日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)サハラ・セレクタブルⅣ〔43〕

 先の飛鳥崎中央署の一件以来、ネット上ではその一部始終──守護騎士(ヴァンガード)
達とプライドこと白鳥涼一郎らとの戦いの映像が、次々に投稿・拡散されていた。連日祭り
のように取り上げていた各種メディアの報道も、政府が件の怪人──越境種(アウター)こ
と電脳生命体の存在を公式に認め、本格的な対応に乗り出したことで下火になっていたが、
その後も尚有志達による検証と憶測は繰り返されている。
 それはひとえに──人々の理解欲(リテラシー)が故だったのだろうか? いやその実、
単純な好奇心だったのかもしれない。
 “繕われた(オフィシャルな)声明を鵜呑みにしない”。
 かねてより積み上げられていた、公権力への不信。或いは全幅には程遠い信頼。
 それらはことネット民を中心として、執拗なまでの疑義と攻撃性を孕んでゆく……。

「──全く。やってくれたな」
 事の発端は、事件のあったすぐ後にまで遡る。
 飛鳥崎の地下、南部ポートランドの一角に潜む“蝕卓(ファミリー)”のアジトに、人間
態のプライドこと白鳥を始めとした幹部達が一堂に会していた。薄暗い室内、やや楕円形の
円卓に着いた彼らに詰るような眼差しを向けられているのは、同じ七席の一人のエンヴィー
こと勇である。
「すみません……」
 つい先刻、彼ら“蝕卓(ファミリー)”は敗北──大きな痛手を負った。これまで自分達
の存在を揉み消すのに好都合だった、飛鳥崎当局内への掌握を、守護騎士(ヴァンガード)
とそのシンパらによって破られてしまったのだ。
 こと現場に居合わせ、指揮を執っていたプライドにとっては許せない出来事だった。実力
も兵力も間違いなくこちらの方が上だった筈なのに、猪口才な人間どもの再三の抵抗に遭っ
た挙句、自身の正体さえも暴かれてしまったのだから。
「謝って済んだら警察は要らないわよ。で、どうすんの? これまでプライドが色々手を回
せてたルートも、これでパァよ? これまでみたいに、他の個体達に好き勝手やらせるのは
厳しくなるんじゃない?」
「だろうなあ。まぁ今までだって、ちょいちょい悪目立ちする奴は出てたけどよ」
「それとこれは別ですよ。拠点を一つ潰されたというのが大きい。第五研究所(ラボ)の件
もありますしね」
「む……。あれは奴らが……。いいでしょ? データは全部持ち出したし、後始末も済ませ
たんだから」
「その“合成”個体も、守護騎士(やつ)にやられた訳だがな。以前にも増して、明らかに
強くなってやがる」
「……むう」
「ねぇねぇ、ラストは? シンも来てないみたいだけどォ~?」
「召集は掛けましたよ。面倒なお供を振り切らないといけませんし、その内来るでしょう。
シンは……今回の件で、既に方々へ手を回しに行っているようです」
 プライドら残りの五人にじっと睨まれ、見つめられて、勇は只々そう頭を垂れて謝るしか
なかった。動揺で頭の中が幾度となくグチャグチャになり、焦点が合わずに揺れている。何
よりも怖かった。今回の失態で、行く当てを失くした自分を拾ってくれた、プライドに見捨
てられてしまうのではないか? と。
 ただ……確かに七波由香を逃してしまったことは、結果的に今回全体の撤退を招いてしま
ったが、彼女の留守電を再生したのは他ならぬプライドさんだ。直接の切欠はそれで、自分
もまさか、あんなメッセージをぶち込まれているとは予想もしていなかった。
 しかし言えない。そんな反論というか、言い訳じみた抵抗など……。
「今度こそだ。今度こそ、あの女と筧兵悟を始末しろ。私達に歯向かう人間どもは、骨の髄
まで解らせてやらねばならん。障害となるものは排除せねばならん」
 分かったな? 故に勇は、改めてそうプライドから厳命されたのだった。報復と排除、今
回の失態をぶち込んできた七波由香と筧兵悟には、何としてでも消えて貰わねばならない。
「忌々しいが、私の方は暫く表立って動き辛くなるだろうからな。この人間──白鳥涼一郎
の顔は割れてしまったし、本来の姿は言わずもがなだ」
「……はい。必ず」
 敢えて頭を垂れたまま、勇はギュッと唇を結びつつ静かに答えていた。遠回しに非難され
ていると思しきその捨て台詞を、踵を返して全身──背中で受け取り、一人薄暗いアジトを
後にする。
 そうして暫く彼の姿が見えなくなるまで見送った後、扉が閉まるのを見計らうようにして
から、スロースが気だるげに言った。
「……よかったの? てっきりあんたのことだから、この場であの子の首を飛ばすかと思っ
てたんだけど」
「私を何だと思ってる……。勇も私達七席の一人だ。それに、龍咆騎士(ヴァハムート)の
装着者をまた見繕ってくるのも面倒だしな」
 ふーん? 彼女の言いように、プライドは若干眉根を寄せたが、それでもあくまで彼自身
は冷徹を貫くようだった。スロースもスロースでそれ以上特に追及はせず、そもそも興味は
ないようで、他の面々と同様自分の席で手持無沙汰にしている。
「それよりも……。お前達に、頼みがある」
 だが次の瞬間、プライドはおもむろに立ち上がると、残る彼女らにそう言ったのだった。
 スロースやグリード、グラトニー。普段“売人”を務める三人は勿論、七席の司令塔を自
任するラースも、じっとその眼鏡の奥からこの言葉と動きを見つめている。
「何ですか?」
「もしかして……私達まで尻拭い?」
「例のアレがあるし、あんまし時間はねえぞ?」
「構わんさ。念の為の保険だ」
 やや面倒そうな、彼らの声。
 それでも当のプライドは、尚もそう淡々としていた。冷静に冷徹に、次に取り得る自分達
の手を、着実に打ってゆくという強い意志が感じられた。
 いや──実際その“感情”には、激しい苛立ちが含まれていたのかもしれない。


▼シーズン4Confusion with Vanguard』開始

 Episode-43.Gossip/渦中の彼らは

「ねえねえ、聞いた?」
「ああ。見た見た!」
 夏休み明けの学園(コクガク)、新学期。
 久しぶりに勢揃いしたクラスメート達は、登校した傍から酷くざわついていた。教室のあ
ちこちで何やら興奮し、或いは若干“お腹一杯”な様子で、先日からの話題(トレンド)を
引き合いに出している。やや弛緩した場の雰囲気は、ただ学期替わりの心機一転と、休みへ
の未練から来ている訳ではない。
「本当……凄かったよなあ」
「飛鳥崎は、これからどうなっちゃうんだろう……?」
 原因は他ならぬ、先の中央署を巡る一連の動きである。
 同僚殺しの容疑を掛けられ、逃走していた刑事・筧の当局侵入と、彼によって暴露された
“敵”の存在──怪人こと“電脳生命体”なる者達の暗躍。それまで知る人ぞ知る噂話とし
てのみ語られていた化け物達が、飛鳥崎当局や政府、国内外を巻き込んだ現実として白日の
下に晒された時の衝撃たるや。
 越境種(アウター)こと電脳生命体──都市伝説は本当だった!
 そんな彼らを狩る、正義の味方・守護騎士(ヴァンガード)もまた、実在していた!
 しかしその怪物達に、当局が半ば乗っ取られていたという事実。これから自分達は、一体
何を信じてゆけばいいのか……?
『……』
 雑多なクラスメート達のざわめきに耳を澄ませてみるに、大よそはそんな所。
 夏休み明けのこの日、同じく登校していた睦月や皆人、アウター対策チームの仲間達は、
このざわめきの中でじっと気配を殺すように佇んでいた。或いは自身の席に着き、さも身を
護るかのように、突っ伏し気味の姿勢を取っている。
「参ったな……。こんなに皆が噂しているなんて」
「想定の範囲内だろう? 作戦を立てた時点で、こうなるリスクは承知していた」
 お互いそれぞれ前後の席で、睦月と皆人がヒソヒソ声に話していた。手元に置いたデバイ
スの画面内でも、パンドラがふよふよと二人を心配そうに見上げている。
 案の定、先の一件以来、周囲は自分達の話で持ち切りだった。その中でも特に正体を探り
たがる側の眼は、今後対策チームとして活動する際の枷になり得る。
 仕方ないさ……。尤も過ぎた事だと既に諦めが勝っているのか、この司令官にして親友は
といえば、今回も早々に私情を挟まないよう努めていたが。
「ネット上に戦いの様子が出回ってしまった以上、そう遠くない内に特定される筈だ。こち
らとしてもなるべく、引き延ばせるよう工作(さいく)はするがな」
「……うん」
 申し訳なく思うのは、守護騎士(ヴァンガード)姿の自分より、めいめいのコンシェルと
直接同期・召喚していた皆人達だ。睦月はか細く返事をする。こと普段からいちプレイヤー
としてTA(テイムアタック)を遊んでいた宙や仁は、より周囲に気付かれる可能性が高い
のではないか?
 思って、ちらりと教室の向かい側を見る。ざわざわと、自分達の噂話で盛り上がっている
クラスメートらの塊を縫って、当の海沙や宙、國子や仁などがそれぞれの友人達と談笑をし
つつもこちらに視線を返してくれる。ひっそりと、周りに気付かれぬよう“いつも通り”に
振る舞う姿だった。
 なまじ今日は新学期。休み中もよほど頻繁に会う仲でもない限り、小さな変化をも他人は
敏感に嗅ぎ取ってしまう。
『で、でも。今ならまだ、皆の心証は良い筈ですよ? だってマスターは、街を奴らの手か
ら解放したヒーローなんですから』
「ははは……。だけどまあ、確実に状況は変わってるのかな? この前ニュースでやってた
けど、何だか近い内にH&D社へ捜査が入るって」
 それでもこちらの心中を察してか、どうにかフォローしてくれようとするパンドラ。
 睦月は明らかに繕ったような苦笑いを零してはいたが、自ら口にしたように表向きの潮目
は確実に変わっている。先日スクープとして報じられた、敵本丸へのメスがその一例だ。プ
ライド一派に蝕まれ、その信頼も失墜して現在混乱中の飛鳥崎当局。そんな彼らに代わり、
政府のある首都集積都市から、捜査チームが派遣されるのだとか。
 同社はアウター達を生み出す苗床、リアナイザの製造・販売元だ。
 これで供給の大元が断たれ、連中への取り締まりが進んでくれればいいのだが……。
「どうだろうな。俺は寧ろ、逆の印象を思っているが」
 しかし対する親友・皆人は、そんな何とか不安を繕おうする睦月に対して冷淡だ。一見す
れば思いやりに欠けるような言い方だが、その懐疑的な態度にはいつも必ず理由が在る。
「違法改造の証拠があるかどうか以前に──奴らには、洗脳能力を持つグリードがいる」
『……』
 そうなのだ。どれだけ奴らの正体が公にされ、正式に捜査のメスが入ろうとも、相手は文
字通りの化け物。個々の能力が事細かにバレていない以上、対世間的には誤魔化そうと思え
ばまだ何とでも誤魔化しが利く。
「それより──」
 だがちょうど、そんな時だったのだ。思わず睦月とパンドラが押し黙ってしまい、皆人が
続いて何かを言い出す素振りをみせた次の瞬間、ふと教室の扉が開いた。ガラガラと片手で
引き戸を、もう片方の手で出席簿のタブレットを抱えた、丸眼鏡の女性教諭──トヨみんこ
と担任の豊川先生である。新学期を迎えても、ふわふわのんびりとした雰囲気は相変わらず
のようだ。
 その姿を認めて、ぱたぱたっとそれぞれの席に戻ってゆくクラスメート達。
 彼女はそんな久しぶりの教え子達を、ウェーブの掛かった髪を軽く揺らしながら見渡す。
「はいはーい。皆さんおはようございまーす。お久しぶりですねー。ではホームルームを始
める、その前に~……。今日は皆さんに、転校生を紹介しますっ」
 ざわ……。故に直後教室内は、にわかに緊張に包まれた。或いは男子女子を問わず、ミー
ハーな者達が醸し出す好奇心だろうか。
 転校生? こんな中途半端な時期に?
 睦月や海沙、宙、仁といった他の仲間達もこれに交じり、怪訝に疑問符を浮かべている。
思わずざわめいたり、顔を見合わせていた面々の中で、何故か皆人と國子だけは努めて平静
を保つようにきちんと座っている。真っ直ぐに正面──豊川先生の立つ教壇と、扉の方を見
つめている。
「ささ。入って来て、入って来て♪」
「し、失礼します……」
『──!?』
 だからこそ次の瞬間、そう彼女に促されて入って来た人物の姿に、睦月以下クラスの面々
は度肝を抜かれて。
 ガラリと、控えめに再び開けられた扉から、酷くおっかなびっくりで正面に立った足音。
玄武台(ブダイ)の緑鉄色ではなく、白と空色を基調としたシャツ──学園(コクガク)の
制服に身を包んだ、短めのおさげをゴムで結わった素朴な印象の少女。
「は、初めまして! きょ、今日からお世話になりますっ、七波由香ですっ!」
『……』
 絶句する。睦月達にとっても、他のクラスメート達にとっても、彼女は嫌でも見覚えのあ
る人物だったからだ。それは当人も重々解っているのか、自身のガチガチの緊張をごり押す
かのように、予め何度も復唱していたと思しき台詞をぎゅっと、目を瞑ったまま一気に捲し
立てる。
 元玄武台高校一年・七波由香。
 他ならぬ先の中央署の一件の際、筧に決死のSOSを残した、渦中の人物である──。


「ごめんなさいね。またそっちに、無茶振りをしてしまって……」
 所変わって司令室(コンソール)内某所。職員達が普段忙しなくするメイン制御室を抜け
出して、香月はとある人物に電話をかけていた。飛鳥崎の地下に広がる灰色の迷路空間。そ
の一角で壁に背を預け、彼女は一人デバイスをそっと頬に押し当てている。
『気にすることはないさ。君の頼みとあれば。それに彼女のことだって、俺も個人的に心配
だったからね』
 通話の向こう側、相手は健臣だった。都内某所の大臣室にて、彼は相変わらず政務に追わ
れる日々を過ごしている。
 用件とは、先日香月が彼に依頼した、とある根回しのその後だった。飛鳥崎中央署を巡る
一連の企みを、期せずして破る切欠となった少女、七波由香の保護についてである。同市の
西部・玄武台高校(ブダイ)に通っていた彼女を学園(コクガク)に転入させたのは、他で
もない香月ら対策チームだったのだ。
 ただでさえ彼女は、瀬古勇及びタウロス・アウターが関与した復讐殺人の重要参考人だ。
 加えて今回の一件において、その素性が割れてしまった以上、その身に危険が及ぶであろ
うことは容易に想像できた。何より瀬古勇の暴走──その原因たる彼の弟・優の死が、同校
野球部の面々による苛めだと告発(リーク)したのも彼女だと知られれば、復学しても彼女
に最早居場所は無い。
 今後“蝕卓(ファミリー)”からの報復を警戒する為にも、当の本人を自分達の手の届く
範囲に置いておいた方が何かと都合が良い。
 そんな理屈を、我らが司令官は、随分と自嘲めいて語っていたものだが……。
「……ありがとう」
 だというのに、電話の向こうの彼は、今回も快くこちらからの頼みを引き受けてくれた。
それは何も自分と彼とが旧知の仲だというだけではなく、政府側としても“有志連合”との
パイプを維持しておきたいとの思惑があってのことなのだろう。或いは彼自身、もっと個人
的に無理を押してでも協力してくれているのか……。
 しかし香月は、一方で尚も自分達対策チームの詳細や、この通信を外部に漏らさぬよう健
臣に念を押す態度ばかりを取っていた。未だ踏ん切りがつかなかったのだ。組織を代表して
コンタクトを取る身としても、かつての恋人(いちこじん)としても。
 二つ三つ、それからも互いに連絡事項を伝え合った。役所関係に手を回し、無事由香の転
入は済んだこと。彼女が告発者であることに気付き、目を血走らせる玄武台(ブダイ)関係
者達を、裏で何とか黙らせたこと。
『そういえば。本当にいたんだなあ、例のヒーロー君。守護騎士(ヴァンガード)だっけ』
 故にふと彼にそう話題を振られた次の瞬間、香月は思わず電話の向こうで身構えてしまっ
ていた。ハッと息を呑むように押し黙り、話を逸らせる有用な返しを思いつかないのをいい
ことに、香月はもう一度向こうから紡がれる言葉をじっと待つ。
『最初映像を見た時は、何の冗談かと思ったけれど……あれが“現実”なんだなって。俺達
が知らない所で、化け物達は蠢いていたんだ』
「……」
『なあ、香月。あれは──睦月なんだろう?』
「っ!?」
 何故それを!? 香月は思わず口を衝いて出そうになった。それらを必死になって呑み込
んで、されど電話の向こうの健臣は苦笑(わら)っている。本当に人の良い、優しい声音だ
った。
『以前、そっちに行った時に会ったんだ。ちょうど玄武台の事件があった後にね。結局二回
も、助けられてしまった』
 あははは……。瞳を揺るがし、言葉の出ない香月に、代わって彼は続けていた。おそらく
ある程度予想はついているのだろう。それでもなるべく、彼女のひた隠しにしている部分を
無理に引き剥がしはしないように。
『ああ、俺達のことは大丈夫だよ。本人は気付いていないようだったから。正直、名前を聞
いた時には驚いたけども』
「……」
『俺が狙われたのは、全くのこっちの責任だったからな……。でも今なら納得がいく。例の
電脳生命体──尋常ではない怪人達に対抗する力も、また尋常なそれではないってことか。
まさか君があんなものを作り出しているとは、流石に予想外だったよ』
「健臣……」
 胸が軋む。それは間違いなく罪悪感だ。
 今は全く別の組織に属する者。私情を交えて判断を誤らせるべきではないことぐらいは解
っている。それでもあの時と変わらずに自分を信頼してくれ、且つ応えてくれる彼に、一体
自分は何を返せたのだろう……?
『すぐにとは言わない。あの子が選ばれたのも、何か事情があるんだろう。本人だってもう
十六歳だ。何が良くて何が悪いのか、少しずつでも理解してくる頃合いだしね。俺は君達の
判断を、尊重するよ』
 違う──。ぎゅっと声を押し殺して唇を結び、香月は頭の中の言葉達を必死に支えようと
した。伝えるべきこと、許されている範囲があるのなら、話さなくてはとさえ思った。だが
それでも真っ白に混線し、意識の大部分に迫るそれを彼女は中々口に出来なかった。つうっ
と静かに、涙だけが頬を伝う。母親としての自分が、技術者としての自分を責める……。
 電話越しに、健臣は更に続けた。近々政府内でも一連の事件に対して動きがある。今はま
だ公式に表明できない──先ずは外堀を埋めてからでなければならないが、もしメディア等
で部分的にでもすっぱ抜かれていたら、そういうことだと思っておいてくれと。
(健臣……)
 香月は思う。ズズッと涙と鼻をすする。
 本来なら自分の夫になっていた、理解あるパートナー。しかしかつてはそんな思い描いた
未来も、他ならぬ自分の我が儘で投げ捨ててしまった。本当によく似ている。他人に対する
ディール無しの優しさと信頼。それが彼とあの子の良い所でもあり、時には悪く働いてしま
うこともある……。
『だからね、香月』
 そして悶々とそう香月が思いを巡らす中で、電話の向こうの健臣は改めて訊ねてきた。先
ほどまでとは声色を、やや真剣なそれに変えた上で、せめて“外堀”だけでも知りたいこと
は知ろうと語り掛けてくる。
『君達有志連合(チーム)自体のことを、もう少し教えてはくれないか……?』

 その日、秋葉崇嗣(たかし)はある人物の名代として、妻・シェリーと共に飛鳥崎の一角
にある民家を訪ねていた。少し前までは悲劇の現場として連日メディアの絨毯爆撃を受けて
いた筈なのだが、まことイナゴの如しである。
『……』
 かなり間接的ではありながら、自分達も一連の事件に関わった身だ。
 崇嗣はシェリーと共に、この家に置かれていた仏壇にじっと手を合わせる。お世辞にも充
分とは言えない広さの畳敷きの奥には、小さな位牌と写真──はにかむ由良の姿があった。
 そう。今日二人は、筧に頼まれて由良の両親の下を訪ねていたのだった。中央署の一件、
彼という一人の若き刑事の命を弄んだあの事件も世間的には下火となり、他ならぬ筧自身も
ようやく気持ちの整理がつき始めた事で、改めて挨拶にと赴いたのである。
「その……ごめんなさいね? 最初お目にかかった時は、てっきり……」
「ああ、いえ。お気になさらず。そりゃあこんなケバいのが連れ立って来りゃあ、警戒もし
ますわな」
「むー、タカちゃん。それってあたしのこと~?」
 暫く静かに線香を上げていた二人を、傍らに座っていた由良の母が見守っている。
 事件から一月以上が経っているとはいえ、やはりその心中は尚も苦しそうだ。努めて笑み
をみせようとする苦笑いを見、崇嗣はとにかく頭が下がる思いだった。なのにこっちが口に
した言葉尻に、妻(シェリー)がずけずけと突っ込みを入れてくる。
 確かに二人のいでたちは、どう繕おうとも“真面目”な部類ではない。一応喪服的な意味
で全身黒の服装に身を包んではいるが、一方は左こめかみ辺りに入れ墨有のスキンヘッド、
一方は何色にも分けて染められたけばけばしい長髪──夫婦揃ってファンキーなそれなので
ある。もし代理として、予め筧からの手紙を預かっていなければ、自分達が彼の関係者であ
るとは信じて貰えなかっただろう。
「あー、もう! 今は少し黙ってろって。その……言葉の綾だよ」
 すっかり剃り切ってしまって久しい頭、後頭部をガシガシと掻き、慣れぬタイプのお使い
に四苦八苦。
 米国クォーターな妻には、未だこの辺りの日本的な機微は解り辛いのかもしれない。まぁ
普段から、比較的ちゃらんぽらんな生活を送ってきた自分達だから、そもそもこんな真面目
で沈痛なシーンというもの自体、性に合わないというのもあるが。
「あっと……。すみませんね。その、この度は誠にお悔やみ申し上げます。じ、自分達は普
段、兵(ひょう)さんの厚意で小さな服屋をやっておりまして……」
 秋葉崇嗣・シェリー夫妻。
 二人は中央署を巡る攻防の際、筧に変装用として警官の制服を提供した人物である。いわ
ゆるコスプレ用品店だ。時には通常のルートでは手に入らない衣装を仕入れ、アングラ界隈
のニッチな需要に応えているが……そこまで全部話す訳にもいかない。ましてや筧と知り合
った切欠が、かつて扱った商品が法に触れ、当局の“お世話”になったからだとは流石に言
い出せない。空気ではないし、彼女が笑ってスルーしてくれるような精神状態には到底見え
なかったからだ。
「今日は、兵さんの代理として手紙も預かって来ました。自分の名前を出して、ご両親に渡
しておいてくれと」
「……」
 そうして、懐から一通の封筒を取り出す崇嗣。彼女の、由良の母が静かに目を見開いてゆ
くのが分かった。彼から差し出されたその手紙を、数拍躊躇いを示しながらも、きゅっと受
け取って中身を検め始める。
『──この度は、直接お訪ね出来ないことをどうかお許しください。代わりにこうして、手
紙をしたためさせていただきました。秋葉という私の古い友に、これを託そうと思います』
 そこには数枚の便箋びっしりに、筧の血の滲むような謝罪文が連なっていた。
 本来ならば由良(かれ)の上司として、直接土下座しに行くのが筋だが、中央署の一件以
降の現状──未だマスコミが張っている中で自身が赴けば、混乱を招くのは必至なこと。何
より上司として、相棒として、彼を守れなかったのに合わせる顔が無いこと。それら些か自
罰の過ぎる詫びを始まりとして、一連の経緯が事細かに記されている。
「本当は、もっと早い段階で渡したかったみたいなんですがね。思っていた以上にマスコミ
がお宅に張り付いてましたから」
「……」
 故に結局、彼のメッセージ、思いの丈を届けるのが遅れてしまって。
 すみません。崇嗣はそう自身も深々と頭を下げて謝った。傍らのシェリーも、言葉少なく
これに倣って髪を垂らす。
 由良の母は暫く手紙に目を落としたまま、じっと押し黙っていた。ちらりと覗いた視界か
ら観てみるに、怒りが込み上げるというよりは寧ろ、じわじわと哀しみが刻まれ直っている
かのようだった。
「筧さんが謝ることなんて……。周りが丸っきり染まり切っていたとはいえ、私達は一度あ
の方を疑ってしまったんです。普段からあの子は、よく自慢していました。刑事としての筧
さんに憧れ、とても信頼していたのは、私達もよく知っていましたのに……」
『……』
 彼女はくしゃりと、表情を歪める。
 故に先日人伝で、彼が刑事を辞めてしまったと聞いた時は、正直酷いショックを受けたの
だそうだ。息子の名を騙られ貶められ、それでも立ち向かったのに組織を去って……。誰よ
りも辛いのは、これから先もその咎を背負い続ける彼の方だと。
 暫くの間、秋葉夫妻は黙っていた。力ない苦笑を繕うこともままならず、やがてさめざめ
と涙を零し始める彼女に、安易な励ましは逆効果だった。部屋の中はしんと不気味なくらい
に静まり返っている。彼女の夫──由良の父は、暫く前に体調を崩して入院してしまったと
いう。息子も亡くし、今この家には彼女一人だけが残っていた。
「……秋葉さん。また落ち着いたら、是非いらしてくださるよう、筧さんにお伝えいただけ
ますか? あの方の顔を見られれば、息子もきっと喜ぶと思いますので」
「はい……。必ず」

 一方その頃、当の筧本人は遠巻きから由良家を眺めていた。
 片手には頬に押し当てたデバイスを握っており、程なくしてその通信は終わる。じっと今
は亡き相棒の家を──今はまだ“報告”に出向くには早過ぎる仏前を、記憶の中でイメージ
しては強く唇を結ぶ。
 連絡では今日、秋葉達がご両親に会いに行ったようだ。手紙を書いたのが刑事を辞める前
だったというのもあり、すっかり時系列が古くなってしまったが、ちゃんと届けられただろ
うか? 人伝に聞く限り、父親の方は先日、病院に運ばれたそうだが……。
(……本当、逃げてばっかりだな。俺は)
 デバイスをしまいながら、何となく懐に煙草を探して。
 嗚呼そうだ。もう呑気に吸っていられるほど、余裕もなくなってきたんだっけ……。
 一つ一つ細々と、些細なことに自己嫌悪を繰り返しながら、筧は暫く住宅街の一角に佇む
由良家を眺めると踵を返した。振り払うように、歩き出した。
 中央署のゴタゴタも、相棒の死も、ようやく一区切りがつこうとしているんだ。自分だっ
ていつまでも、腐ったままじゃあいられない……。
「……」
 筧はこの時、決意していた。由良の弔いの為にも、かつてのアウター被害者──改造リア
ナイザを手に入れた者達を巡る旅に出ようと。
 相棒の死、白鳥や杉浦。当たり前だと思っていた周りの人間達が蝕まれ、豹変していった
その過程には、ただ単純に善と悪──白と黒だけでは括り切れない何かが在る筈だと考える
ようになった。何かしていなければ、どんどん自分という存在が薄れてゆく。そんな何処か
予感めいた焦燥が、彼を衝き動かしつつあった。
(幸い資料なら、対策チーム(れんちゅう)と関わり合いになった時の物が幾つもある)
 司令室(コンソール)での滞在と、あの時白鳥らに示した、予備デバイス内に収まってい
た各種不可解事件の証拠。
 予め頭に叩き込んでおいたお陰で、ある程度取っ掛かりはついている。後はそれらを、現
実の風景に当て嵌めてゆくだけだ。
(……我ながら、いよいよおかしくなってきたらしい)
 はたしてそこに意味など在るのか? 答えが出る保証など在るのか?
 それでも彼は──彷徨う。

 朝のホームルームから、数回の授業を挟んでの休み時間。
 七波転入後のクラスの反応は、ざっと眺めるに大きく二分されていた。即ち彼女への好奇
心が勝る側と、警戒心が勝る側である。
「ねえねえ。あの留守電って、本当に本気(マジ)で叫んでたんだよね?」
「仕込みじゃないよね?」
「何で筧刑事と知り合いなの? こっちに転校して来たのも、その辺が理由?」
「あのメッセージで、瀬古勇と会ったって言ってたけど……やっぱあいつってまだ生きてん
のか? でも前に葬式やってたよな……?」
 流石に最初の休み時間は、皆若干様子見というか控え目に観察をしていたが、当の彼女が
比較的大人しい性格且つ自ら多くを語らないらしいと分かると、一転して時間毎に取り囲ん
では質問攻めを行うようになった。「えっと……」七波本人はそんな彼・彼女らの、ぐいぐ
い来るさまに明らかに気圧されているようだったが、それでも迂闊に答えてしまえば自身の
首を絞めてしまうことぐらいは理解していたらしい。
『……』
 だからこそ、一方で後者──警戒心の勝る側のクラスメート達の眼は、コマ数が進んでゆ
くにつれて厳しくなっていた。それはひとえに彼女という新しい“仲間”が、自分達にとっ
て早々に“リスク”になると踏んだからだろう。
 先の中央署の一件、怪人騒ぎの一旦の終息を引き寄せる切欠となった少女。
 しかしそれと、当の本人が自分達の生活圏(テリトリー)──間合いに入って来るのは別
問題だ。確かに例の電脳生命体とやらの脅威はまだ残り、多分今も何処かでその被害出てい
るのだろうが、それは決して自分達の“身近”であってはならない……。
(野次馬根性と、腫物扱い……か)
(極端っちゃ極端なんだが、まぁ仕方ねぇよなあ。事情も知らなきゃ、ああもなるさ)
(七波さん、苦笑(わら)ってますけど辛そうです……)
 そして、そんな遠巻きの眼差しという意味では、睦月達もまた同様で。
 ただ後者の側に括れるとは言っても、その理由は他のクラスメート達とは随分違う。窓際
で小さくまとまっている睦月や皆人、仁が例の如くヒソヒソと囁き合い、デバイス内のパン
ドラも、両眉をハの字にして同情的だ。
 警戒心──いや、この場合“忌避感情”とでも呼ぶべきなのだろうか。だが睦月達のそれ
は、もっと別のものだ。即ち『自分達が悪目立ちする訳にはいかない』──七波をこちらへ
転校させた目的が、対策チームによる彼女の保護であっても、周りに彼女を含めた自分達の
正体を怪しまれてしまえば元も子もない。何よりそんな根回しを、当の本人は未だ知りさえ
もしていないのだから。
『もー、びっくりしたじゃない! そういう事なら先に言っといてよー!』
『予め知らされておいて、腹芸が出来るのか? 周りが驚いている中で、俺達だけが無表情
だったら、間違いなく怪しまれるぞ』
 デバイス越しに飛ぶメッセージのやり取りで、向こう側の席の宙達がそう不満を表明して
くる。皆人はそれでも淡々と、周りのクラスメート達に気付かれないよう、この仲間達への
事後報告に徹していた。
『皆っちと國っちは、凄く冷静だったと思うんですけど?』
 すかさず突っ込みというか、第二波の不満が入るが、皆人はちらっと横目を遣るだけで無
視する。教室内の向こう側、宙や海沙、及び國子が集まっている席で、彼女らは膨れっ面や
苦笑い、ないし平静とした表情を向けていた。加えて彼によるこの手の“策”は、何も今に
始まった事じゃない……。
『──政府とのパイプを持つうちのメンバーが、中央署の一件の後、色々と手を回してくれ
ていたんだ』
 皆人による事後報告。或いは自分達対策チームとしての目論見。
 曰く七波という保護すべき対象を、手の届く範囲に置いておきたかったという以上に、最
早彼女は玄武台(ぼこう)には戻れないだろうと言うのだ。
 今回の一件で、良くも悪くも名が知られてしまった点も然り。かつて同校野球部の内情を
告発(リーク)した彼女は、どのみち玄武台(ブダイ)には居られない。関係者達にとって
は、既に七波由香という人間は“裏切者”なのだから、と。
『そんな……』
 思わず短く、そう睦月もメッセージを残す。同情的にならざるを得なかった。そんなの報
われないじゃないかと思った。しかし事実として、勇及びタウロスによる復讐事件の際、校
長以下関係者らは何よりも先ず保身に走った。生徒達にも緘口令を敷いたという“前科”が
ある。皆人が言うような未来が待っているのは、想像に難くない。
『だから、くれぐれも焦るなよ? 俺達は彼女を知っているが、彼女は俺達のことを、正体
を知らない。当面は怪しまれないよう、少しずつ近付いていって保護するんだ』
 そうして司令官たる皆人から、睦月達は今後の方針を聞かされる。曰く学園側にも、彼女
を警護するよう根回しは済んでいるらしい。また筧の方は、並行して冴島隊が引き続き追跡
しつつ見守るのだそうだ。
『了解』
 何ともまあ、新学期早々から難儀だな……。
 そう睦月や仲間達は、めいめいに承諾のメッセージを流したが、正直言って気は重い。大
なり小なり、後ろめたさはある。
 尤も、彼の忠告を破って早々に全てを伝えた所で、彼女がすんなりとこちら側に靡いてく
れるかと訊かれれば……否(ノー)と言わざるを得ないのだが。
「──?」
 ちょうど、そんな時だったのである。
 睦月はふと何処かから、何者かの視線を感じた。見られている? そう半ば反射的に、違
和感のあった方向を見遣ろうとするが……直後デバイスの中のパンドラが叫ぶと共に、それ
やって来たのである。
『っ!? 高速接近してくる反応!!』
 窓ガラスをぶち破り、教室内へ突っ込んで来る物体。危ない! 睦月は咄嗟に地面を蹴る
と、その軌道上──七波に向かって飛んで来たこれから、彼女を庇ってゴロゴロと転がった
のだった。
 一斉に砕ける硝子と甲高い音、クラスメート達の悲鳴。
 すんでの所でこれを避けた睦月と腕の中の七波、そして場に居合わせた面々は、ややあっ
て床に空いた大穴をおずおずと見遣る。
「な、何だあ!?」
「げほっ、ごほっ……。い、いきなり何が……?」
 机や椅子を盛大に吹き飛ばしては粉砕し、床に何かが突き刺さっている。
 長く分厚い、角錐状の何か。これは……ミサイル?
「……ゴッ」
『!?』
 だが次の瞬間である。それまで土煙を上げたまま静止していたこの角錐は、にわかに低音
を効かせた言葉を発し、ゴソゴソと起き上がり始めたのだった。それまでただの角錐型だっ
たフォルムが、ガシャガシャとあちこちで切れ目を作って可変し、のっぽの人型のような姿
となって顔を上げる。ちょうど頭部分が、床にめり込んでいた形だ。
 唖然とする睦月ら他クラスの面々に囲まれて、ゆっくりと辺りを見渡す。元々そういう意
匠なのか、顔自体は二つの丸と一個の長方形で描かれただけのデフォルメだった。
「ヴォ……アァァァァァァァーッ!!」
『うわああああああーッ!?』
 しかしその数拍左右していた視線が、ややあって定まった直後、この人型のっぽのメカは
突如として大音量の叫びを放ち出す。


 何の前触れもなく、文字通り降って来たミサイル型の怪人に、教室内の生徒達はパニック
に陥った。更に校舎を襲った物理的な衝撃は、睦月らの近隣や上下階のクラスにまで及び、
異変に放り込まれた者達を我先にと逃げ出させ始める。
「いっ、一体何が……??」
「お、おい! 廊下を走るんじゃ──あばあっ!?」
 他の準備室ないし、廊下に居合わせた教師達が慌てて制そうとしたが、時既に遅し。
 激しいパニック状態になった生徒達には、聞く耳などなかった。寧ろ自分達が目撃してし
まったものに怯え、一刻も早く逃れようと、逆にそうした人の波が彼らを呑み込んでゆく。
「あ、あわわわわわわわっ……!!」
 教室の片隅で、七波はすっかり腰が抜けてしまっていた。全身に力が入らず、隣で片膝立
ちで身構える睦月に、つい今し方庇って貰ったこと──記憶や、男子に触れられた照れさえ
も吹き飛んでしまっている。
「……ナ」
『??』
 そんな時である。まさかこいつは──突如として現れた怪物の正体に、眉根を寄せる睦月
と七波に向かって、このミサイル型の怪人は何やらぶつぶつと呟き始めたのだった。デフォ
ルメながら狂気を感じるその眼差しは、明らかにこちらを──彼女を捉えている。
「ナナミ、ユカ……コロス!」
『──っ!?』
 そして同時、およそ常人とは思えない獣のような雄叫びを上げながら、この怪人はこちら
へ跳ぶと襲い掛かって来て……。
「ぬんっ!」
 だがそれを、直前に割って入って来た國子が投げ飛ばした。睦月と七波の背後にあった窓
ガラスへと、怪人の突っ込んでくる勢いを利用し、そのまま合気道の要領で外へと放り投げ
てしまったのだ。入って来た時と同様、盛大にガラスをぶち破り、ミサイル型の長細い身体
は、綺麗な放物線を描きながら階下のグラウンドへと落ちてゆく……。
「陰山さん!」
「大丈夫ですか? さあ、今の内に……」
 差し出された手を取って、立ち上がり直す睦月。続いて彼が七波の手を取り、腰の抜けて
しまった身体を何とか引き上げる。「睦月!」「むー君!」皆人や仁、海沙、宙といった残
りの仲間達も、グシャグシャにされ、クラスメート達が逃げ出してしまった教室内を横切っ
て駆けつけた。改めてそんな室内の惨状を見渡し、七波の顔色がどんどん青くなってゆくの
が分かる。
「だ、大丈夫? も、もう。無茶するんだから……」
「っていうかもう、全部國っち一人でいいんじゃないかな……?」
「七波ちゃんも怪我はねぇか? 動けそうか?」
「は……。は、はい。私は何とか……」
 で、でも……。心配してくれる仁以下、こちらの問いかけに、ややあって七波は言葉を濁
らせた。あれはもしかして……? 確かに聞いた。あの化け物は、間違いなく自分のことを
狙っていた。
「……パンドラ。やっぱりあいつは」
『はい。間違いなくアウターです。なのですが……どうも妙な反応で』
「? 妙って?」
「睦月。それよりも今は状況の打開だ。予定は大狂いだが──彼女の保護が最優先だ」
 そんな彼女の戸惑いと、睦月からの問いかけにデバイス内のパンドラが答える。同時に彼
女は何やら先ほどのアウターに“違和感”を覚えていたようだが、今は拘っている場合では
ない。睦月達を纏めるように、皆人が言う。
「……しかし彼女を狙っていたという事は、やはり報復か。こちらの用心が裏目に出たか」
 あの? されど歩き出し際、そうポリポリとうなじを掻きながら歯噛みする皆人に、当の
七波は困惑する。
 どうやら話しぶりからして、先ほどののっぽは、例の怪人の一人であるようだ。
 では何故この人達は、かくもこんな目の前の状況を、すんなり受け入れているのだろう?
こうも慣れたように動いているのだろう……?
「……皆人様」
「皆人。もうこれじゃあ、少しずつ云々って話じゃなくなってきたよね?」
 そしてそんな彼女の様子に、國子や睦月など、他の仲間達がちらりと一瞥を遣ってから促
していた。先刻立てた方針も、このような状況となっては秘匿も何もなかろう。……仕方な
いな。対する当の皆人も、一度大きく嘆息をつきながらもそこは認めざるを得ない。
 先の襲撃で、クラスメートや隣接する教室の生徒達は逃げ出してしまった。
 しかしこの騒ぎで、いつ他の生徒や教師、警備員などが駆けつけて来るとも限らない。
「とにかく、場所を移そう」
「奴の狙いが彼女なら、おそらく……」

 國子によって地上に落とされたミサイル型のアウターは、学園内のグラウンドへと盛大に
めり込んでいた。休み時間、軽くサッカーなどで遊んでいた生徒達が、この突然飛んで行っ
たかと思えば降って来た人型の物体に、おずおずと取り囲みながら近寄ろうとする。
「ヴォ……」
『ひいっ!?』
 しかし当のアウターは、大したダメージを負うこともなく復活した。ズボリとめり込んで
いた地面の穴から這い出てくると、相変わらず不気味なデフォルメ顔を時折ゆらゆらと左右
に振りつつ、数拍ぼ~っと辺りを見渡し始める。
「ナナ、ミ……ユカ……。コロス」
 へっ? 慌てて逃げ出そうかと後退りしていた彼らなど気にも留めず、されどこの怪人は
呪文のように呟いた。居合わせた面々が戸惑っている中、その視線はついっと高く校舎の上
階へ向く。そして次の瞬間、再び角錐状のミサイル型に可変すると、飛び立ってゆく……。

「──はあっ、はあっ、はあっ!」
 ボロボロの教室を抜け出して、七波を連れ出した睦月達は、校舎の屋上フロアまでやって
来ていた。右手には全学年共通の大グラウンド、背面には中庭と中等部・初等部の校舎。左
手奥方向には文化系の部室棟がある筈だ。
 大急ぎで上って来た階段を越えて、面々は肩で息をついていた。睦月は未だよく状況が飲
み込め切れていない七波の手を取ったまま、運動慣れしていない海沙や仁は文字通りに。國
子が後ろ手で校舎内に戻れる鉄扉を閉めつつ、基本空調機器ばかりが並ぶ辺りを用心深く見
渡している。
「よし、誰もいないな。ここで一旦奴を迎え撃つぞ。学園の敷地外に逃げるという選択肢も
なくはないが……それまでに追い付かれる可能性も否定できん」
 了解! 皆人の合図で、早速作戦会議が始まった。相手がアウターとなれば、勿論前線に
立つのは睦月だが、それ以上に今は七波を守ることに主眼を置かなければならない。
「あ、あの……」
 加えて司令室(コンソール)や、冴島隊にも連絡を。
 睦月達が取り急いで迎撃と避難警護の面子を決めていく最中、その当の七波がまたおずお
ずと声を掛けてきた。状況が状況だけに、頭の中が多少混乱している様子だ。先ほどまで睦
月に手を握られていたのも相まって、その表情(かお)は何処か赤い。
「うん?」
「その……。あ、貴方達は、一体……?」
「……すぐに分かる」
 睦月。肩越しに振り向いたままの親友に、睦月は彼女を庇うようにしてずんずんと前に出
ていった。ちょうどフロアの右半分、大グラウンドの方向。皆人達も歩き出し、彼女を守る
ように陣営を組む。──ォォォ。ミサイル型に戻ったアウターが、再び飛んで現れた。
「ナナミ、ユカ……コロス!」
「ひいっ!?」
「やっぱり、あれぐらいじゃあ死なないか……。皆、七波さんをお願い!」
『応ッ!』
 そして再び人型に変形し直し、着地するアウター。繰り返し呟き、より明確な殺意を向け
てくるこれに、睦月も臨戦態勢に入る。懐から白亜のEXリアナイザを取り出し、皆人達も
それぞれに調律リアナイザを構える。
『TRACE』
『READY』
「変身!」
『OPERATE THE PANDORA』
 目を真ん丸に見開く七波の前で、睦月が守護騎士(ヴァンガード)に変身する。続いて皆
人達も調律リアナイザからコンシェル達を召喚し、ぐるりと彼女のボディガードに充てる。
いざという時は彼女を連れて、敷地外へと避難する算段だ。
「ナナミ、ユカァァァ!!」
 ミサイル型のアウターが、狂ったように叫びながら襲い掛かって来た。当然睦月はこれを
阻むように立ちはだかり、突き出してくる拳──ほぼ円柱のような腕を横に受け流して懐に
入り、踏み込むと同時に肘鉄。逆に弾き飛ばして彼女から引き離し、インファイトに持ち込
んでゆく。
「えっ……? ええっ? えええっ!?」
 戦いは終始、睦月の優勢でもって進んでいった。相手の身体の構造上、細かい殴打や立ち
回りがし辛いというのもあったのだろうが、何より彼自身の戦闘経験が存分に効いていたと
いう点が大きい。睦月と、皆人以下仲間達が呼び出した姿──守護騎士(ヴァンガード)の
生戦闘に七波が驚きや動揺を隠せない中、繰り返し打撃と受け流しを打ち込んでいた睦月の
回し蹴りが、ミサイル型のアウターの顔面にクリーンヒットする。
「ア、ガッ……!?」
『マスター、決めちゃいましょう!』
「ああ。これで……止めだ!」
 スラッシュ! そして立て続けに武装を剣戟モードに変えて、相手の起き上がり際に、二
度三度四度と斬撃を。火花を散らして再び大きくよろめくこのアウターに、睦月はEXリア
ナイザに必殺の一撃をコールする。
「……チャージ!」
『PUT ON THE HOLDER』
 腰の金属ホルダーにエネルギーの刀身ごとEXリアナイザを収め、そのまま相手との間合
いを疾走。居合の如く、睦月は直後走り抜けながらの渾身の一閃を叩き込み、このアウター
を真っ二つ──絶叫しながら爆発四散させた。
「よしっ!」
 仁や宙、仲間達のガッツポーズが後ろから聞こえる。彼らに囲まれて、当の七波も呆然と
した様子で立ち尽くしていた。
『やりましたね。マスター』
「うん。思ったほど強くなくて良かったよ」
 残心からの刀身解除、仲間達に振り返りながらEXリアナイザに「リセット」のコール。
 守護騎士(ヴァンガード)姿から元の人間に戻り、睦月は一見穏やかに苦笑(わら)って
いた。しかしその実内心では、実際に相手と刃を交えてみて、彼はその“違和感”を確かな
ものとしていたのだった。
(……変だな。パンドラも言ってたけど、妙に手応えが無さ過ぎる……)

 時を前後して、飛鳥崎ポートランド。
 中央署の一件で内部から機能不全に陥った当局に代わり、その日首都集積都市から内々に
専任の捜査チームが派遣されていた。
 立ち入りに向かうのは、疑惑の大企業H&Dインダストリの東アジア支社。件の怪人──
電脳生命体の苗床との情報がある、リアナイザの製造・販売元だ。
 尤も相手は、世界でも指折りの多国籍企業である。加えてその体質はかねてより秘密主義
であり、こちらの動き次第では即外交問題にも発展しかねない。
 事件の全容解明、証拠集めの為とはいえ、協力を得られるかは正直怪しいだろうと踏んで
いたのだが……。
「──やあ、ようこソ。我らがH&Dインダストリヘ!」
 しかしいざ蓋を開けてみると待っていたのは、同グループの若きCEO、リチャード・ビ
クターだった。アッシュブロンドの髪と翠の瞳を持つ、腕利きのイケメン経営者である。
 流暢な、それでも少し外人訛りのある日本語で出迎えて来たリチャード。
 更にその背後左右には、同支社長や幹部級と思しき面々が勢揃いしている。
「あ、貴方は……」
「どうして此処に……?」
「ハハハ。この街のニュースは、私達の本国でも報じられまシタ。ですので、急遽飛んで来
たのですヨ。もしあの怪物達(ハザード)が本当なら、我が社の信用を大きく損なう問題で
すからネ。悪用者の摘発に関しては、我々も全面的な協力を惜しまない心算デス」
『……』
 正直言って、予想外だった。まさか向こうから──それもグループ総帥自らが、協力を申
し出てくるだなんて。
 いや、合理的に考えれば寧ろ当然か。これほどグループ全体の信用、存亡に関わる案件は
他には無いだろう。わざわざ本国アメリカから専用機を飛ばし、駆けつけて来るだけの理由
はある。
「……それは有難い。我々としても、捜査が進展するのは望ましい限りです。同じ街に居を
構える者として、その安寧は早々に確保するに越した事はありませんから」
 最初は、半ば死地に赴くような覚悟で社の玄関を潜った捜査員達も、存外の歓迎を受けて
内心ホッと胸を撫で下ろしていた。尤もそれらは、努めて一切表情(かお)に出さず、あく
まで威厳ある態度で臨むには変わらなかったが。
 案内を……頼めますか?
 ややあって彼らから発せられた問いに、リチャードは「イエース!」と快諾した。先ほど
から背後に従えていた部下達を引き連れて、一行を支社ビル内の奥へと促そうとする。
「──??」
 ちょうど、その時だったのである。
 両陣営の面々が歩き出そうとした次の瞬間、ふと奥の通路から一人の男性がひょこっと顔
を出すかのように現れた。撫で付けた金髪と痩せぎすの身体、草臥れたワイシャツの上から
白衣を引っ掛けた、如何にも研究者といった風貌の人物である。
「あれは……」
 おそらくは飲み物でも買いに来たのだろう。手には小銭入れらしきものを握っており、そ
の歩いて行こうとした先には、事実自販機の並ぶ休憩スペースが置かれている。
「ああ。彼はゲラルド・サーシェス、我が社が誇る上級プログラマの一人デス。暫く前から
こちらに出向して貰っているのですヨ」
 ヘイ、ゲリー! リーダー格の捜査員がやや訝しがって彼に視線を遣ると、リチャードは
次の瞬間そう彼に向かって呼び掛けた。なるほど、欧米式だなと、如何せん古い世代の捜査
員達は思う。社長と研究者、明確に上下関係があろうとも、普段お互いを呼び合う名自体は
かくもフランクなものか。
「? リック……? どうしたンだい? 随分と大人数を連れているじゃないカ」
「日本(ジャパン)の当局者だヨ。ほら、例の悪用問題ノ……」
「ああ……」
 どうやら彼もまた、リチャードCEOに近しい人物のようだ。上級プログラマ──技術系
の有能な人材であるらしいが、全体に漂うそのダウナーな雰囲気と身なりは、およそそうし
た肩書きを聞かされていなければ只の変人にしか映らない。
「ちょうど、彼らを案内している所だヨ。案件が案件ダ。君も来るかイ?」
 対するリチャードの側と言えば、実に無駄のないスタイリッシュな振る舞いで。
 一行は彼こと研究者ゲラルドを加え、廊下奥の一室へと移動して行った。小綺麗に区分け
されたビル内は、およそ自然的なそれを感じさせない。人工的で合目的的な、如何にも新時
代に急成長を遂げた企業の拠点と言える。
「すまないネ。彼は非常に優秀なのだけど、人付き合い(コミュニケーション)の類は苦手
なんだヨ……」
 捜査員達の少なからずが、時折背後からついて来る彼をちらちらと見ていた。苦笑いを零
すように、そうリチャードが先頭を進みながらフォローしている。
 やがて通された場所は、大きな会議室のような空間だった。
 見渡してみるに、どうやら社内の企画を詰める場所であるらしい。左右ないし奥の壁には
一面、資料が入っていると思しき金属の棚が幾つも見える。
「……ここが、そうなのですか?」
「ええ。社内で創られたアイディアは、必ずこのプレゼンテーション・ルームで皆の精査を
受けるのデス。その際の図面や資料は、全て厳重に保管されているのですヨ」
 どうゾ。促され、捜査員達は中へと進んでゆく。
 流石は世界屈指の大企業。部屋一つ取っても贅沢だ。彼の話通りなら、証拠としてのリア
ナイザの図面も、存外早くに押収できそうだが……。
『──がっ!?』
 しかしである。直後彼ら捜査チームの意識は、強制的に消し飛ぶこととなった。進み出た
彼ら面々の背後──開け放たれた扉の裏側に、人間態のグリードとグラトニーが潜んでいた
のだ。何人かはその気配を感じて振り向きかけたが、二人は彼らの顔面を鷲掴みにすると力
ずくで押し倒し、能力を発動。抵抗する面々を瞬く間に無力化してしまう。
 本来ならば政府より選りすぐられた、屈強な男達だった筈なのだが、それでも電脳の怪人
達には敵わなかったらしい。白目を剥き、中には叩き付けられた衝撃で身体があらぬ方向に
圧し折れてしまった者もいる最中、ややあってゲラルドが、ゆたりゆたりとした足取りで室
内へと追いついて来る。
「やあ。済んだかい?」
 目の前に広がっている光景に比して、明らかな平常。さもわざと遅れて入って来たような
彼の眼鏡は、天井の明かりを弾いて不気味に光っている。
 ニヤリ……と、そう嗤う彼から掛けられた言葉。
 すると同じくリチャードも、片膝立ちからフッと肩越しに振り向くと、さもそれが当たり
前であるかのように答えるのだった。
「ああ、問題ない」
「これで良いんだろう──? シン」

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  1. 2019/05/28(火) 18:00:00|
  2. サハラ・セレクタブル
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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