日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「寡面」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:地獄、悩み、矛盾】


 本来笑顔とは攻撃的なものだ、なんてことがまことしやかに云われたりもするが、少なく
とも私個人にしてみればあながち間違ってはいないんじゃないだろうか?
 要するに私は、周りから嫌われている。いけ好かない女だと思われている。
「××ちゃん。困った事があったら何でも言ってね~?」
「……はい」
 相手が笑顔を浮かべているから、こちらも微笑みで応じる。
 ただそれは、単に好意を向け合っているというよりも、自衛の意味合いが強いのだろうと
私は思う。人間は理性を持つ生き物だと世の中は自負していても、実際の私達はもっと言葉
によらない──たくさんの“暗黙のルール”に乗っかった関係の中で生きている。
 相手が本当に何を思っているかなんて分からない。仮に読み取れたとしても、お互いに幸
せになれはしないだろう。大体私達の頭の中なんてのは、必ずしも一つの筋を通している訳
じゃあない。いつもグチャグチャに色んなことが入り混じって、当の自分でさえ一体何を考
えているのか分からないなんてことも、珍しくはなくて。
「それじゃあまたね。お母さんにもよろしく」
「……」
 立ち去ってゆく知り合いに軽く頭を下げて、その姿が見えなくなるをじっと待つ。只々私
が微笑みを絶やすまいとしているのは、それが幼い頃から自分の身を守る為の数少ない方法
だったからだ。こうやって言葉に起こせるまでに、随分と掛かってしまったけれど。

 私の両親は、私が幼い頃に離婚した。若い内に結婚したものだから、仲違いし始めるのに
そう時間は掛からなかったのだろう。だけどそれなら、私を産まないで欲しかった。どうせ
破綻するなら、そんな家庭なんて築かないで欲しかった。
 だから実の父親の顔を、私はあまり覚えていない。写真の一つでもあれば多少は違ったの
かもしれないけど、当の母さんも良い思い出が無かったのか、私に見せてくれるようなこと
はなかった。悪口ならば散々聞かされてきたけれど。
 ……それでも結局、男運が悪いっていうのは、母さん自身が“そういう人間”だからだ。
 私が小学校に上がった頃、あの人は再婚した。学習能力がないのか、如何にもやんちゃな
感じの、ただ羽振りがいいだけのいけ好かない男だった。
 離婚した後の母さんは、水商売で働いていた。どうやらあの男は、元々は店に出入りして
いた客だったらしい。気付けばあの男は私の家に上がり込むようになって、どんどん私に対
しても父親面をするようになった。
 ……でも決して、良い父親なんかではなかった。一人目の方がどんな父親だったのか、知
らないのに比べるというのも本当はおかしな話なんだろうけど。
 まだ小さい頃の記憶だからか、それとも私自身もう思い出したくもないからなのか、基本
的に二人に対する私の印象は“歩く危険物”──その一言に尽きた。店のオーナーや好きで
もない客の悪口を言って笑っていたり、金の掛かる煩わしいことが起こると、決まって苛々
し始める。ギャンギャンと喚き、そんな様子を何も出来ずに見ている私の姿を認めると、い
つだってジロリとこちらを見遣ってきて言ったのだ。
『あん? 何だよ、じろじろ見てんだよ!』
 機嫌が良い時はまぁいいが、こういう時に関わってしまうとろくな事にならない。幼いな
がらに私は、経験的にそう学んだ。学ばざるをえなかった。つい『ご、ごめんなさい……』
と怯えて謝ってしまうと、駄目だった。逆にそれが癇に障ることが多かったのか、本能的に
ストレスの捌け口を見つけたとでも思ったのか、浴びせられる声はもっと激しくなった。
『だったら、ンな所でぼさっとしてんじゃねえ! 金だけ馬鹿みたいに食いやがって……。
これで碌な稼ぎも持って来れないようなら承知しねえからな!?』
 張り手が飛ぶ。ビシャッと、鋭い痛みが頬や腕に走る。
 この男は、母さんと再婚こそしたが、私という連れ子はお荷物程度にしか捉えていなかっ
たようだ。それまで自由に使っていた自分の金がただでさえ二等分、三等分にされてしまう
し、何より私とは直接血の繋がりがない。当然と言えば……当然なのかもしれないけど。
『ちょっと~、敦彦お。あんまり目立つ怪我とかさせないでよね~? 最近はその辺、色々
煩いみたいだからさあ~』
 でも、本当は血縁云々って話じゃないんだと思う。実際母さんも、私には幼い頃から辛く
当たってきた。自分がお腹を痛めて産んだという事実が、一度は別れた男の為──半分はそ
の血を私が継いでいるということに、寧ろ憎しみさえ覚えていたのだろうと思う。
 とんでもない親だ? きっとそうなんだろう。いわゆる世間の基準で言えば、二人の父も
実の母も、決して出来た人間じゃなかった。親に──なるべきではなかった。
『……分かってるよ。俺だって、加減はしてる』
 小さなアパートの一室。まだ朝も来ない暗がりの中で、あの男がそう化粧台で口紅を塗っ
ている母さんの方をちらっと見て答えている姿。
『××~。晩ご飯はテーブルの上に置いてあるから~。チンして食べといてね~?』
 幼い頃の私は、コクリと頷くしかなかった。いつも従順で、二人の機嫌を損ねないように
良い子でなければいけなかった。二人の苛々を呼び起こさないように、いつもニッコリ笑っ
てみせなければならなかった。
『──おい。何をニヤニヤしてやがる?』
『──私は今、怒ってるのよ? 話聞く気あんの!?』
『──チッ。気味の悪い野郎だ。いつ見てもヘラヘラしやがって……』
 尤も、そもそもにその日その時の機嫌が悪かったならどうしようもない。自分を守ろう守
ろうとしていたそんな習慣が、しばしば逆効果になることも珍しくはなかった。

(相談なんて……できる訳ないじゃない)
 皆、最初は誰もああやって善人ぶろうとする。如何にも幸が薄いですよという私に、あれ
これ一方的にお節介を焼いては、問題はすぐ解決するものだと思い込んでいる。
 自惚れるな。まだちょっと知り合った程度のあんたに、私の一体何が分かる? 私の過ご
してきたこの二十数年間を、どうやって作り変えられると思ってる?
 いつもそうだ。あれこれと見当違いのことばかり訊ねてきて、勝手に私という人間を解っ
た気になっている。この子は○○で●●だからと、頼んでもいないのに定義してきて、その
枠へ私を嵌め込もうとするんだ。
 ……あの二人と、一体何が違う? 自分の都合で他人を“決めて”おいて、それに反抗し
てきたら癇癪を起こす。間違っているのはお前だと、遂には逆ギレしてくるんだ。金みたい
に目に見えるものじゃなく、精神的な理由。自己満足の類。自分はこの子の「上」に立って
いるんだという、偽善者っぷりが透けて見える。世話をしてやったんだから、ちゃんと自分
の言うことを聞くんだぞ? って。
 高校を出た後、私は何とかしてあの家から出ようとした。バイトは在学中もやっていたけ
れど、あの男や母さんが色々と名目をつけてせびってきたから。
 それでもバレないように──実際何度か見つかって、生意気な奴めと散々殴られたながら
もお金を貯めて、当面の学費と生活費に充てた。流石にしっかりとした大学に入るのは財布
的にも自分の頭からしても無理だったけど、せめて何か資格は取っておこうと思った。食い
っぱぐれないということは、それだけあの二人から距離を置くことに繋がる筈だったから。
 でも……結局私は、専門学校を中退してしまった。勉強についてゆけなかったというより
は、その生活を維持する為のバイトの掛け持ちで、身体がもたなかったのが原因だった。元
から私はそんな丈夫な方ではなかったし、何よりそこまで地の頭も、意志の力も強くはなか
ったから。どれだけ嫌だと思おうが、あんな親から生まれた私なんだ。当然と言えば当然の
中途半端さではあった思う。
『──違うわ。貴女は貴方よ。大丈夫、きっと乗り越えられる!』
『──私達を信じてくれ。一緒に頑張ろう!』
 なのに、あいつらはいつも暑苦しくって煩い。私のことを過大評価して、もっと頑張れ頑
張れって言ってくる。専門学校を辞めて、身も心もボロボロになっていた私を、一時はただ
見守ってくれていた人もいるにはいたけれど……やがてその向こう、当人達が痺れを切らし
てしまった。いつまで経っても変われない私に苛立ち、自分の“善”が果たされないと焦り
を覚え、その態度はどんどん冷たく厳しいものになっていった。私の前から立ち去ってゆく
時、あいつらの言葉は決まって同じだった。
『──どうしてそこで踏ん張れない!? 君は、変わりたかったんじゃなかったのか?』
『──性格(びょうき)だから? 私はそんな言い訳を聞いているんじゃありません!』
『──そうやって、いつまで親の所為にする心算だい? それは君の、心の弱さに他ならな
いんだよ? 囚われた過去から抜け出して、君は君自身にならなくっちゃいけないんだ!』
『──これは皆、貴女の為に言ってるのよ? どうしてチャンスを無駄にするの!?』
 私が変われなかったから。一人分“成果”が出なかったから。
 私が頑ななままだから。こちらの善意を、厚意を踏み躙ったから。
 最初は微笑みかけてきて、だけど結局最後は一方的に怒って吐き捨て、あいつらは去って
ゆく。与えた機会(チャンス)に応えなかったと、名実とも私に劣等の烙印を押して。
 それでも私は、微笑(わら)っていたんだと思う。痛みに耐える為に、理不尽から身を守
る為に。そんな繕い方が魂の芯まで染み込んでしまって、私はいつからかその場その場に応
じた表情をみせることが出来なくなっていた。相手の要求する、いわゆる空気を読んだ態度
を返すことすらも困難になって。
 何をニヤニヤしている? 自分達を舐めているのか?
 分かってはいるのに。もうこれまでだって、散々同じ失敗をしてきて知っているのに。
 なのに私はいつも、あの二人──彼や彼女から与えられた時も、詰られた時も同じように
笑顔を繕ってしまった。反射的に、痛みにも喜びにも、同じ表現をすることしか出来ない。
もう自分の力ではどうしようも出来ない、条件反射的な何か。失敗して他人を避けてきて、
でもそんな誰かから刺激を貰った時、私はいつも“笑顔”で応じる……。
『──困った事があるなら、何でも言ってね?』
 だって言える訳がないんだもの。貴方のそれは私のど真ん中を捉えられないし、私も貴方
の真ん中を、求めている成果(もの)を与えられるだけの力を持っていない。足りていない
し、方向音痴なんだから、結局詰られるだけだと分かってる。
『──どうして? 言ってくれなきゃ、分からないじゃない』
 だって無駄なんだもの。私の所為なの? 貴方の所為じゃないの? 勝手に他人の懐へ飛
び込んで来ておいて、結局は押さえつけてくるだけ。私が“悪い”んだと、手を変え品を変
えて説教してくる。とにかく、その為にだけ。傷付いては逃げ、逃げ場が無くなっては誰か
に縋って。だけどその肝心の痛み(こまりごと)を、私は上手く口に出せない。どうしても
笑って誤魔化して、ともかくその場さえ凌げればいいとばかり考えてしまう。どうせ詰られ
るならいっそと、先ず退路を確保する(まもりにはいる)習性が染み付いてしまっている。
(っ、煩いな……)
 分かってる。そんなことぐらい、分かってる。
 私が中途半端な人間だってことも。どうしようもなく、弱い人間だってことも。
                                      (了)

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  1. 2019/02/17(日) 00:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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