日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)サハラ・セレクタブルⅢ〔39〕

『兄ちゃん──』
 黒いリアナイザの拳鍔(ダスター)を打ち込む寸前、勇の目には亡き弟・優の姿が映った
ような気がした。
 生前の記憶そのままに、心優しくはにかんだ笑顔。その姿に、勇は思わずハッとなる。
 故にそんな一瞬の迷いが、結果として七波を、粉砕の運命から逃れさせた。
「先、輩……?」
「──っ」
 咄嗟に身を屈めたすぐ頭上の、激しく抉られた背後の壁。
 どうやら攻撃が外れたらしいと判り、彼女は混乱している。勇もそこでようやく、事の重
大さに気が付いたのだった。
(俺は一体、何を……?)
 少し手元が狂った、と言うにはあまりにもお粗末。少なくともこの女が筧兵悟から自分達
のことを聞き及んでいる以上、始末しなければならない。
 なのに──身体が思うように動かない。理屈では今やるべきことは解っているのに、まる
で自分の中で別の力が働いているかのように、もう一撃という動作を踏み留まらせる。
 まさか、こいつの「謝罪」を真に受けたとでもいうのか? 今更優(あいつ)が戻ってく
る訳でもないのに。こんな涙に自分が騙されかけた? そんな「弱さ」など、とうに捨てて
来た筈なのに。
 大体こいつも、あいつを見殺しにした“仇”じゃないか……。
「……ご、ごめんなさい」
 するとどうだろう。怯えて震えの止まらない七波は、再びそう勇に謝り始めた。
「そう、ですよね。今ここで謝ったって、優君はもう戻っては来ないのに……」
 但し今度は、自らが見て見ぬふりをしてしまったことへの詫びではなく、勇へそう安易に
謝ってしまったこと、それ自体へのものだ。ぎゅっと目を瞑り、声色を抑えながらも、その
姿はまさに命乞いそのものだ。
「私達が死なせたんです。なのに謝ったらどうにかなるだかなんて──自分勝手ですよね」
「……」
 彼女を見下ろしたまま、勇はゆっくりと黒いリアナイザを壁から離した。数拍、ほぼ無音
の反応となって何が起こったのかと、七波がおずおず目を開けようとするが、勇は次の瞬間
そんな彼女を至近距離の真上から見下ろすと呟く。
「もう、喋るな」
「えっ?」
「これ以上誰かに話してみろ……。本当に死ぬぞ」
 思わず目を瞬いて戸惑う七波。彼が刺すような眼光と鬼気を纏っているさまは相変わらず
だが、その言い方は、まるで他人事のようにも聞こえた。
「──うーん。確かこっち辺りから聞こえたような……」
「本当かあ?」
「気のせいじゃねえの? 今この辺、ポリ公やら何やらで騒がしいし……」
 ちょうど、そんな時である。二人が居た路地裏の、更にもう一区画向こうの通りから、通
りすがりと思しき男達の声が聞こえたのだった。三人分の足音が近付いてくる。おそらくは
壁を抉った際、その物音に気付いたのだろう。
「おーい、誰かいるのか~?」
『……』
 カツ、カツンと、靴音がやけに鳴り響きつつ、そんな何処か間延びしたやり取り。
 警戒と動揺。勇と七波は、それぞれにハッとなって身構えていた。どちらからともなくそ
の場で息を殺し、何とか彼らが立ち去ってくれるのをじっと待つ。
「──ちっ」
 だが先に痺れを切らしたのは、勇だった。まだこの邪魔者らが視界に入って来ない内に、
さっさと逃げてしまうことを彼は選択したらしい。他人に目撃され(みられ)てしまっては
元も子もない。舌打ちをして自分からあっという間に離れ、反対側の横道へと消えてゆく彼
とこの乱入者の影を交互に見遣りつつ、七波も迷う。
「……っ!」
 そして出した答えは──逃走。
 故に彼女は次の瞬間、思わず慌てて、この場から駆け出していたのだった。


 Episode-39.Assault/君が為の攻略戦

 ライアー撃破から数日。この日飛鳥崎地下に居を構える司令室(コンソール)には、皆人
や睦月を始めとしたアウター対策チームの実働隊に加え、通信越しに皆継ら同チームを設立
した加盟企業の代表達が勢揃いしていた。言わずもがな、先日筧から得た重要な証言・情報
を報告し、今後どう闘ってゆくかを話し合う為である。
『……いずれと覚悟はしていたが、厄介なことになったな』
 息子・皆人からこれまでの詳しい経緯を一通り聞かされ、画面の向こうの皆継は非常に難
しい表情(かお)をしていた。他の加盟代表者──主に社長・会長クラスの面々も、同様の
反応をして押し黙っている。
『大よそ真実の形は握った。だが問題は、それをどう表向きに味方に付けるか、だな』
『現状、指名手配されてしまった筧刑事を匿うことは、奴らにとっては格好の攻撃材料にな
ってしまいますからね……』
 睦月達や当の筧は、ぎゅっと唇を結んで立っていた。静かに渋面を浮かべて、彼らの成り
行きを見つめている。
 何とか筧を取り戻すことができたものの、状況それ自体は未だ好転したとまでは言えない
のだ。寧ろ当局から指名手配犯とされた彼を匿うことは、本来ならリスクになるだろう。奴
らがもしこの場所を突き止めさえすれば、逆にその冤罪シナリオを後押し──加担すること
にもなりかねない。
『幹部プライド、か……』
 何より今回それらに抗おうとすることは、即ちアウター及び蝕卓(ファミリー)、そして
自分達対策チームの存在が明るみになる可能性が大きい。
 はたしてこの戦いで得られるものは、そんなリスクを冒すことよりも大きいものなのだろ
うか? 元々自分達は、リアナイザの悪用──産業界の信用失墜を内々で解決しよう、防ご
うとしてこのチームを立ち上げた筈。仮に今回の戦いに勝っても、人々からの信用を失って
しまえば、元も子もないではないか……。
「……確かに。筧刑事の冤罪を晴らす為には、これまで自分達が隠してきたものを少なから
ず開帳する必要があります。当初のスタンスからすれば、避けるべきことです」
 しかしそう口々に呟き、躊躇っている彼らに対して、皆人の意志は固かった。まるで今日
の為に用意していたかのように、このチーム上層部の面々へと説得を試みる。
「ですが、筧刑事を助けなければ、プライドが中央署警視・白鳥涼一郎だという情報を得る
ことはできませんでした。当局内部の、それも幹部にまで蝕卓(やつら)のシンパが入り込
んでいたとなれば、これまでの出来過ぎたほどの隠蔽工作にも説明がつきます。それにもし
チームの秘匿を優先し、筧刑事を見殺しにした事実が残ってしまえば、人々の心証にも悪影
響を及ぼす恐れがあります。こちらが退いても、蝕卓(ファミリー)が利用してくる可能性
は十分にある。もう、いつまでも隠し通せる状況ではないんです」
『う、うむ』
『それは……そうだが……』
 おそらくそれは、海沙と宙の場合を含んでいるのだろう。
 二人を巻き込みたくないとする、幼馴染たる睦月の強い意向があったとはいえ、彼女らに
自分達の存在を秘匿しよう秘匿しようとした結果、由良刑事は命を落としてしまった。何よ
り彼女ら二人を深く傷付けた。皆人本人はあくまで上層部への“説得”という体で語り続け
ているが、やはり何処かでそういった個人的な、睦月ら仲間達との“友情”への悔いが、少
なからず彼自身の中で尾を引いていたのかもしれない。
「だから今回の戦いは──詰まる所、自分達の為でもあるのです」
 故に会議に居合わせた面々は、次の瞬間誰からともなく頭に疑問符を浮かべた。父らの視
線がしっかりとこちらに向いているのを改めて確認するようにしてから、皆人は言う。
「これまで自分達対策チームは、長らくアウター達、その元締めたる蝕卓(ファミリー)と
小競り合いばかりを続けてきました。ですが、このままではキリがない。延々奴らと戦い続
けることになる」
『……ああ』
『しかし、そうして挑んだ生産プラント潜入は、失敗に終わっただろう?』
「ええ。分かっています。あの時はまだ、自分達は奴らの──幹部級の力を侮っていた。そ
れでも今回のこれは、そんな幹部の一人を──敵の当局へのパイプを断つ好機となるのでは
ないでしょうか? 痛手を与えなければ、自分達の戦いはこの先もずっと続くのです」
 淡々と、しかして熱心に語る皆人。
 だが画面の向こうの上層部の面々は、総じて渋るように歯切れが悪かった。
 実際の所、彼ら自身は直接戦っている訳ではない。あくまで創設者、スポンサーだという
意識があるのだ。尤もその辺りは皆人自身、かねてから感じていたようで、その声色には変
化がない。抱くであろう苛立ちを、ぎゅっと上っ面の奥の奥へと押し込んで、室内の一角に
背を預けている筧の姿を一度ちらりと肩越しに見遣る。
「……策ならあります。その為に、彼を助けたのですから」
 そうして皆人は言葉切った。相手の、上層部の面々の応答を待つように、背後の睦月ら仲
間達と一緒に、じっと画面の向こうを見上げている。
 意気込み──冷静ながら強い瞳だった。そんなこれまでとは、明らかに違う主張の激しさ
に、思わず彼らが息を呑む。その中で唯一、最初に口を開いたのは、他ならぬ父であり対策
チームの総責任者でもある皆継だった。
『だったら先ず、そのプランとやらを聞こうじゃないか』
 あくまでこの場では、対策チームの長として険しく。
 だがその実彼は、既に内心では息子のそんな発言──説得の本当の意図に気付いていた。
 この果てしない戦いに終止符を打つとは言うが、即ちそれは、守護騎士(ヴァンガード)
としての役目を期せずして背負うことになった、睦月君(とも)を解放してやる為じゃあな
いのか? チームに身を置く友人達の危険を、根本から除こうとしているんじゃないか?
(本当の理由は、そうじゃなかろうに……)
 故に皆継はフッと、口元に密かで小さな弧を浮かべる。

 一方でその日、巷では由良の葬儀がしめやかに執り行われていた。例の如くマスコミ各社
が忙しなくフラッシュを焚く中、彼の親族や当局関係者──白鳥を含めた多くの黒スーツ、
喪服姿の人々がその生家へと弔問に訪れている。
(由良……。本当に死んじまったんだな)
(ったく、突っ走りやがって。……仇は、絶対取ってやるからな)
(何でこんなことに。そもそも、本当に兵(ひょう)さんが……?)
 上からの圧力と仲間としての悼み。双方から同僚の刑事達は総じて言葉少なく俯いたまま
だった。棺の中で眠る、冷たくなってしまった由良に、両親が涙と嗚咽が止まらぬまま最後
の最後まで付き添っていた。突然の別れを未だ受け入れられずに惜しんでいた。
 ……しかしそんな実の両親でさえ、本当は知らない。今この場で眠っている由良が、姿形
を真似た偽物であることを。変身してその死を演じるアウターであることを。
 当局もとい、プライド以下“蝕卓(ファミリー)”によるたっぷりな演出。印象操作。
 かくして偽の由良を収めた棺は霊柩車に乗せられ、人々が見守る中、ゆっくりとその生家
より走り出した。
 絶え間なくフラッシュが炊かれ続けている。参列者の哀しみの表情が並び、そんな一部始
終を各社はこぞって撮影している。画面越しに、飛鳥崎内外の人々の耳目へと届けられる。
『……まるで、瀬古勇の時と同じだな』
 司令室(コンソール)の面々も、全体会議が始まる前にその映像は皆で確認していて。
 たっぷりと呼吸を置いて、仁がそう忌々しげに呟いていた。睦月達も悔しさと、心苦しい
思いは同じだ。あれは間違いなく、由良の死という出来事を“終息”させる──蓋をする為
のショーであり、容疑者・筧を人々により強く意識させる為の印象操作であると知っていた
からだ。

「──今回の作戦の目的は、白鳥がプライドであるということを世に知らしめる。とにかく
そこに重点を置きます。必ずしも、倒すとはイコールじゃない」
 総責任者である父・皆継からそのゴーサインを出された皆人は、そう画面の向こうでじっ
と渋面を作りながらも耳を傾ける上層部の面々に、今回の作戦概要を語り始めた。
 あくまで目的は、由良殺害・工作の犯人が白鳥及び蝕卓(ファミリー)だと世間に知らし
めること。少なくともそれが出来なければ、筧の潔白──冤罪だとは証明できない。何より
多くのリソースを割いてまで彼を匿った、自分達の不利益(リスク)でもある。
「いいか? 奴と下手に戦おうとするな。奴の能力は強力だ。それはミラージュとの一件で
も、皆痛いほど理解したとは思うが」
 立つ姿勢、半身を返し。皆人は司令室(こちらがわ)に集まっている睦月達にも視線を遣
りながら、そう改めて念を押した。
 その名を聞いて記憶が蘇るのか、睦月や仁が何処となく哀しそうな表情(かお)をする。
 尤も当時はまだ対策チームに加わっていなかった海沙と宙は、映像ログでしか知らないこ
ともあって、やや置いてけぼりだったが。一方で筧も相変わらず、じっと独り壁に背を預け
て、この演説の一から十を睨むように見つめている。
「白鳥ことプライドの能力は、対象者の“処刑”──発動すれば、ほぼ確実に殺されます。
現在判明している攻撃パターンは、主にギロチン状の装置を具現化する斬首と、相手を拘束
する黒い檻。以前の交戦から、射程はかなり広いと思われます。少なくとも奴がこちらを視
界に捉えられる範囲は全て押さえられてしまうでしょう。ミラージュが睦月を押し退けて回
避に成功した例もありましたが、これはある程度奴のタイミングを知っていたこそ出来た芸
当です。一撃必殺に変わりがない以上、当てにするべきではないし、何より当のミラージュ
は、奴らに消滅させられてしまった」
 しかし……。皆人は言ったのだった。一見厄介極まりない能力でありながらも、付け入る
隙自体は無くはないのだと。
「但し強力な一方で、その能力には制約があります。これは何もプライドだけではなく、他
のアウター達にも共通する性質のようです。自分達は“メモリ配分”と呼んでいますが……
特殊なり特化した能力を備えれば備えるほど、奴らは他の部分の穴を埋められない。いわば
手持ちのメモリ──リソースが足りなくなるんです。プライドの場合、能力の発動には相手
に対して“罪状”を定める必要がある。そして能力自体も、奴自身ではなく奴が手にしてい
る法典にあります。事実、ミラージュが捨て身でこれを睦月に叩き落させた所、回収するま
での間、近接されていたにも拘わらず、能力は発動されませんでした」
 ざわっ……。画面の向こうの上層部の面々が、互いの顔を見合わせて少しざわめく。
 ミラージュの一件に関しては、当時の報告にも目を通してはいたが、まさか敵が敵の弱点
を暴き遺してくれているとは。少なくとも今の自分達には、有益な情報だ。
『つまり、奴らからその法典を奪い取ることができれば、倒すことも……?』
「可能性はある、とだけ答えておきます。実際は難しいでしょうね。あの時はまだ互いに初
めて戦ったからこそ虚を突けましたが、向こうも自身の弱点を知られたことはとうに把握し
ているでしょう。同じ手を易々と食らうとは思えません。それよりも先に、能力で首を刎ね
られてお終いです」
『……むう』
「話を戻しましょう。この事から、基本的に奴の能力はカウンター型のそれであると考えら
れます。こちらから仕掛けなければ、奴と相対しても逃げることは可能かもしれない」
 尤も最初に話した通り、今回奴と直接戦うことは、目的ではありませんが──。
 上層部の一人からの質問を、そうサッとかわしては、用意していた要点をつらつらと。
 皆人は彼らに、そして何より現場で戦うことになる睦月達に向け、そう敵の大将と思しき
人物への対抗策を授けていた。
 万が一の場合には、あの時のように撤退せざるを得なくなるかもしれない。再びちらっと
視線を横に向ける皆人に、皆継が問う。
『なるほどな……。では具体的に、どう攻める?』
「地下から行こうと思います。中央署は既に敵の本陣。真正面からぶつかって行っても返り
討ちに遭うのが関の山でしょう。今回はあくまで“潜入”を優先します。プライドの化けの
皮を剥がし、そのログを広く外部に発信する──」
 故にその際には、司令室(こちら)の位置が悟られぬよう、遠回りなスタート地点とコー
ス取りをしなければならない。皆人は職員に合図し、画面上にプランを描き加えた地図を表
示させ、皆継らと話し合った。睦月や冴島、香月・萬波以下仲間達も、一様に真剣な眼差し
でこれを見上げ、あーだこーだと詰めの意見を出し合ってゆく。
「……」
 そんな中、唯一この話し合いの輪に加わらなかったのは、まだ病み上がりの筧だった。
 皆人や睦月達の横顔を遠巻きに、彼はただじっと壁に背を預けたまま、これを睨み付ける
ように見つめている。飛び交う情報に耳を傾けている。


「そうか。やはり、あいつでは止められなかったか」
 時を前後して、飛鳥崎中央署内。白鳥の自室。
 角野と円谷から杉浦(ライアー)が倒されたとの報告を受け、彼はデスクの上で両手を組
んだまま、そう静かに呟いていた。
 配下を失い、言葉なく沈む。
 事情を知らない者からすれば、一見そんな風に見えたかもしれない。だがことこの白鳥と
いう男──プライドに関しては、およそそういった情などは存在しない。
 寧ろプライドは、元からそこまで期待していなかったように見えた。あくまで自身の駒と
して使い捨てるのだから、一々リソースを傾けてやる必要すらない。
「中々どうして、邪魔者一人“消す”のに難儀するものだ。やはり西大場の一件の時点で、
始末しておくべきだったか。伊達に私に楯突いてきた宿敵──というべきか」
 ぶつぶつと、嘆くように思案するように漏らす声。
 だが次の瞬間プライドは、ククク……と嗤っていた。冷静沈着なエリートという仮面の下
から、どす黒い狂気と殺気が滲み出る。
『……』
 尤もその一方で、彼に報告を上げに来た角野と円谷──A・ライノセスとM・ムーンは、
共に渋い表情(かお)を浮かべていた。プライド様をこうも煩わせるなど……。糞真面目な
憂いと毛嫌い。筧兵悟も守護騎士(ヴァンガード)達も、このまま放っておけばきっと遠く
ない将来、自分達にとって大きな障害となるだろう。我らが主はどうも、その辺りを軽く見
ておられるような気がする。
「……早々に、奴を“駒”にしておいた方が良かったのでは?」
「本来ならな。だがそうもいかない。お前達だって解っているだろう?」
 少し躊躇いつつも、そう訊ねてみる角野。
 するとプライドはフッと肩を竦めてみせると、言った。彼も彼で、この側近達の心配性に
は気付いているようだ。ただ倒してしまえばいいのなら力さえ振るえばいいが、実際はそう
もいかない。あくまで戦いは、自分達“蝕卓(ファミリー)”が目的遂行の為の、いち手段
でしかないのだから。
「“駒”を育て、尚且つ入れ替えを済ませるには相応の時間が要る。その過程でグリードの
能力は必須ではあるが、増え過ぎても、奴が一日に捌かせられる人数には限界がある」
『──』
 あくまで余裕綽々といった様子のプライドと、直立不動でこれを聞く角野・円谷。
 だがそんな彼らのやり取りを、部屋の外からそっと盗み聞きしてようと耳立てている者達
がいた。アウター対策チーム側の、当局内に潜入している内通者達だ。気配を殺して何人か
が周囲の見張りを務め、残る一人が緊張した面持ちで、懐から聴診器のような装置を取り出
して壁に押し当てている。
「何より……筧兵悟という人間は、手下としては馴染まない。あの男はいわば“反骨の塊”
だ。組織に属しながら自らの信念を貫き、その利益が損なわれることも厭わない……。そん
な彼がある日“入れ替わって”従順になったとしたら、間違いなく私達を怪しむ者が出てく
るだろう。こと奴の同期や、ノンキャリアの連中がな。そもそも目的は嗅ぎ回られない為な
のに、それでは意味がない」
「ええ……」
 角野と円谷が、そう半ば押し切られる形で頷いていた。相変わらず心配の渋面(そう)を
浮かべたまま、認めざるを得なかった。
「彼は結局、守護騎士(ヴァンガード)達が連れ去ってしまった。つまりは背後にいる、私
達と事を構えるつもりなのだろう」
「……やはり、ですか」
「面倒な事になってしまいましたね」
「確かにな。だがまあ、いずれは決着をつけなければならなかったんだ。奴らはきっと仕掛
けてくる。そう遠くない内にな」
 手筈通り、警戒を怠るなよ? プライドがそう改めて指示を飛ばし、二人が「はっ!」と
挙手敬礼のポーズでもってこれに応えた。なまじ当局の中枢、現役の刑事だけあって、その
所作には年季が感じられる。
「……だがその前に」
 そしてプライドは、更にこれに併せて動きを見せたのだった。スウッと目を細めて部屋の
外側、密かに聞き耳を立てていた内通者達の方へと視線を投げると、同じく振り返った角野
と円谷を従えつつ呟く。
「そこに居るネズミどもの、掃除もしないといけないな」

 アウター対策チームの全体会議から数日。治療系のコンシェル達によってようやく回復を
終えた筧は、一人司令室(コンソール)を去って行った。
 本来なら身の安全の為にも、事が済むまでこのまま留まって欲しかったのだが……当の本
人は頑なにそれを拒んだ。
「──礼は、言わねえぞ」
 地上へと続くエレベーターの前で、筧は去り際そう肩越しに睦月達へ振り向くと言った。
あくまでこちら側とは相容れない──群れる気はないらしい。
「ほ、本当に行っちゃうんですか?」
「そうですよ。お一人でなんて危な過ぎます」
 睦月や海沙が、最後まで引き留めようとはしたが、筧は聞く耳を持たなかった。寧ろこち
らの都合で自分の行動を縛ってくる睦月達に対し、改めて不快感と敵対心を露わにして歯を
噛み締める。
「……元を辿りゃあ、アウターなんて化け物を生み出した、お前ら業界のせいだろうがよ」
 それは……。睦月達は返す言葉を見つけられない。厳密には皆継ら上層部の企業連合では
なく、TA(テイムアタック)も含めてその元凶はH&D社なのだが、いち門外漢からして
みれば皆同じように見えるのだろう。
 睦月や海沙、宙と仁が、気まずそうにそろりと肩越しに背後を振り返った。そこには表情
こそ平静のそれを保って苦笑したままだが、本来研究部門の一員だった冴島が立っている。
「そうですね。ですからそう人々に言われないように、秘密裏に事を収めたいと動いていた
のが僕達対策チームなんですよ」
 ふん……。綺麗な言い返しなのか、言い訳なのか。冴島の返答に筧はあからさまに面白く
ないといった様子で顰めっ面をみせていたが、当人もこれが八つ当たりの類だとの自覚はあ
ったのだろう。それ以上は嫌味を浴びせる訳でもなく、エレベーターのボタンを押す。数字
の無い頭上の丸いランプが、一つまた一つと光ってゆく。
『國子』
「はい。筧刑事、これを」
「うん?」
 ちょうどそんな時だった。通信越しに司令室(コンソール)の皆人が合図をすると、國子
が一歩前に出てきて、懐からあるものを取り出して筧に差し出す。
 デバイスだった。見た目はシンプルで、カバーも無地の標準的なもの。筧が少し眉間に皺
を寄せて見返していると、彼女は促すように言った。
「どうぞ。無いと不便でしょうから」
 施しとでも思ったのだろうか。最初こそ数拍躊躇っていた筧だったが、彼女の言う通り、
持っていなければ連絡一つ取れない。尤も元々使っていたものとは別物だから、その頃の使
い勝手に戻すには、どのみち手間が掛かるだろうが。
「……」
 パシリ。そうして筧は、一度國子とその背後の睦月達──皆人を見遣ると、無言のままこ
れを受け取った。踵を返しつつ、肩越しに面々に眼を向けて別れとすると、そのまま開いた
エレベーターの中へと消えてゆく。扉が静かに閉じて、立ち去ってゆく。

「ねえ、皆人……。本当にあれでよかったの?」
 筧が去った後、対策チームの面々は出撃準備を進めていた。一旦司令室(コンソール)に
戻った睦月もそんな仲間達の只中にいたのだが、如何せん彼自身は変身するだけなので、割
と暇である。向こうの母・香月のデスクで、パンドラの入ったデバイスが何やらチューニン
グを受けていたが、専門家でもないのに分かる筈もない。空いた椅子にぐぐっと背中を預け
て手持ち無沙汰にしながら、正面のディスプレイ群──地下通路の複雑な地図と睨めっこし
ている皆人にそう問いを投げてみる。
「あれ? 筧兵悟か?」
「うん。やっぱり、いくら何でも一人で行かせるのは無茶過ぎるよ。アウターの恐ろしさは
身をもって経験している筈なのにさ? そりゃあ筧刑事にとって白鳥は由良刑事の仇だし、
これまでの諸々で憎んでるってのは分かるんだけど……」
 そう、深く長い嘆息をつく睦月。自分達の説得を途中で止めさせたのは、他でもない皆人
だったからだ。この親友(とも)のことだ。今回も何か思う所、策があってあのように彼を
解き放ったのだとは思うが……。
「だが、彼が俺達に協力してくれると思うか? 去り際の言葉もそうだ。今の彼にとっては
俺達も蝕卓(ファミリー)も、等しく“敵”なんだよ」
「う……」
「それに、本人の性格──昔気質の刑事というパーソナリティーからしても、彼は“素直”
じゃない。ならば元内部の人間だからこそ、できる動きをして貰おうと考えている」
「……それが、策?」
「まあな。心配するな。もう“保険”なら掛けてある」
 ちょうど、そんな時だった。「三条、佐原」二人の下に、仁や海沙、宙、冴島・國子を始
めとしたリアナイザ隊の面々が、準備を終えて集合してきた。意気込みと一抹の不安、それ
らを振り払おうと気丈にあらんとする姿、表情。めいめいに調律リアナイザを携えたその姿
を、皆人と睦月が共に振り返って仰ぐ。
「おばさま達の調整、終わったよ」
「こっちはいつでも出撃できるよ」
「ほれ、佐原。お前の分も」
『お待たせしました、マスター。こちらも準備オッケーです』
「あ、うん。ありがと」
「治療要員も配置についたよ。なるべく使いたくはないが……」
「皆人様、ご指示を」
 仁からチューニングの終わったパンドラ入りデバイスを返して貰い、睦月も自身のEXリ
アナイザにこれをセットした。仲間達が揃い踏みし、司令官たる皆人の一声を待つ。そんな
面々をぐるりと見渡してから、彼は言った。
「……筧刑事が動いた、今日がその時だ。当局に潜んでいるプライド達の正体を、白日の下
に晒し出す。それがひいては、彼の免罪を──奴らの張った罠を暴く強力な証人となる」
 少なくとも内部は既に敵の本陣だ。皆人は睦月達に改めて注意を促す。こちら側の内通者
達には既に、先日退却するよう命じておいたのだが……何処まで無事かは分からない。なま
じ表向き中央署周辺が連日の警戒態勢下にある以上、下手に物理的にいなくなれば、敵に自
らその正体を知らせるようなものだからだ。
 不安要素はある。だがあまり悠長にしていられないのも事実だった。
 蝕卓(ファミリー)は、筧が奪われたことで次の一手がくると分かっているだろう。その
虚を如何に突くか。事実当の本人が単身“敵討ち”に出て行ってしまった以上、何も動かな
い筈がない。自らにも活を入れるかのように、皆人は次の瞬間、睦月達に命じた。
「行くぞ。俺達も──潜入を開始する!」
『了解(ラジャ)!!』

 勇が蝕卓(ファミリー)の地下アジトに戻って来た時、中に居たのはラースとスロース、
ラストの三人だけだった。円卓に着いていた彼らの視線が、一斉にこちらを向く。
「あら、おかえり。今日も何処かに行ってたの?」
「……」
 こちらの存在に気付いて、そう気だるく声を向けてくる彼女に、勇は終始むすっと眉間に
皺を寄せた不機嫌っ面だった。尤もそんな反応自体は、元より彼自身、七席同士でも珍しく
はないため、相手もそう突っ掛かってくることはなかったが。
「……」
 半ば無自覚に、必死に感情を殺す。普段以上に苦虫を噛み締めたような表情のまま、勇は
円卓の傍まで歩いて行った。ラース達も姿を認める代わりの視線をさっさと戻し、再びめい
めいにこの暗がりの中で時間を過ごし始める。
(やはりあれは、失敗だったな……)
 中央署近くの路地裏で、七波由香を仕留め損ねてからというもの、彼女は自分の部屋に閉
じ籠ってしまった。今日も今日とて勇は自宅を張っていたのだが、やはり彼女が出て来る気
配はない。
 心の中で思わず歯噛みをする。あの時始末できなかったことで、すっかり彼女に警戒され
てしまったらしい。もう暫く粘ってみるつもりではいるが、向こうもそう簡単には姿を現さ
ないだろう。早く始末をしなければ。我ながら、何故あの時躊躇ってしまったのか。
「……プライドさんは?」
「彼なら、来ていませんよ」
「まぁ忙しいでしょうからねえ。例の刑事殺しのあれこれで」
 円卓の置かれたフロアをざっと見渡しつつ、勇は訊ねる。プライドこと白鳥が筧・由良の
両名を“抹殺”すべく、裏で手を引いている最中であることは他の面々にも周知の事実だ。
多忙なのは別に今に始まったことではないが、勇は内心少し安堵していた。七波抹殺を急か
され、責められるのが少なくとも今ではなくなった訳だが、それもいつまでも続く訳ではな
かろう。先日ライアーが倒され、奴らとの決戦も近いというのに、一体自分は何をやってい
るのだろう……。
「で? シンはさっきから、何をやってる?」
 そうして半ば、自身の中の悶々を誤魔化すように、勇は次の瞬間ついっとこの暗がりの中
空──フロアの中二階を見上げて問うた。点々と巨大サーバー群の電源ランプが明滅してい
るその中で、先ほどからシンが妙に嬉々としてPC画面に向かっている。随分と一人で盛り
上がっているようだ。
「ああ……あれね。この前、第五研究所(ラボ)で捕まえてた、連中のリアナイザを分析し
てるのよ。敵を知るには絶好の機会だからって。まぁ見ての通り、本音はただバラしてみた
かっただけなんでしょうけど」
 答えたスロースがそう、普段よりも割り増しの気だるさでごちた。面倒臭い……。実際に
生け捕りにしろとの指示を受け、一手間も二手間も掛けさせられた身としては、堪ったもの
ではなかったのだろう。
 H&D社・旧第五研究所(ラボ)──他でもない冴島とその隊士達から奪った調律リアナ
イザとコンシェル達だ。「ほう! ほほう!」と当のシンは嬉しそうにキーボードを叩き、
手元の照明の下で幾つものの配線に繋がれた調律リアナイザから、大量のデータがその画面
に表示されている。
「なるほどなるほど……私の造った回路を、逆に利用したのか。こことここ、それにここに
も新しくプログラムを組み込んで、単独行動をコントロール……素晴らしい! 敵ながら見
事なチューニングではないか!」
 はははははははは! 中二階のその席で大きく両手を広げ、やたら喧しく叫ぶ。
 そんな一部始終を見ていた勇やスロースが、流石にげんなりした様子で目を細めていた。
ラースは視線すら寄越さずに眼鏡のブリッジを軽く弄り、ラストも肩越しに一瞬鬱陶しそう
に見上げこそしたものの、特に何か口にする訳でもなく再び寡黙の中に沈む。
「……本当、気楽でいいわよねえ」
「……同感だ。まぁいつものことだが」
 放っておこう。
 勇達四人は、満場一致で、そう誰からともなく盛大な嘆息をついた。

 勇との出会い──襲撃以降、七波はまるで反動のように自宅の自室に閉じ籠るようになっ
てしまった。こちらの制止も聞かずに飛び出して行ったと思えば、今度は……。心配した両
親が何度となく部屋の外からノックをし、呼び掛けてくるが、正直に話せる筈もなかった。
もし彼の言葉通りならば、今度は二人があんな目に遭う危険に晒される。先日の自らに起き
たあの恐怖が頭から離れず、七波は只々部屋の中で震え続けていた──後悔していた。
(ううっ……)
 ちらりと、閉め切ったカーテンの隙間から眼下の道を覗く。
 すると其処には、物陰に隠れてはいながら、じっと自宅(こちら)を見上げて佇んでいる
勇の姿が視えたのだ。あの時と同じくフードを被って人相を隠しているが、間違いない。自
分を仕留め損なったからと、家までやって来て張り込みをしているのだ。
(どうしよう? どうしよう? どうしよう……!?)
 ──そんな彼は、今は姿が見えない。彼女は幻視さえする。
 あれ以来ここ数日、ずっとこんな調子だ。殆ど毎日彼はそうやってこちらを監視しつつ、
痺れを切らして出てくるのを待っている。流石に向こうも骨が折れるのか、いつも気が付け
ば居なくなってはいるが……決して諦めた訳ではないだろう。
 じわじわと、七波はその精神を削られていた。軽率に飛び出してしまった自分の行動と、
その悪運を幾度となく呪う。

『もう、喋るな』
『これ以上誰かに話してみろ……。本当に死ぬぞ』

 絞り出したような、あの濃密な憎悪と怒りの籠った彼の言葉が、忘れられない。
 自分は甘かった。肉親を、この世で唯一の弟を殺された彼の絶望を、自分はまるで解って
はいなかったのだから。謝っても許してくれなかった。寧ろ面と向かって謝ることで、彼の
心の傷に塩を塗り込んだようなものだ。復讐されたって、仕方がない。
(……でも)
 同時にあの時、彼が放ったあの台詞は、何だったのだろう?
 少なくとも自分には、あれが警告のように聞こえた。何というか、当人の怒り云々という
よりは、ちょっと引いて見てから投げ掛けられた言葉のような……?
 もしかすると彼もまた、別の何かと闘っているのだろうか? 警察? 筧さんや由良さん
だった? だからこそ由良さんは、先輩に殺された? 分からない。現状は全て、とりとめ
のない自分の推測でしかない。ただ事実があるとすれば、自分は未だこうして生き長らえて
いるということ。あの時振り上げられた黒い棘々の武器が、頭の上に逸れたこと。
 まさか、見逃してくれた? それともただ単純に外れただけ?
 でも直前までの様子からして、先輩は間違いなく自分を殺すつもりだった。筧さんや由良
さんと繋がりがあると知って、明らかに“口封じ”をしようとしていた。
 ……一体、何なのだろう? それにしたってあの外れ方はない。大体、壁際に追い詰めた
至近距離だったというのに。
 彼の身に何があったのだろうか? 確かめようにも、普段何処にいるのか分からないし、
何より不用意に出て行こうものなら、今度こそ確実に殺される。大体さっきから全身が震え
っ放しで、ろくに歩き回ることすら出来そうにない。
 そうなると持久戦? このまま夏休み明け──復学予定の日まで待って、他の復帰する生
徒達に紛れてしまおうか? 大人数の中にいれば、或いは……? いや、でもそうして皆が
集まる校舎を、丸ごとグシャグシャにしてしまったのは他ならぬ彼自身で……。
(駄目、駄目駄目駄目! 新学期になる前に、私の方が先に参っちゃう! そもそも私が、
先輩に目を付けられちゃった以上、予定通り復学することだって……!)
 限界だった。誰か、助けを呼ばなければ──。
 もう自分一人では二進も三進もいかないと、また半錯乱状態になり、七波はどうっとベッ
ドの上に倒れ込んだ。身体を滑り込ませて、放り出してあったデバイスに手を伸ばした。
 でも、誰に?
 もしバレれば瀬古先輩に殺されるし、そもそも話した所で信じて貰えない可能性が高い。
「……」
 閉め切って日中の明かりが絞り込まれた部屋の中、七波は寝そべっていたベッドから身体
を起こした。片手には自身のデバイス。この状況下で、これまでの経緯からして、信頼でき
る人は数えるほどしかいない。
(あの会見がニュースになってから、怖くて掛けられなかったけど……)
 おずおずと、微かな望みに縋るように。
 薄暗い自室の中、七波は意を決して、とある番号へとコールし──。


 かつてのリベンジを兼ねた大規模作戦が、いよいよ始まった。司令室(コンソール)を出
発した守護騎士(ヴァンガード)姿の睦月と、それぞれのコンシェルに同期した皆人や冴島
以下仲間達とリアナイザ隊の面々が、同室を大きく迂回してから、飛鳥崎中に張り巡らされ
た地下水道を行く。
「次の三叉路を右に、そこから二番目の曲がり角まで直進だ。その先に一段高くなっている
区域が始まるから、そこへ入った後は暫く道なりに進め」
 いつ敵と出くわしてもいいように、お互いを予めテープで結んだまま、國子の朧らが持つ
ステルス能力の恩恵を受ける。
 睦月や冴島、仁や國子と共に先頭を行く皆人が、そう随時道筋をナビゲートする。
 一見すると他人からは見えない迷彩状態の中、緊張と軽く切れる息を混じらせながら、睦
月達は一路、飛鳥崎中央署最寄りの侵入路を目指していた。その間も随時的確にルートを指
示する皆人に、睦月がちらっと感心したように言う。
「よく道覚えてるね? ここの地下って、もの凄く複雑な筈だけど……」
「俺は対策チームの司令官だ。作戦に必要になる道順くらい、とうに頭に叩き込んである」
 そう、クルーエル・ブルーと同期した姿で何でもないという風に答える皆人に、睦月は思
わず苦笑した。冴島のジークフリートと仁のグレーデューク、國子の朧丸。後ろを隊士達と
共について来る海沙のビブリオや宙のMr.カノンからも、小さく感嘆というか、ふいっと
緊張の隙間から同じような声が漏れる。
「それより……。そろそろ地図的に中央署が近くになってくる。この先のT字路を左に曲が
って直進してゆけば、敷地内の一角に出られる筈だ。見えてきたら、司令室(コンソール)
との通信は控えてくれ。基本的にできないものと考えろ。あの時とはまた違うだろうが、奴
らに回線を辿られてしまえば、こちらの本拠地がバレる危険性がある。H&D社の生産プラ
ントに潜入した時と同じだな。打ち合わせの通り、撤退のタイミングを見誤るな」
 ──了解。あくまで生真面目で慎重な皆人からの言葉に、睦月以下仲間達は素直に頷き、
耳を傾ける他なかった。
 こちらの本丸、司令室(コンソール)の位置がバレぬよう、敢えてアトランダムな遠回り
をしての行軍。國子や隊士達のコンシェルに積んだ、ステルス能力を最大限活かしての隠密
行動。
 上手くいけば、ストレートに白鳥ことプライドの下に辿り着けるかもしれない。だが肝心
なのは、その後どれくらいのタイミングで奴が尻尾を出すかだ。筧の動向もある意味で必須
であり、不安材料でもある。皆人が渡した“保険”がしっかり働いてくれればいいが……。
『……っ!? 待って! この先にアウターの反応、それも多数!』
 だがちょうど、その時だったのだ。睦月達が最後のT字路を左折しようとした直前、EX
リアナイザ内のパンドラが、ハッとその存在を感知して叫んだ。
 にわかに緊張し、慌てて足を止めようとする一行。
 しかしこの時既に“敵”の攻撃は始まっていたのである。T字路に差し掛かり、警告され
た左側へ睦月達が視線を遣ろうとした刹那、目の前に広がっていたのは──地下水道の薄闇
に輝く、大量の微細な粒子。
「!? 何だ?」
「小さな……粉?」
 ぎゃあああああああッ!? するとどうだろう。この空間に振り撒かれていた無数の粒子
が、睦月達の身体が触れた直後、激しい火花を放ってその猛威を振るったのだった。相手か
らの先制攻撃だと理解したのも時既に遅し。てんでバラバラにダメージを受けて弾き飛ばさ
れた一行は、半ば強制的にステルス状態を解除させられて辺りに転がった。お互いを結んで
あったテープが千切れる。どれだけ姿形が傍からは見えなくとも、事実睦月達はここに居る
のだから。
「ぐっ……! あっ……!」
「み、皆、無事か!?」
「な……何とかな」
「痛つつ……。何だあ?」
「一体、何が起こって……?」
 完全に不意打ちを食らった格好で、めいめいに転がる仲間や隊士達。幸いにもこれ単体で
致命傷にならずは済んだが、間違いなくこちらの作戦、その第一段階は破綻した。
『──』
 はたしてそこには、待ち構えていたのだった。
 中央署敷地内、その最寄りの地上へと繋がる梯子と通路を前に、よろよろと立ち上がった
睦月達を待ち構えていたのは、アウターの軍勢だった。大量のサーヴァント達を率い、両肩
や身体のあちこちからキノコを生やした、深海色のクラゲを彷彿とさせるアウターだった。
「っ、お前は……!!」
 ジークフリートの姿を借りた冴島が、思わず声を詰まらせる。
 M(マッシュ)・ムーン・アウター。
 一度は冴島隊を圧倒し、その身柄を拘束した、白鳥の側近が一人・円谷の真の姿である。

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Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

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