日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「美貌人」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:屋敷、死神、意図】


 女の名は、長倉櫻──旧姓・勅使原。まだ齢四十にも届かないながら、何処か陰のある不
思議な美貌を持つ人物だ。彼女を取り巻く物語は、その概略をひも解いてみる限りでも、数
奇な運命に満ちていると言えるだろう。

 彼女はこれまでに二度、結婚をしている。
 一度目は二十四の頃。金融業で財を成した長倉家の次男・修に見初められての事だ。二人
は共にいわゆる上流階級の出ではあったが、彼女の側は古い家柄というだけで、経済的には
年々苦しくなる一方だったという。そうした意味でも、同家への嫁入りは彼女の親類らにと
っては渡りに船であったようだ。
 しかし……彼女の夫となった、この修という男は、お世辞にも人格者とは言い難かったら
しい。二人の出会いの切欠こそ同じ上流階級の繋がり、関連会社での顔合わせだったが、当
の修本人はさしてグループの重役に就いていた訳でもない。
 要するに、遊び人気質だったという。彼は生家の裕福さに幼い頃からどっぷりと浸かって
育ち、酒や女にと自由気ままな暮らしを謳歌していた。彼女は、そんな彼の一目惚れ──猛
烈なアプローチの末に娶られたというのが、実情としては正しい。
 それでも、結婚生活は比較的上手くいっていたようだ。元々彼女自身の性格が大人しく、
また育ちの良さから夫を立てるように振る舞っていたため、傍目から見れば何のかんのでバ
ランスが取れていたらしい。事実結婚後──惚れた弱みもあってか、修は兄が社長を務める
会社で慣れないながらも働き始め、やがて彼女との間に、愛娘・萌々(もも)も儲けた。
 ……だが、そんな結婚生活は長くは続かなかった。修がある日、通勤途中の列車事故に巻
き込まれて帰らぬ人になってしまったからだ。
 この時、彼女は二十八歳。娘・萌々も、まだ物心が付くか付かないか辺りだ。半ば流され
るように嫁入りし、家庭を築こうとした彼女は、僅か三年ほどでその結婚生活に終止符を打
たされてしまったのである。
 当然、周囲の人々は酷く驚いた。酷く憐れみ、哀しんだ。
 されど彼らが抱く感情とは、所詮“他人事”でしかないのだろう。彼女を知る者や、ひい
ては同じ長倉家の関係者達からさえも、やがてある噂が立ち始める。

『──あの女は、長倉の財産を横取りする為にやって来たんじゃないか?』

 亡き夫・修が買ってくれた一軒家にぽつんと取り残され、まだ幼い娘を抱えながら哀しみ
に暮れる彼女。
 それでも少なからぬ周囲の者達は、この早過ぎる死に尾ひれを付けずにはいられなかった
らしい。まるで死人に鞭打つように、それまでずっと堪えていた嫉妬をここぞと言わんばか
りに吐き出すように、彼らはひそひそとそんな陰口を囁き合っていたようだ。彼女が良くも
悪くも、多くを語らなかったことが、これに拍車を掛けたと言える。実際当の本人は夫を失
ったショックでそれ所ではなかったろうし、事実彼女はともかく、生家の者達が多少なりと
もそういった思惑があって自身を嫁に遣ったため、あまり強くは言い返せないという事情も
あったのだろう。
 しかし、そこで彼女に手を差し伸べたのは、他でもない修の兄・豪だった。
 彼もまたあまり多くを語らない、実直な性格の人物であったため、明確なものとして残っ
ている証拠は無い。だが、学生の頃から遊び回っていた弟を真っ当な方向へと導いてくれた
この義妹に対し、彼はある種の恩義を感じていたらしい。
 夫たる修を失い、精神的にも経済的にも参ってしまっていた彼女を、彼は同グループの社
長として大いに支えた。自身は勿論、まだ幼い娘もこれから養っていかねばならない。周囲
の者達が、しばしばその“恩返し”に苦言を呈する──否定的な態度を取ったが、彼の行動
は変わらなかった。一回り以上年下のこの義妹が見舞われた境遇を、彼は見て見ぬふりなど
出来なかったようだ。憐れを感じ、何とかしてやりたいと親身になっていたさまを、当時の
関係者達もよく憶えているという。
 ……ただ、そんな善意から始まった付き合いが、男女の関係へ変わってゆくのにそれほど
時間は掛からなくて。
 彼女はそれから数年後、この義兄・豪と再婚することになる。弟と違いずっと仕事一筋で
独り身だった彼にとってみれば、儚げな魅力を湛えた彼女は大層愛おしかったのだろう。
 勿論周囲の、長倉の関係者達は、この再婚話に決して良い顔をしなかった。事実上亡き弟
からその妻を奪うような格好であるという点もあるが、何より彼女の、一族内における地位
向上を警戒しての理由が大きかった。しかし彼は、それでも周りの反対を押し切り、彼女を
妻として迎えたのだった。その娘、血縁上は姪に当たる少女・萌々と共に、彼女らを困窮か
ら救うという名目で。
 それが今から三年前──彼女が三十五の頃。他でもない義兄を相手とした、二度目の結婚
だった。娘・萌々も、この頃には小学四年生の十歳。大人しく控えめな母を反面教師とした
のか、しっかり者のおませせんに成長していた。
 故に周囲の反対、警戒の眼差しは相変わらず在ったものの、少なくとも彼女自身の結婚生
活は二度とも、夫からの愛情に恵まれていたとも言えるだろう。一人目の夫・修からは一目
惚れされた溺愛、慣れないながらも真人間になろうとした努力の軌跡。二人目の夫・豪から
は不器用ながらも、慈しみを湛えた想いを。
 ……しかしそんな新たな夫・豪も、ある時病に倒れることになる。
 心臓発作だったという。元より彼女よりも一回り以上年上とはいえ、まだまだ働き盛りだ
ったというのに。彼女と萌々、会社幹部や長倉家の関係者達の思いも虚しく、彼はそのまま
帰らぬ人となってしまった。突然の死。彼女はまたしても、愛する人を突如として失う羽目
となり──。

『まただ。またあの女に関わったから、社長は……!』
『だから私は反対だったんだよ。修さんだって、本当に事故死だったのか怪しいモンだ』
『あの疫病神め……。もう騙されないぞ! 今度こそ尻尾を掴んでやる! あの女を、長倉
の家から追い出すんだ!』

 ***

「──」
 分厚い、これまでの捜査資料を鞄の中に押し込み、水島はその邸宅を見上げた。近代風の
しっかりとした鉄筋コンクリートの三階建て。周りにはびっしりと濃緑の植木達が、競うよ
うにして立ち並んでいる。
 長倉もとい勅使原櫻が、今も暮らす家。つい半年ほど前に二人目の夫──長倉兄弟をその
色香で惑わした末に亡くならせ、その財産をごっそり手にしつつあると言われる彼女が潜ん
でいる本丸だ。
 どうにも不気味だな、と水島は思った。造りは間違いなく立派、裕福な家のそれである筈
なのに、まるで生活感というか現実味を感じない。噂通り彼女は本当に、遺産目的で兄弟に
近付いたというのだろうか……?
(魔性の女、か)
 正直捜査本部は、行き詰ってしまっている。状況からして彼女が一番怪しいし、得をする
人物であるには間違いないのに、一向にそれを決定付けられる物証が出て来ないのだ。
 どちらの事件も、本当にただの偶然?
 弟・修は事故死し、兄・豪は心臓発作の末に亡くなった。兄の方はそう仕向けるように薬
物を仕込めば女でも殺すことは出来るかもしれないが、弟の方はどう説明する? まさか彼
の乗る路線の何処かに、脱線させるような仕掛けを施したとでもいうのか?
(まあ、ここで突っ立てても仕方ないが)
 遺族らのたっての意向ということで、内々に捜査を進めてはいるが、半ば仲間達は諦め始
めている。彼らの恨み、怪しむ気持ちは解らなくもないが、証拠も出ない人間をブタ箱にぶ
ち込むことは出来ない……。
「こんにちは。私、こういう者です。お話をお伺い出来ませんでしょうか?」
『刑事さん……? は、はい。少々お待ちください……』
 そう玄関前のインターホンで手帳を見せた水島に応じ、ドアを開けたのは、他でもない櫻
本人だった。これまでも何度も刑事達の聴取攻勢に見舞われているにも拘らず、驚きこそせ
ど拒絶する様子は見られない。育ちの良さもあるが、根っこは善人らしい。
「どうぞ。あまり大したおもてなしは出来ませんけど……」
 長倉櫻は、水島の目からしても間違いなく美貌の人であると言ってよかった。
 線の細い身体と、四十近いとは思えないスタイル。サラリと腰まで伸びた黒髪が映える、
色白な肌と同じく薄い白地のワンピース。
 薄幸の美女とは、まさに彼女のような人物に言うのだろう。立て続けに二人の夫を失った
その横顔は、気を抜いてしまえば吸い込まれそうな儚さ──陰がありながらも不思議な魅力
を宿している。
 玄関から廊下を通り、リビングへ。彼女曰く、娘の萌々はまだ学校だそうだ。歳も今年で
十三。負けん気の強い中学生になった。
「……それで、今日はどのようなお話を? 豪さんや修さんのことなら、他の刑事さんにも
何度かお話しましたけど……」
 大したもてなしは出来ないと言いながら、それでも流れるように来客用の紅茶を淹れてく
れる彼女。水島は関心以上に、妙に罪悪感めいたものを覚えながら、彼女と向かい合ってソ
ファに腰掛けた。言われた通り繰り返しになるが、訊かない訳にはいかない。
「ええ。それでも抜け落ちている情報があるかもしれませんので。……長倉社長と修氏、ご
主人達の死について、何か心当たりはありませんか? 誰かに恨まれていたとか、体調など
がすぐれなかったとか」
「ありません。修さんの時も、豪さんの時も、本当に突然の事でしたので……」
 深く眉を伏せて哀しげに語る櫻。水島はその間もじっとその表情を見つめていた。
 他の同僚達からも聞いてはいたが、やはり彼女が嘘をついているようには思えない。本当
に何も知らず──或いは知らされずに、困惑ばかりしているような。
「刑事さん達は、私が犯人じゃないかと疑っていらっしゃるんでしょう? 修さんが、豪さ
んがいなくなれば、妻である私に財産が流れてくる……。長倉の皆さんは、それを何とかし
て阻止しようと」
「……それも含めて、調べている最中です。二人が亡くなった、その事実と真相を明らかに
するのが私達の仕事ですから」
 彼女とて、只々温室育ちのお嬢様だった訳ではないのだろう。もっと昔、一回目の結婚当
初はそうだったかもしれないが、二度も夫になった人物に先立たれて、周囲の悪意ある眼差
しに気付かなかったとは考え難い。
 それでも尚、彼女はこの残された家に住み続けているのだ。彼らとの思い出と、何よりも
まだ未成年の一人娘を、路頭に迷わせる訳にはいかず……。

「──よう、水島。戻ったか」
 彼女から改めて一通り話を聞いた後、水島は署に戻って来た。一課に宛がわれたフロア内
では、同僚の先輩・後輩の刑事達が休む暇もなく動き回っている。
「で? どうだった? 例の疑惑の未亡人の様子は」
「どうと言われても……。まだショックを引き摺っているって感じだったな。一応俺が刑事
だと知って丁寧に迎えてはくれたが……」
 違う違う。だが鞄を自身のデスクの上に放り出しながら、やや疲労と共に答えた水島に、
この同僚の一人はヘラヘラと笑ってさえいたのだった。対して真面目なままの水島に、彼や
周りのやり取りを聞いていた他の刑事達がちらちらっと視線を遣ってくる。
「彼女が殺ったって証拠だよ。わざわざ出向いたってことは、その心算で探りに行ったんだ
ろう?」
 一瞬水島は、何を言っているのか解らなかった。
 殺った証拠? まるで彼女が犯人であるとの前提のような言い方じゃないか。現状そんな
物証は見つかっていないし、そもそも彼女が怪しいとの情報・訴えは、一連の被害者である
長倉の遺族達からもたらされたもので──。
「何だ、違うのか。俺はてっきり何か掴んだから出向いたんだとばかり……」
「なぁ水島。悪いことは言わねえ。そのヤマにあんまし、深入りしない方がいいぜ? 他に
もごまんと抱えてるんだ。明確に殺しだとも判ってもねえモンに、時間を掛けてる暇なんぞ
無いだろうがよ」
「っ。そんな──」
 そんな言い方はないだろう!? 故に水島は、次の瞬間思わず眉間に皺を寄せて言い返し
そうになった。
 確かに彼女と実際に会い、直接話を聞いてみた限りでは、訴えのように彼女が遺産欲しさ
で二人の夫を罠に嵌めたとは思えなかったが……。
 少なくとも、悪意は感じられなかった。彼女は寧ろ被害者だ。
「おいおい。何をマジになってるんだよ?」
 しかし目の前の同僚達は、相変わらず哂っていた。こちらが必死になればなるほど、彼女
の一件が、さも取るに足らないと言わんばかりに。
「気ぃ付けろよ? 今度はお前が、あの女に喰われちまうかもしれねえぜ?」
                                      (了)

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  1. 2019/04/22(月) 00:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

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