日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「花束を」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:花、プロポーズ、少女】


 初めて遠巻きにその娘(こ)を見た時、彼は一目で彼女を好きになりました。

 同じ村に住む活発な女の子です。やや赤みのある、首筋よりやや短めの髪と着物を揺らし
ながら、今日も他の子供達と一緒に遊んでいます。
 彼は、代々この村一帯を守護する一族の出身でした。それ故に普段から、村の中にいなが
ら他の村人達と直接関わることは少なく、物心ついてからというもの、彼のセカイとは即ち
屋敷の窓から見える景色そのものだったのです。
『……』
 彼は憧れていました。外の世界、この村の人達という他者に。
 ですが、それは終ぞ許されませんでした。厳格な彼の父は一族の使命を重んじ、その責を
また彼にも押し付けよう──無事に継がせようと必死だったのです。
「八重(やえ)-、見て見て~!」
「わあっ。綺麗なお花~」
「でしょう? ねぇねぇ、これで花飾りを作ろうよ。“御柱様”にあげよう?」
 だからこそ、自分とは対照的に自由である彼女らが眩しくって。
 窓の中から彼は、彼女がそんな子供達の中心にいるように感じていました。穏やかな春の
日和に誘われて、色とりどりに咲き誇る草むらの上。そこに呼び掛けられてちょこんと座る
と、彼女らはニコニコと楽しそうに摘んだ草花で冠を結んでゆきます。
「これでよし、っと……」
 そうして彼女らは、出来上がった花飾りを村の一角に祀られている古い石像の頭に掛けて
あげました。尤も像自体は子供の身長よりも低い小さなものなので、冠はずり落ちて首輪の
ようになってしまいましたが。
「あらあら、あんた達も御柱様にお供えかい? でも流石に、それはちょっと可愛過ぎやし
ないかねえ……?」
 居合わせた村の小母さんが、思わずそう苦笑いを零していました。確かに石像は厳めしい
男神の顔をしているので、少しちぐはぐな感じがします。彼女もまた供え物とお祈りに来た
らしく、手にした風呂敷からぼたもちを数個小皿に乗せてこの前に置くと、そっと手を合わ
せ始めました。
「御柱様はね、昔々この村一帯がまだ戦で不安定だった頃、この地に降り立って争いを鎮め
てくださったのさ。結局その時に力を使い果たして、長い長い眠りに就いちまったって云わ
れてるけどねえ。……だからあんた達も、無暗に御柱様を刺激しちゃあいけないよ?」
 はーい! 彼女達は、そうこの村の大人に言われて素直に返事をしていました。ぼたもち
と花飾りと。それぞれが持って来た供え物を石像の前にそっと置いて、皆暫くの間、静かに
祈りを捧げます。
『……』
 彼はフッと、そんな彼女達の──村人らの姿を眺めて頬を緩ませていました。口元に優し
げな弧を。こうして見ている自分のことを、きっと彼女は気付かないのだろうなと、今まで
通り何処かで諦めながら。
(? 待てよ……)
 しかしそんな時、ふと彼は思いつきました。
 彼女らが祈りを捧げる際に──誰かを想う際に何かを供えるのなら、自分からも同じこと
ができるのではないか? せめて此処にいるよと、伝えられるでのはないか?
 故に、彼は次の瞬間思わずその場から立ち上がっていました。
 窓際の明かり、反転して彼の姿を隠す影。
 一旦いつまでも愛でていたい彼女から目を離すと、彼は早速動き始めます。

「? 何だろ、これ……?」
 それからの事です。彼女の──村の少女・八重の自宅に毎日、一輪の花が置かれるように
なったのは。
 一番最初にそれを見つけたのは、彼女の妹でした。水を汲もうと表に出た時、ふと軒下の
踏み石の上に、ちょんと赤い小さな花が添えられるように置かれていたのです。
「お母さん、お父さん、これなーに?」
「うん? 花……?」
「あらまぁ、綺麗ねえ。摘んできてくれたの?」
「ううん。今外に出たら、置いてあったの」
 妹からの呼び声に、父や母、祖父母や八重当人も出て来ました。最初こそこの幼い家族が
ささやかな贈り物をしてくれたのかと思いきや、どうやらそうではないようです。
 確かに見た目は小さく可憐で、鮮やかな赤い花。八重が特に好きな花です。
 彼女は妹からこの誰からでもないというそれを受け取ると、暫く目を瞬きつつ、頭に疑問
符を浮かべます。
 ──ですが、異変は以降毎日のように続きます。
 朝家の誰かが起きてくると、そこにはいつも決まって同じ花が置かれています。八重が好
きだった、あの赤い小さな花です。最初こそ誰かの悪戯かなと頭の片隅に放り込んでおいた
程度でしたが、次第にこの不思議な現象に、段々彼女ら一家は気味悪がり始めたのでした。
「一体、誰の仕業だろう?」
「本当に、誰も置かれる所を見ていないのね?」
「奇妙なこともあるモンじゃのう。儂らは狐にでも化かされておるのか……」
 そしてこの噂は、やがて村全体にも広まってゆきました。
 偶々だろう。そんな気にすることじゃあない。
 いや、これはきっと何か良くないことが起きる前触れだ。何処ぞの妖が、この家を狙って
おるのやもしれん──。
「……」
 ですが誰よりも、不安に思っていたのは八重でした。
 なまじ自分が一番好きな花なのです。毎日丁寧に、家の軒先に置かれて続けているという
ことは、少なくとも自分を良く知っている人物の筈です。
 村の人間? 普段遊んでいる友達の誰か?
 まだ齢十二を超えたばかりの少女にとって、それは大層な恐怖でした。届けられるそれが
自分に全く関係のないものではなく、しかもかと言って実害らしい実害は無い──彼女の内
心の不安とは裏腹に、長らく村人達は不審がりこそせど、これといった解決策を中々見つけ
られないでいたのです。
「そりゃあ、確かに不気味だけどさ……。大体何でまた、土門さん家に?」
「見張りの人間と回数、増やした方がいいかもしれんな。これまで何度も張ってみたのに、
気配すらないし、望み薄ではあるが」
「全く、物騒になったモンだ。この村は、御柱様のご加護があるとばかり思ってたのに」
「……」

 更にそれから数年後、とうとうより大きく明確な災いが村を襲いました。
 日照りです。その年國中の広い地域が、猛烈な暑さにより、深刻な水不足に陥ってしまっ
たのです。八重らの暮らす村も例外ではありませんでした。最寄りを流れていた川もすっか
り干上がってしまい、作物は殆ど育ちません。
「くそっ! どうにかならねぇのかよ。このままじゃあ、俺達皆飢え死にだぜ……」
「國府に行って、助けを求めるか?」
「藩主様がはたして聞いてくれるかねえ? というか、そこまでの旅に必要な、水も食料も
ありゃあしないだろうがよ」
 うーん……。集会所に集まった村の男達は、悩んでいました。傍では給仕に控えた村の女
達も幾人かいますが、あまり発言はしません。ただでさえピリピリとした空気の中、不用意
に喋れば、今此処にある鬱憤が全て自分に向きかねないのですから。
「……この村も、お終いか」
「御柱様も助けてはくれない……。やっぱり昔話の通り、眠ったままなのか……」
 ですが、そんな時でした。ふと何気なく面々の一部がそうこの村の守り神の名前を口にし
た時、出席していた一人の老婆がカッと目を見開きました。村で長らく占い師をしている、
皆の知恵袋的存在です。何処か血走ったような、鬼気迫る表情で、彼女は言い放ちます。
「……やはりあれは、祟りの前兆じゃったのじゃ。悪しきものがこの村に、ひいてはこの國
中に災いをもたらそうとしておる!」
 故に村人達は、外の世界を知らないからこそ、この老婆の言葉に向き直って──。
「あれって、まさか」
「何年か前から続いてる、土門さん家の……」
「うむ。既に警告は出ておったのじゃ。急いで手を打たねばならぬ。今こそお眠りになって
おる、御柱様のお力を頼る他ない!」
 ざわざわ……。集まった村人達は戸惑いながらも、しかし“答え”が見つかったことで内
心安堵していたのでした。
 数年前から、村のとある一家の下で続いている怪事。毎日のように軒先に、その家の娘が
好いているという花を、何者かが知らぬ間に残していくという現象。これまで犯人の姿も見
つからず、実害も無い──こと今年になってその花さえ枯れ果ててしまったことから、彼ら
はすっかりそのことを忘れていたのですが……。
「で、でも大婆様。頼るってどうやって……?」
「供物を捧げる。それも、平時とは違う特別なものを、の」
『……』
 最初躊躇っていた村人達でしたが、そうじっと凄みを利かせるこの老婆に、ごくりと息を
呑むしかありませんでした。他に手段も──払える対価などお互い持ち合わせていなかった
のですから。
「人柱を捧げる。八重といったかの。ちょうどあの子も、良い歳になっておろう?」

「──嫌、嫌よ!!」
 はたしてそれは、本当に手に余る目の前の災いを解決する為だったのでしょうか?
 明確な証拠は何処にもありません。ですが、後から思えば推測は幾らでもできます。
 かねてより八重の家──土門家は、村においていわば距離を取られる存在でした。例の赤
い花が毎日届くようになってから、不気味に思った村人達がこの一家には何かあるのだと信
じ込み、少しずつ付き合いがなくなっていったからです。
 ただでさえ村全体の食える量が減っている。そこにきて、そんな“邪魔者”がいる。
 大義名分は充分でした。ちょうどこの歳、十六になった八重は、当時においていわゆる適
齢期でした。生来からの勝気な所は昔のままでしたが、彼女はすっかり美しく成長していた
のです。
 勿論村の大人達からそんな話を持ち掛けられた時、当の八重は猛反発しました。要するに
それは、保証もないままに死ねと言われているようなものだからです。
 ですがもう、彼女ら一家に実質的な拒否権はありません。祖母や両親はとうに自分達が忌
み嫌われてしまっていることを悟っていました。下の妹の方は、大好きな姉が何処かへ行っ
てしまうのが嫌で、まだそこまで諦めの境地に至ってはいませんでしたが、それでも弱った
一家の精神は救いを求めていました。
「分かっているよ。でも、仕方ないんだ……」
「お願い、八重。ふりだけでもいいから。お金は工面するわ。だから、そうした後で何処か
遠くの町に……」
 必死に抵抗する娘を、両親は哀しみながらも説得しました。
 これで少しは、皆からの扱いもマシになるんだろうか? そんなおよそ人の親とは思えな
い思考を、算盤を、心の何処かで弾きながら。
 かくして村の少女・八重は、村人達が見守る中、守り神が祀られている社へと一人入って
行きました。ずっと昔からある、苔むした石造りの建物です。中は延々と地下深くに繋がっ
ており、彼女は手にした提灯の明かりだけを頼りに、これを進むしかありません。

『皆が帰ったら、鍵を開けに来るからな?』
『それまで待ってて。一緒に、村を出ましょう』

 はたして両親の、家族のそんな言葉をどれだけ信じればいいのか。そもそも社の鍵を預か
っている大婆様から、どうやって取り返すのか?
 ボロボロと、涙が溢れて止まりませんでした。やはり両親は自分を見捨てたのだ。少なく
ともそれで自分達は助かると、実の娘を売ったんだ。祖母も妹、そこまで露骨に賛同しては
いなかったけれど、こうも“包囲”されてしまえば助けるに助けられない……。
(……お婆ちゃん。撫子……)
 ギリッと唇を結んで、泣き出しそうな弱い自分を押し殺して。
 彼女は進みました。まだだ、まだ何処かに出口はある筈だ。こんな深くに建物を造ったの
だから、何処かにある筈。こんな所で人柱になるなんて、絶対嫌だ……。
『お? き、君は……?』
 しかしそんな時です。カツンと、社の最奥まで降りた時、彼女はふと提灯の明かりで見渡
していた辺りの一角から、見知らぬ声がしたのを確かに聞いたのでした。
 男──の子の声? 誰かいる? 本当に御柱様? いや、でもだったら脱出する道を知っ
ているかもしれない。
 やけにくぐもった感じの声だけど……。八重は意を決して、その方向を照らしました。
『嗚呼、やっぱりそうだ。君だ。来てくれたんだね……』
 それは、彼でした。幼い頃からずっと彼女の姿を追い、愛してきた村の守護者の子。何と
か自らの想いを伝えたくって、彼女の好きなあの赤い花を、人間のそれと真似て送り続けて
いた張本人。
「──ひっ?!」
 ですが当の八重は、そんな彼の姿を見た瞬間、今まで見せたこともないような青褪め絶望
した表情(かお)でその場に尻餅をついてしまいます。手にした提灯が、ガサリと落ちて冷
たい石畳の上に明かりを燃え広げさせてゆきました。
『ど、どうしたの!? ごめんね、びっくりさせちゃったかな?』
 はたして──その理由は単純明快だったのです。
 彼は“人間”ではありませんでした。この社の地下に館を構え、代々村とその周辺を見守
っていた神の一族。村人達からは、御柱様と総称されている存在です。
 その姿は、明らかに異形そのものでした。人間を遥かに超える硬質の巨体に、独特の意匠
をした獣の仮面。その後ろからは、長く白銀の髪が伸びています。
「ひいっ! ひいっ……!!」
 彼女は故に、自分の楽観的な考えが全て間違いなのだと結論付けていました。
 御柱様──化け物は本当にいて、自分を生贄に選んだのだと。このまま自分は、他の村人
達を騙して逃げることも、叶わないのだということを。
『えっ、えっ? そ、そんなに怖がらないで。僕は君の味方だよ。ずっと君のことを見てい
たんだから。……嬉しいなあ。まさか本当にわざわざ会いに来てくれるなんて。でも父さん
は何も、こんなの話してくれなかったけど……』
 異形の仮面ごと、そう声色だけは何処か年若い少年のように穏やかで、はにかみます。
 そうだ……。思い出すように彼はごそごそと懐を探り、あの赤い花の束を彼女に差し出し
ました。腰を抜かして震えるこの彼女を、落ち着かせようと。そしてずっと抱いていたこの
感情を今こそ打ち明けようと。
『改めてこんにちは。僕はヤム──』
「嫌ぁぁぁぁぁぁーッ!!」
 君の好きな花束を。
 しかし、彼がその大きな手にちょこんと摘まんだ真心は、次の瞬間他ならぬ彼女の絶叫に
よって叩き落とされます。
                                      (了)

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  1. 2018/09/16(日) 00:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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