日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(雑記)変わり、拘り、迷う

\_へ( =△=へ)<PC、新調しました。

いやまぁ、かねてより本体のキーボードが幾つか利かなくなっていたり、イヤホンジャック
がしっかり挿さらなくなっていたりと、あちこちガタが来ていたのを外付けキーボード等で
延命していたのですが、先日それさえも認識しないようになってしまい……。こりゃあもう
替え時だなと、えいやと貯金を崩して(再来年にはサポートも切れることだし)買い替えを
していた次第です。

なので、この執筆+αの機体(マシン)はwin7から、必然現行最新のwin10に。

……使い難い。当然っちゃ当然だけど、ゴロっと仕様が変わってるモンだから、違和感しか
ないの何のって。
こういうPCなどのハードも、SNSなどのソフトもそうなのですが、どうもこの界隈の最先端
って、どうしてこうも“オサレ”にばかり突っ切ってしまうのか。新しいもの、便利なもの
にしたいという意欲は伝わりますが、基本的に人間って保守的というか慣れ親しんだ環境に
思い出補正がありますからねえ。使い勝手が違うのはまぁ百歩譲ってこちらが弄ってゆく内
に慣れ直してゆけばいいんだろうけど、一方でその新しい仕様を「強制」する──そうじゃ
ない以前のそれを容赦なく選択肢からすら排除するってのは(されたように感じる強引さで
もってというのは)正直好かんのですよ。……仕方ないんですけどね。開発側からすれば、
幾つものバージョンを維持・管理し続けるのはコストが掛かるし、何より日々ハッカーなど
の悪意とも戦わなければならない。どうしても小手先の技術だけではなく、根っこの土台を
挿げ替えてゆかねばどうしようもないって局面は絶対出てくると思うので。
(でもいちユーザーとして戸惑いだらけなのもまた事実。自分みたいなヘビーユーザー寄り
の人間は、自分で調べて旧環境をなるたけ再現できるようカスタマイズのしようもあるが、
本当いわゆる初心者さん・ライトユーザー層はどんどん置いてけぼりだなあ)

……とまぁ、前提としてのインフラに携わっている方々への愚痴はこの辺にして。

そんな訳で先週いっぱいほどはこの買い替えの動きでばたばたし、あまりガッツリ書くのも
創ることも出来ませんでした。ツイッタ(小日記)やなろうさんの活報で先に言及しておい
た内容ですが、三題こそ書いた──原稿は用意しましたが、ユー録やサハラ~といった長編
系の執筆・更新は、定例の一週間のインターバルは終えていますが、来週末に延ばさせて貰
いたく存じます(ちょうどユー録が次回でもって一区切りし、プロット作成用の休載に入る
ため、来月以降のスパンに影響が出ずに済むとの算段からです。まぁどうせなら、買い替え
る前に一区切り付けたかったものですが……)
なるたけこの一週間で、新しいタイプ感覚やその他諸々の使い勝手に慣れようと思っており
ます。普段の遅筆に暫く余計な拍車が掛かってしまうでしょうが、ご容赦くださいm(_ _)m

……替えようと決めてからここんとこ、言い訳的な発言が多いなあ。

別に今に始まった事じゃない? そっか。


存外人間ってのは保守的。昨今のあれやこれやを観ていると、あながち間違っていないんだ
なと(自身の例を含めて)思わされることが少なくありません。

保守的、という言い方はアレかな? もっと厳密に表現するならば、冒頭のように個々人の
“思い出補正”ってものは存外に根強くて、侮れないというか。思想の左右──コンサバで
もリベラルでも、その考え方・価値観に一度寄って立ってしまうと、そこから外れた態度を
取れなくなる的な。己の置いた位置に固執しがちという意味での、保守的。

勿論、そんな(少なからず僕らの遺伝子に刻まれた)性質が良いか悪いかは、一概には言え
ないのでしょう。その時々に応じて、変われる者と変われなかった者、いわゆる時流に乗れ
たか乗り切れなかったかという、結果論でしか計れないのだろうと思っています。

ただ……少なくとも僕個人は、これで言うと後者の部類なんですよねえ。
PCは多少弄れるけれど、それはひとえに学生時代の友人らの影響を強く受けたもの。だから
か反面、スマホなどのモバイル系端末は(生来のインドア派も手伝って緊急の必要性を感じ
る機会が乏しく)未だに苦手というか、触り慣れない。ネット漬けの半生を送ってきたせい
でいわゆる一般人の取り上げる話題・流行には疎く、かといって件の友人らと出会ったのが
遅かったのもあり、現在のサブカル人属性の素養となるリアタイ視聴──などに基づく古典
知識ではどうしても後れを取る。何より一番の若い盛りを病臥で過ごしたモンだから、同じ
年代の人達に比べて人生の経験値すら足りない……。

だからこの三・四年、期せずして転がり込めた今の作業場(お仕事)でも気付けば古参の域
になり、色々と(将来のことも見据えて)任されるようになったのは、素直に考えれば渡り
に船な僥倖である筈で。

なのに何故だろう? 自らに問い掛けてみるに、やはりその渡りに船的な所まで来れたこと
に対する“安堵”よりも、同じぐらい──それ以上に「僕なんかに務まるんだろうか?」と
いう“不安”がどうしても悪目立ちする。油断すればこうやってすぐにむくむくと頭をもた
げてくる。流石に昔ほど、一個の選択肢しか視えないような視界狭窄には陥っていないとは
思うのだけど、如何せん未だに“確証”的なものがないと、軽やかに動けないというか。

僕の場合、保守的というか、今あるものが変容するということそれ自体を避けたがる傾向に
あるのかなあ?

“どうせ瓦解するのだから、そのコミュニティに深く関わりたくない(=その一部始終を目
の当たりにする、立ち会う経験が辛い)”という気持ち。それは根っこを抽出すれば、その
過程の中に「諍い」なり「不穏」なりを感じ取るからであって、やはりその個人的な厭を避
ける為に、どうもアグレッシブさというものをかなぐり捨てる──対局に在ろうと在ろうと
し続けているのかなあと。
ようやく今、自分の日々のルーティンが固まってきている。安堵が在る。
なるべくそれらを壊したくない。誰かに壊されるなんて尚の事。
でも、実際今の環境では、個々の言動でこの「居場所」の空気を損なう誰かが少なからず存
在する。或いはその個人そのものではなく、言動一個が事件として時折起こる。僕が、古参
という立場も借りてそこに苦言を呈するのは、やはり何もその人を思ってのことではないん
ではないか──結局は自分の過ごし易さの為、この普段押し込めたエゴの為ではないのか?
そんな人間に支援する側へと、大事なことを任せるなんて、大丈夫なのか? 資格などある
のだろうか?(精神的というか、心構え的な意味で。制度的な方はまぁ、既に言われている
通り、必要に迫られて勉強すれば何とかなる……と思いたい。どちらにせよ、そのモチベに
も関わってくる自問ではあるのだけど)

……要するにアレだな。多分、買い被られてると認識して震えているのだろう。確かに普段
僕は黙々と仕事をしている職人肌?だけども、その実はPCやネット、小説などの、世の中で
はごく限られたファクターにしか興味がない(にばかり関心を注ぐ)偏屈人なのに。もし仮
に誰かに求められた別の、新しいファクターに取り組むようになったと見えても、多分それ
は僕の中での既存の興味関心、或いは思考実験にとって良い刺激に材料になると解釈されて
取り入れられたから。求められたそれが、今いる自分の身分における“義務”だから。突き
詰めればとことん、自分という人間は利己的であって、他益──小説など創作活動における
エンターティナー精神とは別のチャネルにいるのだと思うのです。多かれ少なかれ、誰しも
がそうやって、打算と折衝の中で生きているにしても。

今ある状況が、そんな急に変わって欲しくはない。
でもそんな自分の「保守」の為に、誰かに変わって貰わんとするのは……はたして釣り合い
が取れていると言えるのか? そもそもここ暫く、また世の『議論』や諸々の時事──最早
目まぐるしく入れ替わり立ち代わりするダイナミズムに疲れて、距離を置いているというの
に、この先の仕事とはいえそんなピンポイントで突っ込んでいくというのも……。勿論、僕
らが関わることで、必ずしもその人が“変わる”訳ではないんですけどね。結局は本人の意
欲やタイミングというか、どれだけ自覚として切羽詰まれるかに掛かっていると考えている
ので(経験談)ただその……恐縮というか、心構えの問題というか。

……多分、実務的(制度的)なあれこれにはフォローが入るのでしょう。何せ自分は今まで
ろくすっぽ真っ当な勤め人をやった経験もないですし、公的・社会的なアクセス資源という
ものの持ち合わせがない。だからって始めから頼るってのも違う気もしますが……心配する
所はそこじゃないんだろうな、とは思っているのです。

つまりはある種の奉仕精神。
痛んだ他人と、その困難と苦悩に、本当に寄り添う覚悟があるのか? ということ。
昔はともかく昨今は別にそこまで「清く正しく」に囚われなくてもいい、私達だって人間な
んだからという言葉も露出するようになっていますが、それでも僕個人は未だにその辺りの
心構えの問題というか、そもそも自らの資格(適性)に対し懐疑的です。唯一の取っ掛かり
といえば同じ元痛んだ人間ではありますが、自分のそれと誰かのそれはそもそも全く違う、
相対ではなく絶対のものなのですから。あとなまじ自分が安定してきた分、しばしば心の中
で腹黒い──もしかしたら同族嫌悪のような感情(おそらくその正体は、上述のような環境
の空気を変えてしまう何かへの防衛反応?)さえ抱くこともある。そんなの……資格を問う
段階において駄目だと思うんだ。

(まーた話がふわふわしてるなあ。まぁ例の如く、書き物のリハビリではあるんだけど)

まだまだ、僕だって「完治」じゃない。慢心はできない。そもそもそんな状態に戻れるなん
て保証はないし、言ってしまえばもう決して──この先ずっと、自分の古傷を見つめ、闘い
続ける(宥め続ける)しか方法はないのだから。

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  1. 2018/09/03(月) 00:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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