日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅷ〔101〕

 再び時を前後し、摂理宮。
 世界樹(ユグドラシィル)に潜むこの浮遊要塞の一角で、ジーヴァ達は眠っていた。他と
同じく静かに明滅を繰り返す明かりの中、ずらりと巨大な回復カプセルが並ぶ区画、その満
たされた溶液の中に浮かんでいる。
『──』
 ジーヴァとヴァハロ。使徒級最高戦力と呼ばれる二人に、クライヴとサロメ、フェルトを
加えた五人。
 彼らは全員、先の竜王峰における戦いに参加していた者達だ。今は重傷を──中には千切
れた手足を繋いだ痕が未だ残っているほど、ボロボロされて目を覚まさないままでいる。
「……」
 そんな彼らを独り、ルギスは言葉もなく眺めていた。
 コポコポと時折生じるカプセル内の泡(あぶく)だけが、辺りに音響として染み入っては
消えてゆくを繰り返す。
「よう。様子はどうだ?」
 そこへ新たに、二人の人影が加わった。ヘルゼルとリュウゼン──同じく使徒級に名を連
ねる魔人(メア)達である。
 彼らが近付いて来るのを認めて、ルギスは肩越しに振り向くと、やや嘆くように肩を竦め
てみせた。何時もの飄々とした風貌も、今回ばかりは深刻そうなそれを宿している。
「見ての通りサ。回復液にぶち込んではおいたものの、こうもボロボロにされるとはねェ」
 曰く、ジーヴァ達はレナの覚醒──解放された聖教典(エルヴィレーナ)の攻撃を受け、
一転して退却を余儀なくされたのだという。聖浄器は、自分達魔人(メア)には特効の威力
を発揮する。その雨霰をもろに食らったのだ。無事で済む筈もない。
「“竜王”殿の、咄嗟の判断のお陰だヨ。あそこで退いてしまう決断をしたからこそ、何と
か連れて帰って来れタ。もしこれがもう少し遅れていたら……死んでいてもおかしくはなか
っただろうネ」
 回復カプセル群を背に、大きくため息をつくルギス。そんな技術担当の彼を、ヘルゼルと
リュウゼンは言葉少なく見遣っていた。ふむ……? 軽く口元に手を当てて、一見深刻そう
ではない前者と、眉間に皺を寄せてカプセルを見上げている後者。自分達使徒級最強とされ
てきたジーヴァ・ヴァハロの両名が、ここまで深手を負った姿など初めて見る。
「……中でも特に、ジーヴァの被害(ダメージ)は深刻だヨ。彼の《黒》は、あくまで相手
の色装(のうりょく)を無効化する能力だからネ。純粋な魔導や、直接的なオーラの攻防ま
では掻き消せない。他の四人に比べて防御の手段に乏しいものだから、一番まともに食らっ
てしまったんダ」
 そう語りながら、眼鏡の奥で思案顔をしているルギス。ヘルゼル達もその辺りは既知の事
実だった。
 たとえ最強と呼ばれる色持ち(のうりょくしゃ)でも万能ではない。能力の相性次第では
不利になるし、場合によっては全くの無力になってしまうこともある。過信すれば己が身を
滅ぼしかねない。色装とはそもそも、そんな極端な二面性を孕んでいるのだ。
「何とか一命は取り留めたものの……これでは全員の復活には、どうしても時間が掛かって
しまうだろうねエ」
「……それは、拙いな」
「ああ。クライヴ達はともかく、俺達の中でもトップクラスの二人が動けないとなると、こ
の先の作戦にも支障が出るぜ?」
 故にリュウゼンとヘルゼルは、共に少なからず眉間に皺を深めた。ルギスも同じく静かに
頷き返している。自分達“結社”の大命は、これからが正念場なのに。
 今回の戦いで、かの“勇者”ヨーハンとレノヴィン兄弟の片割れを始末する事は出来たも
のの、結局その聖浄器は回収出来ず終いだ。
 もしかして……損の方が大きかったのではないか? このままではやはり、自分達は“別
の方向”にシフトしてゆかざるを得ないだろう。
 問題はその際、末端の兵達にどう納得させるかだ。
 単純な欲望(どうき)であれば構わないが、そうでない者達は──。
『見つけたぞ。此処にいたか』
 ちょうど、そんな時である。思わず黙り込んでいた三人の頭上に、見覚えのある紫色の光
球が突如として転移してきたのだった。ルギスを筆頭に、面々は咄嗟にその場で跪く。最高
幹部の一人であり、組織の表の顔役を務める“教主”ことハザンだ。
 光球の向こう、本来の姿である老魔導師の横顔を暗がりの中に潜めながら、彼は通信越し
に訊ねてくる。
『ジーヴァ達の具合はどうだ?』
「はっ。何とか一命は取り留めましたが、皆重症でしテ……。復活には時間が掛からざるを
得ない状況です。特にジーヴァは色装(のうりょく)の性質上、聖浄器の威力をもろに食ら
っておリ……」
 ルギスは組織内の技術担当として、改めて彼に、先日運び込まれたジーヴァ達の経過を報
告した。紫色の光球は暫くじっと、この報告に耳を傾けて明滅していたが、ふむ……と深刻
そうな思案声を漏らすと口を開いた。
『……そうか。仕方あるまい。ならば一刻も早く回復が済むよう全力を挙げろ。必要な資材
や貯蔵魔力(マナ)を、そちらに優先的に回すよう指示しておく』
「はっ! 有難うございます」
『うむ。それと……』
 だが彼の、ハザンの用件はそれだけではなかったのだ。
 謹んで拝命し、更に頭を下げるルギスを通り越して、彼を代弁する光球は心なしかその視
線を持ち上げたような気がした。
 そこに居たのは──即ちルギスの後ろで、同じく跪いていたリュウゼンとヘルゼル。
 小さく頭に疑問符を浮かべ、そんな視線に気付いて顔を上げたこの元鬼族(オーグ)と元
鳥翼族(ウィング・レイス)の部下達に対して、ハザンはもう一つ別の指令を下す。
『リュウゼン、ヘルゼル。その間お前達に、やっておいて貰いたいことがある』


 Tale-101.死後(あと)を生きるということ

 目を覚ましたジークが見たのは、魔流(ストリーム)の上を滑る舟に乗った自分と、これ
を漕ぐ黒衣の女性船頭だった。
 にわかに靄が晴れ、妙にニコニコとした彼女の表情が明らかになる。
 ジークは大いに戸惑っていた。腰の六華も旅装も、あの時叩き込まれた筈の斬撃の痕さえ
もなく、身に纏っているのは簡素な普段着だ。それもいつかの、ずっと昔の記憶に残ってい
るもののような。
 何より異常なのは、同乗している周りの者達だ。彼らは皆青褪めた人魂状だったり、或い
は人の姿をしていても、総じて虚ろな目をした白装束姿ばかりだったからだ。
「……お前は、誰なんだ? それに周りのこいつらは一体……?」
 縋るように確かめるように、ジークは彼女に向かって問い掛ける。困惑からか、その声色
は自然と一抹の怒りも含んでいるような気がした。目覚めれば放り投げられていた理不尽に
対し、抗議するかのように。
「ああ、そうでしたねえ。普段は逐一、こちらの仕事を説明する機会がないので……。自己
紹介が遅れました~。私はハナ・クチナシ──“死神”です。今回、皆さんの魂を回収させ
ていただきました。放置していれば、厄介な事になりかねませんので~」
「死──っ?!」
 故にジークは、そんな彼女・ハナから返って来た一言に、思わず戦慄した。
 見た事もない風景、周りで虚ろとしている人魂や白装束の人々。自身の直前までの記憶、
竜王峰の戦いでジーヴァに斬り伏せられ、敗れた事を考えても、やはり自分はあの時死んで
しまったのだと。
 尤もいわゆる死後の世界とやらが、彼女の印象も相まってこうも妙に軽い感じだとは思い
もしなかったが……。
「はい~。残念ながら、貴方は亡くなられました。三存の剥離により、貴方の魂と精神が最
寄の魔流(ストリーム)に漂流していた所を、巡回中の私が発見・保護させていただいたと
いう次第です~。先程も申し上げましたが、暴れないでくださいね? 万が一、今の状態で
魔流(ストリーム)に落下しようものなら、文字通り消滅して(きえて)しまいますよ~」
「……」
 愕然と、ジークはその場で大きく肩を落としていた。まるで土下座をするように両膝と手
をつき、硬木製らしき舟の床板をぐらぐらとした瞳で見つめる。妙に冷たいと感じるのは、
この舟自体がこの世の物ではなく、魔流(ストリーム)という水の上を現在進行形で進んで
いるからか。或いは自身が既にもう、この世の者ではなくなっているからか。
 悔しかった。
 ジークはただ、ジーヴァに負けたという戦いの勝敗よりも、結果ヨーハンを救えなかった
ことを一人言葉なく嘆いていた。仲間達を置き去りにして来てしまったと悔いていた。
「貴方はどうやら活きが良い──生前、強い魂の持ち主だったようですねえ。周りの方々よ
りもはっきりとご自身の姿を維持しているのはその為でしょう。ちゃんと口頭で、詳しいお
話をしておいた方が良さそうです」
 一方そんなこちらの絶望にも構わず、ハナは落ち着かせるように語り始めた。俗に言われ
る死の正体と、自分達“死神”に与えられた役目を。
「現世の生き物は、大きく分けて三存という要素によって構成されています。即ち核たる魂
と、記憶たる精神、器たる肉体です。これらが互いにしっかりとくっ付いている状態を一般
に“生”と呼びます。これが器の老朽化や過度の損傷により、剥がれてしまうことで“死”
んでしまう訳ですねえ」
「……」
「ただ厳密には、この状態は真の意味で死とは呼びません。死を一般的に連想する“消滅”
とするならば、今の貴方はその一つ前の段階です。幽冥種(ホロゥ)──私達は便宜的にそ
う呼んでいます。器たる肉体からこそ剥がれてしまいましたが、事実貴方は貴方として此処
に居ますよね? つまり貴方の核である魂と、その記憶である精神は、今も繋がったままな
んです」
 しかし……。一旦そこで言葉を切ると、ハナは続けた。ジークもジークで突然の出来事に
戸惑っていた遅れも合わさり、すぐには理解が追い付かない。心がまだざわざわと波立って
いる。瞳の焦点が揺らいでいる。
「肉体の無い魂は、これとの仲立ちである精神を保持することが出来ません。イメージとし
ては接着剤みたいなものだと思ってください。肉体から剥離した今の状態を放っておけば、
精神は次第に蒸発し、生前の自我は消滅してしまいます。記憶が無くなる訳ですからね。更
にそうして魂を包む精神が少なくなったり、無くなってしまえば、瘴気の影響をもろに受け
てしまいます。最悪、そのまま霊体(ゴースト)系の魔獣になってしまいます」
「なっ──?!」
「だから、私達“死神”がいるんですよ。それらを未然に防ぎ、肉体的な死を迎えた魂達を
回収、安全に世界へと還すことが私達の使命なのです。私達“死神”がそうした魂を、死後
の世界・冥界(アビス)へと保護・誘導し、その後“閻魔”達によって裁定──浄化の為の
プロセスが決定されます」
 曰くハナは、そんな冥界(アビス)のエージェント・死神の一人だという。
 彼女らはめいめいに現世を巡回(パトロール)しており、その都度死した魂らを回収、世
界中に張り巡らされた魔流(ストリーム)を利用して深淵たる冥界(アビス)へと輸送して
いるのだそうだ。“三途の川”などと云う呼び名も、彼女らのそういった日々の任務に勤し
む姿から付けられたとか。
「落ちたら死ぬぞって言ってたのはそういうことか……。ん? でもあんたは平気なのか?
その話だと、あんたらも冥界(アビス)の人間、つまり死んでるんだろ? その三存とやら
が蒸発したりはしないのか?」
「ああ……。それなら大丈夫ですよ~。この舟や、私達の着ているこの死神服の隊章には、
三存を保護する特殊な結界を張る力があるんです~。なのでこの舟に乗っている限りは、貴
方の精神がこれ以上散ってゆくことはありません。安心して運ばれてくださいね?」
「……なるほど」
 だから自分は、何ともないのか。
 ギュッと何度か自身の手を閉じたり開いたり。ジークはそこまで聞いてようやく落ち着き
を取り戻し、妙な諦観に侵食されながら、相変わらず虚ろな周りの霊魂(どうじょうしゃ)
達をぼんやりと眺めた。
 もし精神──記憶が蒸発してしまえば、仲間達との再会や“結社”との戦い所ではない。
かといってこのまま冥界(アビス)に運ばれて行っても、どんどん“生”からは離れてゆく
ばかりだ。
「……もう、皆の下には戻れないのか」
「ええ。残念ながら。それが“死”というものです」
 静かな、改めての失意。
 しかしハナは、あくまで死神としての立場から外れる心算はないらしく、縋るように呟く
ジークの俯いた表情(かお)を、ちらっと横目に見るだけしかしなかった。視線を外して櫂
を握り直し、再び舟の先頭で魔流(ストリーム)の水面を漕ぎ始める。ギィギィと、ジーク
ら死者の魂を乗せた一見簡素な舟は、まるでそう予めレールが敷かれていたかのように水面
を滑ってゆく。
 ……それから、一体どれくらいの沈黙が船内に続いただろうか。現状まともに会話できる
のはジークと、船頭たるハナぐらいしかいないため、必然的にそうなるのだが。その間にも
舟は幾重にも霊海に入っては通り抜け、入っては通り抜けを繰り返し、やがて目の前に映る
世界が変貌する。
 やけに薄暗くて黒い、不毛な大地ばかりが広がっていた。死という言葉がまさしくぴった
りと言わんばかりの、陰鬱を通り越して無機質な気配が漂う大地である。
 深淵層、死者の世界・冥界(アビス)。
 世界の最も下、その最果てに位置する世界にして、生命が終焉する地だ。尤も「下」とい
う表現は、あくまで概念的なそれに過ぎないが。
「……」
 ジークが思わず、舟の中から目を見張る。
 暗く黒い不毛の大地ばかりが広がっているのはそのままだが、彼は自分達が舟を駆る遥か
上空その下に、突如明らかに人工物と思われる巨大な都市群が形成されているのを見つけた
のだった。
 しかも何というか……和圏だ。
 血の故郷・トナン皇国や地上の東方諸国、鬼族(オーグ)達のそれを連想させる準和圏風
の意匠を施された高楼や家屋が、やや角ばった放射円を描くように建ち並んでいる。
「驚きましたか? 結構大きいでしょう? あれが私達死神の拠点、冥界(アビス)の中心
にして唯一の大都市“魂魄楼(こんぱくろう)”です」
 目を見開いて固まっているジークに、ハナはそう、ゆっくりと魔流(ストリーム)に合わ
せて下降してゆく船を漕ぎながら言った。ふふん♪ と誇らしげに、黒装束の下で胸を張っ
ている。


 飛行艇ルフグラン号に乗って、一旦魔界(パンデモニム)まで降りる。
 失われた仲間を取り戻すべく動き出した、イセルナ達クラン・ブルートバードの面々は、
同界上空をゆっくりと旋回しながら停留していた。船内ブリッジにて、皆が囲むテーブルの
上に、クロムが地図を広げると言う。
「“虚穴(うろあな)”は本来、地底の幾つかに存在する。あくまで概念的な位置関係では
あるが、この三界が冥界(アビス)に最も近い。何せ直通路だからな。基本的には死者の魂
を保護するエージェント、死神達の緊急用の道として使われている。だからこそ現世からの
立ち入りは禁じられ、正確な所在地も厳重に秘匿されている」
 だからこそクロムも、その内の一つが鬼ヶ領に在るという漠然とした情報しか持っていな
かった。昔地底層(こちら)に暮らしていた彼でさえその程度なのだから、当然他の仲間達
が知る筈もない。至って真面目に、深刻そうに語っているその横顔を、ステラが複雑な表情
で見つめている。
「じゃあ、一体どうやって……?」
「そこで君の出番だ、リュカ」
「えっ? 私?」
 眉根を顰める、ダン他少なからぬ仲間達。
 するとクロムは、ついっとそんな面々の中にいたリュカに、視線を投げ掛けると言った。
小首を傾げて目を瞬く彼女に、一斉に皆からの視線が注がれる。
「天瞳珠(ゼクスフィア)だ。君の持つそれは、千里眼の能力なんだろう? その力で鬼ヶ
領を探って欲しい。目印は──より多くの魔流(ストリーム)が集まっている場所だ」
「なるほど。“虚穴(うろあな)”は現世と冥界(アビス)を繋ぐ道。ジークや他の魂達が
運ばれているというのなら、それだけ大量の魔力(マナ)の流入が起こっている訳か」
「吸い寄せられてるってことですもんね! それさえ視えれば、後は鬼ヶ領の中に在るって
条件の中から絞ってゆけます!」
 サフレやマルタが、そうクロムの名案に快哉を送った。元々軍師である“賢者”リュノー
の聖浄器。戦闘向きではないため、今まで活躍する場はあまりなかったが……まさしく今、
仲間の窮地を救う為の大きな一助となろうとしている。
「……分かりました。やってみます」
 リュカは皆が見守る中、懐から天瞳珠(ゼクスフィア)を取り出すと、ゆっくりと目を瞑
ってから深呼吸をし始めた。彼女がオーラを練ってゆくにつれて、白靄が蠢くこの掌サイズ
の小珠は静かに呼応するように輝きを纏ってゆく。
「──っ!」
 そして次の瞬間、カッと目を見開いたリュカの脳内には、天瞳珠(ゼクスフィア)を通し
て透視した鬼ヶ領の風景が映し出されていた。セカイが、急速に鈍化してゆくような錯覚に
包まれる。
 ゴツゴツとした岩肌の、しかし所々に濃い緑が残る島々に、和圏風と称される独特の建築
や着流し・着物姿の鬼族(オーグ)達の姿が重なる。
 リュカ自身、彼らの生活様式を見るのは初めてだったが……穏やかさがあった。
 自分達竜族(ドラグネス)とは違い、独自の文化を持ちながらも開放的で、享楽をきちん
と享楽として受け止めている節がある。縁側で将棋を指しつつ酒を飲み、或いは子供達がそ
の横で賑やかに遊んでいる。女性達が井戸端会議に花を咲かせ、物言わない家屋の群れに生
気を添えている……。
 だがそんな人気の多い場所は早々に抜けて、リュカの五感はどんどん領内の郊外へ郊外へ
と“飛んで”いった。自然がそのままに、しばしば何かしらの土砂崩れなどがそのまま野晒
しになった山の稜線などを辿り、天瞳珠(ゼクスフィア)の千里眼は遥か上空で蛇行を繰り
返しながら、魔流(ストリーム)の収束と流れを追い続けた。
(……見つけた!)
 そうしてリュカは、はたして見つけたのである。とある大きな集落から遠く離れた、四方
を切り立った岩山に囲まれた荒地の一角に、明らかにこの世のものとは思えない異質な大穴
を視たのだった。
 感覚を凝らして魔流(ストリーム)を視てみても……間違いない。通常ではあり得ないほ
どに濃く、あちこちから収束する力の奔流が、この暗く底知れぬ大穴に向かって吸い寄せら
れている。
「っ、は……ッ!!」
 発動状態を切り、ガクンと片膝をつくリュカ。
 そんな彼女をイセルナやダン以下仲間達が慌てて支え、抱え起こした。流石に十二聖ゆか
りの聖浄器の一つだけあってか、一回の使用でもその負荷は大きそうだ。荒く肩で息をつき
始める彼女を見て、クロムや他の面々もあまり多用では出来そうにないなと感じる。
「だ、大丈夫かい? 先生さん?」
「無理もないだろうな。要するに感覚を拡張するタイプの力だろう? 使えば使うほど、消
耗は跳ね上がるとみえる」
「あうう……。何だか想像しただけで……」
「大丈夫ですか? 回復魔導を掛けた方が……」
「……いえ、大丈夫よ。それよりもクロムさん。見つけました」
 故にわらわらと彼女の周りに集まった仲間達は、にわかに緊張した面持ちになった。努め
て負担を押し殺し、呼吸を整えながら告げる彼女に、クロムもじっと小さく眉間に皺を寄せ
ながら近付いて来る。
「場所は?」
「北北西の荒野地帯、周りを岩山に囲まれています。途中で大きな街がありましたから、主
要都市の郊外だと思います」
 クロムが広げていた地図に、スーッと指先を当てて示すリュカ。
 そこには確かに、険しい山だらけの地帯が在った。抜けた先に荒地が広がっている。視た
という大きな街は……鬼ヶ領の国府だろう。鬼族(オーグ)の現首長・セキエイが居を構え
る同一族の要衝だ。
「あちゃ~。よりにもよってか……」
「だがまあ、妥当っちゃあ妥当だろう。そんな大事な場所が在るんだ。守りの人員を出せる
ような拠点がなきゃあ、冥界(あのよ)にだって入り放題だしな」
 ええ……。思わず頭を抱えて天を仰ぐダンに、グノーシュがまだ冷静に受け取っていた。
そんなやり取りを引き継ぐように、何故か他でもないリュカが、尚も神妙な面持ちを浮かべ
て言葉を濁らせている。
「? どうした? 他に何か視えたのか?」
 だが時間が惜しい。うやむやにしたままではいられない。クロムがそう、確認するように
訊ねる。リュカもその辺りは弁えているようで、それでもやや躊躇いながら言った。
「人が居たんです。クロムさんの話では、あそこは原則立ち入り禁止の筈なのに。なのに穴
の前に大勢。まるで陣でも張っているかのような……」

 その理由、正体は程なくして知れた。とにかく場所は判ったのだからと、リュカが指し示
した件の“虚穴(うろあな)”へと急行すると、そこには待ち構えていたのだった。
『──』
 万魔連合(グリモワール)四魔長の一人、鬼族(オーグ)の現首長・セキエイ。
 彼が率いる武者姿、完全武装の軍勢が、ルフグラン号を着陸させて降り立った一行の前に
立ち塞がったのだった。

「何故ですか!? 教えてください!!」
 処は梟響の街(アウルベルツ)学院内、ユーディ研究室(ラボ)。
 イセルナ達クラン・ブルートバードの面々が人知れず旅立った後、その日シンシアは自身
の指導教官でもあるエマに激しく詰め寄っていた。場には同じくユーディ研究室(ラボ)所
属のルイスと、一緒について来たフィデロも加わっている。
「……」
 理由は他でもない。アルスのことだ。
 入学以来の友人でもあり、トナン皇国の皇子でもある彼が、先日突如として学院に休学届
を出したという。実際最後に会ってからというもの、彼は学院に姿を見せなくなった。転送
リングで自室のあるルフグラン号に飛んでも、団員達からは「今は忙しい」の一点張りで、
中に通してさえくれない。
 ならば、ミレーユ学院長の側近でもある彼女なら何か知っている筈だと、こうして訊ねて
いるのだが……。
「申し訳ありませんが、教えられません」
 にも拘わらず、先程からエマはずっとこんな調子だった。十中八九何らかの事情を把握し
ているようなのに、そう頑なに同じ返事をして語らない。
 どうして!? だからこそシンシアは、そんな態度が返って来る度にどんどん感情的にな
っていた。やや後ろに立つルイスが何度か宥めようとしていたものの、すっかり頭に血が上
った彼女の耳にはもう、彼の言葉は届いていない。
 あくまでユーディ先生は、学院側の人間として口を噤もうとしている。
 自分達が、当の本人の──アルスの友人だと知っているのに。それでも尚、こちらの気持
ちよりも自らの立場を優先しようとしている……。
(……なぁルイス。どう考えてもおかしいよなあ)
(ああ。エイルフィードさんも大概だが、ユーディ先生も妙だ。いつもはこんな冷静さに欠
くような人じゃないんだけど……)
 ひそひそ。そんなシンシアの鬼気迫る様子を、ルイスとフィデロは後ろから観ていること
しか出来なかった。甲斐の無い問いかけに怒鳴り散らしている彼女も彼女だが、頑なに答え
ようとしないエマもエマだ。この膠着状態にやや呆れているフィデロの横で、ルイスはじっ
と彼女らの様子を観察、思案顔を浮かべている。
(やっぱりアレかなあ? アルスが例の暗号を解いちまったから……)
 できればそう思いたくはない。自らも少なからぬ罪悪感に刺されつつも、ルイスはこの友
にひた隠す渋面を向けた。
 “賢者”リュノーが遺した大量の文献。そこに隠されていた後世へのメッセージ。世界の
真実と呼べるものを、ルイス達は期せずして発見してしまった。その解読作業の中心にいた
のが、他ならぬアルスである。
 確かにあの情報は、長らく謎の多かった“結社”暗躍の理由を解き明かす切欠となった。
 しかしこれらは一方で、結果的にブルートバードの皆やディノグラード大公こと“勇者”
ヨーハンを苦悩させることになってしまった。たとえ真実とはいえ、必ずしも受け取った者
達を幸せにするとは限らない。そう無数の悪意に哂われるように……。
(だがそれは、僕達だって同じ筈だろう? 彼一人が背負い込むようなものじゃない。そん
な必要なんて無いんだ)
 そういった関係こそが、友人というものなんだから。
 最後の一フレーズまでは口にしなかったが、ルイスは同じくひそひそ声で言った。あまり
考えたくもない「まさか」に呑まれつつある相棒を励ます為にも、いやそれ以上に自分自身
に言い聞かせる為にも、彼は敢えてやや強い言い回しを使っている。
「……」
 ただそんな背後の二人のやり取りを、シンシアもこっそりと聞いていた。血が上っていた
頭にもようやく彼らの言葉が入り込めるようになり、肩越しにちらっと、彼女は実に顰めっ
面な表情のままこれを一瞥する。再び視線を、口を閉ざすエマに向けて考え込む。
 本当にそうだろうか? 本当にそれだけの理由で、彼(アルス)の心は折れたのか?
 いや……違う。故にシンシアは、半ば確信に近いような回答を抱いていた。
 こう言ってしまうと酷に聞こえるが、彼はこれまでも数々の試練に曝されてきた。それで
も彼はいつだってボロボロになりながらも立ち上がり、今日まで進んできたのだ。支えてく
れる仲間達に恵まれたというのも勿論大きいが、それ以上に彼の中に宿った狂おしいまでの
“意志”と呼べる何かが、そんな数々の奇跡を可能にしたと自分は考えている。
 もっと何か、自分達とは別の原因がある──シンシアはそう直感した。それはルフグラン
号を訪ねても追い返そうとして知られまい、隠そう隠そうとする団員達の様子から見ても明
らかだった。
 そこまで彼が、クランの面々がひた隠しにしようとする理由……。
「──ジーク皇子。お兄さんですか?」
 そうしてシンシアが意を決し、その名前を口にした瞬間、努めて無機質に応じようとして
いたエマの瞳が一瞬、揺らぐのが見えた。本人は必死に口を噤もうとしているが、ここまで
来ると逆に自白しているようなものである。ただでさえシンシア達にとっては、入学以来の
密な付き合いなのだから。
「……マジか」
「なるほどな。確かにお兄さんに何かあったとすれば、アルス君の今回の行動も、一応の説
明がつく」
 驚きと、却って頭が冴える納得。
 フィデロとルイスも頷き、理由(わけ)は殆ど正解だと思われた。尚もシンシアは、エマ
の胸元を掴んで至近距離のままだったが。じっとその目を見返すだけで、先程のような怒鳴
り声は上げる様子はもう無い。
「ユ、ユーディ先生ーッ!!」
 ちょうど、そんな時である。
 シンシア達も顔見知りであるエマの助手が、自身の携行端末を手にしたまま、大層慌てた
様子でこの研究室(ラボ)内に転がり込んで来たのは。

 そもそもの切欠は、イセルナ達が魔界(パンデモニム)に向けて飛び立って間もない頃に
遡る。鬼ヶ領の私邸に居たセキエイは、一人開けっ放した縁側から庭を眺めていた。
『……』
 ぼんやりと、夜長に任せて月見酒。
 勿論邸内には警備の者達が巡回しているため、厳密には完全な自由ではないのだが……こ
うして一時でも長としての責務から解放される瞬間がある内は、まだマシなのだろう。
『随分と呑気なモンだな。肝心の本丸がガラ空きだぜ?』
 だが、そんな憩いの一時を邪魔する者が現れた。次の瞬間そう哂うように声だけが夜闇の
中から聞こえ、セキエイはハッと弾かれたように立ち上がる。見氣を凝らし、この無粋な侵
入者の姿を見つけようと眉間に皺を寄せる。
『よう』
 そこに居たのは、一羽の鴉だった。
 庭のやや奥側の桂垣にちょこんと留まり、夜闇にさえ呑まれずまるで従えているかのよう
な不遜な気配。通常よりもやや大きめのこの個体は、明らかにこちらを見ていた。辺りには
幾つか灯篭の明かりがあるだけで、その双眸には妖しい光が宿っている。
『お前は……』
 ただの鴉ではない。何より聞き覚えのある声、滲み出る禍々しいオーラ……。
 故にセキエイは次の瞬間、この不吉な鳥の正体に気付いたのだった。
 間違いない。“結社”の使徒が一人、ヘルゼル。幻術の類に属する変身能力を持ち、二年
前の大都では自分達四魔長を追撃しようともした──。
『っ、てめえ!』
『おいおい、止せよ。今日は別に、事を構えるつもりで来たんじゃねえんだ。お前に一つ、
いい情報を伝えてやろうと思ってな』
 だが半ば反射的に臨戦態勢に入り、警備の兵達を呼ぼうとした彼を、鴉の姿を取ったヘル
ゼルはそう制した。何を……。それでも尚敵意を剥き出しにする相手に、この使徒は一旦変
身を解いて本来の姿、元鴉系鳥翼族(ウィング・レイス)のそれに戻った。バサリと深い黒
に染まった翼を二度三度はためかせ、音もなくゆっくりと庭の地面に降りる。
『ジーク・レノヴィンが死んだ。竜王峰でジーヴァに負けてな』
『!?』
 それは鈍器で殴られたような、突然の情報。相手が相手だから信じない、というよりもそ
れ以前に、かの対“結社”の旗印的存在──自分達に限れば二年前の大都消失事件における
恩人でもあるその名前に、思わず反応してしまったからである。
 あの坊主が……死んだ? ブルートバードは敗けたのか?
 少なくとも、部下達からそんな報告は受けていない。竜王峰、天上層での出来事だから、
まだ地底側(こちら)には伝わっていないのか。
 内心困惑するセキエイ。しかしそこへ更に、ヘルゼルは決定的な一言を続ける。
『ただまあ、何だかんだで残りの連中は生き延びててな……。奴を蘇らせる為に、先日こっ
ちにある“虚穴(うろあな)”に向かったらしい』
『何……だと? それって、まさか……』
『ああ。大方クロムの入れ知恵だろう。あいつは昔、地底(こっち)で寺一つ任されてたら
しいからな。元僧侶だし、多少の土地鑑もあるんだろう』
『……』
 セキエイは思わず黙り込む。ヘルゼルもとい“結社”達から“虚穴(うろあな)”につい
て言及があるのは、まぁ百歩譲ってその組織力からしてあり得ない話ではないが、問題なの
はクロムだ。
 目の前の男・ヘルゼルと同じ元使徒で、今でこそブルートバードに付いたものの……。
『本当ならこの仕事は、リュウゼンに振られたんだがなあ……。あいつが嫌がってさ』
『──っ!?』
 だからこそ、セキエイは自身が乗せられていると頭の隅で理解しながらも、止められなか
った。衝動に押し切られるように、ヘルゼルが続いて口に出したその名前に、思わず息を詰
まらせて睨み返してしまう。
 ……リュウゼンさん。
 自分の先代に当たる首長・テンドウさんの側近の一人だった人物で、二年前の大都消失事
件の際、期せずして再会を果たした。よりにもよって“結社”側の、使徒の一人として。
『何で──』
 ぐるぐると様々な思いが込み上げ、去来する。
 セキエイは思わず問い返そうとしたが、ヘルゼルは既に踵を返し始めていた。夜闇に紛れ
るようにその黒い翼を翻し、肩越しに目を遣りながら言い残す。
『お前がどうするかは自由だ』
『じゃあな。確かに伝えといたぜ?』
 結局こちらがその真意を訊ねる前に、彼は黒い靄と共に転移して消え失せてしまった。そ
れまでの出来事がまるで嘘だったかのように、辺りはしんと静まり返っている。二人のやり
取りにまるで一旦なりを潜めていた庭の気配が、再び雲間から晴れた月明かりによって照ら
され、只々セキエイだけをぽつんと沓脱石の上に置き去りにする。
『……』
 暫くの間、セキエイは呆然としたまま立ち尽くした。
 “虚穴(うろあな)”、クロムの入れ知恵、リュウゼンさん。
 断片的なキーワード達だけが、ぐるぐると彼の頭の中で反響し続けて──。

「本当に来やがったな。最初は正直、半信半疑だったんだが……」
 まさかと思ってルフグラン号から降りた一行の前には、鬼族(オーグ)の首長・セキエイ
が率いる軍勢が待ち構えていた。少なからず戸惑いを見せている彼らに、セキエイは努めて
険しい表情(かお)をして仁王立ちしている。周りに控える兵達も、甲冑を着込んですっか
り臨戦態勢だ。
「な、何で……??」
「ある所からの情報でな。てめぇら……此処に一体何の用だ?」
 結局辛うじてこちらが絞り出した疑問にも、そっくり訊き返すセキエイ達。どうやら自分
達の動きは、既に漏れていたようだ。始めから彼らは、敵意を剥き出しにして、すぐ背後に
広がっている“虚穴(うろあな)”に行かせまいとしている。
 何もこちらの動向が筒抜けというのは、今に始まった事じゃない。“結社”絡みの、奴ら
の情報網からすれば、今回だけは知られていないというのも不自然だろう。
 だが……それならば何故、セキエイ達はまるで奴らに利するような行動を取っているのだ
ろう? 少なくともこちら側の事情を知っている様子だが、あの怒りようは何か別の執念じ
みたものを感じる。いわゆる使命感ではなく、もっと個人的な感情のような……。
「イセルナさん」
「ええ。こうなったら仕方ないわね。きちんと話しておきましょう」
 だからこそ、イセルナ達は方針を転換し、彼らに自分達が置かれた状況──ジークの戦死
と、その魂を連れ戻す為に冥界(アビス)に乗り込むつもりなのだと打ち明けた。その為に
は直通路であるこの“虚穴(うろあな)”が、どうしても必要であるとも。
「ンな事は知ってる。此処は俺達が代々、護ってきた場所だからな。現世の人間が気安く立
ち入っていい場所じゃねぇんだ。……自分達が何をしようとしてるのか、解ってるのか?」
 しかしそんな面々──レナやステラ、イセルナ達からの説得に、セキエイは頑として聞く
耳を持つ気は無いようだった。逆に一行がやらかそうとしている事の重大さを、静かに凄み
のある声色で警告してくる。
「わ、解ってます。でも……!」
「このままじゃあジークは、もう二度と戻って来ないんだよ!?」
「それが“死”ってモンだろうが。何当たり前のこと言ってやがる。てめぇらだけが特別な
んじゃねえんだぞ。どうせ余計な入れ知恵でもされたんだろ……」
 ギリッと歯を噛み締め、その苛立ちを隠そうともせずに一歩前に出るセキエイ。
 族長。部下達が慌てて追従しようとしたが、他でもない当の本人がこれを片手で制した。
或いは元よりその心算だったのだろう。真正面から“正論”を叩き返されて渋面を浮かべて
いるイセルナ達に、彼は告げる。
「どうしてもって言うんなら……。俺と戦え、使徒クロム!」
 半ば叫んだような怒り。そんな思わぬ相手からの指名に、仲間達は誰からともなくこのか
つて敵側にいた魔人(メア)の武僧・クロムを一斉に見遣った。
「……なるほど」
 レナやステラ、マルタといった少女達がおろおろと戸惑っている中、ダンは一人静かに呟
いていた。当のクロム本人や、団長イセルナ、ハロルドなどもすぐにその意図する所を理解
したように見える。
 要は復讐か。或いは私怨。確か大都消失事件の際、彼は同じ使徒・リュウゼンに対してま
るで顔見知りであるかのような態度を取っていた。鬼族(オーグ)同士、過去に何か因縁が
あったのかもしれない。その怒りを今、元とはいえ同じ使徒だったクロムに向けているのだ
ろう。
「……どうする?」
「どうするって何も……。こっちの話は聞いてくれそうにないしなあ」
 じっと眉間に皺を寄せて、シフォンがちらっとこちらに横目を遣ってくる。ダンや他の幹
部達は迷っていた。一応向こうが“条件”として出しているのなら、応じた方がいいのかも
しれないが……。
「構わん。出よう。それで、此処を通れるというのなら」
 すると他でもない当のクロムが、そう躊躇っている面々を余所に歩き出した。セキエイは
既に部下達から離れ、荒地の広い空間に立って待ち構えている。クロム! ダン達は止めよ
うとしたが、クロムは聞かない。現状自分がこの要求を呑む他、打開策がないと判断したの
だろう。「時間が惜しい」ただそれだけを、背を向けたまま呟いて。
『……』
 かくして半ばなし崩し的に、一騎打ちが始まってしまった。
 セキエイの側は、彼が連れて来ていた鬼族(オーグ)の軍勢。クロムの側は、面倒な事に
なったと心配そうな表情を浮かべるイセルナやダン以下、ブルートバードの仲間達。ゆっく
りと拳をパキパキと鳴らしながら、セキエイは殺気の籠もった眼で言った。対するクロムも
静かに、十分な間合いを置いてその場に立っている。
「……言っとくが、俺は本気でお前を取る気でいくぞ。死人一人を生き返らせに行こうって
んだ。なら代わりに……お前の命を置いてけ!」
 おおおッ!! するとどうだろう。次の瞬間、セキエイは爆発的に込めたオーラを、外で
はなく内に注ぎ込むように踏ん張った。ただでさえ筋肉質の偉丈夫だったその肉体が、メキ
メキと見る見る内に膨張して隆起、巨大化する。まるで全身に筋肉の鎧を着込んだかのよう
な、異様な姿に変貌した。
『なっ──!?』
「で、でっかくなったー!?」
「……強化型《武》の色装。オーラの全てを肉体強化に充てられる俺の能力だ。オーラの攻
防変化、気装は使えなくなっちまうが、それを補って余りあるパワーを発揮できる!」
 寸前に《識》で視ていたハロルドを除き、驚愕する仲間達。
 セキエイはそう言い切るよりも早く、直後ダンッと強く地面を蹴ってクロムに襲い掛かっ
ていた。巨岩のような右腕が振り被られ、風を切る拳が迫る。
「──っ!」
 それでもクロムは、同時に持ちうる最大限の能力を発揮していた。
 先ずは全身に鉱人族(ミネル・レイス)特有の硬質化能力を張り巡らせ、次いで《鋼》で
これらを更に強化。黒鉄色になった右拳を突き出し、先手を打とうとしてくるセキエイの攻
撃とぶつかる。
 轟。互いの膨大なオーラと拳の衝撃波が、辺り一帯を瞬く間に吹き飛ばした。風圧で飛ば
されそうになるセキエイ傘下の鬼族(オーグ)達が、慌てて手で庇を作りながら踏ん張る。
クロムの側もイヨやマルタ、レナとった面々が吹き飛ばされそうになるも、咄嗟にこれを掴
んでくれたリンファやサフレ、リカルドやオズといった仲間達に助けられる。
「っ……、くっ……!」
「ぬ、おおおおおおおおッ!!」
 しかしである。数拍互いに拮抗していたと見えた両者の拳が、直後片方を押し切った。
 破られたのはクロムだった。《武》で巨大化したセキエイのパワーに押し負け、黒鉄色の
右腕が血を流しながらグシャグシャに折れ曲がる。
「ぐっ──!?」
「嘘だろ? クロムの、二重に硬化した拳だぞ……?」
「何て破壊力だ……」
「クロムさん、逃げて!!」
 どっ……せいッ!! されど仲間達が叫ぶのも虚しく、クロムはセキエイの剛腕をもろに
受けた。拳を顔面にめり込まされて、地面に叩き付けられる。まるで地割れのように激しい
陥没に捕らわれながら、セキエイは一切彼を逃がさないとでも言わんばかりに組み伏せた。
《鋼》の防御さえ打ち抜いて血飛沫が飛ぶ中、それでも彼はこの元使徒を殴り続ける。
「何故だ!? 何故リュウゼンさんは、よりにもよって“結社”に!? お前達は一体、あ
の人に何をしたんだ!?」
「……知らない。彼が組織に入ったのは、私よりも前の事だ。それに個々の動機は、使徒級
の中でも探り合わないことが暗黙の了解になっていた。大命さえ果たせるなら、細かな部分
には目を瞑ろうという方針だった……」
「っ──!!」
 衝撃で反り返る自身の身体。その反動でまた叩き付けられ、衝撃が、ダメージが不死性の
身体に刻まれる。
 なるほど、そういう事か。しかし当のクロムは散々に殴りられているにも拘わらず、寧ろ
妙に冷静だった。何処か安堵している節さえあった。視界の端に、怒りに呑まれてゆくセキ
エイの姿が映っていた。幾度となく振り上げられる拳が、自身に吸い込まれてゆくさまが、
手に取るように分かる。
「リュウゼンさんは……先代に仕える幹部の一人だった。先代の──テンドウさんの方針も
あって、俺達鬼族(オーグ)は当時、地上からの開拓者達と何とか折り合いを付けようと奔
走していた」
「……」
「だが、それを快く思わない連中が、テンドウさんを殺した! 暗殺されたんだ! 支柱を
失った俺達は勿論、地底の人間はその所為ですっかり奴らに敵愾心を抱くようになっちまっ
た。統務院との衝突を知ってるだろう? リュウゼンさん達残された幹部は、そんな混乱の
中で次々に戦死したんだ。生きている筈、なかったんだ」
「……」
 殴り続けながら、吐露する思い。
 それはセキエイが長年抱え込んで来た、辛い記憶だった。当時まだいち小間使いでしかな
かった彼にとって、それは心の傷として残り続けた。今でこそ時が流れ、新たな首長として
の仕事に忙殺されて遠い出来事になってはいたものの、それは決して「癒えた」と呼ぶこと
は出来ない。ただでさえ彼を知るヘルゼルが、自身の私邸に情報を持って来た後となれば。
「答えろ! リュウゼンさんは何故“結社”にいる!? 俺達への恨みなのか? テンドウ
さんがあんな事になったのに、俺達がのうのうと地上の連中を受け入れたから……!」
 それは後悔であり、同時に失望でもあった。彼に“裏切られた”という思いと、それでも
尚燻り続ける同胞意識だった。
「…………」
 幾度となく殴られ続け、ボロボロになってゆくクロム。しかし彼は心の中で思う。一見理
不尽と思われる怒りを向けられたとしても、自分はそうされても仕方ない罪を重ねてきたの
だから。救済を求め、その実個人的な私怨を取り繕い続けたのだから。

『俺は連れ出す、こいつを外に連れ出す! 生きて生きて生きまくって、何度も死にたくな
るくらい後悔させて、最期の最期まで生かし続ける。それが俺なりの……こいつに背負わせ
てやれる償いだ!』

 かつて、他ならぬジークに向けられた言葉。
 咎人であり、本来なら牢獄から出る事さえ叶わなかった自分が今ここに居るのは、全て彼
が必死に懇願してくれたお陰だ。自覚した罪の大小を問うべくもなく、自分は償いの為に生
きている。取り戻せる筈もない過去の清算の為に生かされている。
 故に──これも“報い”なのだと思った。この痛みさえ自らに与えられた試練なのだと。
 かつて自分は“結社”の一員として、災禍を振り撒いてきた。今までの行いが復讐として
返ってきた。当然の報いなのだと。
 幸か不幸か、この呪われた身体は並大抵のことでは滅びない。
 殴りたければ殴るがいい。それで少しでも、君の無念が晴れるなら……。
「──」
 だが次の瞬間、クロムはカッと目を見開いた。既に数え切れないほど《武》の剛腕に殴ら
れ、ボロボロになっていても尚、まだ彼の耳には仲間達の声が届いていたのだ。悲鳴に近い
呼び声が聞こえていたのだ。
 嗚呼、そうだったな。
 彼には悪いが、まだ滅びる訳にはいかない。少なくとも、ジークを蘇らせるまでは……。
「こんの……ッ!!」
 もう何度目かさえ分からないほど振り上げられたセキエイの拳。
 クロムはそれを、再び自分に叩き付けられる寸前で掴み取ったのである。最初のぶつかり
合いで壊された右腕ではなく、残っていた左手で。
「っ!?」
「……! クロム!」
「クロムさん!」
 そしてセキエイがこの反撃に反応するよりも早く、クロムは自身の硬化能力で彼の片腕を
一気に固めてしまったのだった。《鋼》も併用して重くなったそれを、セキエイは易々と振
り解くことが出来ない。
 その隙に、クロムは空いたもう一方の右腕に……ありったけの力を注ぎ込む。
「──破戒装・殲!」
 それは彼の右腕を中心とした、巨大な硬質化の角錐だった。何重にも《鋼》で重ね、鋭く
強化したその形状は、まさに頑強なドリルと形容するに相応しい。ぬう……っ!? 大技が
来ると悟ったセキエイは逃れようともがくも、すっかり硬化能力で一体化させられた右半身
は、まるで言う事を聞かない。雄叫びを上げながら高速回転し始めるドリルの切っ先が、彼
の巨大な《武》の筋肉鎧にめり込む。
「ぐっ……があぁぁぁぁぁぁぁぁーッ!?」
 響き渡る断末魔と、金属にも似た掘削音。
 最初堅牢を誇ったセキエイの鎧が、見る見る内に砕かれていった。はたして硬化ドリルの
勢いはそのまま止まらず、遂には彼自身を撃ち抜いて激しく吹き飛ばす。
『──っ!』
「やったあああ!!」
 イセルナやダン、仲間達の歓声が飛ぶ。鬼族(オーグ)達も大きく中空を舞うセキエイを
唖然として見上げながら、直後どうっと落下した彼の下へと駆けつけに行った。
 粉々に千切れた筋繊維や血があちこちに飛び散ってはいるが、当の本人は辛うじて息をし
ているのが確認できる。相手と同じくらいにボロボロになって荒く肩で息をしながら、彼は
ゆっくりと身体を引き摺って近付いて来る、この元使徒を睨み上げる。
「……てめぇ。わざと手を抜きやがったな。妙だとは思ったんだ。俺程度で一方的にボコら
れてたし、さっきの技も敢えてぶっ壊れた右手を使ったろ。威力を、加減する為に」
 えっ──? 部下の鬼族(オーグ)らやレナにステラ、白兵戦向きではない仲間達の声。
 だがクロムはそんな彼の言葉を否定も肯定もしなかった。只々同じく静かに息を荒げ、整
え、これを見下ろしながら呟く。
「……それでも常人ならば、とっくに死んでいる」
「はん。魔人(メア)のお前に言われてりゃあ世話ねぇな……」
 おずおずと、少なからぬ両陣営の仲間達が、そんな二人のやり取りを見守っている。元よ
りクロムにはセキエイを殺す心算など無かったのだ。あくまで冥界(アビス)に降りる為、
その直通路である“虚穴(うろあな)”を使用する許しを得る為。何より自身がこれまで重
ねてきた罪と古巣を考えれば、恨まれて当然だと。
「畜、生……」
 そう訥々と、地面に仰向けになっている相手を見つめながら、クロムは立っている。
 セキエイはそんな消え入りそうな声で、最後にそう一言だけ呟いた。大きく深呼吸をした
かと思うと、そのまま瞼を閉じて眠り始める。イセルナ以下仲間達はゆっくりと互いの顔
を見合わせると──程なくして安堵したのだった。

 どうやら決着はついたらしい。
 一応お互いの、思いをぶつけ合った末に。


 魂魄楼は、死後の世界・冥界(アビス)のほぼ中心に位置している。そしてこの街は同時
に、世界中の死と再誕を司る、魔流(ストリーム)の要衝でもあった。
「ささ、こっちですよ~。はぐれずについて来てくださいね~?」
 そんな薄暗く黒い大地に降り立った後、ジーク達死者の魂は、死神・ハナの案内でこの巨
大な都市群へと入って行った。船着き場らしき区画を抜け、街との境と思しき城壁を前に、
各地から連れて来られた魂達がずらりと幾つもの列を作って待たされている。
(結構でっかいな……。梟響の街(アウルベルツ)とは比べ物になんねぇや。下手すりゃあ
大都(バベルロート)並みか? まぁ世界中の死人が集まって来るんだし、寧ろまだ手狭な
ぐらいかもしれねえけど……)
 ハナ曰く、魂魄楼は大きく東西南北四つの区画に分かれているのだそうだ。上空からも見
えていた、準和圏の家屋や高楼が建ち並ぶ外側を、高くて分厚い城壁が囲っている。
 その全体の中枢は、北寄り中央の一際高い高楼群。
 基本的に彼女ら死神達も、普段はこの四方の城壁近くにある各詰め所で寝泊まりをしてい
るらしい。
「順番を乱さないように! 一人ずつ装置に触れ、入場許可を取ること!」
 各列の先頭では、どうやら検問らしきことが行われているようだ。周りではハナと同じ黒
装束と隊の腕章をつけた死神達が目を光らせ、連れて来られた魂達に一人ずつ、白い水晶球
型の装置に手をかざさせている。
 真っ新から使い古されて汚れるように。彼らがフラフラと手をかざす度に、水晶球は一瞬
黒ずんで表面に何やら文字列が浮かび、それを検問を担当する死神達が記録している。ハナ
に訊ねてみると、あれで個体の識別──生前の名前と、身に宿した“穢れ”をある程度確認
することができるらしい。「……穢れ?」ジークがそう眉根を寄せる反応は彼女も予想して
いたらしく、あくまでニコニコと微笑(わら)いながら「罪の度合いですよ。生きていれば
どうしたって、大なり小なり背負わざるを得なくなるものですから」と、何となく軽く流さ
れる格好となる。
「次! 装置に手を──」
 そうして暫く待ってジークの番になると、検問官の死神がそう言いかけた言葉を止めてし
まった。人魂でも白装束でもなく、生前の姿をそのまま留めているジークが珍しいようだ。
 確かにハナからも“強い魂”として最初は驚かれていたが……それでもこれだけ日々数多
の魂達を捌いていると、時折そういったタイプの者も見かけるのか、次の瞬間にはもう興味
がないといった風に行動を促されていた。
 見様見真似で水晶球の装置を包むように両手をかざし、ズズズッと濃白の表面に黒い靄が
広がる。ジークは密かに眉根を寄せ、目に見えて示されたこの自身の罪の度合いとやらに、
キュッと静かに唇を結んだ。
(これが、俺の“穢れ”か……)
 何年も冒険者として散々魔獣を斬ってきたし、場合によっては傭兵として敵軍の人間を斬
ったりもしてきた。六華の正体が判ってからは“結社”との戦いに次ぐ戦いだったし、世間
で言う因果な役回りを負ってきたことぐらいは自覚している。それでもこうして改めて示さ
れた、どす黒い色を見ていると……やはり良い心地はしない。
「ふうん……? ジーク・レノヴィン。貴方が……」
「? ああ。そういや名乗ってなかったっけ」
 ちょうどそんな最中、ハナが水晶球に浮かび上がった文字列を読んで、何やらぶつぶつと
呟いていたようだったが。

 検問を抜けたジーク達は、そのままハナの案内で魂魄楼の市中へと足を踏み入れた。
 尤もまだ彼女ら死神の保護下にあるということで、自由行動は許されない。段々と幾重に
も仕切られた壁の向こう、準和圏風の街並みをやや遠巻きに眺めつつ、一旦は専用の区画に
隔離されるらしい。
「死者の国って聞いたから、もっとこう殺伐としてるモンだとばかり思ってたが……案外変
わらないモンなんだな」
「そうですねえ。肉体から剥離したとはいえ、魂が消える訳ではありませんので」
 少しだけ苦笑いを零し、ハナは言う。検問後、少し席を外して何処かと連絡を取っていた
ようだが……この後の隔離云々についての報告か何かだろう。とうに馴染んだという様子で
白灰色の石畳の上を歩きつつ、彼女は気持ち街の空を見上げている。
「でもこうして自由に暮らしてゆけるのは、この楼内だけです。街を一歩出てしまえば、保
護結界は在りませんからねえ。基本的に冥界(アビス)は不毛の地で、寧ろ此処が例外なん
ですよ。在ったとしても、大体は万が一に備えた補給基地ぐらいですしねえ」
 道中、自分達と同じように死神と思しき黒装束の面々に引率される魂らの列と何度か出く
わした。時には馬車に積まれ、輸送される荷物の如く駆け抜けていったパターンもある。そ
んな光景を、段差の上を行き来する楼内の住人達はまるで気に留める様子もない。
「……これから俺は、どうなるんだ?」
「舟の中で少しお話したように、閻魔衆の準備を待って順次裁定を受けることになります。
それまでは基本、保護された死神の隊舎に設けられた留置所で過ごすのが通例ですね」
「裁定? 確か浄化云々って言ってたアレか」
「ええ。先ほど検問所で、ご自身の“穢れ”などを測定したでしょう? 閻魔達はこれらの
情報を基に個々の魂の状態を確認、その侵食度合いに応じて浄化の工程を決定します。勿論
“穢れ”が深刻なほど、浄化には時間が掛かりますねえ。これには“煉獄”という専用の施
設に入って貰うことになるんですが……まぁその話は追々。基本的に浄化さえ済めば、その
後は転生の為に輪廻──魔流(ストリーム)に還るか、こちら側に残って暮らすかを選ぶこ
とになります」
「えっ? そんなのも選べるのか?」
「はい~。まぁ当人の“穢れ”の程度にもよりますけど」
 まだ選択肢がある。何の気なしに告げられた事実にジークは少し驚いたが、ハナはあくま
で淡々と答えているように感じた。検問官の死神然り、どうも此処の住人は「何時も通り」
に拘るような節がある。彼女は思い返すように苦笑(わら)うと言った。
「私達死神も閻魔も、楼内の住人達も、元を辿ればそうして此処に残ることを選んだ者達な
んですよ~。その中で輪廻の維持・管理の職に就いたのが、私達という訳です。死神は魂を
回収する武官、閻魔は魂を捌く文官──そういう役割分担なんです」
「……」
 つまり死んでも働く訳か。ジークは内心げんなりした。
 まぁ確かにこうして、死後の世界とやらの妙に現実臭いさまを見せられているのだ。今更
全てから解放されますよと言われても信用ならないが。……となると、楽になる為に自ら死
を選ぶというのは、その実全くの無意味ということになる。
「私の所属する隊は“東棟十六番隊”──今歩いている、東側の城壁に詰めている死神隊の
一つです。もうすぐ隊舎に着くので、後は担当の者の指示に従ってください。何かあれば遠
慮なく訊いてくださいね~」
 その後もハナは細々と“裁定”までの決まり・手続きを話してくれたが、ジークはあまり
耳に入ってこなかった。結局自分は竜王峰での戦い、ジーヴァに敗れ、仲間達も“結社”と
の落とし前も全部置いて来てしまった。弟・アルスや両親、今までの人生で出会ってきた全
ての人々との記憶が、後悔や未練として蘇る……。
「ささ、着きましたよ~。ここが私達十六番隊の隊舎です。留置所は奥になります。担当の
指示に従って部屋に入ってくださ~い」
 そうして一行は、東側城壁の一角に設けられた、小さな砦のような場所に辿り着いた。
 ハナを先頭にジーク達がやって来ると、隊舎内に居た他の死神達が、妙にビシリと敬礼し
て出迎えてくれる。……何でまた? それとなく訊ねてみると、何でもハナはこの十六番隊
の副隊長だというのだ。見た目と第一印象からして完全に意外だった。挨拶してくる部下達
に応じながら、彼女はジークら魂達を連れて奥へ奥へと進んでゆく。
「姉さん」
 ちょうどそんな時だった。留置所らしき建物が見えてきたその最中、ふいっとジーク達の
前に一人の死神姿の青年が現れる。
 年齢は多分、ジークと同じくらいか少し下。小柄な体格のせいで何となく舐めてかかりそ
うではあったが、当の本人が纏う気配は寧ろ只者ではない負けん気の強さを感じる。
「あら、ヨウ。戻ってたのね」
「連絡を受けて急いで戻って来たんですよ。……全く、姉さんはいつも段取りというものを
軽んじるんだから」
「……なあ。もしかしてこいつ、あんたの……?」
「あ、はい。私の弟で、副隊長補佐のヨウです。しっかりしてるでしょ~?」
「誰の所為だと思ってるんですか……。初めまして、ジークさん。十六番隊三席、副隊長補
佐、ヨウ・クチナシです」
 この小柄な死神・ヨウからの、改まった丁寧な自己紹介。確かに姉とは対照的だ。
 うん? だがそこで、ジークは一抹の違和感を覚えた。
 何でこいつ今、俺の名前を? まだ此処の連中には、一切名乗っていない筈だが……。
「ああ、大丈夫ですよ。検問の後に連絡を受けてますから。それよりも貴方に、会わせたい
人がいるんです」
「……?」
 しかしその理由は、程なくして知れた。そう密かに頭に疑問符を浮かべていたジークを見
つめながら、次の瞬間ヨウは建物の裏手から出てくるもう一人の人影を促したのである。
「──よう。久しぶりだな、ジーク」
「ッ!?」
 着物を揺らして現れたのは、同じく黒衣の死神服に身を包んだ男性だった。
 違う点があるとすれば、ハナやヨウとは別に一回り大きくて豪華な腕の隊章と、右側だけ
が黒く塗られた四方の文様、それらに囲まれた『十六』の文字が大きく描かれた羽織を引っ
掛けていたこと。
 だがジークは、そんな見た目など関係なく、酷く動揺していた。目の前に現れたこの人物
を、誰よりもよく知っていたからだ。
「マーロウ……さん」
 ぐらぐらと揺らぐ両の瞳で見据え、されど間違いないと自らの記憶にまた戸惑う。
 デビット・マーロウ。
 彼はかつて、ジークとアルス、レノヴィン兄弟が救う事が出来なかった同じ故郷の男性。
二人を現在の道に進めた、切欠とも言える人物だったからである──。

 セキエイとの一騎打ちを制し、イセルナら仲間達はようやく“虚穴(うろあな)”を通る
許可を得ることができた。一方自分達の長を倒され、一層敵意の炎を燃やす鬼族(オーグ)
の兵達ではあったが、そんな彼らを引き留めたのは他ならぬセキエイ当人だった。
 仮にも自ら条件を出したのだ。約束は守る──男に二言は無い。たとえ敗れてボロボロに
なったとしても、しっかりと筋だけは通す。彼なりの矜持らしかった。
 部下達に急ごしらえの手当てを受け、包帯でぐるぐる巻きにされたセキエイ。
 ようやく上半身を起こして貰いながら、彼は再びルフグラン号へ戻ってゆく一行を見送る
と、その背中に向かって半ば呪詛のような呟きを残した。
『……今回だけは見逃してやる。だが、命の保証は出来ねぇぞ』

 本来ならば案内役を担って貰う予定だったクロムが、深手を負ってしまった。今後の奪還
作戦に不安は残るが、そもそも彼が文字通り身体を張ってくれなければ、この禁制の直通路
を通ることさえできなかったのだ。一時離脱という格好にはなってしまうが、暫くは自分達
だけで冥界(アビス)を目指さなければならない。
「クロムさん、大丈夫かしら? ハロルドさんやレナちゃんが手当てしてくれたし、何とか
命に別状はなさそうだけど……」
「うーん。大丈夫なんじゃない? 私と同じで魔人(メア)なんだしさ? 大体あんなボコ
ボコにやられておいて、手加減してたっていうんだもん。少なくとも本人は負けるつもりは
なかったんだろうし……」
 “虚穴(うろあな)”への降下を始めた船内で、リュカを始めとした仲間達が、ブリッジ
から遠く離れた一室に移されたクロムを心配していた。それでも魔人(メア)仲間でもある
ステラなどは、半ば呆れたように受け流し、慰めていたが。
 イセルナやダン、ハロルドやリカルド、シフォンやグノーシュ、そしてリンファ・イヨと
彼女らに守られるように立つアルス及びエトナなど主要なメンバーは、総じて浮かない顔を
していた。心配なのは仲間達全員が同じく抱く気持ちだ。
「……」
 ぎゅっと静かに、アルスは兄・ジークが残した六華を抱き締めていた。
 頭上の中空でふよふよと、相棒(エトナ)も眉をハの字にして浮かんでいる。皆、兄の為
に必死になって闘ってくれている。痛む心を必死に堪えて、前へ前へ進もうとしている。
 じゃあ、僕は?
 僕には一体、何が出来るっていうんだろう……?
「皆、そろそろ渦の中心に近付くよ! 凄く揺れるだろうから、しっかり掴まっててね!」
 すると操縦桿を握っていたレジーナが、一同にそう緊迫した様子で注意をしてきた。ゴウ
ンゴウンと、確かにブリッジから覗く景色はどんどん独特の靄が掛かって見通しが利かなく
なってゆく。
 高濃度な魔力(マナ)が集まって出来る、世界を隔てる壁──霊海だ。
 しかも此処はそんな普段自分達が過ごす大陸の上などではなく、更に魔流(ストリーム)
が無数に吸い寄せられてゆく大穴の中である。人一人などまるでゴミクズのように、靄の隙
間から覗くその内部は蠢く深淵だ。世界を一つ丸々ぶち抜くほどの空間、流入し続ける魂の
乱気流。飛行艇ルフグラン号は、今まさにそんな人智を超えた領域を抜けようとしている。
「障壁装置(シールド)最大出力! 船体に直撃したら、一巻の終わりだぞ!」
「総員、対ショック姿勢! 魔流(ストリーム)に軌道をズラされないように注意して!」
 エリウッドやレジーナ、技師組の面々が必死になって船体を操っていた。ドンッと何度か
大きな衝撃が連続して訪れ、次いで断続的に強く船全体が一方に引っ張られる感じがする。
 魔流(ストリーム)だ。
 この“虚穴(うろあな)”に流入する無数の魔流(ストリーム)達が、その中心へと渦を
巻いて落ちて行っているのである。
「ぬっ……ぐっ……!?」
「ゆ、揺れるるる……」
「こりゃあ……。きっついな」
「っていうか、これ本当に船は大丈夫なのか? さっきから軋んでるし、途中で空中分解と
かしねぇだろうな?」
「……大丈夫。その時は皆一緒」
「全っ然っ、大丈夫じゃねえええー!!」
 イセルナ以下仲間達も、必死に周りの手摺りや固定机にしがみ付き、これに耐えていた。
流石に不安になってリカルドがキョロキョロとしているのを、ミアがぼそっと呟く。彼を含
めた他の団員達も、尋常ではない大荒れに少なからず慄いていた。
「うろたえるんじゃねえ! お前らもちったあ、船長達の腕を──」
 しかし異変は、ちょうどそんな最中に起こったのである。動揺する仲間達を何とか落ち着
かせようと、ダンが自身も手摺りに掴まって叫ぼうとしたその時、急に辺りが色調を変えた
ように赤と鈍(にび)に染まったのである。
『……仲間だ』
『仲間が、いる……』
 故にダン達は目撃した(みた)のだった。明らかに異変に包まれた船内で、何処からとも
なく、幾つもの声が直接頭の中に響いてくる。
 手だった。人のような形をしながらも直感として人ではない、酷く痩せこけ青褪めた小人
のような者達が、場の足元から壁面、天井に至るまで次々と現れてはこちらに手を伸ばして
きたのである。
「ひっ──?! な、何!?」
「壁をすり抜けて……。こいつら一体、何処か入って来やがった!?」
「何なの、これ。頭が……痛い。声があちこちら、ガンガン響いて……」
 船体に掛かる引力など序の口だった。はたして一行はこの突如として現れた小人達に次々
と縋り付かれ、掴まれていった。「な、何!?」殆ど泣き出しそうになるレナや、絶句する
エトナ。ダンなどは「畜生、離しやがれ!」と力一杯振り解こうとするが、それ以上に次か
ら次へと纏わり付いて来るこの小人達の数に、キリがなく押し負けそうになる。
「っ!? この子達、氷霊剣(ハクア)を……!」
「こっちもだ! 拙いぞ。こいつらもしかして、聖浄器も狙ってるのか……!?」
 気付けば小人達の縋り付く手は、イセルナ以下面々の持つ十二聖ゆかりの武具にまで及び
始めていた。慌てて剣の柄に、待機形態の装飾品に掴み掛ってくる彼らを引き剥がしつつ、
一行は何とかこれを死守しようとする。
 これまでの旅で、そして今後“結社”との決戦において必要不可欠となる重要なアイテム
達だ。何よりジークを含めた、多くの人々の犠牲の上に託されたこれらを、こんな所で奪わ
れる訳にはいかない。
 一方でクロムも、寝かされていた船内の一室で、この異変に遭遇していた。辺りの壁や天
井、四方八方からすり抜けてくる小人達の姿に、ベッドの上で愕然としている。
「ひぃっ……!? た、助け──!」
「!? アルス!」
「しまった! あいつには六華が……!」
 だが致命的だったのは、その最中でアルスもまた、小人達の餌食になってしまったという
ことだ。兄・ジークが遺した護皇六華、聖浄器を抱えていた彼は、イセルナ以下他の面々と
同様、次々と伸ばされたその手に掴まれていたのである。
「何……すんのよっ! アルスを、離しなさい……ッ!」
「ア、アルス様! 六華を! 六華をこちらへ!」
「駄目だ、もう取り囲まれている! 引き剥がせ! このままじゃ呑み込まれるぞ!」
「アルス様、オ手ヲ! 私ノ手ヲ掴ンデ……!」
「お前達……アルスに一体何をしてる!? ボクの、ボクらのアルスを……!!」
 必死になってこの相棒に縋り付く小人達へと掴み掛り、引き剥がそうとするエトナ。
 イヨが錯乱し、小人達が殺到する六華を離すように叫んだ。その間にもリンファやミアの
半ば怒号のような叫び声が飛び、仲間達が大慌てで彼に手を伸ばそうとする。
 しかし──それらは全て寸前で、空を切ったのだった。次の瞬間アルスの身体は六華を抱
えたまま、この小人達と同じように、まるで床をすり抜けるようにしてすぶぶんと沈んで行
ってしまったからである。
『……』
 ダンやミア、イセルナにリンファ、イヨ。
 仲間達の瞳から一斉に光が消えた。アルスが小人達に引き摺り込まれた──その事実をす
ぐ目の前で見せつけられ、にわかに五感の全てがスローモーションになる。ただそれはほん
の一瞬の出来事で、ダン達は次の瞬間には叫んでいた。
「アルスーッ!!」
 自分達のすぐ目の前で、もう少しで手の届く距離に居ながら掴めなかった、レノヴィンの
残るもう一人の姿を。

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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

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