日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)サハラ・セレクタブルⅢ〔41〕

 飛鳥崎中央署の前は、その時にわかに騒然となっていた。
 ただでさえ連日の警戒態勢でピリピリとした空気が流れていたのに、そこへ突如として闖
入者──容疑者・筧兵悟と思しきコート姿の男が現れたのだ。居合わせた者達が皆、激しく
動揺してしまったのは無理からぬことだろう。
「お、大人しくしろ!」
「捕まえろ! 絶対に逃がすな!」
「おい、もっと人呼んで来い! 上にも知らせろ!」
 暴れ始めた筧らしき男に、辺りで警戒に当たっていた警官達が次々に覆い被さる。通り掛
かった市民を守るように──いや、それ以前に、容疑者確保の為に必死になって。
 その数、結果数十人。
 中には直接男に組み掛かっていった者もいたが、多くはその外側を囲む者達だ。騒ぎを聞
きつけて、辺りに詰めていた記者達や野次馬の類が集まって来ている。
「は、離せェ!!」
 さりとて手を貸す訳でもなく、彼らは取り憑かれたようにカメラのレンズを向けていた。
或いはめいめいがデバイスの画面越しに、事の一部始終を動画に収めようとしている。
「大人しくしろ!」
「確保! 確保ォ!」
 それでも一対多数、数の多さで押し切って、居合わせた警官達はようやくこの筧と思しき
男を取り押さえることができた。組み付いて押し倒し、力ずくでねじ伏せて関節を取る。
 やっと捕まえた……かなり抵抗されてしまった。
 騒ぎになり、周りには既に野次馬や記者達がわらわらと集まっているが、一先ずこれで大
丈夫だろう。警官達は安堵する。それでも逃げられないよう、最後まで気は抜かぬよう注意
しながら、男からコートやら帽子やらをひっぺがした。何につけても、その顔を確認してお
かなければならない。
「……おい。こいつ、筧じゃないぞ」
『えっ?』
 だからこそ、場に居合わせ駆け付けてきた刑事の一人がそう呟いた瞬間、彼らは思わず戸
惑いの声を漏らしたのだった。
 目を瞬き、困惑する。それは口にした刑事──多少の面識がある同僚も同じで、警官達は
このアスファルトの地面に組み伏せられた見知らぬ男の姿を見ていた。尚も必死に抵抗し、
何か訴えようとしていたが、彼らはもうその辺りにまで意識が向かないでいる。
「ってことは……。偽物?」
 或いは盛大に誤認確保してしまったのか。だがそれでは何故、この男は突然現れて暴れ出
したのだろう?
「──」
 答えは簡単だ。実の所彼は、司令室(コンソール)から送られた工作員だったのだから。
 場に居合わせた警官・刑事達に取り押さえられ、多少なりとも顔に擦り傷がついたり筧に
扮した服装がボロボロになってしまっていたが、その表情には何処かぐったりとしつつも達
成感のようなものが滲んでいた。黙して、自らの役割が果たせたと安堵していた。
「ど、どういうことだ?」
「じゃあ、本物は何処に……?」
 故に辺りをキョロキョロと見渡しつつ、狼狽えている警官達。
 普段ならばそんな“弱さ”など市民には見せられなかっただろうが、今回は状況が状況だ
けに、そうした彼らのさまを含めた一部始終も、集まった記者や野次馬達はしっかりとその
カメラなりデバイスに収めていたのだった。
 そもそも彼は一体何故、こんなことを……?
 ざわざわと、何重にも人だかりを作りながら、人々は予想だにしない出来事に戸惑う。
「……うん?」
「? どうした?」
 ちょうど、そんな時である。自らこの人ごみを形成していた野次馬の一人が、先程から手
の中で弄っていたデバイスの画面に、ふと見知らぬ妙なページを見つけたのだった。
 すぐ傍に立っていた彼の連れが、その小さな怪訝に気付いて視線を返す。
 そしてこの小さな異変への気付きは、程なくして彼以外の野次馬達──内外でデバイスを
弄っていた人々の中に、一人また一人と広がってゆく。
「あ、いや……。もしかしてこれ、中央署のお偉いさんじゃないかって。ほら、例の会見の
時、引き延ばした写真を出してた……」
 連れに促される形で、この野次馬の一人が、そう自身のデバイスに映したとあるページを
見せてくる。
 それは何処かの室内を映したライブ配信のようだった。配信者の名義などは不明で、だが
そう戸惑っている間にも、画面には現在進行形で緊迫する内部の様子──刑事と思しき厳つ
いスーツ姿の男達が、撮影者らしきこちら側に銃口を向けて身構えているさまがありありと
流されている。
『そうだろう? 白鳥。いや──幹部プライド』
『……いつからだ? いつからお前らは、入れ替わっていた?』
 筧だった。配信映像は全て彼の視点から映され、その単身決死の覚悟で臨んだ暴露合戦の
一部始終を記録し続けている。
『それは、そんなに重要な事かな?』
『……七年くらい前かな。長かったよ。一度にゴロッと変わってしまえば怪しまれるから、
少しずつ少しずつ、取り換えてゆく必要があった』
 そして彼と対峙しているのは、白鳥や角野以下、当局上層部の刑事達。

 静かに驚愕する画面の内側と、外側の人々。
 まさしくそれは、今回の一連の事件の真相に迫る、決定的瞬間でもあって──。


 Episode-41.Pride/悪を摘む者達

「!? それは……!」
「ああ。元々君が持っていたデバイスだ。紛失したものを、回収しておいた」
 正体を暴露され、追い詰められた筈なのに、当の白鳥ことプライドは何故か不敵にほくそ
笑んでいた。眉間に皺を寄せる筧に対し、彼はある物を懐から取り出してみせる。
 それは、筧が“蝕卓(ファミリー)”に捕らわれた際、没収されてしまった筈の彼のデバ
イスだった。今持っているような借り物ではなく、普段使いの私物だ。
 そんな代物を、他ならぬ白鳥が持っているという事実。
 だがそれ以上に筧が驚き、思わず身を固くしたのは、そこに表示されていたからだ。白鳥
がタップして見せてきた着信履歴、つい先日の日付と時刻に、あの少女の名前が残されてい
たからだった。
「七波由香。既に調べはついている。玄武台(ブダイ)の生徒だそうだな?」
「っ、てめえ! あの子に一体何をした!?」
「おいおい。そう決め付けるなよ。まだ何もしていないさ。まだ何も……な」
 筧はそれまで以上に、また別種の怒りで以って叫ぶが、白鳥は寧ろそんな反応を愉しんで
いるかのようだった。彼が掌の上で転ばされる、こちらの思惑通りになってゆく──その流
れを引き寄せた己を勝ち誇るようにして。
 この日付に掛かってきているということは、エンヴィーは仕留め損なったか、或いはまだ
捕捉し切れていないのだろうが……結果オーライだ。この馬鹿の暴走に対し、有効なカード
を用意する事が出来たのだから。
「まあ、それも君の振る舞い次第ではあるけどね。抵抗すれば、彼女もまた、無事では済ま
なくなる」
「っ、卑怯者め……!」
「組織(われわれ)に黙ったまま、こんな証人を囲っていた君に言われたくないね」
 やれやれ。それでも尚反発、闘争心をみせる筧に肩を竦めながら、白鳥は皮肉を返した。
この場に居合わせた周囲の刑事達は、角野以下側近以外はポカンと蚊帳の外に遣られた格好
だったが、既に白鳥の中ではそれも作戦の内に含まれている。
「さて」
 するとどうだろう。白鳥は何を思ったか、パチンと指を鳴らした。するとまるでそれを合
図とでもするかのように、二人を困惑や警戒のまま取り囲んでいた周りの刑事達が、突如と
して一斉にとろんとした眼をし、脱力し始めたのである。
「……ア。ァァ……」
「オァァァ、ァァ……」
「!? おい、お前ら。どうしちまっ──ぐっ!?」
 それはさながら、群れを成して襲い掛かってくるゾンビのよう。
 突如として豹変した元仲間達を見て、筧は思わず一瞬怯んでしまった。それが結果的に、
彼にこの群れの肉薄を許す隙を作ってしまうことになる。
「無駄だ。そいつらはもう“俺の所有物(モン)”だよ」
「ニヒヒヒ。ねぇねぇ、こいつら食べていい?」
 筧に向かって一斉に迫ってくる刑事達の群れ。
 気付けばその背後、本体が蹴飛ばされ開きっ放しになっていた出入口の扉、その外枠に背
中を預けるようにして、チンピラ風の男ともの凄い肥満の大男が立っていた。プライドと同
じく“蝕卓(ファミリー)”の一角を担う、グリード及びグラトニーのコンビである。
 旧第五研究所(ラボ)での攻防、その後この中央署に対してアクションを起こしてくるだ
ろうと踏んで、プライドが予め二人を呼んでいたのだった。具体的にはグリードの、触れた
相手を掌握する能力で以って、いつでも“目撃者”達をこちらの駒へと変えられるように。
「君は気付いていなかったんだろう? こうして取り替えてきたんだ。少しずつね」
 くっ……! 傀儡と化した同僚達に次々と組み付かれ、揉みくちゃにされる。
 つまりは元々オリジナルの人間と入れ替わっている人物か否かに拘らず、飛鳥崎中央署は
既に彼ら蝕卓(ファミリー)の手に落ちていたのだ。グリードの能力発動一つで、いつでも
誰もがその駒となり得る。上層部を中心として侵食させてきた彼らの影響力は、キャリア組
を始めとして今やノンキャリ組の面々にも及んでいたのだ。
(くそっ、こんな……! 皆、皆、もう……?)
 わらわらと、次から次にこの部屋に現れては押し寄せてくる署内の人間達。
 存外、当初想像していた以上に多かった“敵”の数に、筧は絶体絶命のピンチに陥る。こ
れではどれだけ彼らの前で白鳥の正体を暴いても、意味がないではないか……。
「畜生! どけっ、どけよ!!」
「ア、ゥ……」
「むっ?」
 だが、ちょうどそんな時である。揉みくちゃにされ、彼らに捕らわれそうになりながらも
必死に抵抗していた中で、ぐいっと筧が押し返した内の一人が、勢い余って他の背後の面々
を押し返した。するとそれは、偶然にもこれを高みの見物よろしく眺めて嗤っていた白鳥の
手元──七波の着信履歴に合わさったままのデバイス画面のボタンを押させ、直後彼女が残
した留守番メッセージが再生され始めたのである。
『……もしもし? 私です、由香です。あの、筧さん、今何処ですか? テレビで大変なこ
とになっているのは知ってますけど……それ所じゃないってのは、分かってますけど……。
でも、でもっ! 私、遭っちゃったんです。瀬古先輩に遭ったんです。ニュースで由良さん
が殺されたって知って、その犯人が筧さんだなんて言われてて、私居ても立ってもいられな
くて……。その時偶然、瀬古先輩に。……筧さんを知ってるとバレて、殺されかけました。
その時は運よく逃げ切れましたけど、また狙われるかもしれません。そう考えると怖くて、
まともに外に出ることもできなくて……。もしかして、私と同じなんですか? 由良さんが
いなくなったのも、瀬古先輩と何か関係あるんですか? 誰かの口封じに為に、殺されたん
じゃないんですか? ……こんな時に言ったってわがままだというのは解ってます。今はき
っと、筧さんの方も大変だろうから。でも……助けて、ください。返事を、ください。私、
私、もう……ッ!!』
 最初は何とか落ち着いて話そうとしていた声が、どんどん早口になって切羽詰まっていっ
て、遂には殆ど涙混じりの濁声になっていた。
 揉みくちゃにされていた筧が、当のデバイスを誤操作された白鳥が、まるで時が止まった
かのように目を見開いている。呑む息一つを惜しむように固まっている。グリードが扉の外
枠から、預けていた背中を離した。グラトニーは相変わらずというか、未だ事の重大さが分
かっていないようで、呑気にその大きな首を傾げている。
(……七波君。本当、君って奴は……)
 思わず口元に漏れる苦笑。やがてゆっくりと、止まっていた筧達の時が動き出す。
 途絶える叫び。
 それは他ならぬ、彼女からの決死のSOSだった。


 私を召喚した繰り手(ハンドラー)の名は、白鳥涼一郎。この街、集積都市・飛鳥崎にて
刑事の身分を得ている若きエリートだ。
 そんな彼が、私を呼び出した際に願った契約は──世に蔓延る「悪人」達を一人残らず根
絶やしにすること。
 一般的な知識と理解では、彼の持つ身分からして一見それは矛盾した願いだ。だが他人に
直接影響を及ぼすような行為は、我々にとっては実に都合が良い。
 故に私は、その契約を引き受け、先ずは自身の実体確保の為にと動いていた。街の夜闇に
紛れつつ、今日も今日とて世に蔓延る「悪」を狩る。中々どうしてか、人間という生き物は
こちらの選定基準にあり余るほどその条件に殺到してくれる。幸いなことだ。この調子でゆ
けば、私はそう遠くない内に所定の進化を果たすだろう。

『──圧死刑だ』
 男の頭上から、頑丈な金庫が落ちてきてこれを押し潰す。辺りに血の海を広げつつ衝撃で
開いた扉の中からは、大量の札束が覗いていた。暴利を貪り、人々から金を巻き上げていた
彼にとっては、おあつらえ向きな最期だろう。
 とある雑居ビルの一室。私達は今回のターゲットを一通り始末し終え、静かな達成感と若
干の疲労に身を任せていた。
 私が適当な“判決”を下して標的を始末し、並行して白鳥が財布を抜く、衣服を乱すなど
の偽装工作を行う。
 それが私達の、いつものやり方だった。ターゲットは全て常習犯だったり、地域で悪名を
挙げている──実害を出すような業者やヤクザ、不良の類。人間が人間を守ろうとする余り
自縄自縛になっているその綺麗事を超え、超法規的に社会の「悪」を一つ一つクレンズして
ゆく作業だ。最初は、人間とは実に両極端な、矛盾する思考を抱えている存在だなと捉えて
いたが……なるほど、これはこれで確かに“効率的”ではあるのだろう。
『そっちは終わったか?』
『ああ。圧殺だ。そのように処理を施してくれ』
 分かった。この男、白鳥はそう頷き、今日も足元に広がるこの人間だったもの達に淡々と
工作を施してゆく。彼も彼で、すっかり手慣れたものだ。昼間の仕事ぶりを見なければ、誰
もこの人物が現役の刑事だとは思わないだろう。そこまで丹念で、且つ自分達が殺した者達
を徹底して“物”として処理するさまは、裏を返せば彼がこうした「悪人」らを執拗なまで
に憎んでいる証明だと言える。
『“悪は、その可能性から摘むべき”』
『“十を守る為に一を殺す”……だったな?』
 能力を解除し、男に圧し掛かっていた鈍器(きんこ)が消える。
 私がそう、かつて彼自身が話してた言葉を暗唱すると、白鳥はついっとこちらに顔を向け
て見上げてきた。単眼の銀仮面を被った紳士。彼が私に与えたイメージの姿を、彼は改めて
その瞳に記憶するようにしてから頷く。
『……ああ。これだけ人間が一ヶ所に集まっているんだ。澱めば澱むほど、こいつらのよう
な失敗作は増えてゆく。そんな奴らを野放しにしていれば、間違いなく善良な市民は割を食
わされることになるだろう。だから定期的に、積極的に駆除するんだ。こんな糞みたいな連
中の所為で、私達人間のクオリティと生存が脅かされるなど、あってはならない』
 正直を言うと、私自身、彼の思想にそこまで共感している訳ではなかった。ただ私を召喚
した繰り手(ハンドラー)だから、その契約内容だから、履行しているに過ぎない。
 それでいい。私達にとってはそれで十分だ。あくまでこれは、手段なのだから。
『何故だ? 何故お前はそこまで、この浄化(クレンズ)に邁進する?』
 だが……私という個体は、一方で興味があった。彼自身の思想云々よりも、彼という人間
をそこまで衝き動かすに至った原因、そのモチベーション発生のメカニズムは、今後の私に
とっても有用な資料になると考えていたからだ。
『……聞いてもつまらないと思うがな。私がまだ、幼かった頃の話だ』
 故に私は訊ねていた。
 最初は数拍、眉間に少し皺を寄せて逡巡する素振りを見せていたが、やがてこの男・白鳥
涼一郎は、そう私からの問いに答え始める。

 時を前後して、飛鳥崎に広がる地下水道の一角。
 M(マッシュ)・ムーンこと円谷を撃破した睦月は、一旦変身を解除し、石畳の足場の上
に大きく仰向けになったまま、忙しなく息を荒げていた。
 場所が場所だけに、辺りは水臭いし、じめじめとしている。
 ただでさえ強化換装を使った戦闘は消耗が激しく、その反動も大きいのに、ことトリトン
フォームは水中戦も可能だ。普段の生活で水泳がエクササイズになるのと同じく、その疲労
度は、これまで以上に割り増しであるかのように感じられる。
「ぜえ、ぜえ……。流石に……しんどいな……」
 呼吸するのも手間取って、そうぼやきを絞り出すことさえ辛い。
 状況的に仕方なかったとはいえ、やはりこんな場所に一人残ったというのは正直心細いと
いうか、気持ちを萎ませる作用がある気がする。本音ではすぐにでも皆人ら仲間達を追いた
かったが、身体が言うことを聞いてくれない。少なくともある程度回復を待たないと、まと
もに動くことは出来なさそうだ。
『だ、大丈夫ですか? マスター?』
 いや……一人残ったという表現は正確ではない。
 そうして呼吸を整えながら、じっと仰向けになっている睦月に、手元のEXリアナイザの
中からパンドラが心配そうに呼び掛けてきた。他でもない守護騎士(ヴァンガード)の制御
システム全般を担う彼女は、この主の消耗具合を否応なく測り知れてしまうからだ。
 上蓋部分から、ブゥゥン……とホログラムの映像越しに現れ、おずおずとこちらを覗き込
んでくる相棒。電脳の少女。
 そんな彼女に、睦月は努めて苦笑いを浮かべていた。優しい声色を返して、先程からずっ
と気になっていたことを確認する。
「平気だよ。ちょっと、疲れただけ。それよりも……作戦の方は順調なんだよね?」
『はい。今の所は、司令の“誘導”通りに』
 ピコピコと、背中の三対の金属羽や銀髪のアホ毛を動かし、パンドラはそう何やら観測し
たデータを確認するようにしてから答える。
 そっか。ならいいんだけど……。まだまだ回復が追い付かず、まともに言うことを聞いて
くれない身体を休めながら、睦月は一旦急いていた頭の中を落ち着かせた。如何せんムーン
との戦闘で過熱気味だった自分の精神を、冷やそう冷やそうと努める。
 ──作戦。尤も今回のそれも、睦月自身はあまり乗り気ではない。
 確かに今回は白鳥の“化けの皮を剥がす”のが目的で、かつ自分達の正体が明るみになら
ないように立ち回るには、他にやりようが無かったのかもしれないけれど。
 問題は、その目的を達成した後、如何に筧刑事と合流・回収してくるかだ。
 だからこそ、その為に自分を含めた皆人以下実働部隊が総出な訳だが……舞台はいわば敵
拠点のど真ん中だ。少なくとも、何の波乱もなしに撤収できるとは思えない。
 大きく息を吸って、きゅっと眉間に皺を寄せながら一旦呼吸を止める。
 相手はプライド。蝕卓(ファミリー)幹部の一人で、カガミンを殺した人物──。
「……ここで強化換装を使ったのは、間違いだったかなあ?」
 だからこそ、睦月は自身の判断を悔やんだ。これら形態は強い力を発揮できる分、その後
の反動が大きい。基本的に連戦には向かないのだ。
 まだ回復し切らない、ろくすっぽ動かせない身体がもどかしい。こうしている間にも、皆
は敵地のど真ん中に突入しているのだ。戦力的にも、自分が抜けているというのはリスクが
大きい筈……。
『でも、あそこでマスターが奴を押さえておかなければ、作戦そのものが進まなくなってい
たんですよ? トリトンフォームも、奴の特性に対応した最善の選択だった筈です』
 やや膨れっ面でふんすと、両手の拳を脇に引き寄せて。
 パンドラはそう逆ガッツポーズをしながら、この睦月の弱音を一蹴した。彼女なりの激励
の心算だったのだろう。そんな小さな相棒の懸命さに、睦月は苦笑いを零すしかなかった。
観念して素直に回復が進むのを待つが、されど暫くしてもぞっと起き上がる。
『ま、マスター? あまり、無茶はしない方が……』
 確かに身体に鞭打つ格好ではある。だがお陰で身体は動くようになってきた。手足さえ動
けば、また立ち上がれる。
「……大丈夫。さっきよりは楽になったから」
 そんなパンドラの心配を余所に、睦月はゆっくりと歩き出した。
 EXリアナイザを、彼女が入ったこの最終兵器を片手に、再び仲間達の下へと。


 ネット上で、何の前触れもなく配信され始めたのは、中央署内の一室を映していると思し
きライブ映像だった。
 何だこれは……? 中央署前の現場から市中、更に市外の各地へ。
 期せずして同じ時刻にデバイスやPCを触っていた人々は、一人また一人とこの配信の存
在に気付き、結果としてその視聴者数はネズミ算式に増えてゆく。電脳という名のアンダー
グラウンドにて、彼らのざわめきは確実に大きなうねりへと集束していた。
「越境種(アウター)……? 都市伝説の、正体……?」
「何言ってんだこいつ」
「コスプレとかじゃあ、ねえよな……?」
「っていうか、これ流してるの誰だよ。いきなり映されたって訳分かんねえよ」
 配信画面には右下に小窓(ワイプ)も付いており、そこにはちょうど筧が白鳥達に見せて
いた、銀仮面の怪人ことプライドの暗躍を記録した映像が表示されていた。
 人々は惑う。声の主・筧の言葉を割合すんなりと聞き入れ、自身が持ち合わせている似た
ような噂話と照合してみようとする者、或いは持ち合わせも少なく只々混乱と警戒心ばかり
が先に表れる者など反応は様々であった。
 ……都市伝説の怪人。そんな勢力の幹部が、飛鳥崎当局の内部にいるのだという。
 名はプライド。同局の警視・白鳥涼一郎に化けて潜入し、長年暗躍を続けてきたのだと。
例の殺害された刑事・由良は、その事実を嗅ぎ回ったが故に殺された──配信画面の視点者
と思しき人物、筧兵悟はそう主張している。
 期せずして視聴者となってしまった人々も、半ば引き摺り込まれるようにしてこの配信映
像と小窓(ワイプ)のそれを見比べていた。
 にわかには信じ難いが、確かにこの銀仮面の怪人・プライドと白鳥警視の声は似ているよ
うな気がする。同じような気がする。何より自分が撮られているのを知ってか知らずか、当
の本人が暗に認めてしまっているではないか。画面の向こうの他の刑事達も、そんな彼の開
き直りとも取れる態度に少なからず動揺し、困惑している。
 ……だとすれば、例の同僚殺しの犯人は筧ではなく、会見をしていた当局自身?
 彼らの中で増してゆく戸惑いを余所に、画面の向こうでは更に異変が起きていた。白鳥が
ふと指を鳴らして合図したかと思うと、それまで消極的な傍観者だった周りの刑事達が、突
然大挙して筧──この配信の撮影者と思しき男に襲い掛かってきたのだ。
 まるで正気を失ったゾンビの群れのように。
 揉みくちゃにされているからだろう。激しくあっちやこっちに画面の向きが乱れる。彼ら
の身体が陰になって、映像がスーツ生地のどアップばかりになる。
 ……少女らしき人物の留守番メッセージが再生されたのは、その最中のことだった。
 七波由香。直前までの筧と白鳥のやり取りから判断するに、あの玄武台(ブダイ)の生徒
らしい。筧ないし由良が重要な証人として保護していたようだが、泣きじゃくるように助け
を求めるその様子は尋常ではない。それに瀬古先輩とは、あの瀬古勇のことか? だが彼は
確か、少し前に当局に射殺された筈だ。死んだ筈の人間に、どうして会うことができる?
『……』
 まさか。配信を目の当たりにした人々は思った。いきなり突き付けられたこの目まぐるし
い情報の波を、綺麗に繋げられる可能性が一つだけある。
 つまりは、全てが“逆”だったということだ。
 自分達はずっと……騙されてきたのではないか?

「──よし! 第二段階、成功だ!」
 地下秘密基地・司令室(コンソール)。中央署内外の現場の混乱と、ネット上に無事放流
されたライブ配信の様子を暫く確認するように見つめて、萬波達は小さくガッツポーズをす
るとそう互いを労い合った。
 今回も、作戦の一部始終は全てモニタリングされている。皆人らは別室に籠り、それぞれ
のコンシェルと同期中の為、指揮はこちらに残った萬波や香月、及び通信越しで立ち会う皆
継らに託されていた。
『これで、目的の大部分は果たせたな。皆人達はどうだ? 睦月君は今どうしている?』
 やれやれ……。作戦の許可を出しはしたものの、やはり一人の父親として息子らのことは
心配なようだ。通信の向こうで皆継が大きく一旦安堵の息を漏らすも、ある意味本番はこれ
からだと、あくまで総責任者として振る舞うよう努め、状況確認を徹底させる。
 ──去り際に筧に渡したデバイスには、改造が加えられていた。彼自身が気付いた幾つか
の証拠画像・映像とは別に、その画面を通じて現場の様子を録画・録音、配信することを可
能にする為のものだ。いわゆるハッキングという奴である。皆人は多かれ少なかれ、彼があ
のような行動に出るであろうことを、事前に予想していたのだ。
 ──捻くれ者同士だからこそ分かる心理と、更にその裏をかいた一手。
 予めデバイスの中に、こちら側の証拠を残しておけば、彼はそれを最大限活用するだろう
と踏んだのだ。それもただ右から左へ流すだけではきっと足りない。こちらに利用されてい
ると勘付くだろうとしても、彼が白鳥達と接触し、一連の真相について詰め寄り詰め寄られ
するシーンさえ撮れれば、作戦は半分以上成功したも同然である。
 ──そのさまをネット上に公開して、彼の冤罪を証明する。
 仮に公的な司法がそこまで認めようとしなくとも、この配信を見た人々の心証は大きく揺
らぐ筈だ。少なくとも人々に当局へ不信の眼を向けさせ、現在の硬直した状況を打破する事
こそが最大の目的だった。
 その為の、情報独占の切り崩し。決定的瞬間の放流(リーク)である。
 その為には、先ずもって配信回線を確保することが大前提だった。今回それを担って貰っ
たのは睦月──EXリアナイザ。彼の持つ唯一無二のそれを始点とし、広くインターネット
上にこの隠された真実を伝播せしめる。元々の最大戦力という意味合いも勿論の事ながら、
今回彼を参戦させた理由の一つがそこにはある。
「はい。皆人君達は既に署内に潜入、あの部屋へと向かっています。睦月は地下水道で例の
“合成”アウターの片割れを倒したみたいですね。強化換装後の反動が激しく、まだ回復し
切るには時間が掛かるかと」
 問題は……この後の“撤退戦”である。燃料は投下した。残るは敵の眼前にいる筧を救い
出し、かつ睦月らも逃げ切ること。その為の地下ルートでもある。
 予定では皆人達が筧を確保し、朧丸やダズルのステルス効果でもってこれを隠蔽、睦月が
しんがりを務めるというのが当初のシナリオだった。
 だがそれも、白鳥ことプライドがどう出てくるかで大きく状況は変わる筈だ。事実既にそ
の睦月が一人地下水道に残り、彼の側近の一人と一騎打ちを繰り広げる羽目になった。こち
らの見通しが甘かったと言えばそれまでだが、やはり向こうもそう簡単にこちらを入り込ま
せるつもりも、逃がすつもりもないらしい。
「それと、もう一つはあの留守電の少女ですね。七波ちゃんと言いましたか。流石にあれは
私達でも想定外でしたよ……。筧刑事や由良刑事、あんな証人を囲ってたんですねえ」
 加えて萬波がそう、困ったように後ろ首を掻きながら、こちらに顔を向けて言った。微妙
というか複雑な表情をしているのは、突如浮上してきた彼女という存在が、この状況に対し
てどちらに転ぶのか判断しかねているからだろう。
 予想外、遥か斜め上という点では一致。
 されど彼女のメッセージが真実の証明に一役買うのか、それとも白鳥らを下手に刺激して
しまうのかは不透明だった。結局は筧や睦月達が逃げ切れたか? その結果次第で最終的な
評価は変わるのだろう。少なくともまた一人、保護すべき対象が増えそうではあるが……。
『ま、マスター? あまり、無茶はしない方が……』
『……大丈夫。さっきよりは楽になったから』
 そうしている内に、睦月がようやく起き上がれるくらいには回復したようだ。通信越しに
パンドラがそう彼を心配しているが、彼も彼で仲間達の身が気が気でないのだろう。
「睦月、パンドラ? 作戦は順調よ。無理だけはしないで」
 押して参ろうとする息子に、香月は制御卓の通信機から呼び掛けていた。敵本陣も近く、
声だけのそれが、はたしてどれだけ本人に届いているかは不安ではあったが。

『返事を、ください。私、私、もう……ッ!!』
 七波が必死になって留守電に残したメッセージは、結果本人の意図さえも越えて、それま
での流れを大きく変えることとなる。
 それは即ち、筧が無罪であるということ。当局により冤罪を被せられたという事実を強く
補強するという作用。
 白鳥ことプライド共々、思わず身構えてしまったからだろう。グリードに操られ、筧に大
挙していた刑事達が、気付けば一様にぼんやりと棒立ちになっている。そんな“指示待ち”
状態となった彼らの隙を見逃すことなく、筧は一旦距離を取り直した。小さく肩で息をし、
この思わぬ伏兵に遭って手の中のデバイスを見つめている、白鳥と改めて相対する。
「……猪口才な。だから何だというんだ。お前もこの女も、始末すれば同じだろう!」
 そんな数拍の硬直と、ミチミチと眉間に太く立った青筋。
 だが彼は、まだ気付いていなかったのだ。筧が幾度もの妨害にもめげず、自分に立ち向か
って来たこと。その侵入を許した時点で──詰んでいたことを。
 ふと次の瞬間、今度は別のデバイスから着信が鳴った。この筧から取り上げた物でなく、
白鳥が普段使っている方だろう。用心深く筧を睨み付けることを忘れないまま、彼はサッと
懐から、新たにその私用のデバイスを取り出して、応じる。
「……私だ」
『ちょっとプライド! あんた何やってんの!? 全部筒抜けになってるわよ!?』
 ただでさえ場の空気を読まない、キンと響く着信音だったのに、更に電話の向こうの人物
は開口一番、怒りの声を撒き散らしていた。
 同じ蝕卓(ファミリー)の幹部が一人、スロースである。いつもの地下アジトから、彼女
達は大急ぎで彼に事態の急変を告げようとしたのだ。直後画面に、一つのURLが貼り付け
られる。
「……」
 眉間に皺を寄せていた白鳥の表情(かお)が、益々険しく、鬼気迫るものになってゆくの
が手に取るように分かった。太く立っていた青筋が更に太くなって枝分かれし、行き場すら
充分でない怒りが溢れ出してゆく。
 URLから飛んだ先には──とあるライブ配信のページがあった。それも現在進行形で、
この場所と自分達を映し出している。怒気を孕んだ自身の姿と、蹴り飛ばされた扉。グリー
ドやグラトニーと、彼らに操られて棒立ちとなった場の刑事達……。
『全部撮られてるのよ! そいつのデバイスで! あんたやあたし達の正体も全部!』
 故にギロッと睨み返された筧は、ようやく何が起こっているのかを理解した。白鳥が向け
てきた視線の先、自分が今握っている借り物のデバイスを見つめて、なるほど……そういう
ことかと苦笑(わら)う。
 あのガキ、他にもまだ仕込んでやがったのか。
 だがグッジョブだ。俺も含めて、お前の思惑通り、奴らの鼻っ柱を圧し折ってやったぞ。
「一体、誰の仕業だ!? 抵抗勢力(やつら)か!?」
『おそらくは。その男を直前まで保護していたことからも、予めデバイスにそのような仕込
みを施していたと考えるのが妥当でしょう』
 プライドが電話越しに、仲間達に問うていた。アジト側ではスロースがラースに、ラース
がシンにと次々にデバイスをバトンタッチし、事の仔細と新たな命令を伝えようとする。
『ざっと調べてみたが、このライブの回線はP2P(ピア・トゥ・ピア)だ。大元を辿れな
いようにと警戒してのことだろう。つまり、予め仕組まれていた罠だった訳だ』
 即ち既に、今日其処でやり取りをした一部始終は、全てネットに……。
 込み上げる怒りを必死に抑えながら、プライドは引き続き筧を睨んでいた。グリードが再
び能力を使おうとし、グラトニーもようやくのっしと動き出す。それでも当の筧本人は呆気
に取られたように立ち尽くしていることから、おそらくは彼自身もこの策については何一つ
知らなかったと思われる。
『さっき、エンヴィーを向かわせた。──早急に始末しろ』
 告げられた命令。それと同時に白鳥ことプライドは通話を切り、一歩踏み出した。空いた
もう一方の手に風圧を纏わせ、叫ぶ。
「おのれ……! おのれ、おのれ、おのれェ!! 小癪な真似を……。たかが人間風情が、
この私を!!」
 刹那、筧に向かって放たれた風圧。圧縮されたエネルギー的な何か。
 ガッ──!? 筧はかわせる筈などなく、その一撃をもろに腹に受けた。同時にこの軌道
上にいた他の刑事達、操られた相手方を何人か巻き込んでしまったが、どうしようもない。
プライドも構う様子はない。
「……かはっ!」
 結果、筧は背後の壁に激しく叩き付けられてしまった。自分を中心に大きなひび割れを来
たし、思わず吐血する。強制的に肺の中の空気を全て吐き出される。
「……殺せ。ここに居る者、全て!」
「ああ。もう人質ごっこなんざ、必要ねえからな」
 グリードが袖口からナイフを迫り出させ、ゆっくりと筧達に近寄り始めた。グラトニーも
口から涎を垂らしつつ、その丸太のような両腕をぶんぶんと振り回す。プライドもその矜持
を傷付けられた怒りから、目を激しく血走らせ、デジタル記号の光にその身を包んで変身し
ようとする。
「ぐっ……!」
 口元や胸元に激しく血汚れを垂らしたまま、筧は迫るその殺気に成す術がなかった。
 さっきの衝撃で、頼みの綱だったデバイスも木っ端微塵になってしまったようだ。たった
一発の攻撃だというのに、まるで身体が言う事を聞かない。
 これが、怪物(やつら)の力か。
 由良もあの夜、こんな風にして杉浦に──。
「どぉぉぉっ、せいッ!!」
 だが、その次の瞬間だった。再びグリードに操られて迫ってくる元同僚達を、突如として
現れた白い鎧騎士が弾き返したのだ。
 筧を守るように、その大きな盾を構えて。更にメタリックブルーの機械兵、マントを纏っ
た剣士、般若仮面の武者にガンマン風の紳士、空中に複数の本を浮かべた司書──筧はそれ
らに見覚えがあった。理解して、自身情けないと思いながらも安堵した。
 皆人達である。彼らが同期したコンシェル、対策チームの実動部隊が、すんでの所で彼の
ピンチを救ったのだった。
 既にアウターと入れ替わっている可能性もあったが、あくまで刑事達は操られているもの
として。グレートデューク以下面々は、先ず迫ってくる彼らを峰打ちなどで無力化しつつ、
同時にグリード及びグラトニーの攻撃を防御していなす。皆人のクルーエル・ブルーと、冴
島のジークフリートの短剣・長剣による技だ。
「大丈夫ですか?」
「どうやら、何とか間に合ったみたいですね……」
「よし、目的は果たした。皆、撤退するぞ!」
「そうはさせん!!」
 しかし筧を確保して、すぐさま場を脱しようとしたその時だった。あくまでこちらの目的
が、自分達の正体を白日の下に晒すことだと悟った角野ことA(アーマー)・ライノが、次
の瞬間逸早く怪人態──大柄な鎧を纏った黒サイのようなアウターと化し、怒りの咆哮を上
げながら突っ込んできたのだ。
『っ!?』
「やべッ──」
 されど咄嗟に、皆の前に出て大盾を構えた仁こと、デュークの防御すら物ともせずに。
 直後彼を含めた隊士達が、まとめて壁をぶち抜きながら吹き飛ばされる。


 私の問いに、繰り手(ハンドラー)・白鳥涼一郎は答え始めた。何故彼がそこまで「悪」
に対して強い敵愾心を抱くようになったのかは、その幼少期に理由があるのだという。
 曰く彼の父親は、彼と同じく刑事だった。それもいわゆる人情派──今では絶滅危惧種と
まで揶揄される、昔気質の刑事であったらしい。
 それでも当の白鳥少年は、そんな父に憧れ、ずっとその背中を追い続けていたそうだ。
 時代の変化に中々ついてゆけない不器用な人物だったもにの、それ以上に多くの実績を重
ねてきた名刑事。事実組織内でも彼を慕う者達は多く、彼もまた次代の為に少なからぬ部下
達の面倒を見、育てようとしていたらしい。
 だが……悲劇はそんな最中に起きた。かつて彼が捕らえ、投獄されていた犯罪者の一人が
出所後、前科者故に上手くいかない社会復帰に絶望し、遂には彼を復讐の為に殺害してしま
ったのである。
 それは当時の白鳥少年にとって、後の人生を大きく変えてしまう切欠となった。幸いにも
現場から逃走した犯人は程なくして捕まったが、その最期はそれから何十年も後──高齢に
よる病を患った上での、獄中での病死だった。
『……そうさ。奴は結局、残った人生を全うしたんだ。温々と、私達の税金で生かされなが
らな!』
 故に白鳥はそれ以来、世の「悪人」達に対して強い敵意を持つようになった。
 彼曰く、奴らに温情など必要ない。罪を犯した者達は、例外なく罰せられるべきだと。
 いや──それですら、現在の法ですら生温い。そう彼は語気を荒げて熱弁する。
 世に潜む「悪」は、その根本から絶たなければ。さもなくば、また何人もの犠牲者達が生
まれてしまうだろうと。かつての自分のように、大切な人を奪われてしまうだろうと。
 白鳥が私にこの契約内容を望んだのも、ひとえにそれ故だった。成長し、刑事として父の
跡を継いだものの、それだけでは「悪」は滅ぼせなかった。
 世の中にはまだ「悪」を為し得るクズどもがゴロゴロいるのに、学者や運動家連中はやれ
人権だの尊厳だのと安全な外野から綺麗事ばかり吐き、何ら人々の安寧に貢献していない。
そんなものは全くの空論だ。役に立たない所か、害にさえなっている、と。
 故に「悪」とは、その可能性から根絶やしにしなければならない。彼らを未然に摘むこと
で、より多くの人々を救うことができるのだと。
 彼は言った。善良なる多くの命を台無しにしてしまう前に、その元凶となる者達を、芽の
段階からでも潰すべきなのだと……。

『──だからこそ“十を守る為に一を殺す”訳か』
『ああ。そうだ』
 一仕事を終えて、私達は雑居ビルの屋上に立つ。
 今日も夜闇の中に埋もれた街は、点々と広がるネオンの明かりを除いてすっかり沈黙して
しまっているように見えた。だがこんな時刻、時間帯にこそ、悪は動き出す。まるで自身に
馴染むかのように、その暗躍ぶりを活発化させる。
 白鳥は短くそう答えて、じっと私の隣に立っていた。彼もまた、この夜闇に埋もれた街に
対して思うことがあるのだろうか。或いはもう既に、次のターゲットはいないか、その心と
やらに棲みついた執着心(センサー)でもって探しているのだろうか。 
『……だがそうなると、お前はまだ肝心の「悪」を摘んでいないことになるな』
『? それは一体──』
 まぁ、実際の所どうでもいい。
 次の瞬間、私はそっと彼の背面に回り、そう呼び掛けて振り向いたその身体を真っ直ぐに
刺し貫いていた。ぶしゃっと、大量の血飛沫が飛び散る。散々奴らが生温い生温いと言って
いたが、お前だって随分と温かいものを持っているじゃあないか。……本当に、愚かだ。
『なっ……!? 何、を……!?』
 ずずっと手前に手刀を引き抜くのと同時に、彼の身体をこちら側に引き寄せた。まだ下に
落ちてしまって貰っては困る。お前にはもう少し、私の“血肉”になって貰わなければなら
ないのだから。
『だってそうだろう? その理論で一を殺し続けるお前は、殺され得る無数の一、いつそこ
へ押し込まれるとも知らぬ十達にとって、脅威となる存在なのだから』
 だから、死ね。
 契約は十二分に履行された。お前はもう、用済みになった。
 私達という存在に予めそうプログラムされていた通り、私は繰り手(ハンドラー)である
彼を殺害する。彼だったものは早速物言わぬ肉塊になったようだ。ぼたぼたと滴り、広がっ
て溜まってゆくそれさえも吸収しながら、私は彼の肉体とその真造リアナイザ──かつて私
の本体だったデバイスを自身の中に取り込む。
 彼、白鳥涼一郎のデータとこれまでの全てを回収し、進化完了(コンプリート)。
 ようやく私は、実体ある確かな個体となれた。少し前からその兆候自体は感知していたの
だが、あちらもあちらで根回しというか、都合があったらしい。ただ私は機を待っていた、
それだけのことだ。
『やあやあ。回収、終わったみたいだね』
 するとちょうどその時、まるで私達の行動を把握していたかのように、白衣を引っ掛けた
薄い金髪の西洋人が、ひょっこりと背後の物陰から現れた。ニコニコと笑い、ゆっくりとこ
ちらに近付いてくる。
 彼の名はシン。我々を生み出した張本人にして、究極の進化を求める者だ。
 その周りには随伴だろうか。鉄仮面の量産型(サーヴァント)達と、私よりも先に彼に見
出されたという、通称・グリードとグラトニーの二人組がいた。ざっくりと形容するならば
チンピラ風の男と、酷い肥満の大男だ。但し、共に只者ではないことぐらいは私にも解る。
『ああ。待たせてすまなかったな』
『いやいや、何の何の。ちょっと待っててくれと言ったのはこっちだからねえ。流石に上級
市民一人の籍を弄るのは骨が折れるよ』
 ははははは。彼は、一見そう我々の長とは思えない飄々とした言動で乾いた笑いを放ち、
わざとらしく肩を竦めてみせた。
 特に、私もグリードやグラトニー達もこれといった反応はしない。やはり彼はそういう人
物だと認識されているのだろう。そして彼は次の瞬間、やや大仰に両手を広げてみせると、
心許ない月明かりの下で言うのだった。
『──僕らの新しい子よ、よく育ってくれた』
『僕らは君を、歓迎するよ?』

「デューク!」
 角野ことA(アーマー)・ライノ渾身のタックルで吹き飛ばされたのは、仁と國子、及び
偶然近くに立っていた他数名の隊士達だった。すんでの所で転がり跳び、辛うじてこれを回
避した残る皆人達は、思わず大穴の空いたそこから地上に向かって叫ぶ。
「あいっ、たあ……」
 常人ならば、間違いなく即死している高さだ。本体は司令室(コンソール)の一室に集ま
っている。同期したコンシェルの身体だけでやって来て正解だった。
 白鳥の執務室から地上、中央署の真ん前に落下した仁達は、最初数拍ピクリとも動かなか
ったが、すぐに遅れてやって来た鈍痛に喘いでじたばたともがいていた。その姿に皆人達は
一先ずホッと胸を撫で下ろすが、案の定すぐに白鳥やグリード、グラトニー、及び既に配下
と思しき人間態のアウター達──署内の刑事や職員らが集まっては迫って来る。
「……あうあ」
「痛てて……。チーフ、姐さん、大丈夫ッスか?」
「私なら平気です。それよりも、来ますよ」
 何より地上の仁達の方には、同じく突進の勢いのまま落下してきたライノが、着地の衝撃
で大きくひび割れた地面をもろともせずに残心。敵意を剥き出しにしている。
「俺達も降りるぞ! 隊長、風を!」
 続いて皆人達も、一斉にこの大穴から飛び出した。戦力が分断されるという懸念以上に、
とにかく部屋の外へ出ようという意識が勝ったからだ。がしりとまだ混乱している筧の首根
っこを掴みつつ、ジークフリートの起こした風に包まれて滑空。同じく中央署前の広場へと
着地する。
 これに驚いたのは他でもない、この場所に集まっていた大勢の人達だろう。
 中には連日の警戒態勢と“同僚殺し”の情報を追い、署を張っていた記者らも含まれては
いたと思われる。それでもこの日この場に居合わせ、偽の筧騒動後の余韻の中にいた野次馬
もとい通行人達は、突如として自分達の頭上から降ってきた一団──皆人以下対策チームの
面々とライノを始めとした怪人達の姿に、大いに錯乱した。誰からともなく悲鳴を上げては
散り散りになって逃げ惑い、辺りの物をぐちゃぐちゃにひっくり返しながら離れてゆく。
「……よくもやってくれたな。貴様ら、このまま生きて帰れると思うなよ」
「あ~、あいつらだ~。いっぱいいる~。ねえねえ? 食べてもいい?」
「おう。つーか、食い尽くしちまえ。ここで全員ぶっ殺しでもしねえと、もう帳尻も何も合
わねえよ」
 壁の大穴を降りながら、白鳥達はそれぞれ怪人態──アウター本来の姿に変身した。
 白鳥ことプライドは、単眼の銀仮面を被った紳士。手にはあの“処刑”能力を象徴する法
典が握られている。グリードはモフの付いた盗賊風の怪人へと姿を変え、グラトニーも元の
体形を更に増したような、分厚く巨大な顎と丸太のような巨体を持つ異形へと変わる。
 加えてその背後からも、一人また一人と普段人間として潜り込んでいた配下のアウター達
が合流してきた。同様に変身し、怪人としての本性を現してこれに続く。
「……やはりそう簡単には、逃がしてはくれないか」
 小さく舌打ちをし、皆人ことクルーエル・ブルーがそう呟く。
 飛び降りる際に一緒に連れてきた筧に、避難していてくれと指示し、一行はプライド達を
迎え撃つことにした。地下水道で睦月と別れて来てしまった以上、逃げ惑う周囲の人々を守
れるのは自分達しかいない。強敵とは知りながらも、決死の覚悟で身構える。
「殺せ。一人残らずだ!」
 初手のプライドのギロチン召喚を掻い潜り、皆人達は一斉に散った。一ヶ所に纏まってい
れば格好の的になる。少しでも時間を稼ぎ、同時に人々の避難誘導も行う。ただでさえ怪物
達が降ってきたと錯乱している所に、件の筧兵悟まで現れたものだから、寧ろ彼らの恐怖心
は増すばかりだったが。
 プライドは今回自身の能力だけに頼らず、地の高い戦闘センスも存分に活かして皆人らに
襲い掛かってきた。クルーエルの刺突やジークフリートの炎剣もことごとく軌道を見切った
上で捌き、重く素早い肘鉄や蹴りを確実に叩き込む。
 グリードは持ち前の速さで朧丸と打ち合いになりながら、尚且つ掌握の能力でまだ同胞と
入れ替えていなかった人々さえも手駒にし、盾に矛にと使い分けて翻弄してくる。その横で
グラトニーは巨体が故のパワーを振るい、援護に入ろうとする隊士達を次から次へと叩きの
めしていた。グリードに「許可」を貰ったこともあり、倒した傍から彼らを食べようとする
が、他の隊士達からの妨害や直前で同期を解かれて消滅していってしまうこともあり、中々
その食欲を満たすことは出来なかったが。
 ライノからの猛攻は、必然メンバー随一の防御力を誇る仁が担った。しかし最初の突進を
防ぎ切れなかったように、デュークの盾と装甲の分厚さをもっても、辛うじて一瞬耐えるの
が精一杯だった。仁は必死に踏ん張り、海沙や宙、ビブリオとMr.カノンによる援護射撃
や隊士達の避難誘導を支えたが、鎧のように頑丈なライノの皮膚は、掠り傷一つ付かない。
「……チッ。やっぱし硬えなあ」
 カノンが放ったライフルですら、弾丸の方が衝撃に負けてへしゃげ、大きく飛んできた方
向に弾き飛ばされる。自身の突撃槍(ランス)もギィン! と甲高い金属音と共に弾かれ、
仁は改めて回避を兼ねつつ、距離を取り直して呟いた。
「どうすんのよ!? ダメージが入らなきゃ倒せないじゃん!」
「ああ……余所見は駄目だよう! あ、そこ、後ろから攻撃来るよ!」
 必死にアシストする海沙と宙も、手詰まり感が否めずに焦っていた。ただでさえ相手側は
幹部級が三人、皆人達も苦戦を強いられている。単純な数の利でさえ、後から後から増えて
きた配下のアウターらによってあっという間に埋められてしまい、隊士達も気付けば結構な
人数が同期を解除──戦闘不能による離脱(ドロップアウト)に追い遣られている。
「……何だ。あいつは来ていないのか」
 そんな時である。乱戦と苦戦を強いられる中、更にこの中央署前の広場に、黒いリアナイ
ザをぶら下げた勇が現れたのだった。
 えっ? まさか……。
 逃げ惑っていた人々が、一人また一人とその近付いて来る姿を認め、戦慄する。
 ただでさえ実はまだ生きていたという事実に驚いていたのに、そこから更に彼が手にした
黒いリアナイザに『666』と入力し、姿を変えたのだから、もう絶望しかない。
「変身」
『EXTENSION』
 直後、闇色のバブルボールのような光球に包まれ、彼は龍咆騎士(ヴァハムート)に変身
を遂げた。漆黒のパワードスーツから覗く両眼は、錆鉄色に一度明滅し、必死の戦いを繰り
広げる皆人達やプライドらをざっと睥睨する。
「思いの外早かったな」
「ええ。その、プライドさん」
「……とにかく手伝え。お前の尻拭いは、お前でするんだ」
 数拍勇は何やら口籠っているようだった。いや、何かを恐れていたのか?
 されどその言葉を向けられた当のプライドは、再三皆人達を蹴り飛ばし、召喚した刑具の
槍や剣などを放って彼らに激しく火花を散らせながら、今はすぐ加勢するようにと命じる。
(拙いな……。このままじゃあ、俺達は間違いなく全滅だ)
 繰り返し叩き込まれたダメージに激しく息をつきながら、皆人は内心その同期の下で苦悶
の表情を浮かべていた。ただでさえ幹部級三人を一度に相手するという無茶をやらざるを得
ないというのに、これ以上敵が増えたら逃げるものも逃げられない。
 既に隊士達の多くが、戦闘不能になってしまった。こちらの数は減ってゆく一方だ。かと
いって自分達だけが同期を解いて離脱したとしても、奴らはこの場に居合わせた人々を決し
て逃がしはしないだろう。筧刑事だって取り残してしまう。多少一般人に比べて荒事に慣れ
ているとはいえ、こと対アウターとなれば無力だ。完全に、作戦が裏目に出ていた。
(……すまん、睦月。俺達だけでは、押さえ切れな──)
 だがちょうど、そんな時だった。同期したコンシェル姿でボロボロになり、最早防衛線も
維持できないと皆人らが諦めかけた次の瞬間、周囲のアウター達が次から次へと、放たれた
エネルギー砲の餌食となったのだ。激しく火花を散らして吹き飛ばされ、或いはそのまま蓄
積していたダメージが限界を越えて、爆発四散する。
「!? まさか……」
「何だよ。やっぱり来てるんじゃねえか」
「……むー君」
「あははは……。ったくよう、憎い登場の仕方してくれるじゃねえの」
「本当よ。まったく、無事なら無事って言いなさいよね?」
「……何とか、持ちこたえられたようだね」
「ええ。これで、全員集合です」
 消滅してゆく配下らを視界の端にさえ置かず、プライド達は警戒心を露わにしている。尤
も勇だけは、何処かその登場を期待していたようだったが。
 海沙や仁、宙などが酷く安堵したように、そんな憎まれ口を叩いていた。或いは無表情な
コンシェル姿のまま、同期の下で涙声を漏らしている。冴島や國子、残る隊士らがゆっくり
と、そう呟きながら倒れ伏した身体を起こし始めた。
「……睦月」
 皆人と、そして司令室(コンソール)にて急ぎこの一部始終を捉えていた萬波や香月、映
像越しの皆継以下、対策チームの仲間達。
『──』
 はたしてそこには立っていたのだった。
 地下水道から中央署内を突っ切り、こちらに煙燻るEXリアナイザの銃口を向けた白亜の
パワードスーツ。守護騎士(ヴァンガード)に身を包んだ、他でもない睦月の姿が。

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  1. 2018/12/18(火) 18:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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