日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅷ〔104〕

 魂魄楼北棟。同中枢、中層域にて。
 死者の裁定を担う閻魔達は、基本的にこのフロア一帯の大半を占める各法廷を、主だった
職場としている。
 その数──およそ数百。
 現世にて死神達が回収してきた魂もとい幽冥種(ホロゥ)達を、楼内へ入る前に予め専用
の装置で測った、生前の罪業(ログ)を元にして裁定は行われる。その魂が黒く穢れていれ
ばいるほど、浄化のプロセス──収監される“煉獄”の階層は深くなるという仕組みだ。
 故に一連のサイクルにおいて、閻魔個々人の意思が介在する場面は少ない。
 人ではなく、あくまで先例(ほう)による秩序が、長らく維持されてきたのである。
「判決を言い渡します。留置番号七八六〇五、貴方を煉獄第四層へと送致します。浄化完了
までの推定日数は、三万飛んで二十二日です」
 特に閻魔総長ヒミコが裁定長を務める大法廷は、生前大きな事件を起こした魂を専門に取
り扱う。
 しかしそんな個々の背景に、彼女は一切動じない。
 蒼褪めた人魂、白装束、或いは生前の姿形を保ったままの罪人に、彼女は高い壇上の席か
らそう淡々と裁定の結果を告げる。閻魔達の長といえど、基本的な仕事は変わらない。ただ
彼らの魂の記録(ログ)と、継承されてきた基準とを照らし合わせ、手の掛かる一人分とし
て浄化プロセスに送ってゆくだけだ。
 連れて行きなさい。威圧するように睨み返すその眼を努めて淡々と見下ろし、彼女は控え
ていた獄吏達に命じた。鎖で繋がれた封印錠を引っ張り、彼らによってこの罪人は大法廷を
後にする。去り際、罪人の言葉にならない恨み節が響いたが、彼女を含めた閻魔達はちらり
と横目こそやれどその表情を変えることはない。
「……もう大丈夫ですよ。貴女達を陥れた者は、これから永い贖いの時を過ごすことになる
でしょう。貴女達も安心して次なる生に備えなさい。次に出会う時は、あの者の魂はすっか
り真っ新な別物になっている筈です」
 それでも綻ばせる時があるとすれば、その被害を受けた魂達へ語りかける時だ。
 壇上からなれど、ヒミコはそうフッと優しい微笑みを向けて彼女らに言った。先ほどまで
の大法廷を傍聴していた一家が、そんな言葉に思わず感涙に顔を歪める。
「……ありがとう、ございます」
「これでやっと、私達も……」
 他の閻魔らが黙して見守っている中、ヒミコは続ける。あの罪人の魂とは違い、貴女達は
まだ善良なそれだとも。今後それぞれに裁定を受け、浄化のプロセスを経て貰わなければな
らないが、希望さえすれば楼内で暮らすことも出来ると。
 彼女達は、ボロリと泣き崩れていた。自身の死が命を奪われたことによるものだとは解っ
ていても、周りの他の魂達を目の当たりにする中で、全く“罪”を持っていないとは思えな
かったからだ。
「いいのですよ。普通のことです。悔い改め、浄化(ほう)に身を委ねてくれる……それだ
けで十分なのですから」
 悪しき魂にはより多くを。善良なる魂には慈しみを。
 ありがとう、ございます……! 半ば嗚咽し、涙の止まらない彼女らを、今度は別の獄吏
達がそっと優しく促して連れ去ってゆく。

「──んんっ」
 そうした、裁定と裁定の合間。自身の執務室に戻ったヒミコは、束の間の休憩を取ってい
た。ぐぐっと小柄な身体を伸ばし、大きく深呼吸を。室内には数名の部下達が、次の裁定に
向けて準備を整えている。
(資料……彼らの生きた記録……)
 室内に所狭しと収納された、生前の罪業(ログ)と個人情報。
 ヒミコ自身、いち閻魔となってから延々と繰り返してきた日常であり、仕事だ。過去現在
未来と膨大に上るそれを、一個一個検める暇は正直無い。
 では、元々の自分は……? それでも時折こうして自問(と)えど、既にその確固たる記
憶は忘却の彼方だ。現世と冥界(ここ)では、時の流れというものは微妙に違う。
「失礼します」
 ちょうど、そんな時だった。入口の扉をノックし、別の閻魔の一人がヒミコ達の控える執
務室の中へと入って来る。部下達がおもむろに視線を遣る中、何やら資料を抱えたこの女性
閻魔は、ヒミコの前まで進み出ると胸元のそれを差し出してくる。
「総長。頼まれていた資料をお持ちしました」
「ありがとう、ご苦労様」
 失礼します。そうして無事用件──資料を届け終えた彼女は、折り目正しく一礼をすると
部屋を出てゆく。他の部下達がその一部始終を一瞥し、されどすぐにめいめいの職務に戻っ
てゆく中で、ヒミコはこの手渡された資料をぱらぱらと捲って目を通し始めた。先日、アラ
ラギ総長以下死神衆が話していた、この冥界(アビス)へと侵入してきたという者達の来歴
についてである。
 ──ジーク・レノヴィン。顕界(ミドガルド)北方、陽穏の村(サンフェルノ)出身。
 十五の成人直後から故郷を出、梟響の街(アウルベルツ)にて冒険者を始める。程なくし
てクラン・ブルートバードに拾われ、めきめきと頭角を現す。
 当初は本人らも知らなかったことだが、母シノは女傑族(アマゾネス)の国・トナン皇国
より亡命した元王女であると判明。二年半ほど前に同国で起こった内乱により玉座に復帰。
彼らと結社“楽園(エデン)の眼”との確執はこの前後から本格的なものとなる。
 同西方フォーザリア鉱山、同央域大都バベルロートにおける統務院総会(サミット)及び
監獄島ギルニロックにおける攻防を経て、クランの仲間達と共に対“結社”特務軍に任命さ
れ、志士十二聖ゆかりの武具・聖浄器回収の旅を続けていた。その果てに古界(パンゲア)
北方・竜王峰にて戦死。現在に至る。
「……随分と、破天荒な青年だったようですね」
 ざっと内容に一通り目を通した後、ヒミコはそうぽつりと呟いていた。他の部下達も何人
か、差し出されたこれを回し読み、同じく呆気に取られたかのように目を瞬いている。
 彼が亡くなったという話は、かねてより聞き及んでいた。又聞きが主ではあるものの、仕
事柄、現世の情勢は多少なりとも頭には入れている。そもそも裁定は対象者の罪業(ログ)
と先例(ガイドライン)に基づくため、私情を挟むべきではないし、余地もないのだが。
 最初はアララギ以下、死神衆が動いていた。
 だがこと侵入者──この楼内の秩序にも関わること故、彼女も彼女で部下達に情報を集め
させていたのだった。
 報告によると、件の侵入者達は、クラン・ブルートバードの面々。現在死神衆から選出さ
れた討伐部隊が楼外遠方にてその確保に当たっているという。
(まさか……。彼を蘇らせようと……?)
 故にヒミコはその可能性に思い当たり、思わず静かに頭(かぶり)を振った。
 あり得ない。前例がない。そもそもこの世界における、生と死のルールに真っ向から歯向
かう行いではないか。それでも何となく複雑な心境だったのは、彼女自身、先のアララギ達
の迅速さに一抹の怪訝を抱いていたからに他ならない。
「……次の裁定まで、まだ時間がありましたよね?」
「? ええ……」
 だからこそ、ヒミコは一旦ぐっと密かに唇を結ぶと、場の部下達にそう確認するように訊
ねた。懐中時計を取り出し、室内に掛けられている予定表と合わせ、彼女らは若干疑問符を
浮かべたままに頷く。
「分かりました。では、行きましょう」
 するとヒミコは、部屋の外に向かって歩き出した。次の裁定に向けて準備を進めていた部
下達が「えっ?」と驚く一方で、予めその心積もりを聞き及んでいた何人かがスッと彼女に
同伴する。少しスケジュールに空きがあるとはいえ、一体何処へ……?
「ジーク・レノヴィンの所、ですよ。件の侵入者と縁があるとすれば、アララギ達も黙って
はいないでしょうから」
 生前どれだけの大事件に関わろうとも、皆同じ魂だ。その存在自体に貴賤はなく、生前の
それが故に、不平等に取り扱うべきではない。
 戸惑う閻魔に、慌ててついて来る閻魔。
 幾人かの部下を引き連れて、同総長ヒミコは自ら動き出した。


 Tale-104.魂魄楼厳戒(後編)

「ほう。その青年がジーク・レノヴィンか」
 一方その頃。同東棟、城壁から延びる見張り台の連絡路で。
 予想以上に早い追跡の手から逃げ出したジークとハナ、ヨウは、新たに二人の隊長格と思
しき死神と配下の者達に行く手を塞がれていた。
 白髪交じりの口髭と、腰の細剣が目を引く、紳士然とした男性の死神。
 スレンダーだが、終始険しい表情を崩さない女性の死神。
 そんな対照的な二人が、じっとこちらを確認するように見つめている。
(ちっ! 追っ手か……!)
 ハナとヨウ、クチナシ姉弟と共に半ば反射的に得物に手を掛けたジークは、内心でこの状
況を酷く悔いていた。冥界(こっち)に来ても、自分は誰かを巻き込まずにはいられないと
いうのか? 既にマーロウさんを、隊舎へ置き去りにしてきたようなものなのに……。
 いや、それよりも。
 あの髭、今確かに俺の方を見て──。
「此処にいるということは、ヤマダはしくじったようだな」
「まあ、あいつはそういう奴だから。大方油断でもしたんでしょうよ」
 二人の隊長格は、ジーク達から視線を逸らさずに、そう二言三言やり取りを交わす。やは
り隊舎で待ち伏せていた、あの太っちょの隊長格・ヤマダの仲間らしい。
(北棟二番隊と四番隊──キリシマ隊長とヒバリ隊長ですね)
(気を付けてください。二人は、アララギ総長の側近。かなりの実力者です)
 ひそひそ。加えてハナとヨウが、そう小声で伝えてくれた。言われてみれば確かに、彼ら
の隊章を囲む四方の文様の内、上側だけが黒く塗られている。何より黒装束の上から羽織っ
ている衣は、マーロウが身に着けていたものと同じだ。
「……何で俺の名を?」
「東棟十六番隊副隊長ハナ・クチナシと、同三席ヨウ・クチナシだね? 彼は裁定も浄化も
済んでいない留置者だ。死者の脱走幇助は大罪だと知らぬ訳ではあるまい?」
「……お言葉ですが。私情を交えているのは、お互い様なのでは?」
 警戒はしつつ、それでも不審がったジークの問いに、紳士風の死神・キリシマ以下面々が
答えることはなかった。代わりに今度はクチナシ姉弟へとその咎を向け、これにヨウが探る
ような言葉を返している。
「お二人は北棟の、死神衆でも上層部に属する隊長格だ。ということは、これは組織全体と
しての総意なのですか? 楼外にいるという侵入者──ブルートバードへの対処よりも、既
に死んでいる彼を、越権行為に及んでまでもその手で始末しようと?」
 十中八九、それはヨウによる情報入手を兼ねたブラフであったのだろう。目の前で明らか
に多勢の敵が控えているというのに、彼はあくまで敢然と格上の二人に投げ掛けたのだ。
「貴様──」
「ふむ。反逆の意思あり、とみて良いのかな? 残念だ。副隊長クラスまで昇り詰めたのな
らば、他にも色々と得られるものはあったろうに」
 ヒバリの眉間の皺が、一層深く刻まれるのを見た。それを遮るように、キリシマがあくま
で悠然とした声色と佇まいで口髭を扱き、小さく嘆息をついてみせる。
 なるほど……。つまり事実上の肯定という訳だ。
 ジークとヨウ、ハナの三人は、誰からともなくそのことを理解すると、改めて武器を抜き
放った。キリシマとヒバリの左右に展開する死神達も、応じるように一斉に得物を抜いて構
える。どのみち彼らは、此処で自分達を捕らえるつもりなのだろう。だが外に仲間達がいる
と判った以上、このままおめおめと逃げ帰る訳にはいかない。
「やれ」
 おおおおおッ!! キリシマの短い合図で、配下の死神達が猛然と襲い掛かって来た。更
に自身の左右から分かれていく彼らを視界に映しつつ、キリシマ自身も腰からそっと引き抜
いた腰の細剣、その切っ先をピッと指し示すように向ける。
『──っ!?』
 文字通りの電流が奔った。切っ先から一瞬青白い火花が散ったかと思うと、直後ジグサグ
の軌跡を描くようにジーク達に向けて電撃が撃ち込まれたのだ。
「……む?」
 だがその初手の一発は、辛うじてヨウが自身の色装(のうりょく)で以って防いでいた。
姉ハナとジークを守るように、二人の目の前で半透明の壁をかざしている。
(障壁? いや、この速さと密度は寧ろ……)
 操作型《凝》の色装。力場内の魔力(マナ)密度を操作できる能力だ。彼は主にこの特性
を使い、変幻自在な壁を作り出せる。
 バチッ……と、刀身に青い雷光を纏わせつつ、キリシマは尚も冷静に彼の行動に注意を配
っていた。先ほどの鎌かけもそうだが、中々の切れ者らしい。そう内心で警戒レベルを引き
上げようとする最中で、ヨウが《凝》の障壁と自身の身体の陰に隠した仕込み杖から、こち
らに向かって伸縮する刃状の鞭を放ってくる。
(なるほど。そういう戦法か)
「怯むな! 相手はたった三人だ!」
 しかしそんなキリシマとヨウ、技巧の二人とすれ違うように、突撃するヒバリと配下の死
神達の頭上から、次の瞬間ふと大きな影が差した。何だ……? 半ば反射的に視線を上に、
後ろへと向けると──中空から巨大な鉄棍を振り下ろす、ハナの姿があった。
「どっ……せいッ!」
 その見た目に相応しく、盛大に連絡路の石畳が土埃を上げて吹き飛んだ。死神達の少なか
らずがこの一撃を避け切れずに巻き込まれ、或いはヒバリが得物の短刀を構え直し、大きく
土埃の中で後退りをしながら体勢を整え直す。
「一体何が……? いや、そもそもあんな長大な得物、どうやって……」
 濛々と上がる土埃の向こう、倒れた部下達やこれを易々と飛び退いていたジークやヨウ、
キリシマ達。ヒバリがこの丁寧さの欠片もない一撃に眉根を寄せている中で、当のハナは身
の丈を遥かに超えるこの巨大鉄棍を、片手でぶんぶんと回している。
「~♪」
 勿論彼女の能力、操作型《軽》の色装によるものだ。普段は長大過ぎて場所を取ってしま
う得物も、本体を魔導具のそれとし、その能力をもってすれば、手足のように振える彼女に
ぴったりのパワー武器となる。本来の重量をゼロにし、敵にヒットする直前に能力を解除し
てやればよい。
「……まったく、滅茶苦茶だな。前もって訊いてなきゃ潰されてたぞ」
 ジークも一方で、この姉妹の奮戦に乗じて死神達と相対していた。次々と襲い掛かってく
る彼らを、その二刀で巧みに受け流し、同時に鋭い一撃を叩き込んでは昏倒させる。その度
に借り物であったこの得物は軋み、刃ごと折れてしまった。仕方なく襲ってくる敵の刀剣を
奪っては代わりにし、また壊しては代わりを奪いを繰り返す。
「……やっぱ加減が効かねえなあ。いつもの六華じゃなきゃ……」
 されど、そんなのんびりと嘆いている暇はなく。
 直後何度目かの得物を交換したジークへと、青い雷光を纏ったキリシマが目にも留まらぬ
速さで襲い掛かって来た。電気刺激による肉体強化だ。彼の《鳴》の色装は、ただ単純に電
撃を放出するよりは、こうして“速度”を戦闘力に乗せる力に秀でている。
「本調子ではない、か。ならばさっさと……捕まってくれると、嬉しいのだが、ねっ!」
「生憎、そんな素直な性格してなくてな。訳も分からずヤられるなんざ……御免だねっ!」
 最初の強襲を、ほぼ動物的な勘でもってかわし、ジークはその速さにあっという間に追い
付いてこれと切り結び始めた。雷光と共に霞んで消える彼を、接続(コネクト)と《爆》で
強化した攻守速で追い、繰り返しぶつかり合う。身に纏えるオーラの絶対量が増した分、剣
を覆って破損を防ぐといった芸当も十分に可能だ。
「舐めるなよ……。たかが、現世のいち剣士風情が!」
 加えてそこに侮れない身のこなしでヒバリが、他の死神達が交じる。キリシマ一人だけで
はなく、彼女らの刃もまた四方八方から襲い掛かり、ジークの二刀を防戦へと傾けてゆく。
「させるかあ!」
「させません……!」
 更にハナとヨウも、追いすがるようにこれに追撃を加える。《軽》の限界まで遠心力を増
した鉄棍でジークに群がる死神達を薙ぎ払いつつ、キリシマと連携して彼を狙おうとするヒ
バリへとヨウが突っ込む。黒く大きく、目立つハナの鉄棍に隠れ、ヨウがその死角から彼女
に接近する隙を窺っていたのだ。《凝》の色装(のうりょく)で濃度を薄められてしまった
彼女のオーラが、パァンと彼の掌が振れた箇所を中心に霧散する。
「ぐっ!?」
「っしゃあ、オラァ!!」
「いいぞ。これで先ずは──」
 だがちょうど、その時だったのだ。一旦大きくグラついたヒバリへ、振り向きざまの一閃
を叩き込もうとしたジークは、直後激しい眩暈を感じた。
 にわかに視界が揺らぎ出す。手に足に、全身に力が入らなくなってゆく。
 グラついたのは、こいつじゃない? まさか、俺達の方……??
「……ようやく効いてきたみたいね。私達と、此処でやり合おうとした時点で、貴方達はも
う詰んでたのよ」
 そうこちらを見下ろすように告げたのは、一度つきそうになった膝から持ち直し、再び立
ち上がった隊長格ヒバリ。キリシマや他の残った死神達も、大なり小なり息を切らせながら
周りを囲んでくる。そして何故か、総じて鼻や口に手を当てている。
(まさか……)
 ジークは思わずハッとなり、慌てて見氣で周囲のオーラを確認した。先程までの乱戦で随
分こんがらがってはいるが、よく視てみれば自分達を取り囲むように、淡い橙色のオーラが
広がっている。普段よく視ているそれとは明らかに違う──密度が薄く平たくなっている。
加えてそれらが地面を這うように、まるで滞留するように漂っているのを見て、ジークはよ
うやく彼女が放つこの力の正体に気付いたのだった。
「……ガス、か」
「ええ。変化型《窒》の色装。自身のオーラをガス状に変え、文字通り敵の息の根を止める
技よ。此処は屋外だし、直接的に攻撃できる訳じゃないけれど、貴方達が起こした土埃のお
陰で好いカモフラージュが出来たわ。……任務は、確実に遂行される」
『……』
 付け加えるなら、その得物が短刀であるのも、間合いの近い戦闘に集中させることによっ
てこのガス化させたオーラに注意を向けさせ難くする為。
 しくったな……。只々そう単純にジークは思った。どんどんと全身の感覚が、状況を映す
両の瞼が重くなっていく。ハナとヨウも、同じくガスに中てられてしまったようだ。気付け
ば二人は白目を剥いて仰向けになり、或いはぐったりと地面に突っ伏したまま倒れてしまっ
ている。キリシマやヒバリ達、北棟死神隊の声と足音が、どうにも遠くから聞こえた。
(団長と、似た系統の能力か……。すまねえ、マーロウさん。二人とも……)
 欠けた石畳に、どうっと崩れ落ちた身体。
 やがてジークは起き上がる力を失い、瞼の重さのまま、その意識を手放し──。

 世界の関心がそれだけ移ろい易くとも、今は目の前の情景が全てだ。今日この日、この場
所に集まった自分達にとっては、その祈りが全てだ。
 古界(パンゲア)北方、竜王峰上層。
 この日同山宝物殿前では、ディノグラード家主催によるヨーハンの葬儀がしめやかに行わ
れていた。生前の当人の意向に加え、何よりどうしても目立たざるを得ない彼とその最期に
至る一部始終によって、人々はこの“勇者”の亡骸を巨大な結晶の外から仰ぎ見ることにな
った。冬が始まりつつある雪山はとても冷えたが、皆防寒着をしっかりと着込み、幾つもの
長い列を作っている。
『……』
 彼の無念を思えば、この程度何てことはない。寧ろ逝ってから何日も待たせてしまった。
 これでようやく、貴方を弔う事が出来る。今日というけじめの時に、ようやく漕ぎつける
事が出来た。
「大爺様。いえ、志士十二聖、ディノグラード・ヨーハン。貴方はまさしく“勇者”であり
ました。我々は貴方が後世に託した遺志を継ぎ、再びこのディノグラード家を、世界を復興
させてみせます。ですからどうか、安らかに……」
 一人また一人と献花が進む大結晶の前で、喪服のセイオンがそう同家を代表してメッセー
ジを読み上げていた。当人は勿論、出席した旧知の者達も、密かに込み上げてくる涙を繰り
返し拭っている。
 結局、今日の葬儀までに、ヨーハンが造り出したこの大結晶を移動させることは出来なか
ったようだ。本来ならばもっときちんとした霊前を設け、葬儀の場とすべきだったが、状況
が状況だけにそうもいかない。当人にも、この雪積もる寒気の中参列してくれた人々にも悪
いが、一先ずは形だけでも弔いを済まる必要があった。
「……おい。あれって統務院の議員じゃないか?」
「ん? ああ、本当だ」
「いけしゃあしゃあと……。お前達が争いを持ち込んで来たせいで、大公様はこんな目に遭
ったんだぞ」
 そうした厳粛な雰囲気の中で、されど剣呑な悪意の囁き声が、しばしば会場のそこかしこ
から漏れ聞こえていた。場に居合わせた参列者、多くは古界(パンゲア)を中心とした天上
層の住人達が睨んでいたのは、統務院の名代として派遣されていた幾人かの地上の者達だ。
同じく喪服に身を包み、あくまで礼節を以って臨んでいた彼らだったが、やはりこうして現
地の民から敵愾心を向けられるのは想定の範囲内だったらしい。
『……』
 ちらりと、陰口を叩いていた彼らの方を極力目立たぬように見る。いや、最早隠れてこそ
こそといったレベルの声色ではない。
 おそらくは、こちらに聞こえるように、わざと視界に入るのを解っていながら囁き合って
いたのだ。外交的に顔を見せねばならないとはいえ、やはり面白くないと内心議員達は思っ
た。中には音もなく唇を結び、これだから時代遅れは……と、改めて差別感情を強める者さ
え在る。
「では続きまして、生前大爺様とご親交のあられた、ラグン公よりお言葉を──」
 会場を埋め、次第に山のように積み重なってゆく人々の献花。
 暖を取る為に点々と配置された、赤く熱を発して浮かぶ魔導球。
 予定通りに演出は進み、セイオンが次なる弔辞を読み上げて貰おうと来賓の一人に呼び掛
けようとした──次の瞬間だった。
『クク、クククク……』
 突如として、皆の足元から不気味に笑う声が響いたのだ。面々が慌てて辺りを見渡し、そ
して足元を見下ろすと、いつの間にか雪で真っ白だった筈の地面が泥のような黒茶色でジュ
クジュクに汚れているではないか。加えてそれらは単に見た目だけではなく、彼らの足元を
捉えるかのように実体として蠢きつつ、次第に大きく大きく広がってゆく。
「やれやれ。随分と大層な儀式(セレモニー)なことだ。尤もだからこそ、こちらとしても
やり易くはあったのですがねえ」
 奇妙な泥濘(ぬかるみ)。その中心には、一人の紳士風の人族(ヒューネス)がいた。
 いや……中心というよりも、彼自身がそのオーラからこの泥を吐き出しているようにさえ
見える。変化型《沼》の色装。足元に捉えたありとあらゆるものを呑み込んでしまうことが
できる能力。更に。
「抜かるなよ? 任務はこれからじゃ」
「ふふふ。久しぶりの大仕事だわ~。興奮するわ~」
 この《沼》の中から、彼の仲間と思しき者達がずぼりと姿を現したのだ。
 ボロ布の衣で身体と口元、頭を隠した気味の悪い小太り男。その隣で高笑いしつつ金色の
鞭を握っている、ドレッドヘアーな褐色肌の女。
 加えて背後には、黒衣のオートマタ兵達と──数体の狂化霊装(ヴェルセーク)。
 ざわっ……!? 故に会場に居合わせた人々は理解した。“結社”が、一度はヨーハン様
を殺してなりを潜めていた奴らが、再び現れたのだと。
『ひっ──』
「に、逃げろォォォ!!」
 途端に我先にと、散り散りに逃げ惑う参列者達。
 しかし既に、この紳士風の男が展開する《沼》のオーラに捉われていた大半の者達は、ろ
くに走り出すことさえ出来なかった。どうっと、一人また一人転んで《沼》の中へ引き摺り
込まれ、或いは警備に当たっていた兵士達も当然の事態に統率を乱す。
「クロード、ベルナ。手筈通りにな。なるべく早く済ませる。時間を稼げ」
 了解。口元を隠したボロ布男・信徒ジャギルはそう連れの仲間、クロードとベルナに指示
を飛ばすと、自身は真っ直ぐにヨーハンの眠る大結晶へと向かった。勿論兵士達がさせじと
剣を銃口を向けるが、それを黒衣のオートマタ兵や狂化霊装(ヴェルセーク)らが、次から
次に纏わりつくようにして襲撃。ないしは薙ぎ払う。
「くそっ! よりにもよって、大爺様の亡骸にも……!」
「やらせるなあ! 捕まえろお! 大結晶には絶対に近付けさせるなーッ!!」
 但し兵士達、ディノグラード家に縁のある者達の執念もまた凄まじいものだ。報せを受け
て会場の周囲にいた兵力も、ジャギル達の動きに合わせて次々と加勢に駆けつけた。《沼》
に捕らえた出席者を盾にしながらも、クロードとベルナは若干うんざりとした表情をみせて
いる。
「織り込み済みの反応ではあるが……厄介ですねえ」
「でもやるしかないじゃない。その為の人選、あたし達なんだからさ」
 いくよッ! すると次の瞬間、ベルナはそのドレッドヘアーを揺らしながら、手にした金
色の鞭を振るった。中には咄嗟にかわせた者もいたが、足元が《沼》で取られて機動力が落
ちている分、直撃や掠めるといった仲間も少なくない。
「っ……。おい、大丈夫か!?」
「怯むな! こんな時の為に、こっちの兵力だけは十二分に──」
 だがその時である。臆せず進もうとしたこの同僚達を、彼女の鞭を受けた仲間らが突如と
して襲ったのだ。「な、何を……?!」突然の事で混乱する面々を、彼らは《沼》の中へ押
し倒しながら攻撃する。周りの者達も、流石に友軍を撃つには躊躇いがあった。
「ふへへ……!」
「ベルナ様、ベルナ様、万歳ーっ!!」
 がばっと顔を上げる裏切り者達。
 その瞳には文字通りの“ハート”が浮かんでいた。呆けた表情で、まるで最初からそうで
あったかのように、この鞭を振るうベルナの指揮の下に逆走を始める。
「ふふふ。これがあたしの力、現出型《虜》の色装。この鞭に打たれた者は、誰であろうと
あたしの下僕となる! 数なんて、あたしにとっては奴隷が増えるだけよー?」
 進みなさい! バシン、と再び彼女のオーラが生み出した鞭で叩かれて、この能力の餌食
となった者達は「は、はひぃ!」と両目をハートにしたまま、次々と同僚達を襲っては押し
倒していった。そうして無力化されてゆく兵力と合わせて、クロードやオートマタ兵達が会
場の参列者らを確保。人質としての頭数をどんどん増やしてゆく。
「ま、拙いぞ……」
「待て待て! 撃ち方止めー! 参列者達に当たる!」
 故に兵士達は徐々に、その攻勢を弱める──防戦一方にならざるを得なかった。クロード
が悠然と、オートマタ兵らと共に人質の盾を見せつける中、兵達は一人また一人《沼》から
伸びる泥の触手に絡め捕られ、引き摺り込まれてゆく。
「そうそう。その調子じゃ。後は儂の……《解》の力で……」
 一方でジャギルはそんな場の隙、混乱に乗じて、一人大結晶の前に辿り着いていた。周り
をオートマタ兵や狂化霊装(ヴェルセーク)が見張る中、掌に集中させたオーラを、この強
固な大結晶の表面へと押し付ける。
 ……するとどうだろう。ジュウジュウと、この表面が少しずつ剥がれ始めたではないか。
 これこそが彼の色装、触れた物質を分解する能力だ。クロードとベルナと共に、今回彼は
この能力を見込まれて“結社(そしき)”から特命を受けた。目的はただ一つ。ヨーハンが
結晶の中に死守した、聖浄器・絶晶剣(カレドボルフ)と絶晶楯(カレドマルフ)を奪還す
ること……。
「やはり来ると思っていた。お前達が、あのまま諦めてしまう訳がないからな」
『──!?』
 しかしである。そう大結晶の破壊を目論み《解》の掌をかざし始めた直後、近付いてきた
者がいたのだ。“勇者”ヨーハン直系の子孫、ディノグラード家の次期有力当主候補にして
“七星”が一人、ディノグラード・F(フランシェス)・セイオン。
「き、貴様! 一体どうやって!? クロードの《沼》に呑まれた筈では……!?」
「……私達が何の用意もなしに、大爺様の葬儀を行ったと思うか?」
 見ればその背中、礼装用マントの下からは、スッとしまわれ始める竜の翼が見える。
 どうやら《沼》が広がって来る寸前、半竜化して空に逃げたらしい。この場所は雪に閉ざ
された限定空間だが、制空権さえ取ってしまえばその限りではない。状況も──相手の目論
見も、すぐに見通せる。
 ジャギルの問いに、セイオンはあまり言葉を多くは割かなかった。文字通りそうしている
暇さえ惜しいと思っていたのだろう。ある程度被害が出るのは織り込み済みとはいえ、これ
ほどに敵の攻勢が激しく且つド派手なものならば。
「──消えろ。そして二度と、大爺様の安息を乱すな!」
 ジャギル! 逃げろ! こちらの様子に気付いた、ベルナとクロードの叫びが聞こえた。
 だがそうしようにも時既に遅し。次の瞬間彼ら三人の刺客と雑兵達は、セイオンの合図に
応じるように現れた、とある人物の“一閃”の下に沈むことになる。

『ゴバァッ!?』

 空間を丸ごと、吹き飛ばすかのように。
 刹那放たれた巨大な斬撃は、場の人々を捉え呑み込もうとしていた《沼》のオーラを、た
った一撃でもって引き剥がした。自らの身体が、空間ごと真っ二つになってスライドしたか
のような。そんな一瞬の錯覚の後、ジャギル達は白目を剥きながら、スタボロの雑巾のよう
になって激しく空中を舞う。
「ま、まさか……」
「嗚呼、来てくださったんだわ! あの方が、あの方が私達の為に……!」
 クロードの《沼》やベルナの《虜》の支配から解法された人々は、はたしてその姿を認め
ると、ぱぁっとにわかに表情を明らめた。
 絶望から希望へ。こと古界(パンゲア)に暮らす彼らは知っている。その者が現れた時、
如何なる悪もそこに立ち続ける事は出来ないと。
「──さて、と。怪我は無いかな、参列者の諸君?」
 身の丈ほどある矛を武器に、堅固な城塞すら両断する、巨人族(トロル)屈指の戦士。
 “七星”の一人であり、古界(パンゲア)を拠点とする冒険者クラン『天網会』の長。
「もう大丈夫だ。我々が……いる!」
 その背中に尊敬の眼差しを向けてくる、彼らの只中を通り過ぎ、彼と彼に率いられた戦士
達は、大結晶の前に佇むセイオンの隣へと並び立つ。
 エドモンド・バークス。通称“仏”のバークス。
 “七星”筆頭にして、世界最強の傭兵団を率いる、文字通り最強の助っ人である。


 所は戻り、冥界(アビス)北東。石樹の森周辺。
 イセルナやハロルドら救出班の面々を送り出した後、その留守を預かっていたレジーナ以
下ルフグラン号内の団員達は、突如として黒装束の軍勢の襲撃に遭っていた。
「手を止めるな! 奴らの船を乗っ取れ!」
「防御を破れ! 例のモノは、船内の何処かにある筈だ!」
 そのリーダー格は、隊長格の羽織を翻す三人の死神達。
 一人は生真面目そうな、小柄だが必死の気迫だけは抜きん出ている女性死神・ヒサメ。
 一人は撫で付けた紺のオールバックと嗜虐的な哂いが鼻につく、青年死神のニシオ。
 もう一人は彼より少し年上の、ヘラヘラとした訛り口調のあるサヘイだ。
「まま、拙いィィ!」
「こ、こんなに早く見つかるなんて……!」
 特に技師組の面々やイヨ達は、突然の事態に慌てふためいていた。
 つい先刻まで新たにしていた意気込みは何処へやら。基本は非戦闘員という点も手伝い、
いざ起きたイセルナ達不在の状況下に頭を悩ませる。
「落ち着くんだ。まだ障壁装置(シールド)は生きてる。今の内に、奴らを追い払う!」
「イセルナさん達に連絡を! 携行端末を持ってる筈だ!」
「レジーナ殿、エリウッド殿。少しで構いません、一旦機体を浮かせてください」
「儂らが出よう。援護を頼むぞい」
「ん。オッケー!」
「よーし、お前ら、出番だぜ! 外の連中に俺達の力を見せてやれ!」
『応ッ!!』
 だがその間にも、守備を任されていたアスレイ・テンシン・ガラドルフの団員達三隊は動
き始めていた。それぞれに得物を手に、慌ただしくタラップの方へと駆けてゆく。レジーナ
やエリウッド、技師組の者達も、一方で船の操舵に当たりながら一方で銃器を取り出し、万
が一の事態に備えて配置についてゆく。
「む……? 船が動いた」
「何かしてくるぞ、気を付けろ!」
 故に外の死神達も、この動きに対してすぐに警戒の向きを強くした。流石に全く気付かれ
ないまま終わるとは思っていなかったが、次の瞬間駆動音を鳴らして地面から浮いてゆく機
体を見上げ、半ば反射的に距離を取り直す。
「!? 底に機銃……!」
「避けろォォ!!」
 同時、ブリッジで操縦桿を握るエリウッド達が、反撃と言わんばかりに備え付けの武装で
彼らを攻撃し始めた。高速で放たれる弾丸の雨霰が死神達を襲う。すんでの所で回避行動を
取ろうとしたものの、そのまま撃ち抜かれてしまう者達も少なくなかった。
『──』
 加えてそれ以上に、立ち上ったのは土煙である。
 事実ルフグラン号からの機銃は、攻撃というよりも、こうして煙幕を作る為であった。死
神達が一旦退き、攻撃の手を緩めざるを得なくなった隙を突いて、アスレイ達三隊が出撃し
易くする為に。
「……なるほど。貴方達がそちらのリーダー格ですか」
「でもまぁ、やっぱ“主力”はもぬけの殻みたいやねえ」
 そうして対峙する両者。だが開口一番、こちらを見て呟いた彼女らの言葉に、アスレイは
内心怪訝に眉根を顰めていた。
 やはり? 何故僕達の状況を知っている?
 独特な黒装束の一団。どうやら“結社”の手の者、という訳ではなさそうだが……。
「ふん……。舐められたものじゃの」
 しかし少なくとも相手は、この船を乗っ取りに来ている。戦うしかない。そもそも彼らが
どうやって、こちらの素性や戦力を知ったのか?
 訛り口調の隊長格、サヘイの言葉に眉根を寄せて、ガラドルフが皆の中から一歩踏み出し
た。ひゅんと手の中で自身の杖を握り直して、すぐにでも最初の一発を撃ち込もうとする。
「ガラドルフ隊長!」
「──」
 だがちょうど、その時だったのだ。
 思わず隊の部下達が、一人前に出てしまおうとする彼を呼び止めようとした次の瞬間、こ
れを聞いたオールバックの死神、ニシオが口元にニッと小さな哂いを浮かべたのだ。ガラド
ルフがその反応に目を細めたものの時既に遅く、突如彼が掌に溜め、足元に叩き付けた闇色
のオーラ球は、瞬く間に彼とガラドルフをドーム状に包み込んで消えてしまったのである。
「……っ!? 隊長!」
「しまった、空間結界か!」
「ニシオさん……。また勝手なことを」
「はは。まぁいいやないか。戦力を分断できるに越した事はないでっしゃろ?」

「? これは──」
 直後視界全体に広がったのは、一面の闇。
 静かに眉根を寄せたまま、何となくこの空を見上げたガラドルフだったが、それも次の瞬
間背後から迫ってくる気配に障壁を展開し、激しい火花を散らしながら防御する。
「っと……。案外機敏な爺さんだな。だがそう余裕をぶっこいてられるのも今の内だ」
 ニシオだった。既に腰の刀を抜き放ち、こちらと若干の距離を置いたこの紺のオールバッ
クの死神は、妙に勝ち誇った様子で笑みを浮かべている。
 ちらりと、ガラドルフは自身の足元に視線を落としていた。自分もそうだが、彼の足元も
この妙な空間一帯も、じわりじわりと闇色の靄で見えなくなっているような……。
「操作型《盲》の色装──俺の作ったこの空間に囚われたが最後、お前は視覚から聴覚、そ
してオーラを感じ取る力までも奪われてゆき、やがて何も分からなくなる! お前が刺し殺
される、その瞬間の感覚さえもな。己の何もかも奪われてゆく恐怖を……味わうがいい!」
 それは自身の色装(のうりょく)に、絶対の自信を持つが故の宣言。一度こちらの領域に
引き摺り込んでしまえば、最早逃れる術はないのだという自負。
 叫びながら、再びニシオは広がってゆく闇の中に消えた。確かに目を凝らしても、その姿
を追うことは難しい。何より自分自身の身体が、既に胸元近くまでこの闇とやらに呑まれつ
つあったからだ。
「……ほう。ではつまり、此処におるのは儂とお主のみ、という訳か」
 うん? だからこそ、次の瞬間ポツリと確認するように呟いたガラドルフに、ニシオは若
干の違和感を覚えた。
 訊くも何も、直前にお前を空間結界に呑み込んだろうが。分断目的で他のリーダー格を連
れて来る訳ないだろうがよ……。取っ掛かりの違和感は、すぐに余裕綽々とみえる彼への苛
立ちへと変わっていった。
(調子に乗るなよ……。これで、終わりだぁぁぁ!!)
 ぐぐっと闇に紛れて地面を蹴り、ニシオは何度か迂回しながら、再びガラドルフに刃を突
き立てようと迫る。
「──好都合だ。ならば儂も、全力で戦える」
 しかしである。次の瞬間ガラドルフは、寧ろ自身のオーラを強く強く練り上げた。それも
文字通り、赤く発光するほどに熱く。自らや周囲を包む闇さえ、剥がそうとする勢いで。
 何っ!? そのオーラ量、威圧感なるものに、ニシオは思わず寸前で立ち止まってしまっ
ていた。自身を隠していた《盲》の闇達が、赤いオーラの風圧に煽られて、一欠片また一欠
片と千切れては後方に吹き飛んでいく。
「……」
 はたして、ガラドルフの掌に浮かんでいたのは、一個の火球だった。
 いや、単純な火と呼ぶにはあまりも眩しくて赤い。まるで強く強く圧縮されたマグマ──
太陽のような。
「そ、それは……。一体いつの間に……?」
 ガラドルフは答えない。ただ掌のそれを、ぺいっとこちらに向けて投げ寄越すのみだ。
 直観として拙いとは解っていた。だがニシオはその場から逃げることも、空間結界の中だ
からこそ逃げ切ることも出来ず、只々こちらにゆっくりと近付き、刹那巨大に膨れ上がるそ
の熱波をもろに受ける羽目になる。
「ガッ──アァァァァァァーッ!!」
 辺りの闇が、一瞬にして蒸発するほどの破壊力だった。それまで何も見えず、何も感じ取
れなくなりつつあった《盲》の世界を、ガラドルフが放った熱球は猛烈な勢いで吹き飛ばし
ていった。
 暴力的なまでの膨大な熱、光。
 それを当の本人は、これと同じく赤いオーラで全身を覆いながら、やれやれといった様子
で見上げている。
「現出型《陽》の色装──儂の能力じゃ。見ての通り敵味方の区別なく、辺り一帯を焼いて
しまうものでな、どうにも使い勝手が悪かったんじゃが……お主からわざわざ条件を整えて
くれるとはのう……。感謝するぞい、若いの」
 激しく燃え続け、辺りの闇を粗方吹き飛ばしてしまった“太陽”は、やがて朽ちた。場に
は黒焦げになって白目を剥き、倒れたニシオだけが残っている。
 やれやれ……。軽く杖で地面を叩きながら、ガラドルフはそのまま一人踵を返して歩き出
した。辺りを包んでいた《盲》の結界が、同じく裂けるようにして破れてゆく。

 一方その頃、ガラドルフを空間結界の中に連れて行かれたアスレイ達は、持てる兵力でも
って残る二人の隊長格率いる死神達と戦っていた。撃ち落されぬよう、ルフグラン号は低空
飛行しながらも、障壁装置(シールド)と機銃による援護は維持している。
「おおおおおっ!!」
 生真面目な女性隊長、ヒサメはアスレイ隊を攻撃していた。強化型《弾》の能力により、
弾丸状にした無数のオーラを、斬撃に乗せて雨霰と放つ。それをアスレイはじっと自身の盾
で防御し続けていた。敵味方両弾が飛び交う中で、部下達も必死になって彼女配下の死神達
と激しい鍔迫り合いを繰り広げている。
(くっ……。見た目とは裏腹に、随分と滅茶苦茶だな……)
 一見すれば、ガードの固いアスレイとその隊士達に分があるようにも見えた。少なくとも
ヒサメ達は彼らから後ろ、肝心のルフグラン号へと迫るラインを突破出来ていない。
「くそっ! 退け! お前達に時間を取られることは、私の任務じゃない!」
「そうは……いかないよ……」
 内心、アスレイは防戦一方になっている自分達に焦りを覚えていた。確かに今果たすべき
役目はルフグラン号の防衛、彼女らを破ることでは必ずしもないのだが、先刻からの彼女の
猛攻と必死さを観ている限り、根負けして退散してくれるという希望的観測は持たない方が
良いと結論付けていた。
 大体彼女は、何故こうにも“必死”なのだろう?
 オーラの弾丸も、個々の威力というよりは量。数打ちゃ当たる。まるで船を奪うという目
的よりも、そこに付随する何かに執着しているかのような……。
「っ……! にゃろう!」
「ほっ。ふっ。ほいっと……」
 そしてもう一人、ヘラヘラとした表情(かお)の隊長、サヘイはテンシン隊と交戦状態に
入っていた。アスレイ隊とは違い、部下達の多くは防衛線からの援護攻撃に徹している。或
いはそのラインに盾や障壁を並べ、まるで予め何かに備えているかのようだ。
 理由は簡単──他ならぬ、テンシンの持つ能力が故である。
 操作型《滑》の色装。自身にオーラに触れたものを、全て受け流す。但しその方向は完全
にランダムという“博打要素”が入っているため、仲間同士でも迂闊に近付けないのだ。
「どわっ!? あ、危ねえ……!」
「隊長、もう少し調整できませんかー!? これじゃあ数がいても加勢できませんよー!」
「ははは。一応やってるんだけどねえ。結構奴(やっこ)さんも容赦ないから……」
 サヘイの能力は、強化型《蛇》──オーラを注いだ武器などを自在に“しならせる”。
 しかしそんな不規則に伸びてくる彼の攻撃も、同じくトリッキーさが持ち味のテンシンの
能力は、これを巧みにいなし続けている。何度も何度も、長刀の刃に纏わせた《滑》のオー
ラが、ルフグラン号をこの中長距離からの速射攻撃から守り続けている。
「舐め腐りようて……。わいの剣を、ここまで捌ける腕持っときながら……!」
 鞭のように、或いは誘導弾頭のようにしなる刀身。
 事実サヘイの恨み節のように、テンシンはただ、自身の色装(のうりょく)のみに頼って
いるばかりではない。受け流される方向がアトランダムに変わる特性を踏まえた上で、相手
からの攻撃がヒットする瞬間、毎回微妙に長刀の向きを、なるべく船や背後の仲間達に飛ば
ないよう変えているのだ。
「……そんなら、他の奴らを殺るまでや!」
 すると痺れを切らしたサヘイは、次の瞬間その刃を一旦ぐいんと戻した。次いで《蛇》の
能力で大きくしなる刃を、今度はテンシンを大きく通り越して背後の団員達に向かって撃ち
込もうとする。
『!?』
「ちっ──!」
 だがちょうどその時、アスレイもまた防戦一方の展開を打開すべく“本気”を出したのだ
った。ヒサメからのオーラ弾を掻い潜り、上がる土煙で目を眩ませつつ、腕に嵌めるその盾
をより大きく新しいものへと取り換える。
「……別の盾? でも多少、大きくした所で……」
 部下達が左右から攻め上がり続けている。次弾達を刃に込めながら、ヒサメは遠巻きに見
える彼の新しい武装に怪訝の眼差しを送っていた。
 先程よりも、より強力になっているような気がする。何かを企んでいる?
 しかし攻撃の手を緩める理由はない。あくまで防ごうというのなら、今度は射出と同時に
間合いを詰め、直接刺し貫いてやる……。
「喰ら、えーッ!!」
『なっ……?!』
 特大のオーラ弾だった。先ほどまでの雨霰、数を打つのではなく、今度はオーラを一個に
凝縮させた特大の一撃を掲げて狙いを定めたのだ。
 船を守ろうと団員達が、不慣れながらも銃器で武装した技師組の面々が驚いている。
 あの女……全部まとめて吹き飛ばす気だ! させじと駆ける、或いは撃ち返さんとそれぞ
れの大技を構え始める部下達の中心にあって、アスレイはその新しい大型盾をかざしたまま
じっとこれを見つめている。
「急いたな。上手く、嵌ってくれた」
「え──」
 次の瞬間である。ヒサメの放った特大弾が、アスレイの大盾に吸い込まれるようにぶつか
っていった。
 いや、吸い込まれるように、ではない。実際に“吸収”されたようにヒサメ達には見えた
のだった。更にそこから間髪いれず、この大盾から同じように《弾》の能力として込められ
た大量のオーラが一気に放出された。
『──!?』
 現出型《耐》の色装。相手の攻撃を蓄積し、撃ち返すことの出来る長盾を作り出す。この
二年の修行の中でアスレイが獲得した、自身の“守り”の集大成とも言える能力だ。
 意匠としては民族風の、縦横線のみで描かれた顔のような絵面。その前面がヒサメの放っ
た渾身の一撃を丸々極太のオーラ光線として射出し、ぐるっと百八十度、ルフグラン号を襲
ってきた彼女らを一掃するのに利用したのである。
 へっ──? そこには当然、テンシンらを切り崩そうとしたサヘイ隊も含まれていて。
 すんでの所でこの《耐》の発動に気付き、テンシン達は光線から大きく飛び退いて回避し
ていた。一方サヘイらはそんな“奥の手”などつゆ知らず、まともにこれを浴びてヒサメ隊
もろとも吹き飛ばされる。
「あ……。がっ……!」
「そ、んな。攻撃を撃ち返す、色装(のうりょく)……だなんて……」
 辺りにはサヘイとヒサメ、半ば自滅のような体で転がる死神達の伸びた姿があった。ボロ
ボロに焦げて汚れ、地面に突っ伏すように倒れている彼女らの下に、更にニシオの空間結界
から生還したガラドルフが現れる。「ふむ? そっちも無事じゃったか」《盲》の能力が破
れられたという点も勿論だが、そのやや足元で白目を剥いて気絶している、黒焦げになった
ニシオの姿に、彼女らは言葉を失っていた。
「……何とか片付いたようですね」
「ああ。つーかよう、アスレイ。能力使うんなら使うって言えよー。こっちも巻き込まれる
とこだったじゃんかー」
「事前に言ったら気付かれちゃうでしょう? というか、巻き込む云々というのならそちら
の方がよっぽどじゃないですか」
 ぬう……。むう……。二人の隊長がそう、合流しながら睨み合いを始めた。そこをちょう
ど中間に立ったガラドルフや他の団員達がまぁまぁと宥め、取り急ぎ目の前の懸案について
話し合うことにする。
「ともあれ、こやつらは捕らえておく必要があるじゃろうな。取れる情報だけは取り、団長
殿の判断を仰ごう」
「……まだよ。まだ終わっちゃいない」
 しかしである。最早完全に敗北、包囲されていた状況にも拘らず、隊長格の一人・ヒサメ
は諦めていなかった。執念──実際に攻防を交えてアスレイが内心感じていたのと同じく、
地べたを這いずりながらも尚、再び怒号のような叫びを上げたのである。
「私は成果を……成果を出さなきゃいけないんだ!!」
 するとどうだろう。バンッと彼女が地面を叩いた次の瞬間、それまで姿の無かった巨大キ
ンシーが一体、地中からさも生えてくるように現れた。何っ──!? アスレイ以下防衛に
出ていた団員達は戦慄した。何故ならこの巨大兵は、ルフグラン号を挟んで自分達とは“反
対側”から出て来たのだから。
「拙い! 挟み撃ちにされた!」
「それだけじゃねえ! こっちに構ってた分、あっち側は手薄に……!」
 慌てて駆けだそうとするアスレイ達。
 そんな虚を嘲笑うかのように、巨大キンシーの拳がルフグラン号に迫って──。
『カルヴィン!』
 だがその時だったのだ。あわや自分達の母船が潰される。そう思った刹那、他ならぬ船内
から、何者からが猛スピードで飛び出してゆくのが見えたのだった。
 赤と銀、炎と鋼の特大弾。迸る金色、雷光を纏う強烈な拳。
 すんでの所で彼らは、この巨大キンシーのど真ん中に、渾身の攻撃を叩き込んで大きく仰
け反らせる。
「今ですわ! 今度は脚を!」
「盟約の下、我に示せ──重の風砲(エアブラスト)!」
「ど……せいッ!」
「落ちろォ!」
 更に今度は、体勢を崩したその巨体に駄目押しを加えるように、渦巻く気流の天魔導が撃
ち込まれた。同時に足元では全力を込めた震撃の鎚(グライドハンマー)が振り抜かれ、そ
の衝撃は《鎖》で繋がれた両脚の各所、すれ違いざまに斬り付けられた腱へと延びる。
「ゴォ……ガァァァァ!!」
 はたしてアスレイ達の背後から現れた巨体は、そのまま本来の奇襲もままならずに後ろへ
倒れ込んでしまった。面々も、ヒサメら仕掛けた側も唖然としている。故に一同の視線は、
これを叩き伏せた空中・地上の助っ人達へと向けられたのだった。
「──ふう。よかった。何とか間に合ったようですわね」
「にしてもでっかいなあ……。これ、何なんだ?」
「再躯種(キンシー)だろうね。継ぎ接ぎだらけのこの身体、ここが冥界(アビス)で皆さ
んが襲われているという状況からして、先方からの刺客って所か」
 持ち霊・カルヴィンと融合した“戦姫態(ヴァルキリーモード)”の姿で空中に浮かんで
いるシンシアと、両手甲型の魔導具・迅雷手甲(ヴォティックス)を装備した、雷のエネル
ギーを纏うフィデロ。倒れた巨大キンシーの足元でこちらに手を振っているのは、彼女の従
者であるゲド・キースのお付きコンビ及び、駄目押しの魔導を撃ち終えたルイス。
 彼女達もまた、この二年でそれぞれの成長を見せていた。
 シンシアは付与型《砲》の色装──射突力の増した特性で、自身の最強形態に磨きが掛か
っている。フィデロも同じく加速を付与する《迅》の能力により、従来の高速機動・空中戦
すら可能とするそのスタイルは更に進化している。
「早速見つかってるし……。大丈夫なのか? 本当?」
『問題ない。だからこそ我らが来たのではないか。のう、ホーキンス?』
「うむ。おーい、皆の者ー、加勢に来たぞー!」
 アスレイ達が気持ち唖然と立ち尽くしたまま見上げ、彼女らを送り出した、船内操舵室の
レジーナがホッと胸を撫で下ろしている。
 ルイスとフィデロ、エイルフィード伯令嬢・シンシアを始めとするアルスの学友達。
 期せずして合流してくれた、心強い新たな味方である。

(ちっ、増援か……。いや、編成から見てこっちが本隊か)
 突然の襲撃者達を倒し切って安堵したのも束の間、イセルナ以下ジーク救出班の面々は、
続けて現れた死神達の新手を前に渋面を浮かべていた。ダンやグノーシュ、シフォンにサフ
レ、前衛中心のメンバーが少女らを庇うように立っている。
(……拙いわね。おそらく彼らは、メモにあった所の“死神”達。その中でも隊長クラス。
こちらの消耗を待っていたということかしら)
 そんなダン達と共に、イセルナは内心静かな焦りを感じていた。先ほどの交戦で全てを使
い果たした訳ではないにせよ、万全の状態とは言い難い。何より数の利で再び押し潰されれ
ば、今度こそ皆を守り切れない可能性が高い。
「随分と暴れてくれたな、侵入者ども。だがそれもここまでだ」
「大人しく投降して貰おう。そうすれば、これ以上互いに消耗することもない」
 相手側のリーダー格は三人。共に隊番を背に乗せた、専用の羽織を引っ掛けた者達だ。
 神経質そうな青紺髪の青年の名は、ヒムロ。東棟十番隊隊長を務める。先遣の部下達が全
滅したのが気に食わないのか、眉間に深い皺を寄せたまま、既に腰の刀をぎゅっと握り締め
ていた。柄からは長めの鎖が繋がっており、ジャラジャラと時折金属質な小音がする。
 一見クールで凛とした女性の名は、シズル。同七番隊隊長を務める。得物は彼と同じく刀
のようで、やや背中に回したままふらふらと揺れている。何となく舌っ足らずな声に聞こえ
たのをみるに、存外ぼーっとしているのかもしれない。
 最後は撫で付けた淡金髪の中年死神、アマギ。同三番隊隊長を務める。先の二人とは違っ
て肉体派らしく、両腕に頑丈な拳顎(ナックル)を装備している。口数は少ないが、三人の
中では一番の年長のように見えた。
「ふんだ。悪いけど、あんたらに捕まってるほど暇じゃあないのよ」
「す、ステラちゃん……! で、でももっと早く、魂魄楼に着けるかもしれないし……」
 彼らの発言が、あくまで優勢に立った側の警告であることは解っている。
 それでも後衛で構えていた少女達は、尚も抵抗の意思を崩さない。レナが慌ててこの親友
を宥め、何とか穏便に片付かないかと考えるが、そもそも相手の先遣隊と交戦・全滅させて
しまった時点で友好も何も無い。
「っ! やはり楼内への侵入を……!」
「……仕方ないな。ヒムロ、シズル、戦う(やる)ぞ」
 故に死神達は、一斉に戦闘態勢に入った。刀や槍、鈍器などを抜き放ち、アマギ以下三隊
長の指示の下、イセルナ達に迫って来る。
「わわっ! 駄目だよ、レナ。こっちの目的言っちゃあ~!」
「あ。ご、ごめんなさい!」
「どのみち手を出してきたのは向こうだし……。戦うしか、ないみたいね」
「相手は主力部隊よ。出し惜しまずに、援護をお願い!」
 押し通る! 数からしても、連戦というハンディを踏まえても、こちらが圧倒的に不利。
 それでもジークを助ける為に避けては通れぬと悟った一向は、再び彼らとの戦いに突入せ
ざるを得なかった。ダンやグノーシュ、サフレといった前衛メンバーが、舌打ちやオーラを
増大させながら駆け出す。
「どぉ、らぁぁぁぁぁーッ!!」
「どっ……せいッ!!」
 先陣を切ったのはダンの《炎》及び、グノーシュの《雷》だ。横薙ぎの戦斧と共に吹き荒
ぶ炎が死神達を呑み込み、この突き崩しに乗じて、生体電流で加速したグノーシュが更に剣
撃を叩き込む。その間に、イセルナは自身のオーラから《冬》の能力をばら撒いた。同時に
ブルートと再び精霊融合し、凍て付く力場と共に飛翔する。
「なるべく散開を! 一まとめになっていたら、あっという間に呑み込まれるよ!」
 シフォンも《虹》の靄を押し広げて幻影──ともかく頭数を。
 次々に突っ込んでくる死神達から、身を守るように駆け出してゆくクレアらを横目に映し
ながら、彼はサフレの《矛》の刺突を溜めた一繋ぎの槍(パイルドランス)やリュカの使い
魔・騎士団(シュヴァリエル)、ステラが唱える陰影の眷属(シャドウサヴァント)達がこ
れを守ってくれていることを確認する。
「盟約の下、我に示せ──聖櫃の護(バリアー)!」
「皆、負けないで!」
 更にレナは防御系の聖魔導を、マルタは戦歌(マーチ)を。
 本隊が現れ、再び数の不利に苦しむ仲間達を、彼女らは懸命にサポートする。
「っ! くっ……!」
「逃げんなよ! どれだけ大群でも、頭さえ潰せば俺達の勝ちだ!」
 一方でダンやグノーシュ、イセルナと入れ替わり立ち代わりしながらのサフレは、死神達
を率いるこの三隊長を早々に打ち破るべく攻勢を強めていた。決死、蛮勇である節は否めな
かったが、長引けば長引くほどこちらは間違いなく不利になる。
「逃がすかよ! サフレ、引き離せ!」
「了解! 這寄の岩槍(アースグレイブ)ッ!」
 ヒムロにはダンが、シズルにはグノーシュとサフレが。それぞれ他の死神達から孤立させ
るべく押しているように見えた。シズルの着地点を先読みし、サフレの魔導具が彼女とその
部下達を分断する。
「おらおら、どうした? 随分とジャラジャラした得物を持ってるが、そんなんじゃあ間合
いを知らせてるようなモンだぜ!」
 攻撃を回避し、反撃を加えようと身体中のバネを駆使するヒムロ。
 だが他でもない彼の刀の柄に繋がった鎖は、ぐるりと孤を描くようにこちらへ、その剣閃
を予測させてしまうものだった。
 火炎と化すオーラと共に、攻略の糸筋が見えてきたダン。
 しかし当のヒムロは──寧ろ哂っていたのである。
「本当にそう思うか? ならお前は、馬鹿正直だ」
 何? ダンが眉間に皺を寄せた次の瞬間、違和感を覚えて退くにはもう遅かった。
 鎖が再三、ぐるりと二人の間を流れていくその最中、ヒムロはカッとその瞳を見開いたの
である。瞬間的に込められ、放たれたオーラ。ダンや他の面々もそれに気が付いたものの、
混戦模様と化した場でかわせる者は最早いない。
「──!? か、身体が、動かな……」
「ど、どうなってやがる!? 急に、何かにくっ付けられたみたいに……!」
「掛かったな。これが俺の《凍》の色装だ。範囲は限られるが、目に映した者の動きを封じ
ることが出来る」
 何だって──。文字通り、フリーズさせられたまま、ダン達はその場から一歩たりとも動
けなくなった。柄から伸びる鎖を手繰るように引き寄せると、ヒムロは改めて“敵”を見据
える鋭い表情をみせる。
「確かにこの鎖は“目安”さ。同時に、相手の注意を俺の能力から逸らす為の、な」
『……』
 嵌められた。ダンやグノーシュ、そしてサフレは表情を歪めた。
 非常に拙い。このまま攻撃されたら、まともに喰らっちまう……。
「ふっ──」
 しかしである。実際に次いで襲って来たのは、シズルの駆け抜けざまの居合だった。確か
にまともに一閃を受けてしまったが、思いの外ダメージ自体はそれほどでも──。
「いいえ。これで“詰み”です」
 チン……と刃を収めつつ、ダンが口走ろうとした言葉を予測するかのように呟くシズル。
 するとどうだろう。彼女が納刀した直後、三人の肩にポンッと、小さな気味悪いピエロの
ような人形が現れたではないか。ダン達は思わず肩越しに眼を遣り、ケタケタと笑うこれに
怪訝な眼差しを寄せる。
「何だこりゃあ?」
「現出型か。一体、僕達に何を……?」
「……そうです。これが私の、《災》の色装、です。この子に憑かれている間は、何者であ
っても、一切のオーラを出せなくなる……」
 何だって?!
 あくまで淡々と、そしてやはり少々舌っ足らずな口調で呟いたシズル。ダン達は言われて
ようやく、自分達が何をされたのかを理解したのだった。
 取り憑いたピエロ達が笑う。
 すると三人の身体からは、みるみる内にオーラが消え失せていった。燃え盛る《炎》も迸
る《雷》も、強化されたサフレの《矛》も。
「ダン、グノーシュさん、サフレ君!」
「そういうことだ。お前達がどれだけの腕利きであろうと、この作戦の前には無力だ」
 更にそこへ、アマギの《鋭》の能力が襲い掛かった。
 身体から四方八方へ、触手のように広がるオーラ。付け加えるとすれば、その先端全てが
分厚く鋭利な刃と化していることだろうか。彼はまるで手足のように操るそれらを、次々に
ダン達救出班の面々に向かって叩き付けていった。
 オーラを封じられた三人は勿論の事、《虹》の幻影を展開していたシフォンやイセルナ、
レナなど他の仲間達もこの猛攻に巻き込まれた。辺り一帯に大量の土煙が舞い、皆がバラバ
ラの位置で転がっている。
「ぐっ……うぅ! み、皆……」
 すんでの所でシフォン達を庇い、飛翔態の翼を砕かれたイセルナは、手痛いダメージを受
けて地面に突っ伏していた。皆もあちこちで倒れている。肩で息を荒げている。額から垂れ
てくる血で、視界が半分阻害される格好になる。
(これは……拙いわね。てっきり数に物を言わせた軍勢だと思っていたけれど、彼らの人選
には、明らかに意図がある)
 つまり相手は、予めこちらを捕らえる為の布陣──動きを封じる“色持ち”を中心に据え
て編成を成されていた。侵入者を確保するという目的が早々に決まっていれば、あり得なく
はない方針だが……それにしては妙に準備が良過ぎはしないか?
(どうやら始めから、長々と戦うつもりはなかったようね)
 痛んだ身体を倒れたまま確認するように。ピク、ピクと指先を動かしながら、イセルナは
密かに表情を顰めた。
 最初から短期決戦を意識していたのなら、そもそも自分達は作戦負けをしていたと言って
いい。遅効性たる《冬》の色装では、彼らに効力が及ぶまで間に合わない……。
「終わりだな」
 ぐったりと倒れたイセルナらを、アマギやヒムロ、シズル以下死神達が見下ろす。勝負あ
ったと密かな安堵の息をつき、ゆっくりとこちらに近付いて来る。ダンら前衛の仲間達も、
事切れてはいないが、ダメージは大きそうだ。口元の血汚れを拭う暇もなく、何とか立ち上
がろうとするが、既にアマギ達は彼ら通り越してこちらに迫って来ている。
 連行するぞ。部下達に命じて、封印錠が持ち出されてゆくのが見える。どんどん近くなっ
てくる足音と数。加えてその背後には、未だ数体の巨大キンシー達がのしのし、緩慢な動き
で従っている……。
「──イセルナさん!」
 だが、次の瞬間だった。彼らの背後を往く、この巨大な兵力を見上げていたイセルナ達の
耳に、リュカの必死な呼び声が聞こえた。ハッと反射的に我に返ってイセルナ達が彼女の方
を見遣ると、当の本人は同じくこの巨大キンシーを見上げていたようにも見えた。こちらに
皆の視線が注がれたのを確認して、彼女は叫ぶ。
「皆さん、時間を稼いでください! 私が、奴を“倒し”ます!」
 それが戦いの──最後のチャンスだった。
 何を企んでいる? ヒムロらは、させじとリュカに迫ろうとしたが、それを他ならぬダン
やグノーシュ、地面に転がっていた仲間達が足を取って防ぐ。「ブルート!」イセルナも、
自身の相棒と共に氷槍を這わせ、これを身体ごと固定した。アマギが再び《鋭》の刃で押さ
え込もうとすれど、咄嗟にレナの召喚した征天使(ジャスティス)や、半分伏せりながらも
放たれたシフォンの矢によって阻まれる。
「盟約の下、我に示せ──荒神の旋風(サイクロン)!」
 そして、そんな仲間達の作ってくれた時間を使い、リュカは詠唱を完成させた。まだ起き
上がり切れない身体に鞭打ちながら、風を巻き込む巨大な竜巻を呼び起こす。彼女渾身の天
魔導は、迫って来ていたアマギ達一団に向かって放たれたように見えた。
「っ……! 舐めるな!」
「その技は一度見た。同じ手は食わんよ」
 《鋭》の刃で器用に壊して貰い、氷結から脱出するヒムロ。
 彼やシズルと共に、死神達は大きく跳んでこれを回避してみせた。確かに強力で広範囲を
カバーできる攻撃魔導だが、軌道自体は単純だ。
「──そうね。だって術式自体は同じだもの」
 しかし当のリュカは、疲弊しながらも“笑っていた”のだった。
 竜巻へとかざした手は、尚も下げられずに残っている。自身が放ったこの魔導の動きを、
じっと見つめ続けている。
「まさか……。狙いは、俺達じゃない!?」
 そんな彼女の様子に、ヒムロ達はようやくその意図する所に気付いた。標的は自分達では
なく、もっと後ろ──自分達と一緒について来ていた、巨大キンシー達だったのである。
「一つ教えておいてあげる。私の色装は《翼》。一度指定した標的を、何処までも追い続け
る追尾の力よ」
 三隊長以下死神達が慌てた時には、既に遅かった。リュカの放った《翼》の自動追尾付き
荒神の旋風(サイクロン)は、彼らの背後からやって来た巨大キンシーらを、もろに巻き込
んでグラつかせていたのだから。
 即ち大きくバランスを崩したこの数個の巨体は、そのまま彼らの方へと倒れ込み──。
「ぐっ……! げほっ、げほっ!」
「あ、危なかった……」
「してやられたな。数の利を、そっくり相手に使われてしまうとは……」
 辺り一帯を揺るがした衝撃と、大量に舞い上がった土埃。
 倒れ込んできた巨大キンシー達を、アマギら三隊長は、すんでの所でかわしていた。直撃
を貰って押し潰されることだけは、何とか避けられた。
 しかしそれは、あくまで彼らリーダー格だけの話であって、他の死神達の中にはそのまま
逃げ遅れてしまった者も出たようだ。辺りではまだ、彼らの混乱と怒号があちこちから聞こ
えて来ている。
「──いや、これで“詰み”だ」
 ただイセルナ達の側も、この大きな隙を見逃す筈もなく。
 呼吸を整えて、再び立ち上がろうとしたヒムロ達を、次の瞬間ザラリと四方八方から剣や
斧、槍先が飛び出してきて押し留めた。イセルナやダン、グノーシュにシフォン、サフレと
いった主力の面々である。めいめいに手痛いダメージを負ったものの、彼らを見下ろすその
表情(かお)は気迫に満ちている。流石にヒムロらも、自分達が逆転負けしたと悟ったのだ
ろう。顔や首筋に突き付けられた刃を横目に、ゆっくりと両手を挙げて降参の意思を示す。
 ダンやグノーシュ、サフレに掛けられた《凍》の能力は、この時既に効力を失っていた。
 リュカの策で辺りが混乱し、ヒムロの視界から外れたのが大きいのかもしれない。シズル
に掛けられた《災》のピエロ達も、これに乗じてレナの解呪魔導(ディスペル)で取り払っ
て貰った後だ。
 当の本人やクレア、マルタにステラ、リュカは、既に後方で巨大キンシー達の“後始末”
に当たっている。召喚された──倒れた皆を回収もしてくれた征天使(ジャスティス)の掌
に乗っかったまま、彼女の聖魔導やクレアの聖属性のピン、マルタの鎮魂歌(レクイエム)
などで、巨体達は次々に“浄化”され塵に還っていった。呆然とそれを眺めているヒムロ達
を余所に、彼女らはそのまま引き続き、あちこちで伸びている死神達の介抱へと向かう。
「やれやれ……。今度こそ、ようやくピンチは凌げたかねえ?」
「この場は、だがな。一体これからどうするよ? こいつらの身柄もそうだが、こうも張ら
れてたってことは、とうに連中にはバレちまってる訳だろ?」
 うーむ。ダン達と共に、同じく剣を突き付けたままのグノーシュは言った。イセルナ以下
場の面々は思わず唸り、思案顔をする。勝負には勝ったが、その実闘いには負けつつあると
言っていいのかもしれない。少なくとも魂魄楼側は、既にこちらの侵入を把握して刺客を差
し向けて来た……。
「? レジーナさんからだわ」
 ちょうど、その最中だった。ふとイセルナの携行端末にメッセージが入り、懐から取り出
してその内容を見る。画面にはルフグラン号が死神と思しき軍勢から襲撃を受け、アスレイ
他三隊を中心とした留守組が防衛戦を繰り広げているとの旨。
「船が!? 畜生、てめぇら謀りやがったな!」
「拙い事になったな……。イセルナ、一旦船に戻ろう。タイムロスは避けられないが、この
距離ならまだ──」
「知らないぞ。そんなの、俺達は聞いてない」
『えっ?』
 しかしである。ダンに詰られ、シフォンに見向きもされずに話を進められていたヒムロ達
が、次の瞬間寝耳に水といった様子でこちらを見上げてきたのだった。
「別動隊、だろうか? しかしそのような話は全く……」
「はい。本部は私達に、侵入者(かれら)を捕らえて来いと。てっきり今回の部隊は、その
為に派遣されたものだと」
『……』
 少なくとも、嘘をついているようには見えなかった。
 突然の情報(はなし)に困惑している、ヒムロら三隊長の様子に、彼らを捕らえたイセル
ナ以下ジーク救出班の面々もまた、戸惑いを隠せない。


「心配ッスね。早いとこ合流した方が良さそうです」
「でも、仲間が外に来てるってんなら、そっちに……」
 時を前後して、東棟十六番隊隊舎。
 北棟ヤマダ隊を奇襲により倒し、彼らを封印錠と共に留置所内へ閉じ込めたマーロウは、
事情を明かした他の隊士達と今後の動きについて話し合っていた。面々はすぐにでも出発で
きるよう、彼の私室に集合済みだ。
「ああ……」
 楼内の主要な出入口は、既に北棟の死神達を中心に封鎖されていた。
 先刻ハナとヨウに、何とかジークを逃がすよう動いて貰ったが……はたして上手くいった
だろうか? 少なくともあの時、二人は自分の目配せに応じてくれていた。こちらの意図を
汲み、他の脱出経路を当たってくれている筈……。

 しかしマーロウ達は、この時まだ気付いていなかった。一度は自分達が牢の中に放り込ん
だヤマダ達が、再び動き出そうとしていたことを。
(くそッ、マーロウめ! この俺に、こんな屈辱を……! 次会った時は、目に物見せてや
る……!)
 後ろ手に封印錠を嵌められたまま、薄暗い牢の中で、ヤマダは繰り返しそう歯噛みする。
自分達が虚を突かれた原因は、他ならぬマーロウ達の裏切りだった。
 まさか奴らが、既に侵入者と繋がっていたとは。
 だがこれで、事前の情報が繋がる。死者の魂を解放しようなど大罪だ。
 秩序を守護するべき死神の身、それも隊長格の一人でありながら──いや、それよりも、
この自分を陥れたことが許せない。
「──?」
 ちょうど、その時だったのだ。不意に誰かが牢内に足を踏み入れて来たかと思うと、その
足音は真っ直ぐにおずおずと、こちらへ向かってくる。彼と彼の部下達がおもむろに顔を、
睨むように上げると、そこには年若い数人の死神達が立っていた。
「ヤマダ隊長と、隊の皆さんですね?」
 マーロウ隊、此処十六番隊の死神達だ。彼らはヤマダ達が応答するよりも早く、一度互い
に顔を見合わせた。コクリと緊張した様子で頷き、内一人が懐に隠し持ってていた鍵束をこ
ちらに寄越してくる。
「こっ……これでどうか!」
「許しください!」
「俺達は、何も聞いてなかったんです! 隊長の昔話は知ってましたけど、まさか魂魄楼を
裏切るだなんて……!」
 詰まる所、保身である。まだまだ死神としては下っ端の彼らは、我が身可愛さの為に、何
とか上司の反逆が自分達には直接関係ないと訴えたかったのだ。
 この冥界(アビス)──魂魄楼において、死者の逃走幇助は大罪。何より死神衆の上層部
たる北棟隊長格に攻撃を加えるなど、反旗を翻すと宣言しているようなものだ。
 どうか! 若き十六番隊の死神達は、牢の前でそう必死にひれ伏し、許しを請うた。
 足元に転がった留置所の鍵。ヤマダはそれを足先で掬い上げて部下達に渡すと、カチャカ
チャと自身の封印錠から解放されながら、口元に不敵な孤を描いて言う。
「……ご苦労。君達には、私直々に“礼”をしなくてはな……」

 ハナとヨウ、二人がジークを脱出させるべく動いていると信じて、急ぎ合流しに向かう。
 だがそうマーロウ達が秘密裏に、隊舎から出発しようとしたその時──思わぬ障害が立ち
塞がったのだ。他ならぬ、ヤマダとその部下達である。
「な……何故お前が!?」
「ククク。人望の差だよ。マーロウ、お前は実にいい部下を持ったよなあ?」
 隊舎の裏手に先回りしていたヤマダが、そう牢の鍵束を指の中でくるくると回しつつ、左
右に部下達を控えさせている。引き締まった身体の、屈強そうな彼らは、既にめいめいに刀
を抜き放って臨戦態勢だ。
 何を──。見せつけられた鍵束、そしてその言い口に、渋面のマーロウは最初何を言って
いるのか分からなかった。
 だが次の瞬間、ヤマダが自身のオーラを込めてその得物を呼び出した時、彼と彼の部下達
は目を見開いて絶句することになる。
『……グルルルッ!!』
 “血塗れになった、生きた鎖鉄球(モーニングスター)が咥えていた”のだ。
 ぐちゃぐちゃに千切れた死体を。先刻、ヤマダ達を逃がそうとした十六番隊の隊士達を。
「ッ?! 貴様──!?」
「ははははは! いい養分になってくれたぜえ!? こっちが頼んでもいないのに、わざわ
ざ喰われに来てくれたんだ! ……マーロウ。覚悟は出来てんだろうな?」
 現出型《肥》の色装。喰えば喰うほど強くなる、狂暴悪食なヤマダの相棒だ。
 一体何が起こったのか? マーロウは一瞬にして理解し、激しく怒ろうとしたが──直後
それをぐっと抑え込んだ。背後左右で絶句する部下達の、張り詰めた吐息が聞こえたからだ
った。
「……お前達は、下がってろ」
 故に言って、そのまま《荷》の二刀を呼び出すマーロウ。隊長! その意味する所をほぼ
直観のように理解した部下達が、慌てて彼を止めようとする。
 ヤマダとマーロウ。白と黒の小太刀と、鋭い牙と大きな口を開ける鎖鉄球。
 数拍の沈黙。双方の部下が息を呑み、二人は地面を蹴り──。

「んう……?」
 ジークはハッと、それまで吹き飛んでいた意識を取り戻した。ぼーっと呆けたような顔と
口元から垂れた涎。やや傾いていた体勢を次の違和感で修正しつつ、一体自分の身に何があ
ったのかを確認しようとする。
(……そっか。俺は、ハナとヨウと一緒に、見張り台まで登って……)
 それで。ようやく思い出す。その後、キリシマとヒバリとかいう、北棟の隊長格達にやら
れたんだった。得物がいつもの六華じゃないのと、団長のような色装──ガス状のオーラで
中毒にさせられて、そのまま気を失って……。
「よかった。目が覚めたんですね」
 すると横には、ヨウの姿があった。やや疲弊した顔色ながらも、自分が無事だったことに
心から安堵しているように見える。じゃあハナは──その向かいで同様に、のほほんと笑み
を寄越してくれていた。何と言うか、図太い。
「お前らもな。つーか、ここ何処だ……?」
「楼内の何処かだというのは間違いないでしょう。埃っぽさと物だらけの具合からして、普
段は使われていない部屋なのでしょうね。気が付いた時には、僕達も一緒に放り込まれてい
ましたから」
「そっか……」
 大よその状況を説明され、ジークは辺りを見渡す。室内は、三人が仲良く横一列に胡坐を
掻くように座らされている以外、埃を被った会議用テーブルや椅子が幾つも積み上げられて
いる。部屋の広さ自体はそこそこある筈なのだが、体感としては圧迫感が強い。目が覚めた
際、最初に感じた通り、案の定後ろ手に回された両手首には封印錠──自分達を捕らえると
言っていたのだから当然か。仮にと渡されていた二刀やハナ・ヨウの得物も、取り上げられ
て何処かに仕舞われているらしい。
「──気が付いたようだな」
 ちょうど、そんな時だった。さてどうしたものかとジーク達が互いに顔を見合わせていた
最中、不意にこの物置状態な部屋に入って来る者達がいた。……キリシマとヒバリだ。自分
達を打ちのめした相手とあって、ジークは反射的に敵意を剥き出しにしたが、当の本人達は
意にも介さない。
 代わりにどうっと、この部屋の中へ新たな捕獲者を放り込む。
「マーロウさん!?」
『隊長!』
「……すまない。しくじった」
「し、しくじったって、何で……?」」
「それよりも酷い怪我です。一体、誰がこんな事……」
 ふん。四人目のマーロウを連れて来たのは、ずんぐり太っちょな隊長格──ヤマダとその
部下達だった。何故か彼も、随分とボロボロな格好だったのが気にはなったが。
「あら? 結構手酷くやられたじゃない」
「うるせえな……。ちょっと気を抜いただけだ」
「それを人は、過信と呼ぶのだがな……。直々の任務を軽く見過ぎだぞ」
 事実キリシマとヒバリに、ヤマダは冷たく当たられていた。一応同じ北棟、同僚の隊長格
の筈だが、彼らも彼らで序列のようなものは在るらしい。
 次の瞬間だった。更に彼らに加え、もう一人この室内に入って来る者がいる。
 キリシマとヒバリ、ヤマダの三隊長が、不意に言い合いを止めた。その場に跪き、深く低
頭し始めてこの人物を迎える。
『──』
 ビリビリと。思わず、場の空気が身震いするかのような感触だった。
 同じ隊長格専用の羽織を引っ掛けた、黒装束の死神服。だがその男が放つ威圧感は、先の
三人の比ではない。こいつは……。ジークも思わず、目を見開いて硬直していた。剣士の勘
が大音量で告げている。
 こいつは──ヤバい。
「あ……」
『アララギ総長!?』
 するとどうだろう。次の瞬間マーロウやハナ、ヨウが弾かれたように驚愕し、声を張り上
げた。声がでけぇよ! ヤマダが三人をグシャッと力ずくで捻じ伏せ、黙らせるが、当の本
人からは殆ど感情の色が見えない。淡々と、観察物でも見るようにジーク達四人を見下ろし
ている。
「……お前が、報告にあった侵入者の仲間か。ろくな死に方をしなかっただけでは飽き足ら
ず、この冥界(アビス)をも掻き回すか」
 北棟一番隊隊長、ショウ・アララギ。
 魂魄楼に詰める全死神達の頂点に君臨する人物であり、最強の死神である。
 羽織の背中には勿論、隊番「一」の文字。その四方を囲む文様は、上側だけが黒く塗り潰
されている。
 キリシマ以下三人の部下達は、じっと頭を垂れたまま動かない。元より彼をジーク達のい
るここへ案内するのが、当面の役割だったらしい。
 最初、ジークは自分のことを言われているのだと気付くのが遅れた。それほど彼の身のこ
なしと発話が静かで、変化というものに乏しく感じられたからだ。
 アララギは、じっと高い背丈からこちらを見下ろしている。自分達を捕らえさせた黒幕の
正体、驚愕のあまり固まっているマーロウ達、何より言葉を向けたジークにさえ返答など期
待していないかのように。
「……」
 その、次の瞬間だった、アララギはやはり静かに自身のオーラを練り、そこから身の丈以
上はある、巨大な鎌を作り出した。三日月のように鋭く、湾曲した刃の部分や装飾の施され
た柄の部分も、その全てが漆黒に塗られている。
『っ──!?』
 見上げたジークが、マーロウ達が更に戦慄した。静かに黒光りする、この大鎌が放つ空間
を震わせるほどの殺気に、殆ど本能的な危うさを感じたからである。
(な、何だ……!? やべえ。この鎌だけは、本当にやべえ……!!)
 はたしてそれは、彼ら死神という姿と、あまりに符合(マッチ)していたからか。
 刹那、漆黒の鎌を握り締めたアララギは、その刃をジークに向かって振り下ろして──。


「ここが……神界(アスガルド)か」
 一方その頃。ハロルド以下アルス救出班は、転送リングの記録(ログ)を辿って天上層の
世界が一つにして中心、神界(アスガルド)へと足を踏み入れていた。
 遥か太古の昔、この世界を生み出した創世の民・神格種(ヘヴンズ)。彼らが初めて降り
立ち、以降その住み処となった地である。
 ルフグラン号から、強化された転移網で以って跳躍した彼の地。
 はたしてどのような光景が広がっているのかと、最初はおっかなびっくりだったが、いざ
蓋を開けてみれば見渡す限りの緑。手付かずの自然が広がる穏やかな丘陵であった。
 ぼんやりと、リカルドが半ば呆気に取られたように立ち尽くしている。ミアやリンファ、
オズといった他の面々もそんな感慨は同じようで、めいめいが辺り一面に広がる緑や白ばむ
光の眩さに目を細めていた。
「何というか……。思ってたのと、違う」
「そうだな。もっとこう、威圧感バリバリの場所だとばかり……」
「まぁ無理もないさ。私達のように特別な転移網でもなければ、およそヒトが訪れることさ
え出来ないんだ。冥界(アビス)と同じく、掟破りには違いないのだろうがな」
 浮世離れした光景、と言えば確かにそうなのだろう。
 しかしこの辺り一帯に漂っている空気は、まさに清浄そのものだ。ミアが何処か、自らを
省みてばつの悪そうな様子をみせる間に、リンファはそう静かに深呼吸をしている。加えて
清らかなのは、何も草花だけではない。時折丘陵を駆けるリスや小鳥といった小動物が、場
に佇むオズの身体に登っては止まる。
「……綺麗ナ所、デスネ」
「そうかな? 私は寧ろ、全く逆の印象を持っているが……」
『??』
 綻ぶような、茜色のランプ眼の明滅。
 だがそんな中で唯一、ハロルドだけは終始険しい表情を崩さず、じっと丘陵地帯の先にあ
る一点を見つめていた。
 リカルドやミア、リンファ、オズの残りの面子が集まって来た。一緒になって彼が見つめ
ていた視線の先──原っぱのど真ん中に建つ、黒く巨大な人工塔の群れを視る。
「何だあ? ありゃあ?」
「明らかに人工物……」
「差し詰め、神々の住まう社(やしろ)……かな?」
「多数ノエネルギー反応ヲ感ジマス。距離ガアルノデ、詳シイ事ハ判リマセンガ……」
「……そうか。これだけ広大な世界から、はたしてどうやってアルス君を捜し出せばいいか
と思案していたのだが……。どうやら、当面の目的地には困らなさそうだね」
 転送リングの、最終数回の記録(ログ)を辿れば、ある程度その位置を絞ることは出来る
だろうとは考えていた。
 ただ、それだけでは足りない。何より本人達がその後移動している可能性もある。向こう
も向こうで、頼れる者がなく途方に暮れている筈だ。
「……滅茶苦茶、怪しいけどなあ」
「こうして突っ立っているばかりでは埒が明かないだろう? 少なくとも、この世界におい
て、何かがある。それは間違いない」
 最悪自分達の足で、或いは精霊伝令で当たりをつけながら進もうかと思っていた。
 遠巻きからでも異質──不気味なほどに整い過ぎて見える建造物群に、弟リカルドは渋っ
たが、ハロルドは構わず歩き出した。ミアやリンファ、オズ、仲間達が互いに小さく頷き合
うとついて来る。当のリカルドもやや遅れて、兄ら四人の後を慌てて追ってゆく。
『──』
 そんな彼らを遠くから、木々に隠れた天使(エンゼル)達が一体また一体と、兜の中の眼
を赤く光らせて尾(つ)けて来つつ。

「だから、何度も言っているだろう!」
「一体何が目的だ!? 一体どうやってこの地に忍び込んだ!?」
 もう聞き飽きたほどに、繰り返しの怒号が飛ぶ。
 アルスとエトナは、天使(エンゼル)達に敗れた後、その拠点と思しき人工塔の一角に閉
じ込められていた。要するに牢屋である。足元に魔導を封じると思しき魔法陣が描かれた床
の上で、鉄格子越しにトーガ風の衣装に身を包んだ男達──神格種(ヘヴンズ)らから、執
拗な尋問を受けていた。
「さっきから言ってるじゃないですかあ。僕らは迷い込んだんですよお。飛行艇で移動して
いる最中に、魔流(ストリーム)に呑まれて飛ばされて……」
「嘘をつくな!」
「ここは我らが領域、そんな偶然に流れ着く筈がない!」
 勘弁してくださいよお……。にも拘らず、アルスがどれだけ正直に事の次第を話しても、
彼らはまるで聞く耳を持ってくれなかった。というよりは寧ろ、具体的にどうやってという
ことよりは、自分達“神”の秘匿性を破られることを恐れているとみえる。
「うう。埒が明かない……」
 実際傍らのエトナも、繰り返される尋問にグロッキーだった。彼らのやっている事は尋問
というよりも恫喝で、何とか侵入された“手口”を割らせようと躍起なのだろう。
 アルスも既に彼らからの怒鳴り声には話半分で、時折「どうすんのさー、アルスー」と泣
きつく相棒と共に、これからどうしたものかとの思案を巡らせていたのだった。
 冥界(アビス)の兄を助けに行こう、その力になろうと同行したのに、また皆に迷惑を掛
けてしまった。さっきから散々話せ話せと迫られているが、そもそも正直に一から十まで話
した所で、帰してくれるのか?
 場合によっては兄の救出作戦、それ自体が“神”の名によって阻止されるかもしれない。
意図せず迷い込んだというのは事実だが、もう少し考えた方がいい。気絶している間に六華
も取り上げられてしまった。はたして、どんな応答をすればベストなのだろう……?
「──お前達、何をしている!?」
 だがちょうど、そんな時だったのだ。
 いつ終わるとも知らない、数名の神格種(ヘヴンズ)達による尋問。アルスもエトナも流
石に参りつつあったその最中、突如として廊下の向こうからずんずんと近付いて来る一団が
現れたのである。
 先刻からの彼らと同じ、トーガ風の衣装。巻き付けるように纏った白地の上に、同じく白
や赤、金などを基調とした上衣を引っ掛けた姿をしている。
「!? ぜ、ゼクセム様!」
「こっ、これは……。その……」
 しかし他の面々よりも、何となく豪華に見えたのは気のせいだろうか?
 新たな神格種(ヘヴンズ)の一団、その中心に立つこの老齢の“神”の姿を認めた次の瞬
間、彼らは酷く狼狽えていた。ちょうどアルス達の目の前、牢屋越しで相対した彼らは、大
慌てでその場に跪き、深く頭を下げる。白髪の険しい表情の老神が、とても立腹した様子で
これを見下ろしていた。
「ゼ……ゼクセムぅ!?」
「それって……。“神王”ゼクセム?」
 故にアルスもエトナも、数拍遅れて度肝を抜かれていた。

 創世の民・神格種(ヘヴンズ)。広くヒトが呼ぶ所の神々。
 そんな彼らのリーダーであり、頂点に立つ人物が、そこには立っていたのだから。

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  1. 2019/05/15(水) 18:00:00|
  2. ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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