日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「選民」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:天国、恐怖、主人公】


「おめでとうございます。貴方は選ばれました」
 その日彼は、寿命半ばの人生に幕を閉じました。自分でも信じられないほど突然で、呆気
ない事故死でした。
 ただ思いの外、いわゆる死後の世界というのは俗っぽいようです。彼が次に目を覚ました
時には、そこにはやたら真っ白でだだっ広い空間が広がっていました。自分を含めた数え切
れない程の人達──おそらく自分と同じように亡くなってしまった人々が列を作らされて並
んでおり、一人また一人と呼ばれるのを待っています。
「……はあ」
 選ばれた? いまいち要領を得ないまま、彼もやがて並んでいた列の一番目に来て。
 やたら高い位置にある木目の机から、そう係員らしき女性の声がします。黒い法衣を身に
纏い、ニコニコとやたらこちらを笑顔で見下ろしながら宣言しています。
 おおっ。気付けば他の、死人仲間な人達が、小さく歓声を上げていました。こちらを見遣
って微笑んでは、ぱちぱちと軽く手を叩いてくれています。
(良く分からないけど……。どうやら僕は、良い方に振り分けられたらしい)
 先程からそれとなく周りを観察する限り、彼はこの場の者達が、大きく二つのグループに
分けられていることに気付いていました。
 一つは、自分を含めた“選ばれた”グループ。身綺麗で丁寧な対応をしてくれる法衣の係
員達に案内されて、遥か高く昇ってゆく光の柱の中に消えてゆきます。
 もう一つは、そうではない“選ばれなかった”グループ。こちらの面々は自分達とは打っ
て変わり、総じてぞんざいに扱われているように見受けられます。担当する法衣の係員達も
剣や槍などで武装し、手荒くどす黒い地下への穴へと追いやられる面々も、どうやらいわゆ
るごろつき──悪党と表現するに相応しい面構えをしています。
「キールさん。貴方は生前、善く正しく生きられました。貴方にはこの先、楽園で暮らす権
利が与えられます」
 ……なるほど。つまり此処は俗に言う天国と地獄の境目なのか。
 再び高い高い頭上から掛けられた声に、彼は納得します。自分は善良な──実際の所ただ
単に臆病なだけの小市民だったが故に、厚遇される側に振り分けられたのだと。
 生前、そこまで意識して善行を積もうという生き方をしていた自覚は薄かったのですが、
要は人生という減点方式の中で、その引き算に遭うことが少なかったということなのだろう
と解釈します。即ち可もなく不可もない──そんな平凡な人生だった訳です。
「さあ、どうぞ。こちらへ」
 そして彼は、他の同じく“選ばれた”人々と共に、光の柱のエレベーターの中へと入って
行くのでした。随伴の係員達が数名、一緒に乗り込んで、ぐるんと円を描くように一度空い
ていた壁が静かに閉じてゆきます。
『……』
 その最後の瞬間まで、彼は観ていました。
 恨めしそうな眼でこちらを睨み付けている、反対側の“選ばれなかった”人達を。

「ようこそ、魂の楽園へ。選ばれし善良な魂である貴方達を、我々は歓迎します」
 着いた先に広がっていたのは、常に穏やかな光差す、整備された天空都市でした。
 一体どういう技術を使っているのか。一行は幾つも浮かぶ巨大な島の一つに立っており、
めいめいが多かれ少なかれその遥か高い雲海や、辺りに点在する塔のような建物に視線を巡
らせています。到着した先には既に、こちらでの生活をサポートする役割らしい法衣の係員
達が待っており、やはり一様に笑顔を浮かべて迎えてくれます。
「貴方達は、何も心配することはありません。衣食住。必要なものは全て人数分揃っていま
すし、もし足りないと思ったものがあれば遠慮せずに申し出てください。すぐにこちらで用
意させていだきます」
 此処が楽園──もとい天国だからか、係員達の法衣は打って変わって真っ白で。
 安堵する皆々の中に混じって、しかし彼だけは内心不安でした。確かに自分が思ってもみ
ない内に死んでしまい、その事実をすんなりとは受け入れられなかった、これからどうなる
のだろうと考えていた矢先の救いの手だったのかもしれませんが……少なくとも彼にとって
は、彼らのこの対応は、あまりにも“出来過ぎている”ように感じられたのです。
(……まあ、何もなしで放り出されるよりはマシか。死んでも負け犬根性が抜けないってい
うのは、僕らしいっちゃらしいけど……)
 それでも最初の内は、そんな自身の小さな気持ちの問題などいつものように呑み込み、場
の流れに身を任せるばかりでした。事実この「楽園」と呼ばれる場所は、世の人々からして
みれば、確かに理想的な世界だったのかもしれません。

 一つ、住人一人につき、戸建ての住居が用意されていました。
 用地の関係なのか、流石に豪邸と呼ぶにはこじんまりとはしていましたが、それでも人一
人が気楽に快適に暮らす分には十分過ぎるくらいの住処です。係員達が言っていた通り、必
要となりそうな家具や衣服、日用品などはほぼ予めセットになっており、彼も当日から宛が
われたその家に寝泊まりをするようになりました。
 一つ、住人一人につき、住居の庭先に不思議な樹が植えられています。
 これは……? 彼が説明を求めると、係員が丁寧に教えてくれました。何でもこの樹から
採れる実は、割ると一食分の弁当のようになっており、食事に困ることはありません。栄養
満点であることは勿論、樹自体の生育速度も普通では考えられないほど早く、よほどの大食
漢でもない限り尽きる可能性はないとのこと。
 実際、試しに食べてみると、濃厚で癖になる美味が舌を楽しませてくれました。彼はつい
暫く無心で頬張ってしまいましたが、その間も係員は、変わらぬ笑みを浮かべたまま待って
くれていました。
 一つ、住人達にこれといった義務はありません。生前の趣味を活かして他の住人らと繋が
りを持つのもよし、只々気楽気ままに寝て過ごすのもよし。
 そもそも現世でいう金銭の類は、住人同士の「感謝」によって追加支給される仕組みが採
られていたのでした。基本的に既定の支給額があれば困ることはなく、欲しいものがあれば
その都度係員に申請すれば、概ねすぐに取り寄せてくれます。働く必要がないのです。
(……急にそんなこと言われても、落ち着かないんだけどなあ)
 尤も当の彼は、根っからの小市民が故に、中々そんな快適過ぎる環境に苦笑いを浮かべる
ことが少なくはありませんでしたが。

「よう、キール。おはようさん!」
「あ、はい。おはようございます……」
 しかし彼は徐々に、この“楽園”の違和感に気付き始めました。一見して平穏そのものな
雲上の世界は、やはりあまりに出来過ぎていたのです。
 彼はその日の朝、散歩中の同じ住人の一人と出くわしました。死後この浮島群に暮らし始
めて幾歳月。すっかり顔見知りになったガタイの良い彼は、自身の伴侶らしき女性を傍らに
しつつ、そうこちらへ快活に挨拶してきます。
『……』
 但し彼女を、はたして“女性”と呼んでいいものなのか。
 彼の傍らに立っていたこの彼女は、確かに抜群のプロポーションを持ち、美女と言って差
し支えありません。ですが無感情のまま貼り付いたような表情(かお)と背中に生える一対
の翼は、明らかに彼女が普通の人間ではないことを物語っています。
 彼女──いえ、これもまた“楽園”が支給する必要物の一つでした。衣食住が生活を構成
する三要素ならば、食欲と睡眠そして性欲は、人間が人間として持つ欲望の根本的な三要素
である筈です。
 つまり、その為の存在なのです。彼が連れているような女性型もいれば、男性型も此処で
は量産されており、死後本来の肉体を持たない住人達のそれを充たす為に宛がわれているの
です。或いは住人達各人の所望次第で、男性が男性型を、女性が女性型を、ないし双方を所
有していることも此処では珍しくありません。
「ん? どうした? やっぱお前も欲しいのか?」
「っ、いえ……」
「ははは。そう照れなさんなって。別に恥ずかしい事じゃねえよ。他の奴らだって持ってる
だろ? どうせ暮らすなら、一人より二人の方が楽しいしさ?」
「……」
 だからこの住人にそうポンポンと肩を叩かれた時、彼はぎゅっと唇を結んで堪えることし
か出来ませんでした。
 確かに。死を超えた先にあるこの世界では、それこそ永遠のような時間をこれからも過ご
すことになるのだろう。緩い住人同士のコミュニティはあちこちに在るにせよ、孤独はじわ
じわと精神を殺す。そういった意味でも、たとえ造り物であっても、パートナーなる誰かを
傍に置きたくなる気持ちは分からないでもない。
 でも……。彼は未だに、彼女らを係員達に所望したことがありませんでした。それは彼が
生前からの真面目さ──倫理観と呼ぶものをじっと守り続けていたからです。
 もう自分達は死んでいるんだ。生きている内は、真面目に生きていた。だからこれからは
少しくらい、羽目を外したっていいじゃないか……。
「じゃあな~! 今日もいい一日でありますように!」
 暫くして再び散歩に戻ってゆく、歩き去ってゆくこの二人を見送りながら、彼は一人通り
の真ん中に佇んでいました。言葉にならないモヤモヤを抱えつつ、しかし次の瞬間には顔を
上げ、彼らとは正反対の方向に歩いてゆきます。
 辿り着いた先は、近隣の住人達が集うサロンでした。石造りの美麗な建物の中に、庭先の
食料樹以外の料理や酒が並び、人々が昼間から飲めや歌えやと楽しんでいます。
 彼はそんな面々のいるメインフロアを素通りし、テラスに出ました。人気はピタッと切れ
たように無くなり、代わりに円筒状の装置──下を見る形の双眼鏡が床へと打ち込まれるよ
うに設置されています。
「……」
 彼はそっと、これに一枚コインを入れると、顔をつけて両目を凝らしました。
 するとレンズの向こうには、ある光景が映し出されます。この“楽園”とは打って変わっ
て炎吹き荒ぶ劣悪な環境──重労働を強いられる“選ばれなかった”人々の姿です。
『──! ──!!』
 もし此処が天国ならば、やはりあそこは地獄なのでしょうか。
 レンズ越しに見る遥か地下深くでは、常にあちら側に送られた人々が汗だくになって滑車
を回し、或いは巨大な資材を運ばされては鎚を打ち、加工していました。全身は周囲の熱波
によってボロボロで、更にそこへ一秒たりとも休ませまいとする獄吏達の鞭が、さも効果音
のように頻繁に打ち付けられています。
 流石に声までは聞こえません。ただ彼らが酷く苦痛を、獄吏達に怒号を浴びせられている
ことくらいは分かります。
 ……地獄に堕ちた者達に対する、刑なのでしょうか。生前、確かに悪しき魂は死後裁きを
受けるなどのお伽噺を聞いて来はしましたが、本当だったのか。ズキリと、彼は今日も良心
の呵責に駆られます。
 何故自分達は働かなくても、物資に困らないのか?
 一体あれらは、何処から供給されているのか?
 その答えを、彼はある日見つけたのでした。以来彼は、折に付けてはサロンの片隅に置か
れているこの“見世物”の筒から現実を見つめ、自らを密かに戒めてきたのです。
「お? 誰かと思えばキールじゃないか」
「何だあ? もしかしてまた、地獄の連中を眺めてるのか?」
「貴方も好きねえ……。ねえねえ、偶には一人でいないで、一緒に飲みましょうよ?」
 そんな時でした。サロンのフロア内から、同じ住人達のグループがこちらに気付いて声を
掛けに来ました。朝に出会ったのとはまた別の、やはりすっかり顔見知りになって久しい男
女のグループです。
 とうの昔に設置され、基本的に誰も関心を向けないこの双眼鏡を頻繁に覗く、彼を物珍し
く見ているのでしょう。そう何処か内側に険を含みながら、彼らはいい感じに酔いの回った
表情で誘ってきます。
「……死ぬ前も、あまり強くなかったですから。でもそういえば、今日はまだちゃんと食事
をしてなかったな……」
 レンズから目を離し、彼はややか細く応えます。
 正直を言うと、もう他の住人達と深い付き合いをするつもりはありませんでした。ただで
さえ生前は小心者の真面目一徹でようやく一生をやり過ごしたのに、死んでも尚、こうして
人付き合いを強制される羽目になろうとは……。
「……皆さんは、ここから見える景色を知ってるんですか?」
「ん? まぁ多少はな。俺は実際に使ったことねえけど、堕ちた連中を覗き見できるって話
は聞いてるからな」
「ちょっとした娯楽? みたいなものだよねえ。ぶっちゃけ貴方以外、今じゃあ存在自体忘
れる人も多そうだけど」
「……」
 けらけら。にたにた。何の気もなく、彼女らは苦笑(わら)っていました。言外に彼が足
繁くこの双眼鏡を覗き込んでいることを、変わっていると哂うように。
「でも、僕達がこうして不自由なく暮らせているのは、彼らが必死に働いてくれているお陰
なんでしょう?」
 だから次に瞬間、彼が内心少しむきになって問い返した直後、彼女らはポカンと数拍目を
見開き、瞬いたのでした。そして誰からともなく、彼女らはさも可笑しいと一様に涙目で笑
い転げてから、言い放ちます。
「そりゃあそうでしょう~。巻き上げて当然だもの」
「連中はそもそも、悪人だから地獄(あっち)に振られたんだろ? 自業自得じゃねえか」
「キール。俺達は“選ばれた”んだ。そんなことは気にしなくていい」
                                      (了)

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  1. 2018/11/01(木) 00:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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