日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「I←Q」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:種、プロポーズ、憂鬱】


 今告げておかないと、離れていってしまうと思った。
 これまでの数年、彼女の美しさを、私がふいにしてしまうのは誠実ではないから……では
ない。ひとえに保身的な理由だ。私自身のこの数年を、失敗という名で括られたくなかった
からだ。
「──パパ~! 陸ぅ~!」
 休日を利用して、家族四人で最寄りの森林公園へ足を運んだ。とかく各種施設が建ち並ぶ
キャンパスとは違い、辺りは殆ど遮る物もなく開放的だった。
 遠巻きに点々と植木があるだけの広い芝生の上を、幼い娘は元気いっぱいに走ってゆく。
妻が苦笑いをしながらこれを小走りで追って行き、二人してこちらに振り返って呼び掛けて
きた。ぶんぶんと、娘の快活な声と姿が遠目にも判る。
「お前は行かないのか?」
「うん……。空(そら)みたいに、走る回るの……苦手」
 私はと言えば、一角の木陰に腰を下ろしてのんびり休憩モードだ。その隣では、我が息子
がちょこんと静かに座って本を読んでいる。
 本当に、対照的な子供達だ。顔立ちはそこそこ似ており、なるほど双子だと言われれば納
得もするが、どうしてこうも百八十度違う性格になったのやら。
「そうか。父さんもだ。おーい、空、美波~! あんまり遠くに行くんじゃないぞ~!」
 分かってるー! そう息子に苦笑(わら)ってやり、続いて芝生の上を走り回る娘と妻に
念の為用心の言葉を投げた。彼女の方は大丈夫だろうが、娘はな……。繰り返しになるが、
本当に正反対だ。
『……』
 普段、大学で授業と研究に忙しくしている分、偶にはこういう時間があってもいいのだろ
うなと考える。風も程よい強さと冷たさで、少しずつ暖かさから暑さに変わるタイミングを
窺う最近の陽射しを和らげるには、ちょうど好い塩梅だ。
 ずっと遠巻きで、妻と娘が遊んでいる。厳密には娘のわんぱくっぷりに、妻が引っ張られ
ていると言った方が正しいのだろうが。
 ……そもそも、私が代わってやればよかったかな?
 いや、私が運動音痴なのは妻も重々知っている。だからこそわざわざ、自分から空につい
てあげると言ったのだろう。実際公園内には他にも二組・三組、同様の母子(おやこ)連れ
の姿も見える。後はボール遊びに興じる少年達ぐらいだ。微妙に街の中心部からも外れ、何
より敷地の向かいに派出所が出来たことで、周辺住民も比較的安心して子供達を遊ばせてや
れるものだと推測する。
(最近は、何かと物騒になってるからな……)
 少なくとも私が子供の頃は、ここまで親達が神経質ではなかった。
 放任主義──と言ってしまえば少々乱暴ではあるが、多少余所の子に揉まれても自分で何
とかしろ、こなくそと立ち上がれと逆にどやされるのが当時の日常だった気がする。まぁそ
うは言っても、私自身はそんな“普通”水準に追い付けなかったひ弱な男子だった訳だが。

『はあ? お前が結婚!?』
『しかも美波ちゃんって……マジかよ』

 だからつい数年前までは、自分が家庭を築いて子を儲けるとは、とてもじゃないが信じら
れなかった。何となく好きな研究をずるずると続けながら、このまま加速度的に歳だけを取
ってゆくものだとばかり思っていた。
 なのに……どういう訳か、私は妻と結婚することができた。いやまあ、結婚したから妻と
呼べる訳だが。出会い自体はもう少し前ではあったものの、私と付き合ってくれるとは思わ
なかった。にわかには信じられなかった。そして……こうして夫婦になったことも。
 私はしがない、大学の助教だ。今でも専門分野には前のめりでも、学生達と和気藹々とし
たコミュニケーションを取る、といった芸当は不得手だ。内心結構テンパりながら、努めて
淡々と事務的に仕事をこなしている。多少の人生経験が何とかこれを補っている状態だ。
 なのに……妻は私を選んだ。選んでくれた。勿論求婚(プロポーズ)は私の方がしたのだ
が、正直破れかぶれな部分が多かった。このままずるずると交際していても、きっと捨てら
れる日が来るだろうと怖かったのだ。
 そんな私も、あれから何とか父親としても頑張ろうと足掻き続け、空と陸──双子の娘と
息子を授かった。妻も私も、いきなり二人だと判った時には大層驚いたものだが。
「えへへ。いっくよ~、ママ!」
「……」
 元気いっぱい、とにかく活発を絵に描いたような姉の空と、とにかく大人しくて本の虫な
弟の陸。
 よく娘は父親に似、息子は母親に似ると云うが……どうやら我が家は違ったらしい。特に
陸に関しては、確実に私似だ。人付き合いが苦手で、反面知識に対しては人が変わったよう
に貪欲になる。運動音痴とインドア派なのも丸っきりそれだ。
 芝生の向こうで、空と妻が遊んでいる。今度は二人でバドミントンのようだ。
 あんまり、母さんを酷使してやるなよ? 若さで言えばお前達には及ばないんだから。
 ……そう言うと、本人は膨れっ面をするんだよなあ。確かに世間一般からすれば、私には
勿体無いくらい美しく、気立ての良い女性ではあるのだが。

『おい、手塚。お前今……何つった?』
『か~っ!! 一体あの嫁さんの何が不満なんだよ!? あんな別嬪さん貰っといて!』
『はー、酒が不味くなるわー。あれですか? 持つ者が故の苦悩って奴ですか~っ?』

 だから同僚や旧友と呑み、そういった話題になると、私は必ずと言っていいほど揶揄され
てきた。彼女と私ではやはり釣り合わないのではないか? この先も幸せにしてあげられる
かどうか自信がない。そう悩みを打ち明けても、大抵は惚気話か高望みの愚痴だと一笑に付
されてしまう。
 ……確かに否定は出来ないが。第三者から見れば、私は恵まれた側なのだろう。如何せん
学内政治などにも疎く、そういった面からの昇進は望み薄だが、世間的には“特権的”な職
業だと言われても仕方ない。実際は寧ろ逆──私自身、いわゆる普通のサラリーマンになれ
そうになかったから、他に道が見当たらなくて必死に縋り付いたからなのだが。
(やっぱり私が、おかしいのだろうか……?)
 だから大抵の場合、この手の悩みを聞いた相手は、まこと理解不能といった反応をする。
なら何故結婚したのか? 子供を作ったのか? 時にはそんな突っ込んだ非難をしてくる者
さえいる。
 理屈では解っているのだ。私達が子を成し、家庭を築くことは、社会の構成員を再生産し
つつ経済主体の一角を担うことに繋がるのだと。その連綿と続くヒトとヒトの社会を、維持
してゆく為には必要なことなのだと。
 しかし……私はどうしても不安なのだ。恐ろしい。
 妻にお腹を痛めて貰ってまで、この子達をこの世に産み落としたが、はたしてその先に待
っているものはどんな結末なのだろう? どんな苦労を、この子達に負わせることになるの
だろう? そしていつか、大人になったこの子達も、同じように我が子の未来を憂いては胸
が張り裂けそうな思いに苛まれるのではないか……?
 尤も、そんな未来の憂いを少しでも多く取り除くことが、私達大人の役割なのだろうとは
思う。次の世代・時代にこの社会を託してゆき、やがて老いて消え去る者としての、責務な
のだろうと思っている。
 ただ……ならばどうして、いっそ自分の所で“止めなかった”のか? この延々と続いて
きた先送りを終わらせなかったのか? 未来の子供達なら、或いは。それは一見とても綺麗
な言葉のようだが、要するに半ば呪いである。これまでの先人達が果たせなかった願いを、
その意思さえなかった頃から子供達は大なり小なり背負わされてゆくのだ。それが結果的に
彼らを豊かにするとしても……。
 私自身、いち研究者であるからしばしば痛感する。
 解き明かしたい、ないし手に入れたいものが自分の生きている内に叶わない絶望。加えて
その続きを、半強制的に後世に託す業。“連綿と続いてきたものを絶やすのは惜しい”そう
ある種の人間達は理由として挙げてくるが、正気か? と私は常々思っている。それは貴方
がたの拘りであって、生まれてくる子供達には何の因果もなかろうに……。
「はーい、これで十点目。ママ弱~い!」
「あ、はははは……。空が強過ぎるのよお。ママも、そう鍛えてる訳じゃないから……」
 ニコニコ。娘は楽しそうに笑い、妻は大分息を切らしつつ苦笑(わら)っている。
 代わろうか? 私は立ち上がって呼び掛けようとしたが、妻は遠巻きからちらっとこちら
を見遣って、大丈夫とでも言わんばかりに小さく微笑(わら)った。自分以上にクタクタに
なるのは目に見えているからだろう。
 大方、私には「折角のお休みなんだから、あなたなりにリラックスしないと……」とでも
押し留めてきそうだ。気立ても良過ぎては自分に毒だぞと言いたい。言いたくても、生来の
口下手がまた今回も邪魔しそうだった。気持ち浮かそうとしていた尻が、結局またストンと
木陰の幹に落ち着いてしまった。
「……」
 私は恐ろしいと言った。この一見穏やかな家族との日常が、どうにも不安を煽ってくると
打ち明けた。
 今後、妻やこの子達を幸せにし続けられるか? という自問(とい)に加えて、昨今の世
の中はどうにも物騒だ。いつ何処で、誰が私達家族──或いはそのすぐ周辺に危害を及ぼし
てくるか分かったものじゃない。
 そう言ってビクビク震えるばかりでは何にもならず、だからこそ毅然と立ち向かえとは、
最早随分と使い古された言い回しだが。そんなイレギュラー(だと信じたい出来事)を例外
としても、私は益々分からなくなる。
 切欠で一つそう簡単に壊れてしまうものなのに、何故あの子達は、ああも笑っていられる
のだろう? やはり何も“知らない”からではないのか? 未だ教わってもいないし、知ろ
うともしない──無垢であるさまをこうも恐ろしく観てしまうのは、私だけなのだろうか?
単純に、職業病のようなものなのだろうか?
「……おとうさん。カゲロウって何?」
「? ああ、図鑑に載ってるのか。そうだな。街中だとあまり見かないかもなあ……」
 ちょうどそんな時だった。それまで私の傍らでじっと本を読んでいた陸が、ふと顔を上げ
て私に訊ねてきた。鞄に複数冊詰め込まれた生物図鑑。やはりこの子は、学者向きであるの
かもしれない。
「この写真みたいに、翅(はね)の付いてる虫さんだよ。かなり古くからいて、生きている
内の殆どを水の中で過ごしてるからな。もっと山の中とか、綺麗な川なんかに行くと見れた
りするんだけど……」
「へえ……」
 私の顔と、図鑑の絵を何度か往復して見つめている息子。
 まだほんの子供だっていうのに、随分と渋いチョイスをするじゃないか。今日みたいに、
少し離れた公園に足を運ぶのだって運動不足が祟るのに、ならば今度は川釣りにでも行って
みるか? などと言いそうになる。……いや、知識はあっても、ろくにやった経験はない。
何だかんだで、私も純粋な好奇心には弱いのかもしれないな……。
「……いのちが、短い。一日で、死ぬ」
「そうだな。水の中を出て成虫になったら、後は子孫を残して一生を終える。そんな儚い姿
もあって、日本人には昔から思い入れのある生き物の一つなんだ」
「……はかない?」
「ん? ああ、えっと……。陸にはまだ難しいかなあ? その、消えてなくなりそうだけれ
ど、だからこそ美しいっていうか……」
 だが、そう訊ねられるままに知識の引き出しを開けていると、当の本人は段々その首の傾
きを大きくしたようだ。いけないいけない、つい小難しく言い過ぎた。学生相手にもそうだ
けれど、解っていることと伝えることは、似て非なるものなんだ。
「ふぅん……?」
 分かったような分からないような。息子は私の顔を見上げたまま、いつものように何処か
ぼ~っと空を仰ぐようだった。向こうの妻と娘は、ようやく遊び疲れたらしい。お互いに手
を取り合ってこっちに戻って来る。私は開かれたままの、図鑑の頁を見ていた。

 いずれ短し蜉蝣(かげろう)の如く。
 どうして私達は、そこまでして子孫を残さなければならないのだろう?
                                      (了)

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  1. 2019/06/01(土) 00:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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