日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅷ〔100〕

「──っ!!」
 それまでぐったりと、抜け殻のように椅子に身体を預けていたユヴァンが、次の瞬間突如
として意識を取り戻した。
 やや時を前後し、世界樹(ユグドラシィル)内・摂理宮。
 ビクンと弾かれたように仰け反り、何よりも苦悶の表情を浮かべて戻ってきた彼に、ハザ
ンやシゼル、オディウス、金髪の青年といった“結社”を率いる盟友達が、慌てた様子で駆
け寄って来る。
「ユヴァン殿!」
「おい、どうした!?」
 その色装(のうりょく)の性質上、ユヴァンは全力を出して戦うには少なからぬリスクが
伴う。“摂理”に見出され、質・量ともに常人を遥かに超える力を得て久しい今となっては
尚更だ。
 この部屋に限らず摂理宮内の各所に言えることだが、仰ぐ天井や壁は半透明で、一方的に
中から外の様子を見ることができる。飾り気のない無機質なフロアに映るのは、これまでも
これからも延々と繰り返される、無数の魔流(ストリーム)蠢く奔流である。
「……大丈夫。予備の“器”が、やられただけだ」
「やられた……? お前の義体(からだ)がか?」
「ですがあれは、貴方の《罰(ちから)》を補う為の……」
 目を見開く盟友達に、ユヴァンはあまり気が進まないといった様子で答える。
 特注の被造体(オートマタ)に意識を転送した上で、自らも出撃していた竜王峰の戦い。
そこでヨーハンの、文字通り命を賭した抵抗を受けたこと。結果一つ目と予備の“器”を道
連れにされ、何より彼の聖浄器・絶晶剣(カレドボルフ)と絶晶楯(カレドマルフ)をも奪
い損ねたことなどを、一通り皆に話して聞かせた。
「僕は……あいつを甘くみていた。あいつは始めから、勝つ心算などなかったんだ」
 何てことを。向こうでの一部始終を知り、ハザンが彼らへの忌々しさとユヴァンへの心配
でギリギリと歯を噛み締める。シゼルは真っ直ぐにこちらを見つめたまま言葉が出ず、同じ
くオディウスは眉間に深く皺を寄せ、腕組みをしたまま黙り込んでいる。金髪の青年も、何
か思案顔になってぼうっと天井から透ける外の魔流(ストリーム)達を眺めていた。
「よ、予備の義体(からだ)は、確か」
「ああ。もう一つだけあるが、今投入するべきではないだろう。本当の本当に、予備がなく
なってしまう」
「新しく造るにも、時間が掛かってしまいますしね」
「向こうにはまだティラウド達がいるんだろう? 絶晶剣(ボルフ)と絶晶楯(マルフ)だ
けでも、持ち帰ってくれればいいが……」
 まだ“器”自体はある。だがユヴァンは、自身の色装(のうりょく)の性質上、それらを
全て失ってしまうリスクだけは避けたかった。避けなければならない理由があった。言って
しまえば保身だ。
 ただの被造体(オートマタ)ではないことに加え、あそこにはまだティラウド達が残って
いる。視線をこちらに戻した、金髪の青年の問い掛けにユヴァンは頷き、ここは一旦退いた
上でその可能性に賭けることにした。
 少なくともヨーハンは死んだ──致命傷を負った筈だ。それに意識を戻す直前、ジーク・
レノヴィンが自身のオーラを全開にして、ジーヴァに向かってゆく姿を見た。ジーヴァもは
っきりとこれを捉えていた。諸々を含めて“確認”しようと思うが、おそらく彼も死んだだ
ろう。厄介な二人を始末することができた。その点でみれば、今回の戦いも無駄にはならな
かったと信じたいが……。
「……急いで、援護を」
 ぐっ!? しかしそう椅子から立ち上がろうとしたユヴァンは、直後激しい痛みと眩暈に
襲われ、咄嗟に支えに入ったオディウス達に受け止められた。「ユヴァン殿!」「まだ動い
ては駄目です! 義体(うつわ)とはいえ、貴方の負ったダメージを大きいんですよ!?」
悲鳴にも近い声色で慌てるハザンやシゼル、盟友達は必死にユヴァンを押し留める。物理的
というよりも精神的な意味でだ。とうにヨーハンらかつての十二聖達と袂を分かったとはい
え、彼のこれまでの歩みと苦悩を、自分達とて知らない訳ではないのだから。
「……すまない」
 盟友達に支えられ、暫くしてユヴァンは落ち着きを取り戻した。尚もふらつく身体で再び
椅子に背を預け直すと、大きく深呼吸をする。片掌で隠すように額や目元を覆い、俯き加減
になって呟く。オディウスと金髪の男は、その間に宮内の配下達に通信を繋ぎ、彼の代わり
に取り急ぎ竜王峰(げんち)の状況を確認するよう命じた。
「本当に僕達は、作戦を変えなければならないな」
「……ああ」
 そうして次に漏れたユヴァンの言葉。総じて険しい表情で頷くオディウス達。人々の抗い
は強くなる一方だった。
 激しい精神的倦怠の中で、ユヴァンは思う。最期の最期にやってくれたヨーハンも然り、
レノヴィン達も然り。少なからず真実を“知って”も尚、今在るヒトを諦めない彼らの執念
というものを、今回改めて思い知らされた。元より茨の道を往くと解っていた筈なのに、そ
の覚悟を以って臨んできた筈なのに、ここに来てことごとく彼らの抵抗が当初の計画を崩し
始めている。
(僕もまだ……捨てる覚悟が足りないということなのだろうか)
 迷い。だが心配する盟友達──主にハザンやシゼルを前に、ユヴァンはあくまで気丈であ
ることを貫いた。小さく嘆息する自身、皆をざっと流し目で確認するさまを隠しながらも、
彼は新たな指示を“結社”最高幹部の一人として発する。
「こちらも、次の手を講じなければ。奴らをまだ……倒し切れた訳じゃない」


▼第Ⅷ部『霊冥の彷徨者(ワンダラー)』編 開始

 Tale-100.君を失うくらいなら


 悪夢から逃げ去ってゆくイメージ。レナはハッと弾かれるようにして目を覚ました。乱暴
に意識の水底から叩き起こされたせいで、びっしりと寝汗を掻いている。殺到するかのよう
に荒い呼吸を整えながら、彼女はゆっくりおずおずと、辺りの様子を確かめ始めた。
(ここは……何処?)
 目覚めた場所は、薄暗い部屋の中だった。まだ視界がしっかり利いていないのもあるのだ
ろうが、どうやら結構広めらしいということぐらいしか分からない。見覚えのない部屋なの
で、少なくとも普段の──ルフグラン号の中という訳ではないようだ。
 そっと目を細めて、もう少し近くを見渡してみる。周りには自分が寝かされていたものと
同じ種類のベッドが幾つも並べられており、どれも使われた痕跡がある。視線を落とした自
身の手や身体中に包帯が巻かれ、肌に塗られた薬の刺激が残っていることからも、どうやら
一通り手当てを受けた後らしい。見慣れぬ部屋も、ずらり仮置きのように並べられたこのベ
ッドの列も、緊急にそういった態勢を設けたが故だと思われる。
(……そういえば、皆は?)
 だからこそ、ようやく事態が飲み込め始めたレナの脳裏に過ぎったのは、他ならぬ仲間達
の安否だった。いや、それ以上に──彼の姿が蘇る。
 あれから一体何が……? ジークさんは、ジークさんは無事なの……?
「レナ!」
「良かった……。目が覚めたんだね」
 すると物音を聞きつけてか、部屋の中へと見知った顔が入って来た。ステラにミア、クレ
アの仲間の少女三人である。
 彼女達は他のベッドの間を縫うようにして駆け寄ってくると、めいめいにそう目を覚まし
たレナを見て心底安堵としたようだ。ステラは息を切らすほどにいの一番に、ミアは相変わ
らず寡黙ながらもじっと涙を抑えているかのように。それとは反対に、クレアはベッドの縁
を掴んでくると、わんわんと泣き出して。
 三人とも、レナと同じく包帯や絆創膏だらけの手当て済みな姿だった。普段特に仲の良い
親友達ということもあって、自分のそれをそっちのけで胸が痛む。レナは安堵の感情よりも
尚、不安の方がずっと大きかった。コクコクッと頷き返しながらも、改めて彼女らに現在の
状況を問う。
「……ねえ、ここは何処なの? あれから一体……? 皆は? ジークさんは……?」
「ここは白咆の街(グラーダ=マハル)だよ。ヨーハン様のお屋敷。山の上でボロボロにな
っちゃった私達を、セイオン様達が運んで来てくれたの」
「大体の話は、全部聞いた。酷い状態だったみたい。ボクらはレジーナさん達から連絡を受
けて、急いで飛んできたんだけど……」
 曰く竜王峰・宝物殿前での戦いの後、レナら北回りチームはほぼ全滅に近い状態で辛くも
救出されたのだという。その後セイオン以下ディノグラード家の面々による必死の手当てを
受けながら、並行してルフグラン号経由で、ミアやステラを含む南回りチームにも事の次第
が伝えられたそうだ。
 そんな緊急事態から既に、数日が経過している。
 何とか一命を取り留めた仲間達は、レナを除きもう皆目を覚ましたそうだ。その間にシノ
やコーダス、セドにサウル、ハルト達といった親代の盟友達も次々に駆け付け、慌ただしい
状態が続いている。
「……でも、ジークは助からなかった。皇国(トナン)の時にも遭った、あの銀髪の使徒に
斬り伏せられて、そのまま……」
『──』
 だからこそ、最初彼女達はその事実をレナに告げるかどうか、迷っていたようだ。それで
も当の本人から訊かれ、何より隠した所ですぐにバレるような嘘をつく訳にもいかず、結局
はステラが代表してそう重い口を開く。
 刹那、レナは瞳に色を失って絶句した。
(死ん……だ? ジーク、さんが……?)
 認めたくない。しかし明確に知ってしまったのだ。
 やはりあれは夢なんかじゃなかった。ヨーハン様が最期に結晶の中に包まれてゆく中で、
ジークさんは全身全霊の《爆》でもってそれを止めようとした。助け出そうとした。だがそ
れを、他ならぬジーヴァ──これまでも何度か自分達の行く手を阻んできた使徒の剣士に返
り討ちにされ、一閃の下に沈んだのだ。
 大量に蓄えたオーラごとざっくりと斬り裂かれ、血飛沫を上げて倒れたあの人。
 真っ白に積もった地面の上に崩れ落ち、真っ赤な水溜まりを作って事切れていったあの時
の姿を、私はまだ瞳の中に焼き付けてしまっている……。
「あっ……。ああっ……!!」
 ボロボロと涙が溢れ出した。哀しみなんて言葉だけでは表し足りない、掛け値なしの絶望
というものにレナは打ちのめされていた。ステラ達もそんな反応は事前に想定していたよう
で、自分達のそれもそこそこに──表に出して一緒に泣き叫ぶことさえ生温いと強く唇を結
んで黙したまま、暫くじっと周りで立ち尽くしている。
「……ぐずっ。で、でも……。それじゃあ何で、私達は今もこうして生きてるの?」
 しかし、込み上げてくる嗚咽達の中にあって、レナはふとある疑問にぶち当たった。悲嘆
に暮れているのは自分だけじゃないんだと、目の前の親友達の姿が視界に映り込むのも相ま
って、ぐっと衝動を抑えるともう一度問い返す。
 自分の記憶が間違っていなければ、あの時自分達は全滅寸前まで追い込まれていた筈だ。
少なくともジークさんやヨーハン様の首を取ったからといって、結社(かれら)がそう簡単
に引き下がってくれるようには思えない。
「……やっぱり、覚えていないんだ」
 故にステラ達はポカンと、少々呆気に取られた様子でそう呟き返す。えっ──? 案の定
当のレナが困惑しているのを見て三人は確信を深め、互いに顔を見合わせて頷き合った。改
めてその答えを、この親友(とも)に向かって告げる。
「ボク達は後で聞いただけだから、実際に見た訳じゃないんだけど……」
「奴らを追い返したのは、他でもないレナなんだよ?」

 時はその数日前、竜王峰の上層・宝物殿前にて、ジークが倒された直後まで遡る。
 呆気ないものだと冷笑さえするジーヴァの足元で、血だまりの中に突っ伏したまま微動だ
にしなくなったジーク。自ら増殖させた結晶の中にユヴァンの義体(からだ)共々埋もれ、
眠るように事切れたヨーハン。「嘘だろ……?」「お願い、目を覚まして!!」あまりの事
に動揺する仲間達の声すら掻き消すほどに、悲痛な叫び声を上げるレナ。
「ヴァハロ。ジーヴァと共にあの邪魔な塊を壊せ。彼は一旦退いてしまったが、まだ中には
絶晶剣(カレドボルフ)と絶晶楯(カレドマルフ)が残っている」
「承知」「……」
 そんな中で、対するティラウドは冷静に状況を見据えていた。盟友ユヴァンがヨーハンと
半ば刺し違える形で退却したことを理解すると、ジーヴァとヴァハロ、使徒最強の二人に命
じ、彼が文字通り命を懸けて守った聖浄器を奪い返さんとする。
「っ!? い、いけない。このままじゃあ……」
「止めろぉ!! 大爺様が──“勇者”ヨーハンが、命懸けで守ったものを……ッ!!」
 イセルナ以下仲間達、そしてセイオンらも、そんな彼らの動きに気付いていた。しかし前
者はヴァハロの掛けた《重》の圧に、後者は殆ど部下達が倒された上、自身もティラウドの
《龍》のオーラにがっしりと捕らえられて身動きすら取れない。
 ヴァハロが黒く力を纏わせた手斧を、ジーヴァが剣を、ゆっくりと歩いて行った先のヨー
ハンの大結晶に向かって振り下ろそうとする。止め──! 叫ぼうとした声すらも、彼らに
押さえられてままならない。満身創痍。もう自分達は、この“英雄”をも失ってしまった、
守れなかったのだと絶望しようとしていた。
『──』
 まさに、その瞬間である。
 それまで悲痛なまでに泣き叫び、プツンと糸が切れたようにその場に崩れ落ちていたレナ
の全身が、突如として凄まじい光を発し始めたのだ。
 いや……彼女が、というのは正確ではない。彼女が懐に持っていた“聖女”クリシェンヌ
の聖浄器・聖教典(エルヴィレーナ)が、辺り一帯を巻き込むほどに強烈な光を放ち始めて
いたのである。そんな強い力に中てられたせいなのか、当のレナ自身もまるで人が変わった
かのように目を見開き、スッと顔を上げていた。金色の光と同化し、驚く敵味方一同をじっ
と見据えている。
 異変は更に進む。限界まで膨張した聖教典(エルヴィレーナ)の光が、直後大きく彼女の
頭上に集まるようにして一個の形を形成してゆく。イセルナ達も、セイオン達も、ティラウ
ドらも思わず、その姿を現したものを見上げて呆然とする。戦慄する。
『──』
 竜王峰の山頂、ないし山系一帯に広がったのは、はたして巨大な三柱の女神像だった。互
いに手を繋ぎ合い、円陣を組むように上空に浮かぶ光の彫像。誰も明確に口にこそしなかっ
たが、直感的に理解していた。おそらくはあれが、聖教典(エルヴィレーナ)の本体……。
 だが少なくとも、ティラウドら“結社”側は、悠長にこれを眺めている暇などなかったの
だ。次の瞬間三柱の女神像が作った円の中から、またしても膨大な光が生まれてゆく。それ
も最初レナを包んだものとは比べ物にならない──明らかに殺意を持って、高密度に圧縮さ
れている。それらが大きく弾け、こちらに襲い掛かってくると理解した頃には時既に遅し。
降り注ぐ大量の光の雨に、ジーヴァやヴァハロ、クライヴやサロメ、フェルトといった使徒
級の面々はもろにこれを食らった。「がっ!?」「うおおおおッ?!」咄嗟に防御、回避行
動を取るが間に合わない。彼らの姿は、瞬く間に降り注ぐ光線の雨霰の中に呑まれて見えな
くなってゆく。
「これはまさか……聖教典(エルヴィレーナ)の……!?」
 そしてこの猛反撃を受けたのは、勿論ティラウドも例外ではない。
 突然の事態に驚きながらも、さりとて彼は尚も分析的だった。使徒を含めた場の配下達が
次々に撃たれてゆくさまを、夥しい光の中で確認しながら、彼はジーヴァ達に手を伸ばすと
堪らぬいった様子で転移していったのだ。光量の向こう、最早正気を失ったレナが、まるで
絶叫するように──歌うようにその中心に在る姿を瞳に映しながら。
「……な、何だったの?」
 暫くして、光の雨霰はようやく止んだ。辺りは散々に降り注いだ閃光によって広範囲に渡
り破壊されており、元あった荘厳な雪化粧など見る影もなくなっている。それでもイセルナ
やセイオン達、大結晶の中に眠ったヨーハンや宝物殿が無傷だったのは、少なくともあの女
神像らが“味方”だったからなのか。
「っ……! レナ!!」
 だがその正体を詮索する暇はなさそうだった。直後、力を使い果たしたと思しきレナが、
フウッと金色の発光を止めてその場に倒れ伏したからである。
 養娘(むすめ)の一大事に逸早く反応し、ボロボロの身体に鞭打ち走り出したハロルド。
 彼を中心として、場に残された面々は、大慌てで彼女の下へと駆け寄ってゆき……。

(──ジーク、さん……)
 時はかくして現在に至る。
 ディノグラード邸で目覚めたレナは、迎えに来たミアやステラ、クレアに連れられて屋敷
の奥深くへと進んで行った。明らかに普段人目に触れない、使われることも少ないのであろ
う暗がりの部屋の扉を押し開け、四人は中へと入る。
 そこにははたして、事切れてしまったままのジークが寝かされていた。ジーヴァに深々と
斬られた傷は既に縫合されたようだが、半裸のその身体に刻まれた痕は見ているだけで痛々
しい。遺体が寝かされたベッドの傍には、彼が生前愛用していた六華達が立てかけられ、周
りにはダンを始めとした南回りチームの仲間達──及び実の両親たるコーダスやシノ、セド
やサウル、ハルト・サラ夫妻といった親世代からの盟友達も集まっている。
 息子の変わり果てた姿を前に、シノは延々と泣き腫らしたと思われるくしゃくしゃの顔で
哀しみに暮れていた。ダン達と同様、報せを受けて転送リングで飛んできたらしい。夫たる
コーダスとかつての相棒・セド、サウル以下長年の盟友達も、彼女の悲嘆を間近にして声も
出ないようだ。只々そっと寄り添い、目の前の現実を受け入れられずに立ち尽くしている。
イセルナやダン以下、仲間達も同様だ。
 面々の中にはアルスやリンファ、イヨといった学院側に残っていた者も交じっていた。
 こと唯一の兄弟、実弟であるアルスの目は、当の兄以上に死んだものとなっており、こち
らの抱いていた感情さえ生温く感じさせられる。一行を迎えている病み上がりのセイオン達
でさえ、その横顔は酷く重苦しかった。
「……?」
 だが何故だろう? レナは最初この部屋に入った時、当のジーク本人と同じくらい奇妙な
それに目を奪われていた。
 多分、遺体の腐敗を防ぐ為なのだろうが……何故彼を、丸々“氷漬け”にまでしなければ
ならなかったのか──?
「ん? おお、目ぇ覚めたか。レナ」
「ミアちゃん達もご苦労様。その、レナちゃん」
「……はい。全部聞きました……」
 そう入り口で突っ立っていると、イセルナやダン以下仲間達がこちらの存在に気付いて振
り返ってきた。親友達が最初そうしていたように、皆が努めて気を遣ってくれていることが
否応なく解ってしまうため、対するレナはそう自身の感情をなるべく表に出さないようにし
ながら苦笑(わら)うしかない。
「ごめん、なさい。結局私は、ジークさんも、ヨーハン様も守れなかった……」
 だからこそ、涙を最後まで堪えられる筈もなく。
 ミア達に背を押されて皆と合流したレナは、程なくしてさめざめと泣き出した。ミア達や
イセルナ、シノらも、今度は彼女を慰めてやる番になる。
 ジークさん。貴方は、本当に……。
 静かに溢れ出す涙とは逆に、その脳裏に焼き付いた記憶は寧ろぎゅっと自身にしがみ付い
てくるかのようだった。ぶっきらぼうだったけど、本当はとても優しかった愛しい人──。
「……それは私達とて同じだ。解っていて、見殺しにしたようなものだからな」
 だが、そんな内に内に潜っていこうとする感傷を結果的に引き留めたのは、他ならぬセイ
オンの一言だった。自虐的に、淡々と。実際本人に命じられていたからとはいえ、ヨーハン
を救えなかったという点では彼らもまた被害者なのだ。レナはハッと我に返り、ごしごしと
療養着(ローブ)の袖で涙を拭う。
 この時は気付かなかったが、アルスもまた密かにセイオンの言葉に反応していた。
 見殺しにしたようなもの──青褪めたように一層ハッとなり、改めて兄の遺体を見遣る相
棒の様子を、エトナは確かに見つめていた。普段はお調子者に振る舞う彼女も、今回ばかり
は沈痛の面持ちで黙っていることしか出来なかったようだ。
「……これから、一体私達はどうすればいいのでしょう?」
 そんな、途方に暮れる面々を代表するように呟いたのはイヨだった。リンファ達と共に駆
け付けた折から主君の号泣するさまに触れ、且つその子息らの今まで見たこともない表情を
も目の当たりにし、仲間達云々という以前に他ならぬ自分自身が参っていたのだろう。
 しかし彼女の言葉に、誰も答える者はいなかった。そもそも何と応じればよいのだろう?
 特務軍、聖浄器回収班──クラン・ブルートバードはその戦力的・精神的な支柱を失った
格好だからだ。それにこの事実が世に知られてしまえば、一体どんな事態になるか。正直言
って、見当もつかなかった。
「ああ。その点に関しては、私達も全面的に協力しよう」
「俺達も、出来る限り手を回すよ。ただまあ、いつまでももつかは分からんがな……」
 せめて、次に取るべき行動が決まるまでは事を荒立てたくなかった。少なくとも世間この
事実が知れ渡ってしまえば、人々の動揺は避けられないだろう。“結社”もこれを機に攻勢
を強めてくる可能性も考えられる。
 セイオン以下ディノグラード家及び、セドらレノヴィンの盟友達は、出来る限りの隠蔽工
作を約束してくれた。尤もそれは結局の所時間稼ぎにしかならず、実際の対応はそれぞれの
国元の上司──王達の判断による部分が大きいだろうとも。
「……方法なら、まだある」
 ちょうど、そんな時だったのだ。それまで仲間達に混じり、じっとジークの死を悼んでい
たクロムが、不意にそう場の面々に口を開いたのである。
『えっ?』
「ジークを救う手立てが、まだ一つだけある」
「救うって……。ジークは死んじまったんだろうが。今更、何言って──」
「では問うが、“死”とは何だ?」
「……。あ?」
 故に、直後クロムが投げ返した問い掛けに一同は固まった。少々苛立ち気味に言い返して
きたダンを始めとして、面々が頭に盛大な疑問符を浮かべている。例外は彼と同じ聖職者の
類であったハロルドとリカルドだろうか。答えの返ってこない仲間達をざっと見渡すと、数
拍の間を置いてクロムは語り出す。
「……一般的に語られる“死”とは、生命の“三存”──核たる魂と自我・記憶たる精神、
そして器たる肉体の内、前者二つが後者より剥離してしまった状態のことを指す。つまり厳
密には肉体的な死だ。これがステップを踏んで精神的な死を経過することで、その誰かだっ
た命は名実共に消滅することになる。生前の個体としてのほぼ全てが、リセットされる」
『??』
「う、うーん……?」
「肉体的な死に至った魂達を、便宜的に“幽冥種(ホロゥ)”とも呼ぶ。この辺りは元僧侶
であるハロルドやリカルド辺りなら聞いたことがあるだろう。彼ら幽冥種(ホロゥ)はその
肉体的死後、冥界(アビス)に運ばれ、所定の浄化を受けた後で魔流(ストリーム)の奔流
に戻される。そして三存が完全に分離されるんだ。ここまでの一サイクルを、命と呼ぶ」
『……』
「まさか……」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「もしかして。クロムさん、貴方は……?」
 そこまで話して、元神官のハロルド・リカルド兄弟、知識豊富なイセルナやリュカ、サフ
レ、シノといった面々が勘付き騒ぎ始めた。レナやミア、マルタといったクランの少女達が
彼らを見比べながら「えっ? 何?」と戸惑っているが、クロムは構わず続ける。
「そのまさかだ。ジークの魂を──冥界(アビス)に乗り込んで連れ戻す」
 故に次の瞬間、仲間達は絶句した。こんな時でも顔色一つ変えないように見える仏頂面な
クロムを、コーダスらを含めた一同は信じられないといった様子で見つめている。
「その為に、搬送されたと聞いたすぐ後、ジークの遺体を凍らせるよう頼んだんだ。仮に魂
を連れ戻せても、帰るべき肉体がなければ意味がないからな。最悪被造人(オートマタ)、
ユヴァンのように義体を用意するという手もなくはないが……馴染むかどうかは疑問だな。
少なくとも生前のようなポテンシャルを発揮することはできないだろう。生き返った当人も
それでは満足はしない筈だ」
 言われて、思わず氷漬けにされたジークの方を見るダン達を、その当のセイオンが面々の
輪の外側に立ったまま見つめていた。そういう事だったんだ……。レナもこの部屋に最初入
って来た際に感じた疑問の答えを、期せずして知ることになる。
「……四十九日だ。一個の魂が冥界(アビス)に運ばれて裁きを受け、その穢れ具合に応じ
た浄化を経てから魔流(ストリーム)に還されるまでの平均は、およそ四十九日後と云われ
ている。場合によってはもっと短くなるかもしれない。だがそれまでにジークの魂を取り戻
せなければ、今度こそ本当にジークは二度と帰って来ない」
 どうする? ギンと静かな眼力でもって、クロムはそう仲間達に問うた。うっ……!? 
その威圧感を帯びた問いかけに、ダン達以下少なからぬ面々がたじろぐ。いや、そもそも彼
から告げられた内容自体、にわかには信じられなかった。
「いやいやいや! 待て待て、ちょっと待て!」
「それはつまり、死人を生き返らせるってことだぞ!?」
「そんな事、許される訳……」
 驚きと、それ以上の困惑と。宗教的にも倫理的にも、それは問題ではないのか?
 仲間達は、クロムからのいきなりの提案に躊躇っていた。三存? 一サイクル? 突如と
して説明された内容に頭がまだついて来なかったが、一方で他に何か方法があるという訳で
もない。するとそれまで、じっと彼の話を聞いてたクランの長・イセルナが、深刻そうに眉
間に皺を寄せたままで訊き返す。
「……本当にそれで、ジークは蘇るのね?」
「イセルナ!?」
『団長!?』
「ああ。少なくともこのままでは、そう遠くない内に彼の魂は完全にリセットされてしまう
筈だ。三存の内、精神は生前の記憶──同時に魂と肉体を繋ぎ止める役割を果たす。肉体的
死の時点で、それらは少しずつ霧散してしまうんだ。冥界(アビス)の住人達に保護されれ
ば、そういった蒸発も防ぐことができるが……必ずしも全ての魂が掬われる訳ではない」
 またしても驚くダンやグノーシュ、戸惑いの方が勝っていた仲間達。
 だがそうした当初の面々を、他ならぬイセルナが牽引した。他に方法がないのならば、選
択肢など無いではないか。答えるクロムを見つめ返すその姿に、レナがアルスが、他の仲間
達が一人また一人と賛成の手を挙げてゆく。
「それで、ジークさんが助かるのなら」
「……」
 きゅっと唇を結び、或いは言葉も出ぬまま繰り返し頷き。
 ダンなどはガシガシと髪を掻き毟ったが、結局は彼女らの熱意に折れた。事実このままで
は二進も三進もいかないのだから、可能性があるならばそれに賭けるべきだろう。元より自
分達はとうに、世にいう“普通”からは弾き出されている。
「ならば先ずは、鬼ヶ領を目指すといいだろう。私も実際に見たことはないが、あそこには
“虚穴(うろあな)”──冥界(アビス)への直通路の一つが在ると聞いたことがある。現
世の者を入れないよう、基本的に立入禁止の区域な筈だがな」
 イセルナら仲間達の返事と結論を聞いて、クロムはそこでようやく感情の動きらしきもの
をみせた。やや大きめに頷き、次に取るべき行動を皆に教えてくれる。

『──止めるよ……あんたを。止めなきゃ、駄目だろ……』

 かつての記憶が蘇る。フォーザリア鉱山にて初めて一対一で戦ったあの時、ジークはそう
自分に呟いていた。結局その全容を直接訊ねる機会は訪れなかったが、彼はあの瞬間、確か
に自分の哀しみに涙してくれたように思う。その上で尚、立ち向かって来たように思う。
 だからこそ、救われた。どれだけ殺戮者だと、裏切り者だと詰られようと、信じてくれる
誰かがいると判った。生き抜いて生き抜いて、最期まで後悔させる──それが自分の出来る
最も困難な贖罪であり、残された責務だと知った。
(……待っていろ。私達はまだ、お前を失う訳にはいかない……)
 かくして、ジークを失った仲間達は再び動き出す。
 気勢を上げ始めたダン以下面々を、気持ち遠巻きに眺めながら、クロムはそう一人静かな
追憶と決意を新たにするのだった。


 保守同盟(リストン)討伐戦後の世論は案の定、肝心なヘイトの首を取れなかった──事
もあろうに割って入って来た“結社”に横取りされてしまったことで、大きく批判へと傾い
てしまっていた。反戦・反体制派らにとっては絶好の攻撃材料が出来た格好だ。事実討伐戦
以降、各地でのデモは一層活発になっている。最終的に結び付ける結論はこれまでとさして
変わりはないが、その主張する所は大よそ次の通りだ。
 今回の戦いにも、やはり正当性など無かったのではないか?
 結局はハーケン王子の弔いという大義名分を盾にして、王達が私利私欲の為に戦争を起こ
したのではないか? 結果そのせいで、多くの兵が犠牲になった。多くの尊い命が失われる
ことになった。
 だからこそ私達は、全ての戦いに終止符を打たなければならない。改めて力を結集し、彼
ら王権に対してノーを突きつけなければならない──。

「だ、そうだよ?」
 大都(バベルロート)第一隔壁西側、正義の盾(イージス)本部。
 自身の執務室にて、山積みの書類仕事を捌くダグラスの横で、そうヒュウガはとある新聞
記事を片手に話を振ってきていた。いつも以上に、ダグラスの眉間に皺が寄る。
 わざとらしく読み上げられた内容もそうだが、何故地図的に正反対の方向に詰め所がある
筈の彼が、こんな所にまで上がり込んで来ているのか? 警備の者はどうしたのか? よも
や顔パスなどではないだろうが……あまりに緩いと皆の士気にも関わる。尤も相手は元七星
級の実力者であり、且つ魔人(メア)だ。もし本当に事を構えるような面倒となれば、並の
兵では太刀打ちすら出来ない訳だが……。
「全く、気楽なものだよ。今回は主な被害が器界(マルクトゥム)に移ったから、こんなこ
とを言っていられる。そもそも“正しい戦い”なんてものは、この世の何処にも存在しない
っていうのに」
「……。その当事者だった一人が、こんな所に居ていいのか?」
 最初はとにかく聞き流そう、無視しておこうと努めていたダグラスだが、飄々とそう皮肉
を満載に嘯く一言一言に、とうとう痺れを切らした。じろっと冷ややかな一瞥を寄越し、暗
にさっさと帰ってくれと訴える。
「生憎こっちは、そのお前達がやらかしたあれこれの尻を拭ってるんでな」
 王や議員達は既に、先日から討伐戦の事後処理にあくせくとしている。一部では“紅猫”
達──名目上の部下に戦いを止められたことも報じられ、世間の批判攻勢は暫く燃料に事欠
かない状況が続くとみられる。王達にしてみれば面子丸潰れだ。表立ってメディアに対する
反論がないのは、そんな戦いに欲を出したという事実と、大義名分の当事者でもあるファル
ケン王が“反省”の構えを取っているからだ。四大盟主の筆頭であり、名実ともに自分達の
リーダーでもある人物の方針に、今わざわざ反発して悪目立ちするメリットも必要性もない
と判断しているのだろう。
 しかしそんな、内心憂いと苛立ちを抱えるダグラスに対し、当のヒュウガは何処吹く風と
いった様子だった。あくまで「俺達は政治家じゃないしねえ……」と、その軍服姿で飄々と
笑い、手にしたままの新聞記事をぶら下げて窓際を見下ろす。彼自身はこうして一見何とも
ないという風を装っているが、話によるとどうやら弟達──グレンとライナは、今も大層ご
機嫌斜めなのだそうだ。あの時もう少し粘っていれば、使徒級の首一つくらいは取り返せて
いたかもしれないのに……と。
「……結果論だ。あくまで可能性の話だろう?」
 かねてより対“結社”の足並みを乱す、保守同盟(リストン)という勢力自体は確かに破
壊することができた。
 だがはたして、今回の戦いはその結果に釣り合うような犠牲だったのだろうか? 被害は
地上だけに留まらず、器界(マルクトゥム)──地底層の各地にも及んだ。幸い緊急・特例
的に万魔連合(グリモワール)側との共同戦線を張ることは出来たが、これが今後政治的な
弱み、カードとして使われる可能性も否定できない。何より……。
「その“結社”にジーク・レノヴィンが殺されたとなっては、もうイーブン云々どころの話
じゃないからねえ」
「──」
 故に一瞬、ダグラスは完全に不意を食らったかのように固まってしまっていた。しかしそ
れ自体が彼の仕掛けてきた揺さぶりだとすぐに気付き、何とか平静を装おうとする。尤も当
のヒュウガには簡単に見抜かれていたようだが。やれやれと軽く肩を竦めてみせると、彼は
別に他意は無いよ、と言ってから続ける。
「正義の剣(こっち)にだって、正義の盾(そっち)と同じように情報のルートぐらいある
さ。そもそも向こうにいた時、本人達の通信を聞いてるしね?」
 語る所によると、事の切欠は“紅猫”達が“蒼鳥”ら天上層に向かっていた面々と合流し
ようとしていた際のやり取りの中にあったのだという。何故か通信が上手く通じず、繋がっ
ても向こうから突然切断されてしまった──もしかしたら“結社”の刺客が、あちらにも現
れたかもしれないと。事実、そんな彼らの不安は的中した。それも最悪の形で。
 対“結社”の急先鋒もとい、戦いの“身代り”を失ったことが世の人々にバレれば、その
混乱は必至だろう。加えて自分たち統務院側にも、何故そんな時に討伐戦に現を抜かしてい
たのか? と、批判の向きが加速することは目に見えている。事態は更にややこしくなる。
「……その割には、随分と呑気そうだが?」
 にも拘わらず、同様の推測を語るヒュウガの様子からは、あまり切迫感というものが見え
なかった。ダグラスは敢えて訊ねる。ちょうどいい機会だと思った。
 彼はかねてより、ヒュウガら魔人(メア)三兄妹の“真意”を知りたかった。それは単純
な興味・関心というよりも、チームは違えど一応は同じ組織に属する仲間として、連携する
際の材料(バックボーン)として理解しておきたかったからだ。
 少なくともこの男は、何の考えもなしに統務院の軍門に下るような人物ではない。
「……そうかな? まぁ言いたいことは分かるけど。でも多分、そっちが耳にしている通り
だと思うよ?」
 どうやらこちらの目論見などは、彼にはすぐに見破られてしまうようだ。
 そもそもそんな“腹芸”は、自身あまり得意ではない。寧ろこの男の専売特許だろう。外
見こそ自分よりも年下だが、その実年齢は分かったものではない。魔人(メア)への恐れ、
差別意識と昨今では詰られるのであろうが……そうした感情は得てして、相手のことが判ら
ないからこそ起こる。
 しかし当の本人は、あくまでこちらの問いに対して明言する心算はないようだった。また
何時ものように飄々としてはぐらかし、あくまで自身の胸の内を他人に見せようとはしなか
った。故にダグラスはもう一歩踏み込んで──今回の話題にかこつけた表現をする。
「だってそうだろう? これで君達が対“結社”最前線に立つようなことになれば、人々は
少なからずそれを魔人(メア)対魔人(メア)の戦いと見るようになる」
 その不死性から忌み嫌われ、しばしば迫害を受ける魔人(メア)達。そんな力が権力側に
も有用であると世に知らしめる為に、彼らは敢えてその軍門に下っている──つまりこの男
は広く“同胞”らを助ける為に、正義の剣(カリバー)長官への就任を受諾したのだ。巷の
噂レベルではあるが、そうダグラスは聞き及んでいる。
 だが当のヒュウガやグレン、ライナ自身、そういった世間の憶測には今まで答えたという
試しがない。事実今回もダグラスの試みは失敗に終わりそうだった。それでも存外に攻めて
きたと感じたのだろうか? 彼は再び肩を竦ませると、やはり飄々とはぐらかすようにして
苦笑(わら)う。
「確かに結社(れんちゅう)は厄介だけど。こちらの苦労を、ことごとく潰してしまうし」
「……」
 言葉にこそ出さなかったが、ダグラスは内心その点に関しては深く同意していた。尤も彼
の言うそれとは、また別の意味合いもそこには含まれているのだろうが。
 一般の、世の人々の多くは、いわゆる“大盟約(コード)”の消滅を“結社”が掲げてい
る事を知らない。彼らがその野望──自称する所の「大命」を諦めない以上、戦いを止める
こと自体最早出来なくなっている。自分達はもう、進むしかないのだ。
 益々、混迷だけが増す。
 王達への経過報告の中で聞いた限りでは、現在クラン・ブルートバードはディノグラード
公爵邸──古界(パンゲア)北方・竜王峰に滞在しているらしい。本音を言えばその後どう
なったのかを知りたいのだが、統務院として突けば拙い事になるのはダグラスもいち組織員
として理解はしていた。先の討伐戦の件もある。今度は天上……となりかねない可能性も、
現状否定できないのだ。
(……デュゴーとスタンロイ達だけに留まらず、今度はレノヴィンも……?)
 二年前、大都防衛の中で失った部下達の顔を思い浮かべながら、それが今度はゆっくりと
ジークのそれへと姿形を変えようとしている。こちらを気持ち疑問符を浮かべて見遣ってい
るヒュウガには気付きながらも、ダグラスは内心、精神が酷く軋むのを止められない。
「長官!」
「報告します!」
 ちょうどそんな時だった。ダグラス達の下に、正義の盾(イージス)の将校が二人、慌て
た様子で入ってくる。何故か彼の執務室にヒュウガがいる事に一瞬戸惑ったようだが、それ
も他ならぬダグラス本人が「……構わん。続けろ」と若干諦めムードで言ったこともあり、
彼らは再度敬礼しつつ応える。
「ほ、報告します!」
「先程、ブルートバードに動きが──!」

 その日ブレアは、学院内の自らの研究室(ラボ)に居た。
 しかし使い古したソファに腰掛けるその表情は、普段のぼさぼさとした外見も加わって、
まさに憮然と呼ぶに相応しい。
「では、宜しくお願いします。表向きは“傷心”という形にしておいてください」
「……」
 理由は、応接テーブルを挟んだ相手側にあった。反対のソファにはアルスとエトナ、及び
侍従であるイヨとリンファが座っており、ブレアにとある書類を託して頼み事をしている。
 そこに書かれていたのは──休学届。学院内で通用している、正式な用紙と書式だ。殆ど
の項目は既に埋められており、後は受理さえされれば、学院生アルス・レノヴィンは暫くの
間、キャンパスから姿を消すだろう。
 死んだ後の目のような、数日ぶりに戻って来たかと思えば変わり果てた憔悴ぶりで。
 ブレアはイヨとリンファから、全てを聞かされた。竜王峰の戦いにおいて、兄・ジークが
ヨーハン共々“結社”に敗れて死亡したこと。その魂を取り戻す為、クロムの提案で仲間達
が冥界(アビス)へ乗り込もうとしていること。そんな前代未聞の作戦に加わるべく、アル
スも一旦、学院を休学しようと考えていること……。
「それと、おそらくそう遠くない内に情報は漏れてしまうかと思われます。その際には、ど
うか私達が戻るまで言及しないでおいていただけると……」
 慕っていた兄の死。そのショックで、学業さえ手に付かない。
 確かに理由としては尤もで、事実そういった部分が無い訳ではないのだろう。しかしこう
して当人と向かい合って座っている限り、ブレアはアルスが既にそこから更に一歩を踏み出
した所にいるように思えた。
 要するに、書面上の理由はあくまで方便なのだ。
 “結社”に奪われた兄の命を、その魂を冥界(アビス)から連れ戻す。時間が惜しい。今
は泣いている暇なんてない。一刻も早く、地底奥深き死者の国へ──。
「……まあ、言いたいことは大体分かったけどよ」
 故にブレアは、盛大に嘆息をついた。ガシガシとそのぼさついた茶髪を掻きながら、この
教え子とその侍従達を目を細めて見つめた。──前代未聞だ。いや、それ以上に、何故そん
な重要な“根回し”を他でもなく自分に頼んでくるのか。
「こういうのは、先ず学院長辺りに言った方が良くないか?」
「かもしれません。でも、あまり目立つような申請では、今回のことがバレるリスクが高く
なると思ったんです」
「自分達がやらかそうとしていることが、解ってるのか?」
「解ってるよお。でも助けられるかもしれないって判ってて、何もしないなんて出来る訳な
いじゃない。それともブレアは、ジークを見殺しにしろって言うの?」
「そういう心算じゃ……。というか、既に死んで──いや、それはいい。大体、そもそも何
で俺なんだよ? 根回しを頼む相手が、本当に俺でいいのか?」
「ええ。貴方はアルス様の指導教官です。話を通すのは筋でしょう? それに、この部屋は
以前から遮音魔導(サイレス)で覆われている──隠れて相談するには最適の環境です」
 ざっくりと言ってしまうならば、信頼。
 ブレアは最初、正直躊躇っていたが、アルスやエトナ、そしてリンファらの返答に言葉を
詰まらせざるを得なかった。事実一応の理屈は通っている。理事の中には未だにアルスらを
厄介事の種として快く思わない者達もいるし、そんな彼らの耳に今回のことが入ってしまえ
ば、それこそ即リークされかねない。二年前の“結社”襲撃の後、ミレーユが組織浄化の為
に大鉈を振るったとはいえ、魔導学司(アカデミア)という組織自体が基本的に内々に凝り
固まりがちなのだ。用心に越したことはないだろう。
「……ずっと、悔しかったんです」
 加えて駄目押しのように──実際はそこまで打算的ではなかったのだろうが──アルスが
ぽつりと呟き始めた。それはかつて彼がこの研究室(ラボ)に所属する折にも語られた、彼
自身の生い立ち、心の闇とも重なる。エトナやリンファ、イヨも、そんな相棒・主の吐露に
誰からともなく視線を寄越す。
「聖浄器回収の任務で兄さん達が走り回っている間も──たくさんのトラブルに見舞われて
いる間も、僕は何も出来ませんでした。学生として此方に留まっていました。それでも後々
になって“賢者”リュノーの文献解読を請け負いましたが……結果的にはヨーハン様を、兄
さんを死なせてしまいました。僕のせいで、二人は死んだんです」
 死んでいたアルスの目に、再び力が宿る。
 だがそれは、生気を取り戻したというよりは、寧ろ狂気であった。強烈なまでの自罰意識
であり、そうして自らを痛め付けていなければ、彼らに申し訳が立たないという程に。
「……背負い込み過ぎだ」
 ブレアは言った。表情は厳しく、しかし内心は過去の自分と重ね合わせて、痛いほどにそ
の心理が解っていて。
「お前のせいじゃない。殺ったのは“結社”の連中なんだろ?」
「でもっ……!!」
 だからこそ一方で、自分の言葉は本当の意味でこの教え子には届かないのだろうなという
予感もしていた。過去の過ちへの負い目が故の自罰感情が、いつしか手段ではなく目的──
自身の精神状態におけるデフォルトに変わってしまう。
「僕はもう、これまでみたいに自分だけ安全圏で学業や公務に集中するなんてこと、出来そ
うにありません。そんな中途半端になるくらいなら、いっそ一旦休ませて欲しいんです」
「……その方便で兄貴を連れ戻すってのは、休むになってないだろうが」
 たっぷりと間を置いてからの、嘆息混じりのツッコミ。
 アルスはぐうの音も出ず黙ってしまっていたが、ブレアはかと言って殊更それ以上責める
ようなこともしなかった。リンファやイヨ、エトナも、生半可な慰みになるのを恐れて二の
句を継げずにいる。
 繰り返すが、解っていたからだ。こいつと自分は、色んな意味で似ている。
 ただ決定的に違うとすれば──その点について、もう諦めてしまったか否かだろう。
 ブレアはかつての自分、慢心したが故に相棒や仲間達を失った冒険者時代の過去とアルス
のそれを重ね合わせ、深く深く沈んだ気持ちになった。全くどこもかしこも、世界ってのは
理不尽で出来ている……。
「……僕には、力が足りないんです。先生にも以前お話したかと思いますが、僕たち兄弟は
昔、故郷のおじさんに手を掛けてしまいました。瘴気に中てられて、魔獣になりかけていた
おじさんを救う為に」
 アルスは改めて語る。兄は剣で、自分は学問で、力をつけようと誓ったのだと。もう二度
とあんなことが起こらないように、起こさないように守るんだと。
「でも現実は“そんなこと”だらけです。僕達の手の届く距離だけじゃなく、世界中のあち
こちで。僕達の今までの旅は、一体何だったんだろう? って。……結局僕らは、壊すこと
ばかりで、直すことを全然してこなかったんじゃないかって」
「アルス様……」
「アルス……」
「……」
 ぎゅっとズボンの布地を握り、アルスは俯き加減に漏らしている。そうした思い詰めた姿
に、イヨやリンファ、エトナも辛うじてその名を呟くのが精一杯だった。ブレアも同じく押
し黙ったまま、静かに眉間に皺を寄せてただこれを見ていることしかできない。
「でも──そんな疑問(よわさ)を打ち負かしてゆく為にも、僕は兄さんを助けたい。その
為なら、どんな手段だろうと……。兄さんがいなかったら、僕は……」
 ボロボロと零れ落ちてゆく涙。リンファ達が胸を痛めて必死に感情を押し殺している中、
ブレアは再び大きな嘆息をついて姿勢を崩した。ソファによりぐぐっと背中を預け、脱力・
観念したとでもいうように、次の瞬間言い放つ。
「……降参だ。分かったよ。学院長には俺から内々で伝えとく。事情さえ分かれば、あの人
も頭がいいから、時間稼ぎの一つや二つはしてくれるだろう」
 すみません。宜しくお願いします──。
 イヨとリンファ、そしてエトナは、そうまた涙腺の緩むアルスを必死に宥めながら、最終
的に仲介を約束してくれたブレアに礼を言った。……いいってことよ。ブレアは内心嘆息し
っ放しだったが、それはそれでもう仕方ないと思った。諦めていた。もうかれこれ二年以上
の付き合いになるのだ。彼の性格、執着たるものは、自身のそれも相まってとうに把握して
いる心算だった。
(……だからお前は、色んなモンを背負い込み過ぎなんだよ)
 自らの過去と重ねて。その頑なさを、拘りを。
 ブレアは密かに、胸の内で嘆いていた。それ以上に、この兄弟を苦しめる運命と呼ばれる
ものらを、改め仰いで恨みつつ。

 シノとコーダス、その護衛としてサジ達が国を留守にしてから数日が経った。
 剣を振るうぐらいしか能の私に、留守を任せるなど本気かと思ったが……当人達に全く他
意はないのだろう。地底武闘会(マスコリーダ)の後、皇国(くに)に戻る道すがら、各地
を巡っていたのだが、その間もジーク達の活躍は度々新聞などで確認していた。
 それがまさか、あんな結末になるなど──。

「リオ様! 両陛下と隊長達が戻られました!」
 事態が事態だ。今はただ、帰って来るのを待つしかない。
 そう宮中の者らが酷く気を揉みながら過ごしていたこの日、シノ達が出先のディノグラー
ド公爵領から戻って来た。具体的には転送リングとルフグラン号を仲立ちとし、彼女らの身
をこちらに敷設済みの『陣』へと転移させるという形で。
「……迎えに行こう。御婆様、用意を頼みます」
 留守を任されていた他の臣下達とカシワギ医務長──御婆様と共に、私は『陣』が敷設し
てある部屋へと向かう。
 するとそこには案の定、酷く憔悴し切ったシノと、これを傍らで支える夫・コーダスらの
姿があった。この数日の間、向こうで散々泣き腫らしたと思われるその顔には明らかに疲れ
が出ており、それは何も肩を貸すコーダス達とて例外ではない筈だ。
「おお、何とおいたわしや……。ささ、陛下をこっちへ。それと、他の医務官達にも召集を
掛けとくれ。手の空いてる者は手伝いに来いってさ」
『はっ!』
 迎えに来た私達を見て、コーダスはすぐに気を配ってくれたようだ。ちらりとシノを侍従
達と御婆様に預け、彼女を一旦私室へと運び込む。
 ……今やるべきことは、休息だ。話なら後でいくらでも訊ける。本心を言えば、コーダス
にも心身を休めて欲しかったのだが。
 しかし当の本人はあくまで彼女の夫として、代理として、私達にディノグラード邸で見聞
きした全てを伝えなければと思い詰めていたようだ。少し距離を置いて控えるサジも、娘の
ユイにシノ達を任せて自分は場に残るらしい。私は彼女らの足音が完全に遠退いてしまうの
を待ってから、改めてその一言目を発する。
「……どうだった?」
「嘘でも夢でもありませんでしたよ。本当にジークは、もう……」
 自嘲(わら)いながらも、明らかに落胆しているコーダス。彼は妻・シノに代わって、事
の全てを話して聞かせてくれた。
 二人の息子、この国の次期皇位継承者、ジーク・レノヴィンは死んだ。速報で飛んできた
通り、あいつは竜王峰で敗れたのだ。
 直接の犯人は、使徒級最強とされる“結社”の剣士、ジーヴァ。加えて遂にその姿を現し
たかつての十二聖“精霊王”ユヴァンと、ハザワールに連なる竜族(ドラグネス)、灰竜帝
マクラウドの兄と思われるティラウドや他の使徒達により、文字通りその命を賭してこれに
立ち向かったディノグラード大公・ヨーハンも死亡。直系の子孫でもあるあの“青龍公”達
も、惨敗を喫したらしい。
 しかし幸か不幸か、レナの持つ聖教典(エルヴィレーナ)が面々を守るかのようにして覚
醒をみたため、ユヴァン達は撤退。同家の聖浄器だけは死守することが出来たのだそうだ。
(あの時の使徒か……)
 最初にその名を聞いて、私は内心悔いた。もし内乱(あの)時、奴を倒せていれば、この
ような結末にはならなかったのだろうか。尤も所詮は結果論に過ぎず、歴史に「もしも」の
世界など存在しないのだが。
 さて、この時私は、コーダス達に何と見られていたのだろう? このような事態でも相変
わらず眉間に皺を寄せたままで、冷血な男だと義憤(いか)られていたかもしれない。
 だが私のそれよりも、哀しいのはシノ達だ。身を引き裂かれそうな苦しみを味わっている
のは、アルスとイセルナら仲間達の筈だ。
 実際、向こうで合流したアルスは、まるで自らも死んでしまったかのように瞳から生気を
失っていたそうだ。この世で唯一の兄弟を失ったその哀しみは、察するに余りある。一度私
は国から逃げ出し、爵位を捨てた身だ。感傷に浸っている暇など本来的に許されない。そん
な余力があるのなら、今は彼らのサポートに徹するべきだろう。
「──冥界(アビス)? クロムが?」
「ええ……」
 しかしコーダス曰く、希望はまだ残されているという。元僧侶でもあるクロムによると、
肉体から剥離したジークの魂を四十九日以内に冥界(アビス)から連れ戻せば、まだ蘇生の
余地があるのだそうだ。そんなことが実際に可能なのか? 正直最初聞かされた時には耳を
疑ったが……既に向こうでは、イセルナ達がその冥界(アビス)突入の為の準備を進めてい
るとのこと。
「セオドア達や、ディノグラード家は?」
「セドやサウルさんは、それぞれに国に戻って対応を協議するみたいです。勿論内密に。事
情が事情ですし、ハウゼン王や統務院も、ジークという対“結社”の象徴を失う訳にはいか
ないでしょうから、おそらく隠蔽工作には協力してくれると思うんですけど……」
 少なくとも、セイオン以下ディノグラード家からは約束を取り付けてきたという。
 ただそれは──“青龍公”自身の贖罪意識が故なのだろうなと、私は容易に想像がついて
いた。元よりあれは真面目を貼り付けたような男だ。当の本人から命令・懇願を受けていた
からとはいえ、結果的に実の高祖父を死なせてしまったのだ。もしかすると“七星”として
の任さえ、今後降りる可能性がある。それはそれで、色々と面倒な事になりそうだが……。
思ったが、その辺りは今思案すべき事柄ではない。
 セオドア達や期せずして当事者となった、ディノグラード家による隠蔽工作──なるべく
の時間稼ぎ、引き延ばし。その間にルフグラン号は氷漬けにして保存したジークの遺体を乗
せ、冥界(アビス)へと向かう。
 話の通り、前者の稼げる時間は限られてくるだろう。人の口に戸は立てられぬ。ジーク達
の姿が見えない、消息を知らせる情報がないとなれば、こちらが頼まずともマスコミ各社が
その究明に動き出すだろう。或いは“結社”側が、この情報をカードに使ってくる可能性も
十分に考えられる。
「“青龍公”も大変だな。自分達も自分達で縁(よすが)の大公が死に、内々では酷く混乱
するのは必至だろうに」
「そうですね……。本当に、申し訳なく思っています。現状ヨーハン様のご遺体も、聖浄器
も、大結晶に閉じ込められたまま手が付けられないと仰っていましたし……。そちらの方は
手を煩わせない、自分達で護るとは仰っていましたが……」
 正直半分は、あの真面目男への当てつけだったのだが、目の前のコーダスにそこまで通じ
る筈もなく。元よりそんな余裕もなく。
「……辛いな」
「ええ。でも誰かが、支えてあげないと」
 私は少し、ばつの悪さを感じながら呟いた。しかしそれでも気遣うのはあくまで先ず相手
の側というのが、流石あの兄弟の父親だなと思う。コーダスはそう自分達なのか、彼らなの
かも時々混同しながら努めて苦笑(わら)ってみせ、そう自身の憔悴を決して私達に見せよ
うとはしなかった。
 ……ひとえにそれは、以前は自分がそうだったからなのだろう。孤立無援の中で故郷を守
り切れず、あまつさえ狂化霊装(ヴェルセーク)の試作型(プロトタイプ)として多くの者
達の命を奪ってきてしまった。その過去への負い目と、それでも自分を温かく迎えてくれた
妻や息子、この国の民達への恩義が、この男をシノに負けず劣らぬ“犠牲”の精神の持ち主
へと変えていったのだろうと感じる。
「差し迫っての問題は、シノの政務ですね。暫くは体調を崩して休まざるを得なくなったの
で、僕が代行しますとでも言っておけばいいのでしょうが──」
「……」
 親として、子を失った哀しみよりも、皇としての体面を優先せざるを得ない。
 やはり王権(このしくみ)とは、誰も幸せにしないのではないか? 尤も自らをそうでき
ずとも、民の為に他人びとの為にというのが、本来有爵位者の使命なのかもしれないが。


 丸々凍結保存したジークの遺体(からだ)を、ルフグラン号へと積み込む。
 急ごしらえに回復魔導で塞いだ傷もそこそこに、イセルナ以下クラン・ブルートバードの
面々は、搬入作業と並行して旅の荷物を放り込んでいった。
 白咆の街(グラーダ=マハル)の住民達に見つからないよう、飛行艇本体は竜王峰の裏側
に泊めてある。先の戦いで壊れていたオズも、レジーナ以下技師組の尽力で復活し、出発の
準備は完了した。先ずは魔界(パンデモニム)西方・鬼ヶ領──クロムが語った“虚穴”を
探し出し、冥界(アビス)への進入路を確保することが当面の目的だ。

『鬼ヶ領と言えば、鬼族(オーグ)の本拠地よね。本来なら、セキエイ首長にアポを取って
からというのが筋なんでしょうけど……』
『構わんさ。どのみち正面から訪ねて行ったとして、通してくれるものでもないしな』

 返事を待っている時間さえ惜しかったというのもあるが、結局イセルナ達は事前の根回し
などは行わなかった。目指している場所が場所だけに、先方から拒否されるのは目に見えて
いたからだ。
 まだ繋がりのあるミザリーを介してという選択肢も取らず、あくまで“独力”に拘ったの
は、少しでもジークの死という情報が広まるのを遅らせる為に他ならない。正直ぶっつけ本
番なきらいは否めないが、日数を無駄にしてジークの魂が消滅してしまっては元も子もない
のだと言い聞かせる。セド達も、可能な限り力を貸すと約束してくれた。その辺りはもう、
事後報告という形でごり押してゆく他あるまい。
「──では、私達は行きます。この度はご迷惑をお掛けして申し訳ありません。どうも、お
世話になりました」
『お世話になりました!』
 ルフグラン号から伸ばされたタラップを境目にし、乗り込んで出発する直前のイセルナと
仲間達は、そう人知れず見送りに来てくれたセイオン以下ディノグラード家の面々に対して
深々と頭を下げた。せめてもの誠意──ヨーハンを失った彼らに対し、事実としてその遠因
を作ってしまったことへの謝罪を込めた心算だが、必ずしも全員がこちらの意図を汲んでく
れるとは限らない。一見するといつもの生真面目な表情まま、哀しみや怒りなどおくびにも
出さないセイオンはともかく、周りに立つ同家の面々の中には、こちらを鋭い眼差しで見つ
めている者も少なからずいる。
「……私達こそ、すまなかった。無事を祈る」
 やはり今回の一件で悪印象を? 嫌な予感、繰り返されてきた既視感をイセルナ達は覚え
たが、改めて確かめ直すような余裕はなかった。最後にセイオンが発した一言を合図とする
ように、一行は去り際改めて軽く一礼をし、船内へと入ってゆく。ゴゴゴゴ……と、少しず
つ格納され始めたタラップと浮き始める機体に隠れながら、その姿が見えなくなってゆく。
『──』
 間際、クランの仲間達。
 その中にははたして、アルスがいた。エトナやリンファ、イヨといった普段学院生活で行
動を共にしていた相棒・侍従達も加わり、この失意の弟は兄の形見──三対の太刀脇差たる
護皇六華を慣れぬ様子で抱えたまま、ぎゅっと静かに唇を結んでいる。

 ──最初に感じたのは、何だか心地良い揺れと、聞き慣れぬ水音。
 何度か視界がぱちくりと明滅した後、ジークはその意識を取り戻した。まだ半分寝ぼけ眼
のまま地面に背を預け、ぼんやりとした記憶を手繰り寄せる。
(あ、れ……? 何処だ、ここは? 俺は、一体……)
 だがそんな鈍重さも、次の瞬間にはスイッチを切り替えたかのように吹き飛んだ。にわか
に流れ込んできた直前の──竜王峰での戦いを思い出し、弾かれたように起き上がる。
 そうだ。俺はあの時、ジーヴァに負けたんだ。
 皆は!? 爺さんは!? 俺はあの後、一体どうなったんだ……??
 しかし身体を起こしてすぐ、ジークは異変に気付く。彼は何故か、船に乗っていたのだ。
 飛行艇などでなく木製の、例えるならば渓流越えの船頭が使うような幅の広い舟。自身の
慌てふためいた動きに対しても、ギシギシと悠然として揺れている。気付けば格好も、いつ
の間にか簡素な私服姿になっており、腰に下げていた筈の六華も見当たらない。目を見開い
たまま縁越しに覗いてみると、舟が進んでいる川も普通ではない──魔流(ストリーム)だ
った。魔力(マナ)の雲海の上で、幾重にも絡み合いながら複雑な水流のようにうねるその
上を、ジークを乗せたこの舟はさも慣れたように滑っている。
(ただの川じゃねえ……。霊海か? 陸も見えねぇし、相当高い所にいるっぽいな。それに
この舟……)
 いや、正確にはジーク「達」と形容するのが正しいのだろう。
 反対側、幅広な舟の中を見てみると、そこにはジーク以外にも乗客らしき者達が縮こまっ
ているのが分かった。
(こいつらも、俺と同じ……?)
 しかし彼らがジークと大きく違うのは、その全てが白装束姿や、そもそも人型ですらない
人魂であることだ。パチパチと静かに燃えている青褪めた炎の中には、彼らの本体らしき核
が見え隠れしている。白装束姿の面々も、まるで“魂が抜けた”かのように、総じて虚ろな
眼のままぼ~っと座り込んでいる。
「──おやおや? お目覚めですかあ? 珍しく活きの良い方がおられるようですねえ」
 ちょうどそんな時である。こちらの物音に気付いたのか、それまで舟の先頭に立って雲海
の魔流(ストリーム)を漕いでいた人影が、そうニコッと微笑(わら)いかけるようにして
声を掛けてきたのである。
「でも暴れないでくださいね~? 落ちたら消滅し(しに)ますよ~?」
 辺りを漂う靄が捌け、不意にその姿が露わになる。
 女性だった。やけにニコニコとした表情を貼り付けた、見慣れぬ腕章と黒装束姿の女性が
一人、そこには立っていたのだった。

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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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