日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(雑記)やはり鈍りは避け得ねど

(如何せん内容がワンパになっちまうなあ……。別に今に始まった事ではないけれど)

暦が替わり、四月になりました。そしてかねてからの告知通り、先のいっぴに新元号の発表
がありました。令和──意見だの何だのは人によって色々ありましょうが、個人的には見慣
れぬ・聞き慣れぬという第一印象でした(そりゃそうだ。新しいんだもの)ただまぁこれも
今までのように、段々と自分の中で日常の一部となってゆくのでしょう。あの頃は物心つく
よりも前だったとはいえ、平成という言葉も当時は新しいフレーズだった訳です。個人差が
あるにせよ、改めて自分という人間は保守的──新しいものにホイホイ乗っかってゆく世の
ミーハーさよりも、今ある“いつもの”に依りがちなんだなあと知覚した一齣でした。

改元? 新年度? そんなことより創作だ!ヽ(゚Д゚)ノ

そうやって世間様がまた一つ新出のムーブに乗っかっては騒ぎ、誰かのスキャンダルに便乗
して留飲を下げたり嘯いている間も、自分はほぼ相変わらずプロット作りのターン。三題と
ユー録の更新も忘れずに。……ただ前者にリソースを割く状況が続いているためか、どうに
も執筆各毎のそれが「間に合わせ」になりがちな感が否めませんね。尤もこれもまた今に始
まった事ではないし、一応その(執筆モードの)都度、時々の全力を振るっている心算では
あるのですが……。

サハラ~のプロット作成は、当稿現在五十一章=26エピソード目前編まで終了。休載期間も
三ヶ月目に突入し、ようやく全体の半分を通過して1/3、終盤に差し掛かっています。次章も
目下、各シーンを起こしつつ話の流れを組んでいる最中。最初の、ほぼ全体像がゼロからの
時に比べてある程度前章以前からの「筋」が出来ているので、随分と楽にはなったかな? 
尤も作成作業時のそれと、作品としてのクオリティ云々は基本別の問題ではあるのですが。
例によって三題と、来週末には今月のユー録を執筆予定なので、多少間が空かざるを得ませ
んが、何とか今月中に次編(シーズン4)の〆まで組み終えたいですね……多分日数的には
ギリギリになるだろうと思われますφ(=_=;)

……しっかし、中々「新しい」ことが出来ない。

先日の元号発表で改めて保守的だなと思った自身の性質然り、つい日々の行動をルーティン
化してしまっている自分がいる。あれをしたらこれをして……自分の中で“いつもの”手順
を踏んでいれば間違えは少ないけれど、逆を言えばどんどん新しいタスクを入れ込んでゆく
ゆとりを無くしがちで。さながら“儀式”のようでもあるのですよ……。几帳面、性格故の
部分も大きいのだろうとは解っていても、これ「だけ」じゃあ駄目だよなあと。少なくとも
ずっと「このまま」はあり得ない。一気にAをBに変えることは難しくても、せめて段々と
変化をつけてゆかねばと。
それは何もお仕事や日常生活だけに限らず、創作活動全体に対しても言えること。
折を見ては新しい物語を、企画を起こす“習慣”をつけ、本工程へと乗り出す準備を──。

出来れば、いいんですけどねえ_| ̄|○

なまじ今ある作品(抱えているコンテンツ)が長くなってしまい、ちゃんと畳んでから次に
進もうとしても、そもそもにそれ自体が先になりそうで……。かと言って新しい企画を~と
今あるこれを放り投げたって、今以上に等しく捌き切れるとは思えない(更新頻度諸々も、
当初から随分と落とし来てようやっと体調との釣り合いがトントンって所)ですし、何より
その新しい物語、コンテンツが、過去の自分を越えて反応を貰えるとは限らない──経験則
的には寧ろ、どんどん尻すぼみになってゆく場合が多い訳で……。

いあ、創りたいんですけどね?

うーん……。やれ娯楽にしなきゃだの、思想をぶっ込んじゃ駄目だの、やはり自分で自分に
縛りを設け過ぎてるってのも大きいんだろうか?
もっと気楽に創ればいい──全部を「作品」として意識し、整えようとする分、結局硬直性
ばかりが発揮されてしまっているような気がします……。


受験勉強や病臥などのブランクを挟んでいるとはいえ、物書き(創作)趣味を持ち始めてか
らかれこれ十年以上が経っていますが、己の文章とは何か? 物語とは何か? は未だもっ
て道半ばです。
というか、書くことにそんな「自問」を延々とやっている時点でガッツリお堅い&文藝寄り
だぞっていう現実がねえ……。どう足掻いても自分の適性?はそっち方向で、そういった類
の芸ばかりを磨いてきたのだから、いい加減娯楽じゃなきゃノンポリじゃなきゃという自身
にそぐわない縛りに固執するこったあないんですよ。ないの、ですがね……。

「真面目」に物語を創ろうとすると、どうしてもその世界が重暗くなる。自身が“潜って”
ゆこうとし、為せれば為せるほど、生身の人間としての僕の思考(思想)がどうしてもリン
クしていってしまう。その時々の思いを作品世界に込め──しばしばその為にキャラクタ達
に試練ばかりを与え、苦しめることでしか「書けた」と胸を張れない(そして大抵の場合、
そうした達成感自体もまるで長続きしない。またすぐに飢えるように次の文章、次の物語を
模索し始める悪食っぷり)別に普段、娯楽小説を貶める心算はないと思っているのに、その
辺が未だに、そういった書き方をする方が“高尚”だと感じている(感じ易い)節がある。

──馬っ鹿言え。方法論としても、見た目クソ真面目にそのまま出すより、笑いや明るさに
包んで出す方がよほど難しいだろうが。ただぱっと見、作品の上っ面が“気楽”を帯びてい
るだけで、どっち寄りでも作家は皆四苦八苦しながら書いている。どちらが優れているかど
うかじゃあなく、自分には向きか不向きかで捉えろとあれほど……。

ある人は云います。現実は辛く醜いものだと思っているから、そういう世界を描くんだと。
その人が持っている世界観が、その人の現実を作っている側面がある、と。
……間違ってはいない。だからこそ僕はこの旨のフレーズをメモっているし、そもそも自覚
があり、それがお世辞にも万人受けしない物語になりがちだと思うからこそこうして刺さっ
てしまった。
だけどもそうした見方がある一方で、だからどうした? と、万人受けやら何やらをぶん投
げる態度の他人(書き手)というのも、また同時に存在はする。
即効性の無いコンテンツが無価値だと言わんばかりな向きも、逆に全てが高尚であるべきだ
という一種の(己を含む)選民思想も、結局は受け手の都合であって、世の中のもの全てが
その人の快楽や暇潰しの為に作られた訳ではない。香りを楽しむ酒もあれば、手軽に酔える
酒もある。それを全部一括りにして、自分に合わなかったからと(公然と)文句を垂れるの
は違うんじゃないの? 淡々と、自分にとっての美酒を造る。自分に合うものじゃないから
と一々恨み節をぶつけるな。他人が一から十まで、自分の快楽を用意してくれて当たり前だ
なんて思うなよ?──ざっくり咀嚼するとそんな内容。

……どっちの方が、より本質なのだろう?
いや、こういう問いの設定の仕方自体が駄目なのか。駄目なんだよなあ。

僕自身、物語世界の内部を過酷にすることに、気付けばすっかり慣れ切ってしまったなあと
感じています。娯楽性の高い方が、明るくて気楽な方が、今日び第三者のレスポンスは付き
易いよと散々言われているし、分かっている。なのにどうしても……“順風満帆”な主人公
なりその周辺の環境、世界観全体ばかりが広がっていると、不安になってしまうというか。
コレジャナイというか。それは十中八九、僕自身のこれまでの人生の中で、ネガティブ教な
世界観が長らく大勢を占めていたから。ヒトは醜い──すぐに諍い、自分を巻き込んでくる
という暗い思いが根を張り続けてきたものだから、この手から出力する世界観が往々にして
暗く重いそれになってしまう。そうじゃないと違和感さえあった。リアルではここ数年の間
で、療養生活から少しずつ社会復帰?に近付いてきたとはいえ、やはり今も光より闇の方が
落ち着くのかもしれない。ただそればかりじゃいけない──恨んで恨んで、他人のせいばか
りにしていては確実に自身が破滅すると、経験と見聞の中で理解が出来てきた分、昔に比べ
ればそこまで“完堕ち”しなくなったというだけで。

いっそ放り投げてしまえばいい。放り投げてしまえば楽なのか?

自分の「作品」が受けるとか受けない、アクセス数への関心やら、作家という夢=の為の商
業ベースのものの見方・考え方からスパッと離れてしまって、只々自分が好きだから書く。
ついでに他人にも受ければ儲けもの……というぐらいの心構えでのらりくらり。
どだい僕は職人肌?な所があるようなので、小説という表現形式一つに対しても、ガッツリ
「求道」の向きにばかり偏ってますからね……。まぁそれを商業ベースへの「研究」という
方向で発揮できればまた対応できますし、自身の幅も広がろうというものなのですが……既
に何年も経っている現時点でこれに頷けずにいる以上、多分無理なんだろうなあと。相性と
いうか、ここまで生きてきての価値観でがっちり“保守”してしまっている感じがします。
(流石は自他共に認める職人気質。頑固で融通が利かない……)

やりたいこと、やるべき事はごまんと在る。かれこれ十年近く臥せり、人生の少なからずを
ふいにしてしまった分、もっと色んな事を知り、考え、そして言葉に起こしていきたい。

のに……歳月の流れは非情で、容赦なく僕からその為の体力や思考力、何より感性を削いで
は駆け足で過ぎてゆく。確かに感受性(アンテナ)の方は、世間の諍い=雑音に煩わされた
くないと自分から閉じてきた経緯はあるけれど、同時にその“柔らかさ”まで手放した覚え
は、意思はなかった。心身のリソース減、硬直化に伴ってどんどんと新しいもの、とりわけ
創作品(コンテンツ)に手を出すのが億劫になってしまった──何につけても「しんどい」
という、手に取った先の労苦を疎むようになった(ないし完走できるのか? という躊躇)
それは何も、僕だけに限った話じゃなく、歳を重ねてゆけば誰しも大なり小なりそういう風
にはなっていくらしいが……曲がりなりにもクリエイターをやっているのなら、そこをあっ
さり諦めちゃいかんだろう! とも僕は思うのです。せめてインプット、研究対象としての
他人様の作品を鑑賞する習慣ぐらいは、何とか失わずに保っておきたい。割と視てしまった
からこそ、いざ自分が起こすとn番煎じに留まってしまう──これでは駄目だと気持ちが萎
えては頓挫し、投げ捨てるというパターンに陥りがちではあるけども、引き出しが多いに越
した事は少なくともない筈ですから(ただでさえ足りない脳味噌なので。あと創造としての
これらの真価は、ふとした時に発生する、予想外の化学反応?にある訳で……)

頭から、心の柔らかさから。筆力が鈍ってゆくのはどうしようもない。
だけどそんな現実と、自分が出来ること──やるのか否かという意思自体はまた違う。

常に新しく『立て直す』んだ。たとえその試み一回一回は小さくて頓挫しても、繰り返して
ゆけばいつかAはA´になるのでしょう。もうBと呼称してもいい程のA´に変わっている
ことに、気付く時が来るのでしょう。

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  1. 2019/04/04(木) 22:45:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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