日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「リスポーン」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:灰色、犠牲、新しい】


 何だか分からない──信号(シグナル)のようなものが上から降ってきた気がして、彼は
水中から水面へと、その意識を引き揚げさせられる。
「……」
 最初、視界に映ったのは殺風景な白灰のタイル。
 それが天井だと気付くのに、彼は数秒の間を必要とした。身体が動くのだと、自分の身体
だと認識してのそり上半身を起こすのに更に数秒、そこからぼうっとした頭で辺りを見渡し
切るのにも数秒掛かった。
 殺風景な、少々手狭な部屋だ。天井と同じ色で統一された四方八方の壁は黙ってこちらを
圧迫するようで、さりとて一定以上は“動く”気配もない。気のせいなのだと言われている
ような気がする。
 彼が眠っていたのは、床に備え付けられた半球型のベッドだ。余分な装飾の一つさえ無い
フォルムは、まるで半分に切った卵のように見える。
「……」
 ぱちくりと何度か目を瞬いて、彼はそこから起き上がった。ぺたぺた、とやはり無機質な
床の上を歩きつつ、予め身体が覚えているかのように壁面の一角に手をやって収納スペース
を開けると、五着ほど全く同じデザインで揃えられた薄青色の作業着に袖を通す。出入口と
思しき扉の傍にセットしてある、番号の書かれた札を、その腕章部分に挿し込む。

『No.3966』

 札に書かれていたのは、簡潔にただそれだけだった。
 だが彼──No.3966は、其処にこれといった違和感は覚えない。もうずっと前から
それは当たり前で、自分という人間を規定する数少ない記号だと認識していた。少なくとも
3965人が、自分よりも先に生まれて生きている。それだけで充分だった。或いは後に生
まれてきた者達もいるのだろうが……淡白に動き続ける頭脳には、それ以上益体のない思考
を巡らす暇は許可されていない。
 予め身体が覚えているまま、部屋の外へ。
 同じく殺風景な──人工の明かりが絶えずに若干明るめの廊下の至る所に、自分と同様の
部屋の入口が点々と在るのが見えた。自分と同様、同じ作業着に身を包んで出掛けてゆく者
達の姿もちらほらと見える。
 見上げる空に広がっているのは、果ての見えない建造物群。くすんだ青いそれと同化する
ように、透き通った蒼白の塔が高度を競い合うように佇んでいる。その一見して折り重なる
かのように錯覚する塔らの合間に、無数の通路と思しき硝子質の筒と、もう一層・二層低く
造られた建造物群が繁茂する。
 彼は、他の作業員らと何となく合流しつつ、この日の現場に向かった。住居区域の出入口
に設けられた広場には中空に大きなディスプレイが浮かび、各人に割り当てられた仕事先が
表示されているのだ。
 彼らが働くのは、主に下層。天を仰ぐ建造物群とは正反対に、只管足元足元に目を凝らし
て回廊を渡り、佇む配管や設備の保守・点検を行うのだ。
「今日はこの十六地区の整備作業だ! スケジュールに狂いが出ないよう、全員一丸となっ
て取り組むように!」
 現場の作業を取り仕切るのは、B級の市民──彼のような末端作業員たるC級市民を統率
し、網の目のように広がる都市を管理する前線の隊長格だ。濃いブルーのラインをその作業
着に加えた数人の彼らを前に、3966のような薄青の作業員達がずらり整然と並ぶ。

 日々の作業には、果てという概念が存在しない。
 それだけこの都市が、広大ということなのだろう。彼らC級の市民達は、ただ毎日与えら
れた仕事をこなすだけだ。実際着々と必要な保守・点検、ないし増改築などは行われている
のかもしれないが、横の関係ですら希薄な彼らに、それらを確かめる術はない。そもそも同
胞が全体でどれだけいるのかさえ、彼らは知らないのだ。スケジュール全体のそれとなれば
言わずもがな。把握しているとすれば、現場監督を務める一部B級市民か、更に上のA級や
S級の市民──最早上層部と呼べる存在達だけだろう。少なくとも彼らにしてみれば、一生
縁の無い者達ではあるが。
「……っ!」
「はぁ……ッ!」
 資材を担ぎ、黙々と作業をする。
 どうやら今日は眼下にある大きな配管の一つを取り替える工事らしい。3966らが足場
を組んでアプローチを作る一方、頭上では吊り上げ機を操縦する別の作業員が、その替え用
の配管をゆっくりとスライドさせつつ運んでいた。眼下には黒い点のように小さく見える彼
らと、底なしの大穴が、都市の足元を走る無数の配管やら足場やらの隙間を縫っては、大き
く口を開いている。
「……」
 彼は、3966はじっと汗を流しつつ考えていた。自分達は一体、何の為にこんなことを
しているのだろう? と。
 解っている。それは不必要な疑問だった。多分訊けばこの都市の為、皆の為に互いに分業
している、それだけだとB級の監督達は答えるのだろう。実際当の本人らも、全体としての
その意義をよく知らないのかもしれない。
 不満、という表現は少し違う。少なくとも衣食住は完璧に保証されているからだ。
 着る物はこの作業着他、部屋着があの収納スペースに洗濯された状態で配管の中から随時
スライドされてくるし、多少手狭な──人数分を確保しようとすれば仕方ないが──個室も
用意されている。温度や湿度は常に調整され、こちらも多少弄れる。申請さえすれば娯楽品
も配給されるそうだ。誰かの創った物語や思想そのものが、この世界に“他者”がいるのだ
と実感できる数少ない手立てとなっている。
 食事も同じく配給制。食堂棟に行けば毎日必要な栄養素を補給できるし、通貨に余裕があ
れば、個人的な買物もできる。やはりいつも固形のビスケットや水分ボトルでは飽きという
ものが来てしまう。贅沢品には違いないが。
 ……では、一体何故自分はこうも心の片隅で悶々としているのだろう? いや、そもそも
“自分”とは何だ? “心”とは何だ? 彼は静かに眉根を寄せて忍耐する。
 全てはこの変わらぬ殺風景な世界がそうさせるのか。時折仰ぐ蒼白の塔は整然として綺麗
だと感じるが、一方でそこに物足りなさを抱くこともある。変わらないことは安心だが、変
わらないこともまた不安なのだろう。結局それは酷く個人的で、集団というものの和を乱す
要素にしかならないと理解はしているが──当たり前のように思考パターンに組み込まれて
久しい気がするが。
「こら、そこ! 何をしてる!?」
 そんな時だった。ふと監督の一人が怒声を上げるのを耳に届けて、彼はハッと顔を上げて
辺りを見渡した。ぼうっと益体のない思考に耽っていたせいで、咎められたのかと思った。
「No.5033、4915、今すぐ暴力行為を止めろ!」
 だがどうやら監督が見ていたのは、向こうで何かしら取っ組み合いの喧嘩を始めている、
他のC級市民の作業員達だった。周りの面々は、ざわざわと渋面を作ってこれを遠巻きに眺
めていたが、誰一人止めに入ろうとはしない。自分に割り当てられた作業が滞れば、それは
即ち自分の責任になるからだ。
 で、でも! こいつが俺を──! 当の二人は抗弁しようとしていたが、次の瞬間集まっ
て来たB級の監督達に詰め寄られて、呆気なく拘束されたようだった。
 聞き耳を立ててみるに、どうやら作業の進みを注意した・されたで口論になったらしい。
二人とも後ろ手にデジタル記号の表示された手錠を嵌められ、連れて行かれてゆく。
「こいつらは“駄目”だな」
「廃棄室(シュート)に連れて行け。代わりの者を入れよう」
「──」
 そう早々に収められた向こうから、そんな言葉が彼の耳に届いた直後の事だった。
『しまっ……! やばい、逃げろーッ!!』
 頭上からだったのだ。突如として通信越しから作業員の声がし、ぐらりと面々の視界に暗
い影が差す。とてつもなく巨大な気配と、圧縮される時間……。
「……っ?!」
 吊り上げ機で運ばれていた替えの配管が、その固定ワイヤーから外れて落下してくる様子
だった。半透明の操縦席の中で血相を変えている作業員の表情(かお)が見える。どうやら
先ほどの喧嘩を、彼もまた頭上から思わず見物──余所見をしてしまっていたらしい。スラ
イドさせていた反動が強過ぎて、千切れてしまったのだろう。
 迫っているのに。
 なのに3966(かれ)は、自分でも驚くほどに冷静だった。

「──畜生。今日はとんだ厄日だ」
「こりゃあ十や二十じゃ効かないぞ? 査定に影響が出るのは必死だな……」
 記憶を遡る限り、彼が覚えているのは先ずそこから。どうやら自分を含めた少なからぬ作
業員達がこの配管落下に巻き込まれ、下敷きになったらしい。実際視線と視界は下方に押さ
えつけられたままで、びくとも動かない。
「だが、この状態で続行は無理だろ」
「仕方ない……。おーい、管理局に連絡してくれー!」
 それからは、一気に記憶が曖昧になった。どうやら上層部か担当部署の誰かが自分達を担
架らしきものに乗せて運んで行ったようなのだが、その道中のこともよく覚えていない。具
体的に言うと、視界に映っていたであろう他区域の景色が一向に再生されないのだ。程なく
して、気でも失ってしまったのか。

 “自分”が、融解する。

 それから暫くは、長い長い間、真っ白な液体の中にでも浸っているような心地が続いた。
 いや……“それから”とは何だ? 自分はもっと前から此処に居たのではないのか? 記
憶が混線している。まるで自分とは別の、他人のそれが入り込んでいるようだ。気持ち悪く
って、何とか吐き出したくなる。ごぼっと、口から気泡が溢れた。薄らと瞑っていたらしい
目がその時一瞬開いた。
『──ええ、大丈夫です。既に代わりなら造ってありますよ』
 黒く反転する。あれは何だ? 白衣の男達がいた。誰かと電話しているように見えた。
 何より視界のすぐ前に在ったのは、硝子か? 満たされている。本当に自分は、液体の中
に浮かんでいるのか?
『──次フェーズ。3178、3402、3884、3966、4001。開放します』
 より黒く暗転する。意識がベリベリと引き剥がされるようにまっさらになってゆく。そう
だ、白くなるのではない。真っ黒に落ちてゆくのだ。……また? 何の話だ? 駄目だ、時
間がない。考えようとすればするほど、自分が自分ではなくなっていく。電源を落とされる
ようにまっさらに消えてなくなってゆく。

 何 なんだ ?
 自分 は 何の 為に こん な 場所 ──。

「……」
 何だか分からない──信号(シグナル)のようなものが上から降ってきた気がして、私は
水中から水面へと、その意識を引き揚げさせられた。ゆっくりと目を開け、直後視界に入っ
てきた殺風景な白灰のタイルを見つめた。それが天井だと、自分の部屋の中だと理解するの
に、数秒の時間を要した。
「んっ」
 身体が動く。何度か掌を握り返してみて確かめて、私はゆっくりとこの自分が寝かされて
いたベッドから起きた。卵を半分に切ったような、床に備え付けられたタイプだ。
 ついさっきまで自分が寝ていたとは思えないほどに、その中は無機質で反応がない。ほん
のり熱が感じられたような気がしたのは、自分の体温か。何故か寝床だったそれに、妙に濡
れた跡があったのも、少し不思議ではあったが……。
 一旦大きく息を吐き、落ち着くよう努める。毎度眠れているのかいないのか、自分では定
かではなかったが、突っ込んで探るようなことも野暮だろう。必要となればシステムの側で
個々に補給がなされる筈だ。そう……記憶している。
(さて、と……)
 心なしゆらゆらと、しかし身体はちゃんと次のルーティンを覚えていて、私は部屋の一角
に手を遣って収納スペースを開いた。既に綺麗に洗濯されて吊るされている薄青の作業着の
一つに袖を通し、そのまま半身を返して扉の傍にセットしてある番号札を手に取る。
 No.3966。
 腕章部分のホルダーにこれを挿して、そっと扉に触れた。システムが私を私だと認識した
上で、施錠が開放される。扉の向こうの廊下から、部屋よりも明るい白さが差した。
                                      (了)

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  1. 2018/08/12(日) 00:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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