日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「否日常の」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:炎、車、高校】


『お前はもっと、良い歯車になれよ?』
 今思い返してみれば、違和感はあの頃から始まっていたのではないかと思う。
 一体何時だったか。多分、小学校低学年くらいだったと思う。正月休みに親戚一同が集ま
って飲み食いしていた時、僕はそうおじさんの一人にぽんぽんと頭を撫でられながら言われ
たっけ。
 ……悪気はなかったのだろう。実際、僕の記憶の中のおじさんは、酔っ払ってコップ片手
に笑っていたから。
 でも僕は、その時何とも言えない心地の悪さを味わった。これも記憶に強く残っている。
少なくともそれはただ単に、おじさんの酒臭さとか子供扱いのせいだったとは、どうしても
思えない。
 ……誰も否定しなかったからだ。多分あの時、あの場にいたおじさんやおばさん、両親と
いった大人達全員が、それを“当たり前”のことと受け止めていたからだ。誰一人、それを
笑い飛ばして気にも留めていなかったからだ。
 そのさまが、当時の僕には酷く恐ろしく思えた。
 皆笑っているに、本当は誰一人“笑って”いないんじゃないかって。

 生きるって何だろう?
 子供ながらに、僕はそれ以来漠然と考えるようになったのかもしれない。
 よく遊ぶことが子供の仕事だと云うけれど、じゃあその後は? 学校に入って勉強して、
いい大学に入っていい会社に入って、いっぱい稼ぐ。
 でもいいって、何? それまで好き放題に遊んでいていいよと言われていたものが、急に
教室の中に押し込められて、これこれはこうですよと沢山詰め込まれる。胸がいっぱいにな
って吐き戻しそうになっても、大人達は僕を見下ろしながらそれを許してはくれないんだ。
皆口を揃えて「情けない」だの「だらしない」だの、よく分からない基準を持ってきて僕達
をどんどん絞り上げてゆく。学校は本来そういう所だと言われてしまえば、確かに否定はで
きないのだけど。
 ……多分、そういった色んなものを詰め込んで、呑み込んでいくのが“大人”になるって
ことだったんだろう。いや寧ろ、そういう意識さえせずにやり過ごせるようになることの方
が大事だったのかもしれない。
 だけど僕は、そうはなれなかった。あの時の、おじさんの言葉の所為だと言ってしまえば
簡単だったのだろうけど、当時はそこまで自分を振り返ることすらなかった。余裕がなかっ
たというか、発想自体がなかったというか。
 勿論、僕以外にもじっと座っていられないような子もいたかもしれないけど、心の中とい
う意味では、きっと僕は当時の誰よりも“荒れて”いたんだと思う。じっと一つの教室の中
に、何十人もの子供達が詰め込まれて下を向いているのを、僕自身内心凄く恐ろしい気持ち
で横目を遣っていたんだ。
 ……僕らは“歯車”になる。
 脳味噌を介してみる僕のセカイは、そんなじりじりと迫って来る“焦り”と共にあった。
クラスの子達がどんなに無邪気に勉強している時でも、ご飯を食べている時でも、休み時間
に遊んでいる時でも、僕の目には大きな大きな歯車が、すぐ頭の上でゴゥンゴゥンと回り続
けている姿が視えていた。
 そして何よりも……その下が恐ろしい。パチパチと深く黒い炎が、そんな歯車を──僕達
を炙るかのように燃え続けている。
 怖かった。気が気でなかった。どれだけ周りの子が歳相応に、子供のままに“今”を生き
ていたって、どうせ僕らはあの歯車にさせられるんだとばかり思っていた。どうして? 何
の為に? そんな質問に誰も答えてくれないまま、時間だけが過ぎてゆく。ゴゥンゴゥンと
僕の頭の中で、その回り続ける鈍い音だけが響いている。
 だから子供の頃の僕は、よく「集中力がない」とか「人の話を聞かない」などと通知表に
書かれていた。本当はそんな歯車が怖くてずっと怯えていたんだけど、中々上手く説明でき
なくって。運よく話を聞いて貰えても、頭に疑問符を浮かべて、まるで異物でも見るかのよ
うな目で見つめられた記憶ばかりがある。
 ……もう少し後に生まれていたら、僕の人生は違っていたのだろうか? 或いはあの時、
あの言葉をおじさんに投げ付けられる未来は変わらなくて、僕という人間はやっぱり僕のま
まだったんだろうか?
 歴史に「もし」は無い。
 分かっていても、時々僕は思う。もう少し前に生まれていたら、それこそもっとあからさ
まに気狂い扱いされただろうし、後であっても言い回しが違うだけで、やっぱり腫れ物扱い
されていた気がする。
 ……僕は、早々に折れてしまった。
 見えない筈のものが視えるような気がして、その大きさと暗さにどうしようもないと震え
るしかなくって。
 僕は楽しめなかった。
 いわゆる青春っていうものを。長いようで短い人生の内の、目眩ましのようなほんの一時
でさえも。

『辞める? 何言ってるんだ。辞めてどうする?』
 中学までは頑張った。義務教育だし、その頃はまだ半分“当たり前”に身体が引っ張られ
てくれていたから。
 でも、高校に進んでからはてんで駄目になってしまった。中学の時よりもずっと難しくて
種類も多くなった勉強に、それまで以上に日常的にちらつくようになった進路──将来どう
するかっていう話。何より僕のことをよく知らない他人達が増えて、露骨に僕を異物のよう
に見る眼に晒され続けて、あっという間に僕はあそこに居る意味を見失った。
 ……単純に、勉強についていけなかったという理由もある。
 実際、学校を辞めたいと相談した先生は、その辺りを原因に見ていたらしい。だからここ
で安易に投げ出してしまっても、進路がどん詰まりになるぞ、とか就ける仕事がぐっと減っ
てしまうんだぞ、とか言われた。でもそもそも僕はその“未来”が怖かったのであって、到
底背負い切れないと思ったからなのであって、この人のお説教は寧ろ当時の僕を意固地にし
たんだと思う。
 縋った筈なのに、激しく怒られて。
 縋ったって、今までも誰も解ってはくれないって知ってたのに。
『……分かりません。でも辞めます。辞めさせて、ください』
 僕は言った。怒鳴られるのを必死に耐えながらも、そんな所でばかり勇気を振り絞って舵
を切ってみせたのだった。
 だから僕は──いわゆる高校中退。もっと手厳しく表現すれば中卒。
 このご時世、中々就職口さえ見つからなかった。そもそも伝手なんて無かったし、気持ち
の方がもう十数年来折れっ放しだったから、身体もついては行かなかったのだけど。
 以来それから僕は、ずっと自分の部屋に閉じ篭る日々を送った。一日中カーテンを閉め切
って布団に潜って、只々震える日々を送った。こうして漫然と過ごしていても、あの歯車は
じりじりと迫って来ていることぐらいは、他人に言われなくても解っていたのだから。
 ……そりゃあもう、最初の頃は父も母もかんかんで。
 部屋の外で、一階の方から「何であんなざまになったんだ」とか「これじゃあ近所に顔向
けができない」とか、ひいては「お前の教育が悪かったんじゃないか」だなんて、母に責任
を擦り付けようとさえしていた。一方で母も「分からない」の一転張りで、ヒステリックに
泣き散らすばかり。だけど「義母さんや義姉さんにバレたら何て言われるか」と体面ばかり
気にしていたという点ではどっちもあまり変わらなかったけど。

 ──ああそうだよ! 全部お前らの所為だ!
 ──ごめん。父さん、母さん……。

 だから僕の中では、いつもそんな真逆の感情同士が殴り合っていた。一方はこの境遇を外
に吐き出そうとしたし、もう一方は尚も自分の中に押し込めて通り過ぎるのを待っていた。
 いや、でも……。
 吐きだして、何? 通り過ぎて、何?
 まさしくどん詰まりだったと思う。自分が選んで、自分で突き進んだ悪手だということは
とうの昔に解っていた。このままじゃいけない、あのままじゃ駄目だったんだと振り返って
は焦る。そんな頭の中の繰り返し自体はそれこそ数え切れないくらい。
 ……なのに、じっと部屋に籠もれば籠もるほど、年月が経てば経つほど、僕の中に堆積し
ていったのは憎しみだった。しばしば自分の自業自得を棚に上げて、どんどん大きな主語で
もって自分の周りの他全てを恨むようになった。

 ──どうしてだ? どうして誰も、このおかしさに気付かない?
 ──どうしてだ? どうして誰も、あの理不尽と戦おうとしない?

 脳裏に描かれるのは、いつものあの歯車だった。ゴゥンゴゥンと僕たち子供の頭上に肉薄
しては、不気味な鈍い音を立てている姿。それらを挟んで追い込むようにして、更に下から
は黒い炎がパチパチ延々と燃え続けている……。
 どうして? 僕は自分が自分の内側で、ぐちゅぐちゅに掻き混ぜられているのを感じ続け
ていた。そうなのだと自覚したのはこの頃、本来はずっとずっと昔、あのまだ小さな頃だっ
たのだけど、僕は始めから僕ではなかったのだと感じていた。あくまで僕は僕という皮を被
った何かであって、僕じゃない。代替可能な──即ちあの歯車の一つのような何か。結局僕
らは、あれを回し続ける為に生まれてきて、宥めすかされながら今日まで育てられてきただ
けなんだと認識(し)った。
 ……なら、どうする?
 どうしようもなかった。だって僕はこの時既に、詰んでいた訳だから。
 他に僕が僕として生きる道があった訳じゃない。ただ皆がそうであってきたように、粛々
と受け止めてきた“義務”を、何処かで僕だけは例外だ、特別なんだと自惚れて怠け続けて
きただけのことなんだ。逃げて逃げて、そのツケが回ってきた当然の報いなんだ。
 良い“歯車”になれ。
 それはつまり裏を返せば、そうなれなかった僕は“不良品”なんだという現実──。

『じっと籠もってても身体に毒だろうよ。どうだ、いっぺんうちで働いてみねえか?』
 だけど、そんな僕にも天気が訪れたのは……引き篭もり始めて五年目の春。
 切欠はほんの些細なことで、僕がうんとかああとか言う前にどんどん進んでいって。
 同じ町内に住む小父さんだった。昔からその一角で酒屋を営んでおり、僕らが子供の頃か
ら面識がある。何処から聞いたか──流石に何年も家にいたら気付かれて当たり前だったの
だろうが──知らないが、ある時ひょっこり部屋にやって来たかと思えば、そう僕を誘って
きたのだった。
 小父さん、もとい大将の店はよく知っていた。あの正月の宴会も大将の店から酒を調達し
ていたような気がする。昔ながらの小さな店だ。だけどもここ何年かは色々営業努力とやら
をやっていて、ちょうど人手が欲しかったのだという。僕は正直戸惑ったが、父や母は縋る
ような思いだったのだろう。何度も何度も頭を下げて宜しくお願いしますと言っていた。僕
も、大将の屈託ない笑みにつられるようにして……気付けば店員第一号となっていた。
『僕、中卒ですけど……』
『構いやしねえよ。読み書きさえできりゃあ、後は何とでもなる』
 何ともまぁ、お節介な。
 でも実際、僕はこの一件を機に外に出られるようになった。ろくに働いたことも他人と話
したこともなかったので、最初の内は店の前掛けに着られるばかりの日々だったけれど。
 ……大将は、本当に僕を従業員として使ってくれた。流石にいきなり大枚を叩いてという
訳にはいかなかったけれど、小遣いくらいの給料は毎月きちんとくれた。
 本当にいいのか? 経営的に大丈夫なのか?
 僕は大いに戸惑ったものだが、大将はいつもの陽気な笑いで頷いてくれる。「いいんだ、
取っておきな」と。加えて「半分俺もボランティアみたいなモンだからさ?」と。

 毎日店の中を掃除する。一つまた一つと酒の名前を覚えてゆく。ついでに一緒に売られて
いる昔ながらのつまみも少々。
 働きがてら、大将は色んなことを話してくれた。自分の来歴やら仕事のノウハウ、ひいて
は将来に対して役立つような、色んな形の学び方なども。
 ……僕が通信制の高校に通い出したのは、それから暫く後のことだ。流石に大学までは、
専門的な何かを学びたいという強烈な意欲はなかったけれど、せめて高卒の資格くらいは持
っておいた方がいいと言われたのもあって。
 多分、何年か前の自分が見たら、絶句するのだと思う。或いはそんな“世俗”におもねっ
た僕の姿を見て、思いつく限りの罵倒でもぶつけるのだろうか。
 ……でも、あまりに遅過ぎた感は否めないけれど、これで良かったのかなと今の僕は思っ
ている。きっと色々と“考え”過ぎたんだ。色々と主語を大きくして、自分の目の前に経つ
セカイを見上げるほど巨大にしてしまったから、途方もなく為す術も気力も失っただけで。

 主語なんてのは──別に大きくしなくていい。
 少なくとも自分自身は、イメージするほどそんな大きくはなれないんだから。なのに観え
るものばかりの粗を探して、どんどん憎むことばかりをしてきたものだから、結局自分一人
では抱えきれないほどの現実になってしまった。“敵”ばかりが肥大して、それに勝たなけ
ればいけないと思い込むようになって久しかった。
 ……別に誰もが、“魔王を倒す勇者”になんてならなくていい。
 寧ろ大抵の人間は何の変哲もない“村人A”だし、そこに負い目を抱く必要なんてない。
出来ることと出来ないこと、向いていることと向いていないことがあるのだから、それぞれ
に分業すればいい。もっと小さな世界を、目の前の現実を──生きるだけでいい。
「……」
 とは言っても、未だに僕は昔の頃の自分が疼く。世の中の色んな暗部が暴かれたりすると
つい悶々と“怒って”しまうけれど……そんな時はなるべく関わらないようにしている。距
離をおいて、とにかく落ち着くように努めている。まぁ向こうはそうやって他人の感情を刺
激するのが仕事なんだろうけど、そこに応じて本当に戦うのは僕じゃない。それこそもっと
適任というか、能力や技術のある人がいる筈で、彼らに先ずは任せるべきで。
 だからまだ僕は、酒屋の手伝い一号でいい。いずれはもっと違うこと、違う場所に移って
いくことになるのだろうけど、今はこうして一人店先で箒を掃いている。最近は町内の人達
がお客としてやって来ては、僕にも挨拶をしてくれる。最初は引き篭もっていた頃の自分が
バレるんじゃないかと思って内心身構えていたけど、少なくとも表面上は朗らかだ。そりゃ
まぁ、陰で何を言われてるか分かったものじゃないけど……面と向かって一々“敵対”して
いたらキリがない。少なくとも、僕は此処でそう学んだ。
 最近は貰った給料をちょっとずつ貯め、自分のお金を使うという感覚も楽しもうと試みて
いる。それこそ昔の僕に、世俗に染まったと非難されるんだろうが……努めて聞かないふり
をするようにしている。何だかんだでお金があれば、出来ることは増える訳だし。
 ……きっとこの疼きは、罪は消えない。
 少しずつ、宥めすかしながら同居してゆくしか、方法はないんだろうと思っている──。
「おーい、○○ー。ちょっと来てくれー」
 なんてことをぐるぐると考えていたら、店の奥から大将の呼ぶ声が聞こえた。
 少し前に出先から戻って来た所だから、空箱の運び出しか。或いは帳簿だろうか。一旦箒
を軒の隅にそっと置いてから、僕はゆっくりと歩き出す。
「あ、はい。何ですか──?」
                                      (了)

スポンサーサイト



  1. 2018/08/19(日) 00:00:00|
  2. 週刊三題
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<(長編)サハラ・セレクタブルⅢ〔37〕 | ホーム | (雑記)感情(こころ)を殺す生き方>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://higurasisouann.blog27.fc2.com/tb.php/1026-6a27ccce
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

訪問者累計

最新記事

最新発言

検索窓

月別履歴

07 | 2019/08 | 09
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

分類/索引

【案内板】 (2)
【小説:短編】 (20)
本の蟲 (1)
硝子野不動産店 (1)
夏の日の幻影 (1)
四番線の彼女 (1)
夢視の宿 (1)
線を曳く町 (1)
炬燵の神様 (1)
三者三盗噺 (1)
色眼鏡 (1)
奴らは攻城戦師 (1)
詰め替える (1)
同じ籠の狢 (1)
二十年後の遺言 (1)
轍の先 (1)
水に流せば (1)
真夜中の御二柱 (1)
いつか見た夢 (1)
神様達の初詣 (1)
白い花束 (1)
丸の代償 (1)
【小説:長編】 (186)
Amethyst League (6)
アンティーク・ノート (3)
ユウキのヒカリ (5)
NIGHT GUNNERS (5)
レディ・ルーン-Bonds of RU'MEL- (6)
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- (107)
死に損いのデッドレス (5)
Dear SORCERY (4)
サハラ・セレクタブル (45)
【企画処】 (455)
週刊三題 (445)
その他参加物 (10)
【資料庫】 (2)
【落書帳】 (2)
【詩歌帳】 (8)
【雑記帳】 (393)
【読書棚】 (32)
【遊戯倉】 (25)
path. (4)
decide: (3)
ユー録FW(凍結中) (17)

記事録

交友関係

このブログをリンクに追加する

(RSSリンク)

(QRコード)

QR

Tweets by long_month