日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「雨脚の詩(うた)」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:灰色、雨、新しい】


 仰げば塗り拡げられたような曇天で、足元には濡れて黒光りする地面が広がっている。

 はたして何時からだったろう? 夜明け前には既に降り出していた雨は、今も尚止んでは
いない。無機質や猥雑を寄せ集めたようなコンクリートジャングルに、頭上から延々と雨粒
が注がれ続けている。
『……』
 酷く視界が悪かった。陽が落ちてしまったというのもあるが、それ以上に雨脚の強さが人
と人の距離を妨げている側面が大きい。
 彼もまた、そんな行き交っていた筈の一人だった。使い込んだ傘を差し、じっと濡れそぼ
ったアスファルトの上に立つ。傘の内側、どうしても俯きがちになる足元には、闇色とさし
て変わらぬ黒が無言のまま横たわっている。靴裏へと、ゴツゴツの自己主張をしてくる。
 ずっと辺りに在る筈なのに、他人の気配は遠退いてゆく。薄れては戻り、また薄れては少
し戻るといったか細い波を繰り返す。
 足元には──水溜まりがあった。尤もその色はアスファルトと殆ど同化していて、踏んづ
けた刺激で揺れたことで、ようやくそれと気付けたぐらいのものだったが。
 じっと、目を凝らしてその水面を見る。音もなく揺らぐそこには、最初彼の陰気な顔が映
り込んでいるだけだったのだが……。

『ほらあ! だから駄目だって言ってるでしょ!?』
『違う。違う、違う、違う! 何度言ったら分かるんだ!?』
『お前は……本当に愚図だな。よくこれまで生きてこれたモンだ』

 暗く汚れた水面に映るのは、かつて彼がこれまでの人生の中で浴びせ掛けられてきた言葉
達だ。ざっくりと括れば、彼が抱える“過去”の記憶であると言ってよい。記憶の中の彼は
いつも気弱で、他人よりも物覚えや動きの悪いさまをその都度、周りの大人達から叱られ続
けてきた。いや──大抵の者達、その瞬間においては、只々不機嫌に怒っていただけなのか
もしれない。少なくとも、幼き日々の彼にはそう映った。
『……』
 傘の下に表情(かお)を隠し、彼はじっとそこに立っている。打ち付ける雨音はさりとて
全く衰えることもせず、寧ろ耳に響くそれは次第に増してゆくような心地さえある。水溜ま
りの中の、自分の中の“過去”が“現在(いま)”に侵食してくる毎に、耳から胸元、全身
へと振動は大きく幅をもって襲ってくる。
 そうなのだ。
 さっきからずっと続いている薄れては戻り、また薄れては戻る細かい波は、他でもない彼
ら自身がめいめいに抱くもの。そのふと立ち止まった足元に、尚も縋り付くように現れる己
が“過去”の記憶──トラウマの風景。雨と地面と打ち付ける音と、幾つもの音が混ざり合
って、彼らは互いにその距離すら推し量れない。

『私は……醜い……。醜い、醜い、醜い……』
『何でだよお? 何でいっつも、俺にばっかり……』
『ち、違う! 僕の所為じゃない! あいつらが悪いんだ! あいつらが僕のことを、きち
んと評価しないから……!』

 細かな糸のように注ぐ雨の中で、よくよく耳を澄ませば声が聞こえる。但しその方向に目
を凝らしてみても、当の本人達が喋っている様子はない。ただ共通して立ち止まり、足元の
水溜まりに視線を落としているのみだ。
 傘を持ち、差している者もいる。そしてその傘の大きさや材質、痛み具合も、人によって
まるで異なっているようだ。
 或いは雨合羽を着込み、傍から見た素性をすっぽり覆い隠そうとしている者もいる。尤も
その目論見は透けていたり、ないしはサイズが合っていなくて、寧ろ余計に濡れてしまって
いる場合も多かったのだが。
 若しくは傘も合羽も──何も被っていない者もいる。彼らの場合は多く、その身を守ろう
という発想が無い。守る為の力に、手段に乏しい。あまりに最初の頃からずぶ濡れであった
ために、自らがそうだという自覚さえ無いのだ。
『ア……アア……!!』
 光の落ちたコンクリートジャングルに、人々の音がこだまする。
 しかし彼らのそれは、はたして降り続く雨音によってその殆どが掻き消される。それぞれ
の耳に残るのは微かな気配と、胸元の芯一角に燻った不快感。或いは立ち止まることを知ら
なかった、その他大勢の人々が、興味も視線もくれることなく足早に歩き去ってゆく。
 いや──立ち止まっただけならば、まだマシだったのかもしれない。少なくともその者に
関しては、まだ“現在(ここ)”に居るのだから。
 むんず。やがて悩める彼らの足元から、黒い手が這い出て来た。他ならぬ彼ら自身、苦し
み続けた“過去”の彼らである。救いを求めるように、否道連れを望むように、水溜まりの
上からこちらを覗いて来る自分を引き摺り込むのだ。
 や、止め──! 思わず抵抗する者がいた。或いは掴まれた瞬間さえ気付けず、そのまま
黒い水面の中へと消えてゆく者がいた。
 だが周りの人間達は、誰も気付かない。気付いてやる義理もないし、余裕も無かったから
だ。皆がそれぞれに水溜まりの風景と向かい合う時、彼らは彼ら自身で精一杯である。寧ろ
そうではない者の方が、圧倒的に少数だと言ってしまっても良いのだろう。
『……』
 幸い彼は、引き摺り込まれることはなかった。彼自身が、その“過去”を“過去”として
既に切り離しつつあったからだ。確かに自分は他人よりも要領が悪く、今でも職場で失敗す
ることも多いけれど、何とか生きてこれた。少なくとも、そんな人間なんだと自覚し、何と
かしようという意思を持ち続けていれば。
 ちらりと、先ほどまで見ていた水溜まりに眼を遣る。
 水面の中では、相変わらずかつての自分は怒られっ放しだ。よく考えずに余計なことをや
り、その度に周りの大人達に怒られたっけ。いや、頻度的には“やらなかった”ことで怒ら
れてきたケースの方が多かったか。
 傘の下から周囲を覗く。暗くて雨で、流石にその一つ一つまでは判らないが、どうやら同
じように黒い水溜まりに足を止めている他人達がいるらしい。ハッと視界の端で、一人また
一人と消えていった──引き摺り込まれたような気がした。思わず静かに息を呑み、暫し立
ち尽くす。“もしかしたら自分も、ああなっていたかもしれない”と……。
 ふるふると頭(かぶり)を振るう。やがて彼はゆっくりと雨模様の中、歩き出した。
 自分を形作ってきたのは、他でもないこれまでの自分だ。そう都合よく“なかったこと”
には出来ない。それでも自分達の生きているのは“現在(いま)”であって、もう過ぎ去っ
てしまった“過去(あのとき)”ではない筈だと。
 前に──進むしかないんだ。
 “過去”に生きるな、とまでは言わない。繰り返すようにそれは自分を形作ってきたもの
であり、積み上げられたからこそ“現在(いま)”がある。良くも悪くも、自らである。
 だから「せめて」なのだ。
 今からこの先、暗澹としていても、自分達は未来へ向かうしかないのだと……。

 明けない夜はないと云う。止まない雨はないと云う。
 でもそういった言葉は、比較的立ち止まらずに済んだ者達によるものだ。乱暴に言ってし
まえば結果論だ。自分達は“現在(いま)”暗がりに迷うのであって、降りしきる雨に打た
れているのであって、苦しい。
 なのにその「先」ばかり示されたって……大して救われないじゃないか。見てくれていな
いじゃないか。聞いてくれてなどいないじゃないか。闇が晴れ切るには時間が掛かるし、雨
も止んだ所で暫くは、酷く泥濘(ぬかる)んだままなのだから。
『……大丈夫、ですか?』
 それでも──と、彼はそっとその手にしていた傘を差し出した。進んだ先にいた一人の女
性に、これまで自分の身だけを雨脚から守っていたそれを、半分分け与えるように。
 彼女は泣いていた。足元の水溜まりの中でも、幼い頃の彼女は泣いていた。
 自己満足かもしれない。これだって結果論──“生存者”が自らのことをそうだと確認、
証明し続ける為の、偽善的な贖いかもしれないのだから。
 思わず、彼女は目を見開いている。何故……? 嗚呼その実は、別に貴女じゃなければい
けないということはなかった。ただこの進んで行った先に、貴女が居たのだから。

 傘を。今なら少し、空きがありますから。
                                      (了)

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  1. 2019/05/20(月) 00:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

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