日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)サハラ・セレクタブルⅢ〔38〕

「……ッ?! 由良!」
 目覚めた廃屋の広間で、筧はようやく行方を眩ませていた相棒の姿を目の当たりにした。
逆光の日差しの中、窓際の位置に倒れている──血に汚れ、仰向けになっているのを見つけ
て、咄嗟に駆け寄ろうとする。
 ──やっと見つけた。
 ──すぐに助けなければ。
 だがしかし、そんな身体の衝動的な反応とは裏腹に、その思考は辛うじて冷静だった。
 切欠は、彼の周りに広がる血だまりを、ぐちゅっと踏み締めたその直後だ。
(これは……血糊?)
 逆流するように溢れてきたのは、違和感。筧は思わず足を止め、そのすぐ真下に転がる由
良の姿を見つめ直す。
 ……そもそも、この状況はおかしい。
 こいつは何日も行方知れずになっていたのに、これじゃあまるで「今し方」殺されたかの
ようじゃないか。それも自分が連中に捕まって、また知らない場所まで移された──目を覚
ましたのと、ぴったりタイミングを合わせるように。
 いくら何でも、出来過ぎている。
 筧はそう直感していた。しかし実際目の前で眠っている、死んだように倒れたまま微動だ
にしない由良の顔は、やはり当の本人にしか見えなくて……。
「──!?」
 ちょうど、そんな時だった。思考の中の違和感と、目の前に映っているものとの齟齬にじ
っと眉間に皺を寄せていた筧の背後から、パシャリとある意味で場違いな音が聞こえてきた
のである。
 筧は半ば反射的に振り向く。だが時既に遅かった。いつの間にかこの広間の出入口の壁際
に、自分以外の第三者の姿があり、こちらにデバイスのカメラレンズを向けて静かに嗤って
いたのだった。
「……」
 にいっと、憎悪とねちっこい嗤いを浮かべてしたり顔をしている杉浦、もといライアー。
 故に筧は次の瞬間、自らの身に起きた状況の拙さを悟る。青褪める。
 由良の死体。血だまり。その前で古びてはいても、ナイフを片手に突っ立っていた自分。
その三つのさまが、今奴に撮られた……。
「っ、てめえ!」
 嵌められた。そう理解して思わず叫んだ直後、背後で更にあり得ないことが起きた。
 由良がむくりと立ち上がったのだ。まるでゾンビ映画のワンシーンにでも遭遇したかのよ
うに、杉浦に向き直った筧の背後を、この血に汚れた由良の姿をした何か──偽物が、逆再
生を掛けられたかの如く取ったのだった。
「!? そうか、やっぱりお前は──」
 完全に前後を挟まれた、退路を塞がれた格好。
 肩越しに全てが仕組まれたものだったのだと理解し、この由良の皮を被ったアウターらし
き化け物を睨もうとしたその時、ふと杉浦は何かをこちらに投げて寄越してきた。筧は反射
的に顔にぶち当たる寸前に掴み取ると、怪訝な眼でそっと確かめてみる。
「……これは」
 それは短銃型をした独特なツール。いわゆるリアナイザだった。
 不快──今までの経緯から蓄積してきた悪感情と、目の前に次々と投入される出来事に未
だ頭がついて来れないが故の混乱。
 ニヤリと、杉浦はそんな戸惑う筧の表情を見て哂っていた。先程よりも、彼に向ける憎し
みの類は、一層顕著になっているようにもみえる。
「もう逃げられねえぜ? 此処でお前を殺っちまうのは簡単だが、そうはしねえ。たっぷり
と……“利用”してやるよ」
 限界まで張り詰めるように緊迫する、見知らぬ廃屋の中。
 罠に嵌められ為す術なく身構える筧に、ライアーはその姿を撮ったデバイスをひらひら片
手にちらつかせたまま、言う。


 Episode-38.Fakes/想い、交錯する先に

「何でなんです、プライドさん!?」
 時は現在より少し前に戻り、ポートランドの地下深く。
 蝕卓(ファミリー)のアジトに現れた勇は、ちょうど円卓の一席に居合わせたプライドの
下へ近付いて来ると、そう激しく詰め寄っていた。ラースやスロース、他の幹部達が薄い暗
がりの中でこれに一瞥こそ寄越したが、これといって特に仲裁に入る訳でもない。
「ヘッジやトーテムはやられた──もう交替の期間は終わったのに、何でまだ俺が出ちゃあ
駄目なんですか!? 聞きましたよ? 今度はライアーが守護騎士(ヴァンガード)達にぶ
つけられたって。あいつは情報屋でしょう? 確かに奴らにとっちゃあ厄介な能力かもしれ
ませんが……」
 ダンッと両手で円卓を突き、訴えかけてくる勇。
 そんな彼、舎弟のような存在からの怒声を、プライドこと白鳥は努めて冷静に飄々と受け
流していた。予め反発は織り込み済みだったのか、語気を荒げる彼に対し、人間態のプライ
ドは用意していた答えを読み上げるように言う。
「まぁそう慌てるな。オリジナル絡みで、あいつは筧兵悟と因縁がある」
「因縁?」
「ああ。それに例の一派については、まだ“ゴミ掃除”が残っている。それを含めて指示を
出したまでのことだ」
 むう……。自分を拾い上げ、力を与えてくれた恩人の手前、勇は結局それ以上彼を責め立
てることが出来なかった。本音を言えば、守護騎士(ヴァンガード)と戦う──恨みを晴ら
すのは自分の権利なのだが、彼がそう言うのならもう暫く待つしかない。こちらとしても、
余計な雑務は振られぬに越した事はないという理由もある。
「……それよりも。エンヴィー、お前にはその間に、やっておいて貰いたいことがある」
 故に次の瞬間、プライドからそう告げられた時、勇は内心あまり面白くはなかった。結局
雑務を押し付けられるのは変わらないらしい。「……何です?」それでも一瞬湧いた彼への
反発を良くないものだと押し込め、勇は訊き返した。どうせ本出撃がまだ出来ないのなら、
準備運動がてら、一人二人消してくるのも良いだろう。
「今話した筧兵悟の別件だ。いや、奴と由良信介共通の、と言った方が良いだろう。お前に
は、奴らが私達を追っていた間、接触した人物の口封じを頼みたい」
「口封じ……なるほど。ですがあの二人の、となると、結構な人数になるんじゃ……?」
「心配は要らない。細々な三下どもは、既に配下の者達が消して回っている。お前にはその
中でも特に、奴らが何度も連絡を取り合っていた人物を頼みたいんだ」
 言ってプライドは、懐からピッと一枚の写真を取り出した。円卓の上に放り投げ、勇や場
に居合わせた他の幹部達──ラースやスロース、ラストの三人が、一斉につられてこれに視
線を向ける。
「押収したデバイスの履歴から調べておいた。どうやら奴らは何度も、彼女の入院していた
病室を訪ねていたらしい」
 勇がじっと、静かに目を見開いている。写真には、病院の廊下らしき一角を掴まり歩きし
ている一人の少女の横顔が映っていた。年頃は勇より少し下──今は亡き弟・優と同年代く
らいのように見える。
「七波由香。玄武台高校一年、元野球部マネージャー見習い。お前の、弟の同級生だな」
「──」
 そんな彼の内心をまるで見透かすかのように、プライドがそう今回のターゲットの名前と
属性を口にする。
 刹那、勇は硬直していた。されど次の瞬間には音もなく感情を動から静へと切り替え、つ
いっとこの兄貴分に向かって冷酷な復習鬼の表情(かお)を見せる。
「……殺ればいいんですか」
「場合によるな。お前も知っての通り、今は奴らを“消す”為の報道が連日流されている。
そんな中で彼女がいなくなったとなれば、関連付けてこちらに疑義を向けてくる輩が湧く可
能性もある」
 一旦そう言って、プライドは努めて慎重な姿勢を崩さなかった。わざわざ自分と当局内の
同胞達を動かしてまで、目下の邪魔者だった二人を“始末”しようとしている最中なのだ。
災いの芽はなるべく一挙に刈ってしまいたい所だが、かといって怪しまれてしまっては元も
子もない。
「とはいえ、生かしておく理由もないからな。彼女にどれだけの情報が漏れているかを確か
めた上で──その処分も含めて、始末しろ」

 ライアーの合図で現れたのは、全身を金属質のパワードスーツで覆った、不気味な鉄仮面
の越境種(アウター)だった。
 全体的に機械のような姿、左右非対称な横ラインの覗き窓が並ぶ面貌。
 両腕が大型の銃口──いや、何かしらの放射器と一体化し、背中のタンクと配管で繋がっ
ている。鉄仮面の下からは、何度もくぐもった呼吸音こそ聞こえるが、そこに感情と思しき
気色はない。おそらくは以前戦ったボマーやドラゴンと同様、狂化されたタイプの個体なの
だろう。
「ま、また伏兵……?」
「拙いな。これ以上数が増えたら、僕らだけじゃ押さえ切れない」
 斃されたリーダー達の仇と、文字通り決死の形相で襲い掛かってくるバイオ一派の残党達
に四苦八苦しながら、睦月と冴島は身構えた。守護騎士(ヴァンガード)姿の彼と、雷の流
動化で何とか立ち回っていたジークフリートが、彼らの向こうからのっそりと近付いてくる
この新手のアウターを視界に映している。
「さあ、焼き殺せ!」
 大きな舌を舐めずり、笑い、ライアーが資材の山の上でそう大きく両手を広げて叫んだ。
全身から大量の熱気を立ち上らせ、この鉄仮面のアウターはスチャッとこちらに両手の放射
器を向けてくる。
「っ……! 危ない!!」
 その直後だった。両腕の銃口から放たれたのは、燃え盛り突き進んでくる炎。
 冴島は咄嗟にジークフリートの機動力で、睦月と自身を抱えて転がり込み、すんでの所で
これを回避した。もし直撃していたらならば、ひとたまりもない。
「大丈夫かい? 睦月君」
「は、はい。すみません、助かりまし──」
『ギャアアアアアーッ!!』
 しかしである。二人がホッとしたのも束の間、背後で幾つもの断末魔の叫びが響いた。思
わず弾かれたように振り返ると、そこではこの一撃を避け切れなかった一派残党のアウター
達が、炎に巻かれてのたうち回っている。文字通り、黒焦げになって灰になり、次々に力尽
きては消滅してゆく。
『酷い……』
「な、何で? 味方を焼き殺すなんて不利にしか……」
『……なるほどな。そういう事か』
 睦月は、その凄惨な最期を目の当たりにしたこともあって、酷く動揺していた。自分達で
数の利を殺せば、また振り出しに戻るというのに。にも拘わらず、敵方の大将たるライアー
は、自身の傍で火炎放射器を振るうこの鉄仮面のアウターを全く止めようとはしない。
 まさか……仲間割れ? 疑問と、希望的観測の中で睦月は呟いたが、一方で通信の向こう
の皆人は、早々に合点がいったようだ。
『おそらくは、始めから残党達(かれら)を“掃除”するのも、俺達に戦いを仕掛けてきた
目的の内だったんだろう。元々蝕卓(ファミリー)から独立を図っていた者達だ。その頭目
を失った今、連中にとってはもう、抱えていてもメリットはない筈だからな』
 そんな……。目の前で文字通り“焼却”されてゆく残党達を目に映しながら、睦月は幾重
にも移ろう感情の波に震えていた。
 じゃあ元を辿れば、自分がバイオやヘッジ、トーテムを倒したから?
 だけど奴らはアウターで、その目的の為にたくさんの人達を巻き込んで暴れて、この先も
そうしないなんて保証は無くって……。
『炎の──差し詰め、バーナーのアウターとでもいった所か』
 ぽつり。インカム越しの向こうで、司令室(コンソール)の皆人はそう呟いている。睦月
は残党達が一人また一人と焼き殺され、灰と共に塵に還ってゆくのを、只々呆然と見ている
ことしかできなかった。冴島もそっとその横に立ち、険しい表情でこの主犯格たるライアー
を見つめている。
「何で、何で仲間を!? まるで命をモノみたいに!!」
『そうよ! それでも元々は私と同じ、コンシェルなの!?』
 そして遂に辛抱堪らなくなり、睦月は怒りに声を荒げながら地面を蹴っていた。パンドラ
と、慌ててこれをフォローすべく駆け出した冴島──ジークフリートを資材の山の上から見
下ろしつつ、ライアーは哂う。
「仲間じゃないから、じゃないのかねえ……? 組織を抜けようって魂胆の、しかも失敗し
た連中を、どうして“駒”以外の眼で見られる?」
 このまま全員を見殺しになんてできない。
 だが何とかこの火炎放射器──バーナー・アウターを止めようとする睦月と冴島を、資材
の山の上から飛び降りてきたライアーが遮った。「退けえっ!!」駆けて来ながら拳を振る
う睦月の攻撃を、やはりライアーは能動的に避けるでもなく回避し、代わりに連打の掌底や
五指の引っ掻きを叩き込んでは撥ね返す。ジークフリートも同様だ。どれだけ速くなって斬
撃を放とうとも、二人の攻撃はことごとく吸い込まれるように、ライアー本体から絶妙な位
置にズレてしまう。
 二人は改めて苦戦を強いられた。何度も重い反撃を貰い、或いは時折バーナーが掃射して
くる炎を慌てて避け、地面を転がる。淡々と、この鉄仮面の新手は、命じられたままに残党
達を“焼却”して回っている。
「くっ……。睦月君、少しでいい、ライアーを押さえてくれ! ジークフリートの水の最大
出力で、奴の炎を消してみる!」
 は、はいっ! 次々に消し炭に──いや、既にもうほぼ全滅しかかっている残党達を何と
か救い出そうと、冴島が二手に分かれる苦渋の転換を指示した。こちらの攻撃が当たらない
以上、確実性は低いが、まだバーナーの方になら妨害は通る。
「……ほう? だがいいのか? そいつを痛めつければ痛めつけるほど、そのダメージは全
部、あの刑事に跳ね返るんだぜ?」
『えっ?』
 故に、強く頷いて向かい合おうとした睦月と冴島に、ライアーはにたりとそう告げると嗤
った。一瞬、周囲の時間が圧縮されるようにスローモーションとなる。思わず睦月は彼と、
炎に巻かれて倒れている残党達、バーナーの間を、視線で往復させた。同じく駆け出そうと
した冴島が、一抹の驚きと戸惑いでこちらを見遣っている。一方でバーナーは相変わらず、
両腕の放射器から分厚い一直線の炎を吐き出しては、ゆっくりとこれを左右に振っている。
 どういう意味だ?
 まさか、このアウターは……。
「──お待たせしました」
 ちょうど、そんな時だったのである。
 はたっと睦月達の頭上から、聞き慣れた声が聞こえた。見上げればこの場を囲む四方の建
物の上に、國子や仁、別行動で情報収集をしていた他の隊士達が駆けつけていたのだ。例の
如くその中には海沙と宙の姿もあり、直後狙撃の要領で幅広の弾丸──煙幕弾が戦いの場に
撃ち込まれる。
「くっ!? しまった、これは──」
 直接自分へ向けられた攻撃ではない。そもそも彼女らに、こちらと此処で戦い続ける意思
などなかった。
『よし、いいぞ。睦月、冴島隊長、今がチャンスだ! 一旦離脱しろ!』
 どうやら間に合ったらしい。瞬く間に画面内が煙で見えなくなる中、皆人は睦月達に退却
を命じる。地面に降り立った國子達が、二人を回収して再度跳び上がった。まだ焼き殺され
た残党達がいる──睦月はそう後ろ髪を引かれていたが、この状況で敵(かれら)に構って
いる余裕も、確かにありはしなかった。
(……やはりネックは奴の能力だな。未知な部分が多過ぎる。それにあの新手、バーナーの
正体。奴の口振りからして、おそらくは……)
 煙幕で辺りの視界を封じられたライアーと、無感情に硬直するバーナーの隙を突いて。
 睦月以下対策チームの面々は、一旦退却を余儀なくされたのだった。


 自宅を飛び出した七波が向かった先は、飛鳥崎中央署──集積都市・飛鳥崎の公官庁が並
ぶ中東部に隣接し、街全体の治安を司る文字通り砦のような施設だ。
 ニュースで流れていた、容疑者・筧の事実を、無罪を主張すべく単身乗り込んだ七波。
 だがいち女子高校生に過ぎない彼女に、そんな衝動的な使命感を果たす術など無かった。
中央署を臨む周囲の大通りは、連日張り込むマスコミや、これを監視──あわよくば排除し
ようと目を光らせている当局の警官達などでごった返している。到底真正面から、アポもな
く入り込める筈もない。
(はあ、はあ、はあっ……! ううっ、どうしよう? つい勢いで、こんな所まで来ちゃっ
たけど……)
 退院上がりの体力で大きく息を切らせつつ、七波は中央署を臨める遠巻きの物陰に隠れる
と、そう自分の行動を後悔し始めていた。そもそも一介の少女の訴えを、誰がまともに聞い
てくれるというのだろう? 衝き動かされて自宅を飛び出した時とは対照的に、今は急速に
その冷静さを取り戻しつつあった。
(……どうすればいいんだろ。このままじゃあ、私の力じゃ……)
 勿論自問した所で、これといった名案が出る訳でもなかった。ただ徒に物陰に、きな臭い
悪感情漂う道向かいの人ごみを眺めて胸奥が締め付けられ、自身の無力さにじっとその場に
項垂れるしかない。

(──何をやっているんだ、あいつは? 妙に慌てた様子だから尾けて来たものの、さっき
からああやってうじうじ隠れてばかりじゃないか……)
 更にそんな彼女の後ろ姿を、密かに後を尾けて来ていた勇が見ていた。
 行き交う人々から人相が割れないよう、目深にフードを被り、同じく路地軒下の物陰から
じっと、その一部始終を観察している。
 面倒な事になったな……。勇は内心正直そう思っていた。すぐ向こうに中央署があるとい
うことは、おそらく例の記者会見を見て居ても立ってもいられなくなったか。という事は、
彼女はやはり筧兵悟・由良信介両名とは相応に親しいものと考えられる。
 幸いだったのは、その衝動的な行動とは裏腹に、結局実際に“本丸”へ突撃するほど向こ
う見ずではなかったこと。まぁ大方、目の前に広がった物々しさに怖気づいたといった所な
のだろうが……実際そのまま突撃されたらヤバかった。あんな人ごみ、他人の眼があり過ぎ
る場所では、こちらも下手に手出しができない。
(さて、今の内に片付けてしまうか。また無謀に走られたら困る……)

(──はあ。私一体、何やってるんだろう? そうだよ。何より先ずは、筧さん本人に確認
した方がいいに決まって──)
 そうして暫く途方に暮れて、七波がようやく引き返そう、筧に直接連絡を取ろうとゆっく
り踵を返した、その時だった。
「まったく……。一体全体、何がどうなってやがんだよ?」
 ふと中央署に面する路地裏の一角、ちょうど正面玄関の裏手に当たる位置から、スーツ姿
の男達が数人、出て来たのだった。これまで何度も筧や由良と接してきた七波だからこそ、
すぐにその直感が告げる。あの人達は……刑事さんだと。
「あんな急な発表、聞いてねえぞ」
「だよなあ。兵(ひょう)さんがやったなんて、いきなり言われても信じられねえよ」
 筧や由良と同じ、ノンキャリ組の刑事達だった。マスコミの取材攻勢から逃れるように、
署の裏口から出て束の間の煙草休憩をしつつ、そう密かに愚痴り合っていたのだった。
「おい、止めとけよ。何処で誰が聞いてるモンじゃねえし」
「そうそう。次は俺達の首が飛ぶぜ? そんなので巻き添え食らうなんて御免だからな?」
「……」
 七波はほぼ反射的に、その雑踏の中から偶然聞き分けた声の方へと、小走りで駆け出して
いた。こちら側の路地の中を縫い、何とかその様子が覗ける物陰に移動する。
 彼らの前後は、古びた家屋で囲まれていた。奥側──おそらく向こうの区画の路地裏や、
中央署の裏口に直接繋がるような道は、暗がりがあるようで見えない。それでも一旦その姿
を見つけたからか、意識すればこっそり囁き合うその声を聞き取ろうとすれば聞き取れる。
壁に背を預けて休憩するそのさまも、時折垣間見ることができる。
 兵(ひょう)さん──筧さんだ!
 病室などで、由良がそう彼のことを呼んでいたのを七波も記憶している。間違いない。あ
の人達は二人の同僚なのだ。距離が結構離れているので、まだこちらの存在に気付かれては
いないらしいが。
「でもなあ……。兵さん、あんなに一人で必死に捜し回ってたのに」
「結局、例のタレコミがあった場所にもいなかったもんなあ」
「そもそもあれって、何処の誰からのだったんだろう?」
「さあ? 根津や稲葉は、ここぞとばかりに食い付いてたけど……やっぱガセだったのかも
しれんなあ」
「ああ。あっちもすぐに、上が押さえちまったし」
「でもじゃあ、何でそいつは俺達の連絡先を知ってたんだ? 少なくとも何かしら接点がな
いと、知りようもないだろうによ?」
 うーむ……。ノンキャリ組の刑事達は、そうめいめいに呟き合い、しかしこれといって明
瞭な推論を立てられずにいた。仕方ないが……話がどうも断片的だ。七波は物陰の際をぎゅ
っと握り締めて身を乗り出すと、ごくりと緊張で何度も息を呑みながら、これに全神経を注
いで耳を澄ませている。
 ……どうやら筧さんは、以前から由良さんの行方を捜していたらしい。
 という事は、私が気付くずっと前から? ずっと前から、同僚さん達の力も借りずに──
ううん。あの人達の口振りだと、借りられずに。私のお見舞いに来てくれていた時には、そ
んなこと、微塵も顔に出さずに笑い掛けてくれていた。励ましてくれた……。
「っ──!」
 故に、七波は駆け出していた。地面を蹴り、彼らの下に辿り着こうとした。
 今しかない。直感がそう告げていた。
 あの刑事さん達に、筧さんと由良さんのことを。このチャンスを逃せばもう二度と、中央
署の人達や、世の中の人達に本当のことを知って貰えないような気がして──。
「むぐっ?!」
 だが、その直後だったのだ。
 向かいの路地裏に屯する刑事達へ手を伸ばそうとした次の瞬間、七波は背後から迫った勇
に、口を塞がれながら羽交い絞めされて……。

「かっ!?」
 進もうとした意思と真逆からの力に引き摺り込まれ、七波は荒っぽく路地裏の壁に叩き付
けられた。瞬間的な衝撃と痛み、感情の浮き沈みに自分でも意識したことのない程の形相を
浮かべたが、それも束の間、自身の前に現れた人物を目の当たりにして萎む。
「……余計な真似を」
 目深にフードを被った、年上の少年だった。季節は夏真っ盛りだというのに、そんな顔を
隠すような恰好をしていること自体、そもそもおかしい。
 ひっ──! 七波は思わず、逃げようとした。すぐ間近まで迫ってくる彼を必死になって
振り払い、再び路地裏の向こう側、あの刑事達がいた区画へ逃れようとする。
「大人しくしろ。てめぇの家族親戚から全部、消すぞ?」
 だが彼は、そんな標的(ターゲット)をみすみす逃がす筈もなく。
 少年はすぐに行く手を遮るにように回り込むと、再び七波をより路地裏の奥へと押し遣っ
て壁に叩き付けた。ダンッと、自身も片手を突いて肉薄し、只ならぬ憎悪に満ちた眼でこち
らを睨み見下ろしてくる。
「ひいっ!?」
「……七波由香、だな?」
 だから次の瞬間、思わず七波は「えっ──」と言葉を詰まらせた。相変わらず向けてくる
眼光は獣のように鋭くて恐ろしいが、そう暫くフードの下から覗く顔を見ていると、ふと妙
にノイズが入ったかのような既視感に襲われる。
「瀬古……先輩?」
 恐る恐る。でも優君はあの時に死んでいるから……。壁際に追い詰められて逃げようにも
逃げられない状況にも拘わらず、七波はそう一生懸命に思考を回転させながら、呟くように
問い返していた。
「……」
 目の前の少年、勇は答えない。
 だがそれは首肯はしないが、隠しもしないといった態度だった。七波の全身に、じわじわ
と震えが駆け巡っていって止まらない。疑問は確信へ。一番会ってはいけない──でもいつ
かは会わなければならなかった相手が、よりにもよって今この時に現れたのだと。
「まさか……本当に……」
 故に次の瞬間、思わず呟いてしまった一言が、彼女の運命を大きく変えた。
 半ば無意識に紡がれたその言葉に、勇がそっと怪訝と不快を織り交ぜて眉を顰める。壁に
叩き付けた左手をゆっくりと拳にしてずらし、震える彼女に確認するように問う。
「……その口振り。やはり筧兵悟から何か聞いたか」
 どうしてそれを? 先輩は筧さんを知っているの──!?
 だが七波は口を衝いて出ようとしたその言葉を、すんでの所で慌てて止めた。明らかに勇
の眼差しは“危険”そのもので、下手に応えてしまっては拙いと直感したからだ。
「……」
 しかしそんな寸前の戸惑い、慌てて口を押さえた動作が、結局勇にとっては明白な答えに
なってしまった。眼差しは先程よりも一層鋭く、されど何処か面倒臭そうなそれを湛えてこ
ちらを見据えている。七波は彼に射竦められてしまったまま、更なる質問を浴びせられた。
「お前が筧兵悟や由良信介と連絡を取り合っていたことは判っている。お前は一体、何を知
っている? 奴らはどれだけ喋った?」
 答えろ。有無を言わせぬ静かな迫力に、七波は早々に心が折れてしまっていた。
 これは──罰なのだと。部内で優が苛められていることを知りながら、結局何一つ手を差
し伸べることが出来なかった自分への、巡り回ってきた報いなのだと。
「……ごめんなさい。私、少しでも優君の無念を晴らしたくて……」
 故に七波は、全てを白状することにした。苛めを見て見ぬふりをしてきたことも、その後
校内で緘口令が敷かれ、それでも自分に出来ることはないかと、悩んだ末玄武台(ブダイ)
に来ていた筧達に内部告発(リーク)をしたこと。
「二人と連絡を取り合うようになったのは、その頃からです。事件がテレビで取り上げられ
なくなっていった後も、筧さんと由良さんだけはずっと先輩の行方を追ってたんです。何か
背後に、得体の知れないものがあるとかないとかで……」
「……」
 七波は必死に喋る。だが一方でこうして口を割っても、内心では自分の汚さを再認識する
だけだった。要するに自分は、優の為と言って何か行動を起こしたことで、勝手に救われた
気になっていたからだ。当の本人はもっと前に誰も助けてはくれないのだと──きっと自分
達を恨んで、絶望して、自ら命を絶ってしまったのに。
「ごめんなさい。許して貰えるとは、思わないけれど……」
 ずっと騙し騙し向き合うことから逃げてきた、自分の中の罪悪感が、時間差と途方もなく
膨れ上がった重量と共に襲い掛かってくる。
「……ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめん
なさい、ごめんなさい……!!」
 七波はもうただ泣きじゃくっていた。抵抗するような気概もすっかり折れてしまい、只管
謝り続ける。自分達が見殺しにした同級生の兄を前に、延々と謝り続ける。
「……今更言っても、優(あいつ)は帰ってなんか来ない」
 しかしようやく、たっぷりと間を空けて絞り出したような勇の声に、七波はハッと反射的
に我に返った。目の前で、当事者の兄がギリッと歯を噛み締め、フードの下に静かな怒りを
隠して揺らめいている。
(どうやら“蝕卓(ファミリー)”のことまでは……知らないらしいな)
 そして内心、そう辛うじて引き剥がされずに押し留めた理性・思考の片隅で一応の判断を
つけながら、勇は懐からゆっくりと黒いリアナイザを取り出した。「え……?」身長差的に
ちょうど真ん前に見えたそれを見て、七波がついてゆかない思考に硬直している。壁に打ち
付けていた左手を戻し、掌で銃底のボタンパーツをツーノック。近接格闘用に切り替える。
『DUSTER MODE』
 黒いリアナイザ、その銃口から迫り出した鋭い棘を見て、七波はようやく彼が何をしよう
としているのか理解したようだ。瞬く間に顔は青褪めて、震えが止まらない。もう逃げ場の
ない背後の壁にザリザリ、ザリザリッと必死にもがいて身体を擦り付けながら、今度はもっ
と物理的な恐怖で泣きじゃくり始める。
「……知らなきゃ、良かったのにな」
 直前、勇は自分でも不思議に思うほど、そうポツリと最後に彼女に呟いて。
 ひぃっ!? 上擦る七波の声。そんな彼女に向け、彼は拳鍔型に替えたその不気味に黒光
りする質量(かたまり)を大きく振り被り──。

 駆けつけた國子達の機転により、睦月と冴島は辛うじてライアーの敷いた陣から脱出する
ことができた。情報収集の為、市中に散っていた面々は一旦司令室(コンソール)に集合。
持ち帰ったそれと今後──特に対ライアーについての話し合いを始めていた。
「やれやれ……。そっちも災難だったなあ。向こうから尻尾を出してきたのはいいにせよ」
「むー君も冴島さんも、怪我はない?」
「う、うん。大丈夫。ありがと」
「ああ。助かったよ。僕達二人じゃあ、どうしてもジリ貧だったからね」
 司令が早々に応援を飛ばしてくれたお陰だよ。心配してくれる仲間達に、冴島はそう静か
に苦笑いを零していた。正直、戦いでのダメージがない訳ではない──全身に纏わりつく疲
労感は残っていたが、目の前であんなものを見せられた以上、やはり筧が彼らの手中にある
と判った以上、のんびりとしている暇などない。
「さっき、そっちの戦い(ログ)を見たよ。……酷い事するよね、本当」
「彼らを始末する為に、奴がわざわざこちらに戦いを挑んできたと考えると……複雑な気分
ですね。尤も彼らは越境種(アウター)であって、人間ではないのですが」
 作戦会議に先立って、事の一部始終は國子達にも伝えられていた。ライアー自身の奇妙な
技も然る事ながら、最期まで体よく使われ続けたバイオ一派の残党達、そして新手として現
れたバーナーについて仄めかされた件についても、皆それぞれに渋面を浮かべて思う所があ
るらしい。
「そう……ですね」
 睦月は呟く。自分も彼女ほど、もっと割り切れていたら楽だったのだろうか? 他ならぬ
自分が倒しておいて、情を掛けてしまうのは、結局身勝手なエゴでしかないのだろうか? 
デバイスの中のパンドラも、同胞に関わる事であるためか、総じて浮かない表情(かお)を
している。
「……ともかく、あの妙な能力を何とかしないことには二進も三進もいかない。ログでも見
たと思うけど、あいつがそれらしき行動を取った後、僕らの攻撃が全く当たらなくなってし
まったんだ」
 そして冴島がそんな感傷的な空気を、なるべく冷静を装って方向転換させる。
 目下の課題はまさにそこだった。先ずあのライアーを攻略しなければ、その背後にいる幹
部や捕らわれの筧にも辿り着けない。
「こう、手をパァン……でしたよね?」
「うーん。でもあれって一体、何の能力なんだろ?」
「少なくとも目に見えるような、物理的なものではないだろうね。それに……」
「あの火炎放射の──バーナーの召喚主、ですよね」
 海沙がログの映像を見様見真似で。宙もイマイチこれだという形容を見つけられずに唸っ
ている。冴島が少し助け舟を出してやっていた。加えてちらりと、自身の発言に繋いでくる
睦月を見遣ると、そんな皆の反応を確かめるようにコクリと頷く。
「本当に、筧刑事が……?」
「決め付けてしまうのは早計だと思いますよ。まだ奴が咄嗟に放った、ブラフの可能性もあ
りますし」
「そうだな。だが事実、奴らが彼を捕えている──捕縛に関わっている以上、用心に越した
事はない。少なくとも現状では、奴らは彼を表向き“容疑者”として演出している。逃走中
という体にしているんだ。すぐに手を下してしまうとは考え難いが、それも時間の問題だ。
わざわざ俺達が刺激をして、早めてしまうのは悪手だろう」
 ライアーが戦いの中で示唆した、バーナーの召喚主が筧である可能性。
 現状向こうの一方的な発言しかなく、全て憶測の域を出なかったが、皆人は敵の作戦全体
も踏まえ、慎重であるべきだと主張した。ディスプレイ群には先の交戦の様子とデータの抽
出がリアルタイムで行われており、皆人はその前でキュッとこちらに椅子を回して一同を見
つめてくる。
「それに……。奴の、ライアーの能力については大よそ目星はつけた」
「!? 本当か?」
「ああ。確定できるのは香月博士達の、戦闘ログの解析待ちだが」
 それなら心強い。仁を始め、睦月達はそうサラッと言い放った皆人の一言に、にわかに勇
気づけられた。デスクトップPCを並べた香月や萬波以下、研究部門の面々が、画面上に流
れてゆく数値の羅列にじっと目を遣りつつ、こちらにグッとサムズアップをしてくれる。
「だから今度こそは、十分に対策を施してからの捜索・交戦になるだろう。じれったいだろ
うが、待機していてくれ。間違いなく奴には……裏で繋がっている他のアウター達がいる」
 了解! 仁や宙、にわかに光明が見えてきた面々が先頭になってこれに意気揚々と応え、
睦月以下他の仲間や隊士達も同調する。

『でも、あれだけ刑事(デカ)に誇りを持ってた人が、自ら殺しに手を染めるなんて思えな
いんだけどねえ……』

 筧の元妻・郁代が語っていたことを思い出す。彼女は話の終わり際、かつての夫の容疑に
そう疑問符を付けていた。彼女曰く、彼はかねてより孤独な人間であったらしい。良くも悪
くも昔気質の刑事で、つまりは旧時代的という表現になる。
 睦月はぼんやりと、皆の会話の中で考えていた。彼にもっと“親しい”人物がいれば──
他にも足掛かりがあったなら、もっと早くに彼を救えたのではないか? それはもう対アウ
ターの一環なのか、単なる人助けの域なのか、自分でもよく分からなくなるけれど。
『──ッ!?』
 だがちょうど、そんな時だったのだ。それまでめいめいに市中の様子をモニタリングして
いた司令室(コンソール)の情報網が、突如としてこちらに大きなアラームを鳴らして異変
を知らせてきた。職員達が弾かれるようにして制御卓を叩き、その情報を、詳しい内容を確
認し始める。
 そして次の瞬間、彼らが向けてきた第一声と表情は、一様に渋いそれであったのだ。
「司令、皆さん。緊急事態です!」
「例の写真の場所が……割れたようです」


 先の中央署の記者会見──筧が由良殺しの犯人に仕立て上げられた場において、マスコミ
各社に示された、件の写真の場所が明らかになった。
 但しそれは、皆人ら対策チームではなく、当局が先んじて突入・制圧したという形でもっ
てだ。十中八九、当局内に潜む“蝕卓(ファミリー)”のシンパが手を回したものだろう。
睦月達はまたしても、機先を制された格好だった。
「おい、そこ! それ以上近付くな!」
「此処は関係者以外、立り入り禁止だ! まだ犯人が近くに居るかもしれん。すぐに安全な
場所に避難するように!」
 一見すれば、何の変哲もない郊外の廃屋。
 そこに今は当局による非常線が張られ、強面の刑事達が物々しい様子で出入りし、警戒を
強めている。いつにも増して彼らがピリピリしているのは、同僚殺しという深刻な案件とい
う点に加えて、騒ぎを聞きつけてやって来た記者達が、遠巻きにこちらへずらりカメラを向
け続けているさまもあるのだろう。随時周囲を警戒する刑事や警官達が彼らを追い払うも、
彼らは彼らでこんな大ニュースを逃す筈もなく、尚もしつこく張り付こうとしている。

「──っ、はあっ……!」
 だが外がそんな事態になっているなど、当の筧は知る由もなかった。
 所は件の廃屋とは全く別の、とある倉庫の中。彼の身柄はとうに移され、今は三度監禁さ
れている真っ最中だった。手足は再び縄で結ばれ、前に置かれている。何故か汗だくで荒い
息をついているその左手には、短銃型のツールが握られていた。
 リアナイザである。厳密に言えば改造リアナイザだ。
 筧は先日からその引き金を、ずっとひいたままだった。例の化け物──アウターがこの装
置を梃子に呼び出されることは、皆人らと接触した際の情報から聞き及んでいたが、それで
も彼はその引き金に掛けた指先を離すことが出来なかったのである。

『筧兵悟。お前はその引き金をひき“続けない”』

 それはつい先日の事。杉浦もといライアーの罠に嵌められた筧は、直後彼と由良の死体役
として化けていたサーヴァントに暴行され、この人気のない倉庫の一角に閉じ込められた。
その際にライアーが彼に改造リアナイザを握らせ、放った呪詛は、筧から左手の自由を完全
に奪ってしまった。
 ……まるで他人のものみたいに、自分の手が全く言う事を聞かない。
 筧は自身が強制的に、アウターを召喚・維持させられているのだと理解した。引き金をひ
かされたあの瞬間、熱気を上げる、全身パワードスーツ姿の化け物が出現するの見た。皮肉
にも奴らの仕組みを、自分は身をもって体験させられたという訳だ。
(こいつは……拙いな)
 どうやらこの引き金をひいている間は、少しずつ体力やら気力が消耗してゆくようだ。
 おそらくはその何かしらのメカニズムで吸い取られたエネルギーを、あの化け物の動力源
にしているのだろう。悔しかった。仮にも自分がその切欠を作ってしまったのに、奴が一体
何処で何をやらかしているのか、まるで分からない……。
「たっだいまー。お? まだ意識あるのか。やっぱ無駄に頑丈だなあ、お前は」
 ちょうど、そんな時だった。不意に倉庫の出入り扉が開いたかと思うと、そこから人間態
のライアーもとい杉浦と、例の全身パワードスーツの化け物──バーナーが姿を見せたのだ
った。どうやら出先から戻って来たらしい。ライアーは壁際でそうぐったり憔悴している筧
を見つけると、嬉々として邪悪な笑みを浮かべて近付いてきた。一方でバーナーは相変わら
ずコォォォ……と、鉄仮面越しに不気味な呼吸音を漏らしながら、感情らしい感情も見せず
に突っ立っている。
「杉、浦……!」
「ノンノン。それはこいつのオリジナルの名前ね。まぁ今の俺を作ったのはあの男だがよ」
 はははと笑うライアーに、筧はじっと疲労した心身と眼でこれを見ていた。つまりこいつ
は自分の知っている杉浦のようで、杉浦ではない。要は記憶と皮を被った別人だ。時間と共
に霞んでゆく意識と思考を必死に引き留め、フル回転させて、筧は何とかこの状況からでも
情報を得ようと試みる。
「……お前は」
「うん?」
「お前は一体、俺に何をさせるつもりだ? お前はいつから……杉浦に化けた?」
 暫く若干目を見開いて、じっとこれを見下ろしていたライアー。
 だが次の瞬間、彼はペッとあからさまに悪態でもって、唾をすぐ目の前に吐き捨てた。そ
の眼には並々ならぬ、筧への憎悪が滲み出ている。
「出所直後からだ。あんたはあの男が“改心”して探偵をやり始めたと思っているようだが
よお……あいつはずっと、あんたを恨んでたんだぜ? お前さえいなきゃ、ムショ暮らしな
んざしなくて済んだのにってな」
「なっ──?!」
 故に、筧は思わず声を上擦らせる。
 そんな話は初耳だ。いや、この化け物が言葉通り杉浦の出所直後から入れ替わっていたの
であれば、辻褄は合う。
「いやはや、あいつとは気が合ってねえ。俺を初めて召喚した時も、すんなりと契約を結ん
でくれた。お前への復讐の為さ。その為の力が欲しい、その為なら何でもするってな」
 まぁ、俺が実体化を果たした時点で、当の本人は早々に始末したがよ──。
 嬉々として語るライアーの言葉に、筧は震えていた。目の前の邪悪に対する怒り? いや
そうじゃない。杉浦(やつ)の本心を知らなかったことと、知らずに今まで奴に化けたこい
つを信用していた、自分自身の不甲斐なさに対してだ。
「……何もかも全部、嘘だったっていうのか」
「ああ、そうさ。何たって俺は詐欺師(ライアー)だからな。お前の正義やら刑事(デカ)
の誇りやらなんざ、糞の役にも立たねぇんだよ。所詮はてめぇの自己満足──権力に笠を着
たオナニーって訳さ!」
 ははははは! そしてライアーは仰々しく両手を大きく横に広げて、叫ぶ。打ちひしがれ
る筧に追い打ちをかけるように、そのさまを心から愉しむように、ずいずずいと顔を間近に
近付けて罵倒し、哂う。
「杉浦の望んだ復讐はな、そんなお前に“罪”を犯させることだったんだよ。刑事(デカ)
の誇りとやらを塗りたくったお前のプライドを、ズタズタに引き裂いてやるんだ。その為の
容疑者・筧兵悟さ。同僚殺しの烙印(レッテル)さ。正直俺達はお前をグチャグチャに壊せ
れば何でも良かった。守護騎士(ヴァンガード)を倒すのはついでだな」
 ははははは! 近付けていた顔を一旦離し、またそう高らかに笑う。
 筧は下手に言葉さえ出ず、ギリッと強く強く唇を噛み締めていた。大きく項垂れ、改造リ
アナイザが奪ってゆく自身の体力気力──エネルギーからくる全身の重さに思わず身を委ね
てしまいそうになった。
 せめて、この装置さえ手放せれば……。そう思って引き金から指を離そうとするが、やは
りライアーの妙な技のせいか、左手は一向に言う事を聞いてくれない。ぐったりと、必死に
込めようとした力が抜けて、焦りとショックと怒り──様々な感情が一挙に入り混じって、
圧縮された怨嗟だけが口を衝いて出る。
「……くそっ!」
 だが、ちょうど次の瞬間だった。
 ライアー達の背後、筧からすれば正面倉庫のシャッターを、何者かが盛大にぶち破って入
って来たのだった。弾かれたようにライアーが驚愕して振り向き、バーナーも鉄仮面の視線
をくいっと向けて身構えだす。
『──』
 睦月達だった。
 既に守護騎士(ヴァンガード)姿に変身した睦月と、冴島、國子、仁に海沙と宙。仲間の
リアナイザ隊の面々がそれぞれのコンシェル達を召喚した臨戦態勢で、こちらをじっと睨み
付けたまま、立っていたのだった。

「守護騎士(ヴァンガード)……!? もう嗅ぎ付けて来たのか!」
 突如として押し入って来た侵入者らに対し、ライアーは咄嗟に身構えた。気持ち前に出た
バーナーと背後の筧の間に、ちょうど自分は直接攻撃されない位置へサッと後退り、両手を
広げ気味にしてそう、彼を暗に人質にしていることをアピールするように睨み返す。
「刑事さん!」
「やっぱり、あいつの召喚主にされてたのね……」
「もう逃さない。今度こそ決着をつけよう。彼は、返して貰うよ?」
「はん……」
 海沙がそのボロボロさを見て思わず声を上げ、宙が唇を噛む。
 どうやら皆人の予測は大よそ当たっていたようだ。冴島とジークフリートが、抜剣と宣戦
を同時に行って言う。ライアーは悪態よろしく舌打ちをし、次の瞬間デジタル記号の光に包
まれて怪人態に変身した。寸胴な肉柱と唇の全身に苛立ちの血管を浮き立たせて叫ぶ。
「それはこっちの台詞だ! わざわざ、そっちから出向いてくれるとはな!」
 やれッ!! 直後ライアーに命じられ、バーナーが先手を打ってその両腕の火炎放射器を
放った。一対が捻じれてより巨大になる炎。そんな攻撃を、仁のグレートデュークの盾が、
真正面から防ぎ切る。
「今だ!」
 そして彼の掲げた盾を死角にし、睦月と冴島、他のメンバー達が駆け出す。
 筧が捕らわれの身であるという時点で、作戦の優先順位は先ずその救出からだった。彼が
無理やり召喚させられたバーナーとも、一度戦っていればこちらのもの。その戦闘ログから
同一の反応だけを市中から捜せばいい。今はビブリオという、探知・分析能力に秀でた海沙
のコンシェルもついている。
『リアナイザを破壊するんだ! それで少なくとも、バーナーは消滅する(きえる)!』
 目的を果たす為には、とにかく直接の戦闘は後回しに。
 インカム越しの通信の向こうから、司令室(コンソール)の皆人が叫んだ。仁のデューク
が構えた盾ごと突進してバーナーを組み伏せ、先ずは両腕の放射器を仲間達に向かないよう
にする。それを左右から迂回して睦月達が駆け抜け、筧とその前に立ち塞がるライアーへと
挑みかかる。
「させるかよ! そいつにはこれから先、もっと色んな奴を消し炭にさせるんだからさ!」
 図体の割に機敏なステップを踏みつつ、ライアーは反撃とばかりに襲い掛かってきた。先
行して睦月と冴島、守護騎士(ヴァンガード)とジークフリートが応酬するが、やはり二人
ともその拳や剣撃は、吸い込まれるように相手の絶妙な脇に逸れて当たらない。代わりに五
指の鉤爪を叩き込まれてカウンターを食らい、少なからずよろめく。
「だったら空間ごと制圧する! ジークフリート!」
 反動のダメージに顔を顰めつつ、それでも冴島は、ジークフリートの身体を土の流動化に
変えて旋回させた。半固形の泥の身体をマントの下から噴射しながら、ダンッとコンクリ敷
きの床に手を。するとライアーを包囲せんとするように、石板状の盾が次々と隆起しながら
迫る。倉庫内に高くそびえ立ち、彼を挟み潰さんとする。
「ははは、無駄だ無駄だあ!」
 しかしライアーはこれらの攻撃も全て回避──いや、石盾の方が彼の立っていたスペース
だけを残して止まってしまい、圧殺は不発に終わった。彼は勝ち誇ったように笑いながら、
掌底の一撃で目の前のそれを打ち抜くように壊し、周囲に砕かれた大粒の破片が舞うように
飛び散ってゆく。
「お前達に、俺は倒せない!」
 更に駄目押しと言わんばかりに一旦後ろに跳び、捕らわれたままの筧を人質として使用。
睦月・冴島以外の面々の動きも牽制しようとする。
「──それはどうかな?」
 だがその時、既に睦月は動いていたのだ。作戦は織り込み済みだったのだ。
 束の間スローモーションになる世界。砕かれて吹き飛んだ石盾の破片の中を、睦月はEX
リアナイザの銃口をこちらに向けて構えていたのだった。既にホログラム画面からサポート
コンシェルを選択し、その光弾を変化させる形で。
『ARMS』
『FLARE THE CAT』
 次の瞬間だった。睦月はその炎を纏った弾を次々にばら撒き、ライアーを数拍驚かせた。
しかし肝心の弾が自分に当たらなかったのを良いことに、彼は「……はっ!」と再び勝ち誇
ったように唇に弧を浮かべて──。
「んぎゃッ?!」
 いや、当たった。まるでライアーが油断したその瞬間を狙い澄ましたかのように、炎を纏
う猫型の光弾が、次々に彼の下に集結するようにして連打を食らわせたのだ。
「がっ……あっ……? な、何がどうなって……? ま、まさか。跳弾!?」
「ご名答」
 炎に焼かれてあちこちが黒焦げになったライアー。
 衝撃とダメージに倒れ、しかしややあってバッと起き上がったその時、彼はようやく自分
が何をされたのかを悟った。倉庫内という限られた空間の中において、猫型の炎の弾丸が猛
スピードで壁という壁を跳ね回っている。
「攻撃しても当たらないっていうんなら、間接的でも当たればいい。僕らの攻撃の意思を妨
害は出来たって、偶然に飛んでくるこの子達までは制御し切れないだろう?」
 お前、まさか始めからそのつもりで──ぎゃはッ?! 言おうとしたライアーのその台詞
を、再びキャット・コンシェルの跳弾達が襲って中断させる。大きく吹き飛んで焦がされ、
のたうち回っているその隙に、國子と冴島が筧の握っていた改造リアナイザを破壊した。同
時にバーナーも、召喚に必要な生体エネルギーの供給を絶たれ、仁に組み伏せられた格好の
ままデジタル記号の光を伴ってどんどん薄くなり……消滅する。
「く、くそっ! お前ら、始めから俺の能力に穴を空けるつもりで……」
 三度改めて頭を振りつつ起き上がり、ライアーは忌々しげに呟く。
 そう、この一見掠りもしなかった無数の石盾は、何も自分に向けられた攻撃はでなかった
のだ。始めからこの一手は、跳弾から筧を守り、且つ視界を封じる為のもの……。
「舐めるなよ! ならもう一度、お前ら全員に──」
 だがそう焦り、逆上して再び能力を使おうとしたことが、彼にとって決定的な敗因となっ
てしまった。両手をパァンと合わせようとした次の瞬間、側面からこの両手を覆うように粘
着性の弾丸が撃ち込まれ、破裂したのだ。
「ぐっ……!?」
 その主は、同じくこの砕け散った石盾の中に紛れた、Mr.カノンに長銃を構えさせ引き
金をひいた宙と、その弾道を計測してサポートする海沙及びビブリオ。
「くっ、そおおおおおおおーッ!!」
 ライアーは思わず叫んだ。また相手の策に嵌ってしまった。こんな粘々に両手を絡め取ら
れてしまっては、例の能力が使用できない。
『打たせる訳がないだろう? 前回の戦いで、お前の能力は解析済みだ』
 睦月達のインカム越し、通信の向こうからそうこの一部始終を見ていた皆人の、淡々と酷
く落ち着いた声が聞こえる。それはまさに、ライアーにとっては最終宣告にも等しかった。
『お前の能力はいわゆる“言霊”だろう? 尤もお前の場合は“嘘を現実にする能力”──
引き出したい効果と“逆”の表現を使っていたのがその証拠だ。晴れと言えば雨になり、攻
撃が当たると言えば当たらなくなる……。筧刑事に無理やり改造リアナイザを使わせていた
のも、その応用だ』
「……」
 有無を言わせぬ口調。通信越しに聞こえる、顔の見えない奴らの仲間。
 だがそれ以上に、ライアーはどん底に突き落とされていた。自分の能力の秘密が、そこま
で見破られていたなんて。
『対象の意思に拘わらず、結果を引き寄せる──因果逆転とでも言うのか。以前出くわした
プライドと、似た系統だな』
『ええ。だけどあいつの能力も、彼の能力も、決して万能じゃない。強力な分、同時に幾つ
かの制限を負わなければならないわ』
 そんな皆人の語りに、香月らも加わる。國子や海沙、宙らはぐったり気を失ってしまった
筧を抱え起こし、冴島の肩に乗せてあげていた。睦月や仁も、これでもう遠慮する必要はな
くなったと言わんばかりに、この両手を粘着弾で封じられたライアーに向かって歩き出す。
『例えばプライドは、能力発動に“相手からの害”が必要だった。それは“判決”という形
で行使するという性質上、どうしても避けられなかったのよね。だから必然的に、能力自体
がカウンター型のそれにならざるを得なかった』
『お前もそうなんだろう? 俺達の推測では、お前が発動させた効果を維持できるのは精々
同時に三つか四つ──内容の大小にもよるが、それ以上はお前自身の“メモリ”が制御し切
れない筈だ。先に筧刑事に改造リアナイザを使い続けるよう、言霊を掛けていた分の効果を
消してしまわないように、睦月達との戦いでは内容を“限定”したんだろう?』
「……っ」
『おかしいと思ったんだ。そもそも発した言葉と逆のことを現実にできるのなら、最初に睦
月や冴島隊長と戦った時に、一撃では“死なない”とでも言えば済んだ筈だからな』
 バレてるぅ──?! 言葉にこそ出さなかったが、ライアーは内心大量の冷や汗をかいて
硬直していた。どんどん退路を塞がれていた。
 も、もう駄目だ。隠し切れない。というかもう、意味がない。
 だって能力の正体自体見破られているし、そもそも発動の──。
『それと……。お前は能力発動前、手を叩く動作を取っていたな? あれはおそらく、音を
放って聞かせた者へ、暗示を与える為だったんじゃないか? 事実、初戦の場に居合わせて
いなかった天ヶ洲の攻撃はこうしてヒットした。これでもう、お前の力は使えない』
「……っ!? ……?!」
 もう隠し通せる訳もなく、ライアーの大きな大きな唇が歪む。
 以上だ。さもそう打ち切るように止んだ皆人の声を合図にして、この詐欺師の怪人を囲ん
でいた睦月達が、次々に必殺の一撃を叩き込む体勢に入った。「ま、待ってくれ……!!」
必死に叫ぶ彼の姿を、EXリアナイザを持ち上げた睦月が面貌越しに睨んでいる。
「何を待つっていうんだ。お前だけは……絶対に許さない」
「ひいっ?!」
 彼に殺された、度重なる監禁と暴行を受けた由良や筧の姿を脳裏に描いて。
 チャージ! 睦月は必死に怒りを声色の奥に押し込めて、最後のコールを叫んだ。自身の
纏うパワードスーツの胸元のコアから、赤い大量のエネルギーが流れを作り、EXリアナイ
ザの銃口へと瞬く間に溜まってゆく。
『MAXIMUM』
「これで……っ!」
「終わりだあ!」
「由良刑事の……刑事さん達の仇ッ!!」
 更にMr.カノンの砲撃最大出力と、デュークの迸るエネルギーを纏った投槍。三対の魔
法陣を模した中空のディスプレイから放たれる、ビブリオの光線掃射。睦月の構えた銃口、
燃え盛り牙を剥く巨大な猫型の、渾身のエネルギー弾と共に、面々の一斉攻撃がライアーの
身体を侵し尽くす。
「ぎゃああああああああーッ!!」
 炎の猫型弾に噛み千切られ、砲撃と光線、投槍に貫かれる。瞬く間にライアーの身体は膨
大なエネルギーの中で粉々に分解され、刹那爆発四散した。
(畜……生……)

 倉庫内には、やがてそれまでの激戦が嘘のように、静寂だけが戻った。但し筧の保護と遮
蔽の為に、ジークフリートが生成した石盾の残骸達は、戦いがあったという事実を伝えるが
如く、辺り一面に転がっている。
「……ふう」
「倒せた、ね。何だか虚しい気もするけど」
「気のせいだよ。散々他人をコケにしてきた奴だ。おあつらえ向きの最期だったろうよ」
 睦月達は、暫くその場に立ち尽くしていた。ライアーの姿は例の如く、影も形もなく消え
去ってしまっている。余りの激しい決着に、寧ろ筧に肩を貸していた冴島とこれを支える國
子が、少し唖然としていたくらいだ。
「……あっ、冴島さん。その、筧刑事は……大丈夫ですか?」
「ああ。リアナイザを引き剥がしたショックで気を失っているが、問題ない。きちんと手当
てをすれば、じきに目を覚ますだろう」
 少し気まずい。そんな空気を敏感に読んだのか、海沙がハッと我に返って振り返ると、冴
島達に問うた。確かに暴行された痕、物理的な怪我もあるが、重症なのはもっと心の奥の部
分だろう。
『……そうですね。ライアーも無事倒せたことですし、一旦戻って来てください。彼の手当
てと、何より証言が俺達には必要です』


 一体あれから、どれくらいの時間が経ったのだろう?
 筧はいつの間にか重暗く沈んでいた意識を、身体中の鈍い痛みと蘇る記憶の明滅によって
呼び覚まされた。だが何故だろう? あの時に比べれば──あの廃屋で目を覚ました時に比
べれば、今回は比較的マシな気がする。いや、もっと正確に表現するならば、こんな状況に
対して、すっかり冷めてしまったもう一人の自分が既にいるとでも言おうか。
「……ん」
 此処は、何処だ? 言葉にも出来ず問いながら、筧はゆっくりと目を覚ました。ぼんやり
と回復してゆく視界の中で、ベッドと包帯だらけの自身の身体を見、どうやらまた彼らに助
けられてしまったんだなと理解する。
 見知らぬ場所だ。白いタイルで統一された天井と壁。小奇麗にこそ保ってあるが、人工的
なそれで塗り固められた無機質な空気は、およそ地上が残す猥雑さとは思えない。だが飛鳥
崎の地下に、こんな空間が存在しているのか……?
「!? 筧刑事!」
 その時だった。はたっとこちらが目を覚ましたことに気付き、部屋の出入口にじっと控え
ていた──自分を監視していたらしい、二人組の男達が大層驚いていた。内心流石にムッと
なって睨み返していると、その内の一人が慌てて部屋の外へと出てゆく。どうやら内部全体
は中々広いようだ。廊下を駆ける靴音が響きながら、この彼が仲間達に知らせに走る。
「み、皆さん! 大変です! か、筧刑事が、目を覚ましました!」
 それから程なくして、筧はこの二人組や後から来た面々に連れられ、似たり寄ったりで複
雑な廊下を進まされた。妙な動きをしないように左右に張り付かれ、終始ムスッとした顔で
大きな横引きシャッターを潜ると、そこには冴島ら見覚えのある面々──皆人以下アウター
対策チームがこちらを見遣り、押し黙っていたのだった。
「……此処は」
 デカい。うちの署の情報室でもこれほど大規模なものはない。
 見渡せば、向かって正面奥の壁全てが大型のディスプレイ群になっており、飛鳥崎の各所
と思われる様々な地点の様子が映し出されている。それらを操作する専門のスタッフらしき
制服姿の者達を背に、椅子に腰掛けたリーダー格と思しきやけに大人びた少年と、対照的に
何故かばつが悪そうにこちらを直視できないでいる──以前、冴島とかいう男達と一緒に自
分を見張っていた少年がいた。他にも更に、いわゆるオタク風の小太りが一人、大人しそう
なのと勝気そうなのと、明らかに戦い慣れした佇まいの少女が三人。白衣を引っ掛けたべっ
っぴんさんと太っちょ眼鏡──何かしらの研究者っぽい集団もずらり。
「此処は俺達、アウター対策チームの地下秘密基地、司令室(コンソール)だ。ライアーを
倒した後、あんたを運んで治療させて貰った。こうして歩けるくらいに回復したということ
は、命に別状はないみたいだな」
 すると次の瞬間、誰にともなく投げた筧の疑問符に、他でもないリーダ格──同チームの
司令官・皆人が答えた。お前は……!? その歳不相応に淡々とした聞き覚えのある声に、
筧も思わず身構えてこの睦月ら面々を見渡す。
「まあ、あんたが此処に来たのはこれで二度目だが。もう覚えてはいないだろうが」
「……それはあの時話してた、俺と由良の記憶を消す前の話か?」
「そうだ。理解が速くて助かる」
 お世辞にも友好的とは言い難い雰囲気。
 二人は暫くの間、そうだだっ広い司令室(コンソール)の空間を挟んで睨み合った。睦月
や海沙、筧を連れてきた隊士らがおろおろと不安そうにこの両者を見比べている。
 案の定、皆人はあまり筧のことを歓迎していないようだった。事実一度は引き入れようと
したものの、曰く“刑事(デカ)の誇り”とやらで拒まれた──こうも改めて手間を掛けざ
るを得なかったという経緯もある。
 筧は深く深く眉間に皺を寄せたが、ここですぐさま彼らと乱闘を演じるという悪手までは
打たなかった。此処はいわば相手方の本拠地だ。対してこちらは自分たった一人。杉浦から
受けた怪我の手当てをして貰ったことを勘案しても、今事を荒立てるべきではない。
「……礼は言わねえぞ」
「ああ。解ってる」
 相変わらずピリピリとした空気だったが、それでも筧は國子や隊士達に勧められて、空い
た席の一つに腰掛けた。改めて面々からの自己紹介──中でも海沙や宙が、由良と直前まで
やり取りのあった元証言者だったことや、睦月が話にもあった守護騎士(ヴァンガード)当
人だということには、彼自身も大層驚いていたようだったが。
「──さて。俺達はこれから一体、どうしたものか……」
 とりあえず一通りの紹介と挨拶が済んだ後で、ふいっと改めて皆人が言った。かねてより
飛鳥崎に潜むアウターと戦ってきた睦月達と、当局の刑事として同じく数多の不可解事件に
ついて捜査していた筧。立場は違えど、その最終的に目指す所──敵は同じなのだ。
「? どうって……。こうして無事刑事さんを保護できたんだし、次はバックにいる連中と
冤罪の証明じゃないの?」
「口で言うのは簡単だがな……。睦月君。見捨てる訳にもいかなかったとはいえ、彼を保護
したということは、現状指名手配犯を匿ったことになるんだよ?」
 あっ……。静かに苦笑いを零す萬波に、睦月は思わず目を見開いて動揺してしまった。ち
らりと肩越しに筧の姿を見遣り、本人の「解ってる」と言わんばかりの無言の圧に、そのま
ま視線をUターンさせる。
「だが、彼をこちら側に引き寄せたことで、俺達の取れる手段は大きく変わった。これまで
の戦いで、飛鳥崎当局──それも上層部に蝕卓(ファミリー)の息が掛かった者達が潜んで
いることは確定的だ。そして問題はその者が誰か? という点にある」
 筧刑事。皆人はそう至って真面目な声色と表情、眼差しで筧を見つめると言った。それを
合図に制御卓に座る職員達がディスプレイ上に幾つかの映像を再生する。これまでの戦いで
睦月達が接触した、アウター及び幹部達である。
 過去の膨大な映像ログから、敵の正体を文字通り暴き出そうというのだ。皆人の手招きに
応じて睦月達もディスプレイ群の前に集まった。筧も背後を囲む隊士達を一瞥し、仕方ない
といった様子でこの人だかりの中に加わる。
「これまでに俺達が遭遇した幹部は五人。改造リアナイザの売人・グリードとグラトニー、
スロースとラース。そしてプライドと、対睦月用と思わる黒い守護騎士(ヴァンガード)。
確か本人は龍咆騎士(ヴァハムート)と名乗っていたな。ミラージュの話では幹部は全部で
七人だというから、こいつを含めてもあと一人は残っている計算になる」
「少なくとも今回一番関わっているのは、プライドだろうね。僕達が旧第五研究所(ラボ)
に捕まっていた時、あのゴスロリ服の彼女──スロースが言っていたよ。ライアー達はその
プライドの部下だと」
 だから彼を追討すれば、背後にいるその幹部を、敵の全容をもっと具体的に掴めるのでは
ないかと考え、一連の作戦に踏み切ったのだ。過去の戦闘ログが流れてゆくのを仲間達と共
に見上げながら、皆人が言った。冴島も自身の記憶を引っ張り出し、少しでも予めの目星が
つけられるようサポートする。
「……黒い、守護騎士(ヴァンガード)。まさかあいつが……」
 早送りで流れてゆく、睦月達のこれまでの戦いの記録。筧がその中で名前の挙がったもう
一人の守護騎士(ヴァンガード)──龍咆騎士(ヴァハムート)こと勇が変身する姿を目の
当たりにして、少なからぬショックを受けていた。やはり生きていたのか……。それでも浮
かされるように呟いた次の一言は、自身の予感・直感を、改めて補完するものであったが。

「──??」
 もう絶対に死んだと思った。彼に殺されると思った。
 路地裏のより奥の暗がりに連れ込まれて、七波はぎゅっと目を瞑って縮こまり、自身の命
運が尽きる瞬間を待った。
 なのに……覚悟したその時は、一向に訪れる気配がなかった。
 中々激痛も来ないし、魂的な何かが吹き飛んでしまう訳でもない。七波はおずおずと、や
がてそのきつく瞑っていた目を開いてみた。ビクッビクッと震えながら、一体何が起きたの
だろうかと目の前の勇の様子を窺う。
「……」
 結論から言うと、外れていた。こんな至近距離からの拳鍔(ナックルダスター)だという
のに、彼はその一撃を七波のすぐ横の壁に打ち付けただけで、ビシリと大きくヒビ割れさせ
て抉っただけで停止していた。フードと前髪で表情を隠し、まるでゼンマイが切れたかのよ
うに硬直している。

「──おい。ちょっと待て」
 そんな最中だった。睦月達と暫く過去の戦闘ログを眺めていた筧が、ふとそう指示を出し
てきたのだ。
 流れていたのは、ミラージュと二見の事件。ちょうど蝕卓(ファミリー)がその命令に背
き続けた彼らに痺れを切らし、幹部の一人・プライドが直々に制裁に現れた際の攻防の一部
始終である。
「さっきの所、巻き戻してくれ。そう……そこだ。そこの映像と音声をもう一回」
 皆人達が、指示された職員らが思わず目を見開き、言われるがままにそのシーンを何度も
巻き戻しては再生する。逃げ回り続けるミラージュや二見、睦月らを悠然と追いながら、強
者の余裕でもって語り掛けている部分である。
「……やっぱりだ。ちょっとばかりくぐもってはいるが、間違いねえ」
 そうして筧は呟いたのだった。この拡大されて粗くなった画像の中のプライドを、何度も
何度もじっと食い入るように見つめ、自身の記憶の中と照らし合わせながら、彼は遂に決定
的な証言を口にする。
「このプライドって奴の声──白鳥だ」
                                  -Episode END-

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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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