日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「評禍」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:星、残骸、影】


 ここに、一冊の本がある。
 題名は『THE FOODY NOTE』──通称・Fノート。確認されている限り、最
も古い歴史を持つ専門誌の一つで、世の美食家達のバイブルとなっている。要するに権威付
けされたグルメガイドだ。
 発行は現在、年に一度。編集部の記者兼調査員達が、自らの足と舌でもって世界各地の腕
に覚えのある料理人とその店を訪ねるのだという。
 その際、彼らはFノートの関係者であることは決して明かさない。素性が明らかになって
いるのは、対外的な顔を兼ねる編集長他一部のメンバーだけだ。完全に抜き打ちの形を取る
ことで、公平な審査を担保するというのがその理由だとされているが、それは反面、審査の
透明性という点では常に議論の的となっている姿勢でもある。
 それでも……古今料理人達にとって、このFノートに自らが掲載されるのは最大級の名誉
であった。実際、同誌から評価──最大五ツの“星”を得ることは、料理界において超一流
たる証となっているし、何よりその名を国内外に轟かせる大きな切欠になってきた。

『皆さんこんにちは! 今日は食の激戦区・○○通りに居を構える、レストランテ・フェル
マータにお邪魔しております!』
『この店のシェフを務めるタテナイさんは、本場で修業を積んだ気鋭の若手料理人です。そ
してその実力が認められ、今年あのフーディーノートにて一ツ星を獲得しました』
『今日はそんなシェフお勧めの、絶品創作料理をご紹介したいと思います!』

 だが、昨今このFノートの存在が広く世間に知れ渡るようになって、少しずつその旧来の
美食界も変わり始めている。
 こと新しい物好きで、尚且つ自ら“足で稼ぐ”といった労苦を払う気もない──払わずと
も知ることができるようになった現代において、Fノートはそんな人々にとって非常に都合
の良い“ランキング本”だったのだ。或る者は自ら割高な同誌を買い求め、またある者は各
種メディアや友人・知人から聞き及び、その年ごとの有名店をチェックする。
 そんな彼・彼女ら向けに、マスコミもしばしば特集を組んだ。如何にも快活で好感度の高
い女性アナウンサーや食レポ芸人などを軸に、国内の“星”を獲った店を取材する。

『えふのーと? 何でい、そりゃあ?』
『よく分からんが……帰ってくれ。うちはうちの誇りを持って仕事をしてる。何処の誰とも
明かさないような連中に、勝手にあれこれ言われても困る』

 だからか、一方で昨今はFノートにまつわるトラブルも少なからず表沙汰に出るようにな
った。こと昔ながらの、職人肌な料理人達にとっては、そんないわば「覆面」査定官による
一方的な評価やそれを受けての取材攻勢は正直気持ちの良いものではなかったらしい。
 ただ厳選した食材で、自身の振るえる最高の技をもって“お客”を喜ばせる──。
 そんな彼らの拘りは、確かにある意味、Fノートのような今日ワールドワイドになった美
食家集団達とは反りが合わなかったのだろう。実際自分の味を愛し、足繁く通ってくれる常
連やそこから繋がってゆく縁こそ、彼らにとって最大で最重要の財産だったのだから。

『はあ……。これだから時代遅れのジジイどもは……』
『今はグローバル化? の時代じゃん?』
『そんなのだから、どんどん世界に取り残されるんだぞ。無駄に金と敷居ばかり上げておい
て、外国客にもそっぽを向かれたらジリ貧になるのはあんたらだろうに』

 故に、こうした昔気質の国内の料理人達は、しばしば若年世代──いわゆる自称世界を股
に活動している人々とも、やはり反りが合わない。
 安直な表現をするならば、ガラパゴス化という奴だろうか。
 折角世界的権威なグルメ誌が、昨今この国の料理文化にも興味を示すようになってきたと
いうのに、それを保守的思考で弾き出しては自ら滅びを招くというのがその理由だ。

『でも俺は嫌いだなあ。結局あいつらって、上から目線ってことじゃん』
『そうだねえ。最近じゃあ大陸系の料理屋ばっかりになってる気がするし、たまには田舎の
味も食いたいよなあ……』

 ただその一方で確実にこれらの潮流に対する反論もある。それらは全てが昔ながらの料理
人達自体を擁護するものではないが、総じてある種の嫌悪感・不信感に根差す感情であると
言ってよかった。こと都会、目新しいものが、様々な文化が矢継ぎ早に生まれては消費され
ゆく昨今の環境にあって、そんな流行(ムーブメント)についてゆくことに疲れてしまった
者達がいるのもまた事実だった。

 上から目線──件の審査の透明性。
 近年、それ故にFノートという権威、同誌の存在価値そのものが揺らぎ始めている。時代
の流れと共にその発祥、北方大陸の国々だけでなく、世界各地の料理とその担い手へと対象
は広がってきたが、一方で審査を行う編集部のメンバーの多くが同大陸で生まれ育った者達
というのもまた事実である。即ち、どうしても元々の食に対する価値観や感度は、バイアス
が掛かっていると言わざるを得ない──所詮富める者達と、彼らが属する文化による、一方
的な押し付けではないのか? という批判だ。
『そんな事はない。我々は常に公平中立を忘れぬよう、豊かな食とその未来を開拓するべく
活動している』
 Fノートの関係者達自身は、そう言って憚らない。
 だがそれが結局、人によっては高慢と受け取られるのだろう。それまではある程度限定的
に閉じた業界内で維持されていた権威が、新たにその秩序に取り込まれた新興国の料理人達
とその食文化からしばしば反発を受けるという事例が発生している。何より彼らが身分を明
かさず、且つこちらの許可をなく一方的にそのレベルを測って公表するという仕組みは、今
や露わになる負の側面を隠し切れなくなって久しい。

『──本当、困ってるんですよ。最悪店を閉めるか、引っ越すことも考えないといけないと
思っています』

 事実一度Fノートに載ってしまったことで、環境が大きく変わってしまった料理人という
ものも少なからず存在する。
 例えばこの小さなレストランを営む夫妻は、確かに地元で愛されてきた腕利きの料理人達
であった。しかしある時、自分達の与り知らない所で店がFノートに掲載──“星”を獲得
してしまったことで、各地から客が殺到した。最初こそ今までになかった盛況ぶりに浮かれ
ていたが、やがてその押し寄せる人の波は、店のクオリティを維持することさえ困難たらし
めていったのである。
 期せずして“星”を得てから半年後、夫妻はとあるメディアのインタビューにそう困惑し
た様子で答えていた。かつては気心の知れた常連達とゆったり過ごしていた、片田舎の彼ら
の店は、今やFノートでの情報を聞きつけた“外”の客達によって変貌。常連達は去り、廃
業の可能性さえ脳裏を掠め続けている。

『──ああ、確かに昔は一ツ星を貰っていましたがね……。今じゃあこんな有り様ですよ』

 また一方で、一度獲られた“星”に囚われてしまった料理人も少なくない。
 身なりこそシェフといった姿だが、この男性は自らの厨房でそう気弱に自嘲(わら)いな
がら取材に答えていた。道具こそ揃えてあるが、ガラス窓の向こうに覗く店内──テーブル
達は誰一人おらず閑散としている。
 曰く、彼は一度はFノートにその実力を認められ、見事“星”を獲得したのだが、その後
の同誌の更新で剥奪されてしまったのだという。
 つまりは、メンバーらの満足いく味を維持できなかったということ。彼らの求めるような
常に進歩する料理を提供できなかったということ。
 努力、しなかった訳ではないんですが……。彼はそう呟いて力なく眉を伏せる。彼はいつ
しか“星”を維持する為に料理を作るようになり、次第に客も、必然その呼び水であった筈
の料理の腕すらも離れていったのだという。
 自らが気付いた時にはもう遅かった。“星”を取り消されて以降、焦って没にした新しい
メニューは数知れず。「違う!」と投げ付け、もう誰にも食べられることのないそれらと同
じ厨房内に佇むようになって初めて、自らが踏み込んではならない泥沼に入ってしまってい
たのだと知った。
『本を正せば、他ならぬ私が悪いんですがね』
『ただ、こんなことになるなら、いっそ認められなければよかった……』

『──それは筋違いな批判ですね。彼らは必要な努力を怠った。客達はそれらを敏感に感じ
取り、離れていった。それだけのことです』
 されど、Fノート側の態度は今も強気のままだ。
 取材を受けた同編集長はそう、インタビューの中で答えている。終始真面目に、膝の上で
組んだ両手を時々解いてはジェスチャーを交え、通訳を傍らに自らの矜持を貫き続ける。
 或る者は“星”を獲て一財産を得たり、もっと別のもの失ったり。
 或いはそもそも“星”を獲ることさえ叶わない、数多の足掻き続ける料理人達。
 彼はそれを全て彼ら自身の問題、限界と言い切った。あくまで自分達は、プロフェッショ
ナルとして提供された料理やその店作りのみを評価するのであって、その外に付随する各種
現象にまでは踏み込まないとした。
 寧ろそれらを含め、彼ら個々人が乗り越えてゆくことこそが料理界の、人類の食文化全体
の向上に繋がるのであって、その結果彼らが消えてゆくのであれば、それは必然の“淘汰”
であるのだろうとさえ彼は説く。
『ですが実際、貴方がたの評価が人々の行動に大きな影響を与えています。その辺りの責任
というものは感じておられないのですか?』
『……貴方はどうやら、私達を批判することありきで取材を申し込んできたようだ。お話は
ここまでに致しましょう。……貴方もプロフェッショナルならば、もっと“事実”を見た方
がいい』
 我々も忙しいので。
 この日も取材を受けていた編集長は、そう青い瞳でじっと記者を流し見ると、悠然と席を
立ち、去って行くのだった。
                                      (了)

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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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