日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「氷雨ノ向コウ」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:雨、窓、希薄】


 すっかり日が沈んでしまっても、街は確かにそこに広がっている筈なのに、まるでその姿
が見えない。一面の黒だ。
 屋根を打つ雨音が断続的に響いている。あちこちで遠く点っている筈のネオンの明かりが
見当たらないのも、これらに全部霞んでしまっているからなのか。
 何も見えない。まるで自分とそれ以外が、物理的にというよりも精神的に隔絶されてしま
っているかのように。
「……」
 決して特別な夜という訳ではない。ただ貴子はその日も、独りアパートの自室に籠ったま
ま、ぼうっと窓の外を眺めていた。日没頃から降り始めたやや強めの雨は、彼女をより一層
孤独にさせている。
 部屋のテレビは点けっ放しだが、とうに殆ど耳には入っていない。
 何となく気を紛らわす為に──習慣として傍に置いてはあるものの、段々と画面の向こう
から響いてくる無遠慮な笑い声達に鬱陶しくなり、次の瞬間にはリモコンをはしっと手に取
って消していた。何だかそんな自分が馬鹿らしくなってきて、貴子は無言のまま小さく眉間
に皺を寄せる。
 いい歳こいた女がろくに外出もせず、だるだると家に籠っている。
 だからと言って別に誰かに詰られる訳ではないものの、そんな声は他ならぬ彼女自身の内
から聞こえてくるものだ。発作のようにはたっとやって来ては、こちらが反応するよりも早
く消え去ってしまう。

 ──昼間、きちんと仕事には行っているんだから、家でぐらいはゆっくりさせてよ。

 やはり誰にというでもなく、貴子はぶすっとした表情を浮かべたまま、心の中でその度に
言い返している。別に自分だけに限った話じゃない。現代の人間というのは、群れているよ
うで孤独だ。個人主義だとか自由だとか、小難しい話をしたい訳じゃない。ただそれがさも
しばしば「問題」であるかのように語られ、群れなければ、繋がらなければというある種の
揺り戻し(あつりょく)を掛けられること自体がストレスなのだ。
「……」
 コキュッと、すっかり生温くなってしまった缶ビールの残りを啜る。
 貴子は一旦窓の外に向けていた眼を室内に戻し、大きな嘆息をつくと、暫く天井の板目を
仰いでいた。ほぼ等間隔な雨音以外は何も無い。至って静かだった。窓の外、夜闇の向こう
をそんな雨脚が霞ませているという事実には敢えて触れないようにして、彼女は束の間──
短いようで永遠のようなこの一時を静かに過ごしていた。努めて、孤独に在ることを謳歌し
ようとさえしていた。

 ──別に、私だけが孤独な訳じゃない。可哀想なんかじゃない。皆、似たようなもの。

 具体的に何処の誰だという、個別の名前が挙がる訳ではなかった。ただ窓の外、夜闇の向
こうにも、自分と同じようにじっと息を殺しながらこの一時を過ごしている誰かがいる筈だ
と彼女は思っていた。……いや、もしかしたらもっと明るく、独りの時間を目一杯楽しんで
いるのかもしれない。自分のように言い訳なんて考えてすらいないのかもしれない。
 ただそれでも、お互いが隔たれているさまには変わらなくて。それが今夜のような冷たい
雨によって、より一層強調されているかのように感じられて。
 貴子は再び、窓の外にそっと視線を映した。相変わらず外は真っ暗で、街の輪郭らしき明
かりもろくに見えない。尤もこのアパート自体が、立地的に大通りに面している訳ではない
ことも大きいのだろうが。
 雨だけではなく、そもそも他のビルやら何やらに遮られているんだっけ。貴子はぼんやり
とそう思い返しつつ、だからといって胸の端にあるこの気鬱な気持ちが増す訳ではないんだ
なと考えた。増してはいけないと考えた。
 孤独な訳じゃない。可哀想なんかじゃない。誰だって、似たような環境(はこ)の中で朝
を待っているのだから。眠ったり起きていたり、思い思いに限られた“自由時間”を過ごし
ているのだから。
 それでも……一人ではいられないような人間が、街に繰り出すのだろう。ネオンの明かり
に彩られた繁華街などで、気心の知れた仲間達と遊ぶ。或いはお金を払ってでも、誰かに話
し相手になってもらう。
 そこまでして、虚しくはならないんだろうか……? そんな世間一般とやらのイメージを
する度に、貴子は思う。確かにその時は楽しいのかもしれないが、いざその集まりなり繋が
りが解散されたら、結局独りであることがどうっと揺り戻ってくるんじゃないか? だった
ら最初から、そんな思いをするくらいならいっそ、一人で過ごすことに慣れてしまった方が
いい。気持の浮き沈みは勿論、懐具合とコスパ的な意味で。
「……」
 ただ一方で、そんな考え方は実際少数派なのだろうなと、彼女自身は理解していた。
 いや、賛同者は増えていても、表立って手を挙げられないのか。別に世間一般の「普通」
とやらに反逆する意思がある訳でもないが、何となくこういったものの見方を他人に強いよ
うとも思わないだけだ。結局それは自由ではないし、今の時代、他人が最も嫌う言動の一つ
であると言ってしまって差し支えないのだろう。
 でも、だからこそ──自分達はいわゆる孤独なのだろうな、とも思った。物理的というよ
りも精神的に。この冬の盛りを迎えた冷たい雨の向こうで、自分達は傷付きたくないから誰
かを傷付けないように注意する。自分ばかりがお節介で、相手には放っておいてくれという
のは、流石に我が儘が過ぎるというものだ。
 快適さを得るという目的の為に、他者に対してあくまで性能を求める。機能として扱う。
 尤も、その為に捨ててしまったものはきっと多いのだろう。はたして実際問題、どちらの
方が割に合っていたのか? だからと言って今更、世の中(じぶんたち)はもう後戻りなど
できないのだろうけど。
 ……ただ仕事中、ぞんざいに扱われるのは嫌だなあ。
 すっかり「お客様は神様です」が、悪い意味で使われるようになっている。日々の捌け口
か、自分が比較的そうであるように一々インフラ相手に律儀さを消費していたらもたないと
いう部分もあるのかもしれない。昼間そうやってストレスを溜め合うものだから、こうプラ
イベートな時間はせめて孤独を生きようとし始めたのかもしれない。
 積極的に、消極的な選択をする。
 だから今更そのことに文句をいう行為自体、そんな人自体、今の時代は嫌われる──。

(今、何をしてるのかな……?)
 長い間ぼうっとしていた後、貴子はおもむろに炬燵の上に放り出してあったスマホに手を
伸ばした。慣れた手つきで画面をタップし、普段付き合いのある女友達らの連絡先を表示さ
せてはみるが、結局コールなりメッセージを送ることはない。
 何だか、自分が孤独に負けたと認めてしまうかのようで。
 そんな妙な意地を張って、いつもの「何もしない」が発動する。今この時の寂寥に衝き動
かされ、相手の時間に干渉するという行為のリスクを後々甘受しなければならないことを考
えると、どうしても手が止まる。連絡がないことは元気な証拠──そう自分に言い聞かせて
抑え込みはするけれど、一方で相手が何をしているのか、考えているのかは分からない。も
しかしたら自分を放っておいて、他の皆でつるんでいるのかもしれない。知らなければ何も
ざわつかされることはないし、当人らと気まずくなることもない。その筈……。
 再びスマホを炬燵テーブルに放り出し、貴子は一人静かに嘆息をついた。
 だからそうやって気にしさえしなければ、何も憂うことはないのに。孤立は辛いけど、孤
独は慣れてさえしまえば何とかなる。確かに最善ではないのかもしれないけど、次善ではな
いかと思う。
 彼女はじっと静かに、尚も降り続く雨音を聞き始めた。
 トントントン。ほぼ等間隔なリズムで雨粒が屋根を叩いては、夜闇の中に消えてゆく。そ
の姿さえ見えぬさまを頭の中でイメージしながら、努めて深く深く、うつらうつらになるよ
う自身の意識を沈めていった。
 まだ……もう少し。時間はまだある。
 窓の向こう、自分と同じように今こうしてめいめいの夜を過ごしているであろう他人びと
の姿形(イメージ)を、なるべく頭の中で黒塗りにして輪郭の内側からぼやけさせながら、
彼女は流れに身を任せた。
 ものを考えるってことは、昼間から散々やらされている。
 だから今ぐらいは、全部忘れてゆっくり休んだっていいじゃないか。
 両の目を瞑っている。孤独に生きるんじゃなくて、孤独を生きるんだ。
 尤もそれがすんなり出来れば、そもそも苦労はしないのだけど……。
「──?」
 ちょうどそんな時だった。少しずつ舟を漕ぎ始めていた貴子の耳に、聞き慣れたチャイム
の音が届いた。来客だろうか? 友人・知人? いや、違う。そんな約束も連絡も受けては
いないし、サプライズで訪ねて来るような間柄の相手自体いない。大体、日も沈んで結構な
時間が経っている今になって、わざわざ足を運んでくるということは……。
(と、なると……)
 正直少し面倒臭かったが、彼女はもぞもぞと炬燵から出てゆくと玄関に向かった。
 日頃の習慣・防犯対策から特に返事をするでもなく、そっと覗き穴から扉の外を見てみる
と、そこには一人の青年が立っていた。濡れた雨合羽を制服の上から着た、ピザ屋の配達員
だった。脇には店のロゴが入った横長の箱を抱えている。貴子が炬燵に潜る少し前、夕食代
わりにと頼んでいた品だ。
『……』 
 部屋の外、打ちっ放しの廊下と扉の前に立つ彼の表情(かお)は全体的に無表情だった。
 尤も何処となくぶすっとしたその本心は、おそらく不機嫌の類だろう。されど注文をして
きた客に失礼がないようにと、自らの感情(それ)を表に出すまいと努めているかのように
も見える。
                                      (了)

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  1. 2018/12/30(日) 00:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

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