日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「文責」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:告白、矛盾、楽園】


『──俺さ。もう筆を置こうかなって思ってるんだ』
 そいつとは十数年来の友人で、長らく同じ物書き仲間として切磋琢磨してきた仲だった。
 話が話だから、本名は出さない方がいいだろう。ここでは仮にNと呼ぶことにする。彼と
は元々ネット上から始まった付き合いで、実際にオフで会ったことも数度しかなかったが、
夜長黙々とお互いに作業をしながらチャットを繋いでいるという状況は、自分達にとっては
もう長いこと慣れ親しんだ環境ではあった。
「……何だよ、急に。また拗らせたのか? なら一回寝て忘れろ。考え込んでもメリットな
んざねぇぞ?」
 強いて言えば、小説に対する意識の差か。
 自分はあくまで趣味の一環──普段の仕事もあるし、いわゆるプロになろうという欲望も
必要性も感じなかったが、Nは違った。小説に己の精神の多くを捧げてきた、その点ではお
互いに一致こそしていたが、彼にとってのそれは自分よりも遥かに大きかった。深刻で、他
に替わりなどないと本気で信じているようだった。
 だから最初、マイク越しに彼の言葉を聞いた時、内心「ああ、またか」といった程度の認
識しかなかった。
 他人のことは言えないが、Nは正直言って不器用な人間だ。これと決めたものがあったの
なら、他の日常を全て擲ってでも突き進む──突き進まなければいけないというある種の脅
迫観念に支配されがちな所がままあった。それはそれで、自分には無い、時に羨ましい熱量
だとは思っていたのだが……今までの経験から、それらは往々にしてN自身の自棄に繋がっ
てしまうパターンが多かったのだ。
 発作というか衝動というか。元より創作という内心の化け物に手を出してしまった自分達
とは、切っても切り離せないものだと自分は半ば諦めてはいたが、この友人は未だにそれら
と“真面目”に闘っているきらいがある。
 だから、少なからずその気持ちが解るからこそ、Nのそうした吐露はしばしば自分の中に
跳ね返ってきて鬱陶しく思えた。宥めるのも、いい加減面倒臭くなってきた感は否めない。
『……お前はいつもそうだな。そうやって割り切れるのが羨ましいよ』
 たっぷりと十数秒。
 画面の向こうから返ってきたのは、そんなNの自嘲のような怨嗟のような嘆きだった。
 自分は思わずチッと小さく舌打ちをする。好くないことだとは重々解っていた。だけども
それこそ己の衝動というか、発作というか、考えて態度を決めるよりも先に自分という身体
がそう反応するように命じていたのだと思う。
 ……解ったような口を利きやがって。俺だってそんな簡単に割り切れちゃいねぇよ。
 半ば惰性で書いている者と、いつかはという夢を抱きながら研鑽を続けている者。自分達
にそんな違いはあっても、内包する苦悩に大きな差はない筈だ。いつだって自分達は己の書
きたいものと世間で受けているものとのギャップに苦しみ──或いは己のそれ自体、そもそ
も明確に把握もできず、それでも常に後者への同調圧力に苦しむ生き物だと思っている。
 だから、Nのその一言は、自身の苦悩をこちらより「上」にすることで自らを慰めている
ようにも聞こえた。解っている。自分にだって前科がない訳じゃあないのだから、ここで彼
に苛立ちを真正面からぶつけたって、何の得にさえなりはしないってことぐらい。
「そうでも振る舞わなきゃ、やってらんねえだろうが」
 故に、自分の声色は少しずつ険のあるものになっていった。一度怒りの弁を全開放してし
まったら、彼とのこれまでの関係もグチャグチャになると思って、何とか目の前の原稿に挑
むよう手をとにかく動かすことで抑え込む。
 カタカタと、暫くキーボードを叩く音が耳にマイクに聞こえていた。向こうのNも、似た
感じで一旦はそうしていたのかもしれない。
『……すまん』
「謝るくらいなら、始めっから口にするな。俺達がどれだけ苦しもうが、読む側の人間はそ
んなの、一ミリも気になんざしないぞ」
 それは半ば、自分自身への戒めでもあった。こうしてどれだけ毎回、自分達がいわゆる創
作談義をしようが、結局は書き手(じぶんたち)が実際に書いた文章が物語が全てだ。それ
が手に取った誰かにとって面白いかどうか? それだけだ。思うことがあるなら、作品の中
で全部吐き出せばいい。それが読者にとって面白い──もっと言えば“必要”とされている
のかは別の話として。
 暫くの間、Nは黙っていた。カタカタと、夜長の部屋に互いのキーボードの音が聞こえて
くる。嫌な沈黙だった。本を正せば自分が露骨に感情を出したせいではあるのだが、こいつ
の発作的発言に毎度優しく接していても埒が明かないというのは、これまでの付き合いと経
験から嫌というほどに解っている。多分当人も、それは自覚していると思いたい。
『……もう今の読者は、小説だって消耗品だもんなあ』
 声色の深刻さは、多少なりを潜めたような気がする。或いはこちらの反応を受けて失敗だ
と感じたのか、向こうも画面の向こうで渋々と作業を続けているようだ。
 消耗品──自分はぼうっと考える。
 確かにな。特にNのような“文学”としての小説に重きを置くタイプにとっちゃあ、昨今
の流行り廃りは歯痒くって歯痒くって堪らないのかもしれないが。
『俺、思うんだよ。もっと小説イコール娯楽としてこっちの界隈に入って来てれば、少しは
楽に書いたものがすんなり受け入れられたんじゃないかって』
「……どうだかな。結果論じゃねえの?」
『ああ。一口に娯楽小説みたいなものと言っても、その中でもニーズは細かく分かれてるだ
ろうしな』
 相槌を打ちながら、作業を続ける。Nの言いたいことは分かる。何にせよ、なるべく分母
の大きいニーズ集団──ジャンルとか属性とかに自分が嵌るか嵌らないかは、相当モチベー
ションを左右すると思う。
 問題は、そこへ嵌ることに“抵抗”を覚えるかどうかだ。
『このままじゃあ俺、ずっと鳴かず飛ばずだと思うんだよ』
 少しずつ、話が最初のそれに戻って来た。Nのキーボードを叩く音がいつの間にか止み、
自分の方も大分ゆっくりと手が付かなくなってきた気がする。マイクの方に聴覚を集中させ
ながら、自分はこの友人の次の言葉を待っていた。
『俺はもっと受けたい。デビューできるくらいヒットを飛ばしたい。でも、その為に必要だ
っていうものを、全然俺は自分の物にできてないからさ……』
「……」
 だろうな。彼もまた、考えていることは似通っているらしかった。
 話を聞きながら、自分はそうして心を引き裂かれ、筆を折ってしまった他の物書き仲間達
のことを思い出していた。今頃あいつらは、何をやっているのだろう? 綺麗さっぱり執筆
なんて忘れたんだろうか? 或いは浮上してこないだけで、今も悶々と苦しみ続けているん
だろうか?
 文章の技術は、まぁある程度数をこなしていれば鍛えられる。
 だがその一方で、いわゆる自分の作風とやらを現実のニーズに合わせてゆくという作業は
難しい。人によってはそれこそポン、ポンと割り切ってその枠に嵌っていけるのだろうが、
ことNのような“拘り”の強い人間にはまさしく強烈なジレンマだ。
 何処そこのレーベルで受ける為には、それこれこういった題材で勝負しないと厳しい。
 理屈では解っている。そうした方が、勝負としてはまだ“勝算”は上がる。勿論諸々他の
要素も絡んでくるから、全てではないのだけど、如何に最大公約数を取れるかというのは自
身を作家として継続させてゆく為の不可欠な生存戦略だとも言える。ただ……そういった理
屈での現実に、個々の“拘り”がどうしても邪魔をしてしまうのだ。ノウハウ本やら先達の
言葉などでも、そういったものを捨てることが大きな壁だと云われて久しい。逆に言えば、
それがどうしても出来ないから、いっそ筆を折るという選択を取ってしまう者も多い。
 今Nが、そうなりつつあるように。
「一時(いっとき)は、俺こそが新しいジャンルを開拓してやるんだ! くらいの気概でぶ
つかって来いみたいなのもあったんだがなあ」
『もう無い訳じゃないんだろうけど……自分でハードルを上げてるようなものだからなあ。
どちらにしても、傾向と対策を掴めてなきゃ、出来ないやり方だろうし……』
 全く。気付けば自分はもう、キーボードを叩く手を止めて、そうこの友人の言葉に耳を傾
け、いわゆる談義ごっこに興じるようになっていた。目の前には、手元には書きかけの原稿
とプロット、資料の山。これだけ用意してあっても、自分の力じゃあ半分の量も密度も絞り
出せていない気がしてならない。
 それぞれの“拘り”が、いわゆる小説家における最適解というものを曇らせる。というよ
りは、まだ自身の抱くそれの向こうに視認できていればマシな方で、そもそも少なからぬ志
望者はそんな目の前の壁の正体すら満足に掴めていないのではないか? 自分自身がそうだ
と思うから、余計に主語が大きくなってしまう。霞めておくことで、何とか常時意識しない
ようにしていると言ってしまっていい。
 ……Nは面倒臭いが、やはり自分からすれば羨ましくもある。
 結局の所自分は、N並みに努力することさえ面倒臭がって、趣味の領域という言い訳の中
に安住してきた訳だ。勿論元からプロだの何だのという意識ではなく、趣味人で充分という
者達だって大勢いる訳だが、なまじこういうハングリーながら臆病な同胞(とも)を持って
いると、自分はそんなどちらかの極にきちんと立ってさえいないのだと痛感させられる。要
するにずっと“保険”を持ちたがっているのだ。
 届けば万々歳。届かなければ負け惜しみ。
 自分が既に敗けていることを、認めたくない。愚痴る暇があるのなら、手を動かせ──。
「……昔は、こんな筈じゃなかったのになあ。創作ってもっとこう楽しくて、好き勝手にで
きるモンで、絶好の逃げ場だったのに」
 だから自分は、やがてそうごちていた。もっと気楽な、心地良い場所だと信じていた筈な
のに、続ければ続けるほど、究めようとすれば究めようとするほど、そんな当初見ていた景
色が百八十度違って見えてきてしまう……。
『……逃げ場、か』
 だからその時、Nが何とも複雑な表情(かお)を浮かべていたらしいことを、自分はすぐ
には気付けなかった。ごちて数拍、ようやくその声色であまり好くない言い回しをしてしま
っていたのだと気付いた時、今度は逆にNの方が妙に落ち着き払っていたのだ。こちらの意
図とは多分まるっきり別方向に──自身の中でばかり解釈を変えて。
『そうだな。俺は、夢を見過ぎていたんだな』
 この時の自分の一言が、止めになったのかどうかは未だ定かではない。だがNが実際に筆
を折ってしまったのは、それから程なくしてのことだった。
 そうして気付けば自分は、彼と疎遠なっていった。執筆という共通項もなくなり、自分の
前からまたしても一人、ものを書いていた人間がフェードアウトする。
                                      (了)

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  1. 2018/07/29(日) 00:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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