日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「ウィード」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:桜、雑草、輝く】


『こんにちはー、今日は来てくれてありがとう~!』
『今日も色んな曲を歌う予定だから、思いっきり楽しんでね~?』
 僕には数年来、応援している“推し”の娘(こ)がいる。
 ステージの上で扇状の隊列を組み、眩く照らされたスポットライトの中で、訪れた観客席
のファン達にそうめいめいに手を振る少女達。
 彼女は、とあるアイドルグループの一員だった。立ち位置としてはセンターの二つ右隣。
とかく舞台の向こうの華々しさに同調しよう、同調しようという他の娘達とは少し違い、未
だ初々しさというか、おそらく性分的な控えめさが残る。
 喜緑桜──それが僕の推しの名前だ。ふんわりとしたミドルショートの髪と雰囲気が、遠
目から見ているだけでも癒される。多分僕達──ドルオタの中では比較的マイナー、その中
でもやや名の売れたくらいの位置付けの娘だが、そんなのは関係ない。僕は僕の、心に響い
たアイドルを応援したいと思う。
『~♪』
 ステージの上で、彼女達が早速一曲目を歌い始めた。
 嗚呼、いいなあ。勿論、僕が眼差しを向けているのは桜ちゃん。こなれた感じじゃなくて
も、一生懸命になってあの場所に立ち続けている姿がとても眩しい。こうしてライブに足を
運ぶのは、金銭的にも時間的にも厳しいけれど、毎度来てよかったなと思える。少なくとも
僕にとっては、彼女の姿を、歌声を、はにかんだ笑顔を見られることが何よりの活力剤であ
り続けてきたんだ。文字通り、出会ってからずっと、彼女から元気を貰ってきた。
(……桜ちゃん)
 中学・高校の六年間をパッとせず、ずっと独りで過ごしてきた僕。
 いわゆるスクールカーストとか、面倒臭いしがらみに煩わされずに済んだという点では比
較的平穏無事だったのかもしれないけれど、生憎その分を勉強に全振りできるほど自分は頭
が良い訳ではなかったし、何よりそうすることの意味をとうとう見いだせなかった。
 目標なんて無い。いつもぼやっと、曖昧で霧が掛かったままで。
 それでも一応学歴だけは積んでおこう、周りもそうしているからと何となく大学に進んだ
けれど、そんなふわふわした動機で叩くべき門じゃなかった。此処はそれまでとは大分勝手
が違って、環境こそ用意されているが、それを活用できるかどうかは丸っきり個々人の自己
責任という形なのだと思い知った。一年・二年と、僕がろくに将来──やりたいことさえも
見つけられない中で、始めからそういう意識に満ち溢れた同級生達は、どんどん先に往って
しまった。少なくとも僕にはそのように見えた。結局此処でも、僕は独りのままだった。
 ……だから彼女を応援することは、益々僕の楽しみになっていって。
 ひっそりでよかった。今までもこれからも、密かにいちファンとして元気を貰えれば充分
だと思っていた。なのに──。

「へえ。喜緑桜に熱愛報道かあ。顔に似合わずヤることはヤってんのな」
「キミドリ……? 誰だっけ?」
「ほら、姫坂のメンバー。ちょっと地味だけど清楚系な娘」
 とある日の出来事だった。いつものように学食で独りお昼を食べていた僕は、ふと左向こ
うのテーブルを囲む男子グループのやり取りを聞いてしまった。
 桜ちゃんの名前が出たから、なのかもしれない。
 いや、その報道自体は少し前から知っていたんだ。ただまだショックの方が強くて、自分
から追って確かめることが出来ずじまいだっただけで。
「ああ……いたなあ、そういやそんな娘。この前ドラマにも出てたっけ?」
「そうそう。思いっきりアイドル枠って感じだったけどなあ。まぁ仕方ねえよ。でもそれも
こんなのが出たら次はねえかもな」
 ははは。仲間の一人に自身のスマホを見せながら、そう笑っているこの男子学生。
 正直な話、僕は今すぐでにも席を立ち、こいつをぶん殴ってやりたかった。或いはそれは
拙いと、さっさと食べてこの場から逃げてしまいたいと思った。
 お前に一体、桜ちゃんの何が分かる? 他にも周りに人はいるのに、そんな馬鹿みたいに
デカい声で、女の子一人を──それもアイドルを貶しているんだぞ? もしもっと過激派な
推しが居合わせていたら、そいつにボコられていた可能性だってあるのに。
「……」
 いつかは来ると解ったつもりではいた。僕よりも若いし、彼女だってお年頃だ。恋の一つ
や二つあっただろうし、彼氏がいたって不思議じゃない。
 だけど──大抵のドルオタは、そういった事実が明らかになると怒り心頭する。裏切られ
たという気持ちになる。こと彼女ら一連の系列グループは、在籍中の恋愛禁止というルール
が設けられていて、それが分かっていて所属しているのだから、違反には違いない。背信行
為と批判されても仕方ないと考える。
 でも、どうなのだろう? 僕個人はそういった点は凄く疑問だ。というのも、結局そうし
たルールとやらは客層である自分達や、彼女らを「商品」として展開する事務所側の都合で
しかないんじゃないかと思うからだ。当の本人──此処では桜ちゃんの意思が二の次になっ
ている。されて当たり前という風潮が横たわっている。
 尤も、他のファン達の気持ちも解らない訳ではないんだ。アイドルという職業が、少なか
らずそのファン達に“疑似恋愛”をして貰ってお金を出して貰うという仕組み上、その当の
彼女らが既に他の男とくっ付いていれば、いわゆる「商品」価値は下落する。同じくあまり
好ましいとは思えない表現なのだけど、ファン達がその前提条件として期待する“処女性”
を大きく損なわせる要因になってしまうからだ。そして何もこれは、女性アイドルだけに限
らない。男性アイドルへの、女性ファン達のそれも基本は同じだと思う(その時の呼称は、
また違ったものになるんだろうけど)。
 でもそんなのは……やっぱりこちら側の我が儘なんだと僕は思う。
 自己肯定感というか、自信の有り無しも大きいんだろうけど、彼女達とやっているのはあ
くまで“疑似”恋愛であって、本当の恋愛じゃない。きっと向こうの仕事だと、それを割り
切って演じてくれている。そこに剥き出しの本気(マジ)を持ち込んで、一方的に自分の都
合を押し付けて一喜一憂する──だから僕らは厄介者扱いされるんだ。どれだけ彼女達が皆
の注目を浴びる、いわゆる高嶺の花であっても、自分はその辺りに生えている草の一つでし
かないんだ。そこを弁えられない限り、疑似恋愛が含む「もしかしたら」なんて起こらない
し、現実の恋愛だって上手くゆく筈もないってのに……。
「まあ、どうでもいいや。あんまりよく知らねえし」
「だよなあ。よほどソロで出演して(でて)ない限り、皆似たようにしか見えねえし」
 ははは。そうやって悶々と箸を止めている内に、また彼らが無遠慮に笑い合っている。
 胸糞が悪かった。だけどもその感情をぶつけるべき相手じゃないと思った。残った料理を
なる早で掻き込んで食事を済ませると、僕は一人急ぎ足で食堂を去ってゆく。

(──? 何してるんだ、あいつ?)
 事件が起きたのは、ちょうどその日の夜だったのだ。
 講義を一通り受け終わり、日没後まで図書館でレポートを書いていた僕は、いつものよう
に暗くなった街の中をとぼとぼと歩いていた。街のネオンなどで明かりが絶える訳ではなか
ったが、やはり昼間に比べれば物寂しい。そもそも普段から、行き交う他人びとに接点など
無いのだけど。
(カメラ……? そっち系の趣味人(ひと)か?)
 その道中でふと目に留まったのは、道向かいに停めてあった車から降りてきた一人の男。
 多分それだけなら、僕はここまで気持ちに引っ掛かりなど覚えなかっただろう。ただ僕に
はカメラを抱えたこの彼が、終始怪しく──周りを気にしながら忍ぶように移動しようとし
ている点に、一抹の不信感を抱いたのだった。
 どうも、ただ単に夜景を撮りに来た感じじゃない。
 そう直感した時には、僕はこの彼の後を尾け始めていた。何をやっているんだという気持
ちはあったけれど、それ以上に一時の好奇心と警戒心が勝っていたのだと思う。
 男は人気の多い大通りから路地に逸れ、どんどん奥へ奥へと入って行った。やはり怪しい
と自分の直感を撫でてやりながら、僕は慎重にその後を追って進む。
『──』
 すると、そこには居たのだ。ちょうど大通りからは裏手に位置するアパートの上階廊下の
一角で、仲睦まじく若い男女が部屋の一つから出て来るのが見えた。女性、いや少女を見送
るように、この青年が優しく何やら声を掛けている。
(桜……ちゃん?)
 間違いなかった。このアパートの裏手に着いた瞬間、男がおもむろにカメラを中空に向け
たものだから、何だろうとつられて顔を上げたのが運の尽き。そこには他ならぬ、僕の推し
である桜ちゃんと、彼女と仲睦まじく話している青年の姿がある。
 熱愛報道。
 瞬間、脳裏にそのフレーズが浮かんだ。週刊誌に出たというそれに僕はまだ半信半疑とい
うか、覚悟が出来ていなかったが、期せずしてその決定的瞬間に出くわしてしまったのだと
知る。ステージの上の彼女は、スポットライトに照らされて光り輝いて見えていたが、今あ
そこにいる同じ筈の当人は、夜闇の中でも何処かほんのりと輪郭を維持しているかのようだ
った。はにかんだ笑顔はより優しくて、嗚呼あれが本当の彼女なんだなと僕の視覚と脳味噌
が知らせてくる。
「──っ!?」
 だから、そんな二人のプライベートな姿を、この男がこっそり収めようとしていることに
気付いた時、僕は戦慄した。カシャカシャカシャと、何度もシャッターを切る音が夜闇と街
の音に交じって聞こえる。当の本人達は気付いていないようだ。何度かやり取りをして、階
段をエレベーターに乗ってゆく。おそらくは彼女を、家まで送るのだろう。
「っ! ……!!」
 本当に彼氏がいたんだという衝撃(ショック)。でも思いの外、僕はそこまで哀しむこと
はなかった。個人的には疑似恋愛というより、元気をくれた彼女には是非とも幸せになって
貰いたいという思いの方が強かったからなのだろうか。
 それよりも、駆け巡るのは別の衝動。
 向こうの物陰に隠れている、あの男が撮ってしまった写真が世に出れば、彼女はまたもや
要らぬバッシングを受けてしまうだろう。それだけは許せなかった。このまま帰してしまう
訳にはいかなかった。
 ──夜闇。可能な限り見開いて見渡した視界の中。
 奴を尾けて隠れていた物陰の奥に、仮置きしてあると思しき資材の一塊があった。見つけ
た瞬間、僕は駆け寄ってそこから一本の鉄パイプを抜き取る。
 ──いや待て。自分は一体何をしようとしている?
 ──止めなくちゃ。彼女を、守らなくっちゃ。
 踵を返して、元いた位置へと戻る。頭と身体がてんで違うことを考え、動いているような
気がした。いや……本当はどちらも同じように衝き動かされていて、辛うじて理性とか冷静
と呼ばれる部分だけが、少し剥がれて邪魔をしようとしていたのか。
「っ!!」
 分からない。でも止まらない。
 次の瞬間、僕は背後から、このカメラを抱えた男に思い切り振りかぶって──。

 ***

「じゃあ何で、犯行後すぐ逃げた? 自分のやったことが解ったんなら、せめて彼の意識を
確認するなり救急車を呼ぶなり、できることはあっただろう」
 身柄を確保したのが中途半端な時間になってしまったため、結局大越らが聴取を始めたの
は、結局夜も遅く──明け方近くになってしまった。
 目の前にはつい先刻、週刊誌の記者を殴り殺した一人の大学生が座っている。こちらに連
れて来られた時から終始項垂れ、酷く後悔しているようだ。
「そう、ですね……。そこまで頭が回りませんでした。でも、多分あの時は出来なかったと
思います。いくら匿名で通報しても、僕だってことはバレるでしょうし。そうなったら、僕
が捕まってあの記者さんのことが明るみになったら、桜ちゃんの迷惑になるし……」
『……』
 大越ら、取調室に集まった刑事達は、一様に渋い表情(かお)をしていた。尤もそれは今
回の事件が複雑怪奇という訳でも、犯人が反吐の出るほどの外道だという訳でもなく、ただ
只管にこの人一人を殺めてしまった青年の経緯が不憫であったからだ。
 中年も半ばを迎えた大越はよく知らなかったが、彼の言う「桜ちゃん」とは、現在活動中
のアイドルグループのメンバーらしい。喜緑桜──若手の刑事らが教えてくれた。犯行自体
はあっさりと認めたこの青年は、そんな彼女の長年のファンであったらしい。
 話を要約すると、かねてより熱愛が囁かれていた彼女の逢瀬を、彼は運悪く目の当たりに
してしまったらしい。いちファンとしてはショックだったのだろうが、それ以上に現場に居
合わせた(厳密には自身が尾けてきた)週刊誌記者が、その一部始終をカメラに収めてゆく
さまを目撃してしまったため、咄嗟に彼を近くにあった鉄パイプで殴り殺してしまったのだ
という。
「僕は……どうでもいいんです。でも桜ちゃんは、桜ちゃんにだけは迷惑を掛けたくない。
自分のせいでアイドルができなくなったりでもしたら、僕は……」
 口封じ。殺しにおいては珍しくはない動機だ。だがつくづく、この青年も運が悪い。
 好奇心は猫をも殺すというが、まさにこれから彼は社会的に殴殺されるのだろう。自分一
人が目撃していただけなら黙って見過ごせばよかったのかもしれないが、場には彼女の疑惑
を追う記者がいた。熱心な彼女のファンとしては、憤懣遣る方なかったのだろうが……。
「……どんなに良かれと思っても、君がやったことは人殺しだ。どのみちその子に迷惑が掛
かることに、変わりはないんだぞ?」
「うぐっ──?!」
 ぐしゃぐしゃに顔を歪めて、彼は泣いていた。
 良心の呵責か、自身の保身か、或いはこちらが向けた言葉通りに喜緑桜の今後を憂いてい
るのか。その比率とやらは本人の心のみぞ知る──おそらく当の本人も分かってはいないの
だろうが、自分達は自分達の仕事をする。罪を犯した人間を捕らえ、司法の判断に委ねる。
それだけだ。
 静かに目を細めていた大越は、暫くこの青年を見つめてから、ポンポンと優しく肩を叩い
てやりながら立ち上がった。
「まぁ、君はまだ若い。ちゃんと罪を償ってやり直せばいいさ」
「……はい」
 こいつはもう充分に“落ち”た。か細く「……すみません」と、その一言が漏れる。
 やらかした事においては同じだが、筋金入りの邪悪でない分、こいつはまだマシな部類な
のだろう。だからせめて、自分達くらいは信じてやりたい。知っておいてやりたい。
 それが──刑事(じぶんたち)の仕事だ。
                                      (了)

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  1. 2018/10/08(月) 00:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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