日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「ノイジス」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:音楽、人工、憂鬱】


 小さい頃は、もっと皆と私は同じだと思っていた。何の根拠もなく、私達は分かり合える
ものだと信じていた。

 そんな“当たり前”に疑問を持つようになったのは、一体いつの頃からだったのか。
 今となってはもう、その正確な時期さえも思い出せない。記憶が曖昧だからではなくて、
そもそもの記憶自体がすっぽり抜け落ちて真っ暗だから……と表現する方が正しい。
 確かに私にも、幼い頃というものはあった。
 だけどそれらはいつの間にか消し飛んで、気付けば“今”だけがある。大昔に信じて疑わ
なかった世界は豹変して、尚且つ今ではそんな景色が私達の“当たり前”になった。
『──』
 ついっと軽く視線を上げると、冷たくて黒い塔が、幾つも高くそびえ建っている。遥か上
層に窓らしき小さな四角が点々と、辛うじて見えること以外は、はたして何の為に建ってい
るのかさえ分からない。それでも何かちゃんとした意味はあるのだろう──そう自分に言い
聞かせながらも、この黒塗りの群れは、鈍く蒼い空を埋めるように私達の仰ぐ視界を遮る。
 ……何よりもだ。
 私の目の前、行き交う地上の人々も、ある意味で異質ではある。
 皆が皆、分厚いヘッドホンを身に着けている。形は人それぞれで微妙に違っていたりする
が、基本的にがっしりとその人の頭部を覆い、両の耳を塞いでいる。私を含めた全ての行き
交う人達が、互いに視線を合わせることさえなく、めいめいに己の道を歩き続けている。
 黒い塔の群れが立ち並ぶその眼下、街並みの中では、常に音が鳴っている。
 尤もそれは、私達にとってはもう日常の一部だ。よほど気を付けて耳を傾けてみない限り
は、何かしらのリズムを刻んでいるということすら忘れ去ってしまって久しい──意識する
しないに拘らず、向こうから勝手に飛び込んでくるものだから、私達はしばしばそれらを努
めて“無視”するようになった。そうでもしなければ、とてもじゃないが、日常なんてもの
を送ることさえままならない。
 ……ヘッドホンからは、その人毎の音色が流れ続けている。
 慣れ親しんだ音と、リズム。元々はああして外側からガンガンと鳴り続ける“雑音”を掻
き消す為だったのだろうけれど、大抵の人はとうに手段と目的が逆転して、それぞれの自分
の音色で満たされることが日常となってしまった。それ無しではいられない。それ以上の音
色を持ち込まれても、受け止め切れない。
 ……皆が同じだなんてのは、だから幻想なんだ。傍目からこそ皆同じようにヘッドホンを
着けっ放しているけれど、それぞれに聞いている音とリズムは──聞いていたい世界はまる
で違う。時にはそれらの差が、耐え難いほどに苦痛だったりもする。
 私自身も、そんな“当たり前”のことに気付くのに、随分と時間が掛かったっけ。周りの
皆が皆、ヘッドホンを着けているのが見えるようになって、何の気なしにこれに触れようと
した日には、烈火の如く怒られた。それまで見たことのないその人の内面に、触れてしまっ
たような気がして。
 多分、それからだと思う。私自身も頭を両耳を、ヘッドホンが覆っていると解ったのは。
 これは──生命線。とりわけ私達個々人の、心の生命線であり、予防線。誰のせいなのか
誰が始めたのかは知らないけれど、この世界はあまりにも色んな“雑音”で満ちているもの
だから、私達は一人また一人と自分の音楽の中に逃げ込んだ。わざわざ無防備に爆音の中に
晒されてやる義理はないんだと、インプットさせられる情報量を絞っておくことにした。
『いやいや、こっちの方が絶対良いって』
『騙されたと思って、聴いてみてよ』
 それで充分だった筈なんだ。最善ではないけれど、次善ではあった筈なんだ。
 なのに……時々お節介に過ぎる他人たちがいる。自分達の聴いている音色こそが美しいん
だと、正しいんだと言いながら、別の誰かのヘッドホンを外そうとしてくる。自分達のそれ
と同じものに挿げ替えようとしてきたり、或いはプラグを無理やり相手のジャックに捻じ込
もうとしてくる。
『な、何すんだ!?』
『やっ……止めろォォォ!!』
 うん。それが普通の反応だと思う。折角自分の落ち着ける音色を見つけたっていうのに、
いきなり見も知らぬ連中から新しいそれをごり押しされても、迷惑でしかない。
 加えて何より性質が悪いのは、そういった連中の少なからずが、全く悪意を持っていない
ことさえあるということ。私達はそれぞれに“全く違う”のに、自分の良いが、相手にとっ
ても良いと、無根拠に信じ込んでいること。
 行き交う他の人達に混じって、私もそんな一部始終を遠巻きに見ていた。ずずいと狙われ
た人達のヘッドホンを無理やりに外し、或いはプラグを捻じ込む。その鬼畜のような所業を
現在進行形でやっている当人達の表情は──笑顔(わら)っていた。まだその後ろで彼・彼
女らをけしかけている奴らの方が、よっぽど分かり易い悪意を抱いていると思えた。
『や、止め──ガッ、ガァァァァァァッ!!』
 だから、当然の結果だった。犠牲になったその人は、ヘッドホンを失って遂に狂い死んで
しまったのだ。それまで聞き慣れた音色で辛うじて自身を保っていたのに、いきなり彼らに
その“安全装置”を引っこ抜かれてしまったものだから、一挙に入ってきた“騒音”に耐え
られなかったのだろう。
 白目を剥いて、口からブクブクと泡を吐いて。
 固い灰色の地面の上に、彼はどうっと倒れた。倒れて暫く痙攣した後、二度と動かなくな
ってしまった。それまで彼に自分達の音色を進めていた“善意”の連中は、流石にこの異常
事態に気付いたようだけど、縋るように彼・彼女の視線を送られたけしかけ役は、何やら言
いくるめるに口を動かしている。動揺していた彼・彼女らは、やがてコクコクと頷き、まる
で自身に言い聞かせるにして落ち着きを取り戻していた。『──彼は拒んだ。選ばれるに値
しない人物だったんだ』辛うじてそういった趣旨の言葉だけが聞き取れた。相変わらず街中
には、私達の音色はとは全く違う、爆音のそれが響き渡っているらしい。

 小さい頃は、もっと皆と私は同じだと思っていた。何の根拠もなく、私達は分かり合える
ものだと信じていた。

 でも本当はそんなことは無くって。皆それぞれに全く違う。それぞれの好きな、その先に
得た聞き慣れた音とリズムに浸っている方が、よっぽど平和でいられた。結果として私達は
中々同じ方向に、同じ目線で歩いてゆくことはできなくなったけれど、心を殺すことで心を
穏やかにすることができた。
 何も感じないように──確かに言い換えれば間違ってはいないんだろうけど、実際問題、
皆が皆……何だっけ? そうそう、不満足なソクラテスであることに誇りを持てる訳じゃあ
ない。少なくとも誇りでご飯は食べられないし、そこまで私達は頑丈じゃない。何よりどう
して自分だけが、割を食わなくちゃいけないんだ……? 私を含め、きっとそんな思いが強
いから、そんな思いを強くさせてくる連中だから、私達凡人の出来うる最適解なんてものは
限られてくるんだ。
『大丈夫、大丈夫。きっと貴方も解ってくれる筈だ』
『ねえ、だから一緒に聴きましょう? この音色で世界を満たしましょう?』
『ふざけんな! あっち行け! こっちに来るんじゃねえ!』
『貴女達、さっきの人を見なかったの? 死んだわよ? ろくな事にならないじゃない!』
 でも……連中も連中で、相変わらず諦めが悪い。失敗はこちらの所為、成功は自分達の正
しさや、美しさのお陰。雑踏の中で狂い死んだあの人のことなどすっかり忘れてしまって、
彼・彼女はまた新しい“仲間”を求めている。流石に見ていたのか、又聞きしていたのか、
他人びとは必死になって距離を取ろうとするけれど、連中はまるで意に介さない。寧ろ自分
達を拒んでくる彼らのことを、詰り始めさえするようになる。
『信じられない……。何故この素晴らしさが分からない!? お前達は間違っている!』
『やはり奴らに操られているんだわ。私達が解放してあげなくちゃ……。ほら、貴方達も手
伝って頂戴』
 そうしてまた、例の如く連中は他人のヘッドホンを分捕る。無理やり自分達と同じそれを
着けさせて、或いは逃げようとする彼らのジャックに、自分達から伸ばしたジャックを差し
込もうと手足を掴む。馬乗りになって高らかに叫ぶ。
 ──また一つ、二つ、いやダース単位で悲鳴が上がっていた。自分なりの拠り所を外され
て、突然飛び込んできた大音量の“騒音”に、心身が壊されて倒れ込む。或いは元々の音色
と、連中の押し売るそれが混ざり合って、とてもじゃないが平静ではいられない。
 惨いことを……。私は思った。
 でもそこで正義の味方面なんてした日には、連中からも彼らからも悪い意味で“特別視”
されてしまうだろう。そんなのはまっぴら御免だ。私はまだしがない女子高生で、そもそも
同じクラスの女子(こ)達とだって、私はきちんと相容れられた試しがない。誰もが相手の
話を聞いているようで、聞いてはいないんだから。身近だから簡単だとか、身近じゃないか
ら難しいって訳でもないんだろうけど……あれに首を突っ込むのは、どう考えたってハード
ルが高過ぎる。
 私にはまだ未来が──ろくなものじゃないかもしれないけれど、未来がある。実際周りに
いた他人達も、ついっと次々に歩き始めた。自分には関係ない、関わってもメリットなんて
ないんだと早々に割り切って。再びそれぞれのヘッドホン、慣れ親しんだ音色の中に浸って
ゆく。交わらないが、特段のトラブルも少ない道を歩き出してゆく。
『──』
 立ち去ろう。周りの他人達と同じく、見て見ぬふりをして。
 慣れ親しんだ音とリズム。それらが流れ続ける自分のヘッドホンを、大事に両耳から押さ
えながら、制服の少し短いスカートを翻して。
 私は早々に、この喧しい場所から離れることにした。
                                      (了)

スポンサーサイト
  1. 2018/10/29(月) 00:00:00|
  2. 週刊三題
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<(企画)週刊三題「選民」 | ホーム | (雑記)空っぽな日々の上を>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://higurasisouann.blog27.fc2.com/tb.php/1048-eaef200e
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

訪問者累計

最新記事

最新発言

検索窓

月別履歴

02 | 2019/03 | 04
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -

分類/索引

【案内板】 (2)
【小説:短編】 (20)
本の蟲 (1)
硝子野不動産店 (1)
夏の日の幻影 (1)
四番線の彼女 (1)
夢視の宿 (1)
線を曳く町 (1)
炬燵の神様 (1)
三者三盗噺 (1)
色眼鏡 (1)
奴らは攻城戦師 (1)
詰め替える (1)
同じ籠の狢 (1)
二十年後の遺言 (1)
轍の先 (1)
水に流せば (1)
真夜中の御二柱 (1)
いつか見た夢 (1)
神様達の初詣 (1)
白い花束 (1)
丸の代償 (1)
【小説:長編】 (178)
Amethyst League (6)
アンティーク・ノート (3)
ユウキのヒカリ (5)
NIGHT GUNNERS (5)
レディ・ルーン-Bonds of RU'MEL- (6)
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- (102)
死に損いのデッドレス (5)
Dear SORCERY (4)
サハラ・セレクタブル (42)
【企画処】 (429)
週刊三題 (419)
その他参加物 (10)
【資料庫】 (2)
【落書帳】 (2)
【詩歌帳】 (8)
【雑記帳】 (378)
【読書棚】 (31)
【遊戯倉】 (25)
path. (4)
decide: (3)
ユー録FW(凍結中) (17)

記事録

交友関係

このブログをリンクに追加する

(RSSリンク)

(QRコード)

QR

Tweets by long_month