日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(雑記)悪癖未だ─静かなる方へ

夏(やつ)が来る……!(º﹃º)

つい先日までは曇りがちで、パッとしない天気だったのに、今度は一転して汗ばむ程の暑さ
が続き始めています。ちょっと早くないですかね? まだ五月半ばですよ? 今年の梅雨時
だって一通り始まっても、過ぎ去ってしまってもいないってのに……。

月頭、大型連休をほぼ休養に充てていたため普段より遅れてしまいましたが、先日ユー録の
百四章をUPしました。分量は前回よりも更に膨れて──33000字弱。プロット段階でドンパチ
系のシーンが多い構成だったせいか、予想以上に時間が掛かってしまいましたφ(=_=;) それ
こそ数字だけでみれば、久方ぶりに連載最初期レベルだった訳ですが……こと小説という媒
体は、削って何ぼ(要約する技術)だとも云われます。何よりまたしても、ユーザーフレン
ドリーなるものとは真逆に失踪してしまったようで……申し訳ない。
プロットの構成──計算上、次回の更新で現行第Ⅷ部も序盤、全体の1/3が消化される予定
です。つい最近の事だとばかり思っていたら、もう半年近く。残り章数と相談しながらぼち
ぼち続きの展開も組んでいかなければ……。例の如く今月後半分、サハラ~の更新&再開は
一週のインターバルを挟んでからの執筆モードとなります。カレンダー的にはほぼ月末辺り
という推移になってしまいますが、もう暫くお待ちくださいm(_ _)m

──しっかしまぁ、時の流れが早いこと早いこと。加えて近年はそれ以上に、一日毎の密度
が体感的に大きく跳ね上がっている印象があります。それだけお仕事に出られる状態にまで
回復してから、日々忙しなく動き回っているという証でもあるのでしょうが。

ただ如何せん……日中のそれに、自身のエネルギーの大部分が費やされているなあと感じる
瞬間も少なくなくて。尤も普通はそれが即ち生きること、なのでしょうが、こと自分におい
ては小説(創作)というライフワーク?がある。どだい欲張り過ぎ、リソース不足だと言わ
れるとぐうの音も出ないものの、改めてもうちょっと何とかならないか──日常のそれを偏
り過ぎずに配分できないか? とは目下思案中の所です(今回のユー録みたく、執筆モード
の方も、一時に特化集中して書いて更新してというスタイルを、場合によっては変えていか
なければもたなくなる可能性もありますからね。そも波動砲みたいな更新頻度は、ネット上
における自作の浮上頻度と同じ──自らごっそり削ぎ落すしているようなものですし、尚且
つ博打要素だけを高めている感が否めませんからね……)

さりとて、それ=執筆を一時集中型ではなく、ほぼ日の小刻みに広げる形にするとしても、
掛かる総エネルギーは変わらない気がするんだよなあ。
(今までみたく“点”で済ませて残りを楽するのか、それとも“面”で均すのか? 的な)
寧ろ長引く分、体感的な労苦は今まで以上に増える気がする……φ(=_=;) あと弾数も減る。


──話題はガラッと変わりますが、相変わらず世の中ってのは諍いばかりですね?

以前から此処でもしつこく言及しておりますが、僕は諍いというものが大嫌いです。いや、
厳密には“諍いの臭い”がする時点で「駄目」というか……。気付けば殆ど条件反射のよう
に忌避感情のようなものが沸いてきてしまいます。反ラディカル、反シニカル──己の信条
だと言えば多少は聞こえはよいものの、その実はごく私的なトラウマなのだろうなあと理解
しています。どうしたモンかと抱えつつも生きてきました。

元々はまだ自分が療養ニートだった頃、或いはそれ以前。即ち自分のセカイ≒ネット越しに
観ていた、マクロな日々の事象に対するキャパオーバーの果てに得た態度。自らもその火に
加担しながら鬱々と過ごしていた経験に鑑み、とても“美しくない”と理解した……心算で
いたもの等。
まぁざっくり言うと、広義での政的炎上ですね。その当時から観ていた分は言わずもがな、
未だ現在進行形ですら、気付けばイデオロギーマンと化してしまった御仁・創作人さんなど
を目撃してしまうと非常に残念な気持ちになります(こと後者とは、そういうエネルギーを
物語という形で“昇華”してこその人種じゃないですか)加えてイデオロギー云々とはまた
別に、個々の方がいつの間にか厄介なトラブルに巻き込まれていたりして……。これもまた
非常にモニョる。

ただ、かつてそうやって黒歴史過去の自分を経由して来て今に至る自身の立ち位置も、ここ
数年でどうやら変わらぜるを得ないようです。再びの改築に直面しているように思えます。

それは言わずもがな、現在のお仕事──福祉業界に関わってきたが故。以前までのマクロな
出来事「だけ」では収まり切らぬ、ミクロな諸々の諍い(に類する)案件と向き合わざるを
得なくなってきた事情に起因します。要するに“向き合うことが仕事”になった訳で……。

こういう言い方は非常にアレなのでしょうが、敢えて。
僕個人の現状の経験・理解では、福祉という仕事とは即ち“面倒な人”を援けること、その
立場に身を置くことに他ならないのだろうなと考えます。物理的な怪我や障害で日常生活に
支障を来たすようになった方から、いわゆるメンタルに何某かの疾患を抱えるようになった
方まで──或いは(寧ろ切欠・進行として)その両方。彼らも同じ人間であり、社会の構成
員であるのだから、その生きる諸々の権利を何としてでも守ろう。少しでも痛みや苦しみを
乗り越えて前に進もう。そういっためいめいの歩みをサポートするのが、僕達が担う役割で
あるのだと。

……ただですねえ。こと後者、精神疾患を抱えるよう方達は、いわゆる「普通の社会生活」
においてパージされてしまった種類の人間であることが少なくない。

病状やそこに起因する諸々の性格、いわゆる普通ではない──と表現してしまうのは、その
実正確ではないのですが──バックボーン。困難を示す対人関係、常識。
残念ながら世の大多数の人々は、そんな付き合うのに“面倒な人”と辛抱強く向き合うこと
よりも、さっさと彼らから距離を置いてしまう決断をすることが多い。こちらのリソースは
限られているのだからと、基本的に自分にとって都合の良い(有益な)他者との関係性を先
ず優先的に構築する──乱暴に言うと『迷惑を掛けてくる奴のバックボーンなんざ知らん』
を地でゆくのです。事実「普通の社会生活」を送っている(と自負する)分には、寧ろそれ
が当然の処世術であり、出来なければずるずると集られ続ける半生が待っています。だから
こそ往々にして彼らにパージされてしまうし、そう関係性を失ってゆく過程で、当の本人達
も自ら降りるようになってしまう──いわゆる引きこもり等、社会的孤立へ至る構図だと言
えるでしょう。

だからこそ、セーフティネットとしての各種制度や福祉に携わる人々が、こうした人達を受
け止める役割を担っているのですが……だからと言って当の本人達が、その“面倒な”部分
を解消・改善してくれる訳ではないのですよね。寧ろ対応次第では、ずるすると悪化──浮
き沈みの激しさを繰り返すことも珍しくない(とても難しい問題です)
改めて非常にアレな言い方ですが、パージされてしまった人というのは、こと精神的な疾患
を抱える場合、その“面倒な人”なままであるからこそそうなった……とも言えなくはない
のですよね。勿論病状によっては完治が難しいものも少なくはなく、何より彼・彼女がそう
だからといって、無条件に哂っていい筋合いなど無い──自身がこの先もずっと「大丈夫」
などという保証は何処にもありませんし、月並みに云うならば『明日は我が身』なのです。
(他ならぬソースが僕自身。学生時代にぶっ倒れるまで、自分も結構偏見やら何やらを持っ
ていましたからねえ……。医者に掛かるまで一年ほど我慢していたのも、家族以上に僕自身
が、自分は“病気”ではない=単に弱かったからだと思い込んでいたのも大きく……。
(ただ依然として、現実の「普通」を名乗る人々は、そこまでの想像力を持つには至らない場
合が大半なのかな? と個人的には感じています。やはり実際に経験──痛い目に遭って貰
わないと解らないというのは、人間皆平等なのかもしれませんね)
(でもそれ以前に、世の中ってのは、こういう福祉の対象的な“病気”と診断されていなく
とも、色々アレな人って割といると思うんですよ。それこそ人々が「面倒な他人は切る」を
処世術として暗黙の了解にして久しいほど、実は「普通」という括り、個々の日常生活の中
にはありふれていて……)

……話が逸れました。
今回の本筋ではない所↑は、とりあえず括弧書きにして分けておくとして。

ですからね? 僕自身、ここ最近改めて痛感していることなのですが、この手のお仕事に携
わるようになってからというもの、利用者さん・要支援者──乱暴に括ると“面倒な人”を
含めて援ける為には裏で色々と試行錯誤をしなければならないのですよね。そしてご本人達
とのそれに加え、その職員サイド(同僚・上司間)でもしばしば対人関係に気を揉まざるを
得ない瞬間というのがどうしても出てくる──二重の意味で“他者”とのトラブルと隣り合
わせであるお仕事なんだなあと……。だからこそ、いざ誰かが大きく進んでくれれば嬉しいのですけど。

これまで僕は、マクロ──政的な炎上など世の中のあれこれは、自分には直接関係ないから
と最悪「逃げ」てしまえば済んでいました。元より各問題(とされる事象)の当事者・関係
者ではないし、基本的にはスルーに徹していれば良かった訳です。義憤(いか)っても大し
て変わりはしないし、そうやって火をくべる連中は他にもごまんといる。自分が加わらなけ
ればならない必然性は無い。何より……虚しいだけだし、美しくない。どれだけ“正義”を
他人びとが叫ぼうとも、僕が僕自身に問うた時、そこにはどうしても一周回って飽きてしま
ったというか、己の「かくあるべし」に馴染まない回答(こたえ)ばかりが返って来るので
した。自分には関係ないと──何よりそこに“諍いの臭い”を感じて、厭だ厭だと避ける事
ばかりを考えてきました。煩く語る誰かよりも、静かで黙々と領分をこなす誰かへ。或いは
もっと潔癖に、他人の気配や物音、創作に邪魔な“雑音”の無い環境を望むように……。

でもそれらは、今や半ば困難を極め始めています。単に物理的なリソースを振り分ける余裕
がなくなってゆくとか、普段の生活の中で「静か」な環境とそこに耽っていられる時間帯が
限られているとか、そういう点だけではなくて。

もう“自分だけ”静かな所に居られればそれでいい──そんな理想というか、我が儘は通用
しない段階に来たんだろうなあと思うのです。少なくとも日中、この福祉というお仕事に足
を突っ込んでいる間は。
スルーに徹するという態度も、中々採れませんよね。経緯は様々なれど、何かしらの苦痛・
困難を抱えている人達と“向き合う”ことが、お仕事の一環。根っこの部分なのですから。
だけども先述のように、現状僕個人は未だこれを“面倒な人”とどう関わるか? どう前へ
歩めるよう援けらるか? という捉え方をしています(こういった認識が「らしくない」と
いう前提での話です)建前上、彼・彼女らを“面倒”だと思ってはならない──個人的事情
を加えるならば、つい最近まで自分もそんな一人だったのだから。でも本音というか、内々
の分析眼で観ている限り、そうした結論=当面の理解に至っている(症状が重過ぎればそも
そも論として不可能な場合もあれど、彼・彼女らにも、その“自覚”と“意思”を持って貰
わなければどうしようもないよな……という感慨がある)でもそれは多分、一般に言われて
いる在り方からすれば、少々邪道なのではないか? と思うのですよね。○○であるべき論
(理想)と現実の思考との間のジレンマとでもいうのか……。

──冒頭に戻り、やはり今僕は、これまでの考え方や立ち回り方のリテイクを迫られている
のだろうなと感じています。もっと言えば、これまで他人付き合いを“面倒”と避け、積極
的にやらないできた、これまでのツケが回ってきているのだとも。

しかし僕はこれを、単に恨み節に終わらせてしまってはならないとも考えています。せめて
自身が更に前へ進んでゆく、その為の切欠ぐらいにはしなければ。……もし(今は未だ困難
ばかり目に付く)これらを捌いてゆけば、捌けるようになってくれば、いずれは自らの成長
にも繋がってゆく筈だと。これも人生の経験値──人間性の肥やしだと思って。

何よりもういい加減、生計と“個人的な”厭を分離させることを覚えなくちゃあ。普通の勤
め人なら、きっと今の比じゃないくらいの対人関係がありますからねえ……。だから僕は向かなかった?
両者をある程度でも分離させて過ごしてゆく処世術。それがつまり、大人になるということ
なのだと思えば。

……そうなんですよね。あくまで“個人的”なんですよね。僕のさも後生大事に抱えてきた
諍い嫌いの心情も、所詮はごく私的な感情に過ぎない。トラウマというか、染み付いた負の
条件反射とでも言うのか。他のメンタル的な症状──苦しむ人達と何が違う? 決して自分
だけが「特別」なんかじゃないんだから。これまで散々、仰々しく語ってきたけれど、傍か
ら見りゃあいち症状でしかないのだから。お前が思うんならそうなんだろう。お前の中ではな。
もしかして、自分が治ったと「天狗」になってんじゃねーか?とはいえ、それですぐに積年
の諍い嫌いを「治せる」かどうかは怪しいのですが(それも含め、やはりメンタル云々か)

それにしても。

自分の文章というか言い回しには、やたら○○だろうか? ○○かもしれない、みたいな形
が多過ぎる件。論理的ではないんですよねえ。事実から結論に導くのではなく、個人的感慨
から出発してものを書こうとしてしまう(要するに書いた内容が、その度に正当さで不確定
ということ)帰納法のように前提とする事実が明確でないから、しょっちゅうグラグラする
のです。尤も自身・後者=演繹法的なアプローチが絶対間違っていて、劣っているという訳
ではありませんが、やはり認知バイアスってのは厄介ですから……。
(ただ元より自分には無理だと、一度は諦めた経緯があるとはいえ、仮にかつて思い描いて
いたような“論理的思考”を我が物に──存分に駆使する事が出来ていたとしても、それは
それで今頃、世の様々な「問題」達に、ごっそり己がリソースを喰われてしまっている気が
しますね)

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  1. 2019/05/17(金) 23:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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