日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「傍目談」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:化石、蜃気楼、楽園】


 今年の糞暑かった日々も、度重なる嵐で無理くり拭い飛ばされ、かと思えば肌寒いくらい
の中途半端な秋雨が連日降り続いている。
「ただいま戻りました~」
 その日も相澤は、このとあるアパートの一室を訪れていた。いや、ちょうど買い出しから
戻って来た所だった。小雨の中、軒下で濡れた傘をしまい、手首に提げたコンビニのビニー
ル袋がカサカサと揺れる。
「──」
 中に入って奥の間を覗くと、一人の無精髭の男が両手を後ろに組み、ぼうっと椅子の背も
たれに体重を預けて目を細めていた。やはりこちらの声は聞こえていないようだ。
 心此処に在らず。正面は何もない壁なのにじっと目を細め、彼は一人無言で思索を巡らせ
ている。あるのは机の上のPCと、付箋だらけの資料用ノートが数冊。テレビは部屋の隅に
こそ置かれてはいるが、長らく使っていないせいかすっかり埃を被ってしまっている。
「先生、飯買って来ましたよ。置いとき……ますね?」
 覗き込んだ傍から隣のリビングに歩いてゆき、相澤は一応改めて呼び掛けながら、この買
って来た二人分のコンビニ弁当を安物の硝子テーブルの上に置く。
 くしゃり。その音か、相澤の気配に気付いたのか、すると次の瞬間この無精髭の男がこち
らを振り向いた。半分寝起きのような、若干機嫌の悪そうな表情(かお)こそ覗かせたが、
次にはなりを潜めていつものダウナーなそれになる。
「おう、ご苦労さん。ちょうどいいや。食うか」
 椅子に座ったままぐぐっと伸びをして、この男・一ノ瀬はのっそり立ち上がるとこちらへ
と歩いてきた。作業用のPCは点けっ放しだ。画面には途中で放り出された文章の列が、じ
っとカーソルを点滅させながら次の命令を待っている。
(……やっぱり捗ってないみたいだな。邪魔しちゃったか……)
 この部屋の主・一ノ瀬はいわゆる小説家だ。尤もプロデビューこそしているが、世間的な
知名度はほぼゼロに等しい。大抵の同業者自体、そんなものだろうが。
 相澤はそんな中、ひょんなことから彼と知り合い、彼を「先生」と呼んで教えを請うてい
るいち作家志望の青年である。
 ちらっとこちらに向かってくる一ノ瀬と、その後ろの原稿の進み具合を見て、相澤はそう
内心で進捗を判断した。あからさまにこそ感情に出さないが、この手のタイミングやらスト
レスといったものがどれだけナイーブなものかを、彼自身も理解はしているつもりだ。
 それでも当の本人は、どうやら気分転換というか、一旦切り上げてしまおうと判断したの
だろう。いつものように安物の硝子テーブルを挟んで、夕食のコンビニ弁当を広げる。店で
レンチンして貰ってあるから、まだ中のおかずやらご飯は温かさが残っている。
「いただきます」
「ん……。いただきます」
 二人は暫く、無言のままこの出来合いの飯を口の中に放り込み、頬張り続けた。実際には
もっと時間が経った後──胃腸が消化した後になるのだろうが、食事を摂り始めた瞬間とい
うのは、やはり全身にエネルギーが充填されるような心地になる。
 尤もそうだからといって、いざ書けるのかと言えば全くの別問題なのだが。
「そう言えば帰り道、流田(ながた)の方に寄りましてね」
 ちょうどそんな最中だ。ふと思い出したように、相澤が咀嚼を挟みながらそう会話のネタ
を引っ張り出したのは。
「今日もやってましたよ、デモ。国会の前、凄い人でした。ずっと雨降ってるのに、合羽や
ら傘やら差してプラカードを抱えて……ご苦労なことです」
「……ふぅん」
 首相のとある疑獄から端を発した政権打倒の運動は、ここ一ヶ月ほど大きな山場を迎えて
いる。野党勢力の追及の中で次々と明るみになった汚職の連鎖は、今や連日の大規模な辞任
要求デモへと繋がってしまった。
 尤も自分達のような、場末のフリーターなどには縁遠い話ではある。基本的にああいう手
合いとは、暇人なのだと相澤は思っている。そんな運動に注ぐ熱量の持ち合わせがあるのな
ら、是非とも自分に譲って欲しいものだ。こっちは書きたくても遅々として進まず、そもそ
も自らが突き動かされるような材料を見つけられずにいるというのに……。
「やっぱりあのまま、倒閣ってオチになっちゃうんですかねえ? そりゃあ今の政権にも黒
い所は色々ありますけど、上がひっくり返されて混乱だけが残ったら、皺寄せを食らうのは
僕達の方でしょう?」
 そうして暫くぶつくさと。野郎二人で黙々とテーブルを囲むよりも、雑談の一つでもあれ
ばいいやと、相澤はそれくらいの認識で考えていた。
「……」
 だが対する一ノ瀬は、違ったのである。もきゅもきゅと唐揚げを熱でしなっとなったサラ
ダと一緒に咀嚼しつつ、一旦これを飲み込んでしまうとこちらにピッと指を差す。
「そういうとこだぞ」
「えっ?」
「そういうとこだってんだよ、お前の足りないとこは。まぁお前がノンフィクションに転向
しようってんなら、話は別だがな」
 元々ダウナーがデフォルトで貼り付いているような人間で、尚且つ今は口元にご飯粒やら
何やらがついたままになっている。
 だが相澤は、割り箸を握った手のまま自分を差してきた彼の意図に、すぐに気づいた。
 そういう所。足りない所。
 自分の、作家としての目指すべき所……。
「何で口に出す? 何で俺に話す? その“感情”を、小説に書けよ。どれだけ論理的に弱
くったって、それは今お前の持ってる唯一のモンだろ? 他人にくっちゃべってる場合か?
大体、俺はお前からすりゃあ商売敵だぞ。もし今の話から俺がネタを拾って、書いちまった
らどうする?」
「すっ、すみません。でも、僕はまだ、アマチュアですし……」
「関係ねえよ。俺がデビュー出来たのも偶々だ。出来たって、結果が出せなきゃ切られる」
 つい反射的に謝ってしまったが、一ノ瀬の不機嫌もとい説教は止まらなかった。ただでさ
え筆が滑らない状況で迂闊なことを口走ってしまったものだから、余計に先生の癪に障った
のだろう。相澤はそう思い、謙遜しようとしたが、返ってきたのは自分にも他人にも厳しい
そんな現実(ひとこと)だ。
「どんなに綺麗事を並べようが、俺達は結局、面白い話を先に書いて、出したモン勝ちなん
だよ。そこにプロもアマもねぇだろうが」
「……はい」
 相澤の師匠・一ノ瀬は変わり者だ。有り体に言えば、昔気質の作家とでも言おうか。
 そんなある意味で型破り、自分にはないものを色々と持っているからこそ、相澤も憧れた
のが──いざこうして半ば押しかけで弟子入りを果たしたが故に、見えてくるものがある。
 先ず第一に、彼はおよそ作家としての地位や名誉といったものに無頓着だ。本当にただ自
分が書きたいから書いているのであって、後から付いてくる評価を寧ろ表に出して言及しな
いようにしている節さえある。
「……前にも一回、話したと思うんだがなあ」
 しかしだからこそ、相澤は自身と彼の間の、決定的な違いにも気付き始めている。
「まぁいいや。気晴らしついでに、もっかい話してやるよ」
 すぐ目の前に居るのに、見ていないような。
 例の如く薄く凝らした目で食い終えた口元を拭うと、一ノ瀬はおもむろに立ち上がった。
相澤が戸惑いと、頭に疑問符を浮かべている隙に、一人そそくさと冷蔵庫から缶ビールを取
り出してくると、再び目の前に座り込んで語り出す。
「お前は何で、小説を書いてる?」
「えっ? それは……物語で他人を喜ばせたり、励ましたり──」
「だーかーらー。それがそもそもの間違いだっつってんだよ。というより、お前は小説って
モンに理想を持ち過ぎだ。いや、小説に限らず創作物全般に対してか」
 そうビシッと指差してきてから、勢いよくプルダブを開けて一口。
 相澤は急に始まった彼の饒舌ぶりに、思わず居住まいを正していた。彼からまた教われる
という期待と、こうした場面──酒の力を借りる彼の姿に、見覚えがあったからだ。
「藝術っつーのか? 俺は自分らがそういう括りで“理解された風になる”のが大嫌いなん
だよ。俺には俺が書きたいものがあって、だから書いてきた。それをある日突然訳知り顔の
連中が寄って来て、貴方の作品は素晴らしいだとくる。メッセージ性とか、感動とか、何で
書いてる俺本人が特に思ってなかったことまで、そう大層に言い切れる?」
 ぐびぐびと。どうやら今日は、いつにも増して鬱憤が溜まっていたようだった。
 相澤は只々黙って聞くしかない。原稿が進んでいないのもあるのだろうが、目の前のこの
不甲斐ない弟子と──今の小説家という存在を取り巻く世の中について、彼もまた少なから
ぬ“感情”を持っているのだと。
「俺はな……作家ってのは因果な商売だと思ってる。お前はどうも、この仕事が如何にも人
を感動させて、導いて、世の中の役に立つモンだって頭があるようだが……そんな高尚だの
何だのなんざ反吐が出るね。だってそうだろう? 何々さえあれば、何々さえなければこの
世の中は良くなる。理想の社会になる──そんな遠くの手の届かない幻ばかり掴もうとして
どうすんのさ。俺達にあるのは、今この時だ。目の前にあるこの現実を生きる以外に方法な
んざねえ。それをあたかも捨てられる、此処が“本当”じゃないとのたまって、他人をさん
ざ引っ掻き回しては右倣え右させる……。そんなのが商売として成り立つのは政治家や宗教
家、聞屋──詐欺師の類ぐらいだ。他人がどう受け取ろうがそりゃあ勝手かもしれんが、自
分の言葉で相手を変えられる、社会を変えられるってのは高慢ちきな発想さ。だからもし、
そういった向きを騙し隠す、方便のあれこれを高尚って呼ぶんなら──俺はこっちから願い
下げだ。俺達作家は、例外的にそういったエグさを許されてるって自覚がなきゃいけねえ」
「……」
 だから彼は、ある意味能動的に“孤独”にならざるを得ない。
 彼に弟子入りして二年、相澤が気付いたのはそこだった。自らの営みをあくまで私的な感
情やその為の理屈だとし、みだりな周りからの賛同・称賛を嫌う──それ自体を目的とする
ことを悪とさえ断じている。
 相澤は思わず、静かに唇を結んで堪えていた。
 自分が書きたいから書いている。それはつまり、評価され続けなければならないという、
プロを続けるのならば避けては通れない命題としばしば対立するスタンスだからだ。時には
先方の求めに応じ、こちらの我を抑えなければならない。だが彼はその点において、酷く不
器用だった。事実そんな自身の主義が祟ってか、彼はデビューこそ果たせど、今まで特筆さ
れるほどの大ヒットを飛ばしたことはない。もっと言えば彼も、そんなその他大勢のプロ達
と同様、埋没しては人知れず消えてゆくであろう一人なのだ。
 ……それが、相澤には酷く悔しくて堪らなかった。
 この人は、こんな面白い小説を書くのに。自分の感情を揺さぶってくれた、稀有な出会い
の紡ぎ手であるのに。
 なのに彼は、そんな自身の職業を、因果な商売だという。
 弟子入りしてからというもの、何となくその言わんとすることは解らなくもなかった。彼
が人並み以上に怯え、しかし書くことを止められなかった人間であるということも。
 ……だからこそ、他人事とは思えないし、その熱量に惹かれ続けている。
 確かにそうだった。前にも一度、こうしてガッツリと創作論を教えて貰った時も、先生は
最後まで自らの仕事をひけらかして誇ろうとはしなかった……。
「ま、だからって縮こまってろっつー話じゃねえんだ。お前はお前の思うことを書けばいい
んだよ。ただな……そうやって妙にキラキラした意味を付けたがる奴がいたり、逆に重箱の
隅を突いて殴り掛かってくる奴もいるから、実際それぐらいの頭でようやく帳尻が合うって
だけの話さ。特にお前みたいな糞真面目な野郎は、そう多少ひねて構えとかないとすぐに潰
れちまう。お前と最初に会った時から、俺の勘がそう告げてるんだ」
「先生……」
 ぐびぐびと、何度も何度もを喉を鳴らして。
 一ノ瀬は自らも整理するように語りながら、どんどん缶を開けるスピードを速めていた。
 それだけ酒の力を借りなければ、語り切る自信も決意もつかなかったのだろうか? 改め
て差し向かいに話してくれた、自分を心配してくれたらしいその言い口に、相澤は思わず胸
の奥が熱くなる。
「……ともかくアレだ。お前は他人に評価の軸を委ね過ぎなんだよ。もうちっと自分の側に
でっかいそれを刺してみろ。そうすりゃ多少は、書きたいものと書くべきものの区別くらい
付けられるようになる。これはってモンが一つくらいは出てくる。それを後生大事に守るの
か、お前自身の成長に応じて変えるのかは、その時の判断だがな」
 粗方ビールが空けられるまで、相澤は暫くじっとそんな彼の様子を眺めていた。じっと心
の中で言葉を反芻し、散らかり放題だった自分の中の“材料”を視認しようとする。
 ……少しだけ、光が見えた気がした。
 だがその一方で、対する一ノ瀬のそれが、後ろ姿が不意に暗く青黒くなってゆく。
 ……嗚呼、そういうことか。
 だから逆に先生は、ついて行けないんだ。如何に他人に委ねてその声に応えるかで競い合
っている、今の時代の作家像に──。
「よっこら、せっと……」
 ちょうどそんな時だった。ぼうっと座ったままだった相澤のすぐ向かいで、一ノ瀬が再び
のっしりと立ち上がった。
 缶ビールはもう全て空になっている。彼自身もいい感じで酔いが回って来たのか、頬が朱
を帯びており、何となく上機嫌だ。ぐりぐりと腕や肩甲骨を回してストレッチをしつつ、奥
の間に戻りながら、肩越しにこちらを見遣って言う。
「じゃあ、執筆に戻るわ。お前も書け書けー。こんなオッサン相手に時間を潰してる暇なん
ざねえぞ?」
 そして次の瞬間、束の間。
「……つーか、教えるのが上手い奴なんざ、他にごまんといるだろうに……」
 相澤に聞こえないくらい小さく、困ったように静かにごちて。
                                      (了)

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  1. 2018/09/23(日) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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