日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)サハラ・セレクタブルⅢ〔37〕

「んんっ……!」
 無理やりいつの間にか、鉛のように重く暗い底に意識を沈められて、筧は一抹の不快感と
共に目を覚ました。喉に詰まった濁りを吐き出すように何度か咽返りつつ、知らず知らずの
内に深い渋面を浮かべている。
(……っ。何だ? つーか、何処だ、ここは……?)
 力いっぱい顰めた視界に映っていたのは、昼間と思しきながらも妙に薄暗い、とある室内
のようだった。
 長らくまともに人手が入っていないのだろう。辺りにはひんやりとしたカビ臭さが漂い、
粗く目張りされた壁や天井の隙間から日の光が静かに差し込んでいる。
 何処かの廃屋か……。筧はまだぼうっとする頭で、そう状況を把握しようと努めていた。
 後ろ手にされた手首と足首には、固く結ばれた縄。まだ節々の痛みが残る中、筧は可能な
限り直前までの記憶を引っ張り返そうとする。
 あの時は確か、自分達は鎖で柱に括り付けられていた筈だ。例の兄(あん)ちゃん達の姿
も見当たらないということは、やはり自分だけが別の場所に移動させられたのだろう。一体
何の目的で? いや、そんな思考を巡らせているよりも、今は此処から脱出する方が先だ。
 連中がいない今がチャンスだ。筧は辺りを見渡し、そして部屋の隅に半分朽ちかけた作業
机があるのを発見する。
 どうやらこれも長らく放置されているらしい。ごちゃごちゃと工具や図面らしき古紙が乱
雑に積まれているが、そこにナイフがあるのを彼は見逃さなかった。
 あれなら……。手足の自由が利かない中、腰を下ろした格好のまま尺取虫の要領で身体ご
と作業机の前に移動すると、筧は一旦背を向けて、後ろ手越しにこのナイフを手に取った。
古びて大分錆付いているが、背に腹は代えられない。まだ切れ味が残っていることに賭け、
この刃をぐいっと自身を縛る縄の隙間に捻じ込んでゆく。
「……よしっ!」
 少々難儀したが、無事拘束を解くことができた。どれだけの時間縛られていたのだろう?
軽く手首を振って握力を確認しつつ、残る足首の方の縄も切る。
「……」
 握ったままのナイフ一瞥して、改めて辺りを見渡す。
 案の定、警察手帳やデバイス、拳銃や警棒といった装備は取り上げられたままらしい。正
直心許ないが、このままナイフは持って行くことにした。いつ連中と鉢合わせして、戦いに
なるとも限らない。
 物音一つ聞こえない廃屋の中を、筧は慎重にクリアリングしながら進んだ。部屋の外周に
背を預けながら、扉同士の隙間をじっと覗いては、敵がいないことを一つ一つ確認しながら
隣へ、そのまた隣へと移動してゆく。一気に出口まで進むべきか? いや、内部構造が判ら
ない以上、下手に直進すれば潜んでいる敵に勘付かれる恐れがある。
(妙だな……)
 だが、そう筧が慎重に慎重を重ねて辺りを警戒しているのに、当の連中の姿は一向に確認
できなかった。気配すら感じない。
 尤も相手は人外の化け物達なのだから、それぐらいできるのかもしれないが……だとして
もそうする意図が分からない。わざわざ自分をこんな所に監禁していたのだから、何かしら
目的があった筈だ。
 もしかして、何かの取引の為に出払っているのか?
 ならば脱出には好都合ではあるが……杜撰過ぎないか?
(──うん?)
 ちょうどそんな時だったのだ。筧の前にふと、それまでよりも大きめの空間が広がった。
 先程までよりも一層警戒して、中に入る。例の如くボロボロだが、残っている調度品など
を合わせると、どうやら元々はリビングの類だったらしい。
 ここにも敵はいなかった。ぽつんと、筧は眉間に皺を寄せたまま、この廃屋の広間の中に
立っている。
『──』
 いや、誰かいる……。
 次の瞬間、筧が斜め向かいの窓際に見つけたのは、ぐったりと仰向けに倒れたまま微動だ
にしない、何者かの人影だったのだ。
「……?」
 だから最初、筧はそれが誰なのか分からなかった。
 少し遠巻きの位置にいたというのもある。だが何となくじっと目を凝らし、日差しの逆光
の中に血汚れが残る身体と、見慣れたその顔を認めた時、彼は思わず全身を強張らせて驚愕
の表情を浮かべた。
「……ッ?! 由良!」
 はたしてそれは、行方を眩ませた筈の自身の相棒で。
 次の瞬間、衝き動かされたように、筧は彼の下に向かって走り出し──。


 Episode-37.Fakes/容疑者・筧兵悟

 旧第五研究所(ラボ)での戦いから数日後。睦月達は再び三条邸で、夏休みの宿題を早々
に片付ける為の勉強会を開いていた。
『……ヴぁ~』
 冷房の効いた、高級感漂う客間の一つ。
 季節は夏の最中で、強い外の日差しが嘘のように室内は快適に保たれてはいたが、そんな
環境においても仁や宙──とかく勉強というものが苦手な面子は、早々にグロッキーになっ
ていた。問題集を開いてシャープペンを握ってはいるものの、既にその表情は集中力の限界
を迎えて、揃って馬鹿みたいに蕩けている。
(あはは……)
 そんな二人の友を、睦月は横目に苦笑いをしながら見遣っていた。今日は満波の代わりに
冴島が加わり、香月と共に睦月と、理数系に苦戦する海沙を付きっ切りで教えている。
 暫くそうしてカリカリと、それぞれがペンを走らせる音と空調の静かな駆動音ばかりが辺
りを包んでいたが、遂に宙がびたんと机に突っ伏した。火照ったほっぺたを程よく冷えた机
の木材に押し付けて、半眼になりながら弱音を上げる。
「あ~……、駄目だあ~。頭回んない~……。ねぇ皆っち、休憩しようよ~」
「まだ一時間も経っていないぞ? そう言ってもう何回休んだ?」
「回数の問題じゃねえよ。お前は地頭がいいから苦にはならねぇんだろうが……俺達みたい
な人間は、こうして机に向かってること自体が性に合わないんだって」
 宙ほどではないが、そう仁も援護射撃よろしく嘆息を向ける。
 ふむ? 言うほど嫌味で言っているのではないとも分かっているからか、皆人は少し二人
を見遣りながら小さく眉間に皺を寄せた。黙々と頁を解き進めていた國子や、香月や冴島に
助けて貰っていた海沙・睦月も、同じくこの一旦向けられた会話の雰囲気に意識を遣る。
「……それは知っている。だが、先日のような一件もある。こういう学業の──細々とした
雑事は早々に片付けておかないと、後でどんどん面倒になるぞ? ただでさえヘッジホック
とトーテムの所為で、当初の予定は大幅に遅れているんだ」
「ぬう。それは、そうだけどよお……」
「……三条君。結局あれから筧刑事の行方って、判らないままなの?」
 だからこそ、と言うべきか。皆人はあくまで淡々といつもの仏頂面で応えていた。
 するとそこへ海沙が、耳に聞きながら「ぐへぇ」と突っ伏したままの宙をフォローするか
のように、違った話題を問い返す。
 他でもないそれは、一同があの一件以来気になっていた話でもあった。“合成”を受けて
強化されたトーテムを何とか倒し、冴島ら隊士達は救出できたものの、睦月達が駆け付けた
時にはもう、筧の姿はなかったからだ。
「ああ。司令室(こっち)も各方面から情報を収集して、行方を追っているんだが……」
「此処だっていう明確な場所は、掴めていない訳ね……」
 本を正せば──由良との接触と情報流出という“前科”がある海沙と宙は、内心特にその
ことを気に病んでいるらしかった。
 むくりと突っ伏していた顔を挙げて、宙が改めて真っ直ぐに皆人を見る。一方で宿題攻略
などという、気の進まない課題から話が逸れたのを好都合と考えたのかもしれないが……実
際に筧刑事(ひとひとり)の身の安全に関わる話だ。雑に扱うべくもない。
「つーか、この前第五研究所(ラボ)を突き止めたみたく、赤いクルーエルの力を使って何
とかできねえモンなのか?」
「激情の紅(テリブル・レッド)か。あれはトーテムを追うのに使ったからな……。向こう
もこちらにそんな術があると判った以上、二度も同じ手は食わないだろう。そもそも筧刑事
に対して使っていないんだ。辿りようがない」
 むう……。試しにと問うてみた仁が呟き、ガシガシと一人後ろ髪を掻いていた。
 こんな事になるのなら、確かに彼にも一発入れておけばよかったか──勿論それは結果論
でしかないのだろうが、かと言って生身の人間にクルーエルの一撃を打つというのもきっと
発想としては難しかった筈だと睦月は思う。
「……ねえ、皆人」
「うん?」
「その、あの時、僕達がトーテムと戦っていた時の話なんだけど……」
 だから、睦月は少し躊躇いながらも、今度は自分が問うた。
 あの旧第五研究所(ラボ)の地下室で、新たな力と姿になり、自分達への“敵討ち”に燃
えていたトーテムに向かって、皆人が朗々淡々と述べた説。
 あれがあの場において、時間稼ぎの為にひけらかしたものだとは解っている。
 だが睦月は、一度きちんと確認しておかなくては気が済まなかった。アウター達自身が、
何者か──“蝕卓(ファミリー)”もといシンと呼ばれているその男の願いの為に利用され
ている。創り出された“駒”でしかないのではないか? そんな仮説の真偽に。
「……ああ、あの話か。確かに半分は時間稼ぎだが、もう半分は俺の推測だ。嘘じゃない」
 暫しじっとこちらを見つめて、皆人は言った。当時あの場に居なかった仁や宙、海沙らは
頭に疑問符を浮かべるが、彼が改めて順番に掻い摘みながら説明したお陰で、すぐに事情は
飲み込んでくれたようだ。そこに思う所は似通ったのか、三人の表情も睦月と同じく何処か
複雑というか、哀しげなそれになる。
「……少なくとも、あれだけの組織を作って暗躍しているのに、ただ混沌を撒き散らして楽
しむだけというのは不自然だろう? アウター達の持つ性質も考えれば、彼らを梃子にもっ
と別の何かを企んでいると考えた方が説明がつくし、合理的だ」
 自身の思考を整理するように、皆人は改めて言う。
 だが正直な所、睦月自身はその“真実”とやらの如何は二の次だった。それよりも先ず、
まだ相見えたことのない彼らの親玉の野望の為に、彼らが只々“駒”として使われていると
いう運命を思っていた。哀しかった。
「ともかく、冴島隊長達を救出できただけでも、先ずは御の字だろう。コンシェルやリアナ
イザは奪われてしまったが、データの復旧は一両日中にも終わる」
 元々改造リアナイザ(あれ)は、向こうの産物だしな──。
 そして皆人も、睦月ら仲間達が感傷的になっているさまは理解しているのか、そう敢えて
淡々と諭すように言う。
「筧刑事については……仮に余所に移された時点では生きていても、その後に殺(け)され
た可能性は充分にある。こちらの捜索が間に合うに越したことはないし、敵にやらせてしま
うのは癪だが、結果的に“口封じ”になるのならそれはそれで仕方ないと俺は考えている」
『っ──!?』
「そ、そんな……!」
 だから、皆人の口にするある種の切り捨て発言に、睦月は思わず喉の奥から反発の声を漏
らしかけた。由良の件で後ろめたさがある海沙や宙も、唇を結びこそすれど、やはり納得は
できないという風に見える。
「そんな言い方、しなくても……」
「ああ。佐原の言う通りだぜ。そりゃああの二人は対策チームのメンバーでもねぇし、一度
はこっちの誘いも蹴ったって聞いてるけどさあ……」
 対策チームの、いち組織を任されている者の判断としては、限りなく“合理的”なのかも
しれない。実際こちらの存在を嗅ぎ回った末に知りながら、且つ協力的ではない──いつ外
部に情報を漏らすとも知れない筧は、皆人からすれば厄介な存在なのだろう。
 だからと言って、流石にその死を間接的に許容するなんてことは……。
「……しかし分からない。何故奴らは、彼を生かし続けた? 中々吐かないからか? それ
ともまだ、他にも目論見が……?」
 ぶつぶつ。されど睦月達の“情”に敢えて聞く耳を持たず、皆人が一人目を細めて思案顔
に呟き始めていた、その時だった。
「皆人様! 大変です! テレビを──すぐにテレビをご覧になってください!」
 一同の集まっていた客間に、執事と思しき黒スーツ姿の壮年男性が、血相を変えて駆け込
んで来る。

 時を前後して、飛鳥崎中央署内のとある会議室。
 この日勢揃いした当局の幹部達は、緊急の記者会見を開いていた。突然の発表に、集まっ
たマスコミ各社の記者達も困惑し、何事だろうとざわついている。
「──本日は皆様に、重要なお知らせがあります」
 開口一番、会見席の中央に座る彫りの深い壮年男性が言った。この中央署の署長──ひい
ては集積都市・飛鳥崎全体の治安を司る、そのトップたる人物だった。
『……』
 そんな彼の左右には、その他の幹部達がずらりと険しい面持ちで座っている。
 即ちその中には、同じく幹部の一人たるキャリア組の警視・白鳥の姿もあった。
「誠に痛恨の極みながら、先日、我々中央署の刑事が殺害されました。捜査一課所属の由良
信介巡査部長です」
 ざわっ……!? 故に突然の暴露に、記者達は騒然となった。何事かと身構えて彼らの第
一声を待っていたまま凍り付く者もいれば、半ば反射的にシャッターチャンスと捉えてスト
ロボを焚く者まで。そうして一しきりざわめきが引いたのを見計らって、この署長の言葉を
継ぐように、他の幹部達が次々と続ける。
「由良巡査部長は先日から、無断欠勤を繰り返しておりました」
「彼の普段の勤務態度は至って真面目。異変を感じた我々が内々に調査に乗り出した所、彼
は自宅にも戻らず、連絡もつかない状況であると判明しました」
「巡査部長は一課の一員として、直前まで重要事件の捜査に奔走していることが確認されて
います。我々としては、彼がその中で、何らかの事件に巻き込まれたものとして捜索を続け
ていました」
 ごくり……。記者達が一転して静まり返って息を呑み、メモを取ったりカメラを向けたり
している。幹部達は一旦そこで言葉を途切れさせたが、すぐに大きく息を吸い直して一層そ
の表情を険しく顰めた。言い渋る──出来ればこんな事態を招きたくはなかったと、言外に
そう沈痛の思いでいるかのように。
「……しかし、最初に申し上げた通り、由良巡査部長は殺害されたと思われます。容疑者は
筧兵悟警部補──同じ一課に所属し、巡査部長とはコンビを組んでいました。共にかねてか
ら重要事件の捜査に関わっていたのですが、巡査部長の失踪から程なくして行方を眩ませて
います」
 故にざわわと、記者達は更なる衝撃をもってこれに目を見開いている。
 この会見の一部始終は、既にリアルタイムで中継されていた。その大きな機材のレンズ越
しに、署長以下幹部達の深刻な様子が映し取られている。
「同僚殺し、ということですか?」
「しかし……そう決めてしまうのはまだ早計なのでは? 警部補も同様に、巻き込まれてし
まったのかもしれませんよ?」
「はい。最初は我々も、その可能性を考えていました」
「ですが先日、有力な目撃証言が寄せられたのです」
 刑事殺し。しかも容疑者は被害者の元相棒。
 記者達の脳裏にセンセーショナルな見出しが浮かんだが、それでも一部の者は先ず疑って
みるという姿勢を忘れなかった。
 するとそこで幹部達が──促された白鳥が、予め用意していたと思しき一枚の拡大された
写真を取り出し、会見席の上に置く。
 そこには確かに、筧が映っていた。
 廃屋らしき広間の中、片手にナイフを持ち、こちらに半ば背を向けた格好でその奥に仰向
けになって倒れている若い男性──由良刑事を見下ろしている。彼の胸には、赤黒く出血が
広がって出来たと思しき汚れがはっきりと捉えられている。
「……これは、とある市民によって撮影された写真です。おそらくは殺害直後、或いは間も
ない頃と思われます。この写真は偶然にもその一部始終を目撃した際、撮られたものです」
『──』
 決定的だった。この場面はどう見ても、二人が被害者と加害者になった瞬間であるように
見える。
「筧警部補は、かねてより組織の指揮にも従わず、しばしば独断の捜査をするなど問題行動
の多い人物でした。ここ暫くの二人が別行動を取っていたのも、彼らの間で捜査手法に対す
るトラブルがあったものと思われます」
「そ、その為に……警部補が?」
「それで、この写真の提供者は、一体何処の──?」
「申し訳ありませんが、今はまだお答えすることは出来ません。この協力者の素性を明かし
てしまえば、報復を受ける恐れがあります」
 だからこそ、記者達はそれ以上突っ込んで質問することはできなかった。
 容疑者・筧兵悟。つまり彼の身柄が確保されていない──事の詳細が判明しない以上、安
易な情報公開は二次被害を誘発しかねない。もし本当に警部補が、自身の部下をトラブルの
末に殺害してしまったのだとすれば……。
「これは我々飛鳥崎中央署の、ひいては飛鳥崎警察全体の信用に関わる一大事だと認識して
おります。事件の全容は未だ不明瞭なままですが、少なくとも由良巡査部長の身について、
筧警部補が何らかの情報を握っていると見て間違いはないでしょう」
「我々は速やかに、同警部補及び巡査部長の行方を追跡致します」
「この度は、街の治安を守るべき我々警察官による不祥事を招いてしまい……誠に申し訳ご
ざいませんでした」
 申し訳ございませんでした!
 一斉に中央の署長や白鳥を含む、幹部達全員がその場から立って深く頭を垂れる。次の瞬
間、その構図(え)を待っていたかのように、集まったマスコミ関係者達は競い合うように
して彼らに向かってフラッシュを焚き始めた。
『……』
 深く深く。じっと幹部達は、頭を下げて立ち続けている。
 それはまさしく、謝罪会見に他ならなかった。自分達警察内部の人間が起こした犯罪に対
する、告白と自認に他ならなくて──。


「おいおい……。一体、何がどうなってやがる?」
 執事からの報せを受け、睦月達は急ぎリビングへと移動した。そして大型ディスプレイに
映し出された中央署の記者会見を一通り見終えると、各々は思わずその場で目を見開き、或
いは眉を顰めたまま立ち尽くしていた。
 理解している現実と、逆さま。仁は混乱していた。
 傍らに立っている海沙と宙も同様だ。画面の向こうで繰り広げられている光景に、海沙は
戸惑いを隠せず何度もこれと睦月達を見返し、そんな親友(とも)を一方の宙は気丈にも唇
を結んだまま心配そうに見遣っている。
「筧刑事が、由良刑事を……殺した?」
「何でそんな結論になる訳? 由良刑事がいなくなって、必死に捜し回ってたのは、他でも
ない筧刑事じゃない」
「行方知れずになった時期が被りますからね。私達のようにアウターの存在を知らない者達
からすれば、先ず疑うべきは彼、ということなのでしょう」
「うーん……。これは厄介なことになったなあ」
「でもあの写真、どうして……? 連れ出された後、二人は再会していた……?」
 目の前で進む事態を呑み込むのに、睦月達はどうしても時間が必要だった。
 少なくとも、当局はわざわざ記者会見を開いてまで、筧と由良の失踪を公表・謝罪した。
つまりは彼らは、今回の一件が“自分達”の外で行われた──二人の間の個人的なトラブル
だと暗に主張したかったのだろうか。
「……やられたな。彼だけが連れ出されたのは、この為か……」
 しかしそんな睦月達の呟きとは別に、皆人は小さく舌打ちをすると悔しがっていた。口元
に手を当て、ギリッと爪先を噛み、深く眉間に皺を寄せたままこの繰り返し流される中継映
像を見ている。
「おそらくは“蝕卓(ファミリー)”の工作だろう。瀬古勇の時と同じだ。今度は二人を、
社会的に殺すつもりだ」
 睦月やデバイスの中のパンドラが、仲間達がそう語り出す彼に思わず目を遣った。その言
わんとすることを咀嚼するように、海沙や冴島がこちらと画面の方を、何度か視線で往復さ
せている。
「……皆人、それって」
「ああ。物理的に殺害(くちふうじ)しても、違和感を覚えて探りを入れ出す者は必ず出て
くるものだ。だが一旦、大々的に“解決”した後の事件なら話は別だろう? 仮にその後奴
らがこっそり二人を始末しても、少なくともすぐにはその異変に人々は気付かない」
 何より……。皆人はこの場にいる誰よりもギリッと、歯を噛み締めて焦っていた。
 蝕卓(れんちゅう)がこんな手を、組織として打たせられるということは、それだけ当局
の上層部に彼らの息の掛かった者達が潜んでいるということ。こちらが工作を進めているそ
れ以上に、その侵食は、組織の根深い所にまで及んでいるということ。
「小癪な印象操作だ」
 そして画面から目を逸らし、皆人は小さく吐き捨てるように言う。言いながら踵を返して
数歩部屋の中を進みつつ、懐から取り出した自身のデバイスから電話を掛けていた。
 おそらくは──司令室(コンソール)。開口一番「俺だ」と言っているさまに聞き耳を立
ててみるに、すぐさまこの事態に対して指示を飛ばしたらしい。情報収集──敵に先に策を
打たれたからには、こちらはそれらを上回る動きをしなければならない。
「皆人様。やはりあの写真は……?」
「十中八九、工作の一環だろう。少なくとも筧刑事が、直接由良刑事を刺した瞬間でも映っ
ていなければ、俺は信用できない。大体由良刑事が行方を眩ませたのは、もっと前だ。仮に
今まで生かされていたとして、司令室(コンソール)の情報網が全く掴めなかったというの
も不自然だ。あの由良刑事自体、フェイクの可能性がある。筧刑事を罠に嵌める為のツール
と考えて先ず間違いないだろう。……奴らめ。この入り組んだ状況を、巧みに利用してきや
がった」
 既に頭が回転し、加速し始めている皆人に対し、仁や宙はまだ疑問符が幾つか。
 そんなことが……。睦月は戸惑いを口にしようとしたが、結局止めた。実際この友に向か
って繰り返し質問を小出しにした所で、事態が好転する訳ではない。何より姿形を変えると
いう能力ならば、連中のサーヴァント達で何とでも代用できる。
 睦月達はそこまで来てようやく事の全容が理解できていた。ガシガシと髪を掻き、冴島が
司令室(コンソール)の香月や満波、研究部門の同僚達に何やら連絡を取っているのを横目
に見ながら、海沙がおずっと訊ねていた。
「ねえ、三条君。あの写真から、二人のいる場所を特定するって出来ないのかな?」
「ああ……。それはさっき、俺も考えて指示を出した」
『そうね。写真のデータさえ手に入れれば、こっちで解析して割り出せないことはないと思
うけど……』
「その頃にはもう、筧刑事も由良刑事らしき人物も、移動した後だろうからねえ」
 通話越しに、香月がそう心苦しそうな声色で答え、冴島も補足した。「あ、そっか……」
言ってはみたものの、直接の発見にはなりそうにないと分かって海沙は少々落胆する。宙や
仁、國子がそれを努めて励まそうとしているが、それぞれに表情に陽気さはない。
『皆人君。当局内の協力者達を退避させるかい? これほど連中のシンパが侵食していると
なれば、彼らの身も危うくなるぞ?』
「そうですね……。先んじて通達はしておきましょう。ただ事態が事態です。こちらとして
はギリギリまで内部の様子を伝えて貰いたいですし、その辺りは親父達──代表らと相談し
た上で決めましょう」
 ふむ……。次いで皆人も、通話越しに満波とそうもう一つ相談をしていた。色々と詰める
べき話は多そうだが、それは今此処で済むものばかりではない。
「また勉強会は中止だな……。筧刑事を助けるぞ。二人まで犠牲にする訳にはいかない」
「うん? お前、さっきと言ってたことと違うんじゃ……?」
「……それは相手の出方次第だ。一瞬こちらと利害が一致しても、そこを越えて悪事を行お
うというのなら、俺達の取る選択肢は決まっている」
 小首を傾げ、ジト目を向けてくる仁を見遣り、皆人は言い繕った。冷淡と内なる正義感の
狭間。どうにも理屈一辺倒のこの若き司令官とやらは、何だかんだで、自分達に首を突っ込
んでしまった彼ら二人の行く末を案じてきたらしい。
 睦月を始め、対策チームの仲間達が揃ってこちらを見ていた。ニッと何が可笑しいのか、
神妙ながらも何処か口元に笑みを零し、このリーダーの合図を待っている。
 ……敵の牙城が見えてきた以上、逃がす手はない。
 少し一旦、いつもの仏頂面を宿し直した皆人は向き直り、言う。
「行動開始だ。筧刑事の冤罪を晴らし、その上で、背後にいる蝕卓(ファミリー)を叩く」
『了解(ラジャ)!』

 中央署幹部達による会見を受けて、案の定巷はある種の集団ヒステリーに陥っていた。
 ある者は当局の不始末をここぞと言わんばかりに叩いては義憤(いか)り、またある者は
未だ見ぬ同僚殺し・筧の影に怯えていた。
「──由良さん、由良さん!」
「何か一言……一言お願いします!」
 或いは記者達が、連日とある民家へと押し掛けて。
 そこは飛鳥崎の一角に在る、由良の実家だった。今回の被害者家族とみなされ、且つ未だ
容疑者たる筧も見つかっていないということもあり、警護の為に当局の警察官らが交替で番
をしていたのだが……記者達はしつこく取材と称し、殺到してくる。
「……」
 両手に袋を提げている所を見るに、買物に行って来たのだろう。外出からこの家に戻って
来た壮年の女性は、連日の取材攻勢も影響してか、大分疲れているようだった。
 由良の母親である。出先から戻って来て、警護の警察官らがサッと自らを守るように近寄
ってくる中で、彼女はふいっとその草臥れた眼をこちらに遣ってきた。ここぞとばかりに、
記者達がカメラを向けている。
「由良さん。由良刑事──最近の息子さんに、何かおかしな点はありませんでしたか?」
「筧刑事とのトラブルではとのことですが、心当たりなどは?」
 門の前で立ち止まったのを好都合に、わらわらと記者達が殺到してくる。警察官らがこれ
を制そうとするが、彼女は嘆息をつきながらも応じる構えだった。あまりにしつこいものだ
から、いい加減に折れたのか。或いは何か話しておけば、帰ってくれるとでも思ったのか。
「いえ……。あの子も立派な大人ですし、私達とも普段それほど連絡を取り合っていた訳で
もありませんでしたから……。ただこんな事になって、無事に帰って来てくれさえすれば充
分です。もし危険な事件に当たっているのなら、無茶だけはしないで、と……」
 時折パシャパシャとカメラのフラッシュが焚かれ、ふむふむと記者達が少々大仰なくらい
に相槌を打ちつつ、メモを取っている。
 尤も、そんな彼女の心中を真っ直ぐに受け止めている者はどれだけいたか。傍からこの一
部始終を観ている限り、あくまで記者達は、如何に彼女から“新しい発言”を引き出すかに
ばかり執心しているように思えた。
「今回の事件には、筧刑事が関与していると言われていますが?」
「……分かりません。私達も、全部会見で知ったので」
 なのでより直接、踏み込んだ質問をぶつけられた時、彼女はやはり困惑の度を深めている
様子だった。ハの字に眉を伏せ、気弱に口篭る。この記者達をどう排除しようか周りでタイ
ミングを窺っている警護の警察官らを──当局側を、彼女は次の瞬間、さも不満げに睨むよ
うにして一瞥すると呟いた。
「それに筧さんを、息子はとても尊敬していましたし……」

 ようやく退院を果たして、自宅に戻って来ていた七波は、リビングのテレビが映し出して
いたその記者会見を観て思わず硬直していた。
 ぱさっと、読もうとしていた雑誌が手元から落ちる。画面の向こうのワイドショーでは、
繰り返し繰り返しこの会見の映像が再生され、右上のテロップにも『同僚刑事殺害』の見出
しが大きく表示されている。
(……筧さんが、由良さんを?)
 七波は文字通りに、ショックだった。
 だが彼女自身の受け止め方は、報道されているような内容を鵜呑みにするそれではない。
ただ先ずもって由良が殺されたかもしれないということ、加えてその容疑者として筧が疑わ
れていることへのショックと言うべきだった。
(そんな……。由良さんが……)
 思えば確かに、ここ暫く彼の姿は見ていなかった。その時はただ何となく忙しいんだろう
と、刑事さんなんだから無理もないだろうと勝手に思い込んで納得していた。筧さんも担当
している事件が難しい所に来ていると言っていたし、その言葉に疑いなんて抱きすらしてい
なかったのだから。
 なのに……気付けばテレビでは、さもその当人が犯人のように扱われている。
 筧さんが、由良さんを殺した? 七波にはにわかには信じられなかった。強い違和感を覚
えていた。確かに大分歳の差はあったけれど、そんなことは……。
 だからこそ、七波は今になって疑心が膨らみ出す。もしかして自分は、あの二人のことを
ほんの一部しか知らなかったのではないか? 実際筧の方は、いわゆる「昔気質」な刑事と
表現してしまっていい。何かしらトラブルは……あったのかもしれない。
「? 由香?」
 ぐるぐると、頭の中で幾つもの記憶の断片が攪拌される。
 そんな娘の様子に、台所にいた母親がついっと覗き込んで来ていた。しかし当の七波はそ
の時、以前筧と交わしたあるやり取りを脳裏に蘇らせていた。

『それって……。やっぱり、瀬古先輩の件ですか?』
『……ああ。ちょっと、ヤマが難しい所でな……』

 まさか、こんな事になるなんて。
 もしかして二人が巻き込まれたのは、玄武台(ブダイ)の真相を追っていたから? 瀬古
先輩のことを調べていたから?
 むくむくと、罪悪感が大きく重く増していく心地がした。
 それって、私のせい……? 硬直していた身体が、ガクガクと寒気を催したように震え始
めていた。母親がいよいよおかしいと台所から慌てて飛んで来て、呼び掛ける。
「由香! 由香、どうしたの!?」
「……止めなきゃ。こんなの、止めなきゃ」
 だが次の瞬間、七波は衝き動かされたように走り出していた。テレビから流れ続けている
報道。その最初の会見で、世の中の人達はすっかり筧イコール同僚殺しという印象を植え付
けられてしまっているだろう。
 このままでは、彼が殺人犯になってしまう。二人が、無実の罪を被せられてしまう。
「ちょっ……。ゆ、由香? 何処行くの!?」
 居ても立っても居られなかった。
 突然のことに戸惑う母の制止も聞かずに、七波は一人自宅を飛び出してゆく。

「──皆人から聞いた話じゃあ、この辺りの筈なんだけど……」
 ちょうどその頃、睦月と冴島は、二人して飛鳥崎郊外のとある住宅地の中を歩いていた。
 デバイスにメモした住所を見ながら、睦月がきょろきょろと辺りを見渡している。画面の
中で、このウィンドウの裏からこちらを覗いているパンドラも、何処かそわそわと落ち着か
ない様子だ。
「司令室(コンソール)で調べてくれた情報だ。間違いはない筈だよ?」
 一方で冴島は、いつものスーツ姿を着こなしてゆったりとその横を歩いていた。華やかさ
といった機能美は殆ど見当たらない。代わりに黙々と林立するのは、中小似たり寄ったりの
戸建ての借家やアパートだ。
「あ、ここですね。ここの二〇三号室……」
 そして二人(と一体)は、その一角にある二階建ての古いアパートを訪れていた。相応の
歳月が経って久しいのか、錆の目立つ金属の階段を登り、目的の一室の呼び鈴を鳴らす。
「はーい。どちら様~?」
 出て来たのは、一人の中年女性。着古した薄手の服を纏い、その表情も何処かやつれた感
じがする。突然訪ねてきた睦月と冴島に、当然ながら彼女は玄関扉を半分開けたまま、警戒
の眼差しを向けてきた。
 そんな剣呑さを和らげんとするように、フッと冴島が柔らかな微笑を浮かべながら言う。
「突然すみません。松下郁代さん、ですよね?」
「いえ──筧郁代さん」


 冴島にその名を呼ばれた瞬間、この女性──郁代は一層眉間に皺を寄せた。最初は辛うじ
て余所行きだった言葉遣いが、地のそれに変わる。
「……何なんだい、あんた達? 取材ならもうお断りだよ」
 予想はしていたが、やはり塩対応だった。
 他でもない。彼女こそが筧の元妻・郁代その人だった。司令室(コンソール)の職員達に
よる情報収集の中、縁者の一人である彼女に手掛かりを求め、訪ねてみたのだが……反応は
案の定。そのうんざりした様子からして、どうやら彼女の下にも、既にマスコミの取材攻勢
が及んでいるらしい。
「あ、いえ。僕達は記者ではありません」
「その。僕達、以前筧刑事にお世話になって……。でも今回、あんな事になったから……」
 そこで二人は、事前の打ち合わせ通り、先ずは警戒を解くことに専念してみる。マスコミ
関係者ではなく、あくまで筧個人の知り合いだと名乗って協力を仰ぐことにしたのだ。
 少なくとも嘘は言っていない。実際睦月個人は、H&D社潜入作戦の際、彼に命を救われ
ている。睦月は口篭りながらも必死になって、何とか彼女から話を聞けないかと試みた。
「……ふーん? あの人がねえ。まぁ無駄に人脈はあったから。職業柄、当たり前っちゃ当
たり前かもしれないけど」
 すると功を奏したのか、相変わらず愛想は悪いが、郁代は若干警戒の度を緩めてくれたよ
うだった。面倒臭そうに嘆息をつきながら、それでもちょいちょいと軽く手招きをし、二人
を扉の内側に促してくる。
 玄関先で話し込んでは隣人らに見られる──迷惑になると考えたのだろう。
 睦月と冴島は後ろ手に扉を閉めつつ、手狭な三和土(たたき)に突っ立つ格好となった。
コンクリ敷きからフローリングの、平凡な内装のアパートだ。昼間なのにカーテンが引かれ
て薄暗くなっているのは、連日の取材攻勢をシャットアウトしたかったからか。
「用があるなら手短にね。あと一時間くらいしたら、パートに出ないといけないから」
 どうやら夜勤だかららしい。部屋着のまま廊下に上がり、彼女はついっと肩越しに二人に
言った。冴島がコクリと頷き、睦月がハッと緊張した顔になって、早速本題に入る。
「えっと。筧刑事が今どこにいるかは……?」
「さあねえ。あの人とはもう随分と前に別れたから。連絡なんて取ってないし、知ってたら
とっくに向こうさんに話してるよ。記者達にわんさか来られるのは迷惑だからねえ」
「……では、彼の現状は全く分からないんですね?」
「ああ。まさか同僚殺しの容疑者にされるなんて思いもしなかったけど……。あの人は、夫
や父親として落第点だったけど、仕事人としては優秀だったからねえ。今時珍しいくらいに
一徹な人だったよ」
 いわゆる刑事(デカ)の誇りって奴?
 相変わらずどうにもダウナーで、筧当人を信用していると言うには怪しい口振りだった。
 しかし元妻として、色々と思う所はあったのか、そうして睦月達には存外多くのことを喋
ってくれた。
 曰く、家庭を顧みないほどの仕事の虫──正義感の塊であったが故に、結婚生活はそう長
くは続かなかったこと。自身は当時まだ幼かった娘を引き取って、今日までこうして細々と
暮らしてきたこと。
「ま、その誇りとか拘りが結果として私達家族を破綻させたんだから、そんな良いものだと
は思わないんだけどねえ。私も……とんだハズレくじを引いたもんさ」
 故に、筧の行方は全く知らなかった。相変わらず刑事を続けていることは風の噂で聞き及
んでいたが、今回の中央署の会見はまさに寝耳に水だったという。睦月や冴島が、彼の冤罪
を晴らしたい──無罪を証明したいと協力を頼んでも、彼女は終始無関心を貫いた。どうで
もいいと。もう別れたのだから。確かに、こちらに飛び火してくるのは厭だけど……。
「さっきも言ったけど、昔気質の人だからねえ……。今の人達とは合わないと思うよ? 仮
にそれでトラブルになってたとしても、おかしくはないんじゃないかい?」
 加えて、由良を殺害したのではないかという容疑自体にも、そんな返答を。
 だがそんな彼女は一旦大きく息を吸うと、アンニュイに目を細めた。一抹の悔しさに唇を
結ぶ睦月を視界の端に、ぽつりと呟く。
「でも、あれだけ刑事(デカ)に誇りを持ってた人が、自ら殺しに手を染めるなんて思えな
いんだけどねえ……」

 もうこれ以上情報は引き出せなさそうだった。食らい付かれ、徐々に警戒心と面倒臭さが
燻ってきた郁代を見て、睦月と冴島は話を打ち切ることにした。玄関先で一礼をし、今日の
所は一旦帰ることにする。
「……うーん。どうしたものかなあ? 多少、筧刑事の人となりは判ったけど……」
『奥さん、知らぬ存ぜずって感じでしたもんね。昔の男のことだから関わりたくないっての
もあるでしょうけど。もしかしたら、あれで実は何か隠してたりするかもですが』
「どうかなあ。僕には嘘をついてるようには見えなかったけど……」
 来た道を戻って再び郊外の住宅街へ。昼下がりでも人気のないその一角を進みながら、睦
月は芳しくなかった成果に思わず唸っていた。デバイスの中のパンドラも、彼女のダウナー
が伝染(うつ)ったのか、画面の中でそう気だるげにふよふよと浮かんでいる。
「やっぱり、元奥さんっていう人選がマズかったのかなあ」
「……そうかな? 僕は結構、色々話してくれたと思うけど」
 にも拘らず、一方で冴島はあまり落胆している様子はなかった。えっ? 寧ろフッとその
微笑みを維持しつつ、次の関係者を探そうかとしていた睦月を優しく見守っている。
「そりゃあ、まあ。でも事件についてはからっきしでしたよ?」
「そうだね。だけど、一度家族になった人間同士の絆ってものは……そう簡単にゼロになる
とは、僕には思えないんだよね」
「……」
 微笑(わら)う。そんな彼の横顔を、睦月は複雑な気持ちで見上げていた。何だか胸の奥
がモヤモヤするというか、同じ面会をしてもこうも捉え方が、深みが違うというか……。
『かもしれないな。態度はあんなだったが、証言自体は筧刑事を完全に疑うというものでは
なかったろう? 少なくとも例の公表を疑っている人間が──縁者がいると分かったのは、
一先ず進展と考えていいだろう。場合によってはそこが、彼の冤罪を、蝕卓(ファミリー)
が入り込んでいる当局を崩すポイントになるかもしれん』
 加えて、この聞き取りからの一部始終を視ていた、司令室(コンソール)の皆人がそう通
信越しに援護射撃をしてきたものだから、睦月は益々気持ちが萎んだ。「皆人まで……」何
だか自分だけがあの二人を、元夫婦──家族というものを視れていないような気がして、意
識はどんどんと彼女ではなく、自身の過去へと向かっていくように感じる……。
「──よう。兄(あん)ちゃんたち」
 ちょうど、そんな時だったのである。
 ふと睦月と冴島の進む先を、一人の男が塞ぐようにして現れた。
 ニヤニヤと他人を小馬鹿にしたような胡散臭い笑み。着崩したスーツと帽子、サングラス
姿。元詐欺師の私立探偵・杉浦だ。
 誰だ……? 睦月が少し距離を置いて相対するまま、ぼうっとこれを見ている。
 だがその一方で、冴島は彼の姿に、パンドラは自身の感知機能が報せるままに、ハッと警
戒の色を露わにしたのだった。
「マスター、気を付けてください! あの男……アウターです!」
「えっ?」
「ああ……間違いない。僕も以前に戦った。この前の第五研究所(ラボ)で、僕達や筧刑事
を捕まえた、連中の一人だ」

 相手の正体に気付き、睦月と冴島は身構えた。
 しかし次の瞬間、当の杉浦──ライアーは、こちらに背を向けたかと思うと、すぐ横の路
地へと入って行ってしまったのである。
 二人は慌ててその後を追った。入り組んだ路地裏を何度か曲がり、奥へ奥へと進む。
『──』
 するとその先には、四方を高めの建物に囲まれた資材置き場らしき空間が広がっていた。
肝心のライアーはその奥で、人間態のままこちらを見つめて嗤っている。
「……何でわざわざ、こんな所に」
『さてな。少なくとも人気のない場所で戦えるのなら、こちらとしても好都合だが』
 気を付けろ。道中で耳に着けたインカム越しから、そう皆人の声が聞こえた。
 言われずとも……。睦月と冴島は、既に臨戦態勢だ。
「やはり嗅ぎ回ってやがったか。困るなあ。そう何度も邪魔をされちゃあ」
「っ……!? やっぱりお前達の仕業か!」
「筧刑事は何処だ? あの二人を何処へやった!?」
「さてねえ……。言う訳ないでしょうが」
 ヒヒヒッ。思わず感情的になる睦月らに、案の定ライアーは答えなかった。寧ろそうして
こちらを翻弄して、その反応を楽しんでさえいる。
 本性を現した自称・私立探偵。司令室(コンソール)側の皆人らも、既に市中に散って情
報収集に当たっていた國子以下仲間達に連絡を飛ばし、向かわせている。ザッと大きく両手
を横に広げて、ライアーは叫んだ。
「腸煮えくり返ってるのはこっちの方なんだよ! ……いい加減、消えて貰うぜ?」
 刹那、デジタル記号の光に包まれて、杉浦ことライアーは本来の姿を現した。寸胴な肉柱
のような身体に、巨大な唇が貼り付いた怪人態である。
「冴島さん!」
「ああ。ちょうどいい。相棒のバックアップを試すいい機会だ」
 睦月と冴島もこれに応じて、それぞれのリアナイザを取り出して構えた。「変身!」一方
は頭上に光球を撃ち上げてパワードスーツを身に纏い、もう一方はその銃口から自身のコン
シェル──ジークフリートを召喚する。
「スラッシュ!」
『WEAPON CHANGE』
「焼き尽くせ、ジークフリート!」
「ふはははっ! 死ねぇ!!」
 殆ど一斉に地面を蹴り、両者はぶつかった。守護騎士(ヴァンガード)姿の睦月と、流動
化する炎を纏わせたジークフリートの剣が、ライアーの図太い腕や拳と激しく交わる。戦い
は二対一、近接戦闘に持ち込まれた。重い打撃を振り回してくるライアーに対し、二人は左
右から切り結んでコンビネーションを活かし、同時の突きをその肉柱に叩き込む。
「ぐうっ……!? はは、流石だな。中々やるじゃねえか……」
 しかしそうして火花を散らし、一旦大きく後退った当のライアーは、白煙を浮かべた身体
を押さえながらも不敵に笑っている。
「なら──」
 するとどうだろう。ライアーはサッと両掌を目の前に広げると、パァンとこれを合わせた
のだった。小気味良い音が辺り一帯を、睦月と冴島の後ろへと通り過ぎてゆく。
「お前達は、俺に攻撃を当て“られる”」
 次いで宣言した。そんな不可解な行動に、睦月が頭に疑問符を浮かべつつも、一瞬攻撃の
手を止めてしまったことを後悔するように走り出す。
「ぬう……ッ!」
「っ?! 待つんだ、睦月君!」
 ハッと我に返った冴島が、思わず叫ぶ。だがその時にはもう遅かった。
 剣撃モードのEXリアナイザを振りかぶり、ライアーに向かって大きく振り下ろす。
 しかしその攻撃は……紙一重の所で彼のすぐ脇を空振っていったのである。思わず勢いの
まま前のめりになり、睦月がととっとよろめく。一瞬何が起こったのか理解できない、戸惑
うように不敵に嗤うライアーを見上げ、もう一度、殺気を込めて斬り掛かる。
「ふっ、ほっ……。ほれほれ、どうした? 随分と見掛け倒しじゃないか」
 なのに睦月の攻撃は、一向に当たらない。まるで向こうが軽くステップを踏んだ後の空間
に吸い込まれるようにして、繰り返し振るうエネルギー剣が空を切ってゆく。
『ま、マスター?』
「ど……どうなってるんだ? 何だか、目測が……」
 困惑するパンドラと睦月。
 そんな相手の隙を、ライアーは見逃さなかった。ニッとその大きな唇を歪めて哂ったかと
思うと、今度はこちらからと言わんばかりに重い掌底を、胴体の正面から左右、そして顎下
へと叩き込んで吹き飛ばす。
「があっ──?!」
「睦月君!」
 辺りの資材を巻き込んで盛大に転んだ、睦月のこの一部始終を、冴島は目を丸くしながら
見つめていた。通信の向こう、司令室(コンソール)の皆人も、この奇妙な現象にスッと目
を細めて観察している。
「な、何が……? もしかしてこれが、奴の能力……?」
「ああ。おそらくそうだ。気を付けてくれ。僕も前に一度、あの妙な技で逃げられている」
 片手で後頭部を抱えながらよろよろと起き上がり、睦月は頭(かぶり)を振った。そんな
彼に、冴島も確信を持ったように注意を促す。あの時とは見舞われた現象が違うようだが、
どうやら一筋縄ではいかない相手であることに間違いはないらしい。
「ふふ。これでお前達はもう、俺を倒せねえ。更に駄目押しに……こいつだ!」
 するとライアーは、今度はパチンと指を鳴らした。直後それを合図とするように、辺りを
囲む建物の上から、十数人の荒くれ達が一斉に飛び降りて来る。
『うおおおおおおおーッ!!』
 各々が雄叫びを上げ、デジタル記号の光に包まれる。
 その全員が、進化体のアウターだった。
「!? こいつら、まさか……」
「バイオ一派の残党か!」
 文字通り強襲を食らった形の冴島とジークフリートは、一転して防戦に回らざるを得なく
なった。怒涛の勢いで攻め立ててくる彼らに、自身のコンシェルでもって身を守る冴島は苦
戦を強いられる。
『拙い。睦月、援護を!』
「分かってるよ!」
 インカム越しからの皆人の声。だが睦月はそんな指示が飛ぶよりも早く、ライアーに背を
向けることになろうとも走り出していた。EXリアナイザを操作し、覆された数の利を埋め
ようとする。
『SUMMON』
『GENERATE THE MAGNESIUM』
『HARM THE LILY』
『STOMP THE HORSE』
 銀と緑、黒色の光球が銃口より飛び出し、睦月に先行してこの乱戦に切り込んでいった。
発炎棍を装備した金属質のサポートコンシェルと、百合をモチーフにし、毒の縄を放って敵
を縛り上げるサポートコンシェル。馬をモチーフにした、筋骨隆々のサポートコンシェル。
 生身という弱点を持つ冴島を守護するように、この三体が一斉に伏兵──バイオ残党達に
反撃する。発炎棍の炎に巻かれてもがき、その隙を突かれて吹き飛ばされ、或いは分厚い蹄
型の拳具(ナックル)で壁に殴り付けられ、一人また一人と残党達は爆発四散する。
「くっ……! すまない。助かった」
「いえ。それよりこのままじゃあ、奴を倒すどころじゃありませんよ?」
 冴島もまた、ジークフリートの渾身の一閃で内一体を倒す。流動化する身体を炎から雷に
替えて、攻撃よりも速さで敵の数を捌こうとした。
 合流し直して、互いに背中を預けて構えた二人は、この伏兵ことバイオ残党達の攻勢に窮
地に立たされていた。四方八方から迫って来るこのアウター達には、まさに鬼気迫った執念
のようなものを感じる。そんな彼らの合間を縫って、悠々とライアーが掌底を繰り返し打ち
込んでくるが、やはり何故かこちらからの攻撃は空を切ってばかりで当たらない。反撃ばか
りを食らってしまう。
「守護(ヴァン)、騎士(ガード)……!!」
「バイオさんの……ヘッジさんと、トーテムさんの仇……ッ!!」
 更にそこへまた、我先にとなだれ込んで来る、バイオ一派の残党。
 彼らは一様にぶつぶつと、睦月達への怨嗟を呟いている。

「──ふーむ。こりゃあ、案外粘るなあ」
 そんな二人の戦いを、ライアーはさも他人事のように、一派達の外周から眺めていた。
 自身も何度か攻撃を打ち込んで、間合いを空けたそのままに、彼は一旦大きく跳び上がる
と、近くの積み上がった資材の上に立った。残党達(かれら)も入れて、数の上ではこちら
が上回っているにも拘らず、相手も相手で味方のコンシェル達を呼び出しては必死の抵抗を
続けている。
「仕方ねえなあ。やっぱ、こいつも使っとくかねえ……」
 おーい、出番だ! するとどうだろう。ライアーがそう叫んで呼び立てた次の瞬間、その
眼下の路地からまた新たに、何者かが近付いて来たのだった。
 ま、また伏兵……? 睦月と冴島、召喚されたサポートコンシェル達が思わずその方向を
見遣る。ちょうど斜め向かいの路地から現れたのは、はたして新たな敵のアウターだった。
『……』
 分厚い防護用の鉄仮面を被った、両腕が巨大な放射器と一体化したパワードスーツ姿。
 睦月達が思わず目を丸くしていた。その面貌の下で、シューシューと何度も粗い呼吸音を
立てながら、ゆっくりとその重厚な金属質の身体を進めて来る。
 さあ、焼き殺せ! 資材の山の上で、ライアーがそう大きく両手を広げて叫んだ。
 無言のままそこに立ち、全身から大量の熱気を立ち上らせるそのさまは、まさに無慈悲な
処刑マシンと形容するに相応しかった。

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  1. 2018/08/21(火) 18:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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