日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「灰歴史」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:風、アルバム、陰】


「大学から?」
 日没後の飲み屋街で、秀一は久しぶりにその番号から着信を受けた。
 連れの後輩と、カウンター越しのバーテンに断りを入れ、一旦一人店の外へと出る。
『そうなのよお。あんたが昔いた大学からね? 大きな封筒が届いてねえ。私じゃあよく分
からないし……』
 電話の向こうに居たのは、母だった。自分達子供が自立してからは、年老いた父と共に、
故郷の田舎で静かな余生を過ごしている。
 数年ぶりに聞いた母の声は、明らかに衰えていた。やはり歳月の流れは残酷なのか。或い
は用件に対する戸惑いも加わっているのか。
 慣れない文字に訥々としながらも、彼女は手元に引き寄せてあった開封済みの書類を読み
上げると言う。
『えーっと……。総合法学部創立五十周年記念、同林会特別号製作のお知らせ。つきまして
は卒業生の皆さまには、アンケート用紙を郵送しております、だって』
「アンケート?」
 母曰く、かつて秀一が在籍していた大学から、数点の書類が入った封筒が届いたそうだ。
 思わず眉根を寄せた秀一は、どうすれば良いか迷う母に、それら一点一点の題名と序文を
ざっと読むよう指示する。
 同林会──確かその名は、昔通っていた学部のOB組織だった筈だ。いわゆる同窓会とい
う奴である。以前にも何度かそれらしい会報が届いていたらしいが……すっかり忘れてしま
っていた。在学中(あのころ)は未だ、住民票は実家にあったから。
 どうやら今年は学部にとって節目の年に当たるらしく、かつてのOB達の動静を一挙に載
せるつもりのようだ。アンケート用紙が同封されているのも、その資料作りの為だろう。
「……書かなくていいよ、そんなもの。さっさと処分しちゃって」
 だが秀一は、次の瞬間そう答えていた。
 苦虫を噛み潰したような、まるで昔を懐かしむ類の感情とは正反対の表情。そんな息子の
にべもない指示に、電話の向こうの母は小さく驚いている。
『えっ? いいの? あっちに居た頃のお友達とか、色々判るんじゃないの?』
「卒業してから、何年経ってると思ってるんだよ……。十年だぞ? とっくにもう、それぞ
れの生活やら何やらで手一杯だよ。誰も一々、気にしたりなんかしねえって」
 母さん……。そう大真面目にきょとんとする母の声に、思わず漏れる嘆息。
 少し言葉が荒くなった己を自覚し、秀一は一旦冷静になろうと努めた。わざとらしく小さ
く咳払いをしてから、あたかも言い聞かせるように理屈を捏ね始める。
「大体さ。そういうのってもう、時代遅れなんだよ。生徒全員の顔や連絡先が載ってる冊子
だなんて、個人情報の塊だぜ? 悪意のある奴が使えば、犯罪(やっかいごと)の手助けに
しかならねえしな。本人が直接じゃなくとも、流出する可能性はある。名簿業者って言葉、
聞いたことぐらいあるだろ?」
 曰く、掲載されることにリスクが大き過ぎる。何よりも只々、煩わしい。
 実際そういった冊子文化が残っていること自体、時代にそぐわないと秀一は思っていた。
 プライバシーの塊であるそんな代物を、紙媒体にして複数人が持っていることが先ずもっ
てどうかしてると思うし、寧ろ現代ならばSNSや個人のパソコンといったデジタル機器で
如何様にも代用できる。情報はできるだけクローズドに。顔が売れて何ぼの芸能人でもない
限り、徒に自分が誰かに知られる必要性など無い。
『でもねえ……』
「それに。あくまで“アンケート”なんだろ? 強制されてる訳でもないのに、ホイホイと
個人情報を教える必要なんてねぇよ。俺も、父さんや母さんもな。そっちだって、やたらめ
ったらセールスの人間が来るなんて鬱陶しいだろ? ゴミから探られるかもしれないから、
細かく切るか、燃やすかしてくれると助かる」
 我ながら尤もらしく、論理的に説明したつもりだ。都会だと安易に火をくべることも出来
ないが、田舎ならば庭先でパパっと済ませられる。
 しかし電話の向こうの母は、理解しながらもどうにも躊躇っているようだった。秀一が煮
え切らない態度に眉間の皺を深めていると、母はぽつっとその理由を呟く。
『だけど秀一。あんたも向こうでの思い出の一つや二つ、あるんじゃないかい?』
「──」
 嗚呼。この人は何も解っていないんだ。
 長らく置き去りにしていた思いが、次の瞬間そんな母の一言で再び燃え上がり始めた。
 あくまで本人は全くの善意で、息子が学生時代をそれなりに楽しんでいたとばかり思って
いるようだが……勘違いも甚だしい。

 在学中の思い出? そんなものは一切無い。
 というよりも、秀一自身、当時の記憶自体がすっかり消え失せてしまっている。厳密に言
えば、年を経る毎にどんどんと曖昧に霞んでゆき、誰それという顔形や詳細を殆ど思い出せ
なくなってしまっている。
 それは何も、歳月の流れ──加齢だけの話ではないのだろう。少なくとも秀一にとって、
学生時代というのは必ずしも青春を謳歌するような輝かしい時期ではなかった。寧ろじわじ
わと明日への活力を絞め殺される、忌まわしい日々でさえあったと記憶している。
 両親や祖父母の時代はともかくとして、今や学生の身分というのはイコール、遊び回れる
最後のモラトリアムだという感覚で臨まれることも珍しくはない。事実中高生の頃よりも遥
かに自由と時間が余り、尚且つバイトなどである程度自ら稼いだ金というものが付随する頃
合いでもある。抑圧された反動、或いは初めての経験に欲が出る。故についうっかり羽目を
外し過ぎて遊び惚けた四年間、なんてパターンも周りには結構いた筈だ。
 だが……自分は違う。
 そうして周りが最後の若き輝きを謳歌する中にあっても、当時の秀一はすこぶる真面目な
学生だった。勉強と社会へ飛び立つ為の助走こそ本分だと、強く自らに言い聞かせていた。
 何故なら自身の進学は、両親がなけなしの貯蓄から実現させてくれたものだと知っていた
からだ。
 決して裕福とは言えなくとも、せめて我が子にはしっかりとした教育を……。
 秀一はそんな、本人達があまり表立って口にしなかった願いを、幼いながらに察していた
のだった。だから向こうで知り合った同級生らの少なからずが遊び回っている間も、自身は
学生としての勉学に励んだ。一方で両親の仕送りだけに頼り切ってはならないと、時間を作
ってはバイトにも勤しむようにした。自らで稼ぐ、その予行演習と経験も兼ねて。
 ……せめて、そんな思いに応えられるだけの何かを。
 結果秀一が選んだのは、とにかく資格を取ってゆくことだった。実際一口に専門知識や技
能と言っても、ピンからキリまである。将来自身の仕事に役立つような、実務的なものを。
幸いにして進んだ学部は、経済から金融まで広い分野の法律を扱っていたことから、その眼
鏡に適うものは多かった。
 手に職を。ライバルに差をつける。とにかく食いっぱぐれのないように。
 そう秀一は信じて、地道に将来に対して積み重ねを続けた筈だったのだが──。
『貴方は在学中、何をしましたか?』
 いざ就活のシーズンとなって、秀一は正直打ちのめされた。長机の上で手を組んでこちら
を見ている面接官達の表情(かお)が、まるで異質の生き物であるかのように思えてならな
かった。
 何を? 問われてこれまでの勉学の数々を話したが、彼らにはあまり響いていないような
気がした。寧ろ「そうじゃない」と、訊きたいことはもっと別の所に在るとでも言いたげな
ように哂っていた。
 結果は──惨敗に次ぐ惨敗。
 まぁ元より今日びの就活なんてこんなものだろう……。そう自分を励ます一方、周りでは
一人また一人と、内定を勝ち取る同級生が現れたのだった。しかもその少なからずが、在学
中は内心軽蔑さえしていた“遊び人”的な者達ばかり。
 ……何故だ? 秀一は思った。場合によっては静かな怒りさえ覚えていたと思う。
 それは他でもなく、思い知ったから。自分のように真面目に勉強をしていた人間よりも、
ある程度遊び回っていても“面白い”人間の方が受けが良いという事実。○○という資格を
持っているという強みよりも、独自のエピソード・経験を持っている人材の方が、人事の者
達の目を惹き易いのだという現実。
 ……悔しかった。
 その後何とか自身も小さなメーカーに就職する事が出来たが、一度抱いてしまった敗北感
を、秀一は中々払拭出来なかった。
 結局、求められているのは──「非言語」のコミュ力。その時々の空気を読み、場を盛り
上げられる技術なのだと。どれだけ個人の能力が高くとも、長い目で見れば、一つの仕事を
長く続けてゆくのに必要なのは人柄だったのだ。好ましいでなければ、そもそも二度三度と
お鉢が回ってくることもない。優先的に、贔屓にされることも難しい。
 嗚呼、そうだ。自分は改めて学ばされたのだ。自分はまたしても、同じ事を繰り返してい
ただけじゃあないか。
 合わないのではなく、合わす。
 自分の思いとはそぐわないからと、大学も新天地で決めたというのに、結局は何も──。

「もう昔の事だよ。とにかく全部処分──焼いちまってくれ。間違っても勝手に書いて出す
なんて真似はしないでくれよ? たかが四年程度の場所に、そこまで開けっ広げにする義理
なんざ無いんだから」
 数拍、厳しい表情(かお)で目を瞬く。
 秀一は静かに自身の唇をキュッと結ぶと、そう電話の向こうの母に改めて念を押した。こ
ちらの苛立ちやら何やらに勘付かれしまいやしないかと、少し不安にこそなったが、それ以
上にひょんなことから思い出した“過去”への不快さの方が大きく勝っていた。
『……まあ、あんたがそこまで言うんなら、そうするけどねえ』
 戸惑いながらも、別段断る言い訳も見つからずに母は答えている。秀一自身、流石に大人
気ないなとの自覚はあったが、抑えられなかった。苦労と苦渋の記憶はあっても、楽しく能
天気なそれは何一つ憶えていない。結果的に思ったほど大きくは羽ばたけなかったものの、
あの四年間は只々助走する為の、色々な意味で学ぶ為の期間だったのだと割り切っている。
 細かく裁断するのではなく、結局燃やしてくれと頼んだのも……そんなかつての自分を今
度こそ葬り去る為だったのかもしれない。後こちらに送り直されても、料金の無駄だ。面倒
だが今後のことを考えると、配達先の指定だけは移しておくべきか。

 そうして遠く故郷、夜闇の深まってゆく実家で、母は息子に頼まれた通りに件の書類を火
にくべる。話を聞いた父が縁側で見守っている中、古びたドラム缶の中でパチパチと燃える
赤色に食われるようにして、紙束はあっという間に塵と化した。火が形作る明かりとその漂
って昇ってゆく気配を、年老いた二人は静かに見上げている。

「お帰りなさい。電話、何だったんスか?」
「……いや。大した事じゃねえよ」
 また秀一も、一方で返した踵で店の中に戻ると、カウンター席で待っていた後輩に訊ねら
れて言葉を濁す。よもや密かな地雷だとは思いもしない彼は、それ以上これといって追及は
しなかったが、結果的に良い判断であったと言える。席に戻って来て早々、秀一はすっかり
氷が溶けて温くなってしまったグラスの酒をくいっと飲み干した。静かに微笑するバーテン
に、続いて二杯目を頼むと、どっかり背もたれに身体を預けて嘆息をつく。
(……そうだよ。今ですら一杯一杯だってのに、背負いっ放しじゃあ身が持たねえ)
 この街に生きている連中は皆、各々の“現在(いま)”で精一杯──ストレスフルだ。
 だからこそ大なり小なり“過去”なんてものは、早々に降ろしてしまった方がいい。荷物
が多過ぎれば、進む事は出来ない。どうしたって足は、歩みは……重くなる。
 今この瞬間にだって、未来(あす)にだって。
                                      (了)

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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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