日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(雑記)リアルが織り成す物語

新年明けましておめでとうございます。絶賛寝正月中、長月です。
2012年ですよ。平成24年ですよ。早いものでもうそんなに時が流れているのですね……。
年越しはここ数年の好例で、昔からの友人達との初詣&会食、行き当たりばったりの緩々な
雰囲気の中での集まり語らいで迎えました。
普段は出不精になりがちな自分ですが、こうして何となく落ち合える仲間がいるというのは
ホッとする一時でもあります。
……こんな自分でも生身の存在であっていいんだ。
そんな、傍から聞けば哂われそうな科白を胸中に抱いて新年の夜闇の中を歩いていました。

本年も不肖長月と当頁『日暮創庵』を宜しくお願いしますm(_ _)m


思えば去年は変化と動揺の一年でした。
三月にはツイッタを始め、四月末に当頁の開設、七月初めになろうさんに登録──それまで
自分の周りの世界を限定的にすることで己を守ってきた感のある僕でしたが、これらの動き
を取ったことが功を奏したのか、今は大分その意識のベクトルも逆に、前向きになってきて
いると思います。そう信じたい所です(まだまだ消極的、悲観的な部分はありましょうが)
最初の内はおっかなびっくりで始めた開かれた営み──創作活動。
勿論、今でも試行錯誤の連続で、これでいいのかな?と不安に駆られることは決して少なく
ありません。
それでも、その苦心に見合うだけのものを僕は得られたのかなと、密かに思っています。
それは何よりも……人との出会いで。
創作というものは基本的に“実生活に必須なもの”ではありません。
お仕事になれば別なのでしょうが、そうでもないのに限られているエネルギー・時間を空想
の中、頭の中へと注ぎ込む営みなのです。実際、創作をしていると知って僕は少なからぬ人
から奇異の眼で見られ、或いは「金にならないのに」などと苦言を呈されています。

だけど、僕は今もこうしてしぶとく社会の片隅で創作を続けています(笑)
確かにこの営みはお金にはならない。そりゃあお金になってこれで生活できるのならベター
な道になるのでしょうが、今の時点でも僕は多くのものを得ている気がします。
人間。その繋がりという財。
たとえそれがネットを介した机上の付き合いであっても、ディスプレイの向こうには確かに
僕以外の生身の人間がいて。そんな多彩な個々が色んな考え方や問い掛けをこちらに向けて
くれる。そこから僕は考え答え、互いに語る。創作は勿論、色んなことについて。
僕がまだまだ青臭いからかもしれないけど、愉しいなと思う。
限定されたセカイを守る事で安定を得ていた自分がどれだけ小さいことだったか。
色々と人と繋がっていってみる中で、僕はその都度思い知らされるのです。

ただ一方で不安もあります。
ツイッタなどが特にそうなのですが、徐々に繋がっている人数が膨れていっています。
その全員と実際のコンタクトを持った訳ではないとはいえ、果たしてこうしてふらふらっと
一歩えいやと踏み出して彼らを覗き込んでみる勇気、行動力の果てに僕はそうして繋がる事
のできた皆と付き合い切れるのだろうか、捌けるだけの対人能力があるのだろうか、そう懸
念が過ぎってしまう事も少なくなくなりつつあります。
もう一つは、悪意。
現状はまだ特に害を受けたケースは持ち合わせていませんが、中には自分に不快だったり実
害を及ぼす(ことを目的とする)相手が潜んでいるかもしれません。実際、ネットでの口論
などで人間不信になる、猜疑心が強くなるといった事例は世の中での枚挙に暇がないと思わ
れます。
ただ……僕はそうした負の側面を「ネットの匿名性が悪い」といった批判で一括りにしたく
はありません(というよりもIPを叩くなどして発信元≒個人を特定する事は可能なので、本
当はこういった批判の土台となるような“ブラックボックス的な匿名性”というのものがあ
るという根拠にも懐疑的だったりします)そのロジックで言えば「人間だから悪い」を認め
ているようなものですから。
だけどそうやって彼らの言う「悪」をひたすらクレンズする事が果たして世の中を良くする
のかという問い掛けに関しては、僕はノーだと思うのです。
ツイッタなどのSNS、ネット世界であるように、社会というものは雑多なものが入り混じって
存在しています。僕らはきっとそんなカオスを愉しむ、許せる「寛容」がなくては間違いな
く硬直的な──つまり単純化された閉じたセカイを作る事で安定を得ようとする傾向の中に
押し込められる方向に向かっていくでしょう。そんな時、果たして僕らはその束縛に耐えら
れるのでしょうか? 少なくともネット世界は「もっと自由に」が大きな柱であろうのに。
(と言っても、実際は全くの野放図という訳にもいかないんでしょうけどね……)

ちょっと気障な言い方ですが、カオスな人間模様はそれだけで「物語」なのです。
作者不在(いるとすれば所謂神様ということになるのでしょうか)の複雑怪奇な超群像劇。
そんな世界を「俺は気に入らない」の一念でごっそり均してしまえるのなら、狭めてほんの
一部しか見れないままであれば……僕は凄く勿体無い気がするのですよね。
物書きの一人として、自分にとってのこれらを拡げることを無碍に否定してしまうのは果た
して如何なものか……? そう考えてみている所なのです。

人間を描きたい物書きが、人間を簡単に諦めちゃいけない。……諦めたくない。
奇麗事を吐いてみる。だけどいい意味で清濁飲み干すことも覚える。
ただこれが現実さと冷笑を向けてセカイを閉ざすのではなく、こんな現実もあるんだと貪欲
に受け止めて自在に己のセカイを果てなくアップデートする。その営みを愉しめるように。

そうなれば、少しは人は明るくなれるのかな。
去年を象徴する漢字が「絆」であった、それが単に「災」だらけな──そしておそらくこれ
からも暫く続くであろう──世相に対する痩せ我慢ではなく、今年こそは本当の意味で少し
でも多くの人にとっての実感になってくれればいいなって。

僕にできるのは言葉を捏ね回すことくらいだけど。
広がっている僕のセカイを目の当たりにして、そんな事を夢想してみる元日なのです。

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  1. 2012/01/01(日) 21:45:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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