日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「着眼店」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:眼鏡、最初、おかしい】


 雑踏行き交う街の路地の一角に、その店はありました。
 そこは小さな眼鏡屋でした。いわゆるチェーン店ではなく、一見すると周囲の一昔古臭い
風景に溶け込み、こっそりと看板を掲げている個人経営のそれです。
 店を切り盛りするのは、いつも微笑みを絶やさない店主の男性ただ一人です。ふんわりと
した物腰と、紳士風の袖なしジャケットを身に纏い、訪れるお客を迎え入れます。
 ……こう話すだけだと、今にも潰れそうな弱小商店に思うかもしれません。
 ですが、実際にはもう何十年と、この店はずっと同じ場所に建ち続けています。確かに客
入りは決して多いとは言えませんが、彼の提供する商品は他にはない特殊な代物なのです。

 その人の“見たいものが見える”眼鏡。

 店が潰れずに今日まで続いているのも、ひとえにそんな不思議な商品を扱っているお陰。
にわかには信じられないかもしれませんが、店に訪れる人々はそんな噂を耳にし、それでも
自らの願いの為に一縷の望みを託します。そしてそんな彼らの求めに、店主は誰一人分け隔
てなく接するのです。
「──見たいものなら、何でも見えるって本当ですか?」
 ある時訪れたのは、まだ年若い少女でした。
 しかしその扉を開けてから店内に入ってくるまでの所作はどうもぎこちなく、カツンカツ
と白い杖を慎重に前に当ててから訊ねてきます。
 彼女は、失明と闘っていました。過去とある事故によって眼を痛め、完全に光を失うのは
時間の問題だと医師に宣告されていたのです。
 店主はふいっと、このか弱くも必死に助けを求めてきた彼女に、一瞬で全てを察したよう
に顔を向けると微笑(わら)いました。実際その表情が本人に視えてはいなくとも、彼は店
を訪れる誰にも誠意をもって当たります。
「ええ……本当ですよ。いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「あっ、あの。多分見て分かるかなと思うんですけど、私、訳あって視力が弱くって……。
でもこのお店の眼鏡なら、見たいものが見えるって聞いて……」
 もじもじと、彼女は途中何度か言葉を詰まらせながら、必死に訴えようとしていました。
薄手のジーンズ上着に、ややだぼっとしたシャツとロングスカート。背格好からして、女子
高生辺りでしょうか。
「なるほど……。それはお気の毒に。ですが大丈夫。私(わたくし)の商品さえあれば、貴
女の眼にも文字通り光が蘇るでしょう」
 言って、微笑を浮かべたまま店主は商品棚の一角から試しに一つ、眼鏡を取って戻って来
ました。彼女の年頃に合わせた、赤いフレームの可愛らしいデザインです。それを彼はそっ
と不安げな表情(かお)の耳に掛けてやり、一歩二歩とゆっくり後退します。
「……ああ」
 声が、震えていました。それまで上手く光を取り込めていなかった彼女の瞳に、ゆっくり
と光が宿っていくように見えました。
 感動していたのです。事故以来、失われる一方だった視力が、この眼鏡をつけて貰った瞬
間復活したではありませんか。じわりと涙が浮かび、それでも右へ左へと、彼女は何度も確
かめるように店内を見渡します。アンティーク風な装いの中に、三つ四つと眼鏡がずらりと
並べられた硝子棚が置かれています。
「凄い……。凄い、私見える! 目が視える! 本当にもう一度、目の前の景色が視えるよ
うになってる!」
 泣きながら興奮しながら、バッと捲くし立てるように振り向いた彼女に、店主はやはりに
っこりと優しく微笑むのでした。カツ、カツンと木目の床の上を歩きながら、優雅な所作で
引き続き促すように言います。
「それはよかった。では、今度は貴女ご自身の目で好きなデザインをお選びください。どの
眼鏡でも、貴女の視力をサポートするには申し分ない筈です」

「──見たいものというのは、本当はそこに無いものでも見えるのでしょうか?」
 またある時訪れたのは、落ち込んだ様子の男性でした。草色のくたびれたセーターを着て
店のカウベルを鳴らした彼は、応対した店主にこう訊ねたのです。
 微笑のまま静かに小首を傾げる彼に、男性はやっぱりそうだよなあといった様子で苦笑い
を浮かべていました。ポリポリと指先で頬を掻きながら、口篭るように弁明します。
「実はその……。三年前に妻を亡くしまして。もしもう一度会えるのなら、会って謝りたい
なと。私がもっと早く気付いていれば、君を失うことはなかったんだと……」
「見えますよ」
「えっ?」
「あ、いえ。視えますよ。お話からして、私の店について色々聞き及んでいるとお見受けし
ますが、視えるものは何も物理的な事象だけに限りません。寧ろその源泉は“お客様ご自身
の中”に存在しているのです」
 ……はあ。男性は半分の安堵と、もう半分の後悔の間に揺れていました。
 普通に考えれば、死者に会える訳がないんだ。先日この店のことを聞いて、藁にも縋る思
いでやって来たものの、やはりそれほどに自分は精神的に参っていたのだと。
「どうぞ。その奥様のことを想いながら、目を凝らしてみてください」
 しかし差し出される銀の眼鏡。そうして手渡されるがままに付けてみた彼が次の瞬間、目
にしたのは──見間違う筈もない亡き妻の姿だったのですから。
『あな、た?』
「み、結美(みのり)……?」
 暫く唖然としていた男性。しかしそれが現実だと認識した瞬間、彼は恥も外聞もなく泣き
叫び始めました。何度も妻の名を呼び、また彼女も同様に涙を零しながら彼に抱きつき、お
互いに思わぬ再会を噛み締めます。
「嗚呼……。結美、結美……。すまなかった。私が、私がもっと早く君の病に気付いてあげ
ていられたら、こんなことには……」
『……いいのよ。あなたが気に病むことじゃない。残念だけど、これが私の運命だったんだ
と思う。あなたに会えて良かった。だから……後の事はお願い。颯太と優二をお願いね?』
 号泣する夫と、改めて自らの死を受け入れていた妻。
 店主は暫くその様子を遠巻きに眺めていました。二人の久しぶりの再会に、水を差すよう
な野暮など決してしませんでした。

「──す、すみません! この店の眼鏡って、本当に何でも見たいものが見えるんですか?
だったら俺と同じような趣味の人を見分けるみたいな……そんなことって出来ますか?」
 はたまたある時店を訪れたのは、若干小太りな、気の弱そうな少年。
 彼はいわゆる同好の士を──オタク趣味の合う友人を探していました。求めていました。
いつも彼の好むものはいわゆる世間一般からは異端とみなされ、排斥され、彼自身も日々そ
うした迫害から身を隠すように暮らしていたのです。……孤独でした。そんな隙間を埋め合
えるような友が欲しかったのでした。ですが生来あまり社交的ではない彼は、そもそもそう
いった仲間を探し出す、その目星すら付けられずにいたのです。
「ええ……可能ですよ? 私の商品は皆、お客様ご自身の願いに沿う為にあるのですから」
 ですが店主はにっこりと微笑(わら)いながら、ゆっくりと優雅な所作でカウンターから
出て来ました。出て来ながら、途中の硝子棚から黒縁の眼鏡──この少年の付けているそれ
と似たデザインのものを手に取り、そっと彼に付けてあげました。ビクッと、至極ナチュラ
ルにされた行為に彼は最初怯えましたが、すぐにその変化に気付くことになります。
「えっと……?」
「窓の外をご覧になってみてください。よく目を凝らせば、きっと見つかる筈ですよ」
 はたして、店主の言う通り眼鏡越しの彼の視界には、人々が映っていました。窓から見た
表通りの人々一人一人の頭上に、パーセンテージの付いたゲージとプロフィール欄が浮かん
でおり、更に彼の趣味と近い人間のそれは赤字になって強調されて視えるのです。
「……こ、これ」
「視えましたか? こちらのコンセプトが間違っていなければ、これでお客様のお探しにな
っておられるご友人は大分見つかり易くなっている筈ですが」
「え、ええ。凄い……こりゃ凄いや……。まるでネトゲみたいだ。でもこれなら、もしかし
たら……」
 必死に抑えているようですが、その実どんどん感動して、興奮して。
 彼は結局、その場でこの眼鏡を購入していきました。「またのお越しを」そう折り目正し
くお辞儀する店主を背中に、ふんすと鼻息を荒げながら雑踏の中に戻って行こうとします。
「あれ? でもそもそも、俺コミュ障だから、話し掛けるってのが無理ゲー……」

「──ちょっといいかしら? この店は、どんなものでも見える眼鏡を売っているそうじゃ
ない。なら私の注文、聞いてくださる?」
 或いは如何にも高飛車な、値の張りそうなスーツで全身びしりと決めてきた女性が訪ねて
来てはそう言って。
「はい。どのようなご用件でしょう?」
 それでも店主はいつもの微笑を崩しません。右から左へ、受け流すように。両手の白手袋
の端をきゅっと張り直し、カウンターの方から歩いて来ます。ふふんと、そんな彼の従順さ
に気を良くしたのか、彼女は胸を張って言います。
「私はね、○○なんていう低俗な連中をこの世から一掃したいの。だからもし貴方の店にあ
るっていう眼鏡を使って奴らを炙り出せれば、より確実に正確に事が進むでしょう?」
 片掌をぽんっと胸元に当て、彼女は朗々と店のど真ん中で語ります。ほうほう。されど店
主はそこに賛成も反対も返しません。ただそれが彼女の、お客様のニーズだと了解した上で
硝子の陳列棚から眼鏡を選び始めました。
「なるほど。敢えて見たくないものを、今見ようとすることで禍根を立つ、と……。承りま
した。ではそう念じて、これをお使いになってみてください」
 そうして差し出したのは、チェーンと金細工の施された高級そうな眼鏡。
 ふぅん? 小さな店の割には、ちゃんとした物があるじゃない……。彼女はそう呟きつつ
これを手に取り、それまで付けていた方と取り替えました。店主の指示通り、目を凝らして
窓から街の表通りを見つめると、そこには行き交う人々の一人一人に、パラメーターのよう
なゲージとウインドウが出現(ポップ)していました。ウィンドウ内にはその当人らの趣味
や主義主張の自己紹介が書かれており、彼女の言う“低俗”なものは、特に赤字で強調され
て見つけ易くなっています。
「へえ……。思っていたのと大分違うけど、これなら大丈夫そうね。早速皆にも教えてあげ
なくっちゃ。それにしても、思った以上に○○な輩はあちこちに潜んでいるのね。本当、一
刻も早く駆逐しないと……」
 ぶつぶつ。彼女はふんすと義憤(いか)りながら、暫く窓越しに表通りの人々を観察して
いました。しかしこうしてずっと見ているだけでは肝心の“犯人”たち個々を追えないと、
やがて自分以外にも何人か、仲間の分と思しき数も加えてこの眼鏡を買うと、足早に店を後
にしていったのでした。
「お買い上げ、有難うございました。またのお越しを」

「──ねえ、店主さん。前から訊きたかったんですけど……」
 そうして月日は流れます。それでも、彼の営む小さな眼鏡店は顕在で。
 その日も、アンティーク風な内装と適度な日差しの中、店主はカウンター席に座っていま
した。ただ少し前とは違っていたのは……とある女子高生が一人、遊びに来ていること。
「この眼鏡って、一体どういう仕組みなんですか? 店主さんの話では、少なくとも私の時
みたいに、全部が全部視力を上げられるって訳じゃあないみたいですけど……」
 以前この店を訪ね、失いかけていた視力を、光を取り戻した少女でした。あの時とは違っ
てもう白杖はついておらず、代わりに例の赤いフレームの眼鏡がちょこんと鼻先に乗っかっ
ているだけですが、その彼に対する態度は随分フランクになったような気がします。
「? ええ。詳しくは企業秘密、ということでお願いしたいのですが。そうですね……確か
に私の商品はその持ち主、お客様によって効能を大きく変えます。ですが、提供しているの
は全部、基本的には単一の眼鏡なんですよ」
 えっ──? 故にそんな彼の言葉に、彼女は正直驚いていました。面を食らうというか、
予想外のそれで数拍頭がついてこなかったというべきでしょうか。キコッと来客用の丸椅子
をカウンターの方へと回し、彼女は思わず訊き返します。
「それ、矛盾してませんか? 効果が違うのに、同じ眼鏡だなんて……」
 ですが、対する当の店主は微笑(わら)っています。いつものように、静かに専用の道具
で一個一個商品たる眼鏡を分解し、綺麗に洗ってそっと布(セリート)で拭い、優しく我が
子を労わるように作業を続けています。
「いえいえ。矛盾はしていませんよ。あの時も言ったでしょう? その人の“見たいものが
見える”のだと。この眼鏡はただ──そんなお客様の“願望を後押し”している。それだけ
ですから」
                                      (了)

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  1. 2018/07/22(日) 00:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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