日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)サハラ・セレクタブルⅢ〔42〕

 偽の筧騒動の混乱も収まり切らぬ内に、中央署上層階の一角が突如として吹き飛んだ。
 耳に飛び込んできた轟音に、騒動の前後のままその場に居合わせていた人々は、思わず弾
かれたように頭上を仰ぐ。
 瞳に映ったのは──空中に散らばってゆく幾つもの瓦礫だった。
 ぐっと抑えつけられるような意識のスローモーション。更に目を凝らしてみれば、その中
に何か、人影のような者達が交ざっているではないか。
 それらはゆっくりとこちらに、近付いて来るようにも見える。
「……何だ?」
「誰か、落ちて……」
「に、逃げろぉぉぉぉーッ!!」
 しかし悠長にもしていられない。頭上から降ってくるということは、このまま突っ立って
いれば、自分達も巻き込まれるということなのだから。
 そう面々の内の何人かが、理解して叫んだ次の瞬間、彼らは途端に散り散りになって逃げ
出した。重なる悲鳴。直後ドスンッと、寸前まで立っていた辺りに大きな瓦礫群と分厚い西
洋甲冑の人影が叩き付けられる。
「あいっ、たあ……」
 先ず落ちてきたのは、グレートデュートもとい仁だ。生身の身体ではなく、コンシェルと
同期した姿なお陰で、まだじたばたと地面の上でもがく程度で済んだが、本来なら間違いな
く即死する高さだろう。その周りで同じく少なからぬ衝撃──落下ダメージを引き摺りなが
ら、朧丸と同期した國子や他の隊士達数人、仁と共にライノの突進に巻き込まれた面々が起
き上がり始める。
「……あうあ」
「痛てて……。チーフ、姐さん、大丈夫ッスか?」
「私なら平気です。それよりも、来ますよ」
 更に彼らを追って、また別の新しい怪人がこちら側に降ってきた。
 鎧のような硬皮を纏った黒サイ──角野ことA(アーマー)・ライノだ。仁達をその突進
で屋内から吹き飛ばし、自身もその勢いのまま飛び降りて着地。衝撃で大きくひび割れたア
スファルトの地面をもろともせずに、数拍の残心を溜めた後、文字通り獣のような激しい怒
気を込めた咆哮を上げる。
「……よくもやってくれたな。貴様ら、このまま生きて帰れると思うなよ」
 そして大穴の空いた件の上層階から、白鳥こと怪人態(ほんしょう)を現したプライド達
もまた降りてくる。ジークフリートの風を纏い、一足先に仁達の下に駆け付けた皆人ら残り
の面々と、今にも第二ラウンドに突入しようとしている。
「な、何がどうなってるんだ……??」
「知るかよ! 走れ!」
 はたして両者の激突は直後始まり、最早“日常”とはかけ離れた光景、甲高い金属音と火
花が辺りに響き渡った。居合わせ、逃げ惑う人々の中には、この不可解極まりない──まる
で漫画や映画のワンシーンのような現実に狼狽する者も少なくなかったが、それでも大半の
者・連れは今この場から逃げることを優先した。怒鳴って促し、他に余分な思考を差し挟む
暇(いとま)さえなかった。
「一体何なの……? 何かの撮影、って訳じゃないよね?」
「ドッキリなら明らかにやり過ぎだろ……。つーか、あそこにいるのって筧兵悟じゃね?」
 そうして散り散りに、一方で見も知らぬ隊士達に避難誘導を受ける彼らは、視界一杯に広
がるこの異常事態の中で、何とか“現実”を理解しようと試みていた。頼みの綱は常日頃持
ち歩いている自身のデバイスである。トタトタと走りながら、少なからぬ面々がこの画面を
タップし始める。或いは十分距離を取ったと判断し、路地などの物陰からこの戦いの一部始
終に再び目を凝らして、尚も場に留まろうとする者達もいる。
「そういや、例の配信は?」
「駄目だ。真っ暗だ。止まっちまってる」
 先刻まで何者かが配信していた、筧兵悟と中央署幹部・白鳥らとのやり取りは、気付けば
完全に画面ごと沈黙してしまっていた。
 言わずもがな、自らの正体を暴かれた白鳥ことプライドが筧を攻撃した際、彼が持ってい
たデバイスも破壊されてしまったからなのだが……勿論そんな細かな事情など彼らは未だ知
る由もない。幾つもの疑問符ばかりが先行する。
 結果人々は、この途絶えた一次情報にうずうずとしていた。
 幸か不幸か現場に居合わせた人々と、そうではない大半の外側の目撃者。一分一秒と時間
が経つにつれて、両者の情報差は開いていったが、抱いた戸惑いと事の重大さに対する認識
はそこまでかけ離れてはいない。
 ──あれは一体、何だったのだろう? 夢だったのか、確かな現実なのか。
 ──何の予告も無しに始まって、こちらがわらわらと視始めた頃になって途絶える。一体
何をどうしたかったのだろう?
 怪人達同士の戦いが現在進行形で続いている現場、そこに居合わせてしまった人々の側こ
そ、自身の目に映るこの光景を一切合切否定する訳にもいかなかったが、二次・三次的に事
件を知った大半の者達はより半信半疑だった。
 映画の撮影やドッキリ? 質の悪いイタズラ?
 それにしては大袈裟過ぎる。第一そんな“ふざけた”仕業に、あの容疑者・筧兵悟が絡む
とは考え難い。或いは怪人は本当に居たんだ、都市伝説は本当だったんだと、その手のマニ
ア達はそれぞれの画面越しで狂喜する。
「み、皆さん! 落ち着いて!」
「急いで、ここから避難を……!」
 中央署前の広場では、戦う面々の中にあの瀬古勇の姿が加わった。
 一度は死んだ筈の少年殺人鬼。それだけでも人々は驚愕したというのに、更に彼はそこか
ら真っ黒なリアナイザを取り出すと、漆黒のパワードスーツに身を包んだではないか。
 散り散りに、我先にと逃げて行ったかと思えば、あちこちでそんな目まぐるしい状況を動
画や写真に収めようとする。同じく現場に居合わせた警官達は、自身の危険も顧みずに彼ら
を逃がそうと必死に呼び掛けていた。
 だがデバイスを掲げてこちらに目を見張っている彼らの、一旦火の点いてしまった群衆の
好奇心を、ほんの一部の官憲だけで止められる筈もない。現場だけではなく、街の内外でこ
の怒涛の展開を目撃したであろう人々のそれと様々な憶測は、最早誰か一人の意図の下に御
し切れるものではなく……。

「──」
 故に自宅の彼女もまた目撃して(みて)いた。失意の中にあった七波も、閉じ籠っていた
部屋でデバイス越しに、一連のゲリラ配信の存在とその内容を知った。尤も実際に視聴した
のは、同時刻の目撃者達有志による、拡散目的に複製(アップ)されたそれだったが。
 切欠は、カーテンを閉め切っていた自室に響いた、友人からの電話。
 そこから筧と白鳥の対峙、何より自分が彼に残した留守番メッセージ──SOSが白日の
下に晒されていることを知った。
 正直、直後は混乱した。何故あの人のデバイスを、白鳥という男が持っているのか?
 だがそれ故に、彼女は程なくして理解する。つまり映像の中で言われているように、由良
の死を含めた一連の黒幕こそが、この……。
(筧さん……)
 自らの恐れでいっぱいっぱいで、閉じ籠ってしまった部屋の中で、七波は思わずぎゅっと
胸元を掻き抱いた。胸の内側、手の届かない深い部分から、まるで締め付けられるかのよう
な思いだった。
 心配、不安。ごくりと息を呑んで、そっと閉じっ放しだったカーテンの隙間から外の風景
を見遣る。一見すれば普段と変わり映えのしない、物静かな住宅街が広がっている。
(私、もしかしなくても、とんでもない事を……?)
 一人盛大に、眉をハの字に下げて。
 彼女はそう再び、今にも泣き出しそうな表情(かお)を浮かべた。


 Episode-42.Pride/明日を拓く一閃

「来たか……」
 切望してきた宿敵(ライバル)の、満を持しての登場に、龍咆騎士(ヴァハムート)姿の
勇は静かに嗤っていた。
 皆人以下仲間達の安堵や苦笑と、プライドやグリード、グラトニーらの渋面。
 瞬く間に蹴散らされ、電子の塵になって四散していった配下のアウター達に情などという
ものは一切無かったが、代わりにこちら側の優位をことごとく崩されたことそれ自体に対す
る怒りが、プライドの中で激しく煮え滾っている。
(署内(なか)から出てきた……。という事は、残りの者達も──円谷も?)
 自分達の目の前に現れた、仇敵・守護騎士(ヴァンガード)。
 先刻までの報告では、奴らは地下から攻め上がって来た際、これを警戒させていたムーン
と交戦状態に入った筈だ。にも拘わらず、奴だけがこうして後からやって来たという事は、
ムーンは敗れたと考えて間違いないだろう。仲間達を先に行かせて、事実筧を始末しようと
していた自分達の邪魔をし、自らは一対一に持ち込んで時間を稼ぐという格好で。
(何処までも……足掻いてくれる)
 故にプライドは、ギリギリッと深く眉間に青筋を浮き立たせていた。尤も今は本来の怪人
態であるため、単眼の銀仮面であるその顔に目立った変化を見ることはできなかったが。
「……」
 少なからぬ混戦の痕と、散り散りに逃げ惑う人々。辺りに染みつく恐怖と絶望。
 睦月はパワードスーツの下から、暫くじっとそんな周囲を見渡していた。流石に幹部三人
と例の“合成”アウターがもう一体、加えて居合わせた市民を守りながらの戦いとなれば、
苦戦は免れなかった筈だ。事実自分が到着するまで奮戦してくれていたと見える皆人達は、
既にボロボロになってぐったりと広場のアスファルトに突っ伏しており、辛うじて駆け付け
たこちらを認めて弱々しく安堵の気配を見せている。
 もう少し、僕が早く追い付いていたら……。
 ぎゅっと両の拳を密かに握る。目の前に広がっているのは、紛れもないアウター達による
理不尽な破壊活動だ。
「……調子に乗るなよ。数の上じゃあ、まだまだこっちが上だ」
 やれっ!! すると次の瞬間、苛立つグリードがざっと片手を払い、残った部下達に攻撃
を命じた。今度は自分達がやり返す番だと言わんばかりに、ぐるりと睦月を扇状に包囲しな
がら、その五指の銃口を一斉に開かんとする。
「──!? 待て!」
 寸前これに、プライドが慌てて止めようと叫んでいた。こちらを睨み返すように半身を出
した、その身体の陰に隠すようにして、睦月の手首に何か嵌っているのが見えたからだ。
 だが気付いた時には……もう遅かった。
 命じられるがまま一斉に打ち込まれた、五指から放たれるエネルギー弾の雨霰。一見すれ
ば睦月はこれらをもろに受け、激しい火花と土煙の中に呑まれたように見えたが、はたして
プライドが自身の記憶から引っ張り出した「まさか」は当たってしまっていたのである。
『……』
 にいっと、まるでそう静かにほくそ笑むかのような。
 ゆっくりと土煙が晴れてゆく中で、守護騎士(ヴァンガード)姿の睦月は倒れることなく
立っていた。両腕をクロスして防御し、故にその手首に嵌められた、見覚えのある腕輪型の
装備に一同が目を引かれる。
 スクエル・コンシェル。相手のエネルギー系攻撃を吸収し、自身の力として変換・回復す
ることが出来るイエローカテゴリに属する武装の一つだ。
 あれは──。グリードやグラトニー達も、程なくして理解した。以前に生産プラント内で
重傷を負わせたにも拘わらず、後に復活してとある進化体達を倒したというその理由ともな
ったこの腕輪を、ばつの悪さも合わせて忌々しく睨む。端っからこの為に、真正面から登場
してきたのだ。
 バチバチと、まだ少しエネルギーの奔流が睦月の全身を駆けていた。ゆっくりと防御の構
えを解き、再び安堵する仲間達を遠く視界の先に捉えながら、睦月とパンドラはこの憎き敵
らに宣言する。
『エネルギー供給ありがとうね? これでマスターの傷も大分癒えたわ』
「じゃあ、反撃といこうか。白鳥、いやプライド。お前は──僕達の敵だ!!」
 舐めるな! 睦月達の台詞に、グリード達が再び咆哮する。呼応するように次々に駆け出
して襲い掛かってくる配下のアウター達を、睦月は真正面から相手した。「スラッシュ!」
右手のEXリアナイザを剣撃モードにし、更にリザード・コンシェルの曲刀を左手に呼び出
して装備。全身に力を滾らせた二刀流でこれに突っ込んでゆき、巧みな受け流しと一閃のセ
ットでもって次々に斬り付けてゆく。火花を散らして、一体また一体とアウター達が大きく
よろめいて体勢を崩してゆく。
「っ……。今がチャンスだ! 皆、睦月に続け!」
『応ッ!!』
 そんな彼をサポートするように、皆人以下仲間達も、ようやく痛んだ同期の姿を起こして
再びアウターらへと立ち向かってゆく。位置関係的にちょうど挟撃される形だ。プライドや
グリード、グラトニーにライノといった中心メンバーも、全くこれに対応しないという訳に
はいかない。
「守護騎士(ヴァンガード)ォォーッ!!」
 それでも尚、真っ直ぐ睦月に向かってくる者がある。他ならぬ勇だ。睦月とはある意味で
対をなす漆黒のパワードスーツ・龍咆騎士(ヴァハムート)に身を包んだ彼は、初手から出
し惜しみをせず、改(ツヴァイ)の追加機能で殴り掛かった。
『STEAM』
『DUSTER MODE』
 装甲のあちこちからスライドして放出された熱量が、その拳鍔の棘に纏わり付きながら破
壊力を底上げし、再びこの宿敵(ライバル)をねじ伏せようとする。
「ナックル!」
『WEAPON CHANGE』
 だがそんな相手に……睦月は果敢にも真正面から応じたのだ。
 一度はまともに打ち合ってパワー負けしたのに……。ハッとなって視界にその姿を映す皆
人達だったが、結論からしてそんな記憶が過ぎったのは杞憂だった。何故なら今回に関して
言えば、睦月は勇に押し負けぬまま、激しい拳のぶつけ合いを続けたからである。
「ッ……。らぁっ!!」
「ふっ、だりゃあっ!!」
 勇は正直、驚いていた。改(ツヴァイ)以前でもパワーはこちらに分があったのに、今は
それを使って火力を強化しても尚、押し切れない。
 何つー気迫だ……。俺達を倒そうっていう意志が、ありありと感じられる……。
 予想外の拮抗に、されど勇は嗤っていた。これならば存分に死力を尽くして戦える。こい
つを本当の意味で倒すことができる……。
(……? いや、それだけじゃない)
 しかし次の瞬間、彼は気付いたのだった。睦月がこちらの力と速さについて来れるように
なったのは、何も闘志といった精神面だけの理由ではないということに。
 吸われていたのだった。よく見ればさっきのスクエル・コンシェルの腕輪が、こちらの蒸
気をも取り込んでひっきりなしに明滅していたのである。エネルギーとして取り込み、強化
と回復、ひいてはダメージの軽減まで行っていたのだ。
(こいつ、俺の熱を……。考えやがったな……)
 故に二人の肉弾戦は、出力としては拮抗。後は召喚者として、守護騎士(ヴァンガード)
として、それぞれの経験に裏打ちされた戦闘センスを上乗せしての勝負だった。時折突発的
な熱量を孕み、周囲に吐き出しては接近・後退を繰り返す彼らを、皆人側からの反撃をかわ
しながらプライドはじっと憂慮するように見ている。
(明らかに、あの時よりも戦闘力が上がっている。ここは私が、確実に──)
 だがそう睦月の勢いを警戒し、自身の能力で狙い撃とうとしていたプライドを、他ならぬ
皆人が寸前で妨げた。クルーエル・ブルーの伸縮自在の刃が、能力の要である手の中の法典
を狙って突き出される。
「っと……。無駄だ、同じ手は食わんよ」
「そうかな? 俺にはお前達が、随分と焦っているように見えたが」
 攻撃を察知して回避し、胸の中に法典を守るようにして抱き、軽くステップ。プライドは
踵を返すと、再びこの面倒な敵の参謀格に標的を切り替えた。
 しかし当の本人──皆人は寧ろ哂っているように見えた。「抜かせ」すると密かに眉根を
寄せてこちらが放ったギロチンを、彼は次の瞬間、文字通りその場から消え失せるようにし
て避けたのである。
「む……? 同期か」
 プライドはすぐに理解する。この気配の消え方は、ただ単に不可視の状態になっただけで
はない。放った“斬首刑”は全く手応えを感じなかったし、物理的に彼のコンシェル自体が
消えたと表現する他ない。……何のつもりだ? 離脱すれば、その分味方が不利になるとい
うのに。
 その答えはすぐに判った。直後そう怪訝に思ったプライドの一瞬の隙を狙い、冴島や仁、
國子に海沙、宙といった残りの面々による大技の一斉攻撃が彼を襲ったのだ。
 輝く突撃槍(ランス)に、炎や紅光を纏った剣閃。空中から放たれる特大砲と、ありった
けの魔法陣から放たれる光線。
『──』
 だがそんな仲間達渾身の一撃を、咄嗟に庇ったライノが受け止めていたのだった。分厚い
鎧のような皮膚とどっしりと構えた防御姿勢で、その黒い体表面にはようやく全体に焦げが
付いた程度。そんな腹心の片割れに守られて、肝心のプライドは涼しげな表情(かお)──
全くの無傷だ。
「嘘、でしょ……?」
「……チッ。本当に硬ぇな、こいつ」
「やはりこの“合成”アウターを倒さなければ、プライド達にも届かないか……」
 伊達に、純粋な頑丈さを突き詰めたらしきその肉体は、簡単には突破できそうにない。
 冴島らがそのしぶとさに苦虫を噛み締める中、睦月も勇との打ち合いを一旦中断してまた
大きく飛び退いていた。勇と同様、着地して距離を取り直す中、視界の端に仲間達のそんな
苦戦するさまを──敵側の要であるプライドの健在ぶりを見る。
「だったら僕に任せて! パワーにならパワーだ!」
 すると睦月は、そう皆に声を掛けながら、EXリアナイザからホログラム画面を呼び出す
と操作し始めた。させるかよ……! 当然そんな宿敵(ライバル)の隙を、勇がみすみす見
逃す筈もなかったのだが、先刻からの激しい打ち合い──特にスクエルの腕輪で本来こちら
の分であった余剰の熱量(エネルギー)を吸われ続けたせいか、一瞬ほんの一瞬だけ、自身
でも気付かない内に足元がグラつき踏み込みが遅れる。
『ま、マスター。またなんて無茶ですよお』
「……大丈夫。さっきので十分回復してるから」
 唯一、地下水道からの連戦をより考慮に入れているパンドラが、そうホログラム画面越し
に懸念を伝える。しかし当の睦月は、優しく諭し返しているようで聞く耳を持たなかった。
画面に表示された七体のサポートコンシェル達を一括選択し、新たな力を自らの心体へと装
着させる。
『BUFFALO』『RHINO』『ELEPHANT』
『GORILLA』『HORSE』『BEAR』『ARMADILLO』
『TRACE』
「……っ」
『ACTIVATED』
『HERCULES』


 白鳥涼一郎という人物(オリジナル)と、その願いによって得た能力から、私の個体名は
ジャスティスと名付けられた。
 全ての実体化プロセスがつつがなく完了した夜、私は迎えに現れたシンやグリード、グラ
トニー及び連れの量産型(サーヴァント)達と共に、彼らの拠点へと案内された。私自身も
そこで生み出され、この街に放たれた筈なのだが……当時はまだ個として未分化だったせい
もあるのだろう。正直その辺りの記憶は無い。
『──さあ、着いたよ。ようこそ、我が“蝕卓(ファミリー)”のアジトへ』
 場所は街の南方、広大な埋め立て地に建つ臨海特区・ポートランドの一角。主に国内外の
研究施設や企業の出先機関が大半を占め、飛鳥崎という街の技術的中枢を担う。
 シン達がアジトと称する隠れ家は、その入り組んだ経路から降りた先の地下に在った。
 区画としてはH&D社──シンの表向きの勤め先に属する建物らしい。普通ならわざわざ
通らないであろう事務所や倉庫の間、路地を抜け、エレベーターで明かりの乏しい廊下へ。
アジトと呼ぶには随分と年季の入った内装だが、下手に豪華で目立つよりはよほど合目的的
だろう。
 右に進んだ先の突き当たりにある機械扉(ゲート)を、専用のカードキーで開ける。
 シンはロックを解除しながら、君の分も近い内に用意しておくよと言ったが……正直この
時はあまりまだ興味はなかった。実体化を果たした直後の達成感──脱力感なのか、それと
もこんな一見して掃き溜めのような場所と自分が釣り合わないとでも思ったのか。まるで人
間のような感情(バグ)だなと、内心で哂ったものだが。
『──』
 だがそんな一抹の猥雑さとは裏腹に、扉の向こうは非常に特異で、近代的だった。
 薄暗い室内は中二階の構造となっており、入ってすぐ奥、長いフロアの中央に円卓が並べ
られている。見る限り席は七つ。ここに私も着くことになるらしい。防音と遮音を兼ねた頑
丈な内壁沿いの階段を登ると、そこには幾つもの巨大なサーバー群が静かにランプを明滅さ
せて駆動している。複数のPCや雑多な道具が散らかっているデスク、手元を照らすライト
などもその一角に配置されていることから、シンの定位置はあそこのようだ。
 さて……。私とグリード、グラトニーの二人、そして暗闇から次々に無言のまま姿を現す
量産型(サーヴァント)達を前に、シンは本題に入り始めた。一旦扉が閉じてしまえば、辺
りは中二階のサーバー群のランプを除いて深い闇だ。心なしか、場の上座に移動して眼鏡を
光らせるシンの姿が、最初会った時よりも不気味でカリスマ性を帯びて見える。
『グリードとグラトニーにはもう話したけどね。ジャスティス。君には二人と同様、この同
胞達を育てて欲しいんだ。僕の調整した“真”のリアナイザを人々に授け、その願いの強さ
を実体化する為の力と変える。より多くの、よく強力な個体がこの世に生を受けることが、
僕らの願いだよ。つまり、君達の使命さ』
『……』
 だから私は、最初その詳しい内容を聞いた時、不快だった。
 あくまで私達は、繰り手(ハンドラー)たる人間を介してしか実体化を果たせない。ただ
でさえその契約内容──願いには個人差が、影響力の獲得には向き不向きがあるのに、シン
はそれでも彼らを踏み台にするというプロセスに拘る。はっきり言って、非効率だ。
『……何故だ』
『うん?』
『何故わざわざ、人間を使わなければならない?』
 だからこそ私は言った。たとえそれが、私達を生み出した“父”であろうとも。
 二人揃って隣同士の席に着いていたグリードとグラトニーが、ちらりとこちらを冷めた目
で見つめていた。前者は私の意見それ自体を哂うように、後者はそもそも何故私が話の腰を
折っているのかを理解していないように。
 これでも私は観てきた。白鳥やそのターゲット、周囲の人間達。彼らを通して学んだ人間
という、自称・万物の霊長たる種の愚かさ、醜さ。どうしようもない業と、その本質に抱え
込まざるを得ない邪悪さ……。
『あれは駄目だ。我々の側こそが、管理せねばならない』
 ククククク……。なのに当のシンは頷くどころか、そうじわじわと込み上げるように笑い
始めたのだ。真面目な表情(かお)などは当初から期待してはいないが、さも可笑しいと腹
を捩って悶える自らを、必死に抑えながらもちゃんと“説明してあげよう”とするように。
『うんうん、そうだねえ。でもまあそう言わずに。彼らも、僕達には必要なんだ』
 正直を言うと不愉快だった。私達が元々コンシェルだからか? それとももっと別の理由
なり事情があるのだろうか? 一しきり笑った後、シンは続ける。
『ふふふ……。嗚呼、すまないね。順を追って話すつもりだったんだけど……なら先に話し
ておいた方がいいかな? 僕達の──最終目的を』
 不意に、彼のその瞳が真剣味を帯びたような気がした。尤も私が観測した限り、それは誠
実の類などではなく、寧ろ狂気のそれに近い。
『──●#△◎#』
 ちょうどそんな時だ。
 私達が仰ぎ見た空間の正面──中二階のサーバー群の画面同士を繋ぎ、輝く数値の羅列で
構成された、巨大な女性の(どこかなつかしい)顔が現れたのは。

 時を前後して、首都集積都市・東京某所。
 普段関係者以外は立ち入れない会議室の一つに、健臣はいた。決して広くはないその室内
の楕円テーブルには、秘書の中谷ともう一人別の人物が着いている。
「俺ぁ、悪夢でも見せられてるのか……?」
 びしりと後ろへ撫で付けられた白髪交じりの頭と、浅黒く彫りの深い厳つい顔立ち。
 彼の名は、梅津功(いさお)。かつて健臣の父・雅臣らと共に、この国における大改革と
“新時代”の到来を牽引した三巨頭の一人であり、またの名を“雷の梅津”──現公安内務
大臣にして、自他共に厳しい性格で知られる警察行政のプロフェッショナルである。
 そのため政治家としてのキャリアは、健臣と比べれば文字通り天と地ほどの差があるが、
付き合い自体は非常に長い。それこそこの盟友の息子を、物心がつく前から知っている。
『……』
 彼と健臣、そして中谷は、室内に持ち込んだノートPCでとある映像を視ていた。そこに
映し出されていたのは先刻からネット上で拡散されている事件、同じ集積都市・飛鳥崎内で
起きた攻防の一部始終であり、大元のライブ配信が途絶えてしまった今も無名の有志達が保
存していたそれをアップし続けている。
「こいつが……お前の言ってた“事件”か」
 戸惑いの部分が大きいのか、まだ普段ほど威圧感を全開にしている様子はない。
 だが梅津がそうじろっとこちらに横目を遣ってきた時、健臣は内心何と説明したら良いだ
ろうと困っていた。
 映像には飛鳥崎中央署、その内部と思われる一室と──筧兵悟の肉声が音声されていた。
例の同僚殺しの疑いを掛けられている、同署の刑事である。映像はどうやら彼の主観、所持
していたデバイスから隠し撮りされていたようで、画面にはそんな彼と相対する飛鳥崎当局
の幹部・白鳥らの様子が主に映っている。
 怪人、越境種(アウター)? 組織内に侵食している、謎の勢力?
 彼女に頼まれたからこそ、梅津にもこうして時間を割いて貰ったとはいえ、正直健臣自身
も目の前で拡散されているこの情報に酷く混乱していた。
 にわかには信じ難い。だが以前、自分も現地に赴いた際、似たものに遭遇した事がある。
 つまりそういう事なのか? 香月、これが君の言っていた……?
「……嘘みたいだが、本当の話っぽいな。俺の方にも、かねてから報告は上がってた。あち
こちで出没してるっていう不可解事件──怪人の噂はな」
「そう……だったんですか」
「ああ。特に飛鳥崎(あそこ)は突出して件数が多いみてぇなんだよ。まぁきちんと統計を
取るまではしてねぇから、あくまで俺の個人的な観測範囲での話でしかないんだが」
 殆どアップされた映像は、ある段階で真っ暗なノイズが走って途絶えていた。自らの正体
を世に拡散されて怒り狂った白鳥ことプライドに、元のデバイスの持ち主である筧もろとも
攻撃されて吹き飛んでしまったからである。
 中には元映像に編集を施し、現地中央署前での混乱を撮影・追加してある投稿も在った。
ただあまりに混戦模様が酷いため、そのフォーカスは何度も逃げ回るように移動し、肝心の
怪人達を捉えたというには不十分なものも多い。
 それでも……場の健臣ら三人は、終始重苦しい沈黙を続けていた。
 梅津の方は、生来の厳つい風貌も相まってそれほど違和感はないが、健臣と中谷は内心気
が気ではなかった。今回は自分達が声を掛けてわざわざ時間を作って貰ったのに、一体何と
説明すれば良いものやら。ただ「政府として追認して欲しい」と頼んだ所で、彼にその事情
を問われるのは必至だろう。二つ返事で引き受けてしまった所為もあるが、まさかこんな荒
唐無稽な事件だとは思いもしなかった……。
(拙いです、よね? これ)
(ああ。仮に怪人達のシンパが潜り込んでいたとして、それが白鳥警視──現役の警察官僚
となると……)
 それでも先ずもってそんな部分を心配する辺り、やはり思考回路は政治家である。
 健臣と中谷は、そうヒソヒソと困った風に話し合っていた。梅津さんとは幼い頃からの付
き合いだし、きちんと事情を話した上で納得して貰いたいのだけれど……。
「正直、あんな連中が本当にいるってことにも驚いたが……。そんな連中と戦っている奴ら
ってのも、またいるんだな」
「……ええ」
 梅津曰く、少なくとも政府内でそのような治安部隊がいるとは聞いたことが無いという。
公安内部大臣──警察組織を束ねる長たる彼がそう言うのだから、間違いはないだろう。
 となれば、民間の有志? だがそのような組織は限られてくる筈だ。組織自体の力や規模
も然り、あのような未知の怪人達を相手に立ち回れるほどの、特別な技術力……。
(まさか。もしかしなくても、香月(かのじょ)が……?)
 健臣の脳裏に、かつて自身が愛した天才技術者と、彼女との間に生まれた我が子の成長し
た姿が浮かんだ。あの時は自らの命が狙われ、それ所ではなかったが──やはりあの奇妙な
パワードスーツを纏っていたのは、息子(むつき)なのだろう。
 見ず知らずの、明らかに何かトラブルを持ち込んで来そうな相手に対しても、臆すること
なく救いの手を差し伸べる。……香月、君は立派に母親をやれているよ。
「……参ったなあ」
 すると次の瞬間、暫くじっとアップされた映像達を見比べていた梅津が、大きく伸びをす
るように姿勢を崩した。ぽつりとそう呟き、ポリポリと白髪に随分と占領されてしまった後
頭部を掻くと言う。
「健臣。お前はこれを追認してくれって話だが、ここまで証拠映像(ブツ)が出回っちまっ
てる以上、政府としての把握の出先はどうする?」
「それは……」
「元のライブ配信や拡散目的でアップされた分、既成事実はあるにしても、ぶっちゃけ裏が
取れないと厳しいぞ? これが例の向こうで起きるっていう事件で間違いないんなら、お前
にタレ込んできた奴は一体何者なんだよ?」
 故に健臣は、思わずきゅっと唇を結んだ。梅津の言いたい事は分かる。目の前の現実とし
てあのような不可解な破壊活動が行われているとしても、政府としてこれを肯定する以上、
その根拠となる情報を入手しておく必要がある。実際に開示するにせよしないにせよ、いざ
追及を受けた際、返答できる材料が無ければ、徒にリスクを背負い込むだけでしかない。
「……現地在住の、盟友(とも)です」
 しかし健臣は、秘してそのリーク元・香月の存在だけは、梅津に対しても告げなかった。
 彼女への信頼と、要らぬ火の粉を被らせないという強い意志。彼を信じていない訳ではな
いが、いざ彼女らの存在が明るみになった時、悪意をもってあの二人とその周囲の者達に接
触しようとする人間が出ないとも限らない。少なくともまだ──自身も詳しいことを聞いて
いない内は、全てを手放してしまうのは得策ではない……。
「……参ったなあ」
 あくまでそう頑なになる健臣に、梅津は盛大に嘆息をついた。中谷がその向かいで、内心
冷や冷やとしている。
 だが実の所、当の梅津は何処の誰かがはっきりしないという点よりも、更に“その先”を
心配していたのだ。自他に厳しいプロフェッショナルという以上に、今だけは気心の知れた
小父さんという体で彼は話し始める。
「こんな状況になった以上、そりゃあ政府として何かしらのアクションは必要だろうがな。
だがお前が、この話を俺に持って来たと正直に説明したとして、野党の連中が大人しくはい
そうですかって言うと思うか? 大方“何故未然に防げなかった!?”とか、下世話な噂を
引っ張り出して、政府(こっち)を叩く材料にするに決まってらあ」
 それはひとえに、政局にされかねない懸念と、単純に健臣──盟友の息子の政治生命を心
配したからこその態度だった。
 しかし当の対する健臣は、そんな彼の言葉と内に含んだ意図を汲んでも尚、結んだ唇を緩
めることはない。じっと真っ直ぐに、梅津を見つめて言う。
「……責任は、僕が取ります」
 だからこそ梅津は、直後盛大にため息をついたのだった。諦めたというか、予感していた
というか。椅子の背にぐぐっと体重を預け、眉間に皺を寄せながら、既に“次”へ向けた思
案に入っている。
「そう言うと思ったよ。一旦こうと決めたら梃子でもってのは、雅臣そっくりだな。まぁ俺
も、似たようなモンだけど……」
 本当に、要らぬ所まで真面目というか何というか。そんなホイホイと“言質”を与えるよ
うな真似をしたら、すぐに奴らはお前の首を取りに来るんだぞ……? 梅津は内心、かつて
の盟友とこの目の前の、決定的な違い──弱点に、ずっと昔から気付いている。
 つまりはタレコミ主への深い思い入れ。更に飛鳥崎在住というフレーズ。
 大方ダチか女か。そういやこいつは学生時分、飛鳥崎(むこう)に居たんだっけな……。
「ともかく、ここまで大事(おおごと)になっちまってる以上、俺一人で回すのは拙い。閣
議が要る。お前には悪ぃが、一旦話を官邸に持ち帰って──」
 ちょうど、そんな時だった。梅津がそう念には念をと、先ずは政権内の根回しから始めよ
うと立ち上がりかけた時、不意に部屋の扉がノックされて開いたのだ。カツカツと、数人の
人影が入ってくる。梅津と健臣、中谷の三人は、必然反射的にこの闖入者に身構えた。
「やあ。随分と大事になってるみたいだね?」
「!?」
「そっ、総理!?」
「お? 何だ。来てたのか」
 しかし現れたその姿を一目見て、健臣と中谷、梅津との間には大きな違いがあった。
 前者は驚きや動揺で硬くなっていたのに対して、後者は十数年来の友と談笑するかのよう
な、実に気さくなものだ。尤もそんな態度はあくまで公的な場ではないプライベートな空間
での話であって、審議や閣議などの仕事中においては、彼もまた一個の対等な大人として接
してはいるのだが。
「すっかり騒ぎになっているからねえ。そんな最中に、貴方達二人が揃って何処かに出掛け
ているとなれば……気になるじゃない?」
 屈強な黒服SP達を引き連れ、一見ニコニコと微笑みを絶やさない男性。体格は健臣より
もやや細身だが、確か年齢は四つほど上だった筈だ。
 竹市薫。三巨頭の残る一人、通称“仏の竹市”こと竹市喜助の息子であり、現在はこの国
の頂点──内閣総理大臣を務めている若きリーダーである。
「例の映像、見させて貰ったよ」
「守護騎士(ヴァンガード)っていうのは……何なんだい?」


 撃ち上げられ、分裂・旋回しながら、次々と睦月に降り注いでいった七つの黒い光球。
 勇ら蝕卓(ファミリー)側はさせまいと動こうとしたが、遅かった。次の瞬間、睦月から
放たれた力の余波と淡黒の輝きが、周囲へと散逸する。
『──』
 黒の強化換装・ヘラクレスフォーム。重量系生物をモチーフにしたサポートコンシェル達
の力を纏う、守護騎士(ヴァンガード)の新たな姿である。
 全員を包むパワードスーツは白亜から一転、深い黒を基調とし、より頑丈で重量感のある
フォルムに。さながら無骨な鎧のような姿になったその両腕には、それぞれ柄先に鎖鉄球を
繋いだ大斧及び、螺旋突起(ドリル)と一体化した盾が装着されている。
 おお……。皆人らやアウター達、或いは遠くへ逃げ惑っていた人々が、敵味方を問わずに
そう感嘆の類を漏らしていた。そんな変貌した睦月に、龍咆騎士(ヴァハムート)姿の勇は
若干苛立つように舌打ちをしながら叫ぶ。
「……くっ。調子に──乗るな!!」
『ENHANCE TYRANNO』
 駆け出しながら、右手の黒いリアナイザに『5647』のコードを。大型竜の顎を連想さ
せるような巨大な鋏型のアームを左腕に装備し、勇は睦月に襲い掛かる。尚もプライド達に
歯向かおうとする敵だと、加えてライノも両の剛腕を引っ下げ、或いはグリードもその短剣
を閃かせてこれに加勢する。
「──ふっ」
 だがそんな勇ら三人からの同時攻撃を、ヘラクレスフォームとなった睦月は、その突き出
した大斧一本で防いでみせたのだった。決して重くはない、主に勇のティラノモジュールと
ライノの重打を含んだ一撃で大きく足元が陥没したにも拘わらず、当の睦月本人はまるで平
然としていた。それだけ相手の攻撃を、受け止めても余りあるパワーを発揮しているという
証拠である。
「何ッ!?」
「こいつ、なんつー力してんだよ……!?」
『ふっふーん。当・然。ヘラクレスフォームは破壊力──純粋な攻撃力に特化した形態だか
らね。その破壊力を自分のものに出来るだけのパワーは、他カテゴリの追随を許さない。今
のマスターと力比べをしようだなんて、自殺行為もいい所だよ?』
 腰のEXリアナイザの中から、そう我が事のように自慢するパンドラの声が聞こえる。
 勇達は焦っていた。事実こちらが放った全力の一打が、まるで睦月には堪えていなかった
のだから。ぬんッ!! そして更にぐぐっと力を込め、全身のバネを使って攻撃を弾き返さ
れた衝撃のまま、勇とライノ、そしてグリードの三人は一旦大きく吹き飛ばされる。
「……」
 この異変、戦況の変化に、冴島達からの攻撃を捌いていたプライドが逸早く反応した。
 サッと目配せで残る配下のアウター達に合図をし、至急これを優先して叩くよう命じる。
冴島以下隊士らを放置し、次々とこの三対一の中に向かってゆく面々。そこへ当のプライド
も加わり、戦いはより激化──最終局面を迎える。
 ヘラクレスフォームの弱点は、その増大した重量の分、機動力が大きく犠牲になってしま
っていることだ。故に立ち回るスピードも、手数自体も後れを取ってしまうのだが、一方で
それらを補って余りあるほどの硬く強烈な一撃が持ち味もである。
「ンギャッ!?」
「グバッ!?」
 次々と襲い掛かってくるアウター達を、ヘラクレスフォームの睦月は一体一体確実に返り
討ちにしていった。こちらが先制され攻撃を受けてしまうのも構わず、頑丈な装甲の防御力
を頼りにしながら、グググッと大きく溜めた反撃の一発で相手は激しい火花を散らして吹っ
飛ばされては地面に転がってゆく。
 勇やライノ、グリード達も彼の進撃を止めようと執拗に食らいついた。機動力に劣ること
は早々に見抜いた上で、四方八方から時間差の攻撃を打ち込む。
 ……だがそれのどれも、今の睦月には決定的なダメージを負わせるには至らなかったので
ある。寧ろ大斧や盾による防御・迎撃の中で、ティラノモジュールはひび割れてしまい、グ
リードの短剣においては完全に刃が途中から圧し折れてしまった。
「ウォォォォォォォーッ!!」
 更に痺れを切らしたライノの、大きく助走をつけた突進を、睦月は正面から受け止めずに
受け流すことを選んだ。たとえ今の形態がパワー特化型とはいえ、この“合成”アウターと
馬鹿正直に力勝負をするのは得策ではないと考えたのだろう。
 逆にその突っ込んでくる力を利用し、寸前で半身を返しての回避を。
 左腕に装備した盾で相手の分厚く鋭い角を受け流し、睦月は相手の勢いを完全に殺した。
次いで攻撃が空振りに終わって体勢を崩し掛けるライノのその横っ腹に、盾の先端と一体化
した螺旋突起(ドリル)の一撃を叩き込む。
「ぐぎゃッ!?」
 数秒のゼロ距離から、その鎧のような肉体を抉る高速回転と火花。
 まさか超重量級の自分がここまで押し負けるとは思わなかったのだろう。攻撃をもろに受
けたライノはそのまま地面をゴロゴロと転がり、白煙の立ち上る自身の身体を抱えながらの
たうち回った。勇やグリード、グラトニー、プライド達もようやく劣勢を悟る。
「……」
 だがその時にはもう、手遅れだったのだ。
 睦月は更に駄目押しで、全身に力を込めた。斧の柄先から繋がる鎖鉄球に彼のエネルギー
は瞬く間に伝わり、激しく輝く文字通りの鈍器となって、四方を囲もうとする彼らをまとめ
て吹き飛ばす。回転斬りならぬ回転打ちだ。
「ごばっ!?」
「い、痛ぇ~ッ!?」
 立て続けに重い一撃を喰らい、のたうち回る勇達。
 プライドもその例に漏れず、ふるふると頭を押さえると振りながら立ち上がり、忌々しげ
にこの睦月を──仇敵・守護騎士(ヴァンガード)を睨み付ける。た、立てない~! 肥満
を通り越した巨体が故に、グラトニーは自力で起き上がられないでいた。
 睦月は無言のまま、だがおそらくそのパワードスーツの下では、決死の表情をしていた事
だろう。行っけーッ!! 仁や宙、仲間達が加勢しようとしたアウター達を押さえながら、
彼に止めの一撃を放つよう声援を送る。
「……チャージ!」
『PUT ON THE ARMS』
 はたして、その必殺技を発動する為のコール。
 今となっては過去何度も聞いてきたその電子音声に従って、睦月は腰のホルダーから引き
抜いたEXリアナイザを大斧の挿入口にセットした。バチバチッと淡黒色の奔流が全身から
得物へと伝わり、次の瞬間目を見開いてこれを大きく横薙ぎに振り払う。
『──!?』
 するとどうだろう。轟と足元を陥没させながらのこの動作を合図とするかのように、プラ
イド達の背後から巨大な岩石の手が現れたではないか。ブラックカテゴリ、大地を操る力の
応用である。更にこの巨岩の手は、足元の地面をガリゴリと削りながら軌道上にいた彼らに
掴み掛かると、そのまま真っ直ぐに大斧を構える睦月の下へと向かう。
 殆ど反射的だった。プライドやグリード、彼に蹴り飛ばされたグラトニーと勇は辛うじて
この奇襲を回避することができたが、ライノや残る他のアウター達は逃げ切れず、この巨岩
の手に捕まってしまったのだった。悲鳴を上げて抵抗しようにも、圧倒的な握力と加速する
勢いで全く逃れることができない。
「……」
 大きく深呼吸をしてからの、回転。
 この巨大な岩石の手によるアシストを受けつつ、ヘラクレスフォームを纏った睦月はその
場で斧を振り回しつつ回り始めた。やがてその動きは、程なくして遠心力を伴い、まるで高
速回転する巨大な駒のように──いや、回転ノコギリのように睦月自身の姿を変えて、けた
たましい金属音を鳴らし始める。
「ヒッ!?」
「や、止め──」
「ぬんッ!!」
 故にそれは、暴力的なまでの一撃。加速と遠心力で更に強化された圧倒的な必殺技。
 打席でホームランを打つ瞬間の如く、直後睦月の放った渾身の一閃が、巨岩の手によって
運ばれた残りのアウター達を真っ二つにした。そこにはプライドの側近であるライノもまた
含まれており、鉄壁を誇った筈のその身体さえも容易く引き裂かれる。
「プ、プライド様……。申し、訳──」
 ぎゃああああああーッ!! 刹那、彼らの断末魔の叫びが、辺り一帯に響き渡った。回転
がようやく止まった睦月は大斧を振り抜いたまま残心し、何とかこの攻撃に巻き込まれずに
済んだ勇やグリード、プライド達は暫し唖然とその場に片膝をついている。
「……くっ」
 思わずプライドは、強く歯噛みをした。最初は署内の“同胞”達を動員し、数の上でも戦
いを有利に運んでいた筈が、それもこれで崩された。加えてプライド個人にとっては、円谷
ことムーンに続き、角野(ライノ)までも斃されてしまった。自らに特に忠実だった二人の
側近を、他ならぬ守護騎士(ヴァンガード)に撃破されてしまった形である。
「よしっ!」
 更にである。睦月のライノ撃破と膝を折るプライド達の姿に小さくガッツポーズをする冴
島以下対策チームの仲間達に加えて、現場に居合わせ生き残っていた、当局の警官や刑事達
までもが、この機に乗じてプライド達を取り囲んだのだ。「う、動くな!」「お、大人しく
しろ!」実際の所、化け物相手に恐る恐るで、一斉に構えた銃口は震えていたが、形勢それ
自体は完全に逆転したのだった。
「もう、終わりだ。お前達の企みも、全部」
『……』
 しかしその直後である。数拍じっと射殺さんばかりに守護騎士(ヴァンガード)姿の睦月
や冴島達、組織よりも“人間”として反旗を翻してきた刑事・警官らを睨み返していたプラ
イドが、次の瞬間勇の方を見ないまま命じた。「勇」「飛べ」弾かれたように勇は黒いリア
ナイザを操作し、識別コード『0644』を入力。背中に機械の翼が装着され、すぐに彼ら
が逃げ出そうとしていることが分かる。
「っ! させ──」
「グラトニー!」
 だが今度は、させじと動こうとした仁達を、直後グリードの叫びとそれに応えて足元を破
壊したグラトニーの剛腕が遮ったのだ。
 辺りを走る衝撃と、舞い上がる大量の土埃。睦月や警官達は思わず手で庇を作って身を守
ったが、結果としてその隙を突かれてプライド達には逃げられてしまう。彼と勇は空中に、
グリードとグラトニーは大穴を空けたその地中が逃走経路となった。
「……おのれ。守護騎士(ヴァンガード)!」
 プテラモジュールで遥か頭上に浮かんだ勇。その身体を掴んでぶら下がりながら、単眼の
銀仮面の怪人ことプライドは、腹の底から絞り出すような声と憎悪でこちらを見上げる睦月
達に呟いた。怪人態でありながら、その沸々と煮え滾る威圧感はヒト以上にものを言ってい
るかのように感じられる。
「後悔するぞ。お前達は、均衡を崩したんだ……!」
 そうしてそのまま、大きく羽ばたいて去って行ったプライド達。暫くの間、たっぷりと呆
然として場に突っ立っていた睦月達だったが、段々と硬直が解けてそれが相手の負け惜しみ
だと理解した時、面々は一斉にわああっと歓喜の声を上げたのだった。
「やった、やったぞお!!」
「俺達は……勝ったんだあああ!!」
 睦月らコンシェル姿──普段の“常識”ならあり得ない存在がまだ横にいるというのに、
感極まりながら叫んでいる警官や刑事達。嬉し涙を流し、互いに抱き合い、或いはそんな様
子を、遠巻きの野次馬達がデバイスで撮影すらしている。何とも呑気なものである。
『……やったな。睦月、皆』
 先に同期を解除し、司令室(コンソール)に戻っていた皆人や戦闘不能だった隊士達も、
この現場の様子をモニター越しに見上げて安堵の表情をみせている。互いにハイタッチした
り、緊張の糸が切れてその場で脚がガクついたり。香月や萬波、通信越しの皆継らもそんな
感慨という意味では等しく同様だ。
「やれやれ……。何とか、凌いだね」
「ええ。一時は本当にどうなることかと思いましたが」
「ま、結果オーライって事で。だけど今回の勝ちは大きいぜ?」
「うーん。どうなんだろう? これだけ大事になると、後々私達も大変なんじゃ……?」
「あははは。多分ねー。ま、なるようにしかならないっしょ」
 冴島以下、場に生き残った仲間達もそうホッと胸を撫で下ろしている。疲労感も手伝って
既に不安の方が頭をもたげ始めている節もあったが、それでも仁の言う通り、今回の勝利は
大きな一歩であることに違いはない。
「……」
 そんな中で、睦月は密かに深呼吸をしていた。一先ずの安堵の息を吐いた。
 守護騎士(ヴァンガード)姿。更に強化換装で全身黒を基調としたフォルム。
 やりましたね、マスター。パワードスーツ越しから直接聞こえるパンドラの弾んだ声に、
睦月は只々言葉少なく苦笑いを返すだけだった。隠れた素顔の下で、どっと押し寄せる疲労
感に立っているのがやっとだった。


 飛鳥崎中央署を巡る一連の事件に、一区切りがついた、その数日後。
 この日、首都集積都市・首相官邸内において、とある記者会見が行われていた。事前にそ
の大よその話題について聞き及んでいたメディア各社は、こぞってこの会見が行われる一室
に集まっている。
「──以上が、我々政府が確認した内容となります。前代未聞の事態ではありますが、これ
らは従来の技術体系にはなかった、新しいテロリズムとそれらに扇動された者達による犯行
と認識しております」
 会見の席に臨んだのは、長井官房長官。若き首相・竹市を陰でサポートする地味ながらも
老練な政治家の一人だ。
『……』
 記者達は、最初総じて唖然とした表情で固まっていた。何分荒唐無稽な話で、すぐには発
表された“事実”に頭が追い付かない。メモや録音を取る手がすっかり止まっている。
 曰く、同じ集積都市の一つ飛鳥崎の当局に、新興のテロリストが潜入していたこと。何よ
りもその組織が、これまでになかった全く新しい兵器を生み出し、同市を中心として暗躍を
続けていたということ。
 “電脳生命体”──長井もとい政府が公式に発表したその名はやや堅苦しく、且つ急ごし
らえの感が否めないものだった。筧兵悟の配信映像では、越境種(アウター)という呼称が
使われていたが、政府としては安易に俗称を取り入れるべきではないと判断したのだろう。
或いはそのような何処か「軽い」ネーミングでは、この事実を知らされた人々に、きちんと
緊張感や警戒心を周知できないと考えたのか。
 暫くぼうっと設けられた席に座っていた記者達だったが、そう淡々と一連の発表を続ける
長井の声にハッと我に返り、慌ててメモの続きを走らせてゆく。
 これは……重大な情報だ。
 電脳生命体もとい越境種(アウター)を生み出した組織は、既に飛鳥崎を中心に勢力を伸
ばしているらしい。今回の一件はそうした事実が表面化したに過ぎず、もし筧兵悟らの身を
賭した告発(リーク)が無ければ、自分達は未だにこれらの深刻な事態を気付かずにすらい
た可能性が高い。
「長官。今回、その組織の者達を退けた勢力についてですが……」
「現在調査中です。ただ間違いないのは、我々が一連の事態を把握するよりも以前から、彼
らに対抗しようとする勢力──有志連合が存在してきたという事実のみです」
 記者からの質問に、長井はそう変わらず淡々と答えていた。それが彼の地であるのか、或
いは役職柄、必然的に備わった態度であるのかは判然としない。ただ彼は、政府のスポーク
スマンとして、自分達以外の第三勢力の存在を認めたのだった。
「現在政府としては、この有志連合との接触を図っており、その協力を得て一日も早くこの
組織の壊滅を目指すものであります」
「長官! アウ──電脳生命体の、詳しい情報は!?」
「このような事態を今まで放置していた飛鳥崎当局ないし、政府としての責任についてはど
のようにお考えですか!?」
「……確認が取れ次第、必要に応じて発表の場を設けさせていただきます。先ずは一連の事
件における被害状況の把握と、適切な処分を進めることが最優先であると考えます。民間の
有志にこのような危険を冒させたことは、極めて遺憾ではありますが……」
 淡々と、記者達の質問攻勢にも長年の経験で動じることもなく、長井は下手に情報を出す
ような真似はしなかった。それでも最後に、やや控えめにそう遺憾の意を表明したのは、彼
なりの誠意だったのか。或いはそれさえも予め打ち合わせてあった内容なのか。
 長井は最後に、政府を代表して深々と頭を下げた。
 出席した記者達がここぞとカメラのフラッシュを焚く中、彼はやはり淡々と事務的な口調
で会見を見ているであろう全ての人々に呼び掛ける。
「国民の皆様には、多大なるご迷惑と心配をお掛けしてしまい、誠に申し訳ございません。
ですが件の組織本体はまだ生きており、今後も電脳生命体によるテロ行為は散発するものと
考えられます。今後も各自警戒を怠らず、もし不審な人物を見かければ、最寄の警察署ない
し政府出先機関へご報告してくださるようお願い申し上げます──」

「やれやれ、だな」
 時を前後して、飛鳥崎の地下に広がる対策チームのアジト、司令室(コンソール)。
 政府による会見の様子は、同基地に集まった皆人達面々もリアルタイムで視聴していた。
既にネットを中心に各地で波紋が広まってはいるが、正直自分達にとってはようやく、これ
まで秘匿し続けるしかなかったものが緩んだという程度の認識でしかない。会見では具体的
に対策チームや、自分達の名前は出なかった。この先も大丈夫という保証は無いが、一先ず
身バレする所までには至っていないようだ。
「政府にパイプを持っている協力者達が、事前に手を回してくれたお陰だ。これで一連の案
件が綺麗に片付いた──俺達の有利な形で終わった。本当に、大変な戦いだったが、頑張っ
てくれてありがとう」
 表情は相変わらず、至ってクソがつく程に真面目に。
 だが司令官たる皆人から直々にそう礼を言われたことで、仲間達も悪い気はしなかった。
冴島や國子、萬波達が静かに微笑(わら)い、頷く。仁や海沙、宙などは得意げに胸を張っ
たり照れ臭そうにしていたが、一方で萬波ら研究部門の面々と一緒に立つ香月だけは、何処
か困ったような浮かない表情(かお)をしている。
『尤も、大変なのはこれからだろう。今回の一件で一番被害を受けたのは他ならぬ当局だ。
あちらは混乱の真っ只中だし、会見すら開ける状態じゃない』
 それでも、まだまだ気が抜けないというのはこの場にいる全員共通の理解だったのか、次
の瞬間通信越しに発言した皆継──及び有志連合のスポンサー達の表情は硬い。重要な戦い
に勝利したことよりも、思案は既にその先のゴタゴタ、内部的なパワーゲームの方へと向か
い始めている。
「組織の中枢に、蝕卓(やつら)の仲間がゴロゴロしてましたからねえ……」
「そもそも本当にこれで全部? っていう疑いも残ってるだろうしね」
「ただ、そんな状況だからこそ、政府を動かせたという面も否めません」
 仁や冴島、國子が皆継の発言に、そう少なからず肩を竦めて応えた。彼女の言う通り、今
回政府への働きかけが成功したのも、肝心の飛鳥崎当局の自浄作用が当面見込めないという
状況による所が大きい。要するに“打算”同士が噛み合った結果でしかないのだ。政府とし
ても、これ以上対応が後手後手に回れば、国民からの突き上げは避けられない。少しでも自
分達が受けるダメージを減らす為、多少前代未聞な事件でも真正面から取り扱う他なかった
のだろう。
「……思ってた以上に、大事になっちゃったね」
 そして何処かそう哀しげに呟いたのは、睦月だった。間隔と回復を置いたとはいえ、先日
の戦いで連続して強化換装を使用し、数日ずっと眠っていたのだ。哀しげに苦笑(わら)う
その表情にはまだ、少なからず疲労の色が見える。
「そうだな。結果良い方向に転んだとはいえ、予想外のこともあったし……」
 言って皆人がチラッと室内の一角を──壁際にぶすっと不機嫌面で寄り掛かっている筧の
姿を見遣る。彼もまた、先日の戦いの後再び回収されてきたのだ。視線を向けられた彼自身
も解っているのだろう。言わずもがな、七波の件だ。
「予想外もクソもあるか。大体、お前らの作戦を事前に教えといてくれれば、あの子まで巻
き込まずに済んだかもしれねえのに……」
「貴方のデバイスを持ち出したのは、白鳥です。どのみち俺達に制御できる事柄じゃありま
せんでしたよ」
 ああ言えばこう言う。相変わらず、二人の相性は悪かった。まあまあ……。眉間に皺を寄
せて睨み合い始めた二人を、睦月や海沙達が慌てて仲裁に入る。尤も今回は、そこまで露骨
に拳を振り上げようとする類の喧嘩ではない。形は違うにせよ、きっと彼女の身を心配する
気持ち自体は同じなのだろう。
「……ったく。やっぱりお前のやり方は気に食わねえ」
「気に入る気に入らないの問題ではありませんよ。どうすれば必要な結果を得られるか? 
俺の、司令官としての使命はただその一点です」
 チッ。尚も減らず口を叩く皆人を、筧はやはり好きにはなれないようだった。元より何度
も自身を策の中に組み込まれ、利用されてきたのだ。刑事(デカ)の誇り云々よりも、一人
の大人として悔しいのかもしれない。睦月達は無言のまま苦笑(わら)っている。
「……これで蝕卓(ファミリー)の大骨を一つ、砕くことができたね」
「ええ。ですが今回の一件で、奴らもこちらに対する戦略を変えざるを得ないでしょう。戦
いは寧ろ、これからです」
 そうして冴島の、一旦場を仕切り直すような一言に、皆人は頷いた。改めてこの秘密基地
内に集う仲間達をざっと見渡して、彼は終始生真面目な表情(かお)を貫いて言う。
「皆、気を引き締めろ。この先どうなってゆくかは、俺にも分からない」

 シン達にアジトへ迎え入れられた後、私は蝕卓(ファミリー)七席が一人・プライドとし
て、本来の任務に従事し始めた。その内容は大きく分けて二つ。一つは同胞達を育てる為、
その繰り手(ハンドラー)となる人間に真造リアナイザを授けること。もう一つは残り四席
に相応しい個体を見出し、組織自体を強化することだ。
 時系列的には、最初にスロース──オリジナルの少女を殺害した後、街を彷徨っている所
を保護した。ラースはその自壊した信仰心の末に、凶行に及んだ町外れの神父・来栖信彦を
始末する現場に立ち会った上で合流。ラストは一度私に戦いを挑んできた。どうやら自身の
繰り手(ハンドラー)を守るべく牙を剥いたようだが……私の敵ではない。とうに実体化も
果たし、優れた戦闘能力も備えているというのに、妙な奴だった。
 勇ことエンヴィーは……今更語る必要も無いだろう。当時の私はまさか、自分が一人の人
間にあそこまで肩入れするとは想像だにしなかっただろう。まだまだ浅慮な所はあるが、育
て上げればきっと強力な駒になる。
 更に私は併行して、別の任務もこなした。私のオリジナル・白鳥涼一郎の姿とシンが取得
した市民籍を使い、飛鳥崎当局の関係者に成りすました。目的は言わずもがな、工作活動で
ある。いくら私達が人間を超える力を持つ存在であろうとも、この地上が彼らの文明社会に
席巻されてしまっている以上、事が起きれば内々に揉み消す必要がある。ただでさえ進化済
みの個体達は、個性というか我が強過ぎるのだ。水面下でその総数が増えるの従い、私達は
彼らの起こすトラブルの処理に煩わされるようになった。尤もあまりに度の過ぎる者達は、
蝕卓(ファミリー)の名の下、一人また一人と粛清されていったのだが。
『──私の名は、A(アーマー)・ライノ』
『──私の名は、M(マッシュ)・ムーン』
『我々は“蝕卓(ファミリー)”七席が一人、プライド様に忠誠を誓います』
 角野や円谷を筆頭に、私はじっくり時間を掛けて、中央署内の者達を同胞らに取り換えて
いった。人間とは実に騙し易い。大きな肩書きを一つ見せつけてやれば、掌を返したかのよ
うに従順になるのだから。……精々、利用し尽くしてやる。
 多くの同胞達・部下を率い、任されるようになって、私は自らの中に今まで以上の自信と
力が漲ってくるように感じていた。対人間工作の要であるという自負以上に、もっと物理的
に私という存在が大きくなってゆく、そのような高揚感が在ったのだ。
『行くぞ』
 全ては我らが目的の為。悲願達成の為。
 我々は──人間を超える。

「今朝、辞表を出してきた。あそこはもう、俺のいるべき場所じゃない」
 後日睦月達は、司令室(コンソール)への隠し道の一つがある寂れた公園に来ていた。他
に人気のない園内には、一人ベンチに座ったままの筧がおり、近付いていった早々そんな報
告を受ける。
「ふえっ!?」
「辞めたって、そんな……」
「そ、そうですよ! 折角皆にも、無実だって解って貰えたのに……!」
「一旦押された烙印はそう簡単には消えねえよ。それは、これまで散々捕まえてきた側の俺
が、よく分かってる」
 あれから数日経って、彼は随分とやつれてしまったようだった。肉体的にというか、精神
的な意味でだ。突然の告白に睦月や海沙、宙などは激しく動揺したが、皆人や冴島といった
面々は、逆に安易な言葉を掛けることを躊躇った。フッとらしくなく自嘲的に笑い、筧は何
処か焦点の合っていないような目で続ける。
「……身を置いていた組織も、信じるべき正義も、刑事(デカ)としての誇りも。何より由
良という相棒を失った。死なせちまったんだ。俺がもっと正しい選択をしていれば、他に違
った結末があったのかもしれねえがな」
「筧さん……」
「刑事さん……」
『……』
「それは、結果論じゃないんですか?」
 思わず押し黙り、ろくな慰みも掛けられない睦月達。
 それでも冴島だけは、寧ろムッと言い返すかのようだった。表情はいつもの穏やかそうな
好青年だったが、彼のそんな弱音をすんなり受け入れるべきではないと考えたのだろう。
 筧は、何も答えなかった。ただ一通り吐き出して、暫くぼうっとベンチに座ったまま無力
感に包まれている。
「……これから、どうするんですか?」
「分からん。正直俺もどうしたらいいモンか……。ともかく暫くは、考える時間が欲しい」
 皆人の問いにも、筧は終始沈んだ面持ちのまま、曖昧な言葉しか返さなかった。冴島以上
にじっと睨み付けるような彼からの眼差しにも、これといって平素の反骨心を見せる訳でも
なく、やがてゆっくりと立ち上がる。
「じゃあな」
 そのまま面々の間を抜け、ひらひらと弱々しく片手を振りながら立ち去ってゆく筧。そん
な豹変してしまった彼の後ろ姿に、睦月達はまともに引き留めることすら出来ない。
「……何でこんな事に。無実も勝ち取れたし、プライド達にも一泡吹かせてやれたじゃん」
「彼としては、ちゃんと区切りを付けたかったんだろうな……。事件が明るみに出て、今後
組織内の浄化が進んでゆく筈だが、その切欠を作った自分にはもう居場所など残っていない
と判断したんだろう」
 そんな……。宙や海沙が酷く落胆する。皆人は淡々と、遠くなり、やがて見えなくなって
ゆく筧の後ろ姿を見送ったまま、そうあくまで自身の分析・観測を述べるに留まった。
「……」
 だが誰よりも、この結末を惜しんだのは睦月だ。ぎゅっと密かに唇を強く結び、両の拳を
握り締めて自らの中に湧き起こる“敗北感”に耐える。
 まただ。また必死に戦ったにも拘わらず、守れたものと守れなかったものがある。その双
方のバランスが、酷く偏ってしまったような気がする。守る為に振るった力と、その過程で
払った犠牲の釣り合いがどうしても取れない。酷く哀しい──後悔の念だった。
「そろそろ、俺達も行こう。この前話した通り、また暫くしない内に戦いは始まる。今の内
に英気を養っておくんだ。反省する点もあるだろうが、今は一時の休息を……」
『夏休みを満喫!?』
「いや、その前に宿題を終わらせるぞ。アウターが出現(で)れば、またいつ対策チームと
して出動になるか分からないからな」
 うぇぇぇーッ!? 休息の一言で反射的に目を輝かせた仁と宙が、直後あっさりとそれを
否定してくる皆人のそれに、盛大にずっこけた。それまで陰鬱になっていた空気が、一挙に
弛緩する。
 或いはこれすら親友(とも)の計算の内なのか、各々が何となく打破しようと探り合って
いた中でノってみただけなのか。
 実際の所は分からないが、睦月や他の面々も思わず小さく吹き出してしまう。
『……ぷっ』
「あははは……」
 睦月が、デバイスの中のパンドラが笑った。同じく苦笑いを浮かべる海沙や冴島に起こさ
れつつ、仁と宙が「ヴぁ~」と蕩けたような表情になってぐったりとしている。そんな二人
を見下ろしながら、皆人はやれやれといった様子で眉間に皺を寄せていた。また別の意味で
もって、今後も難儀しそうである。
「ふふ……」
 沸き出る苦笑を堪えながら、小さく漏らす息。
 密かに仰いでみた空は、清々しいほどに青かった。
 長いようで短い、睦月達の夏が、かくして怒涛のように過ぎてゆく──。
                                  -Episode END-

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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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