日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅶ〔98〕

 白咆の街(グラーダ=マハル)郊外、その道中。
 ディノグラード家からの使者が運転する鋼車に分乗し、その館を目指していたジーク達北
回りチームは、突如して彼らからの裏切りに遭っていた。中からは銃を突き付けられ、外か
らは竜族(ドグラネス)の戦士達に包囲され、為す術もなく一行は両手を上げた状態で鋼車
の外へと──積雪点々とする山道の只中に連れ出される。
「何で。何でだよ……?」
「……」
 そんな面々の中心に立つのは、七星の一人であり、ディノグラード家の嫡子でもあるセイ
オン。冬間近の竜王峰を背後遠巻きに臨み、ジークらが困惑と共に問い詰める中、その顔色
は明らかに浮かないものだった。
「ここから先は……行かせられない。悪いが君達には、このまま留まって貰う」
「えっ……? ど、どういうことですか?」
「おいおい。案内に応じておいてそれはないだろう……」
「そうね。いきなり過ぎるわ。理由を……教えてはくれないかしら?」
 レナやリカルド、そして団長イセルナも口々に問う。だがそれにセイオンは答えようとは
しなかった。代わりに深く眉間に皺を寄せ、静かに大きなため息をつく。
「……思えば、君達とは不思議な縁があるな。皇国(トナン)内乱から始まり、大都消失、
聖都(クロスティア)の一件、そして大爺様の聖浄器──あの頃は、こんな形で君達と相対
することになるとは思ってもいなかった」
 少なくとも、彼の眼差しと纏う雰囲気には、多分に“哀しみ”が含まれているように思え
た。配下の戦士達も同様だ。
 なのに彼らは何故、今こうして自分達に刃を向けようとするのか? それが分からない。
「できれば手荒な真似はしたくない。大人しく、言う通りにしてくれないか?」
『……』
 故にギリッと、しかしはいそうですかと折れる理由も見出せず、ジーク達は寧ろ警戒の気
色を強めていた。ゆっくりと腰の剣や銃に手を伸ばし、物音をも抑えつつオーラを練る。
「断る。俺達は爺さんに“会いに行かなきゃならない”んだ」
 互いに目配せをする隙さえ惜しかった。誰かに言われるでもなく、次の瞬間ジークは困惑
を無理にでも振り切るようにして、そうキッと険しい表情で言い放った。
 どんな理由──事情があるのかは分からない。
 だがもし彼らが、あくまで自分達の行く手を阻もうとするのなら……。
「……そうか」
 残念だ。そしてセイオンも、言外にそう漏らすようにまた嘆息をつくと、自身も腰の剣を
揺らしながら一歩前に出た。周りの部下達も、それを合図とするようにザリザリッと、一行
を包囲する距離を縮め始める。
「ま、待ってください! 私達は、皆さんと戦いたくは……!」
「そうです! 一体何があったというんですか? 何が理由でこんな──」
「シフォン。無駄だ。彼らに聞く耳はない」
「こんな所で消耗するなんて不本意だけど……やるしかないわね。突破するわよ」
 そんな彼らの動きに、レナは尚も必死に説得しようとする。ヨーハンとの面会を通じて、
同家の者達と事を構える気などそもそも持ち合わせていないのだ。シフォンやクレアも、納
得がいかないという風に首を横に振っているが、目の前の状況はそう悠長に構えていられる
ものではないらしい。
「……こんな歓迎は、御免被りたいんだけどね」
「足止め、だろうなあ。わざわざ使いをこっちに送って来ておいてまでだし……」
「うう……。何でこんなことに……」
 あくまでセイオン達は、こちらを阻止する構えのようだ。ハロルドやリカルド、クレアが
心を臨戦態勢に、銃を抜き、ピンを五指の間に構えてめいめいにごちている。ジーク達は仕
方なく応戦する他なかった。動機がいまいち分からないが、このままでは埒が明かない。と
もかくこの包囲網を、何とか突破しなければ。
「……。何でこうなっちまうんだよ」
 呟く舌打ち。それはジークに、仲間達にとって、言外に主語を大きくしたこれまでの旅路
に対する怨嗟のようでもあった。
 二刀を抜き放ち、同時にオーラを全身に巡らせる。同じく竜族(ドラグネス)の戦士達が
一斉に地面を蹴り、攻撃を仕掛けてくる動きがスローモーションのように五感に映る。オズ
がその機械の剛腕を、レナが指に嵌めた魔導具を、シフォンが靄状に変えたオーラを足元に
叩き付ける。イセルナが駆け出しながらブルートを纏い、周囲に冷気を吐き出す。
「──」
 そんなぶつかる寸前、両者の向こうでセイオンはじっとこちらを見ていた。
 同じくスローモーションの世界。その眼差しは、表情は、まるで思い詰めたように深刻な
それのまま、ざらりと腰に下がった長剣を大きく弧を描くように抜き放つ。


 Tale-98.白き峰の頂にて(前編)

 一方その頃、ルフグラン号内では、帰還したダン達南回りチームと留守組の面々が別の理
由で慌しくしていた。
 原因はただ一つ、先刻映像器で観たワーテル島の復活である。一度“結社”の空間結界に
よるものと思しき消滅をみた後、再び激しい力の余波と共にこちらに戻って来たのだった。
「もしもし、聞こえるか? こちらブルートバード、ダン・マーフィだ。一体、そっちの方
はどうなってる?」
 レジーナやエリウッド、技師組の面々に通信を繋いで貰って、ダン達は旧ワーテル島──
保守同盟(リストン)追討に掛かっている統務院の王や議員達とコンタクトと取っていた。
予め伝えられていたチャネル、彼らの会議通話に加わり、捲くし立てるように訊ねる。
『お、おお……。お前達か』
『そっちこそ、十二聖の聖浄器は回収できたのか?』
「こっちが把握できた分は一通りな。それで、どうなんだ? さっき映像器で観たが、取材
の飛行艇が消し飛んでたぞ」
 ブルートバード、特務軍。即ち信頼の置ける駒。
 中空のホログラム映像、通信の向こう。ダンの声を聞いた王や議員達は瞬間、場に割り込
んできた彼の剣幕に驚いたようだったが、同時に安堵もしていた。事態が目まぐるしく動き
回っている中、最早“政治家”だけでは手に余りつつあったのだろう。
 ハウゼンやファルケン、ロゼやウォルター。四盟主もすぐに回線をこちらに回して来て、
顔を覗かせる。ダン以下船内の面々が、これを若干睥睨や不安視するように見上げた。
「そもそも今回の討伐は、ハーケン王子の弔い戦──報復じゃなかったのかよ?」
『……ああ』
『基本はそうさ。だが、どうも予想外の出来事が続いちまってな』
 秘葬典(ムスペル)と轟雷鎚(ミョーニル)。自分達地底回りは、二つの聖浄器を回収し
終えたと伝えた。通信の向こうで、ハウゼンがファルケンが、それぞれ苦渋や思案顔をして
答えている。
 曰く“結社”の介入で、自分達対保守同盟(リストン)もといヘイトという構図が、なし
崩し的に三つ巴の様相を呈してしまったのだという。
 加えて彼らが、大都消失の際と同じ大規模な空間結界を展開したことで、一時現地のヒュ
ウガ・ウル達と連絡が途絶えてしまった。その結果、各地に展開していた黒瘴気らはジリ貧
にこそなったが、その間に内部でヘイトの首を彼らに取られてしまった。
『覚えているか? 聖都(クロスティア)でお前達と戦った、あのライルフェルド博士だ』
『それに先ほど、ヒュウガ達が話した情報が事実ならば……あの鎧の男は、かのゴルカニア
皇帝オディウスだ』
『──ッ!?』
「何……?」
 そうして話している間にも、半壊したワーテル島と黒瘴気の迷路から出て来たヒュウガ達
と重鎧の男率いる“結社”の使徒達が、目まぐるしく移動しながら戦っている。映像の向こ
うで霞むような速さの剣戟と、ヒュウガの血の《雨》やウル達の具現装(アームズ)の雨霰
が飛び交っている。
 ダン達はそんな現地の状況を目の中で追いながら、存外に二転三転していた状況を呑み込
むのに必死だった。更にウルが片手にしている、一本の見知らぬ装飾短剣の正体について聞
かされた時、一同は思わずざわっと全身が強張るのを感じていた。
「──自在鑓ブリュンナク?」
『ああ。“千面”イグリットが使っていた聖浄器、だそうだ』
『保守同盟(リストン)が……ヘイトが持っていたらしい。完全に予想外だったがな』
 それ故、重鎧の男達はヒュウガ達への攻撃を止めないし、ヒュウガ達もヘイトの首を横取
りされた分を取り戻さんと彼らを討とうとしている。
 だが……。ダンはギリッと、半ば無意識に歯を噛み締めていた。
 みすみす逃すつもりは無いということなのだろうが、一同の目には、映像器越しに巻き込
まれた人々──兵士達の負傷し、絶望して逃げ惑う姿が現在進行形で焼き付いている。
「そんな……」
「でも、ヘイトは倒れたんだろう? 自在鑓(ブリュンナク)も手に入ったし、もう戦う必
要はねぇ筈だ!」
 徒に広がる、ように見える戦渦。
 だが当の王や議員達、現地のヒュウガと“結社”の面々の突き進む感情は、寧ろダン達の
それとは真逆のようだ。
『撤退しろと? 奴らがそうみすみす逃してくれるとは思わんが……』
『奴らとやり合い始めたのは、サーディス達の独断だ。確かに本来の作戦はもう半ば意義を
失っているが……せめてヘイトの骸一つでも持ち帰らなければ、民に示しがつかん。今回の
戦いの“大義”はどうする?』
『お前達だってそうじゃないのか? 共通の敵が倒れた今、敵は目の前にいるんだぞ?』
 ここまで遠征した理由、正当性を何とか確保したい統務院側と、自在鑓(ブリュンナク)
やアヴリルまで失ったことへの割の合わなさ。代価。
 それ故に、ワーテル島の戦いはなし崩し的に続いていた。互いに思惑があり、既に展開し
た兵の数も被害も大きい分、撤退することさえも困難になっていたのだ。
「ちっ……」
 理屈は分かる。だが実際あの場所で、目の前で本来不要な戦いが行われている。
 ダンが思わずした舌打ちに、グノーシュやミア、リュカ以下仲間達が渋面を作ってこれを
見ていた。お互いにちらりと顔色を窺い合い、この出所の判然としない胸糞悪さにめいめい
が押し黙っている。
「なら俺達もすぐそっちに向かう! 自在鑓(ブリュンナク)を持って早く逃げさせろ!」
 通信用のマイクを握り締め、ダンがそうハウゼン達に叫ぶ。
 どうやらイセルナ達を、待っている暇はなさそうだった。

「──捕らえろ!」
 セイオンのその合図と共に、スローモーションに錯覚する世界が再び動き出した。配下の
竜族(ドラグネス)の戦士達が、一斉にこちら目がけて跳躍する。
『……っ』
「仕方、アリマセンネ」
「じゃ、征天使(ジャスティス)!」
 そんな全方向からの攻撃を、先ずは蒼鎧態となったイセルナが受け止めた。その一瞬の隙
でシフォンが迎撃兼煙幕用に《虹》の靄状オーラを撒き、射出されたオズのチェインドアー
ムとレナの召喚した征天使(ジャスティス)が、それぞれ左右にぐるりと円を描くように辺
りを薙ぎ払う。
 これで初手全滅は免れた。すんでの所で大きく飛び退き、或いはオズとレナの攻撃に巻き
込まれた戦士達が陣形を崩さざるを得ない中、シフォンの姿を取った幻影達と共にリカルド
やクレア、ハロルドにイセルナといった他の面々が彼らへと切り込んでゆく。
(調刻霊装(アクセリオ)──三重速(サティスクロック)!)
 リカルドはその加速の力で彼らの懐に潜り込み、流れるような動きでナイフを振るった。
それでも流石は相手も空戦最強の騎士団の面々だからか、殆ど反射というか直感に近い形で
これを避けようとした。切っ先が頬を掠め、或いは駄目押しで向けられる銃口・銃弾から距
離を置こうとする。文字通り残像を重ねながらリカルドは追い縋ろうとするが、次の瞬間に
はもう、他の周りの仲間達が対応し始めてくる。
「ハロルドさん!」
「盟約の下、我に示せ──磔刑の光鎖(ゴルダ・パニッシャ)!」
 クレアが幾つものピンを戦士達の腕や鎧の隙間に投げ刺し、同時に叫ぶ。
 端に結んである紙には、冥属性の呪文(ルーン)。彼女の付与術(エンチャント)で弱点
化したその瞬間を目掛けて、ハロルドが究理偽典(セオロノミコン)を併せながら無数の光
鎖を放った。
『ぐうっ……!?』
 あくまで捕縛。理由も分からないまま、彼らを倒す訳にもいかない……。
 だが一旦この魔導に捕らえられたと思った戦士達は、何と自らこれを破ったのだ。或いは
片腕を突き刺されるのも構わず、寧ろ囮にして、こちらに突き進んでくる。その異質なほど
の必死さに、ハロルドがものの数拍の時間の中で静かに目を見開いている。
「皆、まともに相手をしようとしちゃ駄目よ! 相手は七星の一派。地の利も数も取られて
いる私達に勝ち目はないわ!」
「ああ!」
「分かってますよ!」
 シフォンの幻影達に、最初警戒していた戦士達だったが、すぐにその色装(のうりょく)
の本質について理解したようだ。目の前の変化に心を乱さず、一体一体を確実に仕留める。
伊達に歴戦の猛者達ではない。
 初撃を弾き飛ばし、その勢いのまま彼らを押し返さんとするイセルナが、背中越しにジー
ク達に向かって叫んだ。展開した靄の中で、自身の幻影達と矢を番えるシフォンを横切るよ
うに、ジークが応えながら駆ける。先ずはさっきの運転手達だ……。見氣で予め弾道を見極
め、銃弾を叩き落しつつ峰打ちで気絶させたのを皮切りに、多勢に無勢の中、必死になって
二刀の切っ先を何度も翻しながら戦う。
(……。妙だな)
 だがその一方で、ジークは冷静に目の前の状況に違和感を覚えていた。
 繰り返すが、相手は七星の一角、空戦最強の騎士団だ。兵の数も練度も自分達の比ではな
い筈にも拘らず、ここまで自分達が持ちこたえられているという事実。
 まさか、手を抜かれている……?
 そうとしか考えられなかった。実際、相手は竜族(ドラグネス)の精鋭達なのに、誰一人
竜人態──竜族本来の爪や鱗、翼といったものを活用してこない。最初セイオンが口にして
いた通り、あくまで自分達を足止めするのが目的であって、本気で倒そうとは端から思って
はいないのか。もしそうでなければ、とうに鋼車ごと吹き飛ばされていた筈……。
「接続(コネクト)っ!」
 とはいえ、こちらも同じように手を抜いていて務まるような相手ではない。まだまだ上に
は上がいるのだなと頭の隅で悔しがりつつ、ジークは二刀の先で魔流(ストリーム)を絡め
取り、自身の身体へと差し込んだ。強制的に魔力(マナ)──オーラの源を取り込み、戦闘
能力を強化する彼の戦術の一つである。
「おおおおッ!!」
「ぐっ!?」「ぎゃあっ!」
「……っ。気を付けろ、肉体強化だ!」
 折り重なるように立ち塞がる戦士達を強引に吹き飛ばし、その先に立つセイオンへ。
 そしてセイオンもまた、ジークの施した力の正体に気付いたようだ。手こずり始める部下
達に叫び、注意を呼びかけつつも、次の瞬間には迫るジークの四方八方からの攻撃に防御す
るので手一杯になる。何度も何度も、激しく刀剣同士がぶつかる金属音が鳴り響く。
(速い……。私の“眼”だけでは追い切れないか……)
 するとどうだろう。ふと一瞬強張った身体を緩めたかと思うと、セイオンは薄く目を細め
たのだ。引き続き高速で動き回って隙を狙うジークの、その猛烈な一閃を的確で最小限な動
きで防いでみせる。思わず目を見開くジークに、そうした防御をセイオンは何度となく繰り
返し始めた。そして数度目、はたして彼は襲い掛かるジークの跳躍と剣戟を、己の真正面か
ら受け止める。
「なっ──!?」
「……危なかった。確かにその技は速いが、その分纏う魔力(マナ)が濃過ぎる。落ち着い
て気配が向かってくるのを捉えれば、対処できないことは……ないっ!」
 鍔迫り合い。その押し合い圧し合いに痺れを切らして、攻めようとしたジークのその一瞬
の挙動を、セイオンは見逃さなかった。くわっと力を宿して見開いたその眼で、彼の動かん
とする兆候を見極めると、一度大きく横薙ぎの一閃を放って彼に距離を取らさせる。
「っ、ジークさん!」
「ジーク君、気を付けるんだ! 彼のその眼……《天》の色装だ! 千里眼だ! 力を狭め
れば、相手の筋肉の動きさえ手に取るように分かる!」
 レナやハロルド、他の仲間達がそんな二人の交戦のさまを肩越しにちら、ちらっと見遣っ
ていた。こと《識》の色装で相手の能力を見破ったハロルドは、大きく飛び退いて着地、何
が起こったのか一瞬分からず動揺しているジークに、そう警戒するよう叫んでいる。
「千里眼……なるほどね。道理でさっきからこっちの動きが読まれてると思った……」
「能力(ちから)だけあっても、使い方次第ではプラスにもマイナスにもなる。この眼だけ
に頼っていれば、君の速さには対応できなかった」
 ……厄介なモンを持ってやがる。
 ジークは内心そう彼と相対していたが、それは当のセイオンもまた同じだった。
 以前ブルートバード(かれら)の資料で見た記憶はあるが……色装を識別する色装とは。
少なくとも彼がいる限り、能力の隠し合い、ないしその前提に立った戦略は立てられない。
直接の攻撃を受ける訳ではないが、こちらの手もある程度制限されてしまう。
 おおおおおおおおッ!! そうして再び二人は地面を蹴り、互いの刃を激しくぶつけ合い
始めた。イセルナやオズ、リカルドや他の仲間達が加勢しようにも、敵の数が多過ぎる。こ
ちらに引きつけておくのでさえ実質綱渡りと言ってよいような状況だった。
「分かんねえ。何であんたらがこんな事を。俺達が霧の妖精國(ニブル)に行ってる間に、
あんたらに一体何があったんだ?」
「……」
「いや、大体の見当はつくけどよ。やっぱ例の……アルスの解読結果のせいなのか?」
 《天》の眼で次第にこちらの動きの癖を読みながら隙を埋めてくるセイオンと、それらを
持ち前の身体能力と反射神経でギリギリ防ぎ、霞む斬撃を打ち込んでゆくジーク。
 激しい攻守のやり取りの中、ジークは眉間に深く皺を寄せながら呟いていた。何度か攻撃
と防御、相手からの剣の衝撃で声をくぐもらせるものの、紡ぐ言葉と思考には一貫して一つ
の目途がついている。
「──っ」
 どうやら、図星のようだった。同じく険しい表情のまま戦っている点には変わりないが、
セイオンの声色が一瞬、より深くそれに蝕まれた気がした。
 そんな反応を目で、全身の感覚で捉え、考える。やはりそうなのか?
 自分達を足止めしようとしているということは、おそらくヨーハンが何かしらを企んでい
るのだろう。一体何を考えている? 何をしようとしている? もしかしなくても、まさか
爺さんは本当に……。
「絶晶剣(カレドボルフ)と絶晶楯(カレドマルフ)は……渡してくれないんだな」
「……ああ。全ては、大爺様の意思だ」
 そして数え切れないほどの剣戟の応酬を互いに弾き合って、二人は一旦大きく飛び退いて
距離を置いた。本来の実力的には間違いなく向こうが手を抜いているのだろうが……今はそ
んな侮られ(こと)はどうでもいい。ゆっくりと肩で息をして、確認するように訊ねたこち
らからの問いに、セイオンがそう答えたことに対してジークはギリッと唇を噛み締める。
「……そうじゃねだろ」
 小さな舌打ち。だが次の瞬間、セイオンがその微かな音を聞くと同時にジークの姿が消え
ていた。接続(コネクト)の強化が続いている状態のまま、再び彼に向かって斬撃を叩き込
もうとしたのだ。激しい金属同士の衝撃音がし、ギチギチッと、鬼気迫る様子で鍔迫り合い
に持ち込むジークが怒りを露わにして叫ぶ。
「そうじゃねえだろ! 爺さんが言ったからって……あんたらは何も言わずに、その言葉に
従うってのか!? 爺さんがやろうとしてることを、知ってるんじゃねえのか!?」


 時を前後して、梟響の街(アウルベルツ)。学院内第二演習場(アリーナ)。
 その日アルスとエトナは、他の学生達に交じって実習を受けていた。講義名は『魔導医療
ⅡB』──いわゆる回復系魔導の実践授業である。
 アルス達受講生らの前に、一人一体ずつ人型のオートマタらが仰向けに寝かされていた。
この講義を受け持つ白衣の女性教官が、面々に向かって言う。
「それでは、最初の説明通り、皆さんにはこの負傷者を模したオートマタ達の手当てをして
貰います。本物の事故・事件現場、本物の人間だと思って迅速且つ適切な処置を行ってくだ
さい。これまでの講義内容を下地に、自身の先天属性と技術をフルに使って、この状況を切
り抜けてみせてくださいね?」
 まだ若い──年齢不詳のこの教官がニコッと微笑(わら)いながら呼び掛けていたが、正
直な所アルスは、既に少しずつメンタルが削られ始めていた。
 流石に生身の怪我人を用意する訳にはいかない。ならば意図的に損傷させたオートマタ達
を使えばいいだろう……。大方そんな理屈だと思われるが、なまじクランの仲間達の中に、
マルタという同じ被造人(オートマタ)がいる分、どうにもアルスはやり難かった。いくら
彼女が他の個体に比べて感情豊かで、今目の前に寝転がっている彼らが没個性の量産型であ
ると、頭では理解していても。
「……大丈夫? やっぱりマルタのこと思い出しちゃう?」
「うん……。でも平気。ここで躓いてたら、僕らは先には進めないんだし」
 相棒が心配する中、しかしアルスは表面上気丈を装い続けた。周りの他の学生達は既にめ
いめいに屈んで処置を始めている。後れを取らぬように、アルスも彼らに倣うようにして、
掌をかざしながら静かに呪文を唱え始めた。
 ──回復系の魔導は、大きく三つの系統に分かれる。
 先ずは聖属性の術式群。イコール回復魔導と呼ばれるほどにメジャー且つ効果力が高く、
ただ治癒させるだけではなく対象のダメージさえも緩和できるのが特徴だ。
 二つ目は流属性の術式群。効果力自体は聖属性のそれに及ばないが、水を操る系統ゆえに
消毒を同時に行うことができる。裂傷の類により適している。
 三つ目は墳属性の術式群。アルスの先天属性に近いカテゴリだ。こちらは前者二つのよう
な特異な効果を備えている訳ではないが、対象の治癒力を強化して傷病を治せる。どちらか
というと病気の類、長い目でみた治療に適している。
 他にも焔属性と魄属性にも、回復系の術式群はあるが……それぞれ生命力や精神の活性化
といった少々特殊なアプローチであるため、一般的な医療用魔導では除外される事が多い。
「盟約の下、我に示せ──地脈の中癒(プラルキュア)」
 自身に宛がわれたオートマタの少女に、アルスはそっと損傷箇所をスキャンするようにし
て掌を動かしてゆく。慎重に満遍なく傷口の再生を促し、なるべく綺麗に。如何せん他の聖
属性や流属性を中心とした学生達のそれに比べると、やはり処置の完了までには時間が掛か
ってしまう。
「──ドウモ、アリガトウゴザイマシタ」
「い、いえ……。どう致しまして……」
 おそらく予め治療が成功したら、そう発言するよう命令されているのだろう。
 最初と変わらぬ無表情のまま、この量産型オートマタはむくりと上半身を起こすと共に言
った。アルスはやはり脳裏にマルタ、その主であるサフレのことなどを思い出すが、なるべ
く苦笑に隠して表に出さないように努める。

『結論から言うぞ。アルス、お前は魔獣と戦う魔導師としては他の連中よりも劣る』

 もう一つ、アルスの脳裏に蘇っていたのは、いつかブレアに告げられた現実だった。
 魔獣の瘴気を浄化する、ないし負傷した味方を治療するといった面において、聖魔導使い
でない者はどうしても性質的に後れを取る。エトナという持ち霊との契約も合わさって、魄
属性──植物や大地の力に特化しているアルスにとっては、これを無理に曲げることは時間
的にも労力的にも決して得策とは言えなかった。
 だからこそ、回復よりも補助──中和結界(オペレーション)など自分なりの戦い方を磨
いてきたアルスだったが、それでも“誰かを助けたい”という思いは歳月と共に増す一方だ
った。それはきっと、ずっと転戦を続ける兄達の姿を遠くから見守るしかないという、自身
の現状と全く関係のない話ではない。
 回復特化は難しい。基本的それらは、ハロルド・レナ父娘(おやこ)に任せるのが合理的
ではあった。補助に徹して、結果として皆の犠牲が少しでも減ればいい。
「……」
 だが今後の進路を、兄達の助けになりたいと考えれば、やはり『医薬師(ドクター)』の
専門免許(スキルドライセンス)は取っておきたかった。先の秋口には、シンシアと共に、
念願の汎用免許(ベースライセンス)も勝ち取っている。
 視線はまだ先を見ている。多くを欲している。
 だがそれ故に、余計に抱え込む不安が多いのも、またアルスにとっては事実だった。

「お疲れ様です。アルス様」
 そうして実習が終わり、汗を拭って更衣室から出てくると、廊下の一角でリンファが待っ
てくれていた。嬉しいやらこそばゆいやら。なまじ先程までの実習がクランの仲間達のこと
を連想させてしまった分、内心で悶々は燻る。彼女に護衛されながら、この日も他の学生達
に交じって講義棟の廊下を歩いた。この二年で、周囲の皆もすっかり皇子たるアルスがいる
日常に慣れ切っているらしい。
「よう。アルス」
「リンファさんも、お仕事お疲れ様です」
 更にルイスやフィデロ、シンシアとそのお付き二人組もそれぞれの講義終わりで合流し。
 いつもの面子、学友達となったアルスらは、その足で向かいの学務棟のエントランスに向
かった。中には既に他の学生達がざわめきつつ集まり、正面天井から吊るされた映像器に目
を遣り続けている。
「……いよいよ、今日だね」
「うん」
「はー。もう何度も通ってきたとはいえ、やっぱ慣れねえなあ。そりゃまあ、定期試験って
のはイコール俺達の成績になるんだけどよう」
「緊張したっていいことなんか無いよー? パフォーマンスが落ちるだけだし。というか、
いつも赤点なんだから気にすることないじゃん」
「いっつもじゃねえよ! 時々七割くらいは取れてるっつーの!」
(……時々かあ)
 そうエトナやフィデロがやんやと言っている横で、静かに苦笑しながら。
 すると次の瞬間、映像器に学務からの情報が更新された。そこにはこの場の面々が注目し
ているもの──今回の定期試験の期間が書かれている。
「おっ? 出た出た。大体、話に聞いてた通りだな」
「まあ、例年通りにしない理由もないからねえ……」
「詳しい日時は、それぞれの講義の教官が決めるんでしたな?」
「ああ。その筈だぜ。お嬢と皇子の“恒例行事”の始まりか……」
「ふふふ……。アルス、今回も勝負ですわよ? 前回は後れを取りましたが、もう一歩の所
だったのです。今度こそ主席の座、頂きますわ!」
「ははは。まぁ……お手柔らかに」
「本当、あんたも毎回飽きないわよねえ」
「当然でしょう? 切磋琢磨するライバルがいてこそ、私の魔導も磨かれるというもの」
 ふふん。ドヤ顔で言い切るシンシアに、エトナやキースが半ば諦めの境地でもって肩を竦
めていた。やれやれと言わんばかりに嘆息をつき、しかしそんな彼女を面と向かって哂う事
などはしない。
 ……皆、解っていたからだ。彼女のそれが好敵手の振る舞いというよりは、彼に対する、
不器用ながらも彼女なりの気遣いの一種──励ましであるのだと勘付いていたから。
 リュノーの暗号を解読し終わってからというのもの、世の中の、こと対“結社”の動きは
どうにも不穏続きだ。天上層では妖精族(エルフ)同士の内乱があり、当初ヘイト討伐の為
に差し向けられた統務院の軍勢は、その戦場たるワーテル島ごと地上から地底へ、鉱脈溢れ
る地・器界(マルクトゥム)へと移っていった。不安はむくむくと、内心アルス達の中で静
かに膨らみ続けている。
 これは──兄・ジーク達が関わってきた故の結果なのだろうか?
 此処梟響の街(アウルベルツ)から遥か遠く離れた場所で、繰り返される争い。そんな彼
らの争いを防げなかった、避けられなかったことに加え、仮にリュノーが遺したメッセージ
が事実ならば、一連の戦いの大義はまるで“結社”の側にさえ在る。
 はたして自分達が解読したあのメッセージは、事態の好転をもたらすのだろうか? 逆に
自分達は、多くの人々にとって禁断の箱を開けてしまったのかもしれない……。
(? 何だ……?)
 ちょうど、そんな最中の出来事だったのだ。試験日程の発表が出揃い、他の学生達と同様
に学務棟を後にして外に出たその時、アルス達は道の先で何やら小さく人だかりが出来てい
るのを見つけた。
 いや、人だかりというよりは……通り掛かった人々が、意図的にそこを避けて通っていく
流れが出来ているかのような。
「うん? 何だあ?」
「何か……青いものが倒れてるね」
 怪訝に思って、アルス達もそこへと近付いてゆく。するとそこに、キャンパス内の石畳の
一角に倒れていたのは、一羽の“蒼い鳥”だった。他の動物にでも襲われたのか、行き交う
誰かと衝突でもしたのか、この鳥は手酷く怪我をして動けなくなっている。
「っ、いけない……!」
 だからか、アルスは次の瞬間、駆け出していた。
 ただ単純な優しさからか、或いは脳裏に過ぎった何かがあったからか。彼はまだ腫れ物を
扱うように避けて通る他の学生達を掻き分け、この手負いの鳥の下に駆け寄ると、急ぎ治癒
の魔導を使い始める。
「おいおい。いきなり走り出したかと思えば……」
「結構深いな……。医務室に報せようか?」
「いや、どうかな? ここからじゃあ遠いし、何より動物は専門じゃないだろう?」
 咄嗟に後を追ってきたフィデロやルイス、シンシア達の声を背中に聞いたまま。
 アルスは周りの眼に構う余裕もなく、この蒼い鳥に手当てを施そうとした。このままみす
みす死なせて堪るか。そんな反射的で衝動的な思いが、彼を動かす。
「……アルス、駄目よ。その子はもう……」
 だが発見が遅かったからか、結局この鳥が再び空を飛ぶことはなかった。やがてくたりと
アルスの手の中で静かに息絶え、ピクリとも動かなくなる。
「っ……! また守れな──」
 そして言いかけて、アルスはハッと我に返る。
 何を自分はこんなにも焦ったんだろう? 何故こんなにもショックなのだろう?
『……』
 仲間達が、複雑な表情で自分を見遣っていた。尤もそれは、周りで行き交っていた学生達
のそれとは根本的に違う。アルスが言いかけ、そしてギリギリの所で喉の奥に押し込んだそ
の理由(わけ)を共有していたからだ。
(──兄さん?)
 胸騒ぎ。
 そう呼べるような何かが、アルスの眼差しを、遥か遠くの空へと持ち上げていた。

 器界(マルクトゥム)に舞台を移した、旧ワーテル島における戦いは、混迷の度を一層深
めていた。“結社”側からはシゼルらが、討伐軍連合からはミザリーら残る四魔長が、それ
ぞれ各地の黒瘴気の触手を片付けて加勢に駆けつけて来ていた。
 自在鑓(ブリュンナク)の奪還。
 もし敵の大幹部を、みすみす逃がしたと知られたら……?
 思惑は寧ろ互いに正反対の筈なのに、この戦いを長引かせるというその一点においては、
彼らは奇妙な一致を果たしていたのである──。
『戦いを止めろだと? ブルートバードめ。何の権限があって我々に……』
『というよりも、サーディス達が交戦中で、ろくにこちらへの応答がないんじゃないか』
『だが敵の援軍も集まって来ている。こちらも退路を確保しておかなければ、成果も何も持
ち帰れないぞ?』
 会議通信の向こうで、王や議員達がめいめいに眉間に皺を寄せ、或いはこのなし崩し的な
状況を何とかこちら側の意図に引っ張り戻せないかと思案する。
 彼らにとっては、何より“正当な理由”が必要だったのだ。わざわざヒュウガ達直属軍を
動かし、ヘイト率いる保守同盟(リストン)を攻撃させた。自分達は政治家として、人々に
目に見える形で奴の死を示さなければならない。今回の作戦で払った犠牲に見合うほどの、
成果を挙げなければならない。
「み、皆さん。ご覧になられるでしょうか? ワーテル島です! ワーテル島が、再びその
姿を現しました!」
 空間結界が解けた余波で、一度は吹き飛ばされて粉微塵になった上空の取材クルー。
 それでも彼女らは尚、我先にとこの同業者の犠牲の上によじ登りながら飛行艇を走らせ、
決死のリポートを再開している。それらの一部始終は、映像機を通じて世界中の人々に配信
されていた。
「見ろ。“結社”と連合軍が戦ってる」
「い……いいぞ、もっとやれ!」
「奴らをぶっ潰せ!!」
 特に各地で、実際に黒瘴気の触手と戦い、或いは避難せざるを得なかった人々は、そんな
現在進行形の映像に呑まれていた。頭に血が上り、叫び声の合唱が加速度的に大きくなる。
 大半の人々からすれば、ヘイトは“元使徒”ではなく“イコール結社”なのだ。今回の地
上から地底へと拡大していった災いも、結局は結社(かれら)の悪事と捉えられる。
「──ふっ」
「らあッ!!」
「……ふーむ。厄介だの。攻撃を弾き返す色装、か……」
「ええ。ですので、諦めてくれると助かります。私は本来、戦闘は得意ではないので」
 そんな戦場を見ている有象無象の人々のことなど知ってや知らずか、ヒュウガら現地の討
伐軍連合の面々は、援軍も加わった“結社”の幹部クラス達と激戦を繰り広げていた。
 ヒュウガの《雨》の刃は重鎧の男──オディウスの《覇》によって何度となく空中で叩き
落とされ、ウルの具現装(アームズ)は、シゼルの《反》を纏わせたオーラでことごとく防
がれる。「そうも……いかんだろう!」ならばと、地中から巨大なトラバサミ状のそれを出
現させて攻撃するが、シゼルは咄嗟にこれを転移して回避。互いに距離を取り直した。
「どっ……せいッ!!」
「ハハハ。無駄無駄、無駄だがネ。お前達の色装(のうりょく)はとうに把握済み。対処な
ど幾らでもできるサア!」
「まったく……厄介な能力ね。グレン兄の爆裂も、私の磁力も、こう封殺されると……」
「油断は禁物よ、ルギス。牽制は私がやるから、貴方は各個撃破を」
 グレンとライナ、サーディス兄妹は、使徒ルギスとフェニリアの二人と相対していた。攻
撃の度に爆発するグレンの《炸》も、ライナの《磁》によって集められた鉄塊の巨腕も、彼
の無数に模倣する色装の前には十二分な力を発揮できない。ゴムのように弾力のあるオーラ
で攻撃をいなし、磁力を掻き消されて、思うようにダメージが与えられない。それでもフェ
ニリアは、尚も油断なく自身の炎の使い魔達を量産し、二人の動きを止めようと迫る。
「あいつも……大都の時にいた奴ね。リリザ、奴のオーラに触れちゃ駄目よ」
「分かってるよー。私が精神(なか)に攻め込むから、サポートよろしく」
「ふん……。そう簡単にやらせる訳、ないだろう?」
「死になさい! 今度こそ、貴女達を喰ってあげる!」
 ミザリーとリリザベートは、使徒セシル及びその持ち霊──百足の魔獣と化したヒルダと
の交戦を。大きく広げる《蝕》のオーラへミザリーは膨大な闇を、冥魔導をぶつけるが、そ
の隙間を縫ってヒルダが大きな顎を開けて先行してくる。
「ぬぅっ……?! 二対一は卑怯だろっ!?」
『頭(かしら)ァ!』
「くそっ、相手はたったの三人なのに……!」
「今更だね。僕達が数の問題じゃないのは、よく知っているだろうに」
「……ま、確かにフェアじゃねえよな。やっぱ好かねぇよ。この色装(のうりょく)……」
 そしてセキエイとその部下の鬼族(オーグ)達は、ガウルやイブキ、フォウの使徒三人組
と文字通り拳を交えていた。一対一の徒手拳闘では埒が明かない、ダメージが蓄積されるば
かりと判断したガウルの《双》に虚を突かれ、セキエイがガクッと大きく片膝をつく。そん
な異変に部下達は焦るものの、フォウの《樹》が生み出す大量の使い魔達に妨げられ、更に
イブキも鞘からざらりと太刀を滑らせ、いつでも斬り掛かれる体勢を取っている。
 ──そんな混戦の中、既に大半の兵士達が気を失ったように倒れていた。
 原因は繰り返し放たれるオディウスの《覇》のオーラ。やはりあいつは、ファルケン王と
同じタイプの……いや、それ以上。彼と霞むようなな速さで打ち合い続けるヒュウガは、静
かにその表情を引き締めていた。
 血の《雨》を刀身に凝縮させ、もう一度オディウスの大剣とぶつかる。
 やはり周囲に強大な余波を撒き散らしつつ、両者はまた鍔迫り合いになった。ギチギチと
刃を震わせながら、オディウスが忌々しく段々と苛立つように言う。
「何故だ? 何故お前達はそこまで抗う? 悪化させぬよう、伏せておいた真実まで掘り返
しておきながら」
「……? 何の話だ?」
 だから最初、ヒュウガは彼が何を言っているのか分からなかった。この時はまだ、アルス
らが解読したリュノーのメッセージは、統務院には届いていなかったからだ。
 ぐぐっと一度大きく腰を落として相手の大剣を払い、ヒュウガはあくまで自分達が属する
“正義”の下に動く。
「よく分からないが……。だが、それでも暴きたがるのが、ヒトってものだろう?」
 そうして再三に弾き、響き渡る剣戟の音。戦いは只管に長引いているように思えた。次々
と双方の兵士達から脱落者が出てゆく中、状況は主力同士の消耗戦を呈している。
「う、ぐっ……」
「もう……駄目だ……」
「何で、誰も逃げようとしない? もうヘイトの奴は、倒されたのに……」
 ちょうど、そんな時だったのである。半壊して広がる旧ワーテル島の戦場、傷付いてぐっ
たりと倒れる兵士達が誰からともなく天を仰いだ瞬間、そこに何か飛行する影があるのを見
たのだった。
『──』
 少しずつ、スローモーションになってゆく戦いの軌跡。
 それでも尚、鳴り止まないその場へ急速に飛び降りてゆく何者か達の姿がある。
「……やっぱり、まだドンパチやってるのか。早く撤退しろって言ったのに」
「無理もないですよ。相手は“結社”の上級幹部が二人、でしょう?」
「あっちもあっちで必死なんだろうさ。使徒(コマ)が一人潰されて、聖浄器も横取りされ
ちまったとなりゃあ……」
「でも、それとこれとは別だよ。早く止めなきゃ……!」
 ダン達だった。旧ワーテル島上空まで乗り付けてきたダンとグノーシュ、ステラ及びリュ
カが、彼女の風紡の靴(ウィンドウォーカー)の魔導を纏って空中に飛び出していたのだ。
 即ち、リュカが天瞳珠(ゼクスフィア)で地上の状況を把握し、ダンが腕輪の待機モード
から戦斧に持ち替えた鎧戦斧(ヴァシリコフ)を握り締め、グノーシュは首飾り型のそれか
ら轟雷鎚(ミョーニル)を振りかぶり、或いはステラが秘葬典(ムスペル)の黒狼を滾らせ
狙いを定める──聖浄器を手にした四人が、一斉にこの戦いに割り込もうとしていたのだ。
「先ずは連中と、討伐軍を二つに分けさせる。グノ、ステラ、頼んだぞ!」
「おう!」
「オッケー。多少力ずくでも……いいんだよね?」
「ああ。あそこまで拡がっちまったら、一旦無理やりにでも“穴”を空けてやらなきゃ、誰
も止まんねえだろうからな」
 了解! グノーシュが轟雷鎚(ミョーニル)の電撃を、ステラが秘葬典(ムスペル)の黒
狼の闇を、大きく練り込んでギリギリまで引きつける。
 ぐんぐんと迫る地上へ。
 ダン達は、この伝染する戦いを止めるべく、その力を叩き付け──。


 それはまだ、ジーク達北回りチームが、古都(ケルン・アーク)の宿に滞在し始めて間も
なかった頃。
 一行がチェックインを済ませたその部屋に、アルスからの手紙が届いた。しっかりと封蝋
された中に入っていたのは、以前から彼とその学友達が進めていた、件のリュノーが遺した
とみられるメッセージ全文の写しだったのだ。
 皆でこの手紙を囲い、頭から一字一句逃さぬよう目を通す。
 はたしてそこに書かれていたのは、ジーク達の予想を遥かに上回った事実だった。
 異界人(ヴィジター)の一人だったリュノー、ヨーハン達との出会いから解放戦争終結に
まつわる事実──確認できなかったユヴァンの死。何よりも“閉界(エンドロォル)”なる
現象の存在と、それを止める為に彼もとい“結社”は暗躍してきたのではないか? という
リュノーの推理……。
 衝撃を受けなかったと言えば、嘘になる。だが実際の所、あまりに突拍子のない、スケー
ルの大きな話ばかりが綴られていて、ジーク達はこれらを呑み込むのにも暫しの時間を必要
とした。自分達の側にあった“大義”が、揺らいでいた。
 そんな一行の下に、アルスから──彼に付いているリンファやイヨ、ないしルフグラン号
の団員達から導話があったのは、それから程なくしてからのことである。
「──じゃあ、あの手紙の内容は間違いないんだな?」
『うん。少なくともあの暗号を残したのは“賢者”リュノー本人に間違いないと思うよ。た
だでさえあんな厳重な地下書庫を造って、尚且つその大量の文献にこうやって暗号用の目印
を付けておいた──カモフラージュとして掻き集めた。ただの嘘・妄言の為にこんな大掛か
りなことをする意味なんてないもの』
『だから……僕達も正直迷ってるよ。この解読内容の通りなら、いわゆる真実は“結社”の
側に味方している。僕達は誰もそのことを知らないで、今まで戦ってきたことになる』
 導話の向こうでアルスが、更にエリウッドが皆を代表して話していた。
 思わず押し黙る。それは手紙を受け取ったジーク達もまた、同じ感慨ではあった。
 確かに“大盟約(コード)”の歪みを正さなければ、いずれこの世界は取り返しのつかな
いことになってしまうのだろう。
 だがそれは、世界とヒトを天秤に掛けることであって。
 もし後者を切り捨てれば、文明の衰亡は避けられないのであって……。
「……じゃあ皆は、このまま“結社(やつら)”の好き勝手を許すってのか? これまで奴
らは、罪もない人達を、数え切れないほどの人間を巻き込んで殺してきたんだぞ?」
 しかしたっぷりと押し黙った後の、ジークの顔色は険しかった。迷う仲間達にではなく、
こんな“敵”を後押しするような理屈が出てきたこと、それ自体に憤っているかのような口
振りだった。
「仮に奴らが世界の救済だなんて本気で抜かしてるんなら、そこにヒトが含まれてなけりゃ
意味ねえだろうが。大体、それがテロをやっていい理由にはならねえだろ」
『う、うん』
『まぁ、そうだが……』
「それに、もし奴らが全部知った上でこんな事をしてるんなら……何で打ち明けなかった?
世界が神格種(ヘヴンズ)に創られたことも、逆に“閉界(エンドロォル)”で無くなっち
まうことも、皆で話し合えば対処の一つや二つ出てたかもしれねえじゃねえか」
 静かに義憤(いか)る。それはジークという人間のこれまでの人生、その在り方に影響を
及ぼしてきた出来事全てからくる思いであり、理想論だった。少なくとも彼にとって重要な
のは先ずヒトである。そこに大切な人達がいて、彼・彼女らを傷付けさせない──守り抜く
ということだった。
「……そう思えなかったから、なんだろうね」
「ええ。まだ何かピースが足りない──彼らの考えが読み切れないわね」
 ハロルドがそう、ふいっと若干斜に構えつつ呟き、イセルナがふむ……と口元に手を当て
たまま、静かに思案顔をしている。
「だけど、私達がここで足を止めていたら……少なくとも犠牲になる人達は増える一方よ。
こんな事が判ったからこそ、急がないと。ダン達にも戻ったら伝えて? きっと同じような
答えを出すと思うけど……」
 は、はい……。導話の向こうのアルス達は、少なからず気圧されたというか困惑したまま
の様子だった。「了解だ」リンファがその中でも付き合いの長い彼女の意思を汲み取り、皆
に促したらしいことが分かる。
 現状を放っておく限りは、事態は大よそ悪意ある者の望むそればかりに傾くだろう。
 ならば、誰かが闘わねばならない。たとえそれが、所詮そうはしない・しようとしない世
の大多数の者達にとって、大きな差のない“正義”だとしても……。
『……ねえ、兄さん』
「うん?」
『頼みがあるんだ。兄さん達は今、ヨーハン様のお屋敷に行くのを待っているんでしょう?
だったらヨーハン様を助けてあげて。僕達に調べてくるよう言ってきたのはあっちだけど、
この解読文で──友達だったリュノーの告白で、一番ショックを受けているのはヨーハン様
の筈だから。かと言って解読結果を渡さない訳にはいかないし、いずれ否応にも判っちゃう
ことだから……』
 すると導話の向こうで、アルスが改めて居住まいを正すように言った。ジークはイセルナ
から借りた携行端末を耳に当てたまま「ああ」と短く返事をする。……確かにそうだな。話
が話だけに、そこまで気が回っていなかった。
 十二聖“精霊王”ユヴァンが──戦友が生きている。
 それは当時、仲間の一人であったヨーハンにとっては衝撃的な内容だろう。加えてその彼
が以来ずっと暗躍し、“結社”を介してこの世界に脅威を与え続けているとなれば。
 だがそうなると……何故奴が、今日の今日まで生き長らえているのか?
 以前アルスにもそのような問いを投げ掛けられた記憶がある。あの時はまだ魔人(メア)
くらいしか可能性が浮かばなかったが、今はもう一つが加わっている。
 シゼルだ。聖都(クロスティア)で“結社”を率いて地下霊廟を襲った彼女は、少なくと
も魔人(メア)の身ではなかった。もしユヴァンも、彼女のように自称“選ばれし者”であ
るならば、一応の説明はつく。
「……分かってるよ。アルス」
 弟の言いたいことはだからこそ解っていた。もしかつての戦友がこの世界に仇なす“敵”
となったならば……爺さんはきっと何とかしようとするだろう。十二聖の生き残りとして、
“けじめ”をつけようとするだろう。
 だがそんなのは無茶だ。彼は竜族(ドラグネス)でも、とうに平均寿命を超えている老体
なのだ。ましてやそんな化け物じみた連中と戦うなど……出来る訳がない。
「こっちは任せとけ。ダンさん達が戻って来たら、後のことを頼む」
『うん……』
 とはいえ、一度はその聖浄器も、直接的な意味での協力も断られた過去がある。もし強引
に分け入ろうとすれば、ヘソを曲げてしまうかもしれない。そもそも自分達はあの街に至る
道中もあまり把握していないのだから。
 そうして暫くアルスや他の仲間達とやり取りを続けた後、ジーク達は導話を終えた。
 既に先方には面会の要請はしてあるので、後は向こうからの応答を待つしかない。
 ……間に合うと、いいのだが。

「ふざけんじゃねえぞ! 何も言わないまま、自分達で勝手に決めようとしやがって!」
 白咆の街(グラーダ=マハル)郊外、突如として降ろされた積雪の道中。
 ジークはセイオンと激しく打ち合った後、その鍔迫り合いの勢いのまま、そう昂る感情の
ままに吐き出していた。そんな彼の気迫の前に、当のセイオンも目を見開いて徐々に抵抗で
きなくなっている。
「そりゃあ確かに、元を辿れば“真実”を解いてきたアルスの──俺達のせいかもしれねえ
がよ……。でもそれを一番知るべき人間は、資格があるのは、リュノーのダチだった爺さん
以外にいねぇだろうが! 爺さんもそれを解ってたから、俺達に託してくれたんじゃねえの
かよ!?」
 セイオンは応えない。ただジークからの詰りを、さも自らが当のヨーハンに代わって受け
ようとさえしているように見えた。
「なのにおめーらのやってることは……結局爺さんを余計に苦しめるだけじゃねえか!」
『──っ?!』
 しかし、だからこそ故に、次の瞬間ジークの放った一喝に、セイオンが思わずハッとなっ
て目を見開いていた。周りで戦っていた他の配下の竜族(ドラグネス)達も、耳に飛び込ん
できたその言葉に硬直する。イセルナ以下仲間達も、そんなジークとセイオンのやり取りを
横目に見遣り、いつの間にか戦いの手を止めていた。
「……俺達も、アルスからの解読内容を読んでるんだ。その上でアルスから頼まれてる。爺
さんを助けてくれって。“結社”の黒幕がユヴァンだとしたら、一番辛い思いをしてるのは
あの人の筈だって」
「……」
「爺さんは、ユヴァンを止めようとしてるんじゃねえのか? 千年前からずっと背負い込ん
できた“勇者”っていう肩書きを、果たそうとしてるんじゃねえのか? だったら子孫のあ
んたに出来るのは、それを止めてやることだろうに。一緒に手分けして軽くしてやることだ
ろうに。優しさってのは……そういうモンじゃねえのかよ。爺さんはずっとその重荷を背負
い込んできたんだろうがよ。ずっと傍にいたのに、そんなことも解らなかったのか?」
 鍔迫り合いは最早意味を成さない。既にセイオンは、剣を握る手を激しく震わせていた。
泣き出しそうになりながら、じっとこの鬼気迫るジークの表情(かお)と相対している。
 部下の竜族(ドラグネス)達も、めいめいに居た堪れない様子で立ち尽くしていた。イセ
ルナらもこの成り行きを見守っている。……やはり彼らは、本気で自分達を倒そうなどとは
思っていなかったのだ。
「……大爺様に頼まれんだ。君達を、そう遠くない内に再び、自分の下を訊ねてくるであろ
う君達を足止めして欲しいと。現在(いま)を生きる彼らを、巻き込む訳にはいかないと」
 交わらせていた剣を離し、ジークはやや怪訝や不機嫌に顔を歪めている。セイオンは吐き
出していた。ガツンと剣先を地面に突き刺し、杖のように縋りながらずるずるとその場に膝
をついてしまっている。
「……やっぱ、そういうことか」
「ああ。あの人は……死ぬ気だ……」
 ジークが、仲間達がにわかに緊迫した面持ちになる。周りの竜族(ドラグネス)達ならい
わずもがな。何の為に、誰の為に? それは最早、この場の面々が改めて問い直す必要さえ
ない共通理解だった。
「……だったら尚更だ。俺達にも協力させてくれ。任せろ。爺さんの分まで戦ってみせる」
 そうして遂に、セイオンはその場で泣き崩れた。普段は冷静沈着、女性達から黄色い声の
絶えない文字通りの貴公子も、尊敬する始祖の危機に、何も思わない筈などなかったのだ。
 戦いは中断された。互いに一旦武器を収め、部下の戦士達もイセルナらに謝る。セイオン
はそんな彼らにも何度となく頭を下げて震えていたが、生憎時間の方は、そう悠長には待っ
てはくれなかった。
「ほっ……。一時はどうなることかと思いましたけど……」
「安心するのはまだ早いぞ、レナ。ヨーハン殿が私達への足止めを命じたということは、既
に彼は動き出している可能性が高い」
「そうッスね。ってことは、今爺さんは何処に……?」
「時間がありません。セイオン殿、力を貸してくださいますか? 竜の姿になって私達を乗
せてください。一気にこの山を登ります」

 若気の至りと言ってしまえばそうなのだろうが、儂(ぼく)はそもそも英雄になろうなん
てつもりは全くなかった。ただもっと単純に、皆を守れるような──“正義の味方に”憧れ
ていただけなんだ。

 だからきっと、僕は同じ竜族(ドラグネス)達からは随分変わり者に見られていた筈だと
思う。なまじ昔に神竜王朝っていう失敗が皆のトラウマになっているから、好き好んで外界
に出て行こう、人間と関わろうといった気概とは対極にあったから。
 ──私達は傷付けられた。だから此処に閉じ篭る。
 でもそんな結論は、あまりにも哀しいと僕は思っていた。寧ろそんな同胞達に、一抹の怒
りすら感じていたのかもしれない。
 どれだけ僕達が閉じ篭っていても、時は流れる。世界は変わる。
 確かにそんな変革の時、自分こそが当事者にならなければならない、なんてことはない。
だけどきっと誰かが、その役目を負わないといけないから……。
『ここか。依頼に書いてあった賊のアジトっていうのは』
 周囲の反対を押し切って、僕は成人の儀を終えた頃には里を出ていた。どうせ僕みたいな
変わり者は、ずっとあのコミュニティの中には居られないだろうと思っていたし、何より僕
自身の好奇心に歯止めが利かなかった。
 天上から地上へ。僕は気ままな旅をしながら仲間を集めた。種族に拘りがある訳じゃなか
ったけど、やっぱり同じく外界に出た者同士、竜族(ドラグネス)が多かった。
 やがて僕達は傭兵団を組織し、いわゆる冒険者稼業をやるようになったのだけど……。
『ああ。地図通りだ。棄てられた砦を根城にしてるってのは聞いてたが』
『これは……大分』
『そうだな。思ってたより、デカいな』
 あの日僕達は、周辺の村々から依頼を受け、一帯で暴れ回っているという賊の討伐に向か
っていた。村人達からの情報で、その根城の場所は分かっていたのだけど、如何せん其処は
規模が大き過ぎた。少なくとも当時の僕達の兵力では、とてもじゃないけど攻め落とせるよ
うな場所じゃなかったんだ。
『参ったな……。こりゃあ骨が折れるぞ』
『どうする? 真正面から攻めちゃあ雨霰だぜ?』
『うーん。竜になって突撃すれば、敵の十や二十くらい目じゃないんだが……』
『それは最後の手段って前に支部(ギルド)の人にも言われたろ? 僕達はよくっても、竜
の姿を晒すってことに、色々文句言ってくる連中も多いからさ……』
 実際、竜族(ドラグネス)本来の力を使えば、賊集団の一つや二つ何てことはない。
 だが僕達の世代でも既に、その姿を人前に晒すことを忌み嫌う同胞達は多かった。また同
胞じゃない種族の者達──特に古老達の中には、今も僕達の力を極端なまでに怖れている連
中が相当数いた。里を出ても、過去のしがらみはこうした時に僕達を、容赦なく絡め取ろう
と迫ってくる。
『……Cosa stai facendo qui?(ここで何をしてる?)』
 でも、ちょうどそんな時だった。僕達の──僕ことディノグラート・ヨーハンの人生を大
きく左右する出会いが、その目の前にやって来たのは。
 砦を遠巻きに警戒している僕達の背後から、旅装に身を包んだ一人の人族(ヒューネス)
が声を掛けてきたのだった。背格好は僕とそう変わらないように思ったけれど……その神経
質そうな渋面は、彼の印象を五つも六つも老けさせていたと記憶している。
『? 何だって?』
『っていうか、いつの間に俺達の背後を……』
『Il futuro è un posto pericoloso.(この先は危険だ)
 Se giochi devi farlo altrimenti.(ごっご遊びなら余所でやってくれ)
 È fastidioso per gli abitanti.(住民達に迷惑だ)』
 でも何より妙だったのは、最初僕達の知らない言葉を使っていたこと。
 だから僕達は大方、もっと違った種族や民族のそれだと思っていたんだけど……どうやら
違ったようだった。声色からして何か怒っているような感じだったけど、こっちに通じてい
ないと察したのか、この青年はコホンと一度わざとらしく咳払いをした。もごもごと口の中
で確かめるようにしてから、改めて僕達に言う。
『……失礼。まだ中々慣れなくて。この先は賊のアジトになっている。危険だから興味本位
で近付かないでくれ。下手に刺激をして近隣住民達が襲われるようなことになったら、君達
は責任を取れるのかい?』
 それが、この妙に気難しい旅人──リュノー・マルセイユとの最初の出会いだった。
 僕達は慌てて自分達が依頼を受けた冒険者であること、君こそ危ないから避難した方がい
いと帰そうとしたのだけど……。
『君達が? そんな明らかに兵隊ですって格好でうろついて、本当にあの砦が落とせると思
っているのかい?』
『ああ!? 何なんだよ。さっきから聞いてりゃ偉そうに……』
『お前こそ、そんな丸腰でこんなとこに来て何してんだよ? まさか村人達の為に命乞いで
もしに行くんじゃねえだろうな?』
『おいおい。そんなムキになるなって。喚いたら気付かれるだろうが。大体、こいつの言っ
てることは確かだろう? 現状、今ここに連れて来てる兵力で落とすなんてのは無理だ』
『……ふうん?』
 なのに、彼は寧ろ、そんな僕達に余裕すらみせていた。ついカッとなって喧嘩腰になる仲
間達と僕の方をそれぞれ見比べて、スッと底冷えするような眼をしてみせたのだ。
『命乞い、か。なるほど。その作戦もいけるかもしれないな』
『へっ……?』
 結局その後、僕達は彼ことリュノーの、奇抜な潜入作戦でもって、この砦を一夜にして落
とすことに成功したのだった。何でも彼は別ルートから、この賊達によって不安定になって
いた街道を、何とか正常化しようと動いていた最中だったのだという。

 切欠を思い起こすなら、あの時からだった。僕達はこのリュノーの頭脳に目を付け、軍師
として組まないかと誘った。案の定その時には皮肉の一つや二つをぶつけられたものだが、
以来僕達は仲間としてつるむようになっていった。幾つもの悪党を、悪事を挫いては功績を
挙げ、ある時、帝国の支配に対抗しているというレジスタンス──のちの解放軍に志願する
ことになった。
 その先の話は、もう僕自身が改めて話す必要もないだろう。
 気付けばあれよあれよという間に、僕達は“志士十二聖”なんて大層な名前を付けられ、
今日まで語り継がれることとなる。他ならぬ僕やリュノーのも、勇者とか賢者だなんて呼ば
れるようになった。
 ……確かにあの戦いは、多くのものを犠牲にしたが、かげがえのないものとも出会えた。
 その最たる例が友リュノーを始め、同じ十二聖の戦友達であり、正義──往々にして一辺
倒になりはしない柔軟さだったり、或いは後々まで続く人脈だったりした。何より平和にな
った世界で、家族や一族の者達が成長してゆく姿を見れるのが、心より愛おしかった。
 ……しかしそんな世界を、ユヴァンは、かつての戦友(とも)は壊そうとしている。それ
らを全て一度滅ぼしてしまってでも、この“世界”を救おうとしていると知った。
 何て皮肉な結末だ。或いは、平和に埋没した余生を送ってきた今までに対する報いか。あ
の時、大義の為に彼の死をさえも利用した、自分達への復讐なのか。
 だから……奴を止めるのは、自分達の世代の責任だ。
 もうそうでなければ、このまま後世ヘと後回しにしてしまえば、先に逝った戦友(とも)
らに顔向けなどできない──。

「到着しました。大爺様」
 呼び掛ける従者らの声に意識を現在に呼び戻されて、ヨーハンはそっと顔を上げた。目の
前には竜王峰の、白く降り積もりつつある山頂の岩肌がそそり立っている。
 季節は冬の入りに限りなく近い。もう少し着込んでくれば良かっただろうか? これもま
た歳だなと思いつつ、ヨーハンは進む。数人の従者らを引き連れ、彼は岩肌の一角を掘り込
むように造られた、宝物殿の前に立った。懐から持って来た予備の“志士の鍵”を取り出す
と、分厚い石扉のレリーフに嵌め込みつつ、ナイフの先に這わせた自身の血をその溝へと流
し込んだ。
『……』
 ゴゴゴ。それまで微動だにしなかった宝物殿の入口が開き、久方ぶりの主を迎える。
 そんなさまを見上げていたのも束の間、ヨーハンは感慨に浸る間も惜しいと言わんばかり
にすたすたと内部へと足を踏み入れた。中で順繰りに低頭する鎧巨人(ガーディアン)達の
只中を通りながら、彼はその最奥に収められていた水晶色の長剣と丸小盾──かつて彼が使
っていた聖浄器、絶晶剣カレドボルフと絶晶楯カレドマルフを手にする。
「……久しいな。相棒」
 久方ぶりに解かれた封印。だがヨーハンとその従者達は、終始浮かぬ険しい表情のままだ
った。左右の彼らに両武具を持たせつつ、彼は来た道を戻って雪の地面、外に出る。そうし
て暫くじっと、真っ直ぐに、静かな風雪煙る遠巻きを見つめた。
『──』
 はたしてそこには立っていたのだ。一行を待ち構えるように、見つめていたのだ。
 使徒最強の双璧、ジーヴァとヴァハロ。“守人”達の里を襲ったクライヴ・サロメ・フェ
ルトの三人組と、羽織胴着の竜族(ドラグネス)ことティラウド。
 更に彼らを率いるように、もう一人の人物が立っていた。
 芥子色のフードの男である。ヨーハンが現れたことを悦んでいるかのように、同色や緑を
合わせたローブに身を包み、僅かに覗いたその隙間から小さな笑みを口元に浮かべている。
 ユヴァンだった。
 “精霊王”ユヴァン・オースティン。かつてヨーハンらと共に解放戦争を戦い、人々から
当代最強の魔導師と讃えられた、志士十二聖の一人である──。

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  1. 2018/08/07(火) 18:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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