日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「コンプレ」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:光、悩み、激しい】


 中込星司には、この世で最も苦手とする人間がいる。
 父親? 母親? 或いは先生、辛く当たってくる先輩か?
 いや、もっと身近と言えば身近な人物だ。なまじ付き合いが長いせいで、こちらの考えて
いることや行動パターンまでが読まれてしまう、そんな間柄……。
「おーい、セイちゃーん!」
 その日も、休み時間に自分の席でぼんやり気だるげに過ごしていた星司は、飛び込んでき
た彼女の声に思わずぎくっと身体を強張らせた。
『~♪』
 斜め向かい、教室の入口に立っていたのは、ふんわりとした雰囲気が漂う長い黒髪の女子
生徒だった。付き添いの──もうお互い見慣れた別の眼鏡の女子生徒が、僅かな苦笑いと共
にこちらを見ている。
 上城洸(ひかる)。星司の幼馴染で、一個上の先輩だ。その分け隔てない人当たりの良さ
と美貌で、学年を問わず人気が高い。
 そんな彼女が、満面の笑みでもって星司達のクラスを訪ねて来ているのだ。注目されない
訳がない。正直星司はだんまり無視を決め込みたかったが、周りのクラスメート、ひいては
通り掛かった廊下の生徒達も覗き込んでくるのだからそうも言っていられない。
 最早皆々には“恒例行事”となったそれを、或いはやはり嫉妬の眼差しを向けてくる野郎
どものそれを受けながら、星司は盛大に嘆息をつきながらも、重い腰を上げて彼女の下まで
歩いてゆく。
「……何だよ?」
「うん。さっき私達のクラス、調理実習だったんだけどね? はい、クッキー。セイちゃん
の分も作ってきたの」
 そう答える洸の表情(かお)には、全くと言っていいほどに邪気が無かった。ただ言葉通
りに、ちょんと可愛らしくラッピングされたクッキーの袋を差し出してくる。
『──ッ!? ──!』
 背後で、明らかにざわめく男子達の息遣いが分かった。
 か、上城先輩の手作りクッキー……。くそう、またあいつだけ……。ダダ漏れな野郎達の
欲望が聞こえていた。星司はやはりというか、うんざりしながら、およそ出来うる限りの渋
面をこの年上の幼馴染に向けた。
「……あのなあ。渡すにしても時と場合を考えてくれよ」
「うーん? でもセイちゃん、私が放課後に来ても先に帰ってるじゃない」
「それは……。べ、別に家帰ってからでもいいだろ?」
「えー。それだと出来たてじゃなくなるし……」
 しょんぼりと。洸は実に残念そうに呟いていた。良くも悪くも純朴なのだろう。その隣で
二人のやり取りを聞いていた付き添いの友人は、もうどちらのそれも慣れっこのように見守
ってはいたが。
「じゃあセイちゃん、クッキー……要らないの?」
「……。くれるんなら貰っとくけど」
 だから、そう彼女がそんなに泣き出しそうに残念がるものだから、結局星司はこのお手製
クッキーを受け取らざるを得なかった。うっ……。つい自分の中の罪悪感に駆られてしまっ
たと思ったのに、対する当の洸は対照的にぱぁっと喜んでいる。
「ふふっ、ありがと♪ 今度感想聞かせてね?」
 じゃあね~。一転上機嫌に星司に、間接的に後ろのクラスメート達に手を振って、彼女は
廊下の向こうに消えて行った。去り際そんな友をフォローするように、この付き添いの眼鏡
の先輩がフッと一同に軽く会釈をする。
 たっぷり数拍の間、星司達は唖然とした様子でその場に固まっていた。だがそれも結局は
束の間で、次の瞬間にはクッキーの袋を手にしたまま突っ立っている星司の下に、男子達が
わらわらと群がってくる。
「あー、いいなあ。先輩お手製のクッキーかあ」
「嗚呼、羨ましい……。何でいっつも中込だけ……」
「そりゃあまぁ、先輩と幼馴染だからなあ。くそっ、いいご身分だぜ」
「ああ……。何かこれだけでもいい匂いがする気がする……」
「っ、気持ち悪ぃな……。なら、お前らも少し食うか? どうせ俺一人じゃあちょっと量が
多いし……」
 だから、そんな偏愛的なファンの言葉にも思わず引いたが、星司はついっとこのクッキー
をクラスの仲間達にもお裾分けしようかと試みた。それは物理的と言うよりは、独占するこ
とで向けられる妬みの類を和らげたいからではあったが。
「えー。中込君、サイテー」
「先輩の気持ちを考えてあげなよー」
「本当、つくづくあんたには勿体無い人よねえ」
「……」
 どうしろってんだ。
 なのに今度は次々女子達からブーイングが飛んで来て、星司は思わず顔を顰めた。
 ちらっと男子達を見る。彼女達からの批判に不服そうにしている者もいれば、既に妄想の
世界にトリップし、クッキーの袋を見つめて頬を綻ばせている者もいた。
(だからあいつは苦手なんだ……)
 顰めっ面、その更に根深い感情の所で、そう星司は改めて思う。

 ──はたして具体的な切欠は、何だったか。
 おそらくは、もっと幼い頃だろう。尚且つ成長の過渡期にあった時分だ。
 ある時星司は、同年代の少年らに、洸とつるんでいることをからかわれた。それまでは家
が隣同士の、姉弟同然に育って遊んでいたのだが、小学校も中学年に差し掛かる頃には、そ
うした自分の当たり前が、周りの影響で“おかしい”ことのように錯覚させられた。
 言い換えれば、それだけ人並みに成長していた証でもあったのだろう。
 しかしそれまでの当たり前を否定され、子供社会の中で強い“恥”に晒された当時の星司
少年は、この一件を境に急速に洸と距離を取り始めた。疎遠になっていったのだ。
 少なくとも現在では、星司の方から話し掛けるということは殆どない。尤も、その逆の方
は相変わらずなのだが……。
『セイちゃん、セイちゃん♪』
 何より、当の洸自身が美しく育ち過ぎたというのも大きい。
 成長するにつれて、包容力のある美少女に育っていった洸と、一方でイマイチぱっとしな
いまま、根暗になっていった星司。
 それはひとえに、劣等感の裏返しでもあった。幼少の頃に芽生えた恥ずかしいという感情
が、成長するにつれて対照的になる彼女を見つめながら、次第に拗れに拗れていった結果な
ぬであった。
『セイちゃん、セイちゃん♪』
 ……眩しかった。彼女に声を掛けられる度、昔のままに接してくる度、星司はその輝きめ
いたものに、いつも自らに差す影を逆説的に意識せざるを得なかった。半ば条件反射のよう
に自身に刷り込み、周りの男子達からの羨望すらもそのカモフラージュの為に使った。
 ……尤も洸自身は、寧ろそんなどんどん卑屈になってゆく幼馴染を止めたかったのだが。
何とかして昔のように、仲の良い姉弟に──その先を迎えたかったのだが。
「いい加減にしろよ!! いつまでもべたべた姉貴面しやがって!!」
 なのに、だからこそ──ある日二人は、これまでにない程の大喧嘩をしてしまった。それ
は主に、遂に我慢の限界を超えた星司による一方的な怒号だったのだが、洸にもこれまでの
自分の試行錯誤(やりかた)がことごとく逆効果だったと悟るには充分だった。
「もう……俺に関わるんじゃねぇよ」
 呆然と言葉を失って立ち尽くす洸に背を向けて、星司は足早にその場を立ち去った。実質
それは、拒絶と絶縁に等しかった。

(──くそっ、何であんな。あいつは何も悪くはねえのに……)
 されどセ星司は知っていた。自身のこの感情が全くの自己責任だとは理解していたのだ。
あの態度で彼女が傷付くことも、全てはずるずると何年も、己の不徳が致す所だということ
も、とうに何処かで解っていた筈なのに。
(でもあんなに酷いこと言っちまった手前、何て顔して会えば……。今までみたくまたひょ
ろっとやって来る……なんてのは考えが甘過ぎるよなあ)
 向こうだって間違いなく気まずくなってるだろうし。ああっ、こんな時まで思考が読める
なんざ却って都合が悪い!
 放課後、一人渡り廊下を歩きながら、ガシガシと髪を掻き毟る。でもなあ、かと言ってこ
のままあいつがしょぼんとしてたら、また野郎共も女子らも黙ってねえだろうしなあ……。
自分の所為とはいえ、じりじりと己の首を絞められているような気がする。
(……うん?)
 ちょうど、そんな時だったのだ。ふと星司の耳に、聞き慣れた幼馴染の声と、不穏な気配
が届いたような気がした。
「なあ。もういいじゃねぇかよ。俺達のこと、オッケーしてくれよ」
 校舎と校舎の間の、物陰になっている空間だった。そこに呼び出されたのか、洸と、数人
のいかつい男子生徒達が何やら話し込んでいる。
「聞いてるんだぜ? この前、例の幼馴染クンにこっ酷く振られたとか」
 体格と、ぐにゃり着慣れた制服からして、上級生──洸と同じ二年か三年だろうか。だが
隙間から覗いたこの現場は、明らかにナンパと呼ぶには物々し過ぎる。
 彼女一人に対し、相手は男数人。校内でも人目の付きにくい場所を敢えて選んで、そうこ
の幼馴染の少女を取り囲むように立っている。
「ち、違う! あ、あれはただ、私がセイちゃんの気持ちを考えずに接してきたから──」
「知らねえよ! それを一般的に振られたって言うんじゃねえの?」
「いい加減諦めろよ。あんなやる気もなさそうな、ぱっとしない奴の何処がいいんだよ?」
「俺達がこんなに言ってんだからさあ。さっさと股開けっての」
 ひうっ!? そうして突然、いや我慢し切れず乱暴に身体を掴まれて、洸は殆ど反射的に
短い声を上げて抵抗していた。
「や、止めて! 前にもごめんなさいって、返事したのに……」
「うるせえ! 拒否権なんざねぇんだよ!」
「大体、日頃からああも愛想を振り撒いといて……何もないじゃねぇだろ!」
 嫌ぁぁぁ!! 彼女が叫んでいた。一回りも二回りも体格のある思春期男子達に、今まさ
に目の前でその制服をひん剥こうとしている。
「洸ーッ!!」
 だから、殆ど反射的だった。次の瞬間、星司は己が湧き出る衝動のまま、この場に飛び込
みざまに跳び蹴りを放ち、男子生徒達の一人を吹き飛ばした。完全に虚を突かれた格好で、
彼らの包囲網にちょうど表に繋がる空白が出来る。
「セイちゃん!」
「ぼさっとすんな! 早く逃げろ! 一色先輩を呼べ!」
 思わず苔生むした土の上で、尻餅をつくこの幼馴染を庇うように前に立ちながら、星司は
有無を言わせる暇も与えず言う。咄嗟に名前が出たのは、彼女の友達でよく一緒にいる、眼
鏡の似合うあの先輩だ。
 セイちゃん……。呟く洸は安堵やら何やら、目に涙を浮かべてくてんとへたり込んでいた
が、星司は聞く耳を持たなかった。というより、そんな余裕なんて無かった。
 ぐしっと涙を拭いつつ立ち上がる。ありがとう……。泣きながら微笑(わら)って、次の
瞬間には一目散に駆け出して、表の校舎の向こうへと消えてゆく。
 ……ったく。余計なトラブルを持ち込みやがって。
 しかしそう内心で悪態をつきながらも、目の前の現実は待ってはくれなかった。普段から
もやしのような陰キャ生活を送っている自分とは明らかに違う、ガタイのいい他の面子が、
奇襲された怒りを隠そうともせずにパキポキと拳を鳴らして睨み付けてきている。今度は自
分を取り囲もうと近付いて来る。
「おい。何邪魔してくれやがったんだ、てめえ?」
「つーかお前……。もしかして、例の幼馴染クンか?」
「振っといて彼氏面か。調子に乗ってんじゃねえぞ」
 ……乱暴しようとした時点で、百パーあんたらの有罪だろうが。
 星司はそんな身勝手な怒りに胸糞が悪かったが、結局口に出すことはなかった。
 実際、我が身可愛さにあいつを突っ撥ねたのは俺だ。今更、別に自分はあいつの何でもな
いっちゃあないんだが……。気付いたら身体が動いていた。
(何で、こんなことに)
 見ればさっき跳び蹴りで吹き飛ばした奴も、コキコキと首を不快そうに鳴らしながら彼ら
の列に加わっている。やはり自分の攻撃で倒せはしないか。
 星司は後悔していた。妙な正義感というか、衝動に任せてこんな状況に転がり込んでしま
ったことを。これまでの、洸やもっと他の人達と紡いできた過去を。
(本当、何やってんだ、俺……)
                                      (了)

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  1. 2018/09/01(土) 00:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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