日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(雑記)スゴイネ教とクソダネ病

残暑「ただいまー、戻って来たよー!^^」
俺ら『帰って来んな!!(怒)』

ダブルで台風が近付いている最中だというのに、昨日今日とまるで思い出したように厳しい
暑さと日差し、忌々しいほどの青空。
まぁ予報だと夜頃にはうちの田舎にも接近する模様ですが。そもそも台風なんぞ毎年来てる
んだから、一々騒がなくても……と個人的な内心では思いはせど、先の西日本豪雨ではうち
の近隣各流域も結構ギリギリだったと聞いていますので、用心するに越した事はないと今の
内にまた貴重品を纏められるように心積もりはしています。
(それでも正直な所、極端な気候の度に振り回されるのは凄く厭ですね。自身が筋金入りの
インドア派──妙に保守的というか、心身を掻き乱されたくないという欲求が強くて……)

ともあれ、先日サハラ~の三十七章をUPしました。19エピソード目前編です。今回の分量と
しては19000字弱。話の前半というのもあって、2万字の境目は下回りましたが、まぁこんな
ものだろうと(自分に言い聞かせるしかない)一頃に比べて日中は大分過ごし易くなったと
はいえ、案の定そう簡単に「夏」はスムーズに退場してくれそうにはありません。こちとら
文明の利器をゴリ押しつつ、せめてコンスタントに執筆するという習慣だけは手放さぬよう
努めるしかありませんね……。今に始まった事じゃあないけれど、どうも自分はものを書く
という営みを求道というか、苦行に変えがちな気がする……φ(=_=;)-3

しっかし本当、日数の過ぎるのが早いこと早いこと。

一週間の内に済ませられる作業はもう決して多くはなくて、その小サイクルが四~五回繰り
返されればあっという間に一ヶ月という中サイクルが終わり、それが六回で半年、十二回で
丸一年。その間に歳だって取る。
流石にこの大サイクルは(終わって振り返る時にならなければ)まだ通り過ぎるにはスパン
は長いのだけど、こうやって小サイクル=可処分時間の一区切りとして捉えれば、否応にも
その有限性を思い知らされます。尤も現在進行形、今日という一日は何だかんだで日中みっ
ちり?とお仕事をし、その疲労具合と中身の濃さが比較的正比例するものの、各週の三題と
長編系二回で毎月がほぼほぼ埋まってしまうこの状況は……さて如何したものか。プツンと
色んなものが自分の中で切れて戻らなくなってしまいそうで、下手に止めてしまう事もでき
ないし、加えて“新しい”物語に手を出す──随時取り入れてゆく試みがどんどん後回しに
後回しになってゆく現状もまた恐ろしくもある。先述のように、なまじ自身が保守的である
モンだから、そう出来なくとも割と惰性というか、ルーティン化すれば今を「維持」できて
しまうというのが、悪い意味で自らに拍車を掛けているかのようで……。

──どうにも漫ろ。そわそわと、じわじわと。

それは仮にざっくりと括れば「焦り」の感情なのかもしれませんが、かといってその衝動に
急かされて何かを書き(創り)終えても、得られる達成感はほんの一時のもの。すぐまた襲
ってくるのは、やはりこれを軽く上回る虚無感ないし焦燥感。そういった急場しのぎをもう
何百回と繰り返してきたことか。

どう足掻いたって他人は変化する。自分の内側と、外側の環境だって例には漏れない。

欲張り過ぎなのかなあ?
“安定”したいけれど、一方で“成長”もしたい(しなきゃ)っていうのは……。


僕が殆ど(能動的に)テレビを見なくなったのは、やはりPC=ネットの世界を知ったからと
いう部分が大きいように思います。

何と言っても“比較材料”があるっていうのが強みでしょうね。まぁ数が多い分、玉石混交
というか、良くも悪くも色んなバイアスの情報が行き交っている猥雑さ──カオスっぷりが
ある種の宿命になって久しくはありますけど。
だからか、そんなネットを中心になまじ各事象の「裏話」を見聞きしてきた分、母から言わ
せれば、僕は随分と『素直に見れない』子になったらしく……。

まぁ確かに子供の頃は、それこそ既存のメディア以外に知る手段がある、という発想さえ皆
無でしたからねえ。基本的に疑うということを知らなかった。目の前で映されているそれが
イコール世界だと“当たり前”に思っていた。それらがインターネットないしPCやスマホの
発達・普及に伴って薄れ、選択肢が増えたのは、必然の流れであった筈です。少なくともそ
の一点では僥倖だった。
ただ……では実際に、その良く言えば玉石混交、悪く言えばカオスばかりのインターネッツ
から見て取れるこの現実(リアル)は良かったかと問われれば……僕はやはり「否」と答え
る他ありません。

自身の観測範囲で窺えるのは、結局の所お互いが元々持っているバイアスに適した認知でも
ってばかり物事を語り、一方でそうではない他人を頑なまでに認めようとしないヒトの性。
こと直接顔が見えない(実際にはIP解析をされれば特定はできる──何時何処の端末から書
き込んだのかを辿っていけば、個人を特定はできるのですが)性質も手伝ってそれらの攻撃
的活動はしばしば過激に、先鋭化してゆく傾向にあります。それらが更に互いの陣営同士の
溝を生み、それぞれが持っている=望むバイアスでもった認知で現実を理解しようとする。
寧ろ、しようとすると言うよりは、それ以外の生き方・価値観に居る他者というものを想像
することが出来なくなる(発想として内在していない)──。

きっと生まれてこの方、そういった自分達“以外”を認識しなくてもいい世界で生きてきた
んでしょうね。或いは“以外”が居ても、知覚さえしなかったのか。ナチュラルに殺し続け
てきた=無自覚に近い生存バイアスなのか。

つい先日、今年の夏の高校野球(甲子園)が終わりました。結果は大阪桐蔭が史上初二回目
の春夏連覇を果たして優勝。決勝まで勝ち進んだ金足農業は、連投続きだった投手を始めと
したメンバー数の少なさがやはり疲労となったのか、大差をつけられ、及びませんでした。
決勝があったその当日や前日から各メディアは特集を組み、これら両校の健闘を『美談』と
して紹介していますが……僕は全く違う印象をもってこれを傍から観ています。

先に言っておくと、思考の一つの切欠として、ではあるのですがね。

相変わらず日本人ってのは、ああいう若者達が「消耗しながらも戦うさま」を「感動」だの
何だのと言って「消費」する民族なんだなあと。特に今年の夏は酷暑、災害級とさえ呼ばれ
ていたのに、それでもこんな炎天下で戦わせてワイワイと楽しんでやがる。本当、根っこの
メンタリティは戦前から変わっちゃいないんだなと思わされるし、個人的にはこの手の群集
心理がどうも気持悪い。まぁそれこそ、何を好いて何に興味を向けるのかは個人の“自由”
ではあるんだろうけども、僕は例年この手のイベント?に守旧な──日本人と呼ばれる人々
の悪癖を視るようで適わんのです(だから上述のように、母などからは『素直に見れない』
のかと、だったら見るな黙ってろと不機嫌になられるのですが)

……戦前と言えば、先だってからの東京五輪ボランティアの募集内容や、その他運営周りの
ブラックぶりがネット上ではかなり批判を浴びているようで。

ボランティアを大々的に募集すると大枚を叩いてCM等を打っているにも拘らず、肝心の彼ら
に対しては無償=タダ働きさせることが規定路線というか、前提になっていて、交通費や宿
代、食事代すら出そうって気が皆無。加えてこの(二年後も)クソ暑いのはほぼ確定な時期
に酷使されるのに、基本十日以上働くことを要請され、事前に研修(勿論自己負担)を受け
なければならないし、その任される仕事も少なからずが専門家(プロ)雇った方がいいだろ
っていう分野にまで及んでいたりと……。これだけでも「奴隷が欲しいって正直に言えよ」
状態なのに、人数が集まりそうにないからと都内の学生らに“動員”を掛けたり、メダル用
の金属が足りないかもだから“供出”して? とか、さながら戦中の総動員体制を思わせる
ような旧態依然(ブラック)に次ぐ旧態依然(ブラック)。そんな見識違いのお上やそこに
ぶら下がっている金持ち達への憤りややっかみ、或いは諦めを通り越して自虐(ネタ)も含
まれているのでしょうが、これだけブラックっぷりが役満揃いのまま下手に成功して連中の
手柄になってしまうのなら、いっそ盛大に失敗してくれ──そんな現代の呪詛が、ネット上
を中心に散見されている現状があったりします。

(これも一昔前には絶対、可視化されてなかっただろうしなあ)

個人的な好みを言いますと、高校野球も五輪も、僕はさして興味はありません。
強いて言えば、前者は多少お仕事(青少年云々)にも関係してくるので、ちらっと経過を見
聞きしたりはしますが、元々自分は“強制”された田舎の草野球でスポーツ全般──運動と
いうものがトラウマよろしく大嫌いになった人間ですからね(元々家系的に運動音痴だった
という面もあるのですが)学生時代の体育祭やマラソン大会さえ、何で僕まで加わらなきゃ
いけないんだ……好きな奴らで勝手にやっててくれよ……というのが正直な感想だったし、
決して美しい思い出ではなかったものです。

スポーツの祭典、平和の祭典と表向きには呼ばれますが、ぶっちゃけ五輪ってのは今や国威
高揚の場、ないし大きな経済的イベントな訳ですから。

だからせめて、五輪を切欠に土建屋さん他色んな業者が需要を貰って儲かり、国内の経済が
回るのであれば、僕だって(積極的に参加こそしないけれど)傍目に眺めて応援くらいはし
ていましたよ。……でもなあ、そこで都のトップが会場の算段を自分のアピールの為に卓袱
台返しして間に合わなくさせたり、何より支払いを渋って末端の人々に金を渡さないっての
は悪手も悪手だろ? って話で。そもそもボランティア(volunteer)は『志願兵』って意味
であって、必ずしも無償とイコールじゃないんですよ。“自ら志願して”助けに来てくれた
人々に対してお礼の一つくらいするのが筋ってモンでしょう?
(それこそ「無償」的なニュアンスを前面に出したいなら「チャリティー」と表現する方が
正確なんであって。まぁ日本だと謎の長時間マラソンに始まり、毎度障害者をダシにした感
動ポルノ、募金額より出演者へのギャラの方が高いなんていう某自称チャリティー番組って
のがあったりしますけどねえ……?)

がっつり露骨に給料って形が憚れるとしても、雑費ぐらいは出してあげてくださいよ……。
人間は「やりがい」だけでは生きていけませんし、食べられません。死にます。国威高揚と
いう点ではそりゃあ形を変えた“戦争”なのかもしれませんが、形の上での実効性まで僕ら
を巻き込んでくれるなと。ミーハーな連中を含め、その祭典(イベント)を楽しむ権利があ
るのなら、同じように“楽しまない(関わらない)権利”だってある筈だ。少なくとも今回
のそれもまた、獲ってきた予算をお偉いさん方がスッパ抜いて旨味を得るに終始するなら、
せめてあんた等で勝手にやっててくれ。僕らの日常を乱すな。というより、国や政府っての
はそうした日々を担保する為の存在であって、僕らの存在があんた等を担保する為の存在で
はないんだぞ……?(割と本気で思ってそうだから怖い。選手に罪はないけどねえ)

……ちょっと熱くなり過ぎたか。

ともあれ、普段僕は割と性格的にも「保守」寄りなんだけど、いざこういう戦前テイストな
ブラックさ=いわゆる精神論が前面に出てくるど駄目なんですわ。今回梃子に挙げた甲子園
も然り、五輪ボランティアの件も然り。桐蔭が勝ったら『こんな禁欲的な寮生活をしてまで
野球に打ち込んで勝った、素晴らしい!』との論調が出るだろうし、カウンターは『そんな
抑圧を容認する空気は異常!子供への人権侵害、将来の幅を狭める!』辺り。金足が勝って
いたら『メンバーも少ない公立校というリソースの少なさでも優勝できた。気持次第!』と
精神論の賛美が出る(でもって、逆の結果になっても桐蔭のリソースの充実が勝因の一つに
なった的な話はあまり取り上げられない筈。精神論好き主要層には需要がない)だろうし、
カウンターは『あんな短い期間で一人にメチャクチャな数投げさせて、肩をぶち壊して何が
美しいんだ!?一時の娯楽の為に、一人の才能を潰すなんて!』辺りになる筈で……。
いわゆる保守の駄目な所はこの辺りなんですよねえ。戦中前後の一時を、国内左派的な主論
のアンチにしたいが余りに、美化し過ぎちゃう。頭でっかちの精神論で兵站や人材の重要性
を蔑ろにし、結果当時の連合国にボコボコにされたのに、あの頃の日本人は素晴らしかった
んだ!などとのたまってしまう(から左派側もアレルギーを起こしてキレる)結局はどっち
もどっちで、Aでばかりバイアスを掛けて世界を視て、BやCで視ようとしない、視ること
さえ許さずに他者に強制するから、どだい諍いになってインターネッツ上でも何処でも議論
と自称するそれらがカオスな不毛状態になるという……。

時々既存のメディアや右派コミュニティで「日本って凄い!」的なドキュメントが流される
ことがあるが、僕はこれを話半分、眉唾を忘れないようにして見ている。しばしばこれらの
情報を好む人間というのは、誇張された“スゴイニッポン像”を信仰さえしているからだ。

一方で、だからと言って僕はこれらの持ち上げる向き(古い世代が『俺達は正しかった』と
思いたいという安堵と、若い世代の『浮遊した末の拠り所』としての愛国が合体した需要)
を全部真正面から鼻で哂う──アンチであることが正しいとも思いません。とかく肯定され
たものを否定して、斜に構えて他人を腐すことでアイデンティティを守っているような在り
方は、本質的に左右で違いはないからです。要は『この国(の人間)はクソだ』とする信仰
だからです(経験的にこっち側の人達は“信仰”とか、いわゆる精神的なワードを引き合い
に出すと不快感を示すことが多いんですけどね……。だからこその在り方?鶏か卵か的な)

どちらの側も、一面のバイアスでしか対象を見ていない。まぁ間違いなくその方が、それら
を貫いて聞く耳持たないという鋼のメンタル?を持てるのなら、ある意味「楽」ではあるの
でしょうけど……。

今回さんざ、ネット民の一人として五輪ボランティアの件を腐しましたが、あれも結局の所
はお上達にとっての“正義”によって動いているだけなのでしょうね。……いや、正義など
という言い方をするから無駄に大層になってしまうのか。換言すれば“利益”とでも。仮に
どれだけタダ働きの動員をしようが、彼らが苦しもうが、今回の五輪という大イベントで自
分達が儲かればいい。僕みたいなオタクは、つい昔からアニメや漫画、ゲームなどで普遍的
な「正しさ」というものを設定・希求しがちだけども、世の中の殆どの人達(勢力)っての
は、基本そうした個々の利害で動いているのが“当たり前”なんだ。それらが被ったり邪魔
になったりするから、日々戦いに明け暮れているのだろう……。

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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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