日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「幻視、陽炎」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:湖、時間、夏】


 切り取られたように静かに佇み、輝く水面にも、日差しという奴は容赦なく降り注ぐ。
 それでもまだ、体感的にマシと思えるのは、普段コンクリートジャングルの中で暮らして
いるからか。津田はぼんやりとそんなことを思考の隅に泳がせたまま、向こうの湖面で遊ぶ
子供達を眺めている。
 今日は夏休みに入ったチビ達を、避暑も兼ねて郊外にある湖へと連れて来ていた。周りを
濃い緑に囲まれた、人気のない小さな湖だ。そこへ長男と長女、兄妹達それぞれの同級生と
その親御も何組が一緒に来ているものだから、正直休んでいるのかいないのか分からない。
(……本当、気楽でいいよなあ。子供ってのは)
 されどそんなわんぱく盛りの子供達から目を離す訳にもいかず、湖畔のやや遠巻きに広げ
たパラソルの陰に陣取り、津田はその場にどっかりと座り込んだままでいる。
 視線は前方に向けたまま、ゆっくりと口に咥えた煙草にライターの火を点け、一服。
 ニコチンの味と周囲の清涼感が殺し合うのか、どうもいつもと違う感じがする。普段、街
の中にいれば、それこそ今日び市民権を剥奪されている──こういう時こそ存分に吸えるの
では思うのだが、大自然様もそうは問屋が卸さないらしい。
「……」
 キャッキャと、腰ほどまでに水面に浸かり、思い思いの水着姿ではしゃぎ合っている子供
達の姿。水を掛け合い、笑い、実に愉快そうだ。
 尤も津田自身は、寧ろ逆の心持ちと言ってしまってよかった。いくら水辺で体感気温が下
がっているとはいえ、何でこんなクソ暑い真っ只中に遠出をせねばならないのか。正直冷房
の中で死んだように眠っていたかった。
 それもこれも、妻とその友人(いわゆるママ友)達が今回の話を持ってきたせいだ。
 当の本人らは子供達を横目にしながら、優雅に河原でバーベキューの準備をしているよう
だが、参加する気にはなれない。何というか……精神的に負けている気がする。惨めなだけ
な気がする。他の夫妻──それぞれの夫らのキラキラした姿、同じ場所に立っていられない
という自覚がある。こうして一人遠巻きに視界の端に映しているだけでこの体たらくなのだ
から、言わずもがな。本当に彼らは、自分と同年代なのか。
「……老けたなあ。俺も」
 そう呟いていれば詮無いが、実際纏う覇気というか、清潔感が違う。こちとら毎日馬車馬
のように働き、泥のように寝る生活だっていうのに。こんなことなら付き合いだからと有給
を取らずに、出勤していればよかった。
 何時からだろう? こんなにも無味な人生になってしまったのは。
 いや──理由などもうずっと前から分かっている。というより、切欠というべきか。
(チッ。またか……)
 ぼうっと眺めていた湖面の子供達。地熱で揺らぐ空気。
 津田はそんな彼らの周りに、別の人影らを視ていた。ぼんやりと背景に溶けかかったよう
な、存在自体が希薄な、明らかに生者ではない者達。
 今年も“視え”出したか……。暑いもんな……。
 俗に言う霊感という奴なのだろうか、津田は昔からしばしばこうして他人の傍に更なる他
者の幻影を視ることがあった。しかも彼個人に関しては、特に今のような暑い夏の時期に集
中して。
 津田自身にそういうオカルティックな信仰は無い。寧ろそれらを理由とした先祖供養云々
といったタスクを、人一倍面倒とさえ感じてきた人間だ。
 だが、そんな信仰の如何とは無関係に、彼は“視え”るタイプの人間だった。
 お盆には死者の魂が帰って来るなんていうが……まぁその辺りのモンだろ。これまでもこ
れからも、津田は目の前で粛々と映し出される光景に正直辟易しつつも、そうやって自分な
りの回答(いいわけ)を用意してきた。都度取り出して、極力詮索しないようにしてきた。
 ただ“視え”るだけならいい。問題は、向こうの方がこちらに気付いてきた時だ。
 大抵の場合、誰か他人の周りにふらふらと寄ってきた影達は、おそらく自身が今何をして
いるかも認識が薄いのだろう。文字通り空気のような、そこに居るが居ないものとして扱わ
れている状態だ。だが時々その中には、こちらと視線が合ってしまい、まるで助けを求める
かのようにふらふら~っと寄って来る者達もいる。津田はそんな時決まって「拙い」と慌て
て目を逸らし、向こうが根負けするのを待つ。
 少なくとも今日のそれは、さほど悪質なようには感じられない。チビ達がやって来て楽し
そうに遊んでいる雰囲気に、右から左へ流されるように吸い寄せられているといった具合な
のだろう。確かに水辺というものは、そういうモノが集まり易いとは云うが。
 ……しかし津田にとって、深刻なのはそこではない。なまじ視えてしまうせいで、若い頃
は色々悶々とさせられたものだ。
 死者。つまり自分達よりも過去に生きた人間。
 生の舞台、現在進行形の“今”からフェードアウトしていった者達が、ああしてしばしば
自分達の周りで漂っている。その姿と、意味に回答(かいとう)を求め過ぎた結果、多感な
少年だった頃の津田は中々どうして心を病んでしまったのだった。
 ──いつかは自分も、ああなるのかな?
 ──だったら自分は、何故今生きているんだろう?
 夏が来る度に、彼ら影を視る度にぼんやりと考える。連日の暑さですっぽり抜け落ちた思
考の塊の隙間に入り込むように、ネガティブな悲観ばかりが満たされる。
 当たり前だと思っていた。学校で一生懸命勉強して、時々遊んで、いい大学に入っていい
会社に入って。いっぱいお金を稼いでいつかは結婚して、子供を育ててやがて死ぬ。
 そんな人間一人、自分という個の定められたサイクル自体に、いつしか津田は懐疑的にな
ってしまっていたのだ。連綿と“何となく”この命を繋いでゆく営みに、どれほどの尊さが
あるのだろう……?
 プレッシャー。ざっくりと言ってしまえばそんなものを随分長いこと感じてきた。彼ら影
を視る度に、その数と不気味な威圧感を目の当たりにする度に、その“当たり前”としてき
たレールが酷く困難な道のように思える。
 尤も実際、大人になった自分は職場結婚をし、二人の子供を授かった訳だが。
 しかし津田の内心には、比較的早くから徒労感があった。いずれ自分もあの影達の末席に
加わるのだろうかと想像し、それを自分の子供達にも引き継がせるのだと思うと、どうにも
重苦しい心地がした。自分なりには必死に生きたつもりであっても、その行き着く果てとや
らに希望が見出せずにいた。そうやって連綿と過去を積み上げていくことに、屍と霊魂の山
の上に子らや孫らを立たせることに、一体何の価値があるというのか……?
「パパー、ママー」
「見て見て! カニさーん!」
 湖の向こうでは、子供達が近くの水底からサワガニを拾い上げたようだ。連れの親御らが
笑ってみせて、褒めてやっているが、津田はやはり彼らの周りで漂う影達が気になって仕方
がない。
 ……気にしたら、負けなんだけどな。
 少なくともこちらから何かしなければ、大抵の奴らは無害なんだ。元からこの世から退場
した者達だ。一々気に留めていたら、こっちが先に参っちまう……。
 コーヒーの空き缶に吸殻を放り込み、津田は一人大きく嘆息をついた。渋面で目を細めて
いるのは、何もこの日差しのせいだけではない。こんな「レジャー」な時にまで、無遠慮に
寄って来る影(かれ)らへの疎みである。
(やっぱこんな付き合い、あいつに任せて仕事してた方がよかったなあ)
 少なくとも冷房の利いたオフィスの中にいて、没頭していれば、連中を視ずに済んだだろ
うし、何よりこんなことを考える必要性すらなかった。
 どうせ妻はママ友達への体面を、今回の話が上った時に一人空気を読まずに断れなかった
のだろう。そんな背伸びなんてしなくてもいいのに。自分達は普段から、思いっきり庶民派
じゃないか。逆張りに自ら、充実してますアピールになど加わらなくても、特段食うに困る
訳でもないし、一応毎日は“平穏”だろう……?
「あー、もう! こんな所にいて~」
 ちょうどそんな時だった。ふと背後から、当の妻が近付いて声を掛けてきたのだ。辺りに
置かれていた荷物や倒木、石などを跨ぎながら、心なし普段よりもめかし込んだ彼女が、そ
うついっとパラソルをずらして覗き込んでくる。
 うん? いつの間に……? 津田は一瞬思ったが、バーベキュー準備を進める面々、その
中の妻をきちんと目を凝らしていた訳でもなかったなと思い直し、されどもっと別の理由で
思わずこの伴侶を眉を顰めて見上げる。
『──ァァ』
 影達だった。
 彼女にも、この妻の背後にもゆらりと数人、この世の者ではない影達が漂っていた。
 当人と直接関係あるのかないのか、少なくとも今自分達という現在の下に重なり合い堆積
し続ける“過去”の幻影が、か細い呻き声と共に、津田の瞳に映し出されている。
                                      (了)

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  1. 2018/08/05(日) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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