日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「Y字路」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:人間、メトロノーム、地平線】


『──私には、夢があります』
 そう、彼女は言いました。まだ年若く、未来への期待に充ちている少女です。
 何でもいい。パン屋さんでもお花屋さんでも、画面の向こうでスポットライトを浴びる女
優さんでも。或いは泥臭い職人仕事に憧れているかもしれません。漫画や小説、ゲーム──
媒体こそ違っても、今はクリエイティブの世界も男女に違いはない時代です。
『──素晴らしい! そうさ、夢があれば何でも出来る! 努力することを諦めなければ、
夢はきっと叶うのだから!』
 彼は言いました。頑張る人を応援し、情熱というものを深く信じている講師の男性です。
自身の耳へ届いた言葉に、彼はとても興奮していました。ぎゅっと両拳を握ってガッツポー
ズをし、満面の笑みで空を仰ぎます。
『──五月蠅いぞ。すまんが余所でやってくれ。その娘さんを潰さぬようにな?』
 しかしそんな二人の声に、別の否定的なぼやきが聞こえます。
 何処となくやつれた感じのする、白髪交じりの中年男性でした。二人からは若干斜めに背
を向けた格好でその場に立ち、冷めた眼でこれを肩越しに見ています。
『──そうそう。暑苦しいったらありゃしない。知らねえのか? 人に夢って書いて、儚い
って読むんだぜ?』
 更に彼の苦言に、もう一人別の声が加勢しました。彼女と講師の男性を哂い、そんな思い
は詮無いものだと一蹴します。如何にも今時の若者といった、上から目線の物言いが染み付
いた青年です。
 お互いの姿は、そうはっきりと視えている訳ではありませんでした。ぐねぐねと不規則に
連なる石畳と粗い土の道の上で、彼らはめいめいに薄っすらとした靄の中に立っています。
彼女の声が、彼の賛同が、反発が、姿が見えぬ分余計に強く響いてくるかのようです。
『……』
 尤もこの中年男性は、そんな青年の便乗ぶりを、酷く冷めた様子で見遣っていました。有
り体に言うと、冷笑の類です。殊更に喚いて攻撃する青年の言葉に、便乗された彼自身は、
じっと黙ったまま呼応することはありませんでした。
 と言うよりも──寧ろ彼自身は、さほど少女らのそれに興味はなかったのです。
 彼女の語る夢は確かに瑞々しく、そして同時に向こう見ずではありましたが、それはあく
まで彼女本人、個人の問題です。自分がとやかく説き伏せる義理も、必要性もありません。
つい苦言を呈してしまったのは、只々彼女を一見無責任に焚きつける講師の男性がいたから
に他なりません。多少喧しいと感じたのは事実ですが、あまりそう神輿に乗せるように背中
を押す一方というのも、如何なものか……。
『そうかも、しれませんけど……。でも私は諦めたくないんです。将来の目標というか、な
りたい自分だから。大変だってことは、あちらこちらで聞いてます』
『だったら余計の事だと思うがねえ……? プロってのは、それを独占していけるから食っ
ていけるんだぜ? いや、なった所でそれがいつまでも続くとは限らねえ』
『だからこそ、日々努力を怠らないんじゃないか。夢とはゴールじゃない。スタート地点な
んだよ。辿り着いたなら、また次の目標も見えてくる。そうやって歩んでゆく過程こそが、
素晴らしいんじゃないか!』
 ……はん。やや困り気味に少女が、被さるように講師の男性が熱く語っていました。です
が、対する青年は捻くれた──譲らないといいますか、変わらず彼らを鼻で笑っています。
ぼんやりとした石畳の上で、二対一の議論が続いていました。
『だから、余所でやってくれと言っとろうに……』
 故にこの白髪交じりの中年男性は、誰にとも向けず嘆息をつきます。妙に白熱し出す彼ら
と距離を置くように、自ら一歩二歩と背を向けたまま、その場を離れようと歩き出します。
 くしゃりと、心が縮こまるような心地がしました。
 それは他でもない、彼自身の苦い経験から来るものでした。青年とは違い、彼女や講師の
男性を面と向かって否定したいのではなく、只々しんどい──理由は何よりそこでした。
 夢を持つのはいい。まだあのお嬢さんは若い。
 だがそれは……あくまで時間制限のようなものがあるのだと思う。大抵の人間は、ある何
処かの時点でそれが叶わないのだと気付き、諦めを覚える。他に道はないかと探し始め、自
分なりの着地点を見つける。それが要は“大人になる”ということだし、何もいわゆる夢の
ような、ぼんやりと大きな物事だけに限った話じゃない。大小様々なこと──自分という個
人が持つ、あらゆる拘りをすっかり手放してしまう決断の繰り返しが、つまりは人生を送る
ということなのだから……。
 故に彼は、少女と講師と青年のやり取りを、何処か眩しく何処か疎ましい気持ちでもって
聞いていました。その向こう見ずな言葉が発せられる度に、じくじくと自分の胸に突き刺さ
る心地がします。さりとてそんな己の不快感を、彼らに表明するのは門違いです。贖えと要
求するのは間違っています。
『──なぁおっさん、あんたはどう思うよ?』
 しかしそう密かに退散しようとしていた彼を、次の瞬間この青年が目敏く呼び止めてきた
のです。タタッと追いかけるように、青年がこちらに駆けて来るのが聞こえました。思わず
彼は眉間に深く皺を寄せ、されどつい立ち止まって振り向いてしまいます。
 あんたは、どっちの味方だよ?
 要するにそんな問いかけでした。これだから若いだけの奴らは……彼は心の中でそう悪態
をつきたくなりましたが、そこはぐいっと呑み込みました。靄の向こう、中途半端な石畳と
土の道なりの上で、白髪交じりのいち中年は悩みます。正直なことを言えば、イエスだノー
だのと明確に答えたくはありませんでした。どちらにしても、もう一方の側から敵愾心を向
けられるのは判り切っていたからです。
『……』
 ざわっ。にわかに周りの気配、その数が、明らかに増えたように感じました。
 いえ、本来はずっと其処に居たのでしょう。ただ自分が、これらに気付いていなかっただ
けなのです。気付こうとしなかっただけなのです。
 耳鳴りがするように、そんな無数の誰か達の気配が過ぎ去ってゆきました。眼差しが遣ら
れたように思われました。右と左、白と黒、フルカラーとモノクロがすぐ傍に近付いて来て
は遠ざかり、また近付いてくるという行為が繰り返されました。どっち──? 或いは彼の
返答が何なのだろうと一抹の関心を向けて、しかし程なくして去ってゆく。両耳の後ろ側へ
と、気配達はそのまま次々に通り過ぎては聞き取れなくなります。
『……私は昔、自分の夢を諦めたことがある。その後はずっとしがない勤め人だ。私とそこ
の娘さんが、同じようになるとは限らないが……あまり勧めはしないな』
 そうして数拍の間が空き、最初にぱあっと笑みを見せたのはこの青年です。尤もその表情
自体は、多分に“悪意”を含んだものでしたが。
 一方で当の少女は、やはり気持ち沈んだ様子ではありました。『……そうですか』あくま
で慎重に、言葉を選んで答えてくれたこの人生の先輩に意固地になるという感じではなく、
じっと自分の中に押し込んで咀嚼するといった印象でした。寧ろそんな彼女の横に立ってい
た講師の男性の方が、火に油を注がれたかの如き反応でした。顔を真っ赤にして我が事のよ
うに反発し、もうこちらが一つ一つ聞き取れないぐらいに早口で反論・罵倒を繰り返してい
ます。
『よっしゃあ! これで二対二! 俺は間違ってねぇんだよ、ばーか』
『別にお前さんに味方するとは言っとらんぞ。そんな暇があるなら、もっと自分の世話に集
中しろ』
 青年の有頂天さに、思わずこの白髪交じりの中年男性は釘を刺します。ぬっ!? 自分が
批判されるとは考えてもいなかったのか、次の瞬間飛んできた彼からの一言に渋面を作り、
そのまま踵を返して去ってゆくその背中を追おうとします。
『おい、待てよ! 待てよおっさん!』
『……ついて来るな。彼女のこともお前さんのことも、私には関係のないことなんだ』
 正直、鬱陶しいと思いました。彼は草臥れたコートを何度か肩で調節し直しながら、そう
一人歩いてゆきます。青年が駆けて来る足音と気配は耳に入っていましたが、待ってやる義
理は何処にもありませんでした。少女とそれまで一人興奮していた講師の男性も、めいめい
に迷うようにして歩を進め、後ろを歩いて来るのが分かります。
『──』
 道の上には、彼ら四人を含めて多くの人々が居ました。少なくとも気配が在りました。薄
っすらとした靄の向こうで、彼らはおそらくそれぞれの歩みを進めていることでしょう。但
しそれはやはり、お互いにはあまり関係のないことです。道は既に、幾重にも分かれている
のですから。
『おい、待てって……!』
『ありがとうございました。でも私、もう少し頑張ってみようと思います』
『違う。それは諦めた側の言い分だ。努力すれば、きっと報われるんだ。報われなくちゃい
けないんだ……』
『……』
 怒号が聞こえます。丁寧なお辞儀が聞こえます。必死な自己弁護が聞こえます。
 ですが、どうでもいいことでした。彼にとっては当人それぞれの問題です。他人の夢やら
誇りといったものに、全く同じ道筋など在りません。一見似通っていたとしても、いずれ不
用意に関わったツケが回ってくることでしょう。とても用心深く、慈悲深くなければなりま
せん。少なくとも人生の内中ほどを大きく通り過ぎた彼には、そのような自信はありません
でした。
 靄の塊を一つまた一つと抜けて、彼らは相変わらず所々欠けた石畳の道に立ちます。其処
は進むべき先が、複数に分かれている地点でした。
 右に左に、歪なY字を描くようにそれぞれ斜めに延びる道。
 じゃあ──。そんな惜別の言葉を掛け合うでもなく、そのまま彼らは誰からという訳でも
なく進んでゆきます。駆けてゆきます。次から次へと、視えなくなってゆきます。
                                      (了)

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  1. 2019/05/01(水) 00:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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