日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「テクノロス」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:時流、砂時計、役立たず】


「おいおい、親父。まだ端末(デバイス)の一つも持ってねえのかよ」
 お世辞にも品の良い息子に育て上げられた心算はないが、あの時ばかりは自らの全てを否
定されたかのような気がした。
 街に出ていた息子が、数年ぶりに帰省して来ていた正月休み。宇高はそう彼に軽々しく哂
われた。今まで知っていたが見ようとしてこなかったものを、乱暴に突き付けられたかのよ
うな心地だった。
 ──携行端末(デバイス)。
 それは半世紀以上も前、世の中に出回り始めた小型の装置だ。一時はスマートフォンなど
とも呼ばれたが、時を経るにつれて様々な機能を一つに集約するようになり、今では一人に
一台は持っている必需品だ。電話からインターネット、各種支払いや身分証明まで。その用
途は多岐に渡る。
 だが……当時中高年をとうに過ぎていた宇高は、そんな世の中の向きに少なからぬ警戒感
を持っていた。新しい技術について行くことが出来なかった。
 有り体に言えば、反発心。歳相応に頭が固くなり、自身のその“常識”を壊してでも新し
い何かを取り入れようという気概はとうに薄れて久しかった。そしてそれは何も、宇高一人
に言える話ではなかった筈だ。
 しかし世の中は、そんな彼の個人的感情など微塵も考慮に入れず、ただ突き進む。
 気付けばすっかり、端末(デバイス)と個人が紐付けされた、現代のネットワークの外側
に生活するようになってしまった。朝から日本酒を空け、当人は至って気持ち良くほろ酔い
気分になっている息子に、宇高は言う。
「こんな年寄りが、今更持ったってどうなるっていうんだ。俺には分からん。それに、その
板切れに個人情報から何から全部入っちまうんだろう? 嫌(や)だよ。もし余所に漏れた
らどうするんだ?」
「ばっかだなあ。このご時世、漏れてない個人なんていないっつーの。問題はそこから悪意
のある奴に引っ掛かるか掛からないか、だろ? 親父のあれこれだってきっと何処かで出回
ってると思うぜ? 俺のだってそうさ」
「笑っている場合じゃないだろう。何を呑気な……」
「だーかーらー。漏れてるっつーか、知られてるってのは今時避けられないって話よ。親父
とかは極端なんだよ。そりゃあ個人情報なり何なりが悪用されない、知られないってのに越
した事はねぇけど、だからって全部が全部口にチャックして出さないってなりゃあ、色々手
間なんだよ」
「役所とかか?」
「そうそう。親父達がまだ若い頃は、手続きの度にごちゃごちゃ書類を取って来て出してっ
てのをやってたと思うけど、ああいう煩わしさを解消する為にも一役買ってるのさ。何より
効率的だしな。あと税金云々の取りこぼしもぐっと減る」
「……それは役所やら、政治家の都合だろう? こっちに差し出せ差し出せとばかり言って
おいて、碌にためになる事なんざせん」
「俺に言われてもなあ。つーか、話を逸らすなよ。親父が端末(デバイス)なり周りのシス
テムが分からんって言ってるのは、要するにそもそも“解る気が無い”ってことだろ? そ
んなの、面倒見切れねぇよ」
「む……」
 尤もこの手の話をする時、宇高はいつも相手と平行線だ。
 自分が高齢で、息子達下の世代が、まだ比較的若いというのもある。端末(デバイス)が
普及するようになった頃に若い盛りが重なって、すんなりとそれらを“当たり前”として受
け入れられる素地が残っていたという事情もあるのだろう。
 しかし……やはり宇高は気に食わなかった。相変わらず酒を引っ掛ける息子は、そう若干
遠慮して遠回しに返すものの、その本音はおよそ一言に尽きるだろう。

『我が儘言ってんじゃねえよ。老いぼれが』

 解る気が無い──確かにそうなのかもしれない。実際どれだけ詳しい者から説明を受け、
勧められても、宇高は今まで一向にこれらを理解できずにいた。途中で思考がパンクし、入
ってくる内容自体を脳味噌が拒絶してばかりだった。
 ……電話なら、家の中にある。出先で連絡の必要があっても、旧式の携帯電話なら一応持
っているし、それで事足りる。未だにメールすらまともに打てやしないが。だがそれでも、
今まで自分が生活する分には困らなかったのだ。大体昔は電話や端末(デバイス)も、そも
そも存在しなかった。それでも世の中は回っていたのだ。それを今は在るからそれが使えて
当たり前というのは……正直強引が過ぎる。
 だが、もしそんなことを口にすれば、対する息子は更に哂うだろう。今の炬燵に下半身を
突っ込みつつ、また一杯二杯と空けた酒瓶で赤くなりながら、どっちが強引だよと言葉を返
す筈だ。今までの経験から厭というほどに分かっている。どうも先端技術という奴は、人生
の先達に対してはこれを置き去りにすることとイコールであるらしい。
「簡単なのでいいんだって。親父も、端末(デバイス)を持ちなよ」
 俺が適当なのを選んでやるからさ──? ひっくと一度しゃっくりをし、息子は言う。顔
は居間の方に向いたまま、台所に座っているこちらを見ることはなかったが、もしかしたら
今回久しぶりに帰省してきたのはそれもまた目的の一つだったのかもしれない。
「でもなあ……」
 しかし、宇高はつい言葉に漏らしてしまっていた。最早癖というか、条件反射的にそんな
新規購入(あたらしいこと)に対して酷く及び腰になってしまい、頷けない。
 ただ、息子の方も息子の方で、自分の父がそんな反応をしてくることは多少なりとも想定
内だったようだ。こちらに背中を見せたまま、一人静かに嘆息をついている。新春の特別だ
らけの番組が、能天気に無遠慮に出演者達の大笑いを響かせている。
「本当に取り残されちまうぜ。ただでさえ、この町はもう──」
 宇高は何も言わなかった。いや、言えなかったというべきか。
 世の中の変化は、何も端末(デバイス)の普及だけではない。寧ろそれらと同時並行的で
あり、より直接的で大規模だ。
 今から半世紀以上ほども前の事、この国は歴史的な大改革に着手した。疲弊した国土と国
民を再び復活させ、もう一度技術大国として再建する──その為に端末(デバイス)と個人
を紐付けした包括的な管理社会と、時に強権も辞さずに“都市の集約”が行われた。それま
で各地に散在していた人々を、特区として再整備した幾つかの都市部に移住させ、同時に空
になった“過疎地”を、政府主導で新しく各種生産プラントに作り替えていったのだ。
 勿論、その過程においては猛反発を招いた。文字通りの地方切り捨ての政策に、各地に住
む人々は激しく抗議の声を上げ続けたのだが……結局これら国を挙げた移住計画が中止され
る事はなかった。元より都市部以外は衰退の一途を辿っていたのだ。そこへ費用や生活の補
助、都市内でのインフラ享受の優先権を与えられるとなれば……皆流れてゆくだろう。何に
つけても富、金の集まる所に人は集まるのが道理だ。
 故に、そんな改革黎明期に手を挙げなかった者達は、開発と発展の波から大きく取り残さ
れる格好となった。富よりも住み慣れた土地を選んだ──その不便は、今や“自業自得”と
さえ言われて久しい。
 宇高の家系も、そんな半ば放棄されたいち地方の集落に在った。住民の多くは彼のような
高齢世帯ばかりで、仮に子があっても、皆都会へと出て行ってしまう。
「……こうやってたまに帰って来てくれるだけでも、有難いさ」
 言って、宇高は台所から居間向かいの和室へと歩いてゆき、そっと仏壇に手を合わせた。
並べられた位牌と写真には、今は亡き妻と両親の姿が遺されている。
 くいっとまた酒瓶を煽って。息子はただ黙々と飲んでいた。顔がすっかり赤くなっている
のは、本当に酔いだけだったのだろうか。わざわざ問うのもおこがましい。或いはもう長い
こと顔を合わせていない、同じく街に出たまま所帯を持った姉のことでも思い出しているの
かもしれない。
「お互い、もういい歳なんだ。自分の身の振り方だけを気にすればいい」
「……」
 時は常に前へ前へと、さも一直線に進む。
 しかしと宇高は思った。イメージしていた。寧ろ自分という老いた類の人間は、劣化する
一方ではないのか? 元からあった大きさ、塊から少しずつ崩れてゆくように、歳月を経る
につれてその過去の穴に零れ消えてゆくのではないかと。

 事件が起きたのは、それから数ヶ月ほど後のことだった。正月休みも早々に終わり、久し
ぶりに帰省していた息子も街に戻ってしまい、再び家に一人となってしまった宇高が日課の
散歩をしていた最中の出来事だった。
「? どうしたんです? 皆して集まって」
 同じ集落内にある一軒の家。彼が通り掛かったその時、家の前では顔馴染みの老人・老婆
達がわらわらと集まっていたのだ。よく見ると駐在もいる。何だろう……? 暮れなずみの
田園風景に紛れ、若干怪訝な風にして近付いていってみると、彼らはこちらの存在を認めて
一様に沈痛な面持ちで応えだす。
「ああ、宇高さん」
「お出掛け中だったんですね」
「ほらみろ。この時間はいつも散歩してるから……」
「? ああ、電話を掛けてくれてたんですか。それにしても、これは一体……?」
「亡くなったんですよ。井道さんの奥さんが」
「っ──!? そう、だったんですか……。そういえば昨夜、救急車が来ていましたっけ」
「ええ。井道さんもすぐに気付いて119番したそうなんですがね。その、この辺は街じゃ
ないから」
「……」
 だから、最初集まっていた面々と、宇高との間には若干の温度差があった。しかしそれも
彼らから事の次第を耳にしたことで、余所行きの丁寧な言い方も色褪せる。
 同じ村の住人が死んだ。確か、代々農家をやっていた家だ。奥さんは半年ほど前に心臓を
患ったと聞いていたが……発作があったのか。
 面々の何人かからそう言葉を濁して言われ、宇高はハッと息を呑んだ。結果として助から
なかった。そしてその理由は──搬送が遅れたから。都市部のリソースは基本的に、そこに
住まう者達に優先して配分されているため、自分達のようにその“外側”に属している者は
どうしても後回しにされてしまう。それは物理的な距離という問題もあるが、実際はもっと
別の──都市に与した側や政府達の差別感情も大きいのだろう。結果同時期都市内で発せら
れたSOSが、彼女のそれよりも優先され、処置が間に合わなかった。つまりはそういう事
なのだろう。
「畜生! 連中、本当に俺達を見殺しにしやがった!」
「し~っ! あんまりそんな直接的な言い方するなって。誰が何処で見てるか分かったモン
じゃないぞ?」
「どちらも止めないか。一番辛いのは、井道さんだぞ?」
 比較的若い──と言っても四十代後半辺りだが──住民の何人かが、そうあからさまに憎
悪を露わにして吐き捨てた。言葉の乱暴さと、後で揉め事になるのを嫌った別の面子がこれ
を押し留めようとするが、結局更に上の古老格に双方とも窘められる。
「……」
 今回の当事者、井道は玄関前の小さな石段の前で、ぐったりと俯いたまま座っていた。妻
の死を見届けた後一旦帰って来て、既に後に控えた雑事に手が付かないほど精神的に参って
しまっているのだろう。
 宇高は、まるで自らが喪ったかのように、居た堪れぬ気持ちで一杯だった。他の面々と同
様、下手な慰みの言葉一つ掛けられないし、見つからない。只々皆と小さな人だかりを作る
だけで、これを見つめていることしか出来ない。
「……本当に、この国は街以外を全部捨てる気なんだな」
「移って来ないから悪いだなんて……勝手過ぎる」
「効率だとか、そういう問題じゃないだろ……。故郷に愛着を持って、何が悪い?」
『──』
 ぎゅっと、そんなきつく押し込めた内一人の怒りに、誰も反論できなかった。
 即ちそれは、宇高を含めた場の皆の総意だった。哀しみの余り、早々に真っ白になってし
まった井道の分も、そっくりそのまま引き受けるようにして沸々と──。

「俺達は、ちゃんと此処に生きている!!」
「政府は、国民を選別するなー!!」
 故に彼らが起こした行動は、ある意味現代の人間としては正当なものであった筈だろう。
 井道の妻の葬式が終わるのもそこそこに、集落の有志達は手製のタスキや旗を持ち出して
デモ行進を始めた。かねてより政府の、都市部外への冷遇に対して少なからぬ不満を抱いて
いた近隣集落の住民達も、その噂を聞いて一人また一人と駆け付けるようになった。
「命の選別を、許すなー!」
「許すなー!!」
 行政支所の庁舎前に集まり、そう徒党を組んで抗議の声を上げる。
 この日は宇高もデモ隊の一人として加わっていた。井道夫妻の無念に共感したというのも
嘘ではないが、彼自身は寧ろ個人的な恨みの為と言った方が正しい。
『──』
 しかし、結果として宇高達の訴えは、その行動が起こされた事実からして全く都市部の者
達には伝わらなかったのだった。彼らのデモを直接目にしたのは、当の庁舎に居合わせてい
た一部の職員や警備員だけで、総じて遠巻きの冷たい眼差だった。加えて大多数の“国民”
が集中する都市部のメディアは一切これを報じなかったし、そもそも噂を聞き付けて取材に
やって来るということさえなかった。
 原因は単純である。宇高達の殆どが端末(デバイス)を持っていなかったからだ。
 日進月歩の技術に置き去りにされた彼らに、これらを駆使して情報を広めるという発想は
なく、故に都市部の者達にとってはそもそも彼らの存在を認識する糸口さえ無い。
                                      (了)

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  1. 2019/01/20(日) 00:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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