日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「物好きな彼」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:ヒロイン、眼鏡、魅惑的】


「す、好きです! ぼ……僕と付き合ってください!」
 大学二年目の春。紬巳(つぐみ)はそう、人生で初めて告白された。
 相手は同学年の男子生徒・浩。昨年から幾つかの講義で被り、多少なりとも面識があった
人物だ。こちらもそうだが、彼も相当緊張しているのだろう。肝心の台詞を告げると同時に
頭を下げたまま、ぷるぷると小刻みに震え続けて返事を待っている。
「……」
 ただ、当の紬巳はこの時、目の前で起こった出来事に驚くというよりもある種の違和感で
以って場に立ち尽くしていたのだった。言い換えるならば、困惑という感情に近い。
 何故自分が? どうして私なんかを、好きだなんて言うのだろう?
 傍から見ても、お世辞にも彼女は美人という訳ではなかった。寧ろそういう派手さや綺麗
さとは対極の、ぼさっと肩ほどまで伸びた黒髪・黒縁眼鏡という地味な容姿をしており、彼
女自身もその点は一応自覚していたからだ。
 私なんかが、モテる訳ない。
 にも拘わらず、目の前の彼は必死そのものだった。実は演技で、からかい目的でわざわざ
自分を選んだのかもしれないと紬巳は疑ったが、どうにもそのようには見えない。
 大体、自分達は面識こそあっても、そこまで深い仲ではなかった筈だが……。そうしてむ
くむくと疑心が湧いてくる一方、内心紬巳は少しずつ落ち着きを取り戻していた。自身の戸
惑いの感情よりも、今度は相手の観察を始める余裕を持てるぐらいには。
 名前は確か、羽田野浩。最初に声を掛けてきたのも、記憶が正しければ彼の方が先だった
筈だ。自分のように特に連れがいる訳でもなく、いつも何処かおどおどした様子で話し掛け
てくる。だけど自身に興味・関心のある話題となると、やたら饒舌になる──ざっくり言っ
てしまえば、オタク系の男性だ。
 だから緊張しているのも、そんな自信の無さの裏返し。わざわざ時間を取って貰って告白
というシチュエーションに持ち込もうとした心算だったからか、普段よりも何となく身なり
は綺麗にしてある気がする。まぁそれでも服装のセンスだったり、全身から醸し出される雰
囲気は、一朝一夕で変わるものではないようだけれど。
「……くすっ」
 故に紬巳は、思わず小さく噴き出した。
 口元に手を当ててふんわりと。そんな彼女の様子に気付いて、当の浩は大層慌て始めたよ
うだ。哂われるほどに駄目だった──決死の覚悟で臨んだ告白が、失敗したのだと理解した
かのように。
「ご、ごめん……。いきなり言われても、困るもんね」
「えっ? ああ、ううん、違うの。どうして私なんかにって考え始めたら、何だか可笑しく
なっちゃって」
「……??」
 しかし返ってきた彼女の言葉に、浩は唖然とする。紬巳の表情は苦笑(わら)ってこそい
たものの、決して彼を哂うものではなかったからだ。ぱちくりと未だ目を瞬いて固まったま
まの彼を見つめ返し、彼女は事実、照れ臭そうに答える。
「その……。オッケーってこと。私なんかで良ければ、宜しくお願いします。こういうの、
全然経験ないけど」
「──!!」
 嗚呼、そうなんだよあ。私はこの人と似ているんだ。
 つい予防線を引いてしまうのは彼と同じく、自信の無さが故の、普段からの癖。
 まさか受け入れてくれるとは思っていなかったのか、浩は真ん丸に目を見開いて一しきり
驚いた後、今度は感激に撃たれたかのようにぷるぷると震え始める。
「ここっ……こちらこそ! よ、宜しくお願いしますっ!」

 そんなこんなで、二人は正式に交際を始めた。お互い全くの恋愛初心者で右も左も分から
なかったが、だからこそ顔を合わせる一日一日が楽しかったし、多分この先においても貴重
な経験になるのだろうと紬巳は自分に言い聞かせた。
 正直、不安はあった。告白された際に抱いた疑問と同じく、何故私なんかが選ばれたのだ
ろうか? キャンパス内にはもっと綺麗所な子だって沢山いる筈なのに。まさか彼は、自分
に自信がなかったから、敢えて地味な私を選んだ──打算的な理由だったんじゃないのか?
 だが……そんな疑心暗鬼は、やがて彼女の中から消えてゆく。結局は杞憂だったのだなと
理解することになる。
 浩、人生初めての彼氏は──とても優しかった。それこそお姫様みたいに、いつもこちら
を心配してくれて、わたわたと奔走してくれて。
 相変わらず元からあった気弱な部分が、全体的になよなよしさを見せていたが、それでも
根っこの部分は自身への愛情に満ちているのだと紬巳は知っていた。お互い初心者でわたわ
たしっ放しだったけれど、そんな中でも一生懸命“恋人”たらんと努力する姿を傍らで見て
いたからこそ、妙に憎めなかった。尤も親友からは「しかし何でまた、あんなのと……?」
と、事ある毎に言われるようになったが。
「──紬巳ちゃん。お昼、一緒に食べよ?」
「──あの、紬巳ちゃん? 今度の日曜空いてる? この前、新作の映画が出てさ?」
「──ありがとう、助かったよ。どうにもあの先生、板書が小さいから見辛くって……」
 幼い頃抱いていたような、素敵な王子様なんてイメージとは随分と違う。
 だが紬巳は案外、満足だった。強いて言えば、浩があまりに自分をヨイショしてくるもの
だから、もっと対等な関係になってゆけばいいなあとは思っていたものの。
『……』
 恥ずかしがりながらも、互いにそっと指を絡める。手を繋ぐ。地味で目立たなくて、華や
ぎなんてものとは、一生無縁だと思っていた。
 実際そうなのだろう。傍からみれば二人はガチガチに緊張しっ放しの男女で、それだけを
見れば微笑ましいが、如何せん共に地味な見た目のせいでパッとしない。
 それでも構わなかった。ニコっと二人は、ぎこちなく相手を見遣ると苦笑(わら)う。今
日も今日とて小さな思い出を積み重ねる。
 ただそんな二人だけの空間が、いわゆる“盲目”そのものだと冷やかされれば、否定しよ
うがないのもまた事実で……。

「──もっと、綺麗になりたい?」
 小さな変化が起きたのは、そうして二人が付き合い始めて数ヶ月が経とうとしていた頃だ
った。いや……彼女達にとっては大きな出来事か。その日紬巳は、同じ地元中学以来の親友
である小鷹との待ち合わせに現れると、随分と思い詰めた様子でそんな相談を持ち掛けてき
たのである。
 昼間のメインストリート、その路地を入ったすぐ一角に居を構える喫茶店は、平日ながら
も常連客を中心に賑わっていた。
 手元のアイスコーヒーをちゅうちゅうと啜りながら、この栗色髪の垢抜けた親友は、一見
気のない素振りをみせながらも、その実気持ち身を乗り出すようにしてそんな彼女の言葉を
繰り返している。うん……。問い返された紬巳も紬巳で、相変わらず妙に深刻そうな表情を
崩すことができないまま、一つ一つ自分の中で必死に思考を整理しようと努めた。
「その……。私、羽田野君と付き合い始めて結構経つじゃない? 最初の頃も、今でも彼は
優しいけれど、本当にこのままおんぶに抱っこされてるままでいいのかなって。ずるずると
今の状態が続いても、いつか羽田野君が疲れちゃうんじゃないかなって……」
「あー。確かに彼、ちょっと過保護な所あるもんねえ……。でもそれだけ、ツグのこと大事
にしてるってことじゃないの? あたしも最初は、何であんなのがって思ってたけど……実
際あんたが幸せなら、ベストな組み合わせだったんだなって今は思うし」
「そう! そうなんだよ。……私みたいな地味でパッとしない彼女じゃあ、羽田野君も箔が
付かないじゃない?」
「自分で言うか……。っていうか、そういうツグを彼は選んだんだし、あんたが気にする事
ないと思うんだけどなあ」
 まだ若いんだし、お互いもっと道はあるっしょ?
 しかし小鷹は、途中でついそう言ってしまいそうになる自分を抑えた。自分はまだ何人か
付き合った人数はいるけれど、この子は彼とが初めてなんだった。仮にもっと大雑把に考え
ればいいんだよーと言ったとしても、多分その視野は晴れない……。
「……まあ、大体の事情は分かったわ。だからこの際、イメチェンしたいって訳ね?」
「うん。タカちゃんは私よりも、そっち方面に詳しいから……」
 近付いてきたウェイトレスにおずっと、取り急ぎ自身の注文を告げ、紬巳はまた緊張気味
な様子でこの親友の返答を待った。小鷹は正直悩む。半分は二人の蜜月にも終わりが来てし
まったかという思いと、もう半分は自分を磨くことに意欲を見せる、目の前の親友の成長に
対する感慨である。
「そっかそっかあ~。昔っから大人しかったツグも、とうとう男の為にそんな悩みを持つよ
うになったんだねえ……」
「タ、タカちゃん!? か、からかわないでよ……」
「あはは。……でもそういうことなら、力を貸すよ? 親友の一大事となればね。大体あん
たはモノ自体はいいんだから、きっちりメイクなり何なりすれば化けるって昔から……」
「そ、そんなことは……」
 ぶつぶつ。あくまで紬巳は反射的に卑下を前面に出していたが、小鷹は既にやる気を出し
始めていた。親友の変化。内心嬉しくもあり、寂しくもあり、そして羨ましくもある。
 あー、あたしもまたいい恋、見つけなきゃなあ……。加えてそう若干投げやりな思考が過
ぎりつつも、彼女はぎゅっと袖を捲くるようにして笑った。ホッとしたような、されど未だ
何も完了していない中で気持ち唇を結んでいるこの親友に対して、言う。
「ふふ。じゃあ善は急げだね。先ずはメイクから始めよっか。あたしとツグじゃあ、肌の質
も違うし、コスメも新しく一式買った方がいいかもねえ」
「……え? まさか、今から行くの?」
「勿論よ。その為にあたしに連絡してくれたんじゃないの? ほら、行くわよ。ここの会計
はあたしが出しておくから。お勧めの店を幾つか、教えてあげる」
「え? えっ? ちょ、私まだ──。ま、待って! 待ってよお、タカちゃーん!」

 そして数日後。紬巳はまた何時ものように、もうこれで何十回目かも分からなくなった浩
とのデートに向かった。
 待ち合わせ場所とした駅前の噴水スペースの前には、既に周辺の往来に混じって彼の姿が
確認できる。ベンチの一角に座り、何時ものようにぼうっと彫像から流れ続ける水の飛沫達
を眺めている。付き合いたての頃に比べて、多少ファッションセンスは改善されたようにも
思えるが、今も基本的にその服装は動き易さ重視のラフなものだ。
「ごめんね、羽田野君。待たせちゃったかな?」
「ううん。平気。僕も来たとこ──ろッ?!」
 しかし今回ばかりは、明らかに違う所が一つある。即ちそれは、ばっちりとめかし込んだ
紬巳の姿だ。
 これまで彼と同じくあまり派手な服装を好まなかった彼女が、親友・小鷹のチョイスを受
けて身に纏ったデート服。露出が多かったり、奇抜なデザインでないのは今まで通りだが、
代わりに選んだのは薄青と白の縞模様が走るワンピース姿。浩本人があまり免疫がなさそう
ということも考え、無難に清楚な方向性に舵を切ったのだ。
 何より大きく変わったのは──その顔である。
 それまで肩ほどに伸ばしたままだった黒髪を、ふんわりミドルアップに束ねて首筋を出す
ようにし、うなじを露出。色気を演出した。同じくずっとつけていた眼鏡もコンタクトに変
えて取り去り、薄く塗ったメイクが綺麗に映えるように。「……やっぱ、こっちの方が断然
いいわ」此度の大変身を手掛けた小鷹自身も、そうご満悦になるほどの変身っぷり。
「ど、どうかな? 似合って……る?」
「……」
 呆然とこちらを見て立ち尽くす彼に、紬巳はおずおずと訊いてみた。本人はそこまで意識
してはいなかったが、大幅にイメチェンを果たしたその姿は、意中の男を落とすには十二分
の魅力を兼ね備えていた筈だ。事実居合わせた周りの男達の幾人かが、現れた紬巳の姿に釘
付けになっている。尤もそのはにかんだ笑みを向けている先がただ一人の男──彼氏らしい
と判り、軽く舌打ちをする者も少なくなかったが。
「……で」
「?」
「何で……何で外しちゃったんだよおおお!? あの眼鏡が、あの地味さ加減が最高だった
のにぃぃぃ!!」
 だが次の瞬間、肝心の浩は、思いもよらぬ反応を見せたのだった。暫く呆然とこちらの顔
を見ていたかと思うと、直後小さく疑問符を浮かべた紬巳に向かってガバっと顔を上げ、鬼
のような形相で泣きながら近付いてきたのである。
「……へっ?」
 がしりと至近距離で両肩を握ってきたまま、そう泣き崩れてゆく浩。
 紬巳はたっぷり数拍の間、一体何が起こったのか分からなかった。周りの、居合わせて彼
氏持ちのいちゃつきを見せられるのかと眉を顰めていた男達が、今度は別の意味で顰めっ面
になって硬直している。
「あ、あの……。羽田野君? 今、何て……?」
「眼鏡……。僕は、眼鏡をかけた君の姿が大好きだったんだ。地味さの中にも可愛さを閉じ
込めた絶妙のバランス、そんな原石をひけらかさないお淑やかさ……」
 ぶつぶつ。困惑しながら訊ねる紬巳に、よよよと膝をついて俯く浩は呟いていた。
 ガチ泣きである。再び見上げてきた顔は泣き腫らし、庇護欲的な何かが湧くような気もし
たが、それ以上に彼の呟いた言葉が全てを物語っていると理解した。まさか……。呆気に取
られている周囲の中心にあって、それでも尚且つ、彼女の心は揺らいでいる。尤もそれは千
年の恋も冷める云々というよりは、自分はもしかしなくても大変な思い違いをしていたので
はないか? という恐れ、後悔の類である。
(ま、まさか羽田野君って……“眼鏡萌え”?)
 紬巳は思わず絶句していた。行き着いた事実に、これまでの彼との交際の中で今思えばあ
れもそうだったこれもそうだったと事例(ケース)を引っ張り出し、一気に緊張していた心
身が脱力する。

 拝啓タカちゃん。
 どうやら私、もの凄く大変な彼氏を持っちゃったみたいです。
                                      (了)

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  1. 2019/01/06(日) 00:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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