ア
ララギ以下各棟の隊長格達が、その瞬間をじっと待ち続けている。
『……』
 そんな眼下で、彼らの視線を一斉に浴びているのは──今回の被告人・ジーク。
 両手に鎖で繋がれた封印錠を嵌められ、あれから数日経ったその姿には明らかなやつれが
見えている。監視役の死神らに眼を光らされ、証言台の前に立たされていた。そんな彼の横
顔を、同じく死神達にがっちり確保されたマーロウらが心配そうに見守っている。
「留置番号九三四六五。貴方は生前、現世においてまさしく“英雄的活躍”をみせました。
ですがそれは同時に、直接・間接を問わず、多くの命を奪ってきた行為と同義です。加えて
この魂魄楼に来てからの脱走。その罪は、更に重ねられたと判断せざるを得ません」
 凛と、あくまで彼女達の裁定は告げる。
 ……何となく分かってはいた。少なくとも自分は、天国に行けるような人間じゃあない。
 気持ち少しだけ俯き加減になった彼に、ヒミコは判決を言い渡した。
「貴方を、煉獄第四層へと送致します。浄化完了までの推定日数は、五万五千と九日です」
 ざわわっ……! そうして再び、傍聴席の面々がざわめき出した。ジークにはこれが重い
のか軽いのか、そもそも煉獄と呼ばれる場所が何なのかイマイチ解っていなかったが、少な
くとも告げられた日数はとてつもなく長いとだけは分かる。大体……百二十年ぐらいか。
 静粛に! 続いてジークが証言台から外され、マーロウ達の番になる。他の上級閻魔らが
手元の木槌を強く叩くと、面々が水を打ったように黙り込む。
「……」
 ヒミコが、証言台に登ったマーロウを一度ちらりと見た。
 ただ、その僅かな感情らしい兆しを覗かせたのも一瞬で、次には手元の資料を捲りつつ彼
らの判決を言い渡してゆく。
「留置番号九三四六六、及び九三四六七と九三四六八。貴方達は、死者の魂を導くべき死神
衆の一員でありながら、その使命を放棄し、生前の私情に走りました。副官である二人もそ
の咎は準ずる所です。一度は浄化を受けて死神となる道へ進んだとはいえ、以降から今日ま
での活動の間に穢れは溜まっています。今回はそれらを含め、主に職務違反における罪を裁
定するものとします」
「留置番号九三四六六。貴方を煉獄第三層へと送致します。浄化完了までの推定日数は、三
万八千飛んで十五日です」
「同じく留置番号九三四六七、九三四六八。貴方達を煉獄第二層へと送致します。浄化まで
の推定日数は、二万九千七百と三日です」
 ヒミコの口上を引継ぎつつ、残る上級閻魔達がそう次々にマーロウ達にも裁定結果を告げ
ていった。先ほどとは逆に壁際へ連れて来られていたジークが、眉を下げてこの一部始終を
見つめている。
 第三層? 第二層? 自分よりも浅いという理解でいいのだろうか? 日数とやらも自分
より少なくて済んだようだ。尤も、凄まじく長いことに変わりはないが。
 よりにもよって、マーロウさん達まで巻き込んでしまった。こんな目に遭わせてしまうの
なら、いっそ始めから大人しく死んでおけばよかったんじゃないか……?
 残る他の同十六番隊の隊士達──今回の脱出行に協力してくれた面々も、同じく第二層へ
と送られるようだ。ハナとヨウに比べればその日数は更に少なかったが、死神としてはおそ
らく二度と活動できまい。事実上の、殺処分宣告のようなものだった。
「第四層? 五層か六層でもいいぐらいだろ」
「マーロウ達だってそうさ。三層なんて、その辺の筋金入りレベルだろ? 見せしめにする
には弱いじゃねえか」
 ざわざわと、されど傍聴席の面々からは早速不満の声が上がっていた。裁定が厳しいとい
うよりは、甘いという声が多く聞こえる。日々の“平穏”を傷付けられた迷惑料としては不
充分なのだろう。アララギ以下死神衆の面々はじっと黙っていたが、直後カァン! と再び
ヒミコらの木槌が鳴り響く。
「静粛に! 静粛に!」
「ではこれにて、本件は閉廷します。……連れて行きなさい」
『はっ!』
 あくまでヒミコ達は、魂の記録(ログ)と先例(ほう)に基づき裁定を行ったまでだとの
立場のようだ。閉廷を宣言し、そのまますっくと席を立って壇上の奥へと消えてゆく。係員
役の死神達が、代わるようにジーク達を引っ張り始めた。
 ジークとマーロウ、その副官たるハナとヨウ──クチナシ姉弟や隊士達。
 引き裂かれるように彼らと分かたれたジークは、何とか近付いて言葉を掛けようとした。
 このまま煉獄とやらにぶち込まれて、謝罪の一つも出来ないなんて……死んでも死に切れ
ない。いや、もう死んではいるのか。
「マーロウさん! ハナ、ヨウ!」
「っ……。ジーク……」
「おい、余計な真似をするな!」
「大人しくしろ! こっちに来い!」
「ぐっ──!?」
 しかしそんな最後の抵抗も空しく、封印錠を嵌められたジークは、死神達に無理やり引き
戻された。顔面を鷲掴みにされて膝蹴りを入れられ、そのままずるずると大法廷横の通路へ
と連れ去れてゆく。
「……ようやく終わったか」
「はい。私達の不手際でこのような大事になってしまい、誠に申し訳なく……」
「過ぎた事だ。もしあの場で下手に対立するような真似していれば、ヒミコの不信は更に増
してしまっただろう。少なくとも表向きは、これで一件落着と判断される」
 そして傍聴席の一角で、この一部始終を見守っていたアララギ達は、他に人気が無くなっ
たのを確認してからヒソヒソと話し始めた。ええ……。キリシマやヒバリ、ヤマダら、そん
な部下達に先んじて、アララギは席から立ち上がった。そのまま踵を返して、一人大法廷を
後にしようとする。
「そ、総長?」
「お待ちください。どちらへ? これから……どうなさいますか?」
「先ほど少しお耳に入れましたが、ヒサメ達と連絡が付きません。出撃から時間も経ってい
ますし、おそらくは」
「……」
 この側近達が、慌てて後をついて来る。キリシマの囁くような報告にも、アララギは背を
向けたまま、明確に応えることはなかった。代わりに真っ直ぐ前を──睨むように見据えな
がら、その足取りは着実に次の行動へと向かっている。
「送られる階層は決まった」
「なら今度は、そこから逃がさぬようにするまでだ」

「──急ぐわよ! 滅茶苦茶だけど……もう時間がない!」
 結局ジークの魂は、その精神的な死へと近付いていた。一方でそんな事態を知る由もない
クランの仲間達は、冥界(アビス)の岩陰に隠していたルフグラン号を浮上させる。再び目
的地へ向けて出発しようとする。
「──我々の、側……?」
 更にアルスとエトナは、神都(パルティノー)の地下深くに隠された秘密を目の当たりに
していた。創世の民、街と呼ぶには無機質に過ぎるこの建造物群の主・ゼクセムからの勧誘
を受け、二重三重の衝撃を受けて立ち尽くしている。
 時間ばかりが過ぎていた。困難(トラブル)ばかりが立て続けに起こり、仲間の魂一つ助
け出すことさえままならない。或いは死の報せ以降、哀しみに暮れる縁者達。彼の弟であり
もう一人の皇子も、今まさに新たな創世を目論む“神”の狂気と相対している。

 蠢く膨大な魔流(ストリーム)、魂達の叫び。
 文字通り、失意の底へと墜ちてゆくジークの消滅まで──残り三十日。

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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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