日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(雑記)如月の末に書き留める

(´-`)。oO(進捗ダメです)

まーた手持ちのエネルギーをがっつりと持っていかれて、結局頭の中で描いていたような創
作方面の作業がろくすっぽ進まない。そんな一日、サイクルの繰り返しが、あたかも際限な
ど無いかのように自分のすぐ背後に積もってゆく……。
要するに二の轍を繰り返しているんじゃないか。今に始まった事ではないけれど、どうにも
「休む」ということが下手糞で、一時はガガガッと書いても直後酷いガス欠に喘ぐ。ゼロに
なってしまう前に手を止めて、回復に専念してやればいい(その分復帰も早く、遠回りなよ
うで長期的・全体の能率をなるたけ落とさずに済む)とは分かっているのに、気付けばもう
何もしないということに耐えられない。ちょくちょく引き合いに出している“何年も臥せっ
ていた故の反動”なんていう理屈以上に、そもそも何かしら創っていないと落ち着かない、
悪い意味での創作中毒(それでいて、いざ執筆しようとすると作業感──負荷の方が勝って
しまうのだから、この趣味自体がとうにどん詰まりなのでは? ライフワークって何だっけ……

例の如く、半ば更新頻度を確保する為の雑記です。どうもお久しぶりです、長月です。尤も
前回からの日数それ自体は十日ほどなので、実際良い按配なんですけどね……。カレンダー
的に少ないぞと判っていたとはいえ、今月もあっという間。もう一ヶ月もすれば今年も1/4が
過ぎてしまう。本当、時の流れが早過ぎる……。なまじ自身の、プライベートなそれが決し
て順風満帆に捗ってはくれない分、尚の事そういった感慨を持ち易いのかもしれませんが。

まだようやっと、という段階ですが、サハラ~次編のプロット作成が先日四十四章まで終了
しました。二章分、シーズン4最初のお話ですね。残りは6エピソード、十二章分。やはり
全体の骨格を固めるのに手こずった所為で、清書に移るのも遅れてしまった感があります。
リアルの方でごたごた忙しかったと言えば言い訳になってしまうのでしょうが……三ヶ月後
を目途、というのは(逆算するに)難しいですね。もう一ヶ月、下手すると更にもう一ヶ月
延びるかもしれません。申し訳ございません。暫くお待ちくださいm(_ _;)m

こりゃあまーた、自身の体力気力を過信したな? 年々どころか月単位・週単位で減ったり
変動したりするのを、きちんと計算に入れてなかったパターン……。

(まぁそもそも、拙作の需要が如何ほどのものかすら分からない訳なのですが。でもだから
と言って、どうせ読まれないや~と中途半端なことをしても、それはわざわざ手に取ってく
れる方への侮辱に他なりません。何より自らの、人生のリソースを捧げてまで創ったもの達
が始めからその程度なら──自分自身を許せない)

……堅っいなあ。楽しんで書こうぜって、年初に目標として立てたのに。

こればかりは性分の問題なのかもしれませんね。“気楽”に物語を立てようとしても、詳細
な世界観やコンセプト、キャラ達の整合性などに拘り始める。ストーリーは? 何をこの話
に込めようとしている? そんなことを詰め始めると、どんどん“シリアス病”が出てきて
しまい、頓挫する。ネタというこの紙束を頭の中でくしゃっと握り潰し、ポイしてしまう。
それは何も小説だけに限らず、自分が何かしら創ろうとする際の企画(案)全般において言
える傾向なのですが。

あと急な出費が続いたせいもあり、読書用の本代も捻出できず終いです。加えてこの状況は
まだ当面継続する見通しなので、今年こそコンスタントな習慣に~というのも、まーた自分
の中で定着せず終わりそうな予感……。元より支出過多な手持ちリソースではありますが。
(でも、意識的にインプット量を増やす努力をしなければ、肝心の創る=消費する方だって
どん詰まりは窮まってゆく一方な訳で)

……中々、意欲的に“新しいこと”を、というのが出来ないばかりだ。

歳のせいだと言ってしまえばそれこそ詮無いし、哀しみがセルフダメージ増し増しにしかな
らんのですが、すっかり(自他問わず)複数のコンテンツに手を出してゆく──且つそうい
った行動を持続してゆくってのが厳しくなってしまいました。しんどくなって久しい今日こ
の頃となってしまいました。精神的な食細り、とでも言うべきものなのか(´・ω・`)


何事も極端は良くない──ゼロサムゲーム的な捉え方で臨めば、自分が病むだけだとは経験
上理解しているものの、どうにも長年の思考の癖ってものは抜けないようで。

僕は十中八九、旧いタイプの人間です。まぁ人生の三分の一ほどが過ぎようとしているのだ
から、後から生まれてきた子達やその価値観についてゆけないなんてのは、どの世代にした
ってある程度避けようのない宿命なんだろうなとは思うのですが……。

とにかく自分は、とんと「会話」することが苦手です。物書き・テキスト屋をやっているが
故に、余計に口述よりも筆述に慣れているという面もあるのでしょうが……そもそもに他人
と「会話」をする、そのエネルギーの消耗が厭で厭で仕方なかったから字書き畑に逃げてき
たんだというのが、僕の自分自身の生き方に対する理解なんですよね。尤も客観的、厳密に
は“苦手意識を持っている”と表現するべきなのかなあ? とも思うのですが、未だ主観と
しては実際ごっそりと消耗することが多い。今でこそお仕事などを通じ、表向きは大分慣れ
てきたにしても、ぐっと胸の奥に自問(きい)てみると『厭です。しんどいです』と返って
くる。他人びとの声や気配、水面下で蠢く不穏や諍いを嗅ぎ取ってしまうだけで、悲鳴を上
げたくなる。だけどそこで訴える──彼らや相手方に自分の“我”を通そうとするのは他で
もない諍いそのものなんだから、ホイホイとやるべきじゃない。やってはいけない。ならば
自分はもう、退くしかないじゃないか。いっそ「閉じ」て静かに、穏やかに暮らす方がいい
じゃないか……。

が、駄目。

そんな引き篭もりを延々やっていたって、肉体的にも精神的にも、まして金銭的にも、人生
って奴は容赦なく僕らに「詰み」を与える。全部が全部おっぴろげにしろって訳じゃあない
んだけど、やっぱりある程度僕らは他者に対して「開く」ことをしていかなければ立ち行か
ない。社会的なステータス、キャリア、インフラの享受という意味でも、自身の精神的成長
という意味でも。外からの悪気に中てられて死ぬこともあるのと同時に、内から腐っていっ
て死ぬこともあるのだと(それはそれで、社会的なお荷物が自滅してゆくじゃん? なんて
自己責任論・淘汰論を嘯く人達もいるにはいるんですが……結局その手の話って、語る当人
がそういった側にぶち込まれる可能性を考慮に入れていないんですよね。何も生まれついて
の障害なり生き辛さばかりじゃないんですよ。一旦社会に出てから、実際に他人と揉まれる
内に自分がおかしいと気付いて、或いは気付かぬままに軋轢の末に弾き出されて「詰み」に
近付いてゆくパターンも今日び珍しくはない──可視化されてきた訳で。仕事柄というのも
ありますが、なまじ自分が大よそそんな感じで彷徨ってきた分、せめて目に見えている人達
だけは二の轍を踏ませたくないなあと……そんな風に思う訳です。偽善だとか、他人で埋め
合わせをしようとしているだけじゃないかと哂われるかもしれませんが──否定はしません
よ? 自分もその辺は自覚あるので。寧ろ常に疑って、自責してなきゃ、彼らに対して何処
までも高慢になっちゃうでしょうが。反動作用の如く攻撃的になって、見下しながら接して
しまうでしょうが。少なくとも彼らは、社会的生物としては間違いなく“弱い”んだから)
それならせめて、人は「開く」方へ何とか舵を切ってゆくべきなのだろうと僕は考えます。
……いや、現状そう“しなければらない”と、自らに強制しがちなのか。どうせ無傷では生
きられないのなら、そこから少しでも学んで自分という人間のレベルを上げた方がいいと、
僕は思うのです。ざっくりと要約すれば『その方が美しいから』です。かつて自分がそうだ
ったように、閉じ籠って鬱々とヒトと世界を憎み、自分だけの屁理屈を捏ね回しているさま
は『美しくないから』です。確かに事実としてクソな人間や組織、世界は在るにせよ、それ
を自分が自身を磨かないとする理由にはならない──まぁ、そういう方面への興味・関心が
無かったり乏しいような価値観の人にとっては、何だそれって感想を持つんでしょうけど。

前置きが長くなりました。僕は旧いタイプの人間で、だけどその旧さに閉じ籠っていて良い
という訳ではない、というのが今回のお話。

創作活動での話になりますが、僕は今までも(多分これからも)とにかく黙々と創っていれ
ばいいんだ、それが形に出来ただけでも上々なんだというスタンスでやってきました。所謂
職人気質って奴ですかね? 先述の通り「会話」が苦手なものだから、とにかく自身の作品
を練習しては磨き、練習しては磨きを繰り返してきたのです(その心算です)
ただ……そういったやり方は必ずしも、功を奏する訳ではない。加えて現在の時代の趨勢っ
て奴とはとことん相性が悪かったりもする。
ツイッタでの宣伝し合いっこや、ネット上で作られたコミュニティで刺激を貰うなど、今の
創作人さん達はSNSの普及によって互いに繋がり易くなりました。そこでの交流──人脈
と知名度、宣伝というのは、実際問題少なからずアクセス数や評価の高さという「成果」に
も結びついているように思えます。つまり強いのです。コミュ力を使いこなして世の趨勢に
乗って、相互に刺激を得つつwin-win──どんどん新しい物語を生み出してゆく……。

でも、自分には無理だなあ、と……。

先ずもってそういう“波”に乗れない。ネタの流行廃り=感性の若さに貪欲であれというの
も勿論ながら、ただ良いものを作っていれば受ける訳じゃない=自分から売り込む努力なし
に誰が振り向いてくれるのか? 的なマーケティング論、戦略のバイタリティというものに
もついてゆけない自分がいる(創るだけで精一杯)
そりゃあ何にだって性分・適性の差はあるんだろうけども、どのみちインプットが乏しけれ
ば、その作品作り自体だって行き詰まってくるのです。そういった意味でも、理屈としては
分かっているのだけど、こういう交流のあれこれが苦にならない──寧ろ楽しくって仕方が
ないようなタイプの作者さんってのは、やっぱり強いんですよね。その方面を突き詰められ
るだけでも、最強と言っていいのかもしれない(作品個々の是非以上に、いちクリエイター
としてのレベルという意味で)
だから、そういった趨勢の乗れない自分は、負けている……。

理屈は分かってるんですよ。誰かと創作語りをする。そのプロセスなり言葉や文章で伝える
ことそれ自体が、自分の頭の中のネタ達を言語化できるし、整理できる。尚且つ相手が語る
それも収集できて肥やしにできる。対人から得るか、物自体=作品から得るかだけの違いで
あって、目的からすれば本来甲乙つけがたい筈なんだけど……前者の方が多分「輝いて」見
えるんだろうなあ。場合によっては、剥き出しの言葉を聞ける訳だし。少なくとも相乗効果
があるというのは、後者ではできない芸当ですからね。

……でもねえ。どうも僕は自創作を「語る」ってのが苦手なんですよ。「会話」が苦手なん
だから当然っちゃ当然なんですけども(段階としては更に上? だから)普段から折につけ
て他人様のコミュニティを覗いてみたりはするんですけど、基本談義に加わってもその場の
話題に合わせることが多いですし、結局「自分」の創作を「語る」ってことには後々後悔の
念に苛まれる場合が多い。訊いてもないのにこっちがわちゃわちゃ喋られても困るし、無視
されかねないし、そもそも中の人達とそこまで仲良くないだろ? っていう……。加えてそ
う(聞く方に回る側とのバランスが取れぬまま)語れる環境ならまだいいけれど、小心者な
ものだから、わざわざ他人に時間を割いて貰うってのが怖過ぎるんですよ……。コミュ力が
乏しいから常駐的な仲間がおらず、仲間を作らないからコミュ力も育たない。「語る」にし
たって、それ相応に深い仲でないと難しくないですかね……? 何より自作を何と、相手に
伝えれば良いのか……。諸々の恥ずかしさがとにかく勝る。

しかしその辺は、実のところ創作だけに限った話じゃないように思うんですよね。未だに僕
自身、内心の煩わしさから「作業」に籠もって逃げてしまっていることが多い。「閉じ」る
際の体のよい言い訳として使ってしまっているパターンを自覚している。

作業をこなす。確かにそれらを積み重ねてゆけば、職人的な経験値は溜まるんだろうけど、
一方で社交的な経験値はろくすっぽ溜まらんのですよ。別枠というか、割と多くの場面にお
いて正反対にも近しいスキルというか……。それにもっと純粋に、第三者の目が入ることで
情報の仕入れや改善の余地も見出せる筈ですし(まぁこれも往々にして、自分の拘りよりも
他人受けを気にするあまり作品が自滅の道を辿ってしまう、なんて悪影響なパターンも界隈
にはゴロゴロ転がっているんですがね)

……嫉妬、なのでしょうかね? やはり。生き方においても創作活動についてさえ、他人と
ちゃんと関われるような作者さん達が、人間が。そんなポジティブな輪の中で一人また一人
成功を掴んでゆくさまを遠巻きに観ていて、ずっと「何で」と唇を噛んできた……。

媚びる──という言い方をしている時点で、やはり負け確定なのでしょうが、どうにも自身
とそんな世の趨勢との相性の悪さが、気付けばすっかり作家という道を諦めさせてしまった
ような気がします。かねてから耳に挟む情報が、寧ろ経済的にはしんどい仕事だよーとか、
今は作家自体が“消耗品”みたいな物語生成マシーン(から脱せられるのは、それこそ大ヒ
ットを飛ばしたほんの一握りのみ)だよーといった、旧来の夢や幻想を砕くものばかりだと
いうのもありますが、多分僕個人においては、とりあえず創作活動を続けられる今の環境で
割と満足してきたというのも大きいのかな? と。商業としての物語か、藝術・求道の手段
としての物語か? 他者を向いているのか、自身の内側を向いているのか? 根っこの部分
が(作者個々人でも商業ベースでも)違うらしいというのはかねてより何となく察してきた
ところで、じゃあそこまで職業作家というものに拘らなくてもいいかな……? と段々考え
方が変わってきたのだと思います。この数年で療養生活から脱し、お仕事に就けたのも大き
いのでしょう(=作家という生き方に生計全てを賭けずに済むかもしれない? 元より専業
作家なんて古今東西セルフハードモードでしかないのですが)尤も自らを一般的な勤め人と
呼ぶには、如何せん状況は程遠い。業態もそうですし、何より自分の身体は、未だもって八
時間+αみっちり働けるような代物じゃあない。それは多分、これからも……。

……ともかく、昼間お仕事でごっそりエネルギーを取り過ぎなんだよなあ。
だから帰って来てから寝るまでの間に、自創作に集中し切れない。充分に潜れない。

もうちょっと配分を調整して、余力を持たせられるようにすれば、短時間でもぎゅっと濃く
進められるんではないかと思うんだけど……手を抜いた仕事なんて(職人気質?からして)
出来ないし、したくないんだよなあ。あと何だかんだ、作業場に来られるお客さんの応対と
かで、社交的な経験値もちょっとずつ積めている筈だと信じたいし……。

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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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